独立武装組織『ウルブズ』が放った、地球連合軍の暗黒の戦争犯罪を暴く世界同時ハッキング暴露声明から、静かに数日の刻が過ぎ。
世界の情勢が裏側から激しく揺れ動くなか、最高責任者である蓮は地中海の本部基地にある自らの執務室に籠もり、冷たい電子光を放つメインコンソールを見据えながら、各国の軍事的な動きや泥沼化していく戦争の最新状況を冷静に調べていた。
プシューーー――。
静まり返った部屋の気密ハッチが左右へと滑らかに開き、独特の緊迫感を漂わせた諜報員が、新たな情報ログを携えて報告のために一礼と共に室内に足を滑り込ませてきた。
「本日の情報を報告しに参りました。まず、オーブですが、やはりフリーダムがカガリ様を連れて飛び立った事は事実のようです。アークエンジェルも発艦したのも確実だと。後、これにこうして日本の女王陛下がアークエンジェルを追って飛び立ったと。」
その現地に放った独自の諜報網から寄せられた確実な報告を耳にした瞬間、蓮は手元のコンソールを叩く指を止め、かつての大戦を共に生き抜いたシャルという一人の少女のブレなき強固な覚悟へ想いを馳せるようにして、小さく声音を響かせた。
「そうか、やはりアイツは変わらないな。すまない。続けてくれ。」
蓮がそう冷徹に先を促すと、諜報員は姿勢を正してさらに言葉を紡いだ。
「はい。次にミネルバですが、ガルナハンで地球軍の砲台の破壊に成功し、地球軍はその地域から手を引きました。現在は黒海沿岸都市「ディオキア」に停泊している状況です。宇宙では今も地球とプラントによる小規模な戦闘が続いていると。そして、世界の情勢ですが、我々の取った行動とミネルバの活躍もあり、地球軍に対する民衆の感情は悪くなりつつあり、既に抵抗運動も幾つか確認されています。」
世界中を震撼させたウルブズの暴露放送、そしてザフトの赤き新鋭艦の活躍が相乗効果を生み、地球連合軍の欺瞞に満ちた正義への反発が各地で爆発し始めている現実。
蓮はその現地の惨状を静かに見据えると、フッと鼻で冷たく笑い、冷徹にその情勢を分析した。
「だろうな。今までのことをみれば、連邦が明らかにプラントに対して強引に戦線を布告したにしか見えないからな。まぁ、今はとにかく動く事は控えるように。だが、情報は引き続き頼む。」
「分かりました。」
諜報員は規律正しく一礼を捧げると、そのまま音もなく静かに執務室を出ていった。
静寂の戻った部屋のなかに独り残された蓮は、椅子の背もたれからゆっくりと身を起こすと、身に纏ったウルブズの引き締まった白と黒の制服の襟元を静かに整え、これから大気圏の底で始まるさらなる大戦乱の嵐を睨み据えるようにして、静かに独りごちた。
「オーディンの整備に行くか。」
蓮は自らの愛機の待つ無骨な熱気の立ち込める地下格納庫へ向かって、空間を切り裂くような静かな足音を響かせながら、ゆっくりと歩みを進めていくのであった。
身に纏ったウルブズの引き締まった白と黒の制服の襟元を静かに整えた蓮は、独特の熱気と冷却液の匂いが立ち込める広大な地下格納庫へとゆっくり足を進めた。
薄暗いナトリウム灯に照らされたドックの只中、そこでは支給されたパイロットスーツに身を包んだシェルが、総整備主任のボリス・ジェスターと親しげに会話を交わしている光景を蓮はその瞳の奥に捉えた。
蓮は、眼前に聳え立つ白き愛機オーディンマークIIの強固な主脚の足元へと真っ直ぐ歩み寄り、声をかけた。
「おやっさん。」
巨大なショックアブソーバーの数値を調整していたボリスが、油のついたスパナを片てにそっと振り返り、白い歯を見せて不敵に笑った。
「おぉ、蓮か。どうした、また整備か。」
「そんなところだ。」
蓮が短く返すと、ボリスは愛機の頑強な装甲を顎でしゃくり、呆れたように、しかしどこか嬉しそうに語りかけてくる。
「相変わらず、オーディンが好きだな。お前は。」
「自分の機体だ。チェックするのは当たり前だろ。」
