地球連合軍の大西洋連邦がプラント最高評議会に対して、ザフト軍の完全解体や現評議会の政権解散を突きつけた、事実上の最後通牒。
プラント側が到底受け入れるはずのないその理不尽な要求の通達から、非情なる24時間の猶予が遂に経過し、運命のタイムリミットは完全にゼロの刻を刻んだ。
キィィィィン――ッ!!!!!
最後通牒の拒絶を大義名分として、宣戦布告とともに遂に月面基地――プトレマイオス基地に集結していた地球連合軍の艦隊が一斉にその牙を剥き、暗黒の宇宙空間へと動き出した。
そんな大艦隊の一隻であるネルソン級宇宙軽巡洋艦『ウォルポール』の艦内においては、大音量の警報が鳴り響くなかでモビルスーツ隊の出撃準備が急ピッチで開始されていた。
薄暗い格納庫の各所でモビルスーツの各部点検が進められるなか、周囲のパイロットたちは一様に分厚いパイロットスーツを着用し、ヘルメットを小脇に抱えながら、刻一刻と迫る出撃の瞬間に備えて張り詰めた面持ちで待機していた。
ガシャァン――ッ。
その男たちの戦場の喧騒の只中、周囲の空気を遮断するかのようにして、静かに佇む2人の女性パイロットの姿があった。
そのうちの1人は、戦場には酷く不釣り合いなほどに美しい金髪を揺らし、どこか生まれ持った高貴さと優雅な雰囲気を全身から醸し出していた。
名は、シェイラ。
1年前に大西洋連邦の軍籍へと入隊し、その卓絶した操縦センスを見込まれて、新型モビルスーツ・ウィンダムの正規パイロットへと若くして抜擢された新鋭の女性兵士であった。
――しかし、そんな彼女の秘められた本当の本名は、シェル・アスハ。
今まさに日本の皇居で世界情勢を睨んでいるシャル・アスハ女王陛下の実の妹であり、アスハの正統なる血を引く第2王女その人であった。
2年前の前大戦の終結後、無事に日本へと帰国を果たしたシェルであったが、その後に進められた国家の戦後処理、および日本独立の方針を巡って姉のシャルとの間で上手く意見が釣り合わず、自らの大義を抱いたまま、専属のメイドであったエレナ・ランバートだけを連れて日本を電撃的に離脱。自らの高貴な素性と身分を完全に隠し、この地球連合軍の末端へと入隊する道を選んだのだった。
キィィィィン――。
シェイラは分厚いパイロットスーツのジッパーを首元まで引き締めると、手にしたヘルメットを抱え直して、新型機が整列する慌ただしい格納庫の通路へと向かって力強く歩み出した。
「――お嬢様」
背後から、同様に地球軍のノーマルスーツに身を包んだエレナ・ランバートが、周囲の整備兵たちに聞こえぬよう声を潜めながら足早に並走してきた。シェイラは歩みを止めることなく、冷徹に、しかし淡々としたタメ口を響かせた。
「ここではその名で呼ぶのはやめてください。私は大西洋連邦所属のモビルスーツパイロット、シェイラ少尉です。……それで、何の用ですか、エレナ」
「失礼いたしました、シェイラ少尉。……実は、軍の無線ログの端から奇妙な噂を耳にしまして。このプラント制圧へ向かう我が主力艦隊とは全く別の座標で、極極秘裏に『核』を搭載した大西洋連邦の隠密特務艦隊が、同時に動いていると聞いて」
エレナがヘルメットの影から鋭い視線を向けて告げる。その不穏な情報に、シェイラは歩みを僅かに緩め、驚きを隠すようにして即座に遮った。
「まさか。……地球連合もプラントも、先の戦争の終結の際にあのユニウス条約を正式に締結しているのですよ。核兵器の軍事運用など、国際法で厳格に禁止されているはずです」
「ですが、此度の大西洋連邦の動きは明らかに強引すぎます。ユニウスセブンの落下テロに対し、プラントの最高評議会は自らの非を認め、すでに被災地への最大限の対応と物資支援を開始しているではありませんか。これ以上の武力行使など、どう見ても」
「エレナ」
エレナの言葉を、シェイラは軍人としての冷徹な声音を以て、鋭く遮り止めた。
「今の私たちは、大西洋連邦の軍服を纏った地球軍のパイロットです。軍の組織の上層部の命令は、いかなる理不尽であれ絶対です。……貴方も一人のモビルスーツ兵なのですから、余計な私情を捨てて直ちに出撃の準備を」
「……はっ。了解いたしました、シェイラ少尉」
エレナはそれ以上の追及を止め、軍人としての確固たる敬礼を捧げると、自らの乗機であるダガーのハッチへと向かって足早に離れていった。
シェイラは胸元のネックレスの感触を一瞬だけ確かめるように目を閉じると、眼前に聳え立つ自らの新型機『ウィンダム』のコックピットへと向かってタラップを滑らかに駆け上がり、そのハッチの奥へと静かに乗り込んでいった。
キィィィィン――ッ!
