宇宙世紀0079年9月25日 0930
砂塵が舞い上がる荒野を多数の車両が列をなして進んでいた。
その先頭を走るのは地球連邦軍の旗を掲げた軍用車両。
総司令官ジャミトフ・ハイマンが乗る司令部直属の車両である。
「しかし司令、なぜ我々が先頭を走るのでしょうか?」
ハンドルを握る若い幕僚が前方を警戒しながら尋ねた。
「敵の工作が仕掛けられている可能性もあります。先遣部隊に進路を確認させるにしても、司令のお車は後方かせめて車列の中央に置くべきではないでしょうか?」
「なに、単に気分だよ」
ジャミトフは何でもないことのように答えた。
「……気分ですか」
幕僚は納得がいかない様子だったがそれ以上は口を挟まなかった。
勿論ジャミトフに考えがないわけではない。
前方の警戒はすでに先遣部隊に任せている。
総司令官自らが危険に飛び込む必要はないが、だからといって常に後方から指示を出すことが最善とも限らない。
今回の行軍にはもう一つの目的があった。
北西部方面隊と北東部方面隊。
両方面隊との合流後には今後の作戦方針を決定する会議が控えている。
そこで問題になるのは単純な戦力の配分だけではない。
各方面隊の指揮権をどこまで認めるのか、中央司令部の命令をどこまで優先させるのか。
これまで独自に作戦を進めてきた部隊同士が、そう簡単に足並みをそろえられるとは思えなかった。
ならば会議の前から示しておくべきことがある。
中央司令部もまた、前線の状況を理解し、戦争の勝利に向けて行動しているということだ。
総司令官の車両が先頭を走っていたという事実は少なくともその姿勢を示す材料になる。
それだけで信頼が得られるとは思わない。
だが何もせずに会議へ臨むよりはいい。
誠意とは言葉だけで示すものではないのだから。
ジャミトフは窓の外へ目を向けた。
砂塵の向こうには長く続く車列があった。
この先、彼が調整しなければならない問題は山積みだ。
その中で頭を悩ませている案件が一つある。
シンヤ・スガイ。
そして彼が操縦するモビルスーツだった。
ジャミトフは目を細めた。
北部方面隊ではスガイの存在を中心とした作戦構想が形成されつつあると聞いている。
未知の兵器を有する操縦者を中心に据え、その性能を最大限に引き出すための部隊運用や戦術を組み立てる。
現場の指揮官からすれば当然の発想なのかもしれない。
実際既存の兵器では対処しにくい敵に対し、スガイのモビルスーツが有効な戦力となる可能性はある。
だが、それと彼を中心としたドクトリンを形成することは別の話だった。
いつ、何機のモビルスーツが配備されるのか。
その答えすら分からない現状で一人の操縦者を中心に部隊編成や作戦思想を固めることに、どれほどの意味があるのか。
もしスガイが負傷すれば。
機体が損傷し、修理に時間がかかれば。
あるいは補給や整備上の問題で出撃できなくなれば。
そのたびに作戦の前提が崩れるような軍隊を、果たして健全と呼べるだろうか。
特定の兵器や人材に依存すること自体が悪いわけではない。
だがそれを前提として組織全体を変えてしまうのは、話が違う。
ましてやスガイは兵器ではない人間でありこの世界に一人しかいないのだ。
現状では彼の能力を再現できる操縦者も、同じ機体を運用できる部隊も十分に揃っていない。
北部方面隊が彼を中心に作戦を組み立てれば組み立てる程、スガイの存在は特別なものになっていく。
そして特別なものになればなるほど彼を失った際の損失も大きくなる。
それは戦術上の問題にとどまらない。
スガイを中心とした運用思想が方面隊に定着すれば、いずれその方面隊独自のドクトリンとなるだろう。
中央司令部が後から修正しようとしても現場の実績や過去の成功体験を根拠に反発される可能性がある。
まだ配備数も運用方法も定まっていない兵器の為に、今から新たな指揮体系を作り上げる。
それはあまりにも早計だった。
ジャミトフはモビルスーツそのものの将来性を否定しているわけではない。
むしろ量産と配備が進めば戦場の様相は大きく変わると考えていた。
だが、だからこそ今のうちに考えておくべきことがある。
