七月。全国神姫ボクシングオープン当日、駅を出た貴明は、日差しを受けて思わず顔をしかめた。
「暑い……」
呟きながら、会場へ向かう道へ足を踏み出す。
「昨日も言ってましたね」
キャリーケースの中から、すみれの声がする。
「昨日より暑い」
「昨日もそう言ってました」
「毎日更新されてるんだよ」
「何がです?」
「暑さ」
「そんな記録いりません」
今度は隣から、すずらんの声がした。
「マスター、水分」
「持ってる」
「飲みました?」
「電車で」
「ならいいです」
「俺よりお前らの心配した方が――」
「私達はケース内空調ありますから」
「ずるいな」
「マスターが買ったケースです」
「そうだった」
駅前から会場までは徒歩十分ほど。今日行われる全国神姫ボクシングオープンは、春季オープンよりも規模が大きい。貴明はケースの持ち手を握り直し、二人と会場へ向かった。
◇
会場へ入って、最初に目についたのはリングの数だった。
「多いですね」
ケースから出たすみれが見上げる。
公式リングは十面あり、春季オープンの六面を大きく上回っている。観客席も広く、全国各地のジムに個人参加の選手、企業チームまで集まっていた。人の流れの中には、貴明でも名前を知っている選手が何人もいる。
「去年より増えてる?」
貴明が大会案内を開く。
「参加者数、少し増えてますね」
すずらんが答える。
「アドバンスドクラスは?」
「百二十八」
「多いな」
「春季より倍くらいです」
すみれがトーナメント表を見た。
「勝つ回数も増えますね」
「当たり前だけどな」
「言葉にすると嫌ですね」
「今さら?」
「今だからです」
三人は受付へ向かい、参加確認を済ませてから機体と競技ウェアの検査を受けた。公式戦用グローブを装着すると、競技役員が手首の固定と封印を確認する。手順は春季オープンと同じだが、今回は戸惑うこともなく進められた。
「すずらん、右」
「はい」
「すみれ、次」
「分かってます」
移動先も提出するものも、待機する場所も、今では一つずつ確認しなくて済む。大会そのものに慣れたというより、この三人で試合へ臨む流れが身についてきたのだろう。複数試合を行う間もグローブの封印は維持し、次戦の前には競技役員による機体・装備の再検査と出場許可を受けることになる。
「来たな」
クロスロードの待機区画へ入ると、高城が手を上げた。
「おはようございます」
「おはようございます」
すずらんとすみれが答える。
すでにコハク、美咲、ハル、蓮、クロエ、それに他のクロスロード所属選手も準備を始めていた。
「状態は?」
高城が貴明へ聞く。
「問題なしです」
「本人達は?」
「大丈夫です」
すずらんが答える。
「私も」
すみれも続けた。
「よし」
高城はそれだけ確認して、リングの方へ目を向けた。
「春とは違うぞ」
「人数?」
すみれが聞く。
「それもある」
高城は大会会場を見渡す。
「全国オープンだ。普段なら地方大会でしか当たらない選手も来る」
「はい」
「強いのが多い」
すずらんが短く答えた。
「知ってます」
「ならいい」
高城が笑う。
「いつも通りやれ」
◇
最初に試合を迎えたのは、すみれだった。
一回戦も二回戦も、すみれは判定で勝ち上がった。派手な展開ではなかったが、危なげも少ない。
「右」
貴明が短く言う。
すみれが右を打つ。
そのまま横へ。
完全な構えへ戻り切る前に、次の位置へ移る。
春季オープン前、コハクに何度も指摘されていた右を打った後の足運びだ。今では一つ一つ意識しなくても、次の位置へ動けるようになっていた。
「自然になりましたね」
コハクが言う。
「ですね」
貴明も頷く。
右を打って横へ動き、ジャブを返す。相手の反撃はガードし、そのまま半歩位置を変えた。
「以前なら、一度止まってました」
「今は止まらない」
