昼休みの学生会館で、篠原貴明は昼食を終えても席を立たず、ノートPCに向かっていた。画面には、少し前に挑戦したF2十六位との対戦映像が映っている。白いアーンヴァルMk.2が空中を後退しながら射撃し、それをすずらんが追う。しかし光弾が命中したところで、貴明は再生を止めた。
「また見てますね」
横から声がした。
「またって」
「家でも見てました」
すみれが小さなテーブルの上から画面を覗き込んでいた。今日は午前の講義が少なく、午後は大学からそのままクロスロードへ行くため、すずらんとすみれも一緒に来ている。
「家で見たのは全体」
「今は?」
「距離別」
「違うんですか?」
「違う」
貴明は再生位置を少し戻した。
「ここ」
画面の中では、すずらんが遠距離からライフルを撃つものの、相手は回避してすぐに撃ち返してくる。すずらんが防御しても、間を置かず次の射撃が飛んでくる。画面の端には、命中率や被弾率、移動速度、高度、武装の使用時間などの簡易データが表示されていた。
「この辺、こっちがずっと不利」
「前にも言ってましたね」
「言った」
「空中も?」
「不利」
「近づいた後は?」
「それは――」
貴明は再生位置を近距離の攻防へ移した。すずらんが相手へ飛び込み、ジャブから右、さらにボディを打ち込む。相手のLPが一気に減った。
「ここだけ別」
すみれが少し笑った。
「本当に分かりやすいですね」
「分かりやすいけど困ってる」
「射撃の練習します?」
「それも考えてる」
貴明は装備構成の画面へ切り替え、総重量や各装備の消費、武装ごとの使用時間を見比べた。
「ライフル軽くするか」
「前もすずらんが言ってませんでした?」
「軽くすると射程落ちる」
「防具は?」
「外したら撃たれた時痛い」
「飛行ユニット」
「相手飛ぶ」
「前も同じ話しましたね」
「だから困ってるんだよ」
すみれは少し考えた。
「全部必要なんですね」
「今のところ」
「でも、全部あると重い」
「そう」
「難しいですね」
「そうなんだよ」
結局、いつもの話に戻ってしまった。必要だと思って積んだ装備には、それぞれ役割があり、実際に試合でも役立っている。だから簡単に外せず、構成を決め直すこともできずにいた。
少し離れた神姫用休憩スペースで端末を見ていたすずらんにも、貴明が声をかけた。今日はすみれほど動き回らず、近くで休んでいる。
「すずらん」
「はい」
「肩、もう違和感ない?」
「ありません」
「本当に?」
「昨日も聞かれました」
「今日の話」
「ありません」
「ならいい」
すずらんが端末から目を上げる。
「マスター」
「何?」
「そろそろ別の試合を見た方がいいんじゃないですか?」
「何で?」
「同じ試合、何回目です?」
「区間ごとなら別」
「同じ試合です」
すみれも横で頷く。
「私もそう思います」
「二対一か」
「人数で決めるんですか?」
「決めない」
貴明は再生を止めたが、ノートPCを閉じるところまではいかなかった。
「お前、篠原貴明?」
突然、知らない男の声がした。
「……はい?」
顔を上げると、ラフな服装をした同年代くらいの男子学生が立っていた。肩には小型のバッグを掛け、その傍らにはマオチャオ型の神姫がいる。
「すみれ!」
マオチャオが声を上げた。
「あ」
すみれが立ち上がる。
「たま子」
「また会ったのだ!」
「久しぶりですね」
「久しぶりなのだ!」
「といっても、そんなに経ってませんけど」
「会ったら久しぶりなのだ!」
「そういうものですか?」
「そうなのだ!」
貴明もそのマオチャオを覚えていた。初めてすずらんとすみれを大学へ連れてきた時、神姫用休憩スペースですみれに声をかけ、そのまま貴明のところまでやってきた相手だ。
『あたし、たま子なのだ!』
初対面の遠慮もなく名乗った声まで、よく覚えている。
「たま子か」
「貴明!」
「覚えてたんだ」
「当然なのだ!」
「そっちも相変わらず呼び捨てなんだな」
「前にいいって言ったのだ!」