モビルスーツが大量に配備されるようになったとき、連邦軍はそれをどのように運用するのか。
答えはある程度見えていた。
一機ずつ各方面隊へ小出しにするのではない。
まとまった数を一つの部隊として編成し、集中的に投入する。
機動力と火力を備えたモビルスーツを集団で運用し、敵の防衛線や重要拠点に対して一気に突入させる。
従来の戦車や歩兵との連携を整えながら、戦線の一角を突破し、その成果を後続部隊へつなげる。
その方が戦力を分散させるよりも兵器の特性を生かしやすい。
もちろん、偵察や護衛など、少数のモビルスーツが有効な任務もあるだろう。
全ての作戦で大部隊を投入できるわけでもない。
だが、モビルスーツを軍の主力兵器の一つとして運用するのであれば、基本となるのは集団運用になる筈だった。
そのとき必要になるのは一人の操縦者に合わせた作戦体系ではない。
複数のモビルスーツを指揮し、補給し、整備し、他兵科と連携させるための仕組みである。
スガイ一人を中心とした作戦行動はその未来に繋がるものなのか。
ジャミトフにはそうは思えなかった。
彼の能力がどれほど優れていようと、一人の操縦者が戦争全体を左右するような構想を、現段階で軍の基本方針にするわけにはいかない。
スガイは貴重な戦力だ。
だからこそ彼を特別視しすぎてはならない。
ジャミトフはそこで思考を切り替えた。
問題は北部方面隊がスガイを重視していること自体ではない。
現場が目の前の戦況に応じて有効な手段を探るのは当然のことだ。
問題なのはその場限りの有効性がいつの間にか将来の軍制を左右するほどの影響力を持ち始めることだった。
今ならまだ間に合う。
スガイを既存の作戦体系からいったん切り離し、別の戦域で運用させる。
北部方面隊が彼を中心としたドクトリンを確立する前に、他の部隊や指揮官のもとでも運用できることを示す。
そうすればスガイは特定の方面隊に属する特別な戦力ではなく、連邦軍全体で運用方法を検討すべき兵器と操縦者として扱える。
彼自身の能力を評価する機会にもなる。
そして北部方面隊が独自の運用思想を既成事実化することも防げるだろう。
尤も別の戦域へ移せばすべてが解決するわけではない。
極東方面軍がスガイを必要としているのならそこで新たな運用構想が生まれる可能性もある。
だからこそ派遣期間と任務範囲を明確にし、現地の指揮官に無制限の裁量を与えないことが重要になる。
ジャミトフは小さく息を吐いた。
兵器の性能を評価することと、その兵器に軍の未来を委ねることは違う。
その区別を失えば、軍は一時的な成功に引きずられ、長期的な戦力整備を誤ることになる。
「司令、進路に異常はありません。先遣部隊からも問題なしとの報告が入っています」
幕僚の声でジャミトフは我に返った。
「そうか、そのまま進めてくれ」
「了解しました」
車両は砂塵を巻き上げながら、荒野を進んでいく。
ジャミトフは再び窓の外を眺めた。
北西部方面隊と北東部方面隊との合流。
その後に控える会議。
各方面隊との指揮権の調整。
そしてモビルスーツを今後どのように軍へ組み込んでいくのかという問題。
どれも先送りにできるものではなかった。
戦争を勝ち抜くのは、一人の天才ではない。
天才がいなくても戦える軍隊を作ること。
ジャミトフが目指すべきなのはそちらだった。
同日 1700 ピッシン 臨時司令部
近年、中東地域では交通網や補給拠点の整備が進められていた。
その恩恵もあり地球連邦軍は各地に展開していた部隊を比較的迅速に移動させることができていた。
イラン地域とパキスタン地域の境界に近い町、ピッシン。
目的のトゥルバットまではあと一息だった。
予定どおりに進めば今夜のうちに北西部方面隊および北東部方面隊との合流を果たせる。
町の郊外には軍用トラックや戦車、装甲車が所狭しと並んでいた。
長距離移動の疲れを癒やす兵士たちの姿がある一方、各隊長車や指揮官車が集まった一角では、慌ただしく人員が行き来していた。
臨時司令部である。
テーブルの上には作戦地図と各方面軍から届いた報告書が広げられ、通信兵たちが暗号文の解読に追われていた。