「はい」
相手が連打を仕掛けてくると、一発目はガードし、二発目に合わせて移動する。三発目を外したすみれはジャブを返し、そこから右を打ち込んだ。
「いい」
貴明が言う。すみれは返事をせず、すぐに次の攻防へ移った。
休息と次戦前の再検査を済ませたすみれは、三回戦でジュビジー型と対戦した。相手は頻繁に距離を変え、ここから少し苦しい試合になる。
近づいたと思えば離れ、また踏み込んでくる。動きに一定のリズムがない。
以前のすみれなら、相手を自分の形へ当てはめようとして少しずつ遅れていたかもしれない。
だが今日は、相手が離れても無理に追わない。近づいてきたところへジャブを置き、さらに踏み込まれれば横へ動いて右を返した。
「すみれ、合わせなくていい」
貴明が言う。
「はい」
すみれは自分の距離とテンポを崩さず、相手へ合わせるのではなく、相手に対応を選ばせていた。
三ラウンドを戦い終え、判定が告げられる。
『赤コーナー、すみれ選手』
すみれが三回戦を突破した。
「ベスト16ですね」
リングを降りたすみれが言った。
「去年と並んだ」
「はい」
「次勝てば更新」
「分かってます」
「緊張してる?」
「少し」
「なら普通」
「マスター、そういうところだけ雑ですよね」
「どうしろっていうんだよ」
すみれが笑った。
すずらんも一回戦と二回戦を判定で勝ち上がり、休息と再検査を経て三回戦を迎えていた。相手はヴァローナ型。
踏み込んで距離を潰し、ボディやフックを重ねて圧力をかけ続けるタイプだ。
春季オープン前、クロエに押し込まれていた頃のすずらんにとっては、かなり苦手な相手だっただろう。
「来ます」
すずらんが言う。
「分かってる」
貴明が答える。
「最初から時間くれないと思う」
「なら」
すずらんがグローブを合わせる。
「先に使います」
「何を?」
「時間」
試合が始まると、予想通り相手が前へ出てきた。すずらんは待たない。
ジャブ。
相手がガード。
もう一発。
相手の前進は止まらないが、一瞬だけ速度が落ちた。その間にすずらんが横へ動く。相手が追ってくれば、もう一度ジャブで迎えた。
「いい」
貴明が呟く。
クロエとの練習で繰り返したことだった。相手を見る時間が足りないなら先に動かし、完全に読み切れるまで待たない。
ジャブで相手を動かし、足を使って、またジャブ。
相手が強引に踏み込む。
左フックをガードし、続くボディも受ける。それでもロープまで下がらず、すずらんは先に半歩踏み出した。
ジャブ。
右。
相手が止まった。
左ボディ。
右。
「前より全然違いますね」
コハクが言う。
「ああ」
押される時間も被弾もあるが、すずらんは一方的に相手へ主導権を渡してはいなかった。
二ラウンド目、相手はさらに圧力を強めた。すずらんのジャブへ拳を被せ、そのまま近距離へ入ってくる。
左、右と続けられ、一発もらったすずらんの姿勢がわずかに崩れた。
「右へ」
貴明が言う。
すずらんが抜ける。
相手が追う。
以前ならここでいったん距離を取り直していただろうが、今日は止まらなかった。
すずらんは抜けながら左を打った。追ってきた相手の顔へ入り、前進が止まる。
そこへ右。
クリーンヒット。
「今!」
貴明の声に合わせて、すずらんが前へ出た。
今度はすずらんが押す側になった。
『青コーナー、すずらん選手』
判定勝ちで、すずらんもベスト16へ進んだ。
「どうだった?」
リングを降りたすずらんへ、貴明が聞く。
「疲れました」
「相手」
「嫌いではないです」
「前は嫌いだったろ」
「クロエさんよりは楽です」
「比較対象そこなんだ」
「基準になりました」
横でコハクが笑った。
「クロエさんが聞いたら喜びますよ」
「喜びます?」
「多分」
◇
