「これ」
大木戸甚平がケースを開いた。中に入っていたものを見て、篠原貴明は最初に首を傾げた。
「……アイアングローブだよな?」
「そう見えるだろ」
「見えるというか、アイアングローブ」
「まあ、ベースだからな」
土曜日の午後。場所は大学から少し離れたゲームセンターの、神姫バトル筐体が並ぶ一角だった。装備準備用のテーブルには二組のアイアングローブが置かれている。一組は貴明が持参した純正品、もう一組は甚平の試作品だ。外形も色もよく似ていて、少し離れれば同じ武装に見えるが、近くで見ると細部に違いがあった。
「ここ削ってる?」
貴明が拳の外周を指差した。
「そこ気づく?」
「純正より薄い」
「正解」
単純に装甲を薄くしたわけではなく、内部フレームと外装の取り回しが純正品とは異なっている。貴明は今度は手首側に目を向けた。
「こっちは?」
「補強」
「削った分?」
「全部じゃない。負荷かかる場所だけ残してる」
「重量は?」
「純正比で少し軽い」
「何グラム?」
「神姫用でその聞き方する?」
「じゃあミリグラム」
「細かいな!」
甚平が笑う。貴明はそれに構わず、データを受け取るために端末を取り出した。
「データある?」
「あるけど」
「送って」
「まだ見せるって言ってない」
「試すんだろ?」
「試すけど」
「なら必要」
「……お前、本当にこういう時だけ遠慮ないな」
「そう?」
横から、すぐに二つの声が続いた。
「そうです」
先に答えたのはすずらんだった。
「かなり」
すみれも即答する。二人とも迷いがない。
「ほら」
甚平が勝ち誇ったように言った。
「二対一」
「人数で決めない」
「前にも聞いた気がするな、それ」
「これが+JOなのだ!」
テーブルの端で、たま子が胸を張った。
「たま子が作ったわけじゃないだろ」
甚平が言う。
「甚平が作ったのだ!」
「作ったっていうか、カスタム」
「同じなのだ!」
「ちょっと違う」
すみれが試作品を覗き込んだ。
「+JOって、この武器の名前なんですか?」
「いや」
甚平が答える。
「俺が弄った武装につけてる識別みたいなもん」
「じゃあ正式には?」
「アイアングローブ+JO」
すずらんが一度繰り返した。
「アイアングローブ、プラスJO」
「そう」
「JOは?」
甚平が一瞬言葉を止めた。
「……識別」
「甚平の?」
「そこは別にいいだろ」
「大木戸甚平」
貴明が言った。
「言うな」
「JとO」
「分かっても口に出すな」
「違うの?」
「違わなくても言うな」
たま子が楽しそうに笑った。
「甚平+JOなのだ!」
「俺自身をカスタムするな!」
「で」
ひとしきり笑ったところで、貴明は改めて二組のグローブを見比べた。
「何を狙って変えた?」
「一番は戻り」
「やっぱり」
甚平は純正のアイアングローブを持ち上げた。
「純正のアイアングローブ、当てた時の安定性はいいんだけど、拳が前に出た時の慣性がちょっと強い」
「重いからな」
「そう。ストレート一発ならそこまで気にならない。でも――」
「連打すると遅れる」
「あとフック」
「手首?」
「そこ」
甚平は純正品を置き、今度は+JOを持ち上げる。
「拳側の重量配分を少し内側へ寄せた。手首周りの追従補正も変えてる」
「出力は?」
「上げてない」
「全く?」
「ほんの微調整。威力上げるカスタムじゃない」
貴明は+JOを見つめた。最大出力を上げるのではなく、拳を出した後の扱いやすさを変える。純正品の単純な強化版というより、異なる狙いを持つ調整らしい。
「じゃあ、ボクシング寄り?」
「……結果的にはな」
「最初からじゃない?」
「俺は別にボクシング用として作ったわけじゃない」
「じゃあ何用?」
「近接戦で扱いやすくする用」
「同じじゃない?」
