耳鳴りがいつまでも止まない。シンヤ・スガイは操縦桿を握りしめたまま、しばらく動けずにいた。
コックピットの中には、負荷がかかり焼けた電子部品の臭いと、自身の汗の臭いがこもっている。計器のいくつかは明滅を繰り返し、破損した警告灯が不規則な間隔で赤い光を投げかけていた。
「……終わった……?」
掠れた声で言葉を発し、気持ちを落ち着かせる。
スガイは震える手で操縦桿を緩め、カメラを切り替えた。頭部カメラの映像が周囲をゆっくりと走査する。
道路の真ん中に、見覚えのある緑色の残骸が転がっていた。
ザクの頭部だった。
モノアイは消え、額から伸びたアンテナは折れ曲がっている。装甲の裂け目からは黒い煤が流れ出し、周囲には焼け焦げた金属片が散乱していた。
その向こうにも、一機。
さらに、もう一機。
スガイが乗っている連邦軍のモビルスーツ。
陸戦型ジムは、三機のザクを撃破していた。
ただし、それがどれほどの戦果なのか、彼は分からない。
軍人でもなければ、訓練を受けたパイロットでもない。
数分前まで、彼はただの学生だった。
教科書を開き、授業を受け、幼馴染と他愛のない話をして、明日のことを考える。そんな当たり前の日常が、ジオン軍の襲撃によって跡形もなく崩れ去ったのだ。
父も、母も、友達ももういない。
その時は助けを求める声に手を伸ばすことができなかった。
だから、乗った。
目の前にあったモビルスーツに。
目の前に敵を打倒できる術があるのなら、平和を掴むことのできる方法があるのなら。
動かせるかどうかなど、考えもしなかった。
ただ、目の前で人が死ぬのを見ていることだけは、もう嫌だった。もしここでやらなければ、次に見るのは幼馴染のハナの死だ。
そんなこと受け入れるわけがない。
だからこそ彼は意を決し、敵を、人間を殺したのだ。
「……連邦軍のパイロットは、どこにいるんだよ」
彼は周囲を見回す。
ここまで戦ってきた連邦軍は、どこにも見当たらない。
彼は味方の援軍が来ると信じており、自分が敵を引きつけていれば、きっと誰かが助けに来ると考えていた。
「早く……代わらなきゃ」
自分がこの機体を動かし続けるわけにはいかない。
誰か、ちゃんとした軍人に引き渡さなければ。
今の自分は勝手に乗り込み、勝手に武器を扱った問題児。一秒でも早く連邦軍人に引渡し、状況を説明、自らの行いを釈明しなければならないと分かっている。
この世に一体どんな法律があるのかは知らないが、民間人がこのような行動に出るのは犯罪だということは誰でもわかる事。
彼はハナに戻ると約束した以上、裁判沙汰にされて刑務所に送られるという最期を迎えたくない。
常に握っていた操縦桿を、震える手で離し、肺に溜まっていた空気を少しだけ吐き出した。
その時だ。
「モビルスーツ搭乗者に告ぎます。こちらは地球連邦軍です」
突然、スピーカーから女性の声が響いた。
スガイは肩が跳ね上がり、俯いていた顔を上げた。
「直ちに武装を解除し、操縦室から出てきなさい。繰り返します。モビルスーツ搭乗者は、直ちに武装を解除し」
「わっ……!」
思わず気の抜けた声が出る。
通信の声は厳しかった。友軍に呼びかけるというより、敵兵を投降させるための警告に聞こえる。
しかし、今のスガイには、その声が天から差し伸べられた救いの手のように感じられた。
「来てくれた! 助かったぁ……!」
安堵が全身を駆け抜け、張り詰めていたものが一気に緩む。
「よかった……本当に、よかった……!」
目元が熱くなった。
少し険悪な雰囲気を感じるが、そんなことはどうでもいい。
ようやく、軍人が来てくれたのだ。
故郷の街から逃げる時も多くの連邦軍人が身を挺して守ってくれた。自分もハナも彼らが居たからこそ生きているのだ。
「い、今出ていきます! 武器も下ろします!」
スガイは慌てて機体を停止させ、手順も分からないまま武装を解除しようとした。
その頃、戦場の周囲では、連邦軍の部隊が一斉に緊張を高めていた。