午後になると、大会は上位戦へ入っていった。すみれは四回戦を前に、休息と競技役員の再検査を終えている。勝てばベスト8。対戦相手はアーンヴァルMk.2で、戦績も戦い方もすみれに近い。ただし、相手の方が手数は多かった。
「止まらないな」
貴明が対戦映像を見る。
「はい」
すみれも隣で、その相手の映像を一試合だけ確認していた。
「ハルみたい?」
「ハルさんほど足中心じゃないです」
「拳も多い」
「はい」
「どうする?」
以前なら貴明が先に指示を出していたかもしれないが、今はすみれ自身に考えを聞いた。
「最初はジャブ」
「うん」
「相手の手数には付き合いません」
「うん」
「右を打った後、止まらない」
「それ」
すみれが頷く。
「行ってきます」
一ラウンド目は悪くなかった。すみれがジャブを出せば相手も返し、右を打った後は横へ動いてもう一度ジャブ。互角の攻防が続く。
二ラウンド目に入ると相手が手数を増やし、すみれもそれに対応していく。
ワンツーから横へ移り、相手の拳をガードして返す。
春なら一度きれいに構え直していただろうが、今は少し姿勢が崩れても、そのまま次へ動けている。
「かなり良くなってる」
貴明が言う。
「ですね」
コハクも頷く。
それでも、相手の方がほんの少しだけ攻防の切り替えが速かった。
三ラウンド目。
すみれの右を相手が外し、返しの左が入った。すみれはすぐ横へ動き、右を打ち返す。今度はこちらの拳が当たった。
残り一分。ポイントは僅差だった。
「すみれ」
「はい」
「形気にしなくていい」
一瞬だけ返事が遅れた。
「……分かりました」
相手が来る。すみれはジャブから右を打った。相手も右。拳が交差し、すみれの姿勢が崩れる。
それでも、元の構えへ戻そうとはしなかった。
そのまま左。
相手の頬へ入る。
「いい!」
貴明が声を上げる。
すみれが踏み込んでもう一発。相手も返す。
終了音が鳴った。
『判定、二対一』
判定を待つ間も、すみれは正面を見たままだった。
『青コーナー――』
相手選手の名前が呼ばれた。すみれは一度だけ目を閉じ、すぐに相手へ向き直った。
「ありがとうございました」
互いにグローブを合わせた。
リングを降りてきたすみれを、貴明が迎えた。
「お疲れ」
「はい」
「状態は?」
「大丈夫です」
コハクも状態表示を確認する。
「損傷なし。疲労ですね」
「ならよかった」
すみれは結果表示へ目を向けたまま、少し黙っていた。
「……ベスト16」
「うん」
「去年と同じです」
「そうだな」
「春はベスト8だったのに」
「大会規模違うだろ」
「分かってます」
大会規模が違うことは理解しているのだろうが、それで悔しさがなくなるわけではない。すみれの表情からも、貴明にはそう見えた。
「すみれ」
「はい」
「最後」
「何です?」
「右もらった後」
すみれが貴明を見る。
「戻らなかった」
「……はい」
「前なら一回構え直してた」
少し間を置く。
「今日はそのまま左出した」
「当たりました」
「うん」
「でも負けました」
「負けた」
貴明は負けたという事実を否定せずに受け止めた。
「でも」
少し考えてから続ける。
「前と同じ負け方じゃない」
すみれは何も言わなかった。しばらくしてから、小さく息を吐く。
「……あとで映像見ます」
「今日は?」
「今日でも」
「いや」
貴明が止める。
「帰ってから状態見て、元気なら」
「珍しいですね」
「最近色々言われてるから」
すみれが少し笑った。
「成長しましたね」
「それ、すずらんにも言われた」
すずらんも休息と再検査を挟んで四回戦を戦い、判定勝ちでベスト8へ進んだ。これで去年の全国オープンと同じ成績に届いた。
「次ですね」
すみれが言う。
すみれは自分の試合を終えたばかりだが、もうすずらんの方を気にしている。
「休んでていいよ」
貴明が言う。
「休んでます」
「思ったより元気だな」