「言ったけど」
そのやり取りを、最初に声をかけてきた男が不思議そうに見ていた。
「……え、お前もたま子と知り合い?」
「一度会ってます」
「そうなのだ!」
たま子が胸を張る。
「大学で会ったのだ!」
「前に休憩スペースで」
すみれも補足した。
「その時、そちらのマスターは?」
「甚平は授業行ってたのだ!」
「俺が授業中に?」
「そうなのだ!」
「……聞いてないぞ」
たま子が少し考える。
「言ってなかったのだ?」
「言ってない」
「そうだったのだ」
「すみれだけじゃなくて、篠原とも会ってたのかよ」
「すずらんとも会ったのだ!」
「全員じゃん」
「そうなのだ!」
「何で俺だけ知らないんだ」
男子学生が額を押さえるのを見て、貴明はつい笑ってしまった。どうやら、たま子とは先に知り合っていたものの、彼女のマスターとは今まで顔を合わせていなかったらしい。
「じゃあ、たま子のマスターですか?」
「そうだけど」
「やっとつながった」
「こっちは今初めてつながったよ」
「で」
男が改めて貴明を見る。
「篠原貴明で合ってる?」
「そうですけど」
「やっぱり」
「そういえば、お名前は?」
「ああ、悪い」
男が軽く手を上げた。
「大木戸甚平」
「大木戸さん」
「甚平でいい」
「じゃあ甚平」
「早いな」
「そっちが言っただろ」
「そうだけど」
たま子が嬉しそうに割って入る。
「あたしのマスター、甚平なのだ!」
「それは今分かった」
「覚えるのだ!」
「覚えた」
「なら完璧なのだ!」
何をもって完璧なのかは分からなかったが、甚平は慣れているらしく、特に気にした様子もなかった。
「でさ」
「うん」
「お前、F2だろ?」
貴明が少し目を細める。
「何で知ってるの?」
「何回か名前見てる」
「対戦した?」
「いや、たぶんしてない」
「じゃあ何で」
「格闘限定」
その言葉で、貴明も少し納得した。
「出てた?」
「俺じゃなくて、見てた」
「見てた?」
「何回か」
甚平は貴明のノートPCへ目を向けた。
「アーンヴァルで、近距離入ると妙に強いやつ」
すずらんが少し顔を上げる。
「妙に?」
「褒めてる」
「ならいいです」
「こっちがすずらん?」
「そう」
「やっぱり」
「すずらんのことも知ってたのだ?」
たま子が聞く。
「名前くらいな」
「有名なのだ!」
「そこまでじゃない」
貴明が即答した。
「F2でも、今は十九位だし」
「十八位から落ちたんだろ?」
「……何でそこまで知ってるの?」
「ランキング見た」
「暇なの?」
「お前に言われたくないな」
「何で」
甚平がノートPCを指差した。
「昼休みに負け試合ずっと見てる奴に」
貴明には返す言葉がなかった。
「それ、何のログ?」
甚平が空いている椅子へ座った。
「少し前の十六位戦」
「まだ見てんの?」
「見るだろ」
「一回くらいは見るけど」
「一回で分かる?」
「大体」
「大体じゃ困る」
「細かいな」
貴明は画面を少し甚平側へ向けた。
「ここ」
「どこ?」
「距離別」
画面には遠・中・近距離それぞれの簡易グラフが並び、その横には武装使用時間、空中滞在率、回避率、命中率、接近成功までの平均時間が表示されている。甚平の表情が変わった。
「……そこまで取ってんの?」
「取れるデータは」
「全部?」
「全部じゃない」
「これで?」
「自分で後から付けてるのもある」
「怖」
「何が?」
「執念」
「普通だろ」
すみれが小さく口を挟む。
「私も普通ではないと思います」
「すみれ?」
「悪い意味じゃないですよ」
「すずらんは?」
「慣れました」
「味方いないな」
甚平が笑った。
「ちょっといい?」
甚平が画面を指した。
「何?」
「この近距離」
「うん」
「数字おかしくない?」
「何が?」
「命中率」
「高い?」
「高いっていうか……」
甚平が画面をスクロールする。
「遠距離これで」
「うん」
「中距離これ」
「うん」
「近距離入った瞬間これ?」
「そう」