全周囲モニターに大西洋連邦の戦闘システムが同期され、ウォルポールの格納庫の奥に、エレナの乗るダガーのシステム起動音が同時に鳴り響いた。
『――各機に通達! 最後通牒の猶予期限は切れた! モビルスーツ隊、直ちに発進せよ!!』
スピーカーから艦長の無慈悲な開戦の号令が烈しく下達される。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
ウォルポールのカタパルトから強烈な電磁衝撃波の残像を遺し、シェイラを乗せた新型機ウィンダムは暗黒の宇宙空間へと鮮烈に射出された。エレナのダガーもまた、その推進火線の尾を引いて背後から後に続く。
姉であるシャルと袂を分かち、自らの孤独な大義を胸に宿して地球軍の牙となったシェル・アスハは、シェイラという偽名の認識票をコックピットに光らせながら、再び地獄の全面戦争へと突入していくプラント本土の空へと向かって、真っ直ぐに、猛烈な速度で出撃していくのだった。
大西洋連邦による最後通牒の期限切れと同時に、プラント本土の消滅を目的とした地球連合軍の無慈悲な電撃侵攻作戦が遂に開始された。
シェイラという偽名の認識票をコックピットに光らせ、新型機ウィンダムの操縦桿を力任せに引き絞ってウォルポールから発進したシェル・アスハは、同じ艦から出撃した無数の仲間たちの機体とともに、暗黒の宇宙空間をプラントの本土に向けて真っ直ぐに突き進んでいた。
キィィィィン――ッ!!!!!
やがて、前方の暗闇の向こうから、侵略の軍勢を迎え撃つべく迎撃態勢を整えていたザフト軍の防衛艦隊、および無数のモビルスーツ部隊の熱源反応が、全周囲モニターの上へと烈しく同期された。
『――全機、目標を捕捉! コーディネイターの国に鉄槌を下せ! 攻撃開始ッ!!』
通信回線から艦長の一斉突撃の怒号が響き渡ると同時、地球連合軍のモビルスーツ、および軍艦のすべてが、宇宙の闇を灼き焦がす極大の火線を一斉に放ち、容赦なき砲撃を開始した。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
それに対し、プラント本土の居住コロニー群を死に物狂いで死守せんとするザフト軍の防衛部隊も、強力な主砲の火線と弾幕を以て猛烈に応戦。宇宙の闇はまたたく間に無数の爆炎とビームの光に灼き尽くされ、凄絶な全面戦争の嵐が吹き荒れた。
ズバァァァンッ!!!
その大混戦の渦中のなか、シェイラは驚異的な集中力と卓絶した操縦技術を以てウィンダムを滑らかに加速させ、眼前に迫るザフトのジンの射線を紙一重の機動で完全回避した。それと同時に手持ちのビームライフルを一閃させ、的確な精密射撃の引き金を引き絞った。
ズバァァァンッ!!!
極高収束のビームがザフトのジンの装甲を完璧に貫き、一瞬にして爆発、撃破する。シェイラは休むことなく機体を鋭く反転させると、背後から肉薄しつつあったもう1機のザフト機に対してもカウンターの斉射を正確無比に叩き込み、これを瞬時に木端微塵に粉砕した。
『お、おい見ろよ! あの金髪の新人、またたく間に2機もザフトを落としやがったぞ!』
『ハッ、形無しだなコーディネイターどもが! シェイラ少尉、その調子でどんどん突っ込めッ!』
無線回線から仲間のパイロットたちの興奮した叫び声が飛び交う。しかし、シェイラ自身はそれらの喧騒に流されることなく、操縦桿を握り直した。
「これで、2機……っ!」
寸分の無駄もない洗練された連撃を以て2機のザフト機を撃破したシェイラ。しかし、彼女が次の目標を索敵しようとした、まさにその刹那であった。
ピピピピピピピピピッ!!!
メインコンソールの死角検知センサーが、突如として奇妙な位置にある熱源反応を捉え、警告音を鳴り響かせた。
「……何、この動き? 私たちの主本隊の航路とは、明らかに違う……?」
シェイラは怪訝に眉をひそめ、乱戦域の斜め後方――デブリの密集する不気味な小惑星帯の影に隠れるようにして、プラント本土の居住コロニー群に向けて密かに、かつ凄絶な速度を以て肉薄していく「別の地球軍モビルスーツ隊」の隠密飛行の姿を、メインモニターの端に発見した。
胸を突くような言いようのない胸騒ぎに襲われたシェイラは、操縦桿のコマンドを叩いてその隠密部隊の熱源へと索敵カメラの焦点を合わせ、光学モニターを極限まで拡大させた。
スキャン波形が同期し、画面の向こうにその姿が鮮烈に映し出される。
それは、自分と同じ地球軍の新型機ウィンダムの小隊であった。しかし、その機体の特殊な兵装データを視認した瞬間、シェイラはコックピットのなかで息を呑んだまま、全身の血が凍りつくかのような凄絶な戦慄に襲われた。
「――あれは、核……っ!?」
画面のなかに映るウィンダムたちの両肩のハードポイントには、それぞれ2発ずつ、ユニウス条約の規律を完全にブチ破るための絶対の禁忌――極大の破壊力を秘めた核ミサイルの円筒形ポッドが、不気味に燻りながら確かに搭載されていたのだった。
信じていた軍の、国家のあまりに無慈悲な裏切り。シェイラは操縦桿を握る両手を烈しく震わせ、信じがたい狂気の現実に声を詰まらせながら、ただ眼前のモニターを戦慄のまま見つめることしかできなかった。
大西洋連邦の潜入パイロットであるシェイラ――シェル・アスハが、小惑星帯の影から肉薄しつつあった隠密核ミサイル部隊の存在に驚愕の戦慄を走らせていた、まさにその同じ頃。
プラント本土の空を死守せんとするザフト軍の防衛部隊もまた、後方に配備されていた索敵型のジンによって、その本隊の死角を進む不気味な別働隊の熱源を捕捉し、迎撃のために慌ただしく動き始めていた。
しかし、この瞬間のなかにおいて。
地球連合軍、およびザフト軍という二大陣営の予測を遙かに上回る異常な速度を以て、その核の牙に気づき、電撃的に動き出している独立武装組織がいた。
そして地球軍は、自らはじめた禁忌の報いを、その組織によって真っ向から思い知らされることになる。
キィィィィン――ッ!!!!!