「負けたからって動けなくなるわけじゃないです」
「それもそう」
すずらんは次の相手の情報へ目を向けた。ストラーフ型で、全国上位の常連。前へ出る圧力が強く、手数が多いうえ、ボディも巧みに使って前進を止めない選手だった。
「またですね」
すずらんが言う。
「圧力型?」
「はい」
「嫌?」
「前よりは」
「前よりは?」
「嫌じゃないです」
準々決勝。競技役員による次戦前の状態・封印の再検査を終えたすずらんは、第一ラウンドの開始に合わせて構えを取った。
開始直後から相手が前へ出る。すずらんはジャブを打ち、ガードされてももう一発置いたが、相手の足は止まらない。
ボディを受け、右をガードし、左フックを外す。すずらんは受けに回りながらも、次の位置を探した。
「強い」
貴明が呟いた。
クロエとも少し違い、前へ出ながら相手の逃げる先まで見て位置を取ってくる。
すずらんが右へ動いても、先回りされる。相手の左をもらったが、すぐにジャブから右を返した。今度はこちらの拳も当たった。
以前なら圧力を受け続けて動きを読む前に押し込まれていたかもしれない。今日は相手の動きを見て返せている。それでも、攻防全体では相手の方が一枚上だった。
二ラウンド目、すずらんは自分からジャブを打った。相手がガードしたところで右へ回るが、ぴたりとついてくる。
すずらんが足を止めて右を打つと、相手はそれを外し、ボディへ拳を返した。
入る。
「っ」
負荷表示が上がる。
「大丈夫?」
「はい」
「ボディ注意」
「分かってます」
返事にわずかな悔しさが滲む。次の攻防でも、相手は同じように踏み込んできた。
今度は、すずらんが先に左を置いた。
相手がガードしたことで、ボディを打つタイミングが遅れる。
すずらんの右。
入った。
「それ」
貴明が言う。
すずらんは続けて左、右と打ち込み、相手を下がらせた。観客席が少し沸く。
三ラウンド目には互いに疲れが見え始め、相手の手数も落ちていた。すずらんの脚も開始時ほど軽くはない。それでも最後まで一方的にはならなかった。
ジャブとガード、ボディと右。相手の左にすずらんも右を返し、最後まで拳を交わす。
終了音が鳴った。
「そこまで!」
すずらんがゆっくり構えを解いた。
貴明は端末で、すずらんの状態が安全域にあり損傷はないものの、疲労が大きいことを確認した。判定は三対〇。相手選手の勝利だった。
貴明はリングを降りてきたすずらんを迎えた。
「お疲れ」
「はい」
「状態」
「肩が重いです」
「右?」
「両方。右の方が少し」
「脚」
「疲れてます」
「痛み」
「なし」
コハクも状態表示を確認した。
「損傷はありません。今日はここまでですね」
「はい」
素直な返事に、貴明は少し意外な気がした。春なら負けた直後から頭の中で試合をやり直していたはずだ。今日は静かだが、ただ落ち込んでいるようにも見えない。
「映像――」
貴明が言いかける。
「今日は帰ってからでいいです」
すずらんが先に答えた。
「……見るの?」
「元気なら」
「すみれと同じこと言うな」
「聞いてましたから」
「明日でもいいぞ」
すずらんは少し考えた。
「じゃあ明日」
「珍しいな」
「そうですか?」
「前なら今見たがった」
「……」
すずらんは、今戦った相手が次の試合へ向けて準備する姿を見送った。
「前よりできました」
「うん」
「でも負けました」
「うん」
「だから」
少し間を置く。
「今日はそれでいいです」
◇
全国オープンでの結果は、すずらんがベスト8、すみれがベスト16。どちらも去年と同じ成績だった。ただ、貴明には二人の試合内容まで同じだったとは思えなかった。
全試合を終え、競技役員によるグローブの封印確認と解除許可が下りると、三人はクロスロードの待機区画へ戻った。
