武装神姫 ~うちの神姫たちとの日々~   作:IT.exe

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十九位

 F2十八位。篠原貴明は、ノートPCに表示されたランキングを見つめていた。先日の順位戦では十六位への挑戦に敗れた。近距離では優勢に戦えたものの、相手の射撃と空中機動に最後まで対応しきれなかった。上位への挑戦に失敗しても順位は入れ替わらず、十八位のままだ。

 

「……十八位か」

「何度見ても変わりませんよ」

 机の上にいたすみれが言った。

「分かってる」

「さっきも見てましたよね?」

「うん」

「その前も」

「……そうだな」

 

 貴明はランキング画面を閉じ、先日の試合ログを開いた。白いアーンヴァルMk.2が上空から射撃し、すずらんが地上へ降りて接近する場面だ。拳が届けば優勢に立てるのに、相手が再び距離を取ると、それを維持できなかった。

 

「またあの試合ですか?」

 

 すずらんが隣から画面を覗き込んだ。

 

「うん。ちょっと気になって」

「どこがです?」

「装備の切り替え」

「飛行ユニットの?」

「それもある」

 

 貴明は映像を止めた。地上で相手へ接近し、ライフルから拳闘武装へ切り替える場面だった。切り替え自体に問題はないが、そこへ至るまでにも射撃や防御など、選ばなければならない行動がいくつもある。

 

「……選択肢が多いな」

 貴明が呟く。

「自分で増やしたんでしょう?」

 すずらんが言った。

「そうだけど」

「必要だから積んだんですよね」

「うん」

「なら、使い方を考えましょう」

 

 貴明は少し笑った。

 

「そうだな」

 

 今の装備構成をすぐに捨てるつもりはない。射撃、飛行、防御、近接のそれぞれに役割があり、実戦でも役立っている。問題があるとすれば、その組み合わせ方なのかもしれない。少なくとも今は、そう考えていた。

 

 その時、PCの通知音が鳴った。

 

「ん?」

 

 貴明が画面を見る。F2の公式対戦に関する通知だった。

 

「マスター?」

 すみれが聞く。

「順位戦の申し込み」

「誰からですか?」

「十九位」

 

 貴明が詳細を開くと、次のF2公式開催日に、十九位のマスターから十八位の貴明への挑戦申し込みが届いていた。

 

「挑戦される側ですね」

 すずらんが言う。

「そうだな」

「受けますか?」

「受けるよ」

 

 貴明は対戦予定を確認した。十九位の挑戦者が勝てば、十八位の貴明と順位が入れ替わる。今度は、こちらが順位を守る側だった。

 

「すずらん、前の試合の脚は?」

「もう問題ありません」

「状態確認でも異常なしだったな」

「はい」

「じゃあ、今回もお願いできる?」

 

 すずらんは迷わず頷いた。

 

「もちろんです」

 

 貴明は申し込みを承認した。今度は順位を上げるためではない。十八位を守るための戦いだった。

 

     ◇

 

 対戦前日、貴明は自宅で相手の公開対戦映像を確認していた。十九位のマスターは望月航。使用神姫はゼルノグラード型のリツで、公開試合では中距離からの射撃を中心に戦っている。

 

「……飛ばないんですね」

 すずらんが言った。

「今見てる試合ではね」

「飛行装備、ほとんど使ってませんね」

「その代わり、地上でよく動く」

 

 画面では、リツが障害物の陰から短く連射し、すぐ別の位置へ移動していた。追われれば遮蔽物を回り込んで射線を変える。大きく飛び上がることも、遠くから撃ち続けることもなく、相手が撃ち返しにくい位置を選んで動いている。

 

「前の相手とは違いますね」

 すみれが言う。

「そうだな」

 

 貴明が映像を進めると、対戦相手がリツの近距離へ踏み込んだ。だがリツは無理に撃ち合わず、一歩下がって拳を外し、横へ動いて短い射撃を返した。

 

「これ、結構嫌だな」

「何がです?」

「近づけないわけじゃない。でも、近づいてもすぐには殴れない」

「……確かに」

 

 すずらんが画面を見つめた。大きく距離を取られるなら追い方を考えればいい。しかしリツは、拳が届きそうな場所から一歩だけ外れ、追いかけようとする相手へ射撃を重ねている。単純に速く追えばいい相手ではなさそうだった。

