地球、それは希望。   作:ふじら

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第12話 四人

 宇宙世紀0079年9月25日 1710

 

「グワダル海軍分屯基地かぁ」

 スガイは昨夜リルからもらったメモ帳を開きその名前を口にした。

 

「グワダルって南の方だよね、観光地で有名なところ」

 隣にいたハナが思い出したように言う。

 

「よく覚えてるねハナ」

 

「うん……前からビーチとか行ってみたかったから」

 ハナはそう言って少しだけ遠くを見るような目をした。

 

 二人は内陸で暮らしてきた時間が長い。

 

 移動の途中で海を見ることはあったし、親の仕事柄、海洋生物を目にする機会もあった。

 

 だが観光地のビーチで遊んだり砂浜を歩いたりした経験はない。

 

「海ってちゃんと遊びに行ったことはないんだよね」

 

「僕もないなぁ」

 

「せっかく海の近くまで行くならちょっとくらい見てみたいなぁ」

 

「そんなに海が好きだったんだね、泳ぎたいの?」

 

「うーん泳ぐとかじゃないんだよね」

 

 ハナは少し考えてから、言葉を続けた。

 

「……砂浜を歩いて、海を眺めて、何も考えずにのんびり過ごしてみたいの」

 

「ロマンチストだね」

 

「そうかな?」

 

 スガイはメモ帳を閉じてハナの方を向いた。

 

「時間があれば見に行こうよ。到着する頃には夜になってるだろうけど」

 

「本当?」

 

「うん、担当の人に話してみる」

 

「ありがとう!」

 ハナはぱっと顔を明るくした。

 

 そんなに喜んでもらえるとは思っていなかったのか、スガイは少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。

 

「まあ、行けるかどうかは聞いてみないとわからないけどね」

 

「それでも嬉しいよ? シンヤがしてくれることなんだから……」

 

 

 

 その後も二人は大型トレーラーの並ぶ一角で他愛のない話を続けていた。

 

 

 大型トレーラーの荷台にはスガイの愛機、グラマンが仰向けに横たえられている。

 

 機体全体には布が掛けられ、外から細部を確認できないようになっていた。

 

 これから向かうグワダル海軍分屯基地。

 

 そこは機体を輸送船へ積み込むための重要な中継地点となる。

 

 詳しい時間はまだ確定していないものの予定通りに進めば翌朝には海路で次の目的地へ向かうことになる。

 

「そういえばリルちゃんは?」

 ハナが辺りを見回した。

 

「臨時本部の近くにいるはずだよ、基地(研究所)との打ち合わせがあるとか言ってた」

 

「また打ち合わせかあ……忙しそうだね」

 

「そうだね。目を離したらすぐにモニターを見て何かしてるし、気づいたらいなくなってるし」

 

「頑張ってるね」

 

「うん、尊敬するよ」

 

 スガイは素直に頷いた。

 

 リルは現在臨時本部の近くで仕事をしている。

 

 研究所との調整に加え、スガイたちの監察官に近い立場も担っているため、それなりに仕事があるからだ。

 

「それに昨日はあんなにたくさんのことを話してくれたし。リルちゃんには頭が上がらないなぁ」

 ハナはそう言って鞄から小さな冊子を取り出す。

 

 それは昨日、三人で談笑していた際にリルから渡されたものだった。

 

 軍事関係の用語を、専門知識のない者にも分かりやすいようにまとめたリルお手製の単語帳である。

 

 エスファハーン基地の格納庫でのやり取り。

 

 その際にハナが軍事用語に慣れていないのを察したリル、その時に彼女が作ることを約束していたものだった。

 

 リルはその約束を覚えていてわざわざ冊子にまとめて渡してくれたのだ。

 

「それ、読んでるの?」

 

「うん。まだ全部は読めてないけどね、昨日もらってからちょっとずつ見てるの」

 

「リル……わざわざ作ったんだよな、これ」

 