「同じじゃない!」
甚平が少し声を強めた。すずらんは二人の応酬には加わらず、+JOをじっと眺めていた。
「使えば分かります」
「そういうこと」
甚平が頷いた。
「だから今日は試しに来た」
◇
試験には神姫バトル筐体のトレーニングモードを使う。ランキング戦ではなく、Fバトル用装備の動作確認や移動試験、コンボ練習などを行うためのモードだ。標準ターゲットや移動ターゲット、簡易AIを利用でき、負荷、攻撃間隔、命中位置、武装別の記録も残せる。今回はライド接続を行わず、すずらん自身が自律的に同じメニューを実行する。貴明は筐体に接続した外部端末でメニューの指示と記録を担当し、純正品と+JOを同じ条件で比べることにした。
「ここなら比較しやすい」
貴明が自分の端末を筐体へ接続した。
「まず純正」
「+JOからじゃないの?」
甚平が聞く。
「基準取らないと意味ない」
「普段使ってるんだろ?」
「今日の状態で取る」
「……なるほど」
「すずらん」
「はい」
「最初は純正で」
「分かりました」
すずらんが筐体へ入り、純正のアイアングローブを装着した。固定状態と装備認識には、どちらも問題がない。
「メニューは?」
「最初は単発」
貴明は測定メニューを設定していった。
「ジャブ十。右ストレート十。左フック十。右フック十。左右アッパー」
「全部十?」
「うん」
「その後?」
「ワンツー。ワンツーフック。ジャブ、ボディ、右」
「多いですね」
「比較だから」
「分かりました」
横から画面を見ていた甚平が言う。
「本当に全部取るんだな」
「だから言っただろ」
開始。正面の標準ターゲットへ向けて、すずらんが構えを取った。
「ジャブ」
左ジャブを一発。引き戻して、もう一発。すずらんは同じ動作を十回繰り返した。
「次、右」
すずらんが踏み込み、右ストレートをターゲットへ打ち込む。命中した拳を戻し、同じ出力と動作で次を打つ。その反復を、甚平はログ画面で追っていた。
「戻り、やっぱ一瞬残るな」
「うん」
「すずらん」
「はい」
「今、自分で補正してる?」
甚平が聞いた。
「少し」
「どこ?」
「右を打った後です」
「手首?」
「手首と肩」
すずらんが拳を構えたまま答える。
「放っておくと少し前に残るので、戻す時に引いてます」
「やっぱり」
貴明は該当箇所のログへ印を付けた。
「前から?」
「前からです」
「気にならない?」
「慣れました」
甚平が少し嫌そうな顔をする。
「作る側として一番嫌な言葉だな、それ」
「何で?」
貴明が聞く。
「使う側が慣れて補正してるってことは、道具側に改善余地があるってことだろ」
「なるほど」
「お前、そこで納得するのか」
「使う側だから」
「そうだった」
続いてフックの測定へ移った。
「左」
左フックが横からターゲットを叩いた。
「もう一回」
左の動作を繰り返す。
「もう一回」
十発を終えると、次は右フック。拳が弧を描いて命中し、ガードへ戻る。甚平が画面の一点を指した。
「ここ」
「分かる」
貴明もほぼ同時に答えた。
「何?」
すずらんが聞く。
「三発目と七発目」
貴明は該当区間を拡大する。
「戻した時に拳位置が少し外」
甚平も同じ場所を見る。
「はい」
「やっぱりなる?」
「なります」
「補正してる?」
「次を打つ前に」
貴明は攻撃間隔を見る。
「だから連打間隔伸びてる」
「どれくらい?」
「右ストレートより差が大きい」
甚平が笑った。
「面白くなってきた」
「何が?」
「狙ったところ出てる」
「まだ純正だぞ」
「だからだよ」
こうして純正品での基準データを一通り取り終えた。
「次」
すずらんが純正のアイアングローブを外すと、甚平はケースから+JOを取り出して手渡した。
「どうぞ」
すずらんは受け取った試作品を、手の上で一度持ち上げてみた。