 

「装備、変えますか?」

 

 すずらんが聞いた。貴明は装備構成画面を開いた。ライフル、補助射撃武装、飛行ユニット、防御装備、アイアングローブ。高校時代から使い続けてきた、いつもの万能型だ。

 

「……相手が飛ばないなら、飛行ユニットを減らす手もあるな」

「はい」

「でも、今回たまたま使ってないだけかもしれない」

「そうですね」

「ライフルは?」

「相手も射撃型ですから、あった方がいいと思います」

「防具は?」

「射撃を受けるなら必要です」

 

 貴明は頷いた。相手が公開映像で地上戦を選んでいたからといって、飛行への備えを完全に捨てるわけにはいかない。射撃戦のためのライフルも、被弾を抑える防具も、近距離の主力となるアイアングローブも、簡単には外せなかった。

 

「……今回はこのままで行くか」

 貴明が言った。

「分かりました」

 

 すずらんが頷く。

 

「ただ、前より少し武装の切り替えを意識したい」

「はい」

「近距離へ入れるなら、迷わず拳を使おう」

「そうしましょう」

 

 すずらんの返事は落ち着いていた。映像の中では、リツがまた一歩だけ距離を外していた。貴明はその動きを見ながら、明日の試合を頭の中で組み立て始めた。

 

     ◇

 

 F2の公式開催日、三人は指定されたFバトル会場を訪れた。ゲームセンターでの通常対戦ではなく、正式な順位戦だ。受付後、貴明は対戦予定を確認する。篠原貴明、F2十八位。望月航、F2十九位。今回は下位からの挑戦を受ける立場だった。

 

「本当に一つ違いなんですね」

 

 すみれが画面を見上げた。

 

「そうだな」

「勝てば十八位のまま?」

「うん」

「負けたら?」

「十九位」

「……分かりやすいですね」

「分かりやすいけど、できれば下がりたくない」

 

 貴明が答えると、すみれが少し笑った。

 

「そうですね」

 

 すずらんは対戦予定をじっと見ていた。

 

「マスター」

「何?」

「今日は、私でいいんですよね?」

「うん。昨日も確認しただろ」

「そうですけど」

 

 すずらんは少し間を置いた。

 

「前の試合、負けたので」

 

 貴明はすずらんを見た。

 

「だから?」

「……」

「前の負けは、すずらんだけの問題じゃないだろ」

「それは分かってます」

「俺も色々間違えたし」

 

 すずらんが少し顔を上げた。

 

「それに、今回もすずらんで戦いたいと思ったから選んだんだよ」

「……はい」

「嫌なら変えるけど」

「嫌じゃありません」

 

 返事は早かった。

 

「むしろ、やりたいです」

「じゃあ決まり」

 

 貴明が笑うと、すずらんも小さく頷いた。その時、近くから声がした。

 

「篠原さんですか?」

 

 振り返ると、若い男性が立っていた。その肩には、ゼルノグラード型の神姫が座っている。

 

「あ、はい」

「望月です。今日、対戦する」

「ああ。よろしくお願いします」

 

 貴明が軽く頭を下げる。

 

「こちらこそ」

 

 望月も頭を下げた。肩の神姫がすずらんを見る。

 

「リツです。今日はよろしくお願いします」

「すずらんです。よろしくお願いします」

 

 二体が挨拶を交わす。望月は少しだけ笑った。

 

「十八位、取りに来ました」

 

 貴明も笑う。

 

「そう簡単には渡しませんよ」

「でしょうね」

 

 望月はあっさり頷いた。

 

「だから、楽しみにしてます」

 

 短い挨拶を終え、望月とリツは自分たちの準備スペースへ戻っていった。貴明はその背中を見送った。

 

「感じのいい人ですね」

 すみれが言った。

「そうだな」

「でも、順位は取りに来るそうです」

「そりゃそうだろ」

 

 貴明はケースを開けた。

 

「こっちも渡すつもりはないよ」

 

 装備の確認を終えると、貴明は対戦筐体へ向かった。装備台に立ったすずらんには、背部飛行ユニット、ライフル、補助射撃武装、腕部防御装備、脚部追加装甲、そしてアイアングローブが装着されている。前回の順位戦と同じ構成だ。