「そうだよ。難しい言葉もなるべく簡単に説明してくれてるの、優しいよね」

 

 ハナはページをめくり説明書きの一つを指でなぞった。

 

「用語をそのまま並べるんじゃなくて、どういうときに使う言葉なのかも書いてあるんだよ。これなら私でも少しずつ覚えられそう」

 

「やっぱりリルはマメだなぁ」

 

「そういえばシンヤも昨日もらってたよね?」

 

「ああ」

 スガイは胸元に手をやった。

 

 そこには彼女からもらったメモ帳とペンが収まっている。

 

 昨夜、リルはハナに単語帳を渡すのと一緒にスガイにもメモ帳とペンを差し出していた。

 

 何かと覚えることが多いのだから、口頭で聞いた内容を書き留めておくといい。

 

 そんな助言も添えられていた。

 

 スガイにとっても、任務の内容や時間を整理しておくのは悪いことではない。

 

 寧ろ必要な情報を確実に記録できるのはありがたかった。

 

「私たちが困らないようにいろいろ考えてくれてるんだね」

 

「そうみたいだね」

 

 二人はリルの顔を思い浮かべつつ、顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 その時だった。

 

「スガイ少尉」

 

 背後から声が掛かった。

 

 二人が振り返ると、スガイの管理を担当する部署の兵士が立っていた。

 

 手には書類がまとめられている。

 

「お疲れ様です。事後の行動予定が判明しましたのでお伝えに来ました」

 

「ありがとうございます」

 

 スガイはすぐに姿勢を正しメモ帳とペンを取り出した。

 

 ハナも単語帳を閉じ兵士の話に耳を傾ける。

 

「現在時刻1718。このあとはグラマンへ搭乗してください。他のお二人はこちらで用意したトラックに乗車。グワダル海軍分屯基地へ向けて出発します」

 

 スガイは兵士の言葉を聞きながら手早くメモを取り、兵士に質問する。

 

「到着予定時刻は分かりますか?」

 

「2000頃です。到着後は現地の輸送責任者が引き継ぎますのでその指示に従ってください」

 

「輸送船への積み込みは現地の担当者が?」

 

「はい、担当者の指示に従ってグラマンを輸送船に積載します。船は明朝出発する予定です、現時点での見込みですが」

 

「明日の朝ですね、了解しました」

 

 スガイは最後まで書き留めるとメモ帳に目を落とした。

 

 2000頃到着。輸送責任者に引き継ぎ。輸送船積載。翌朝。出発。

 

 書き留めた内容を順番に確認し頭の中でも繰り返す。

 

「他に確認事項はありますか?」

 

 兵士が尋ねた。

 

「特にありません、ありがとうございます!」

 

「承知しました、では自分はこれで」

 

 兵士は敬礼した。

 

 スガイも答礼を返す。

 

 兵士はその場を離れていった。

 

 スガイは書き終えたメモ帳をもう一度開いた。

 

 時刻と行動、移動手段、目的地、そして到着後の手順。抜けがないことを確かめてから、ペンと一緒に胸元へしまう。

 

 そのときどこからか大きな声が響いた。

 

「出発10分前! グワダル方面の連中は車両に乗り込め!」

 

 周囲にいた兵士達が一斉に動き始める。

 

 二人も声のした方へ顔を向けた。

 

「じゃあ、俺はグラマンに乗るから。ハナは……確か、あの車両だよ!」

 

 スガイは少し離れた場所に停車している軍用トラックを指さした。

 

「待ってればリルも来るから一緒に乗ってね」

 

「うん、わかった。またね、シンヤ」

 

「うん、またね!」

 

 スガイは軽く手を振り、愛機の待つトレーラーへと向かった。

 

 ハナも単語帳を鞄へしまい、指定されたトラックへ向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 1720

 

 グラマンに掛けられていた布が係員たちの手によって取り外されていく。

 

 覆いの下から現れた機体は周囲の照明を受けて鈍く輝いている。

「スガイ特務少尉! 搭乗してくださーい!」

 