蓮はそう言い残すと、コンソールへと繋がる鉄のタラップへと滑らかに足をかけ、機体各部の最終チェックを行うためにオーディンマークIIのコックピットへと向かって一歩ずつ上っていった。
地上に残され、その蓮のストイックな後ろ姿をただじっと静かに見送っていたシェルは、隣に佇むボリスを見つめながら、ポツリと疑問の声を漏らした。
「蓮様は、いつも整備されていますね。」
ボリスは咥えていた煙草の煙を無造作に吹き出すと、かつて小惑星基地に運び込まれた白き可変機の凄絶な残骸を懐かしむように語り始めた。
「それくらい、あの機体のことを気に入ってるんだ。あの機体は、元はオーブで作られた機体なんだろ。俺がここに来た時はひどく損傷しててな。直すだけならまだしも性能を上げろって言うからマーク2を作るのに2年もかかったよ。」
その一流の技術者としての不器用な苦労話を聞いたシェルは、切なげに自らの紅色の瞳をそっと伏せると、胸の奥にある故郷の温もりを噛み締めるように呟いた。
「きっとウズミ伯父様から貰った機体だから。」
ボリスが驚いたように眉を上げ、アスハの血筋としての複雑な因縁を問いかける。
「前の大戦の代表の名だな。そうか、シェルお嬢ちゃんは一応、日本の皇女だったな。なら、今の代表とは従兄弟の関係か。」
シェルの網膜の奥に寂しげな光が揺れる。
「そうですね。」
シェルがそう深く頷くと、ボリスは格納庫の奥で忙しなく火花を散らす大勢のメカニックたちへと視線を巡らせ、組織の根底にある固い大義の絆を静かに語って聞かせた。
「この組織にいる連中はな、みんな前の戦争で大切な家族、恋人を失った奴らばかりだ。もう二度とあんな思いをしたくない、見たくないと願うだけなら簡単だ。でも、行動をする覚悟は俺たちになかった。そんな時、蓮が俺たちを誘ってくれた。俺も先の大戦で息子夫婦を失った。何も無く先に絶望していた時にアイツが声をかけてきて、この平和な世界を守るためにちからを貸してくれって言ってきて。最初は怪しかったが、アイツを見ているうちに俺もまだやれるって思えるんだよな。」
おやっさんのその息子夫婦を失った悲痛な過去、および蓮という一人の男の背中に救われたという魂の独白。
シェルがその言葉を胸の奥で重々しく受け止めていた、まさにその絶対の瞬間であった。
「隊長!!」
バァァァンッ!!!!!
格納庫の重厚な気密ゲートが烈しく開け放たれ、ウルブズの兵士の1人が血相を変えて激しい足音を響かせながら走り込んできた。
タラップの上でその切迫した叫びを聞きとがめた蓮は、動きを止めて地上へと鋭い視線を投げかけた。
「どうした。」
「地球軍が動き出した。目標はミネルバです。」
その最悪の前線報告を聞いた蓮は、ピクリとも表情を変えることなく冷徹に言葉を返す。
「なら、問題ない。あの中の搭乗員は練度も高い。」
シンやアスランの揃う赤き新鋭艦の守備力であれば、通常の連合艦隊が相手ならば容易く追い散らすはずである。そう蓮が判断したまさにその刹那、兵士はさらに喉を詰まらせるようにして戦慄の展開を告げた。
「違うんです。今回のミネルバ打倒艦隊にはオーブ軍も含まれているんです。」
その最悪の同盟の現実に、背後にいたシェルは一瞬にして身体を烈しく強張らせた。
「オーブが……っ!?」
かつての自らの故郷であり、ロゴスの欺瞞に呑まれてしまったオーブの裏切りに、シェルは激しい動揺の声を漏らす。
しかし、蓮は即座にコックピットのコンソールを力跨に叩き、一切の私情を排した組織の最高責任者としての冷徹な聲音を響かせた。
「直ぐに出る。」
蓮はそう冷酷に言い放つと、白と黒の制服を身に纏ったまま、地球圏の次なる大戦火の嵐へと向けて、凄絶な速度を以て電撃的な出撃準備を始めるのであった。
地中海の秘密基地の地下格納庫に、けたたましい非常警報のサイレンが鳴り響く。
オーブ軍が地球軍の同盟としてミネルバ打倒へ動き出したという最悪の報告を受け、蓮は白と黒の制服を身に纏ったままオーディンマークIIのシートへ深く身を沈めると、即座に熱核エンジンを限界まで一気に吹き上げた。
キィィィィン――ッ!!!!!