 

「重量、問題ありません」

 すずらんが言う。

「うん。各部の動作も正常」

「右肩、少し重いですけど」

「前と同じくらい?」

「はい」

「分かった」

 

 貴明は表示された装備情報を確認した。装備COSTは上限内に収まっている。飛行ユニットにも、武装の切り替え動作にも異常はない。ただ、すずらん本人が感じる右肩の重さは別の問題だった。

 

「じゃあ、行こうか」

「はい」

 

 すずらんが頷いた。貴明はシートへ座り、ライド接続の準備を始める。すみれは隣の観戦用端末へ移った。

 

「二人とも、頑張ってくださいね」

「うん」

「行ってきます」

 

 接続を開始する。一瞬、視界が暗くなった。暗転の後、コンテナが並ぶ港湾施設のようなステージが現れた。広い通路の両側に貨物コンテナが積まれ、高さの異なる作業台もある。細い通路や行き止まりが入り組み、前の順位戦で使った市街地ステージほど上空は開けていない。

 

『接続、問題ありません』

 

 すずらんの声が聞こえる。

 

「こっちも」

 

 貴明は周囲を確認した。相手の開始位置はコンテナを二つ挟んだ向こう側だ。ゼルノグラード型のリツが射撃武装を構えている。

 

『相手、軽そうですね』

「そうだな」

 

 大型の飛行装備は見当たらず、防具も最小限に見える。その分、ライフルと小型火器を持つ、公開映像に近い構成だった。

 

「まずは射撃で様子を見る」

『はい』

「相手の位置を確認したら、地上から詰めよう」

『了解です』

 

 カウントダウンが始まった。貴明は、すずらんの視界を通して正面を見た。向こう側でも、リツが構えを整えている。

 

『BATTLE START』

 

 最初に動いたのは相手だった。リツが左へ走り、コンテナの陰へ入る。

 

「左だな」

『はい』

 

 貴明はライフルを選択した。すずらんが銃口を向ける。

 

 一発。

 

 光弾がコンテナの角をかすめた。相手はすでに次の位置へ移動している。

 

「速いな」

『身軽です』

「追うぞ」

『了解』

 

 すずらんが前へ出る。だが、その直後。

 コンテナの陰から、短い射撃が飛んできた。

 

「右!」

 

 貴明が大まかな回避方向を入力し、すずらんが身体を傾ける。一発目、二発目をかわすが、三発目は腕部装甲へ当たり、衝撃とともにLPがわずかに減った。

 

「ちっ」

『問題ありません』

「相手は?」

『また移動しました』

 

 視界の端で、リツが別のコンテナへ駆け込むのが見えた。貴明はライフルを構え直す。

 射線が通らない。姿を見せる頃にはリツの射撃準備が整っている。こちらが銃口を向け直した時には、もう遮蔽物へ隠れてしまう。

 

「……面倒だな」

『ですね』

「でも、ずっと隠れてるわけじゃない」

『撃つ時は出てきます』

「そこを狙おう」

 

 貴明は次の移動先を予測した。コンテナの右側。

 相手が出てくるなら、そこだ。

 

「右へ回る」

『はい』

 

 すずらんが移動する。予想通り、リツが姿を見せた。

 

「今!」

 

 ライフル。射撃。

 

 リツが一歩下がる。光弾が肩口へ命中した。

 

『命中』

「よし」

 

 もう一発。しかし、今度は避けられた。

 リツがすぐにコンテナの陰へ戻る。貴明は追おうとして、一度足を止めた。

 リツは射撃の瞬間だけ姿を見せる。同じ距離から撃ち合っても連続して当てられない。それなら、撃ち合いを続けるより距離を詰める方がいい。

 

「すずらん」

『はい』

「次は詰める」

『了解です』

 

 貴明は移動経路を切り替えた。

 

 すずらんがコンテナの間を走る。リツの射撃を腕部装甲で受け、さらに前へ。相手が横へ移動する。

 

「逃がさない」

『はい』

 

 すずらんはコンテナの角を曲がった。正面にリツがいた。

 距離は近い。ライフルを構えたままでは対応しにくい、拳の届く間合いだった。

 

「拳!」

『了解!』

 