「了解です!」

 

 係員の指示を受けスガイは機体へと近づき、コックピットへ乗り込む。

 

 シートに腰を下ろし、身体を固定する。

 

 続いて計器類、操作系統、通信機器の状態を順番に点検していった。

 

 

 

 

 異常なし。

 

 

 

 

 確認を終えるとスガイは機体を起動させた。

 

 システムが低い作動音を立てコックピットに計器の光が灯る。

 

 各種表示が順番に立ち上がり機体の状態がモニターへ映し出された。

 

 やがて通信回線が開かれる。

 

「数日ぶりですね、スガイ少尉」

 

 耳元から聞こえてきた声に、スガイは顔を上げた。

 

「お久しぶりですね、アンダーソン伍長」

 

 相手はグラマンの専属オペレーターを務めるノエル・アンダーソン伍長だった。

 

「もう! まだ行動開始前なんですからノエルでいいですよ!」

 

「そうですか? じゃあ勤務外ではノエルさんって呼ばせてもらいます。自分の事も適当に呼んでください」

 

「うん! わかったよシンヤくん!」

 

 ノエルの声は明るかった。

 

「ノエルさんも今回の移動に同行するんですか?」

 

「はい! 私もお供させていただきます! ほら、横にみなさんもいますよ!」

 

 画面が切り替わった。

 

 ノエルが携帯端末のカメラを向けた先には、軍用トラックの荷台に座るハナとリルの姿が映っていた。

 

「事故を起こさないようにね」

 

「がんばってね、シンヤ!」

 

 リルとハナが手を振っている。

 

「うん、そっちも気をつけてね」

 

 画面越しにハナの顔を見てスガイは少し表情を和らげた。

 

 やがて通信が切り替わり、機体の状態を確認するための画面が表示された。

 

「それでは出発準備を進めます。機体の状態を確認してください」

 

「了解」

 

 ノエルの声に従いスガイは計器を確認する。

 

「各部の反応……正常。通信状態……良好。操作系統に異常はありませんか?」

 

「問題ありません」

 

「了解しました。出発まで待機してください」

 

 スガイは正面のモニターへ視線を戻した。

 

 機体の外では係員たちが周囲の安全確認を進めている。

 

 これから先は、トレーラーに載せられて運ばれるのではない。自分自身で機体を動かし、輸送車両とともに基地を目指すことになる。

 

 スガイは操縦桿を軽く握り直した。

 

 

 

 

 

 

 1720

 

「えーと……ここだよね」

 

 ハナはスガイに教えられた軍用トラックの荷台を覗き込んだ。

 

 荷台には簡易的な座席が並びその一つにリルが座っていた。

 

 彼女は手元の携帯端末を操作している。

 仕事の連絡を確認しているのか、時折画面を切り替えては何かを入力していた。

 

「あ、来た」

 

 リルはハナに気づくと端末から顔を上げた。

 

「おまたせ」

 

 ハナはまだ慣れない動きで、荷台へとよじ登った。

 

「お疲れさま」

 

 リルはハナが座席に落ち着くのを確認すると何気ない調子で言った。

 

「それにしても、さっきはずいぶん楽しそうだったわね。シンヤと二人で」

 

「えっ?」

 

 どうやら自分達が会話をしていたのを見ていたらしい。

 

「何を話してたの?」

 

 リルは意味ありげに目を細めた。

 

「ずいぶん仲がいいじゃない」

 

「そ、そんなことないよ! シンヤとは、その……そういう関係じゃないし!」

 

「はいはい」

 

「本当だよ!?」

 

「わかってるわよ」

 そう言いながらもリルの口元には笑みが浮かんでいた。

 

「……もどかしいわね」

 

「リルちゃん!」

 ハナが抗議するように声を上げる。

 

 リルは笑いながら荷台の後方に垂れている幌へ手を伸ばした。

 

「はいはい、もうこの話はおしまい。そろそろ出発するし幌を下ろしましょうか」

 