「軽い」
「分かる?」
「少し」
「拳側を軽くしてるだけだから、総重量差はそんなでもない」
「でも――」
すずらんは+JOを装着し、固定を確かめてから何度か手を開閉した。
「重心が違います」
甚平の表情が少し嬉しそうになった。
「そう」
「内側?」
「そこまで分かる?」
「分かります」
「すげえな」
貴明は装備認識とログ設定を確認する。
「すずらん、同じメニュー」
「はい」
「できるだけ同じ出力で」
「分かりました」
同じ条件で、まずはジャブ。最初の一発を打ったところで、すずらんの眉がわずかに動いた。
「どう?」
甚平が聞く。
「まだ」
すずらんは二発、三発と続け、十発を打ち終えた。
「ジャブは?」
今度は貴明が聞いた。
「そんなに変わりません」
「まあ、左は元々軽い動作だからな」
甚平も頷く。
「次、右」
すずらんが構えて踏み込み、右ストレートを打った。ターゲットへ命中した拳が、ガードへ戻る。そのわずかな時間に、貴明と甚平の視線が同時にログへ向いた。
「もう一回」
すずらんがもう一度、右を打つ。
「もう一回」
さらに右を一発。
「……速いな」
貴明が言った。
「だろ?」
「戻りが」
「そこ狙った」
四発目、五発目、六発目。繰り返すうちにも、貴明は純正品との差を確認していた。
「すずらん」
「はい」
「自分で戻してる?」
「ほとんど――」
すずらんは答えかけてから、自分の動きを思い返すように少し考えた。
「いえ。さっきより少ないです」
「どのくらい?」
「純正だと、打った後に一回引く感じがあります」
「+JOは?」
「拳を戻すだけで戻ります」
甚平が小さく拳を握った。
「よし」
「まだ早い」
貴明が言う。
「喜ばせろよ」
「フック残ってる」
次は左右のフックだ。すずらんが一発ずつ軌道を確かめ、三発目まで続けた。
「止めて」
貴明が声をかけた。すずらんが動きを止める。
「何です?」
「三発目」
「違和感?」
「いや」
貴明は純正品を使った時のログと並べて表示した。
「ガード位置」
甚平が覗き込む。
「……お」
「戻ってる」
純正品では、フックの後に拳がわずかに外側へ流れていた。それが+JOでは、ほぼ元のガード位置へ戻っている。
「これいいな」
貴明が言った。甚平が少し黙る。
「何?」
「お前、ちゃんと褒めるんだな」
「良ければ」
「もっと最初に言ってくれ」
「まだ全部終わってない」
「厳しいな」
違いが利点ばかりではないことが分かったのは、アッパーの測定だった。
「右アッパー」
すずらんが身体を沈め、拳を下から上へ打ち上げる。ターゲットに当てて引き戻し、同じ動きを二度、三度と繰り返した。
「……」
すずらんの表情が少し変わった。
「止める?」
貴明が聞く。
「いえ」
四発目で、すずらん自身が拳を止めた。
「今の」
「どうした?」
甚平が聞く。
「少し軽すぎます」
「軽い?」
「打ち上げた時です」
貴明は軌道ログを開いた。
「オーバーしてる」
「どれ?」
甚平が画面を覗き込む。設定したターゲット位置を越え、拳の軌道がわずかに上へ抜けていた。
「ほんとだ」
「純正だと?」
貴明は純正品のログと並べた。純正では拳がほぼ中央を通っている。
「拳側を軽くしたせいか」
「たぶん」
すずらんも自分の感覚を確認するように拳を動かした。
「ストレートは戻しやすいです。でもアッパーは、思ったより先まで上がります」
「入力補正も噛んでるな」
甚平から笑みが消え、すぐに端末を開いた。
「補正値何パーだっけ」
「ここ」
貴明が該当項目を指す。
「これ、上方向だけ変えた方がいいんじゃない?」
「いや、それだと斜めフックで――」
「じゃあ速度依存」
「それやると入力遅延出るかも」
「どれくらい?」