ザフトの防衛線をデブリの死角から掻き潜り、満身創痍の状態でプラント本土の居住コロニー群へと近づきつつあった地球軍の核ミサイル部隊の頭上へ、突如として目も眩むような超高収束のビーム攻撃の豪雨が容赦なく襲いかかった。
ドガァァァンッ!!!
『――っ、何だ!? どこからの奇襲だ、ザフトの伏兵かッ!?』
予期せぬ方向からの電撃的な砲撃を受け、一瞬にして混迷と混乱に陥る地球軍の核部隊。戦慄するパイロットたちが一斉にコックピットのメインモニターを上空へと向けると、そこには、異次元の推進力を誇る白き翼を烈しく軋ませ、隠密ドックから解き放たれた多数の主力機『デクー』、および『デクーカスタム』の大部隊を背後に従えて急降下してくる、あの白きオーディンマークIIの厳然たる機影があった。
戦場から大きく離れた安全な宙域に、最新鋭超大型宇宙戦艦ナガトをはじめとする計6隻のウルブズ艦隊を、隠蔽展開させた状態で静かに待機させている蓮・ミタミは、操縦桿のホログラムパネルを叩き、全周囲回線を開いて冷徹な聲音の命令を響かせた。
「――全機、突撃。ミサイルポッドの誘爆を避けるため、これより近接格闘戦に移行する。核をプラントに落とさせるな」
『――了解!!』
その魂の号令と共に、ウルフ0の駆るオーディンマークIIとウルブズのモビルスーツ隊は、驚異的な突撃の機動を以て地球軍の核部隊の只中へと真っ直ぐに殴り込み、凄絶な近接戦闘を開始した。
ズバァァァンッ!!!
蓮はオーディンマークIIの新型近接兵装である双頭型高出力ビームランス『リストレイター』を鮮烈に抜き放ち、その高速回転するプラズマの刃を以て、核ミサイルを両肩に背負ったウィンダムの強固な装甲を、関節ごと完璧に切り裂いて次々と撃破していった。随伴するデクー各隊もまた、無骨な大型格闘兵装を振るい、核の信管に触れぬよう計算し尽くされた驚異的な白兵の連携力を以て、地球軍の核ウィンダムを近接格闘で瞬く間に沈めていくのだった。
――そして、そのウルブズの圧倒的な直接介入による大乱戦の様子を、離れた本戦宙域から索敵モニター越しに目撃していたザフト軍の防衛艦隊のなかでは。
プラントの最高機密であり、此度の絶対防衛のための戦術として極秘裏に戦場へと搬入されていたザフト軍の虎の子の広域兵器――『ニュートロンスタンピーダー』の準備が、驚愕の喧騒のなかで急ピッチで進められていた。
「艦長、地球軍の核部隊、謎のモビルスーツと交戦を開始!! 介入してきたモビルスーツはユニウスセブンで目撃されたモビルスーツと一致します」
「そうか。どうやら我々はウルブズに救われたようだ。この機を決して無駄にするな。それと発射準備が整い次第、ウルブズに情報の共有を」
艦長の沈着冷静な下達によってザフト軍が死に物狂いで発射態勢を整えるなか、熱核エネルギーの充填が完了し、遂にニュートロンスタンピーダーをその船体中央に急造搭載していたザフト軍のナスカ級宇宙軽巡洋艦の発射準備が100%完璧に整った。
キィィィィン――。
次の瞬間、ザフト軍のナスカ級のオペレーターから、前方の乱戦域にいるウルブズの通信回線に向けて、至急のノイズ混じりの直接通信の無線が烈しく叩き込まれた。
『――前方の正体不明機、およびモビルスーツ部隊へ告げる! 我が軍はこれより、当該座標に向けて特殊広域兵器を発射するッ! 巻き込まれたくなければ、即時、その宙域から全面的に下がれッ!!!』
ザフト軍からの予期せぬ退避勧告の声をインカムの奥で受け止めた蓮は、網膜投影される極大のエネルギー臨界数値を瞬時に見切ると、即座に組織の全モビルスーツ回線へと向かって、鋭い声音の退避の号令を飛ばした。
「――全機、これより最大推力を以て即座に後退しろ! ザフトの放つ射線から直ちに退避するんだ!!」
蓮の指示を受け、それまで核ウィンダムを圧倒していたデクー部隊は、内蔵されたベクターノズルを一斉に逆噴射させ、鳥の群れのように急激な機動でその宙域からの離脱を開始した。
ゴォォォォォォォォッ!!!!!