 そのときだった。

 

「すいませーん! ちょっと待ってくださーい!」

 

 遠くから女性の声が響いた。

 

 二人が声のする方向を見るとこちらへ向かって一人の女性が駆けてきていた。

 

 両手には機材を抱え、背中には大きな軍用バッグを背負っている。

 走りにくそうな荷物を抱えながらも彼女は懸命に手を振っていた。

 

「私も乗りますので幌を下げないでくださーい!」

 

 リルは手を止めた。

 

「……ああ、確か」

 リルは手元の携帯デバイスを確認した。

 

 

 

 女性はトラックの脇まで来ると息を整えながら荷台を見上げた。

 

「間に合ったぁ……」

 

「リルちゃん、知ってる人?」

 

 ハナが尋ねる。

 

「シンヤの乗っているモビルスーツの専属オペレーターよ」

 

「そうなんだ!」

 

 女性は荷物を落とさないように気をつけながら荷台へと上がった。

 

「ありがとうございます! すみませんちょっと準備に手間取っちゃって」

 

 彼女は空いている座席に腰を下ろし、機材を足元に置いた。

 

 それから二人に向かって明るく笑った。

 

「ええと……お二人とも、よろしくお願いします!」

 

 

 リルはパンッと手を叩いた。

 

「はいじゃあ丁度いい機会だし、早速自己紹介でもしましょうか。書類上でしか名前も知らない相手と一緒に移動するのも、落ち着かないでしょう?」

 

「そうですね!」

 女性は元気よく手を挙げた。

 

「じゃあ、初出しの私から!」

 彼女は背筋を伸ばした。

 

「ノエル・アンダーソン伍長です! スガイ少尉の専属オペレーターを務めています! よろしくお願いしますね!」

 

「私は……ハナ・クジョーです。シンヤくんの幼なじみ、です」

 ハナは少し緊張しながら自己紹介した。

 

「幼なじみ!?」

 

 ノエルの目がぱっと輝いた。

 

「あなたが例の……!」

 

「えっ、例のって……?」

 

 ハナが戸惑ったように聞き返す。

 

「ちょっとノエル。何を聞いてるのよ」

 

 リルが横から口を挟んだ。

 

「えー? だって、彼のことを知っていれば、誰だって気になるじゃないですか!」

 

「まあ言いたいことは分かるけど……」

 

 リルは目を細める。

 

 ノエルがスガイについて知っている情報は軍司令部で共有されているものと大きく変わらない。

 

 彼の素性はもちろん、ハナとの関係についても、概ね把握している。

 

 そしてその情報の約半分を作成したのは、他ならぬリルである。

 

 だからこそノエルが何を言いたいのかリルにはよく分かっていた。

 

 スガイの現状には幼なじみであるハナの存在が大きく関与している。

 

 その事情を知っていればノエルが興味を示すのも無理はなかった。

 

「……とにかく!」

 

 リルは話が妙な方向へ脱線していくのを断ち切るように、ぱん、と手を叩いた。

 

「紹介の途中でいつまでも盛り上がってんじゃないわよ!」

 

「えー、いいじゃないですか。気になるものは気になるんですから」

 

「よくない!」

 

 リルはぴしゃりと言い放つと、改めて自分の胸元を指さした。

 

 

「気を取り直して、私がリル・ソマーズ曹長!」

 

 

 

「そして地球連邦軍の毒林檎こと! ポイズン・アップルよ!」

 

 リルは決まったといった表情でノエルを見る。

 しかしノエルは目を丸くさせていた。

 

 

「……なんて?」

 ノエルはあっけらかんとしており口調も崩れている。

 

「ポイズン・アップルよ!」

 

「……それは、はい。理解しました」

 

「そうじゃなくて! もっとこう、強そうとか格好いいとかそういう感想はないの?」

 

 リルの言葉にノエルは真剣に考えるような顔をした。

 

「まあ……毒の入った林檎って腐食が早そうですし……自滅を意味する隠語には適してると思います」

 