ベクターノズルから凄絶な大推力が爆発し、四肢のフレームを滑らかに折り畳んだ蓮のオーディンマークIIは、最速の飛行形態へと鮮烈に変形を完了させ、電磁誘導レールに沿って第一カタパルトデッキへと向かう。
ガシャァン――ッ。
重厚な電磁ロックが機体をカタパルトにガッチリと固定したその直後、蓮のメインモニターの端に、急速に接近してくるもう一つの白い熱源反応が映し出された。
蓮が鋭く視線を向けると、隣の第二カタパルトデッキに、スラスターの火線を烈しく引いた試作機パンドラが滑り込むようにして配置につく。
まだウルブズの正式な入隊許可が下りたばかりの、実戦経験すら浅いシェルのその無謀な機動を目にした瞬間、蓮は操縦桿の暗号回線を叩き、インカムを通じて隣のコックピットへと冷徹な聲音を真っ直ぐに突き放した。
「出撃許可は出ていない。戻れ。」
それは、一国の王女シェル・アスハという一人の少女の命をどこまでも案じる、蓮としての厳格な拒絶の命令であった。しかし、パンドラの狭いコックピットの中で操縦桿を両手で力強く握り締めたシェルは、ビクッと身体を強張らせることもなく、その紅色の瞳に確固たる強い意志の光を宿して、インカムの奥の蓮に向けて真っ直ぐに言い返した。
「オーブ軍が出ると言うなら私も行きます。日本とオーブは兄弟国です。そして、私は日本の皇女です。どんなことがあれ、見届ける義務があります。」
ロゴスの欺瞞に呑まれ、連邦の犬となってミネルバを討たんとする故郷オーブのあまりにも理不尽な過ち。それを日本の皇女として、一人のアスハの人間として絶対に見て見ぬふりはできないという、すべてを賭したシェルの魂の叫びであった。
無線回線の奥から響く彼女のブレなき覚悟の言葉を受け、蓮は重々しい沈黙の後、コンソールのメーターを見据えながら、一切の私情を排した隊長としての聲音を低く響かせた。
「・・・・・命令には必ず従え。」
それが、蓮が一人のウルブズの戦士として、彼女を自らの戦宙域へと同行させることを静かに認めた瞬間であった。シェルは張り詰めていた面持ちを僅かに緩めると、凛とした声音で即座に返答した。
「ありがとうございます。」
運命のカウントダウンがゼロを刻み、両カタパルトの電磁射出レールが一斉に鋭い閃光を明滅させて火線を走らせる。蓮はスロットルレバーを限界まで一気に押し込み、組織の最高責任者としての烈しい意思の声を響かせた。
「蓮・ミタミ。オーディンマークII出る!!」
それに追随するように、シェルのパンドラのコックピットからも、迷いを完全に振り切った新兵の鋭い叫びが同期された。
「シェル・アスハ。パンドラ、出ます。」
ドゴォォォォォンッ!!!!!
地中海の秘密基地の岩壁を烈しく揺るがす凄絶な推進火線の尾を引き裂きながら、白と黒の制服を身に纏った2人の駆る白き牙は、カタパルトから大空へと鮮烈に抜錨した。
残像を遺すほどの圧倒的な超高速の機動を以て、2機は並んで地中海のどこまでも青い空の彼方へと一瞬のうちに飛び去り、次なる激動の黒海・ディオキアの大戦火の嵐が待つ最前線へと向かって、ただ真っ直ぐに突き進んでいくのであった。
地中海の地球本部から爆発的な推進火線を撒き散らして出撃した蓮とシェルは、事前に得ていた確実な情報ログの座標の元へ向かい、広大な海原の底を低空で這うようにしてディオキア沖へと急行した。
やがて、網膜の光学索敵モニターの向こう側、激しい応射の光が入り乱れるその戦域へと到着すると、そこでは既にザフト軍の最新鋭艦ミネルバに対して、地球軍とオーブ軍の連合軍との激しい戦闘が始まっていた。
海面を烈しく割る凄絶な水柱と、四方に飛び交うビームの火線をその瞳の奥に捉えた蓮は、即座に操縦桿を微調整して愛機の熱源反応を極限まで隠蔽した。
「手は出すな。近くで様子を見る。」
蓮がインカムを通じて隣のパンドラへと冷徹な声音の指示を響かせると、2機の白き可変機は巡航スラスターの噴射を滑らかに絞り、乱戦の死角となっていた近くの岩陰に降り立ち、そのまま両軍の凄絶な戦いの様子を見続ける。
激しい硝煙の立ち込める戦場では、狂ったようにミネルバへと向かって殺到するオーブ軍のモビルスーツ部隊に対し、かつての戦友であるアスラン・ザラが乗ると思われるセイバーガンダムと、かつてアーモリーワンの地獄で蓮たちが助けたシンのインパルスガンダムが、傷ついた赤き母艦を護るために必死に前線での迎撃を行なっていた。
そして、包囲網に追い詰められたミネルバもまた、四方の対空砲火を限界まで一斉に明滅させ、襲いかかるオーブ軍に対して必死に苛烈な反撃を続ける。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォッ!!!!!