そして、核エンジンの最大出力を以て、殿を執るオーディンマークIIがその絶望的な極大の射線から滑らかに完全退避を完了した、まさにその絶対の瞬間であった。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
ザフトのナスカ級の砲門から、宇宙の物理法則を強引に書き換えるかのようなニュートロンスタンピーダーの不可視の指向性波動が、虚空を割って一斉に撃ち放たれた。
その狂気の波動を浴びせかけられた瞬間、小惑星帯の影に残存していた地球軍の核ミサイル搭載ウィンダム部隊、およびその後方に布陣していた核部隊の母艦であった大西洋連邦の艦隊ともども、自らが積み込んでいた核弾頭の核分裂反応を強制的に暴走させられ、目も眩むような大爆発の光の渦のなかに巻き込まれ、一瞬にして木端微塵に撃破、消滅させられるのだった。
隠密核ミサイル部隊の一瞬における全滅。
ニュートロンスタンピーダーによって引き起こされた、宇宙の物理法則を強引に書き換えるかのような極大の核の連鎖爆発は、凄絶な光の波となって、激しい激突を繰り広げていた大西洋連邦の主本隊、およびザフト軍の双方の陣営のメインモニターへも瞬時に映し出され、何が起きたのかを直ちにまざまざと思い知らされるものとなった。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
戦域を白く染め上げるその絶望の閃光を、ウォルポールのモビルスーツコックピットのなかで言葉を失って見つめていたシェイラ――シェル・アスハの耳元へ、旗艦から放たれた無慈悲な全軍無線のノイズが烈しく下達された。
『――全機に通達! 作戦は完全に失敗した! 我が地球連合艦隊はこれより、当該宙域からの全面撤退へと移行する! 前線のモビルスーツ隊は早急に後退せよ!!』
「っ……! 撤退……!」
シェイラは奥歯を噛み締め、即座にウィンダムの推進スロットルを押し込んで反転、撤退を開始した。傍らにいたエレナ・ランバートのダガーもまた、その鋭い機動を以て後に続く。
しかし、不条理な核攻撃的の牙を向けられ、激しい復讐の炎を燃やすザフト軍の防衛部隊が、敗走する地球軍をそう容易く逃がすはずなど絶対になかった。
ズバァァァンッ!!!
ザフトの防衛艦隊が一斉に放つ極大の艦砲射撃、およびジンの群れによる猛烈な怒濤の追撃の火線が、必死に逃れる地球軍の背後へと容赦なく襲いかかった。
「あああぁぁッ!」
『くそっ、助けてくれ! うわあああァァッ!!』
次々に直撃を受け、真空の闇のなかに犠牲となって木端微塵に墜とされていく仲間たちの凄絶な爆炎。シェイラはその光景に背を向け、生還のためにただひたすらに母艦ウォルポールが待つ後方宙域へと向かって機体を滑らせていた。
だが、ザフト軍の放った執拗な高出力ビームの一閃が、並走していたエレナのダガーを確実に捉えた。
ズバァァァンッ!!!
「――エレナッ!!」
シェイラがスピーカーの奥で叫ぶ。
致命的な一撃は、エレナの乗るダガーの背部に配備されていた極めて重要な駆動部であるメインスラスターへと正確無比に直撃、命中したのだ。
ドガァァァンッ!!!
凄まじい爆発がダガーの艦尾を烈しく灼き焦がし、エレナの機体は白煙を吹き出しながらコントロールを完全に失って戦域のデブリ帯へと激しく流されていく。シェイラは即座に操縦桿を力任せに引き絞り、機体姿勢を反転させてエレナの元へと死に物狂いで向かおうとした。
しかし、乱戦の最中において、その致命的な救援の隙をザフト軍の精鋭たちが見逃すはずなど万に一つもありはしなかった。
ズバババババァァンッ!!!!!
「――っ, しまっ……!!」
無防備に足を止めたシェイラのウィンダムの正面へと、ザフトの放った容赦なき複数の命中弾が一斉に浴びせかけられ、モロに炸裂した。
ドガァァァンッ!!!