「ちょっと!」

 

「率直な感想です!」

 ノエルは笑顔で答える。

 

「ノエル、アンタも相当ひねくれてるみたいね。物事をもっと純粋に捉える脳はないの?」

 

「私は常に純粋ですよぉ?」

 ノエルはにこにこと笑った。

 

 ハナも笑顔で二人のやり取りを見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 自己紹介を終えると三人は自然と雑談を始めた。

 

 ノエルはシンヤの専属オペレーターとしての仕事について話し、ハナは幼なじみとして知っているシンヤの昔の話を少しだけ語った。

 

 リルはときどき話に割って入り二人の反応を面白がっていた。

 

 やがてノエルは腕時計を確認する。

 

「……そろそろですね」

 

 彼女は表情を切り替え、足元の機材を自分の方へ引き寄せた。

 

 膝の上に分厚い軍用コンピューターを置き、起動する。続いて専用の有線通信インカムを装着し、接続状態を確認した。

 

 先ほどまでの明るい雰囲気が、少しずつ仕事の空気へと変わっていく。

 

 ノエルはグラマンのシステムが完全に起動するのを待ち、通信回線を待機状態にした。

 

 しばらくして接続を示す表示が点灯する。

 

 ノエルはすぐにマイクへ口を近づけた。

 

「数日ぶりですね、スガイ少尉」

 

「お久しぶりですね、アンダーソン伍長」

 

「もう! まだ行動開始前なんですからノエルでいいですよ!」

 

「そうですか? じゃあ仕事の外ではノエルさんって呼ばせてもらいます。自分のことも、適当に呼んでください」

 

「うん! わかったよシンヤくん!」

 ノエルは嬉しそうに笑った。

 

 その様子を見ていたハナは少しだけ表情が硬くなる。

 

 ノエルは単にシンヤと会話しているのではない。

 

 彼の専属オペレーターとして、これから始まる行動を支えるために、必要な機材を揃え、通信を確保し、機体の状態を確認している。

 

 

 彼女はスガイを支える一員。

 

 

 そう考えるとハナは少し不思議な気持ちになった。

 

 

 自分が知っているシンヤ、軍人としてのシンヤ。

 

 過ごしていると何度も苦しくなる、正体が分からない苦しみ。

 

 ハナは胸に手を当ててぎゅっと堪えた。

 

 

 

 

「ノエルさんも今回の移動に同行するんですか?」

 

 通信越しにシンヤが尋ねた。

 

「はい! 私もお供させていただきます! ほら、横にみなさんもいますよ!」

 

 ノエルはコンピューターのカメラを調整し荷台にいる二人へ向けた。

 

 画面にハナとリルの姿が映し出される。

 

「事故を起こさないようにね」

 

「がんばってね、シンヤ!」

 

 二人は画面越しの彼に手を振った。

 

「うん、そっちも気をつけてね」

 

 画面越しに交わされるいつもと変わらないやり取り。

 

 ハナはシンヤの姿を見つめながら、胸の奥に小さな実感が広がるのを感じていた。

 

 彼は一人で戦っているわけではない。

 

 

 自分が幼い頃から知っている彼の隣には今、ノエルのように仕事で支える人がいて、リルのように必要なものを考えて用意してくれる人もいる。

 

 

 

 

 

 そして、自分もまた、彼のそばにいる一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな私が彼に対して何ができるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1725

「出発五分前! モビルスーツ直立準備!」

 ノエルの指示が通信回線に流れた。

 

 スガイは操縦桿を握り機体の状態を確認する。

 

「了解。グラマン、直立動作を開始します」

 

 機体の駆動音が低く響いた。

 

 トレーラーの上でグラマンの胴体がゆっくりと起き上がる。

 

 手足が所定の位置へと動き、機体は慎重に姿勢を整えていった。

 

 コックピットのモニターには各部の動作状況が次々と表示される。

 