「司令、極東方面軍から、再び救援要請が届いています」
幕僚の報告にジャミトフは顔を上げた。
「またか、今度は何を求めている?」
「モビルスーツを含む増援です。パイロットと整備要員、関連する補給物資についても、可能な限り早急に送るよう求めています」
「またモビルスーツか……」
ジャミトフは書類を受け取り、内容に目を通した。
「こちらに余剰戦力があるとでも思っているのか!」
傍らにいた幕僚が声を荒らげた。
「我々は中東各地の部隊を移動させ、補給路を維持し、合流に向けた再編を進めている最中です。これ以上戦力を引き抜けば、こちらの作戦計画にも支障が出ます!」
「声を落とせ、ここで怒鳴っても兵力が増えるわけではない」
ジャミトフの言葉に幕僚は不満を残しながらも口を閉じた。
「インド方面司令部からの回答は?」
「拒否です。ラサ方面から南下する敵部隊への対応に追われており、これ以上の援軍を抽出する余裕はないとのことです」
「そうだろうな」
ジャミトフは書類を机に置いた。
インド方面司令部にも、譲れない事情がある。
自分たちの戦線を維持するために必要な戦力を、別の戦域へ回すわけにはいかないのだ。
極東方面軍が要求し、インド方面司令部が拒否し、今度は自分たちに話が回ってくる。
中東・インド亜大陸方面軍という肩書きはあっても、その実態は複数の方面隊がそれぞれの事情を抱えた連合体に近い。
広大な地域を一つの指揮系統で動かすことには限界があり、実質的な軍事運用の主導権も、戦力と補給網を握るインド方面司令部に大きく傾いていた。
そのインド方面司令部でさえ今回の要請には応じられない。
ならばこちらも簡単に引き受けるわけにはいかなかった。
「しかし問題はそこだけではない」
ジャミトフは別の書類を手に取った。
「ジャブローからも通達が来ている。極東方面軍に何らかの援助を行うよう、私に直接指示があった」
「ジャブローから……直接ですか?」
「ああ」
臨時司令部の空気が変わった。
「それは妙ですね。通常であれば極東方面軍の要請を審査したうえで、必要な戦力を各方面軍へ割り振るはずです」
「そうだ。少なくとも私が知るジャブローはそういう場所だ」
ジャミトフは椅子に深く腰掛けた。
「現場が増援を求めたからといって、そのまま認めるような連中ではない。戦力が足りないと言えば、まず現有戦力で対処できない理由を問い、作戦計画の見直しを要求する。増援を出すにしても各戦域の状況を比較してから決めるはずだ」
「では極東方面軍に何かあったのでしょうか?」
「その可能性はある」
ジャミトフは極東方面軍から届いた報告書を見つめた。
「戦況が急変したのか。あるいはジャブローが無視できない何かを現地で確認したのか」
「ジオン軍の大規模な増援でしょうか?」
「分からん、情報が足りない」
彼は即座に答えた。
「だがジャブローがわざわざ私に直接連絡を寄越した以上、単なる増援要請として処理するのは危険だ」
ジャミトフは思考を巡らせた。
極東方面軍がジャブローに対して何らかの影響力を持つようになったのか。
それとも現地で確認された敵戦力が連邦軍上層部の想定を超えていたのか。
あるいは極東方面軍が独自に確保した何らかの戦力や情報が、ジャブローにとって重要な意味を持ち始めたのか。
どれも今の段階では推測にすぎない。
しかし何も考えずに従来どおりの手続きで処理してよい案件ではなかった。
「司令。いずれにせよ我々には戦力を出す余裕がありません。ジャブローにはこちらの事情を説明して再考を求めるべきでは?」
「それも一つの手だろう」
ジャミトフはうなずいた。
「だが今は北西部方面隊と北東部方面隊との合流を控えている。中東の各方面隊との調整も終わっていないこの時期にジャブローの指示を正面から拒絶すれば、余計な問題を抱えることになる」
「ではどうされるおつもりですか?」
ジャミトフはしばらく黙り込んだ。
そして彼の名前を口にした。
「……スガイだ」
「シンヤ・スガイ特務少尉ですか?」
「そうだ。彼と、彼が操縦するモビルスーツを極東方面軍へ派遣する」
幕僚たちが顔を見合わせた。
