宇宙世紀0079年9月24日 21:00
ケルマーン基地・輸送隊待機場
基地の中でも奥まった場所に位置する輸送隊待機場は夜の闇に包まれていた。
見上げれば雲ひとつない空に無数の星が瞬いている。
数百両もの車両が所狭しと並び、そのあちこちではランプの明かりが灯されていた。
車両の脇に腰を下ろし酒を酌み交わす兵士達の姿もある。
明日の任務に備えて休息を取る者もいれば、束の間の自由を楽しむ者もいた。
そんな車両の一角でスガイとリルは荷台に設置された折り畳み式の簡易ベッドに横になっていた。
ハナは民間人、正確には避難民という扱いである。
その為彼女は基地内の宿舎を提供されそちらで寝泊まりすることになっていた。
一方僕とリルは軍人だ。
だからこそこうして軍人らしい寝床をあてがわれている。
リルの話によれば、今回の措置にはハイマン司令の意向もあるらしい。
僕が少しでも軍隊の規則や慣習に慣れるよう、負担にならない範囲で実際の軍生活を経験させようということだった。
しかしリル自身には別の考えがあるようだった。
女性兵士には専用の宿舎が用意されており、必要に応じて専用車両が割り当てられることもある。
彼女がわざわざ僕と同じ場所で寝泊まりしているのは、監視役を兼ねているからだという。
だが実際に彼女の口から聞くとそれだけではなかった。
「あんた、まだ軍に入って六日よ? 一週間も経ってないやつを放っておくほど、私も鬼じゃないし」
そう言ってリルは呆れたように肩をすくめていた。
どこまでも面倒見がいい。
彼女の気遣いは、いつもさりげなく、それでいて細やかだった。
「はい、寝袋」
「ありがとう、リル」
受け取った寝袋を広げ、僕たちはそれぞれの簡易ベッドに横になった。
「あーあ、次にお風呂に入れるのはいつになるのかしらー」
リルが心底うんざりしたような声を上げた。
軍人は演習中でさえ何日も入浴できないことがある。
ましてや戦時中ともなれば、入浴の機会はさらに限られてくる。
今も満足に身体を洗えるような環境ではなかった。
「一緒に寝る相手がシンヤとはいえ、なんか臭ってないか不安なんだけど」
「大丈夫だよ。リルはいつもいい匂いだよ」
「あっそ」
素っ気ない返事が返ってきた。
暗がりの中では、彼女がどんな表情をしているのかまでは分からない。
しばらく周囲の兵士たちの話し声や遠くで聞こえる車両のエンジン音。
それだけが耳に届いていた。
やがてリルがぽつりと口を開いた。
「……シンヤは、このまま軍隊にいるの?」
「ん?……まあ、そうなるかもね」
「……それでいいの?」
「いいんじゃない?」
「いいんじゃないって……他人事みたいに」
呆れたような声だった。
「だってハナを守れるならそれでいいし」
「……とんでもない優男ね、あんたは」
「そう?」
「そうよ」
間髪入れずに返されてしまった。
僕は小さく笑った。
「それに、今はリルだっているし」
「……なによ」
リルの声にわずかな戸惑いが混じった。
「リルはいつも僕のことを気にかけてくれるだろ。それに任務の為、戦争を終わらせる為、リルはいつも一生懸命取り組んでる」
暗い幌の天井を見上げながら僕は言葉を続けた。
「隣でそんなに頑張ってるリルがいるんだ。僕もそれに応えたい」
「……」
リルは何も答えなかった。
ただ黙って幌の天井を見つめている。
その沈黙が少し気になって、僕はもう一度彼女に声をかけた。
「ねえ、リル」
「なに?」
「僕、ちゃんと役に立ってるかな」
軍に入って、まだ六日。
戦争のことも、軍隊のことも、知らないことばかりだ。
そんな自分が彼女たちと同じ場所にいて、本当に何かの役に立てているのだろうか。
ふとそんな疑問が頭をよぎったのだ。
「……立ってるわよ」
リルは少し間を置いて答えた。
そして、静かに言葉を付け加えた。
「ううん、立たせてみせる」
「……リル」
「なによ」
「リルは……どこまでも面倒見がいいね、尊敬するよ」
「……あっそ」
またしても素っ気ない返事だった。
それきりリルは何も言わなかった。
僕もそれ以上は話しかけなかった。
周囲から聞こえてくる兵士たちの談笑は、まだしばらく続いていた。
満天の星空の下、数百両もの車両が並ぶ待機場。
その片隅で、僕たちは明日も続く任務に備え、静かに目を閉じた。
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