「周囲の安全を確認。操作遅延等はありませんか?」

 

「ありません、動作は正常です」

 

「了解しました。周辺の安全確認を継続します」

 

 ノエルは手元の画面を見つめ、機体の状態と周囲の状況を照合していく。

 

 

 

 

 

 荷台のハナはトラックの幌の隙間からグラマンの姿を見つめていた。

 

 先ほどまでシンヤと冗談を言い合っていたのに、今は機体を操るパイロットとして、真剣に確認作業を進めている。

 

「……すごいね」

 ハナが小さく呟いた。

 

「何が?」

 隣に座るリルが尋ねる。

 

「シンヤ。さっきまで普通に話してたのに、今はちゃんと軍人なんだなって」

 

「当たり前でしょう。あの子はパイロットなんだから」

 

「うん……そうなんだけどね」

 

 ハナはモニターに映るスガイの姿を見つめた。

 

「私、ちゃんと応援しようと思う」

 

「何よ今さら」

 

「今さらでも、だよ」

 

 ハナは少し照れたように笑った。

 

 リルはそんな彼女を見て、何か言いたげに口を開きかけたが、結局は小さく肩をすくめただけだった。

 

 

 

 

 

 

 やがて出発を告げる声が基地の一角に響き渡った。

 

「グワダル方面部隊、前進!」

 

 そしてグラマンが一歩を踏み出した。

 

 重量を受け止めた地面がわずかに震え、機体がゆっくりと前へ進む。

 

 それを確認した護衛車両が続き、ハナたちの乗る軍用トラックも動き始めた。

 

 輸送部隊はグワダル海軍分屯基地を目指して進み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハナ、リル、ノエルの三人はトラックの荷台で他愛のない話を続けていた。

 

 ノエルはシンヤとの通信を維持するため、インカムを装着したまま、膝の上に置いた軍用コンピューターの画面を時折確認している。

 

 機体の状態を示す表示に異常がないことを確かめると、また二人の会話に耳を傾ける。

 

「いいなぁ、幼なじみ! 私憧れます!」

 

 ハナが語った昔話を聞き終えたノエルは、うっとりとした表情でそう言った。

 

「そうなの?」

 

 ハナはきょとんとした。

 

 自分にとって彼は物心ついた頃からずっとそばにいた相手だ。

 

 幼なじみであることを特別に意識したことはなく、ノエルがなぜそこまで羨ましがるのか、いまひとつ実感が湧かなかった。

 

「だって自分のことを支えてくれたりぃー、何も言わなくても理解してくれたりする人が、ずっとそばにいるんですよ? そんなのどんなに大変なことがあっても頑張れちゃいそうじゃないですか! 悩みだって吹っ飛びそうです!」

 

「単純ねえ」

 リルは手元の携帯デバイスから目を離さず素っ気なく返した。

 

「ええっ!? リルさんはそういう相手、欲しくないんですか?」

 

「そうねえ……まあ……居たら居たで、良い事もあるでしょうね」

 

「うわ! 逃げた!」

 

「逃げてない」

 リルは顔を上げ、じろりとノエルを見た。

 

「欲しいかどうかなんて……そんな簡単に答えられるものでもないでしょう?」

 

「ふーん……?」

 

「何よ、その顔」

 

「いえいえ。なんでもないですよぉーっと」

 

「アンタねえ……」

 

 リルが呆れたように息を吐くとノエルは楽しそうに笑った。

 

 そんな二人のやり取りをハナも微笑ましそうに眺めていた。

 

 

「そういえば」

 リルがハナへと視線を向ける。

 

「出発前、シンヤと何を話してたの?」

 

 その問いにハナは答える。

 

「えーとね、グワダルに着いたら海を見に行きたいなって話してたの!」

 

「「海?」」

 リルとノエルの声が重なった。

 

 二人の反応にハナは少しだけ首を傾げながらも、先ほどシンヤと話したことを説明した。

 

 

 

 

「なるほどねえ」

 