すると、そんな泥沼の戦況の中、混戦を力任せにブチ抜くため、満身創痍のミネルバが艦首の特大陽電子砲タンホイザーの極大エネルギーを不気味に充填し、用意し始める。
「――っ!!」
その絶大なる破壊の光の予兆を目撃した瞬間、かつての故郷の軍勢が跡形もなく葬り去られる未来を直感したのか、蓮の隣に静止していた試作機パンドラが、割り込むようにして激しく動こうとする。
しかし、そのシェルの焦燥の機動に対し、蓮は操縦桿のコマンドを烈しく叩いてパンドラのメインモニターへ緊急制動のアラートを割り込ませた。
「動くな。」
「でも。」
シェルがパンドラのコックピットの中でなおも悲痛な声を漏らし、食い下がろうとする。しかし、蓮は一切の私情を排した組織の最高責任者としての聲音を、彼女のインカムの奥へと冷酷に突き放した。
「今、俺たちが動いたところで何も変わらない。それに俺たちは連邦からすればテロ組織だ。出れば、撃たれる。」
世界中をハッキング暴露で震撼させ、大西洋連邦から第一級の国際テロ組織として指名手配された今のウルブズの冷酷な立場。その蓮の絶対の現実を突きつけられると、シェルは唇を強く噛み締め、悔しさに拳を震わせながらも、それ以上動くのをやめるのだった。
そして、このままミネルバのタンホイザーが猛烈な大熱線を放ち、押し寄せるオーブ軍の艦隊は一瞬にして灰燼に葬られる――誰もがそう思ったまさにその時だった。
ピカァァァァァン――ッ!!!!!
突如として、遙か上空の分厚い雲の隙間から、空間の物理法則を強引に灼き焦がすかのような極高収束の鮮烈な緑のビームが放たれ、ミネルバの艦首で輝いていたタンホイザーの砲身を完璧に貫き、大爆発と共に粉々に破壊した。
ドガァァァァァンッ!!!!!
予期せぬ第三勢力の極大の狙撃に戦場全体が驚愕に凍りつくなか、厚い雲を引き裂いて空から厳かに姿を現したのは、蓮にとっても深く懐かしくもある、あの2年前の大戦を共に戦い抜いた伝説の牙の機体と艦の姿が現れる。
「フリーダム、アークエンジェル。」
蓮がその2つの名をコックピットの中で低く呟くのと同時、洋上にその威容を現したアークエンジェルの下部ハッチから、さらにストライクルージュとクサナギが鮮烈に射出され、そのストライクルージュの全周囲スピーカーからは、全周波数の広域通信を開いた一人の少女の必死のセリフが、戦場全域の無線へと響き渡ってきた。
『私はオーブ代表、カガリ・ユラ・アスハである。オーブ軍に達する、直ちに戦闘を中止し軍を引け。』
かつての最高権力者としての絶対の大義の叫び。しかし、激しい応射の嵐が吹き荒れるこの最前線の只中で、そのあまりにも理想論に過ぎない悲痛な言葉を聞いた蓮は、冷徹にその現実を見据え、コンソールの奥へと重々しい声音を響かせた。
「何故、このタイミングで・・・・それで戦闘が終わると思ってるのか。」
蓮がそう言い捨てた瞬間、その冷酷な予測を裏付けるかのように、セイラン家の欺瞞に呑まれたオーブ軍の艦隊側から、容赦なき無数のミサイルやモビルスーツの苛烈な攻撃が、カガリの乗るストライクルージュに向けて一斉に放たれた。
「カガリ――ッ!!」
しかし、その致命的な弾幕の嵐を切り裂くようにして、キラ・ヤマトの駆るフリーダムと草薙の艦隊が驚異的な超機動を以てそれらをことごとく空中で撃墜し、絶体絶命のストイックな状況からストライクルージュを死に物狂いで守る。
その後、自由の翼を広げたフリーダムは、一切の殺意を排したマルチロックオンの無力化斉射を以て、双方の陣営の戦闘を無理やりにでも止めるために戦場を縦横無尽に駆け巡って奮闘するが、一度火のついた互いの大義の戦いは簡単に終わることなどなく、凄絶な応酬の末、最後は機体と船体に多数の致命的な被害を受けたオーブ、地球の連合艦隊が渋々といった様子で後退し、撤退を完了したことで、ようやくディオキア沖の激しい戦いは終わる。