「……来るぞ。どんな奴だ?」
陸戦型ジムを包囲する兵士たちの中の誰かが呟き、呼応するように他の兵士達も口を開いていく。
「テロリストなのか?」
「声が若いぞ」
「中坊か?」
「馬鹿を言うな。どうせ声帯フィルターでも弄っているんだろう」
兵士達はライフルを構え直した。
「何事も第一印象だ。隙を見せるなよ」
少し離れた場所で、ハイマンが静かに命じた。
「部隊は警戒に当たらせろ」
「了解っ!」
副官らしき男は即座に応じ、手信号を送った。
「各分隊、目標を包囲! 狙撃班は三番台で構えろ! 不用意に撃つな、ただし機体が動けば即応しろ!」
兵士たちが散開する。
道路の両側、崩れた建物の陰、瓦礫の山の背後。
小銃、狙撃銃、榴弾砲、戦車砲、有線ミサイル、地球連邦軍が保有する兵器、全ての銃口が一斉に陸戦型ジムへと向けられた。
全兵士が緊張する中、胸部ハッチが開く。
内部から、白い煙とともに人影が現れる。
ヘルメットもない。
軍服もない。
血と煤に汚れた学生服を着た少年が、恐る恐る足場に立ち、両手を上げた。
誰も、すぐには声を出さなかった。しかし彼が地面に降り立つと空気が変わったのか、足を地につけた瞬間、各々が喋り出す。
「……こいつぁ、とんでもねえ」
年配の兵士が、ぽつりと言った。
「正真正銘のガキとはなぁ」
隣にいた女性兵士も、目を丸くしていた。
「高校生? 中学生? ……軍属じゃないわよね」
「避難民か?」
少年は周囲の兵士たちを見回した。
銃を向けられていることに気づくと、慌てて両手をさらに高く上げた。
「あ、あの……! 僕、敵じゃありません! 連邦軍の人を探していて……!」
「分かっている。動くな」
歩兵指揮官が前に出た。
彼は少年の全身を確認し、次に陸戦型ジムへ視線を移した。
肩には弾痕があり、盾の装甲には大きな損傷が見られる。
損害はほぼないと言っていい。それに比べ周囲には、三機のザクの残骸がある。
地球連邦軍が総力を以てしても太刀打ちできなかった巨人達、それをこうも平然と大きな傷も負わずに完封している。
指揮官の表情が、わずかに変わった。
「……確認だが……君が、あれを全部?」
歩兵指揮官は恐怖が半分、期待が半分といった目で彼に問う。
答えはモニターで見ていたので分かっているが彼の反応を見て、探りは入れねばならない。
指揮官は返ってくる答えは何か? 脳内をフル回転させていずれにも対応できるように。
しかし返ってきたのは素っ頓狂な返事だった。
「えっ? あ、はい……たぶん」
指揮官は目を丸くして驚く。
「たぶん、だと?」
「夢中だったので……その、よく覚えていなくて」
目の前の青年に対して指揮官は返す言葉も思い当たらない。
やがて彼は青年に向かって静かに手を差し出し、青年もその手を握る。
それを見た一人の男が隊列の中を堂々と通り彼に近づいた。
指揮官は男を見て敬礼を行う。
「閣下!」
閣下とよばれた男は、中東・インド亜大陸方面軍の1個師団を任せられ、それらが駐屯するエスファハーン基地を任せられているジャミトフ・ハイマンその人である。
「快く要求に応じてくれて助かる、パイロット」
ジャミトフは彼に感謝を述べる。
「あっ、いえ。自分も勝手に使ったので……その……」
「そう言葉を選ばなくてもいい」
ジャミトフは、少年の目を見た。
「君の名前は?」
「……シンヤです。シンヤ・スガイ」
「スガイ君。君のご両親は、どこにいる?」
その問いに、青年の表情が凍りついた。ほんの数秒前まで、彼の顔には安堵があったのにも関わらずそれが、ゆっくりと消えていく。
「……いません」
独り言でも呟くように小さな声で続ける。
「さっきのジオン軍に……殺されました」
ジャミトフは黙って聞いていた。
「でも……幼馴染が、まだ街に隠れているんです。ハナっていう子で……どこにいるか、分からなくて」
少年の手が震えた。
「お願いします。あの子だけは……」
「分かった」
ジャミトフは、歩兵指揮官へ振り向いた。
「歩兵中隊!」