貴明はいつものように、まずすみれのグローブを固定するテープの端を持ち、一周、二周と丁寧に外していった。手首の固定が解けると、グローブをそっと抜いた。
「痛い?」
「ないです」
「拳」
「大丈夫」
右手、左手の順に状態を確かめた。
「お疲れ」
「ありがとうございます」
続いて、すずらんが貴明の前へ座った。
「右から?」
「お願いします」
貴明は手首を支えながら、テープを丁寧に剥がしていく。
「今日は重い?」
「少し」
「帰ったらクレイドル」
「はい」
「飛行禁止」
「言われなくても」
「ならいい」
グローブを外すと、すずらんは素手になった両手の指を何度か動かした。
「問題なし」
「うん」
貴明は外したグローブを確認してケースへしまった。
「お疲れ」
「はい」
「同じだったな」
帰り支度をしていると高城がやってきて、三人はその声に振り返った。
「去年と」
「結果はな」
すみれは結果を思い出したのか、少し俯いた。
「はい」
「で」
高城はすみれを見る。
「去年の自分と、今日の自分。同じだったか?」
「……違います」
「すずらん」
「違います」
「ならいい」
すみれが顔を上げる。
「いいんですか?」
「よくはない」
高城は即答する。
「勝ちたいなら悔しがれ」
「はい」
「でも、順位だけ見て何も伸びてないって考えるのも違う」
すみれが頷く。
「次に何を直すかは、明日考えろ」
「今日じゃなくて?」
「今日は休め」
「みんな同じこと言いますね」
「言わないとお前らやるからな」
そこで高城の視線が貴明へ向く。
「特にマスターが」
「俺?」
「お前」
すずらんとすみれが、揃って頷いた。
「そこ揃う?」
◇
帰りの電車で、すみれは神姫用座席の背もたれへ深く身体を預けていた。
「疲れました」
「珍しく素直ですね」
すずらんが言う。
「すずらんもでしょう?」
「疲れました」
「ほら」
貴明は二人の座るスペースの近くに立ち、疲れた様子を見ていた。
「今日は帰ったら何もしないからな」
「夕飯は?」
「食べる」
「クレイドル?」
「入る」
「映像は?」
「見ない」
すみれが少し驚く。
「マスターが?」
「俺は見るかもしれない」
「ダメです」
「何で俺まで」
「明日って高城さん言ってました」
「あれ選手にだろ」
「セコンドもです」
「勝手に広げるなよ」
すずらんが言う。
「私も明日でいいと思います」
「二対一」
貴明はそこまで言ってから、一瞬止まった。
すみれが笑う。
「人数で決めないんじゃないんですか?」
「……今日は決める」
「都合いいですね」
電車は夕方の街を走り、窓の外には日の傾いた街並みが流れていた。
「マスター」
すずらんが言った。
「何?」
「結果だけなら」
「うん」
「前と同じです」
「そうだな」
「でも」
「うん」
すずらんは少し考える。
「前と同じではないです」
貴明は短く答えた。
「俺もそう思う」
「私もです」
すみれが続ける。
「でも次はベスト8行きたいです」
「俺も」
「マスターは出ませんよ」
「分かってる」
「すずらんは?」
「次はその先」
「ベスト4?」
「その先です」
「優勝?」
「言うだけなら」
すみれが笑った。
「大きく出ましたね」
「すみれもでしょう?」
「私はまずベスト8」
「現実的ですね」
「段階を踏むんです」
そんな話をしながら、三人は家へ帰った。結果だけなら去年と同じでも、同じ場所に立ち止まっているわけではない。クロスロードへ来る前には苦手だった圧力型への対応、試合の途中で動きを修正すること、負けた後で次に目を向けること。こうした変化はトーナメント表に残らないが、貴明には二人が前へ進んでいると分かった。
その一方で、神姫ボクシングとは別に続けているFバトルの方は、最後の順位戦で十九位へ落ちたままだった。貴明は二人の会話を聞きながら、まだ取り戻せていないその順位を思い出していた。