「試さないと」
二人は並んで画面を見つめ、数秒の間、黙って調整方法を考えた。
「マスター」
すずらんの声で、貴明が顔を上げた。
「何?」
「私はまだ装着してます」
「あ」
甚平も顔を上げる。
「ごめん」
「悪い」
「二人とも急に始まりますね」
外から見ていたすみれが言う。
「似てますね」
「どこが」
「全然違う」
二人の否定が同時に重なり、すみれが笑った。
「そういうところです」
「次、コンビネーション」
貴明が設定を変えた。
「アッパーは?」
甚平が聞く。
「後で個別」
「了解」
最初はワンツー。すずらんが構え、左から右へ拳をつないでガードへ戻す。
「もう一回」
続けてもう一度、左、右。
「速い」
貴明が言った。
「どのくらい?」
「純正より短い」
「数字で」
「今出す」
「二人とも楽しそうですね」
すずらんが言う。
「楽しい」
貴明は即答した。
「楽しいな」
甚平も即答する。
「そうですか」
すずらんは少し笑った。次のメニューはワンツーフック。ジャブから右、そして左フックへつなぐ。
「今の良い」
貴明が言う。
「私もそう思います」
すずらんが答えた。
「何が?」
甚平が聞く。
「右から左へ移る時」
「純正だと?」
「右を一度戻してから、左を打つ感じです」
「+JOは?」
「戻しながら次へ行けます」
貴明もログを確認した。
「連続性上がってる」
「ボクシングっぽく?」
甚平が聞く。
「かなり」
「だからボクシング用に作ったわけじゃ――」
「でも結果そうなってる」
「まあな」
「ならいいだろ」
「……いいけど」
甚平は少し複雑そうな顔をしたが、貴明には作った目的の違いより、実際に動きがどう変わったかの方が重要だった。
「すみれもやります?」
甚平が聞いた。
「はい」
すみれが立ち上がる。
「見てからって言ってたので」
「見た結果?」
「試します」
「どうぞ」
すずらんから+JOを受け取って装着したすみれは、手を何度か開閉して感触を確かめ、構えを取った。
「私は純正との比較、少なめでいいです」
「何で?」
甚平が聞く。
「すずらんと打ち方違うから、同じ比較しても別データになるでしょう?」
「なるほど」
「だから、まず+JOで一通り」
「了解」
「すみれ」
貴明が呼ぶ。
「はい」
「いつも通り」
「分かりました」
すみれの打ち方はすずらんよりも形が整っている。ジャブ、右、フックと、いずれも軌道が素直で、その分、武装側の癖も見分けやすかった。
「右、いいですね」
何度か打ってから、すみれが言う。
「やっぱり?」
甚平が聞いた。
「はい」
「フックは?」
「戻しやすいです」
「アッパー」
貴明が言う。
「やります」
すみれは右アッパーを一発打ち、わずかに首を傾げた。
「軽いですね」
「すずらんと同じ?」
「多分」
もう一発、同じ軌道で打つ。
「やっぱり上に抜けます」
「やっぱりか」
甚平がメモを取る。
「ただ」
すみれが続ける。
「私はすずらんほど気にならないです」
「何で?」
「最初から少し抑えて打つので」
横からすずらんが言った。
「私は最後まで振ります」
「そうですね」
「打ち方で差出るな」
甚平が呟く。貴明も頷いた。同じ武装でも、使う神姫の打ち方によって評価は変わる。
「だから一人だけじゃ分からない」
「なるほど」
「もっと人数欲しい?」
「欲しい」
甚平が即答した。
「クロスロード持ってく?」
「それはジムと本人に確認」
「お前、こういう時だけまともだな」
「こういう時だけって何だよ」
一時間ほど経つと、装備準備用テーブルには純正のアイアングローブと+JO、その横には貴明のノートPCと甚平の端末が並んだ。両者の画面には、すずらんとすみれの試験ログが表示されている。
「まとめるぞ」