「しかし司令、彼は北部方面隊から派遣要請を受けているではありませんか」
「だからこそだ」
ジャミトフは作戦地図の上に置かれた書類を指で押さえた。
「私は北部方面隊が彼を中心とした作戦構想を形成しつつあることを問題視している」
「問題ですか?」
「スガイの能力が有用であることは否定しない。彼のモビルスーツが、従来の兵器では困難な任務を遂行できる可能性もある。だが、それと彼を中心に軍の運用思想を組み立てることは別の話だ」
ジャミトフは幕僚たちの反応を確かめながら続けた。
「そもそも、今後モビルスーツが何機配備されるのか、いつ配備されるのか、我々には確かな見通しがない。そんな段階で、一人の操縦者を前提としたドクトリンを作る必要があるのか?」
「……確かに配備計画そのものが流動的です」
「そうだ。スガイが明日も戦える保証すらない。負傷するかもしれんし、機体が損傷するかもしれん。補給や整備の都合で、出撃できないこともあるだろう」
ジャミトフは机上の報告書を軽く叩いた。
「それなのに、彼がいることを前提に部隊を編成し、彼がいることを前提に作戦を組み立て、彼がいなければ成立しない戦術を確立する。そんなものは、軍の基本方針に据えるべきではない」
「北部方面隊としては現状の戦力を最大限に活用するための措置なのでは?」
「それ自体は理解できる。目の前の戦場で有効なら、現地の指揮官がそれを利用しようとするのは当然だ」
ジャミトフはそこは否定しなかった。
「だが現場で有効な戦術と、軍全体が採用すべきドクトリンは違う。そこを混同してはならん」
彼は作戦地図に視線を落とした。
「考えてみろ。今後モビルスーツが本格的に量産されるようになったとする。そのとき各方面隊に一機ずつ配備して、個々の操縦者の能力に合わせた戦術を作らせるのか?」
「……いえ。配備数にもよりますが、一定の部隊単位で編成することになるでしょう」
「そうだ」
ジャミトフは頷いた。
「モビルスーツの強みは機動力と火力を兼ね備えた兵器であることだ。それを生かすならまとまった数を一つの部隊として編成し、必要な戦域へ集中投入する。敵の防衛線に対して一気に突入し、突破口を開く。そうした集団運用が基本になるはずだ」
「各方面隊へ小出しにするより、集中運用を優先するということですね」
「無論、偵察や護衛など、少数で運用した方がよい任務もあるだろう。だが主力兵器として使うのであれば、集団としての運用を考えるのが自然だ」
ジャミトフはそこで一度言葉を切った。
「そのとき必要になるのは何だ?」
「部隊単位での指揮系統、補給、整備。それに……他兵科との連携でしょうか」
「そのとおりだ。必要なのはモビルスーツを集団として運用するための仕組みであり特定の一人に合わせた作戦体系ではない」
幕僚たちは黙って聞いていた。
「スガイ一人を中心に作戦を組み立てるのは、将来の集団運用を考えるうえでも得策とは言えん。彼の能力がどれほど優れていようとそれを軍全体の標準にすることはできない」
「しかし……北部方面隊がすでに彼を中心としたドクトリンの形成に着手しているのであれば、今から変更を求めても反発が出るのでは?」
「だから今のうちに手を打つ」
ジャミトフの答えは明快だった。
「ドクトリンが確立され、実績が積み重なり、それを前提とした人員配置や装備計画まで進んでしまえば、後から修正するのは難しい。現場は当然、これまでの成功を根拠に現状維持を求めるだろう」
「つまり……スガイを北部方面隊から一時的に切り離すことで、彼を中心とした運用思想が固定化するのを防ぐ……と」
「そういうことだ」
ジャミトフは静かに答えた。
「彼を否定するつもりはない。むしろ、別の戦域でも能力を発揮できるのか、異なる指揮官のもとでどのように運用できるのか。それを確認することには意味がある」
「極東方面軍への派遣がその試験にもなるわけですね」
「そうだ。北部方面隊だけで評価を完結させるべきではない。異なる戦況、異なる部隊編成、異なる指揮系統。その中で運用してこそ、彼と機体の本当の価値が見えてくる」
ジャミトフはそこでようやく表情を緩めた。