「はっ!」
「彼の幼馴染が先の街に残っている。身元を確認し、安全を確保したまえ。捜索中は民間人の保護を最優先とする、その命に代えてでも救い出すのだ」
「了解しました!」
兵士たちが動き出した。
スガイは、彼らの背中を呆然と見つめていた。
初めて、自分以外の誰かがハナを助けるために動いてくれている。
それだけで、胸がいっぱいになった。
「……さて」
指揮官が再び少年へと向き直る。
「君には、まだ少し話をさせてもらおう」
スガイは唾を飲み込んだ。
自分がこれから、どこへ連れていかれるのか。
この時の彼には、まだ想像もつかなかった。
軍用車に乗せられて連れてこられた司令部は、街の郊外にある地下施設だった。
元は地下空軍基地だったようで滑走路があちこちに見える。
天井には仮設照明が吊られ、壁際には通信機器や折り畳み式の机が並んでいる。兵士たちは絶え間なく行き来し、どこかで無線の声が飛び交っていた。
その一角に設けられた小さな面談室で、スガイは硬い椅子に座っていた。
目の前には、ジャミトフが座る。
机の上には、彼が乗っていた陸戦型ジムの簡易調査報告書が開かれている。
「先ほどの君の戦闘については、我々も確認していた」
ジャミトフは置かれた報告書に目を通す。
「よくやってくれた。君のお陰で敵の先遣隊は大きな損害を受けた。あのまま進撃を許せば、避難民の集まる地域まで侵入していた可能性がある」
「あ、ありがとうございます……?」
褒められているのだろうか。
それとも、無断で兵器を動かしたことを責められる前触れなのだろうか。
スガイには判断がつかなかった。
「そこでだ」
指揮官は、机の上で指を組んだ。
「君には、ぜひ軍属となってもらいたい」
「ぐ、軍属!?」
思いもよらない突然の言葉に少年の声が裏返った。
「いえ、あの、自分にはとても……! 僕、軍人じゃないですし、訓練だって受けたことがありません!」
「承知している」
「そ、それに、さっきのはたまたまで……!」
「ジオンのモビルスーツを三機撃破した。それが偶然か、残念だがその実績は今の話を十分に検討する理由にはなる」
「でも……」
スガイは言葉を詰まらせた、戦った時のことを思い出す。
銃を撃った感触、機体が敵の攻撃を受けた時の衝撃。
カメラに映った、こちらへ迫ってくる敵機。
何もかもが恐ろしかった。もう一度やれと言われても、できるかどうか分からない。
ジャミトフは、少年の迷いを見透かしたように口を開いた。
「君には、もう親御さんもいないのだろう?」
スガイの肩がわずかに震えた。
「軍属になれば、衣食住と給与が支給される。君の生活も、我々が責任を持って管理する」
ジャミトフは一度言葉を切った。
「そして、君の幼馴染の娘についても、安全を確保する」
スガイの顔が上がった。
「……安全、ですか」
「ああ」
「本当に……?」
「約束しよう。君が我々の隊にいる限り、彼女の安全を保証する。もちろん、我々が彼女を危険に晒すようなことはしない」
その言葉を聞いて、スガイは俯いた。
自分ひとりなら、どうにでもなると思っていた。
親を失ったことも、帰る場所がなくなったことも、今は考えないようにしていた。
ただ、ハナだけは。
あの子だけは、失いたくなかった。
彼女が生きている。
それだけが、今のスガイに残された希望だった。
「……分かりました」
少年はゆっくりと顔を上げた。
「僕も……僕も戦わせてください!」
ジャミトフは、少年の目を見つめた。
そこにあったのは、英雄になりたいという輝きではなかった。かといって名誉を求める野心でもない。
愚かな自己証明でもない。
ただ、大切な誰かを失いたくないという、切実な願いだ。
「良い返答だ」
ジャミトフは初めて、わずかに笑った。
普段の仏頂面からは想像できない表情だろう。
「ところで、まだ名前を聞いていなかったな」
「スガイです。シンヤ・スガイ」
「……では、スガイ」
指揮官は、机の上に置かれた書類をしまうと新たな書類をケースから取り出し机に置いた。