 武装を切り替える。すずらんが踏み込んだ。

 左ジャブ。リツが下がる。

 右ストレート。

 

 今度はガードされた。しかし、すずらんは止まらなかった。

 左へ位置を変え、もう一度ジャブ。相手が身体を傾けて外す。

 

「ボディ!」

 

 すずらんが踏み込む。短い左。

 

 命中。

 

 リツの姿勢が崩れた。

 

『入りました』

「右!」

 

 右ストレート。

 

 直撃。

 

 リツが大きく後退した。リツのLPが大きく減った。

 

「よし!」

 

 貴明は思わず声を上げた。やはり近距離では強い。前の順位戦と同じく、すずらんの得意な間合いに入れば、拳の打撃が大きな効果を上げていた。

 

『追いますか?』

「そのまま!」

 

 すずらんが踏み込む。だが、リツは直線に下がらず、コンテナの角を使って横へ動いた。すずらんも追う。

 その瞬間、リツが身体を反転させた。小型の射撃武装。

 

「防御!」

 

 貴明が入力する。すずらんが腕を上げた。

 

 短い連射。装甲へ命中。

 

 衝撃で一瞬、踏み込みが止まる。リツはその間にコンテナの反対側へ移動した。

 

「……離れたか」

『でも、まだ近いです』

「うん」

 

 貴明はすぐに追跡経路を確認した。リツは遠くへ逃げたのではない。コンテナ一つ向こうにいて、回り込めばまた拳が届くはずの距離だった。

 

「右から行く」

『はい』

 

 すずらんが走る。角を曲がる。

 

 しかし、そこには誰もいなかった。

 

「……あれ?」

『上です』

 

 すずらんが視線を上げた。リツは低い作業台の上に立っていた。

 

 銃口がこちらを向く。

 

「下がって!」

 

 貴明が入力する。すずらんが後退。

 射撃。

 一発目は外した。二発目が脚部装甲へ当たる。

 LPが削られる。

 

「くっ」

『大丈夫です』

 

 すずらんが姿勢を立て直す。リツはすでに作業台から降り、別の通路へ移っていた。

 

「……なるほど」

 

 貴明は小さく呟いた。ようやく分かってきた。リツは単に距離を離しているのではない。追われた時に自分だけが撃ちやすい位置を作り直し、それを繰り返しているのだ。

 

「少し落ち着こう」

『はい』

 

 貴明がコンテナの陰へ退く方針を伝えると、すずらんが射線を切った。離れた通路ではリツがこちらを見ている。無理に攻め込まず、追わなければ待つ構えだ。先ほどの接近戦で大きなダメージを与えたため、LPはまだこちらがわずかに有利だった。

 

『相手、来ませんね』

「そうだな」

『どうします?』

「……射撃で牽制して、近づく」

『分かりました』

 

 すずらんがライフルを構えた。貴明は敵の位置を確認する。

 コンテナの陰。右側にわずかな隙間がある。

 そこへ一発。リツが姿を引っ込めた。

 

「移動する」

『はい』

 

 すずらんが前へ出る。しかし、相手はその動きを待っていた。

 別の隙間から射撃。

 

「防御!」

 

 すずらんが装甲を上げる。衝撃。

 こちらの移動が止まる。リツがさらに横へ動く。

 すずらんも向きを変える。もう一度、ライフル。

 相手は避けた。

 

「……またか」

 

 貴明は眉を寄せた。

 

 ライフルは相手を牽制するために必要で、装甲は今も被弾を抑えている。作業台の上へ逃げられれば飛行ユニットも役立つだろう。近距離の主力はアイアングローブだ。どれも理由があって選んだ装備なのに、貴明が使い分けるたび、リツはすでに次の位置を取っている。

 

『マスター』

「何?」

『一度、飛んでみます?』

 すずらんが聞いた。

「上から回る?」

『はい。あのコンテナを越えれば、少し近道できます』

 

 貴明はステージを確認した。確かに地上を迂回するより短く、リツも飛行装備を使っていない。上から踏み込めば、今度こそ追い詰められるかもしれない。

 

「……やってみよう」

『了解です』

 

 背部ユニット起動。すずらんの身体が浮き上がる。

 コンテナを越える。相手の位置が見えた。

 

「右下!」

『はい!』

 