「一人の英雄を作るより、十人の操縦者が同じ戦術を実行できる仕組みを作る方が、軍にとっては価値がある」
その言葉に幕僚の一人が小さくうなずいた。
「……理解しました。スガイを特別な存在として扱い続けるのではなく、将来のモビルスーツ部隊を構築するための一つの評価対象として扱うべきだと」
「そうだ。兵器の性能を評価することと、その兵器に軍の未来を委ねることは違う」
ジャミトフは椅子から身を乗り出し、極東方面軍からの要請書を手元に引き寄せた。
「そして今はちょうどいい機会でもある」
「ジャブローからの指示、ですか?」
「それもある」
ジャミトフは書類の文面を再確認した。
「ジャブローは極東方面軍への援助を求めている。こちらには大規模な増援を送り出す余裕がない。ならばスガイと機体を派遣することで、ひとまず要請に応じることができる」
「方面隊からの反発も抑えられる、と?」
「少なくとも、こちらの戦力を大きく削ることなく、ジャブローの指示に対応したという事実は残る」
ジャミトフは机の上に広げられた別の書類へ目を移した。
「北西部方面隊も北東部方面隊も、これから合流する。中東各地の部隊との調整も必要だ、ここでスガイをめぐる議論に時間を取られるのは避けたい」
「確かに現状では彼の扱いについて統一した方針がありません」
「だからこそ一旦別の戦域へ移す。北部方面隊にとっても、スガイがいなければ成立しない作戦体系を作る前に、既存の戦力で対応できる範囲を見極める機会になるはずだ」
もっとも、派遣には別の問題もあった。
「司令、北部方面隊が反対した場合はどうされますか?」
「反対する理由をいくらでも聞けばいい」
「それでも納得しない場合は?」
「ジャブローからの援助要請を受け、こちらの戦力状況と将来の運用計画を考慮した結果だと説明する。派遣期間と任務範囲を明確にし、必要ならば帰還時期もあらかじめ定めておけばいい」
ジャミトフは少しだけ声を低くした。
「異論を唱えること自体は構わん。だがスガイがいなければ作戦が成立しないというのであれば、その作戦体系そのものを見直す必要がある。彼が不在でも任務を遂行できること。それもまた、軍の責任だからな」
「……承知しました」
幕僚は敬礼した。
ジャミトフは改めて通信担当の幕僚へ指示を出した。
「極東方面軍への派遣案を作成しろ。スガイと機体を一時的に派遣する。派遣の目的は現地への援助と、異なる戦域における運用評価だ」
「了解しました」
「ただし、現地の指揮系統、任務の範囲、補給と整備の責任は明確にしておけ。派遣先の都合だけで、こちらの戦力を無期限に拘束されるわけにはいかん」
「はっ」
「ジャブローには正式に回答を残す。こちらの戦力状況を踏まえ、可能な範囲で援助を実施、その旨を伝えておけ」
「承知しました」
幕僚が通信兵のもとへ向かう。
ジャミトフは、再び作戦地図へ視線を落とした。
北西部方面隊、北東部方面隊、インド方面司令部、そしてパキスタン南部方面軍。
これから調整しなければならない相手は、まだ多い。
それぞれが独自の事情を抱えている以上、命令だけで全てを動かすことはできない。
だからこそ軍事的な合理性を軸にしながら、各方面隊が受け入れられる形を探る必要があった。
スガイの派遣もその一つにすぎない。
彼の能力を否定する必要はない。
だが彼一人に依存する軍隊を作る必要もない。
将来、モビルスーツが大量に配備される日が来るのなら、そのとき連邦軍に必要なのは、個人の能力に頼り切った作戦ではなく、まとまった戦力を組織的に運用できる仕組みだ。
ジャミトフは、静かに息を吐いた。
「……一人の英雄を待つ軍隊ではなく、英雄がいなくても戦える軍隊を作らねばな」
その言葉に近くにいた幕僚が顔を上げた。
「何かおっしゃいましたか司令?」
「いや、独り言だ」
ジャミトフは書類をまとめ、立ち上がった。
「合流の準備を進めろ。今夜には次の話し合いが待っている」
「了解しました」
窓の外では夕暮れの光が車列を照らしていた。
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