大戦火の嵐が去り、静寂の戻り始めた黒海の空から、役割を終えたフリーダム、クサナギ、そしてアークエンジェルは、波飛沫を引いてそのまま静かに戦域を離脱していく。
その残像を岩陰からただじっと静かに見届けた蓮は、即座に操縦桿を力任せに引き絞り、愛機の熱核エンジンを限界まで一気に最大出力へとブチ上げた。
「アークエンジェルを追う!!ついてこい。」
蓮がインカムの奥へそう鋭い声を響かせて指示を出し、飛行形態へと滑らかに変形したオーディンマークIIが凄絶な推進火線の尾を引いて急加速すると、シェルのパンドラもまたその白い主役機の熱源反応に追随するようにして飛び立ち、2機の白き牙はアークエンジェルの航跡の残る空へと向かって、猛烈な速度の飛行機動でその後を追うのであった。
泥沼の激戦が繰り広げられたディオキアの地を離れ、それぞれの進路を以て静かに戦域を離脱していくキラのフリーダム、シャルの駆る専用のムラサメ、あるいはクサナギとアークエンジェルの艦隊。
水平線の彼方から広大な海原を真っ赤に灼き焦がすかのように、静かに夕日が沈みゆく黄昏の暗がりのなか、その不気味な沈黙は突如として破られた。
ドゴォォォォォォンッ!!!!!
凄絶な爆音と共に、遙か上空から放たれた極高収束のビームの火線――新型複合主砲マークスマン・アグニの強烈な熱線が、離脱を続けていたフリーダムとアークエンジェルの進行方向先にあたる海面へと着弾し、烈しい水柱を爆発させたのだ。
「――っ、何だ!?」
「この射線は……っ!」
あまりにも不意の急襲に、ムラサメのコックピットの中でシャルが息を呑み、キラがフリーダムの全周囲モニターを鋭く凝視して驚愕の声をあげる。
洋上の空から、猛烈な推進風を軋ませて飛行形態のモビルアーマーが現れ、アークエンジェルを遮るようにして目の前で滑らかに変形し、その無骨な四肢を解放したモビルスーツへと姿を変えた。
それは、2年前のあの地獄の大戦において、大義の盾として共に戦い抜いた伝説の主役機――オーディンマークIIの紛れもない威容であった。
さらに、そのオーディンの白い熱源反応の後方からは、近接特化型の禍々しい双剣を背負った、紅蓮の試作型モビルスーツ・パンドラもまた滑らかに現れ、海風の中にその身を直立させた。
網膜のスクリーンの向こう側に聳え立つかつての愛しい牙の姿を捉えたシャルは、張り裂けそうな胸の内をその唇に震わせた。
「オーディン・・・・。」
シャルが信じられない面持ちでその機体を見つめていると、オーディンマークIIの通信コンソールから最高暗号の周波数がアークエンジェル全軍へと一斉に繋がれ、スピーカーの奥から、一切の私情を排した蓮の冷徹な無線が真っ直ぐに響いてきた。
『フリーダム、アークエンジェルに告げる。何故、あの戦闘に介入した。』
かつての戦友からのあまりにも重々しい冷酷な問い。回線を開いたアークエンジェルのコックピットの奥から、カガリがその痛々しい涙の声をスピーカーへ漏らす。
『何故だと・・・・・私はただ、オーブの戦闘を・・・・。』
『代表が例え、あの戦場に出たところで戦いは終わらなかった。更に混乱を生むだけだ。そんなことも分からないか。オーブは一線を既に同盟締結という時点で超えている。』
蓮が放ったその一切の甘えを許さない現実の不条理の刃の前に、カガリはそれ以上の反論を完全に失い、唇を激しく震わせたまま、ただ何も言えなくなるのだった。
――その、冷酷な不条理が戦場を支配した絶対の刹那だった。
ズバァァァンッ!!!