右主翼、および脚部の装甲が激しい爆炎を弾けさせて無残に吹き飛ぶ。すべての制御システムが赤色の警告灯を狂ったように明滅させ、コックピットの全周囲モニターが一斉にブラックアウトを起こして完全に沈黙した。
駆動を完全に失ったシェイラのウィンダムは、爆発の強烈な電磁衝撃波に弾かれるまま、誰の救いの手も届かない暗黒の宇宙の彼方、底知れない深淵の闇の向こうへと、ただ重力に抗うことなく無残に投げ出されていくのだった。
地球連合軍の大西洋連邦艦隊の無慈悲な全面撤退。
そんな凄絶な敗走の濁流の最中、ザフト軍の防衛部隊から容赦なき直撃弾を浴びて大破した新型機ウィンダムの、急速に生命維持システムが停止しつつある暗黒のコックピットのなかで、シェル・アスハは真空の深淵のなかをただ独り静かに漂っていた。
(身体が……動かない。……ここまで、のようですね。……エレナ……お姉様……会いたい……)
心の中で最愛の者たちの名前を儚く願い、縋り付こうとするが、脳への酸素供給が途絶えかけているシェルの視界は、冷たい闇によって少しずつ狭まっていく。
意識が薄れゆくその過酷な極限状態のなか、シェルの脳裏には、日本の皇居で国の行く末を独り背負っている最愛の姉、シャル・アスハの凛とした美しい横顔が烈しく去来していた。
(せめて……お姉様に、あの時のことを謝りたかった……)
姉と方針が釣り合わずに日本を飛び出してしまった自らの不条理を悔やむように、シェルの視界は徐々に、白白とぼやけ始める。
(これで……お父様や、お母さん……叔父様……そして、蓮様のもとに……)
自らのすべての刻が止まり、シェルの世界のすべてが真っ黒に閉ざされようとした、まさにその絶対の刹那であった。
完全に暗転するシェルの網膜の最後の光のなかに、断熱圧縮の炎をも切り裂く、あの美しき1機の白きモビルスーツのシルエットが、幻影のように鮮烈に目に入り込むのだった。
――時は、ほんの少しだけ過去へと遡る。
地球連合軍による核ミサイル攻撃の完全な失敗、およびニュートロンスタンピーダーによる核部隊の全滅の現実を突きつけられ、文字通り這々の体で撤退していった地球軍の艦隊は、戦場に取り残された致命的な損傷機や、数多の随伴艦を救うことすらなく、すべて無残に置き去りにしてこの宙域を去っていった。
そのため、現在のユニウスセブン周辺の最前線宙域には、国家の欺瞞とエゴのせいで無念のまま散っていった無数の将兵の遺体や、バラバラに引き裂かれたモビルスーツ、および軍艦の冷たい残骸だけが、静かに漂う生き地獄のような墓場と化していた。
キィィィィン――。
しかし、その誰もいなくなった静寂の死地において、ザフト軍のレーダーを掻き潜りながら、隠密の駆動音を響かせて静かに動く者たちがいた。
それは、蓮・ミタミが立ち上げた独立武装組織『ウルブズ』のモビルスーツ部隊であった。
核ミサイル部隊を近接格闘で完全に撃破した後、蓮たちは一度戦場から安全な宙域へと完全に引いていたものの、地球軍の本隊が全面撤退していったその直後、ザフト軍の本隊にその熱源反応を絶対に見つからぬよう、最新の隠密行動を展開して再びこの大残骸地帯へと戻ってきていたのだ。目的は、この過酷な宙域に漂流している、未だ使えるモビルスーツの機体や、その貴重な予備パーツを極秘裏に収集・回収するためであった。
この時も、蓮はオーディンマークIIを滑らかに操作し、信頼の置ける部下のデクーを1人だけ傍らに連れて、広大な残骸の海のなかから使えそうなジャンクパーツを静かに探索していた。
ピピピピピピピピピッ!!!
すると、デブリの密集地帯をスキャンしていたオーディンマークIIの近接センサーが、奇妙な反応を捉えた。
蓮が視線を向けると、そこにはザフトの烈しい追撃によってメインスラスターや右腕を無残に失っているものの、内部のコックピットやバイタル回路は未だ比較的まともに動きそうな、1機のウィンダムの残骸が不気味に佇んでいた。
「……待て、あの機体、まだ生きている回路があるな」
蓮は機首のベクターノズルを制御して部下と共にそのウィンダムの残骸へと静かに近づくと、固定マグネットワイヤーを射出して足場を確保。一度オーディンマークIIのコックピットハッチを開放し、ノーマルスーツのまま真空の虚空へと降り立った。
ガシャァン――ッ!
蓮がウィンダムの外部ハッチのエマージェンシー・レバーを力任せに引き絞り、強固なコックピットハッチを左右へと滑らかにこじ開ける。
気圧が抜けた薄暗いコックピットの内部へと蓮が身を滑り込ませ、光学ライトを照らした、まさにその絶対の瞬間だった。
そこに浮いていたのは、大西洋連邦の無骨なパイロットスーツのなかにあって、酷く不釣り合いなほどに美しい金髪を揺らし、額から流れた鮮血によってその顔を赤く染めたまま、意識を失って内部に浮いている1人の少女の姿であった。
ライトの光のなかに浮かび上がったその少女のあまりに懐かしい顔立ちを網膜に捉えた瞬間、蓮のゴーグルの奥の瞳が、これまでのあらゆる大義の仮面を一瞬にしてブチ破るほどの猛烈な驚愕に強張り、息を呑んだ。
「――っ!? この子……、まさか……ッ!!」
シャル様の隣で、いつもお転婆に笑っていたあの最愛の王女の残影。
蓮は激しく動揺する胸の鼓動を抑えつけ、生死を瞬時に確かめるために、手袋越しに彼女の白く細い首筋へとそっと指先を触れさせた。
トクン……トクン……トクン……。
指先から伝わってきたのは、微かではあるが、しかし確実に、死の大地の上で必死に脈打っている本物の生命の鼓動であった。
「――生きているぞッ!!」
蓮は即座にノーマルスーツの広域暗号通信の引き金を引き絞ると、遙か離れた宙域に息を潜めている最新鋭超大型宇宙戦艦『ナガト』のナタル艦長に向けて、緊迫した号令の音声を響かせた。
「ナガトへ至急連絡!! 戦域のデブリ帯にて、極めて重要な生存者を1名確認した! 艦内の医療班の受け入れ準備を急ピッチで整えさせろ!!」
『――了解いたしました、蓮隊長! ナガト医療班、直ちに受け入れ準備に入ります!』
インカムの奥から響くナタルの確固たる返答を聞き届けた蓮は、気を失ったシェルの華奢な身体を自らの頑強な両腕で大切に抱き抱えると、細心の注意を払って自らの愛機オーディンマークIIのコックピットへと収容した。
ガシャァン――ッ!