甚平が言った。
「右ストレート」
「+JO」
貴明が答える。
「戻り」
「+JO」
「フック」
「+JO」
「アッパー」
「今のままなら純正」
「やっぱり?」
「うん」
「ガード復帰」
「+JO」
「単発威力」
「純正の方が上」
「まあ、Rankが違うからな」
「+JOはそこを競う武装じゃないし」
「そういうこと」
「耐久は?」
「今日じゃ分からない」
「だよな」
甚平が項目ごとに確認していく。単発の打撃威力では、Rankの高い純正品が上回る。+JOはその差を埋めるための改造ではない。むしろ特徴が出たのは、拳を打った後の動きだった。ガードへ戻し、次の拳につなぐ。その一連の動作が、純正品より滑らかになっている。
「長時間テスト必要だな」
「やる?」
「やる」
「早い」
「いつ?」
「今日言う?」
「聞くだけ」
甚平が笑った。
「来週くらい」
「分かった」
「予定確認しろよ」
「後で見る」
「順番逆だろ」
その間、たま子はすみれと話していたらしい。
「終わったのだ?」
「一旦」
甚平が答える。
「強くなったのだ?」
「何が?」
「+JO!」
「強いっていうか……」
甚平は少し考えた。
「使いやすくなったところと、悪くなったところがある」
「じゃあ直すのだ!」
「簡単に言うな」
「直すんだろ?」
貴明が言う。
「お前まで」
「アッパーだけ調整すればかなりいい」
「そこだけじゃねえよ。耐久も見る」
「あと左右差」
「それも」
「入力補正」
「分かってる」
「拳側の――」
「分かってるって!」
たま子が笑う。
「二人とも仲良しなのだ!」
「違う」
貴明と甚平の声が重なった。
「今日二回目ですね」
すみれが言う。
「何が?」
「二人同時に否定するの」
すずらんも頷いた。
「似てます」
「似てない」
また同時だった。
「でも」
甚平が+JOを持ち上げた。
「ここまで細かく返ってくるとは思わなかった」
「何が?」
「感想」
「普通だろ」
「普通のテストってな」
甚平は指を折った。
「軽い」
「うん」
「使いやすい」
「うん」
「強い」
「うん」
「大体、その辺で終わる」
「それじゃ直せないだろ」
「だから助かってるんだよ」
貴明が少し止まる。
「そう?」
「そう」
甚平は+JOをケースへ戻しながら続けた。
「作る側だとさ、自分で使うとどうしても自分の癖に合わせるんだよ」
「たま子は?」
「もちろん使ってもらうけど」
たま子が胸を張った。
「あたしも使うのだ!」
「でも、たま子の感覚だけでも偏る」
「なるほど」
「そこに」
甚平がすずらんを見る。
「ボクシング長いやつ」
次にすみれ。
「基本が綺麗なやつ」
最後に貴明。
「数字狂い」
「誰が数字狂いだ」
「お前」
「悪口?」
「褒めてる」
「ならいい」
すぐにたま子が反応した。
「貴明もたま子みたいなのだ!」
「何が?」
「褒めてるならいいのだ!」
「……否定できない」
片付けに移り、すずらんとすみれは武装を解除して、それぞれ状態を確認した。トレーニングモードでの動作試験だったため負荷は軽く、実戦ほどの消耗はなかった。
「今日はこのまま帰る?」
すみれが聞く。
「そうする」
貴明が答えた。
「クロスロードは?」
「今日は行かない」
「珍しいですね」
「拳かなり打っただろ」
「練習ほどでは」
「今日は武装テストだけで十分」
すずらんも頷いた。
「私も帰ってログ見たいです」
「やっぱり見るんだ」
「自分のですよ?」
「分かってる」
甚平もケースを閉じた。
「じゃあデータ送ってくれ」
「加工前と加工後どっち?」
「両方」
「形式は?」
「何ある?」
「CSVと――」
「待て」
甚平が止めた。
「もうその話始める?」
「必要だろ」
「今、帰ろうとしてたよな?」
「送る形式決めるだけ」