静寂を強引に切り裂き、シャルの駆るムラサメが操縦桿を叩いて、蓮のオーディンマークIIに向けて鋭いビームを放ったのだ。
直撃こそはしないものの、至近距離に迫った2機の白き巨体の間を、シャルが滾らせた激しい怒りのビームの残光が鮮烈に通過していった。
シャルは操縦桿を烈しく震わせ、女王としてのすべての仮面を脱ぎ捨てて、インカムの奥へ張り裂けそうな魂の叫びをぶつけた。
「混乱を生み出すだけだと、どの口が言う。貴様だって散々混乱を生み出してきただろ。」
シャルのその激しい怒号に対し、蓮はコンソールの鉄の表情をピクリとも崩すことなく、ただ冷徹に大義の聲音を浴びせ返す。
『我々は平和のために介入を行なっている。』
「生きていたのにも関わらず、大切な人のもとへ戻ろうともせず、私から逃げてきた貴様に私達を止める資格があると思うか。どうなんだ・・・・蓮。」
2年前、愛する男を失った深い絶望の地獄を生き抜き、日本の女王として一人で不条理な重責を背負い続けてきたシャル。その自分を置き去りにして世界の裏舞台へと消え去った蓮への、一人の少女としてのあまりにも切なく烈しい涙の独白であった。シャルが喉を詰まらせてその名を問いかけた、まさにその時だった。
『それは違います。』
突如として、シャルのムラサメのコックピットに、全く別の聞き覚えのある愛しい少女の音声が割り込んで響いてきた。
「この声・・・・シェル。シェルなのか。」
シャルが激しい激動のまま問いかけると、パンドラのコックピットからメインの通信回路が強制同期され、シャルの全周囲モニターのなかに、2年前の戦後にすれ違いから日本を出て行ってしまったシェルの顔が鮮烈に映し出された。
「なぜ、お前がウルブズに。」
その最愛の妹の姿を目の前にしてシャルが激しく激動し、混乱の声をあげるなか、シェルは自らの紅色の瞳に確固たるウルブズの戦士としての誓いの光を宿し、真っ直ぐに言い返した。
「自分で決めたのです。この世界を変えるためにウルブズで戦うと。そして、それは蓮様も同じです。」
妹のそのブレなき覚悟のセリフを聞いた蓮は、それ以上の会話を遮るようにして操縦桿のホログラムパネルを力強く叩いた。
「シェル、もういい。時間だ。」
蓮は冷酷にそう言ってシェルの通信を断ち切ると、アークエンジェル全陣営、およびシャルのムラサメに向けて、世界の裏舞台を見通した絶対の最後通牒の聲音を氷のように響かせた。
『キラ・ヤマト、カガリ・ユラ・アスハ、シャル・アスハ、およびアークエンジェルに告げる。これ以上の介入をやめよ。もし、再び介入すると言うなら我々は貴官達を敵と判断し、殲滅する。これは警告である。これをよく考えて動くように。』
かつて世界を滅亡から救うために共に命を懸けた、あの最愛の男から突きつけられた、無慈悲な殲滅の宣戦布告。
蓮はそれ以上の会話を冷徹に拒絶すると、オーディンマークIIを滑らかに飛行形態へと変形させ、シェルのパンドラと共に凄絶な推進火線の尾を烈しく引き、沈みゆく夕陽の闇の彼方へと一瞬のうちに飛び去っていった。
そして、思いもしない蓮のあまりにも冷酷な決別の言葉、および再会した妹との邂逅の衝撃を前にして、シャルはムラサメのシートの中で操縦桿を強く抱き締めながら、溢れ出しそうになる悲痛な涙を、夕陽に灼かれるコックピットの中でただ静かに流し続けるのであった。
シャル達とのあまりにも烈しい再会と決別の後、地中海の地球本部基地へと静かに帰還した蓮は、コンソールの全駆動システムを停止させると、白と黒の制服に身を包んだままオーディンマークIIのコックピットから床へと降り立った。
タラップを下りる蓮の背中を見つけ、その張り詰めた心の痛みを察したのか、後を追うようにして支給されたパイロットスーツ姿のシェルが通路の奥から必死に追ってくる。