重厚なハッチが閉じられ、機内に内蔵された核エンジンが凄絶な重低音を響かせて同調を開始する。
蓮は操縦桿を限界まで押し込み、オーディンマークIIを最速の飛行形態へと滑らかに変形させると、最愛の少女の命を救うため、暗黒の宇宙空間を切り裂きながら、ウルブズの本陣艦隊が待つ『ナガト』の元へと向かって、星の海の彼方へ凄絶な速度を以て一瞬のうちに急行していくのだった。
大破したウィンダムのコックピットから、漂流していたシェル・アスハが蓮の手によって奇跡的に救出されていた、まさにその同じ頃。
プラント本土の最高評議会ビルの一室においては、カガリのいるオーブから再び宇宙へと戻ってきたアスラン・ザラが、ギルバート・デュランダル議長との重々しい密談の会談を行っていた。
豪奢なデスクを挟んで対峙する2人の間で、最初に切り出されたのは、先のユニウスセブンにおいて恐るべき地球落下テロを仕掛けた実行犯たちが、アスランの亡き父であるパトリック・ザラの呪縛に囚われていたという事についてであった。その苦い現実の事実に、室内には重苦しい沈黙が燻っていた。
やがて、デュランダル議長は静かに視線を上げると、先ほど宇宙空間で終結したばかりの、プラント本土防衛戦におけるもう一つの重大な局面へと話を移行させた。
「――話は先ほど終わったプラント防衛戦についてだが。地球連合軍は我がプラントに対して再び核兵器を使用してきた。……幸いにして、最悪の事態を防ぐことはできたのだがね」
デュランダル議長はそう淡々と語ると、手元のコンソールを静かに叩いた。
「実は、核を搭載したモビルスーツ部隊を足止めしてくれた存在があってね」
議長が壁面のメインモニターへと、ザフトの索敵艦が記録していた鮮明な戦闘映像を流す。
そこには、小惑星帯の影から隠密接近中だった地球軍の核ミサイル部隊を急襲し、驚異的な近接戦闘を以て次々とウィンダムを撃破していく未知のモビルスーツ部隊の姿が克明に映し出されていた。
そして、その総勢12機の先頭に立ち、凄絶なプラズマの光刃を振るって戦場を支配している、白き可変型モビルスーツのシルエットが画面に拡大されたその瞬間だった。
「――っ!?」
アスランの身体が、その場の衝撃に烈しく激動し、動揺する。網膜に焼き付いたその白き牙の威容を凝視したアスランは、胸の奥から湧き上がる激しい衝撃のまま、その名を呟いた。
「オーディン……」
そのアスランのただならぬ反応を見つめながら、デュランダル議長は問いかけた。
「ウルブズが介入したのですか」
「どうやらそのようだ。彼らの攻撃で我々はプラントを守ることができた。現状、彼らは何度も我々を救ってくれている。それは君も目にしているから分かると思うがね」
議長の言葉に、アスランは拳を強く握り締め、焦燥の声を絞り出した。
「……でも、何故彼らは独立武装組織なんかを名乗って戦っているというのです」
「分からない。我々も接触を考えたが、現状彼らの拠点も母艦見つけることができていないのだよ。突然、現れては痕跡を残すことなく姿を消しているからね。――それで君は、あの白い機体の事を知っているようだね」
デュランダル議長の鋭い双眸が、アスランの表情をじっと観察するように見つめる。アスランは一瞬の躊躇の後に、覚悟を決めたようにして、前大戦の最高機密であったその伝説の少年の名前を口にした。
「はい。あの機体はオーディン。先の大戦で戦死したオーブ軍独立第0特務隊のモビルスーツ連隊長、蓮・ミタミが乗っていたモビルスーツです。ですが……今現れたあのオーディンには……」
アスランが言葉を詰まらせる。その先にある驚愕の事実を先回るようにして、デュランダル議長は静かに聲音を響かせた。
「彼が乗っていると」
「はい。おそらく」
アスランのその確信に満ちた返答を聞き、デュランダル議長は静かで底知れない含みを持たせた聲音を室内に響かせるのだった。
「もし彼らがこのまま、中立を貫き戦いに介入するのであれば、戦いの中で再び会えることもあるかもしれないね」
議長のその言葉の裏にある意図を感じながら、アスランはかつての戦友の変貌と、再び世界大戦へと突き進んでいく時代の足音を胸の内に強く刻み、ただ静かに、その闘志を研ぎ澄ますのだった。
地球連合軍による核ミサイル攻撃の阻止、およびザフト軍の放ったニュートロンスタンピーダーによる核部隊の全滅という凄絶なプラント本土防衛戦から、数日が過ぎ。
独立武装組織『ウルブズ』の計6隻からなる大艦隊は、ふたたび宇宙の陽炎のなかへと姿を隠し、小惑星帯の深淵に息を潜める自らの秘密基地へと無事に帰還を果たしていた。
キィィィィン――。
そんな静謐な基地のなかに設置された、ウルブズの高度な医療施設のベッドの上で、一人の少女が静かに目を覚ました。
シェル・アスハはゆっくりと重い目蓋を開いたものの、そこに映し出されたのは、自分が乗り込んでいたウォルポールの私室でも、地球軍の無骨な野戦病院でもない、全く見覚えのない天井であった。