「別の神姫みたいだな」
「そこは得意だから」
「格闘限定で強いのも、これか」
「多分」
「多分って」
「近距離だけで試合決まるなら、もっと勝てる」
甚平はさらに装備欄まで画面を進めた。
「でも通常戦だと」
「近づくまでが長い」
「なるほど」
「十六位への挑戦でも、それで負けた」
「で」
甚平が装備構成を見る。
「何でこんなに積んでんの?」
「必要だから」
「ライフル」
「射撃相手に何もできないと困る」
「防具」
「撃たれる」
「飛行」
「飛ばれる」
「拳」
「それが本命」
「補助射撃」
「牽制」
「全部理由あるな」
「ある」
「でも重いだろ」
「重い」
「飛行性能落ちるだろ」
「落ちる」
「回避も」
「落ちる」
「……」
甚平と貴明は、装備構成の同じ箇所を見つめていた。
「何?」
「いや」
「何かある?」
「まだ」
「まだ?」
「俺も今見ただけ」
甚平は椅子へ深く座り直した。
「ただ」
「うん」
「近づいた後だけ数字が別物なのは面白いな」
「それは分かってる」
「ならいい」
甚平はそこで話を止めた。貴明もそれ以上は聞かなかった。近距離だけ数字が大きく違うことは前から分かっているが、そこから先の結論はまだ出ていない。
その横では、たま子がすずらんとすみれに次々と質問を投げかけていた。貴明たちがログを眺めている間も、三人は話を続けていたらしい。
「すずらんもボクシングするのだ?」
「します」
「すみれも?」
「はい」
「二人とも?」
「二人ともです」
「Fバトルも?」
「します」
「忙しいのだ!」
すずらんが少し考える。
「そうでしょうか」
「ボクシングして、Fバトルして、大学にも来るのだ!」
「大学はマスターの付き添いです」
「でも来てるのだ!」
「それはそうですね」
たま子は満足そうに頷いた。
「たま子は?」
すみれが聞く。
「Fバトルするのだ!」
「ボクシングは?」
「しないのだ!」
「興味は?」
「あるのだ!」
「どっちなんですか」
「見るのは面白そうなのだ!」
「なるほど」
「今度見に行っていいのだ?」
すみれが答えるより先に、すずらんが口を開いた。
「いいですよ」
すみれが少し驚いた。
「すずらんから言うんですね」
「別に、困らないでしょう」
「困りませんけど」
「やったのだ!」
たま子は、まだ日程も決まっていないのにすっかりそのつもりになっていた。
「甚平!」
「何?」
「今度ボクシング見に行くのだ!」
「いつ?」
「今度なのだ!」
「予定決まってないじゃん」
「今から決めればいいのだ!」
「お前、勝手に」
たま子は今度、貴明を見る。
「貴明もいいのだ?」
「クロスロードがいいなら」
「いいのだ!」
「お前が決めることじゃない」
甚平がすぐに突っ込む。
「でも、多分大丈夫だろ」
「じゃあ大丈夫なのだ!」
「話早いな」
貴明が言う。
「前に会った時からこうでした」
すみれが笑った。
「一回会っただけでよく分かったな」
「分かりやすいから」
貴明が答える。
「褒めてるのだ?」
たま子がすぐに反応した。
「褒めてる」
「ならいいのだ!」
「ところで」
甚平が再びノートPCへ目を向ける。
「これ、拳武器は何使ってる?」
「これ」
貴明が詳細を開くと、拳闘型武装の出力、重量、攻撃判定、硬直などの項目が並んだ。
「アイアングローブか」
「ベースは」
「ベースは?」
「設定で弄れる範囲は少し変えてる」
「どこ?」
「手首の追従と、入力に対する補正」
「へえ」
甚平が少し前のめりになった。
「右ストレートの戻り、遅くない?」
貴明が顔を上げる。
「分かる?」
「数字だけ見ても」
「実際遅い」
「やっぱり」
「フックは?」
「横方向の追従が少し強すぎる」
「手首持ってかれる?」
「そこまではいかないけど、戻した時にガード位置ずれる」
「なるほど」
甚平の目つきが変わった。先ほどの軽口とは違い、画面の細部を確かめている。
「お前、武装弄るの?」
貴明が聞く。