 すずらんが降下する。リツがこちらを向いた。

 

 ライフルを構える。

 

「防御!」

 

 すずらんが装甲を前へ出す。射撃。

 衝撃。それでも、すずらんは降下を続けた。

 

『届きます!』

「拳!」

 

 武装を切り替える。着地。

 すずらんが踏み込んだ。左ジャブ。

 リツがガード。右ストレート。

 相手の肩口へ入る。さらに左。

 

 今度はリツが後ろへ下がった。

 

「追う!」

『はい!』

 

 すずらんが前へ出る。ただ、背部ユニットと追加装甲を着けたままでは細かな切り返しがやや重い。すずらん自身が姿勢や足運びを補っても、リツの位置取りが一歩早かった。

 リツが横へ。すずらんが向きを変える。

 

 その一瞬。相手の小型火器が火を噴いた。

 

 連射。すずらんの胴部へ命中。

 

「っ!」

 

 貴明が防御を入力する。装甲が動く。

 

 しかし、最初の数発には間に合わなかった。LPが大きく減った。

 

『マスター!』

「下がる!」

 

 すずらんが後退する。リツは深追いしてこない。

 こちらの拳が届かない位置で止まり、再び銃口を向けた。

 

「……くそ」

 

 貴明は小さく息を吐いた。残り時間は少なく、LP差もわずかにリツの側へ傾いていた。

 

『まだ行けます』

 すずらんが言った。

「うん」

『近距離なら、まだ取れます』

「分かってる」

 

 貴明はリツの位置を確かめた。コンテナの手前から右へ回れば広い通路へ出られる。おそらくまた射撃しながら下がるつもりだろう。その先へ回り込めば、拳が届くかもしれない。

 

「右から回る」

『はい』

 

 すずらんが移動を開始した。リツも動く。

 

 相手は通路の出口へ向かった。

 

「やっぱりそっちか」

 

 貴明はライフルを選択した。この距離なら、射撃で足を止めてから接近する方がいいと考えた。

 

 一発。

 リツが避ける。二発目。

 

 今度はガードした。

 

「よし、止まった」

『行きますか?』

「……待って」

 

 貴明は相手の姿勢を確認した。

 

 リツは射撃武装を下げている。攻めるつもりなのか、接近を待っているのか。今なら拳が届くかもしれないが、下がられれば空振りになる。もう一発ライフルで牽制した方が確実だろうか。

 

『マスター』

「……拳!」

 

 貴明が決めると同時に、すずらんが踏み出す。だがリツは下がらず、逆に一歩だけ前へ出ていた。

 

『近い!』

「っ!」

 

 リツの銃口が向く。短い連射。

 

 すずらんが身体を捻る。一発目は外した。

 

 二発目も避ける。だが、三発目が肩へ命中した。

 

 わずかに姿勢が崩れる。

 

「すずらん!」

『問題ありません!』

 

 すずらんは自分で姿勢を立て直した。そのまま右ストレート。

 リツのガードを押し込む。続けて左。

 

 命中。

 

 相手のLPが減る。

 

「いいぞ!」

 

 貴明が声を上げた。あと少し。

 

 もう一発入れば、逆転できる。

 

「右!」

 

 すずらんが踏み込んだ。しかし、リツはその場で受けなかった。

 身体を半歩ずらし、拳を外す。そして、すずらんの横へ回った。

 射撃。

 近距離。

 

「防御!」

 

 貴明が入力する。すずらんが腕を上げる。

 

 だが、間に合わない。光弾が胴部へ入った。

 

 視界が大きく揺れる。

 

 LPが一気に減少した。

 

『……っ!』

「まだ!」

 

 貴明が攻撃を選ぶと、すずらんが足を踏ん張った。左ジャブ。

 リツが下がる。あと一歩。

 届く。

 

「前!」

 

 すずらんが踏み込む。しかし、その瞬間。

 

 相手の最後の射撃が命中した。画面が暗転する。

 

『BATTLE END』

 

 数秒後。

 

『LOSE』

「……負けた」

 

 貴明は、小さく呟いた。

 

     ◇

 

 ライドが解除される。目の前には、F2公式会場の対戦筐体があった。貴明はシートから身体を起こすと、すぐにすずらんの状態を確認した。

 