/ う、く……っ
シェルは額に巻かれた包帯の痛みに微かに眉をひそめながら、重い身体をゆっくりとベッドの上に起こし、自らの細い両手を見つめながらポツリと記憶を絞り出した。
「私は……確か。撃ち落とされて……」
プシューーー――。
自らの生存の現実に激しく動揺しているシェルの耳元へ、気圧が抜ける滑らかな駆動音を伴って、病室の頑強な自動扉が静かに左右へと開き、そこにナタルが入ってきた。
「――目を覚まされたようですね」
その室内に響いた、あまりに毅然とした硬質な声音に、シェルはハッと顔を上げた。
「貴方は……っ?」
シェルがベッドの上で警戒の眼差しを向けて問いかけると、その女性は美しく引き締まった敬礼を捧げながら名乗った。
「初めまして。お会いできて光栄です。シェリル殿、いえ、シェル・アスハ様。私はウルブズ所属、ナガトの艦長を務めるナタル・バジルールです。貴方のお姉様とは先の大戦でお目にかかった事が何度か」
「ナタル・バジルール……確か……先の大戦でドミニオンで戦死した筈では」
世界の公的な歴史とのあまりの矛盾に、シェルが息を呑んで問い詰める。ナタルは淡々と、しかし確固たる現実を響かせた。
「そうですね。表向きではそのように公表されているでしょう。ですが、幸いな事に現に私はここに居るので。……シェル様、貴方はモビルスーツで負傷し、宇宙を彷徨っているところを我々が保護しました。怪我の具合は比較的に軽いですが、暫くは安静にしていて下さい。何かありましたら、ここの者にいつでも声を掛けてください」
ナタルがそう現実を諭し、向き直って静かに病室を出ようとすると、シェルは背後に向かって鋭い声を投げかけた。
「――私以外で助かった者はいるのですか」
「もう1人、連邦の女性パイロットを保護しています。彼女から聞いたところ、貴方の従者だとか」
「エレナは……エレナは生きているのですか」
「生きてはいますが、重症のために今は寝ています。シェル様のことは彼女に伝えてあります。また目を覚ました時に案内します」
エレナの生還を知らされ、シェルは胸の奥で激しい安堵の息を吐き出した。ナタルはそのまま病室を出た。
プシューーー――。
重厚な自動扉が閉まり、ナタルが病室を出ると、扉の横では蓮が立っていた。ナタルは蓮の前に立つと、そっと諭すように言葉をかけた。
「2年ぶりの再会です。何か言葉を掛けられては」
ナタルの言葉を受け、蓮は自嘲気味に、低く呟いた。
「――2年間、生きてた上に恋人である姉に会いに来なかったクソ野郎な俺に合わせる顔はねぇだろ」
蓮はそれ以上の言葉を断ち切ると、一度も病室を振り返ることなく、そのまま立ち去るのであった。
ナタル・バジルール艦長が病室を去り、シェル・アスハが再び眠りに就いてから数時間が経過した頃。
戦火の喧騒が嘘のように遠のいた小惑星帯の秘密基地には、物静かな夜の静寂が訪れ、ウルブズの各ドックもまた深い静けさに包まれていた。
キィィィィン――。
シェルは目を覚ますと、医療室のベッドから立ち上がる。
...そして、誰もいない薄暗い基地の通路を歩き続けていると、モビルスーツの広大な格納庫へと辿り着いた。
鈍いナトリウム灯の光に照らされた、広大なドックの最奥。
そこには、あのユニウスセブンの地獄、およびプラント防衛戦の空で凄絶な牙を剥いていた、オーディンマークIIが格納されていた。
シェルは「オーディン?」と呟くと、背後から「何をしてる。」と声が聞こえ、振り返るとそこには蓮の姿があった。
「蓮様……っ!!」
ずっと死んだと思って、その遺品を姉と共に涙ながらに抱き締めていた伝説の少年の姿。その本物の存在を目の前でありありと視認したシェルは、紅色の瞳を大きく見開いた。
「――シェル……っ!?」
蓮の端正な顔が、その場の衝撃に烈しく強張り、これまでのあらゆる大義の仮面を一瞬にして完全に解体させて動揺する。
「生きて……、本当に生きていられたのですね、蓮様……っ!!」
シェルは張り裂けそうな喜びのまま、涙を浮かべて蓮の元へと真っ直ぐに駆け寄ろうと歩みを進める。しかし、蓮は自らの胸の奥に燻る深い罪悪感と自責の念を絞り出すようにして、重々しく、冷徹に言葉を紡いだ。
「――来るな。俺はお前の姉、シャルとの約束を生きていたのにも関わらず、守らなかった男だ」
「そんなことありません! お姉様は今でも貴方を愛しています! 死んだと分かっていても、ずっと貴方の事を思っていました! たとえ、どんな形であれ、生きていたというならきっと……っ!!」
姉のシャルが背負い続けてきた気高き孤独の愛の言葉。それを代弁するようにして、シェルは涙ながらに蓮の頑なな心を溶かそうと必死に叫んだ。
しかし、蓮はゴーグルの奥の瞳を冷たく伏せると、自らが選んだ戻れない闇の大義の重さを自嘲するようにして、ただ一言、冷酷な決意の聲音を響かせた。
「――それでも今の俺に彼女に会う資格はないだろ」