「そっちほどログは取らないけどな」
甚平は自分のバッグを軽く叩いた。
「分解して、組み直して、パーツ替えて、試す」
「カスタム?」
「そう」
「自作パーツも?」
「やる」
「設計は?」
「必要なら」
「材質は?」
「お前、食いつくな」
「拳武器なら見るだろ」
「普通、そこまでいきなり聞かねえよ」
「そう?」
横からすみれが言った。
「マスターなので」
「こういう話になると急に喋ります」
すずらんも補足する。
「なるほどな」
甚平が笑った。
「何?」
「いや、噂と違わないなと思って」
「どんな噂?」
「普段静かなのに、神姫の装備の話になると面倒くさい」
「誰が言った?」
「色々」
「色々って誰」
「教えない」
「ちょうどさ」
甚平が言った。
「今、アイアングローブ一個弄ってるんだよ」
貴明の視線が止まった。
「どう弄ってる?」
「早いな」
「拳武器なんだろ?」
「そりゃそうだけど」
「重量」
「純正より少し削ってる」
「どこを?」
「そこから聞く?」
「出力は?」
「極端には上げてない」
「手首追従」
「だから食いつきすぎだって」
甚平が笑う。
「試作名は、アイアングローブ+JO」
「プラスJO?」
「俺が弄ったやつは、分かるようにそう付けてる」
「なるほど」
貴明はその名を頭の中で繰り返した。アイアングローブ+JO。JOが何の略かも気になるが、今は名前より中身の方が知りたかった。
「どこ変えた?」
「拳側の重量配分と手首周り。それから入力補正。細かいところはまだ調整中」
「戻りは?」
「そこ見てる」
「フック」
「それも」
「見せて」
「今持ってない」
「いつ完成?」
「完成っていうか、まだ試作だって」
「試せる?」
「……」
甚平が貴明を見る。
「お前さ」
「何?」
「使ってみる?」
「やる」
貴明が即答すると、甚平は一瞬言葉を失った。
「返事早っ」
「試すだけだろ?」
「まあ」
「ならやる」
「普通もうちょっと考えるだろ」
「すずらんが使っていいなら」
そこまで言ってから、貴明はすずらんを見る。
「使ってみる?」
「今聞くんですね」
「……さっき言うべきだった?」
「そうですね」
「ごめん」
すずらんは少しだけ考えた。
「使います」
「早いな」
「マスターと長いので」
「結局即答じゃねえか」
甚平が笑う。
「すみれも試す?」
「私は実物を見てからにします」
「こっちは慎重だな」
「普通だと思います」
「で」
甚平は端末を取り出した。
「連絡先」
「送る」
人間二人の連絡先交換は、すぐに終わった。
「たま子」
甚平が呼ぶ。
「何なのだ?」
「そっちも交換しとけよ」
「何を?」
「連絡先」
たま子はすぐにすみれへ向き直った。
「すみれ!」
「はい」
「交換するのだ!」
「いいですよ」
二人が端末を近づけると、交換はすぐに完了した。たま子はそのまますずらんへ向き直る。
「すずらんも!」
「私もですか?」
「友達なのだ!」
「いつから?」
「今からなのだ!」
すずらんが少しだけ黙った。
「……分かりました」
すずらんも連絡先を交換した。甚平は一連のやり取りを不思議そうに見ている。
「お前ら、前からあの距離感だったのに連絡先交換してなかったの?」
「してなかったのだ!」
「何で?」
「会えば話せるのだ!」
「そりゃそうだけど」
貴明も頷く。
「前に俺とも普通に話して、そのまま帰ったからな」
「そうなのだ!」
「本当にそういう感じなんだな」
甚平が呆れたように言う。
「たま子らしい」
貴明が言った。
「もうそこまで分かったの?」
「一回会えば十分だった」
「分かりやすいのだ!」
「自分で言うんだ」
「褒めてるのだ?」
「褒めてる」
「ならいいのだ!」
すずらんが小さく笑った。
「じゃあ」
甚平が立ち上がった。
「俺、次講義」
「俺もあと二十分」
「お前余裕あるな」
「棟近いから」
「いいな」
たま子がすみれへ手を振る。
「またなのだ!」
「また」
「すずらんも!」
「はい。また」