 話を聞き終えたリルは納得したように頷いた。

 

「まあ分屯基地だし規則もそこまで厳しくないんじゃない? 外出できる可能性はあると思うわよ」

 

「本当?」

 

「もちろん状況次第でしょうけどね」

 

 リルはそう付け加えてからノエルの方を見た。

 

「それに、外出の許可を相談するなら護衛車両の責任者に話を通すのが早いんじゃないかしら。丁度あの人もこっちの車列にいるんだし」

 

「そうですね話は通しやすいと思いますよ」

 ノエルもコンピューターの画面を確認しながら頷いた。

 

「そっかぁ……!」

 ハナの表情が明るくなる。

 

 その様子を見てノエルはふと何かを思いついたように、両手を合わせた。

 

「海かぁ……いいなぁ」

 

「ノエルちゃんも行きたいの?」

 ハナは尋ねる。

 

「はい! だって幼なじみの男の子と二人きりで、夜の海を眺めるんですよ? 星空の下で……波の音を聞きながら……!」

 

 ノエルは右手を頬に当て夢見るような顔をした。

 

「いいなぁそういうの!」

 

「……何を想像してるのよ」

 リルが半眼で呟く。

 

 しかしノエルは聞こえていないかのように続けた。

 

「普段は言えないことも夜の海なら素直に話せちゃったりして……。いつもは当たり前だと思っていた相手のことを、急に意識しちゃったりなんかして……!」

 

「ノエルちゃん、楽しそうだね」

 ハナは感心したように言った。

 

「ええ、もちろんです! 憧れますよね、そういうシチュエーション!」

 

「そうなんだ……」

 

 ハナは少し考え込んだあとぱっと顔を上げた。

 

「じゃあ、二人も来る?」

 

 

 

「「……え?」」

 

 

 

 今度はリルとノエルの声がきれいに重なった。

 

 ハナは二人の反応が不思議だったらしく、きょとんとした顔で首を傾げる。

 

「だって四人で行ったら楽しいと思うよ、みんなでのんびりできたらいいなって」

 

 あれだけのシチュエーションをノエルは語っていたが当の本人、ハナは本当にただ一緒に海を見に行こうと誘っただけらしい。

 

 それを理解したリルはゆっくりと額に手を当てた。

「……」

 

「ええっ!」

 ノエルは何か言いかけてハナの無邪気な表情を見つめた。

 

 それからリルと顔を見合わせる。

 

「……二人の愛にお邪魔するのも悪いし、私は遠慮しておこうかしら」

 

「私もです! なんだか、気まずいですよぉ、それ!」

 

「えっ?」

 ハナは素っ頓狂な声を上げた。

 

「どうして? 一緒の方が楽しいと思うけど……」

 

 

「……ねえ、ノエル」

 リルが小声で呼びかけた。

 

「はい?」

 

「こういう場合って、普通はどちらか片方が鈍感なんじゃないの?」

 

「そうですよねえ……特に男の子側が鈍感なのが定番です」

 

 ノエルも小声で応じ、ちらりとハナを見た。

 

「……どっちも鈍いのはちょっと珍しいですね」

 

「でしょう? やっぱりこの二人、似た者同士なのよね」

 

「一緒にいる時間が長すぎると、そうなっちゃうんですかねえ」

 

 二人は顔を見合わせそろって小さくため息をついた。

 

 一方、ハナはというと、二人の会話の意味をいまひとつ理解できずにいた。

 

 ただ、リルがシンヤと自分を似た者同士と言ったことだけは、なんとなく耳に残った。

 

 昔から一緒にいるから考え方や感じ方が似ているのだろうか。

 

 そう考えると何だか少し嬉しかった。

 

 ハナは一人、ふふっと微笑んだ。

 

 その笑顔を見たリルとノエルは、再び顔を見合わせる。

 

「……前途多難ね」

 

「ですねえ……」

 

 二人の呟きは出発したトラックのエンジン音に紛れて消えていった。

 





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