しかし、蓮は足を止めることなく、冷淡な声音を背後へと向けた。
「来るな。」
蓮はそう鋭く彼女の接近を拒絶すると、小さく息を吐き出し、インカムの奥の聲音へ、かつての恋人やその妹を大戦火へと巻き込んでしまった男としての重々しい苦悩を滲ませた。
「すまないが、今は1人にしてほしい。」
蓮はそう静かに告げると、シェルの返答を待つことなく、空間を切り裂くような静かな足音だけを響かせて、そのまま独り格納庫を出ていくのであった。
そして、蓮の放った無慈悲な殲滅の最後通牒の残響を浴びせられたアークエンジェル艦内でも、全く同じ重苦しい沈黙と悲痛な空気が漂っていた。
洋上を離脱していくアークエンジェルの静まり返ったブリッジにて、深刻な面持ちの面々が集まったカガリは、コックピットの中で聞いたあの愛しい男のあまりにも冷酷な言葉がどうしても信じられず、涙混じりの声を漏らした。
「何故、アイツは・・・・蓮は。」
カガリのその悲痛な問いかけに対し、2年前の地獄の戦場を誰よりも深く共に生き抜いたキラが、悲しげに、しかし確固たる親友への絶対の信頼の微笑みを浮かべて口を開いた。
「きっと、彼なりの優しさなんだと思う。彼の話している様子だと、きっと彼もあの戦場にいて、カガリやシャル、みんなをこれ以上傷つけないためにもああいう言い方しか出来なかったんだと思う。彼も前の戦争で多くの家族や友人を失ってる。だからこそ、これ以上巻き込まないためにも、戦場から僕たちを遠ざけようとしたんじゃないのかな。」
蓮が突きつけてきた「次は敵として殲滅する」という非情な警告の刃。それこそが、これ以上自分たちの周りで不条理な死の犠牲を出さないための、蓮の不器用で、しかし絶対の救済の優しさであった。キラのその言葉を聞いたカガリは、ハッと大きく目を見開き、
「それで、シャルは。」
と、隣に佇むラクスに向かって震える声音で聞いた。すると、ラクスもまた気高き声音の中に痛ましげな憂いを厳かに響かせる。
「今は部屋にいますわ。蓮さんだけでなく、妹のシェル様もウルブズにいると知ってしまった以上、心の整理は必要でしょう。」
2年前の戦後に、シャル様とのすれ違いから日本を独り出て行ってしまった最愛の妹シェルの真実。それが、自分たちを拒絶する蓮と同じウルブズの過酷な大義の中にいるという残酷な因縁を知ってしまった日本の女王シャル。
ラクスがそう深く目を伏せて語る通り、アークエンジェルの静かな通路の奥の自室において、シャルは夕陽の消え去った暗がりのなか、ただ独り静かに、その引き裂かれそうな心の痛みを抱え続けるのであった。
世界中をハッキング暴露で震撼させたウルブズ、そして大国の欺瞞が渦巻いたディオキア沖の大決戦が幕を閉じた、その日の夜。
世界の情勢がさらなる泥沼の激流へと加速していく暗がりのなか、地中海の地球本部基地にある静まり返った自らの執務室で、蓮は白と黒の制服のままデスクの前に独り座り、今日の前線で得られた生々しい戦闘データと作戦報告書を黙々とまとめていた。
ピピッ――。
深夜の静寂を破り、目の前のメインコンソールモニターに鮮烈な電子音と共に、最高暗号回線からの連絡通知がくる。画面に映し出された発信元の相手は、宇宙本部の強襲巡洋戦艦コンゴウの艦長席に直立して宇宙の防備を預かるナタルからであった。
蓮がデスクのコマンドを叩いて着信に出ると、モニターの向こう側に佇むナタルは、軍人としての最高の礼節を帯びた重々しい聲音を響かせた。
『夜中にすいません。少し、話をと思いまして。』
蓮は手元のタッチパネルから視線を外すと、椅子の背もたれにゆっくりと身を預け、一切の私情を排した隊長としての聲音を僅かに和らげて言葉を返した。