「すずらん」

「はい」

「大丈夫?」

「損傷はありません」

「肩は?」

「問題ありません。少し負荷が残っていますけど」

「一応、確認する」

「はい」

 

 貴明は端末を操作し、状態情報を開いた。すずらんの肩部に一時的な負荷反応が見られるものの、異常はなかった。

 

「……よし」

 

 貴明が息を吐く。

 

「お疲れ」

「はい」

 

 すずらんが差し出された手へ乗った。貴明はそのまま、試合結果の表示へ目を向けた。自分たちのLPはゼロ。相手の残りも少なく、近距離では何度も有効打を入れた。一方的な試合ではなかったが、敗北には変わりなかった。

 

「……もう少しだったんですけど」

 すずらんが言う。

「うん」

「最後、右が入っていれば」

「そうだな」

 

 貴明は頷いた。しかし、気になっているのはそれだけではなかった。最後の攻防。

 拳へ切り替える前に、ほんの少し迷った。相手が下がると予想して、ライフルを撃った。だが、リツは前へ出てきた。

 その時には、もう相手の距離だった。判断を切り替えた時には、すずらんが次の動作へ移るための時間がほとんど残っていなかった。

 

「……俺が遅かった」

 貴明が呟いた。

「マスター?」

「最後、切り替えるのが遅れた」

「……はい」

「最初から拳で行ってれば」

「それで勝てたかは分かりません」

 

 すずらんが静かに答えた。

 

「相手も、そこを狙っていたかもしれませんから」

「……そうだな」

「でも」

 

 すずらんは少し間を置いた。

 

「私も、あそこは拳で行きたかったです」

「……うん」

 貴明は頷いた。

「次はそうしよう」

「はい」

 

 その時、試合結果の画面が切り替わった。公式ランキングの更新だった。篠原貴明。

 F2十九位。望月航。F2十八位。

 二人の順位が入れ替わっていた。十八位を守れなかったのだ。

 

「……十九位」

 貴明が呟く。

「落ちましたね」

 

 すずらんが答える。

 

「一つだけどな」

「一つでも、落ちたのは落ちたでしょう?」

「……俺の言うこと先に言うなよ」

 

 すずらんが小さく笑った。貴明も少しだけ笑う。しかし、画面の数字を見直すと、やはり悔しかった。

 十六位への挑戦に失敗し、今度は十九位からの挑戦にも敗れた。上へ進めないどころか、一つ順位を下げてしまった。F2へ上がった頃は二十位から順位を上げるだけでも嬉しく、過去には十四位まで進んだこともある。だが今は十九位。また下からやり直しだった。

 

「お疲れさまでした」

 

 声をかけられて顔を上げると、望月が立っていた。肩にはリツが乗っている。

 

「お疲れさまでした」

 

 貴明も頭を下げた。

 

「強かったです」

 望月が言った。

「……負けましたけど」

「近づかれた時は、かなり危なかったですよ」

 

 望月は少し笑った。

 

「特に最初の右。あれ、もう一発入ってたら分からなかった」

「ありがとうございます」

 

 すずらんが答える。リツも頷いた。

 

「拳が速かったです。射撃武装を持ってるのに、あそこまで近距離で打てるとは思ってませんでした」

「私も、あの距離で撃ち返されるとは思いませんでした」

 

 すずらんが返す。

 

「ずっと練習してましたから」

 

 リツは少し笑った。

 

「やっぱり」

 

 貴明は気になったことを聞いた。

 

「望月さん」

「はい?」

「最後、下がると思ってたんですけど」

「ああ」

「何で前へ?」

 

 望月は少し考えた。

 

「篠原さん、あの距離でも何度かライフルを使ってましたよね」

「……はい」

「だから、もう一回撃ってくるかもしれないと思って」

「それで?」

「撃たれる前に、こっちから入ろうと」

 

 望月はあっさり答えた。

 

「もちろん、拳で来られたら危なかったと思います。でも、そこで待ってたら余計に不利になるので」

「……なるほど」

 

 貴明は頷いた。望月は、貴明が迷ったことまで知っていたわけではない。それでも、これまでの攻防からライフルを選ぶ可能性を読み、自分たちが先に動く判断をしたのだ。

 