「貴明も!」
「また」
「やっぱり呼び捨てなんだな」
甚平が言う。
「前にそうなった」
「俺の知らない間に色々進んでるな……」
「甚平が遅いのだ!」
「俺のせい?」
「そうなのだ!」
「理不尽だな」
二人が少し離れたところで、甚平が振り返った。
「篠原」
「何?」
「今度、アイアングローブ+JO持ってくる」
「いつ?」
「だから早いって」
「調整終わったら?」
「そう」
「分かった」
「たぶん、そんな先じゃない」
「連絡して」
「分かってる」
甚平は手を上げた。
「じゃ」
「また」
たま子も両手を振りながら、甚平と一緒に離れていった。
二人の姿が見えなくなってから、貴明は椅子へ座り直した。
「面白い人ですね」
すみれが言う。
「たま子?」
「両方」
「確かに」
すずらんは、さっき交換した連絡先を端末で確認している。
「マスター」
「何?」
「試すんですよね?」
「アイアングローブ+JO?」
「はい」
「試す」
「さっきはちゃんと聞きましたね」
「反省した」
「早いですね」
「そこは」
すみれが笑う。
「甚平さんとは話合いそうですね」
「そう?」
「装備の話を始めたら、二人とも止まってませんでした」
「方向違うけどな」
「どう違うんです?」
「甚平は作る方」
貴明はノートPCを見る。
「俺は使って数字を見る方」
「ちょうどいいんじゃないですか?」
その言葉に、貴明はノートPCを見つめてから頷いた。
「そうかも」
貴明は再びノートPCへ視線を戻し、止めていたFバトルのログを開いた。遠距離、中距離、近距離。そこには、さっき甚平が指摘した数字が変わらず並んでいる。
『近づいた後だけ数字が別物なのは面白いな』
近距離が得意で、射撃と飛行戦には苦戦する。新しい発見ではない。だからこそ、それらを補うために装備を積み重ねてきた。甚平も、その考えが間違いだとは言わなかった。少なくとも、今日の会話では。
「マスター」
「ん?」
「講義」
すずらんが時計を指した。
「……あと十二分」
「間に合います?」
「近いから」
「さっきと同じこと言ってますね」
「本当に近い」
「片付けた方がいいですよ」
「分かってる」
貴明はログを閉じ、最後に装備構成へ目を落とした。ライフル、補助射撃、防具、飛行ユニット、アイアングローブ。どれにも積んだ理由があり、今すぐ不要だとは思えない。そう考えながら、PCを片付けた。
◇
午後、三人はクロスロードへ向かう電車に乗っていた。
「たま子、来ますかね」
すみれが聞く。
「何が?」
「ジム」
「甚平が来れば」
「本人は来る気満々でした」
「たま子はな」
「すぐ来そうです」
すずらんが言う。
「甚平次第だろ」
「マスター」
「何?」
「甚平さん、知り合って一日目なのに呼び捨てですね」
「向こうがそうしろって」
「そうでした」
すみれが少し笑った。
「マスターも、距離詰める時は早いですね」
「そう?」
「相手によるんじゃないですか」
すずらんが言う。
「そうかも」
貴明は窓の外へ目を向けた。大学へ来てから、クロスロードの高城やコハク、美咲、ハル、蓮、クロエと知り合い、学生会館ではたま子にも出会った。今日、ようやくそのマスターの大木戸甚平と顔を合わせたことになる。
甚平は、これまで知り合ったジムの面々とは少し違う。選手を指導するというより、武装そのものを分解し、組み直し、調整する側の人間だ。純正のアイアングローブと、彼が持ってくるという+JOでは何が違うのか。重量配分、手首周り、入力補正。それらの差が実際の動きや数字にどう表れるかを考えると、確かめたいことはいくらでもあった。
「マスター」
「何?」
「今、+JOのこと考えてます?」
すみれが聞く。
「何で分かった?」
「顔で」
「顔では分からないだろ」
「分かりますよ」
前にも聞いたようなやり取りに、貴明は笑った。アイアングローブ+JOは、まだ実物さえ見ていない。それでも、どんなものなのか確かめられる日が楽しみだった。