「いや、俺も話し相手が欲しかったところだ。今日、フリーダムとアークエンジェルに会ったよ。」
蓮がそう冷徹にディオキア沖での電撃的な介入劇の事実を切り出すと、宇宙のナタルは深く目を伏せ、モニターの向こう側から静かに問いかけてきた。
『ええ、報告書で読ませてもらいました。どうでしたか。』
かつての過酷な地獄を共に生き抜いた懐かしい面々との2年ぶりの邂逅。蓮は自らの愛機オーディンマークIIの全周囲モニター越しに目にしたキラやカガリ、そしてシャルのムラサメの残像を瞳の奥に思い浮かべながら、重々しく声音を響かせた。
「何も変わってなかったよ。相変わらず、あの時のまま信念を貫いてる。だが、今回は彼らが動いたところでどうしようもなかった。むしろ、犠牲が多く出た。だからこそ、警告した。これ以上、アイツらは関わるべきじゃない。」
セイラン家の欺瞞に呑まれ、連邦の犬となってザフトを討たんとするオーブ軍の理不尽な過ち。理想論だけでは絶対に止められない最前線の現実に、彼らをこれ以上の泥沼の大戦火から遠ざけるために敢えて突き放した、蓮の不器用な絶対の優しさであった。しかし、その蓮の氷のように張り詰めた言葉の真意を受け止め、ナタルはインカムの奥から、鋭く本質を突く問いを静かに投げかけた。
『それで彼らが止まるとでも。』
ナタルのその底知れない大人の問いかけに対し、蓮は自らの髪を僅かにかき上げ、冷酷な現実を見据えた声音のままに答えた。
「無理だろうな。きっとまた彼らは動くだろうな。でも、そうなるなら俺はアイツらを堕とさなければならない。」
次に邪魔をするならば、たとえかつての親友であろうと、最愛の少女であろうと、この中立の牙を以て自らの手で完全に撃破する。その蓮が独りで背負い込もうとするあまりにも非情な覚悟のセリフを聞いたナタルは、モニターの向こう側でそっと姿勢を正すと、かつて大戦で犯した自らの人生の痛烈な後悔の歴史を交えながら、蓮の背中を真っ直ぐに律する最高の進言を厳かに響かせた。
『私からは何も言えません。ですが、私は先の戦争で軍の命令だけを重視して道を誤りました。でも、あなたは違う。きっと対話で止められることも分かち合えることもできる筈です。それは貴方がこの組織をまとめあげた功績が示しています。どうか、後悔のない行動を。』
かつて地球軍の理不尽な規律に縛られ、アークエンジェルと殺し合い、最後にトド達の裏切りに殉じかけた悲痛な過去。その地獄から自分を救い出し、いかなる国家のエゴにも縛られないウルブズという奇跡のプロフェッショナル集団をまとめあげた蓮の本質を、誰よりも理解しているナタルだからこその、魂の言葉であった。
そのナタルのどこまでも温かくも厳格な進言の言葉を胸の奥で重々しく受け止めた蓮は、僅かに表情を緩めると、確固たる聲音を響かせた。
「ありがとう。ナタル艦長。」
蓮がそう深く感謝の声を伝えると、着信を切る。
プツゥゥゥン――。
メインコンソールの通信画面が静かに消え、再び執務室のなかに深い夜の静寂が戻る。蓮はデスクの上に両手を預け、暗闇の窓の外に広がる漆黒の地中海の海原を見つめながら、白と黒の制服の胸元の奥にある自らのブレなき大義の牙を静かに研ぎ澄ませた。
そして、蓮は、
「俺は・・・・・。」
と、これからの地球圏を包み込むであろうさらなる激動の大戦乱の嵐に向けて、一人のウルブズの最高指揮官としての本当の覚醒の覚悟を決めるのであった。
ご愛読ありがとうございます。アニ督です。今回の6話までの投稿が2日ほど空いてしまい申し訳ありません。この2日間、どうしても外せない仕事があり、そちらに集中しておりました。今後、また仕事で期間が少し開くかもしれませんが、応援して頂ければ幸いです。では、次回もお楽しみに。