「またお願いします」

 望月が言った。

「今度は、こっちが守る側ですけど」

「そうですね」

 

 貴明は少し笑った。

 

「次は取り返します」

「簡単には渡しませんよ」

 

 望月も笑う。試合前と、立場が逆になっていた。望月とリツは軽く頭を下げると、会場の奥へ戻っていった。

 

「お疲れさまでした」

 

 観戦席から戻ってきたすみれが声をかけた。

 

「ありがとう」

 

 貴明が答える。すみれはすずらんを見た。

 

「大丈夫ですか?」

「はい。損傷はありません」

「よかったです」

 

 すみれが頷く。

 

「……惜しかったですね」

「そうですね」

「近づいた時は、かなり押してました」

「はい」

 

 すずらんは少し間を置いて、続けた。

 

「でも、逃がしてしまいました」

「相手も上手かったですから」

 

 すみれが答える。

 

「次は、もう少し対応できるようにしたいですね」

「……はい」

 

 貴明はケースを片付けながら、試合ログを保存した。先日の十六位戦と今日の十九位戦では、相手の構成も戦い方も違う。片方は飛行と長距離射撃、もう片方は遮蔽物を使う地上戦と中距離射撃。それでも、こちらは二試合とも負けている。拳が届いた時には、確かにダメージを与えられたのに。

 

「……難しいな」

 貴明が呟く。

「何がですか?」

 すみれが聞いた。

「装備」

「ああ」

「どれも使ってるんだよな」

「そうですね」

「ライフルも、飛行も、防御も」

 

 すみれが頷く。

 

「今日も全部使いましたね」

「うん」

「でも、負けました」

「……そうなんだよ」

 

 貴明は装備構成を見た。射撃武装がなければ遮蔽物の向こうへ牽制することもできず、防具がなければもっと早くLPを削り切られていただろう。飛行ユニットで上から接近できた場面もあり、拳が届けば相手を押せた。どの装備も実際に役立っていて、完全に無駄なものはなかった。

 

「……何が悪かったんだろうな」

 

 貴明が言った。すずらんは少し考えた。

 

「判断でしょうか」

「俺の?」

「それもあります」

「……うん」

「でも、装備が重いのもあります」

「やっぱり?」

「はい。近くで動く時、もう少し軽ければと思う場面がありました」

 

 貴明は頷いた。すずらんは続ける。

 

「ただ、軽くするために何か外したら、別の場面で困るかもしれません」

「そうなんだよ」

「……難しいですね」

「本当に」

 

 二人とも、それ以上は言わなかった。答えが簡単に出るなら、とうに出ている。高校時代から不要なものを外し、不足したものを加え、その都度調整して今の構成になったのだ。すべてが間違っていたと決めつけることはできなかった。

 

「とりあえず、帰ろうか」

 貴明が言った。

「今日はもう試合しないんですか?」

 すずらんが聞く。

「うん。肩の確認もしたいし」

「分かりました」

「それに、ログも見たい」

 

 すみれが小さく笑った。

 

「やっぱり」

「何が?」

「帰ってから、また反省会ですね」

「当然だろ」

「そう言うと思いました」

 貴明は苦笑した。

 

     ◇

 

 帰宅後、貴明はすずらんの状態をもう一度確認してからデスクトップPCの前へ座った。右のモニターには今日の試合映像、左には先日の十六位戦のログを表示してある。

 

「……」

 

 貴明は二つの試合を見比べていた。

 十六位戦では相手を追って飛行し、苦手な空中機動で苦戦した。一方、今日のリツはほとんど飛ばず、地上の遮蔽物を使い、こちらの武装選択に合わせて位置を変えていた。飛べば解決するわけでも、ライフルで撃ち合えば勝てるわけでもない。防具で被弾を抑えて接近しても、その後に必ず拳が届くとは限らなかった。

 

「……うーん」

 

 貴明は画面を止めた。

 

「どうですか?」

 

 すみれが机の上から聞いた。

 

「まだ分からない」

「珍しいですね」

「何が?」

「マスターが分からないって言うの」

「いつも言ってるだろ」

「そうですか?」

「分からないから調べてるんだよ」

「それはそうですね」

 