「お前、本当に止まらないな」
「甚平も人のこと言えないと思います」
すみれが言った。
「それはそうですね」
続いてすずらんも賛成した。
「神姫側から見てもそうなのだ!」
たま子まで加わった。
「三対二だな」
甚平が言う。
「人数で決めない」
貴明が返す。
「それ便利だな、その返し」
◇
ゲームセンターを出ると、外はもう夕方だった。甚平とたま子は、貴明達とは反対方向へ帰るらしい。
「じゃあ」
甚平が手を上げる。
「修正版できたら連絡する」
「いつ?」
「だから!」
甚平が笑った。
「来週以降!」
「分かった」
「急かすなよ」
「急かしてない」
「今ので?」
「確認」
「絶対急かしてる」
たま子が両手を振る。
「またなのだ!」
「また」
すみれが手を振り返す。
「また」
すずらんも続く。
「またな」
貴明も答えた。数歩進んだところで、甚平が振り返る。
「篠原!」
「何?」
「今日のログ、本当に全部送れよ!」
「分かってる」
「生データも!」
「それも」
「じゃあな!」
今度こそ甚平とたま子が離れていった。貴明たちも駅へ向かい、帰りの電車に乗る。車内で貴明はスマートフォンを取り出し、今日の簡易結果を見直していた。
「マスター」
すずらんが言う。
「何?」
「良かったですね」
「何が?」
「+JO」
「うん」
「かなり好きでしょう」
「分かる?」
「分かります」
「俺が使うわけじゃないけど」
「でも楽しそうでした」
すみれも頷いた。
「甚平さんも」
「作るの好きなんだろうな」
「マスターは測るのが好き」
「別に測ること自体が好きなわけじゃ――」
二人がこちらを見る。
「……好きかもしれない」
「だと思いました」
貴明はもう一度スマートフォンへ目を落とした。単発の攻撃力では、Rankの高い純正品に分がある。一方、+JOは拳を打った後の動きがいい。ガードへ戻るまで、次の拳を出すまで。そこに差が表れていた。神姫ボクシングで繰り返してきた連続動作と、特に相性がよさそうだった。
◇
帰宅すると、貴明はデータをデスクトップPCへ移し、純正と+JOのログを並べて整理した。右ストレートでは+JOの復帰時間が短縮され、フックではガード位置の再現性が向上している。一方、アッパーはターゲット位置よりも上へ抜けやすかった。すずらんとすみれでは同じ武装でも影響の表れ方が異なることを、貴明はそれぞれの備考欄へ書き込んだ。
『ボクシング系の連続打撃とは相性良好』
そこまで書いて、貴明は少し考えた。さらに一行加える。
『単発威力は高Rank純正品が上。+JOは拳の復帰と次動作への接続性に優れる』
「マスター」
すずらんが横から画面を見る。
「何?」
「それ、甚平さんに送るんですか?」
「送る」
「長いですね」
「必要」
「何ページ?」
「まだ一ページ」
「まだ?」
「画像入れるから増える」
「……喜ぶと思います」
「そう?」
「多分」
貴明は続きを書きながら今日のことを思い返した。これまでも購入した武装の設定を自分たちに合わせて調整してきたが、基本となる武装そのものは既製品だった。今回は甚平が実物を加工し、すずらんとすみれが使用感を伝え、貴明がログでその差を確かめる。試験結果を甚平へ返し、さらに武装を調整してもらうというやり方だ。そう考えて画面を見直すと、モニターの隅には今日使った武装名が表示されていた。
アイアングローブ +JO
貴明は少しだけ笑った。
「次、アッパー直ってるといいな」
「また試す気満々ですね」
「当然」
「私が使うんですけど」
「あ」
「忘れないでください」
「ごめん」
すずらんは小さく笑った。
「使いますよ」
「まだ聞いてないけど」
「マスターと長いので」
前にも聞いた言葉だった。今度は貴明も笑った。