蓮はそれ以上の言葉を完全に断ち切ると、一度もその白きオーディンマークIIの機影を振り返ることもなく、そのまま立ち去するのであった。
残されたシェルは、誰もいなくなった冷たいドックのなかで、遠ざかっていく蓮の孤独な後ろ姿、および世界の裏舞台で戦うウルブズのあまりにも残酷な覚悟の重さに胸を締め付けられながら、ただ独り、大粒の涙を流して立ち尽くすことしかできなかった。
格納庫の鈍いナトリウム灯の下で繰り広げられた、シェルと蓮の2年ぶりとなる衝撃の再会から、静かに一夜が明け。
宇宙の小惑星帯に息を潜める独立武装組織『ウルブズ』の秘密基地は、激動する世界情勢の足音に呼応するかのように、再び慌ただしくなり始めていた。
そんな喧騒の中、基地内の集中治療室を訪れ、未だ眠り続ける従者であり専属メイドのエレナを見舞いに来ていたシェルは、病室の窓越しに通路を見つめたその瞬間、ただならぬ緊迫した面持ちで一斉に会議室へと向かっていくウルブズの幹部たちの姿を見つけた。
胸を突くような言いようのない胸騒ぎを覚えたシェルは、一度エレナの元を離れ、足早に彼らの後を静かに追った。
プシューーー――。
シェルの足音が辿り着いたのは、重厚なハッチの奥にある、冷たい電子光の揺らめく作戦会議室であった。
部屋の最奥には蓮が静かに直立し、その傍らには最新鋭超大型宇宙戦艦ナガトのナタル・バジルール艦長が佇んでいた。招集された各艦の艦長や幹部たちが一堂に集まると、蓮は全員を見据え、いつも通りの感情を一切排した冷徹で淡々とした聲音のまま、得られた最新の地球の情勢の現実を伝えた。
「既に聞いている思うが、先程プラントにてデュランダル議長が積極的自衛権を世界に発令した。これは自衛のための武力行使であり、既にザフトはこの発令後、地球に向けて降下作戦に動き出した。更に新たな情報でこのザフトの動きに乗じてオーブが連邦との同盟の締結を決めた事が分かった。今後、この戦争は地球圏が中心となると思われる。よって、俺も地球に向かおうと思う。いつ戻るかは分からない。それまではナタル艦長にこの基地を任せようと思う。全員彼女の指示に従うように。」
蓮がそう冷徹に今後の指示を下した、まさにその絶対の瞬間であった。
バァァァンッ!!!!!
閉まっていた作戦会議室の重厚な扉が大きく開け放たれ、通路から一歩前に踏み出したシェルが、凛とした強い意志をその声音に宿して真っ直ぐに名乗りを上げた。
「私も同行させてください。」
予期せぬ王女の乱入と名乗り出に、会議室の幹部たちが一瞬にして動揺の声を漏らす。
しかし、蓮はそんなシェルの張り詰めた眼差しに対し、ピクリともその鉄の表情を崩すことなく、一切の私情を排した氷のように冷酷な聲音を真っ直ぐに浴びせかけた。
「貴方は部外者だ。従者の傷が癒え次第、日本に送り届ける。それまでは大人しく。」
蓮のあまりに冷淡な拒絶に、しかしシェルは一歩も退くことなく、その紅色の瞳を真っ直ぐに据えて言い返した。
「なら私もウルブズに入ります。入れば残れるんですよね。」
自らの下に馳せ参じようとするシェルのその言葉を聞き、蓮は僅かに目を伏せると、突き放すような冷徹な声音のまま静かに首を振った。
「悪いが、そう簡単に入れる組織ではない。いくらモビルスーツのパイロットだからといって君はまだひよっこだ。ここのパイロットの全員、実戦を多数乗り越えた者達ばかりだ。それに第一にモビルスーツには限りがある。」
蓮がそう言い切ったまさにその瞬間、並んでいた組織の席の端から、技術担当の幹部が静かに片手を挙げ、遮るように声を響かせた。
「いや、1機の試作のモビルスーツが。」
その言葉に、蓮は鋭い視線を技術幹部へと向け、怪訝そうに眉をひそめた。
「パンドラのことか。あれは近接特化すぎて素人には無理だろ。」
蓮がその試作機のあまりにピーキーな危険性を指摘してなおも拒絶しようとした時、傍らに佇んでいたナタルが静かに一歩前に出ると、冷静な規律と合理性の聲音を響かせて進言した。
「ですが、近いうちに実地試験が必要なのは確かです。それにパイロット自体がこの組織では貴重です。育てるためにも同行を許すことも一つの案かと。」
ナタルのその確固たる後押しの言葉を受け、蓮は重々しい沈黙の後に、小さく溜息を吐き出すと、シェルを真っ直ぐに見据えた。
「・・・・・分かった。ウルブズの入隊を許可する。ただし、俺の命令には絶対に従うこと。それができないなら同行する許可は出さない。」
蓮が組織の最高責任者としての厳格な規律を真っ直ぐに突きつけると、シェルはその蓮の引き締まった瞳を真っ直ぐに見つめ返し、即座に返答した。
「わかりました。」
それは、ただ守られるだけの一国の王女シェル・アスハを完全に捨て去り、世界の不条理の戦火を力任せにブチ抜くための、ウルブズの一人の戦士として生きることを完全に誓った瞬間の言葉であった。
ご愛読ありがとうございます。既に次回作も編集に入っております。では、次回もお楽しみに