 すみれが笑う。貴明は装備別の使用状況、射撃命中率、防御回数、武装の切り替え時機、接近成功回数を順に開き、先日の試合と比較した。相手が違う以上、数字を並べるだけで結論は出せない。それでも、一つ気になる場面がある。

 

「……すずらん」

「はい」

「今日の最後」

 

 貴明は映像を再生した。リツが下がる。すずらんがライフルを撃つ。

 相手が一歩前へ出る。貴明が拳へ切り替える。その間に、リツの射撃が入る。

 

「ここ、どう感じた?」

「……そうですね」

 

 すずらんは画面を見た。

 

「拳に切り替わる前から、少し前へ出たかったです」

「そうだったんだ」

「はい。でも、ライフルを撃つつもりなのも分かったので」

「……うん」

「マスターの判断に合わせようと思いました」

 

 貴明は少し黙った。Fバトルでは、マスターが大きな操作を決める。神姫は、その操作を実際の身体動作として成立させる。

 長く一緒に戦ってきたすずらんは、貴明の意図を理解するのも早い。だが、それがいつも最善の動きにつながるとは限らなかった。貴明がライフルを選べばすずらんは射撃姿勢を作り、拳を選べば踏み込むための姿勢へ移る。大枠の選択が遅れれば、その先で彼女の技術を生かす時間も減ってしまう。

 

「……ごめん」

 貴明が言った。

「何がです?」

「最後、すずらんの動きたい方に合わせられなかった」

 

 すずらんは少し考えてから答えた。

 

「マスターだけの問題ではありませんよ」

「でも、あそこは俺が決めた」

「はい」

 すずらんは頷いた。

「だから、次はもう少し早く決めましょう」

「……そうだな」

「私も、近づけると思ったらもっと早く伝えます」

「分かった」

 

 貴明はもう一度映像を見た。リツが一歩前へ出る。すずらんが拳へ切り替える。

 その直後に射撃を受ける。

 

「……判断が難しいな」

「はい」

「相手が何してくるか分からないし」

「そうですね」

「でも、遅れるとそれだけで不利になる」

 

 すずらんは小さく頷いた。

 

「次は、もう少し合わせられると思います」

「うん」

 

 貴明は映像を一時停止した。だが、問題は判断だけだろうか。もっと軽い構成なら、切り替える武装が少なければ、最初から拳を主軸にしていれば――そんな考えも浮かぶ。しかしそれでは遠距離戦や空中戦への対応が難しくなるかもしれない。

 前の十六位戦では射撃装備も飛行装備も必要だったし、今日もライフルや防具がなければ途中で押し切られていた可能性がある。どちらが正しいのか判断するには、まだ材料が足りなかった。

 

「……もう一回、装備構成を見直すか」

 貴明が呟いた。

「変えるんですか?」

 すみれが聞いた。

「まだ分からない」

「じゃあ?」

「何がどれくらい役に立ってるか、もう一回確認する」

「……結局、いつも通りですね」

「そうだな」

 

 貴明は少し笑った。

 

「でも、今までとは少し違うところもある」

「何です?」

「全部必要だと思ってるけど」

 

 貴明は画面に並んだ装備一覧を見た。

 

「本当に、この組み合わせが一番いいのかは分からなくなってきた」

 

 すみれは少し考えた。

 

「……それなら、色々試してみればいいんじゃないですか?」

「簡単に言うな」

「マスターがいつも言うことですよ」

「……そうだった」

 

 すずらんが小さく笑った。貴明もつられて笑う。それでも、画面に並ぶ数字は変わらない。F2十九位。十六位への挑戦も、十九位からの防衛戦も敗北に終わった。得意な距離では戦えていても試合には勝てない。その事実だけは、はっきりしていた。

 

「……次は取り返そう」

 貴明が言った。

「はい」

 

 すずらんが頷く。

 

「まずは十八位ですね」

「そうだな」

「その次は?」

「十七位」

「その次は?」

「……十六位」

 

 すずらんが少し笑った。

 

「また、上を目指しましょう」

「うん」

 

 貴明はもう一度、試合映像を再生した。画面ではリツが動き、すずらんが追い、武装を切り替えた拳が届く。だが、相手はまた離れてしまう。

 貴明はそこへ至るまでの判断をもう一度確かめようと、再生位置を戻した。十九位。それが今の自分たちの順位だった。

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