その書類に書かれていたのは、
「君を今この時から、特務少尉に任命する」
特務任官規則の六文字だ。
「と、特務少尉……?」
スガイは軍隊の知識がないため、ただでさえ階級が分からない。そのうえ聞いた事のない特務という二文字、頭が少し痛くなる。
「正式な手続きと訓練については、後ほど説明する。今は仮任用だ。君の戦闘能力と適性については、引き続き評価を行う」
彼は少年に向かって、静かに告げた。
「スガイ特務少尉。君の健闘を祈る」
彼は、しばらく返事ができなかった。
少尉。
軍人。
戦うことを仕事にする人間。
自分が、そんなものになるなんて。
数時間前の自分が聞いたら、きっと笑い飛ばしていただろう。
しかし、今はもう、元の自分には戻れない。
少年は椅子から立ち上がり、ぎこちなく敬礼を返した。
「……はい!」
その敬礼は、ひどく不格好だった。
それでも、ジャミトフは何も言わなかった。
ハナが見つかったのは、歩兵中隊を捜索に向かわせてすぐのことだった。
彼女は倒壊しかけた住宅の物陰に隠れたままだった、彼女自身に大きな怪我はなく流れ作業のように迅速に基地へと運ばれた。
連邦軍の兵士に案内されて司令部へ到着したハナは、入口に立つスガイの姿を見つけるなり、駆け寄ってきた。
「シンヤ!」
「ハナ!」
次の瞬間、スガイの胸に強い衝撃が加わった。
ハナが、彼の胸元に飛び込んだのだ。
「よかった……! よかったぁ……!」
「うわっ、ちょ、ちょっと!」
ハナは顔を上げた。
泣いていた。
涙で濡れた頬を拭うこともせず、彼の顔を何度も確かめるように見つめている。
「どこも怪我してない? ねえ、シンヤ、どこも怪我してないの?」
「大丈夫、大丈夫だから」
「本当に?」
「本当だって」
スガイは苦笑しながら、彼女の頭に手を置いた。
その時だった。
背後から、兵士の声がした。
「スガイ少尉。こちらの確認は終わりました。ご同行願います」
「は、はい!」
スガイは反射的に返事をした。
ハナが、ぴたりと動きを止める。
「……しょうい?」
「あー……うん」
スガイは、少しだけ気まずそうに頭を掻いた。
「実はさ。僕、今日から連邦軍人になったんだ」
意味不明な彼の言葉にハナは思考が停止する。
「…………は?」
「いや、だから――」
「な、なにがあったの、シンヤ!?」
ハナは、周囲を見回した。
銃を携えた兵士たち。軍用車両。遠くに見えるモビルスーツ。
そして、軍人たちに囲まれて平然としている幼馴染。
「なんで、こんな軍人さんたちに囲まれてるの!?」
「僕たちを守ってくれるんだ」
「そ、そんなことあるの!? だって、街のみんなだって避難する場所がないって言ってたのに……私たちだけ!?」
「まあ、少し事情があってさ」
「事情って、なに?」
「そんな大層なものじゃないよ」
スガイは、妙に明るい声で言った。
「僕がモビルスーツに乗って、ジオン軍をやっつけたんだ。それで……軍に誘われた」
「……は?」
「だから、僕が今日から――」
スガイは、右手を掲げた。
親指を折り込み、人差し指と中指を立てる。
元気よく、Vサイン。
「連邦軍人になったってこと!」
「バカっ!!」
「えっ!?」
あまりに勢いのある一喝に、スガイは思わず肩を跳ねさせた。
「バカってなんだよ!」
「なんでそんな簡単に言うの!?」
ハナの声が震えた。
「だって、死ぬんだよ! 戦争に行くんだよ! モビルスーツに乗るんだよ!?」
「死ぬかもしれないけど、生き残れるかもしれないだろ」
「そういうことじゃないの!」
彼女はスガイの服を握りしめた。
「そんなの……そんなの、分かってるよ。でも……!」
言葉が続かなかった。
スガイは、彼女の顔を見つめた。
ハナは、いつもそうだった。
何かあれば真っ先に怒る。
無茶をすれば怒る。
危ないことをすれば怒る。
それでも、最後には必ず隣にいてくれた。
だからこそ、彼は言わなければならなかった。
「それに、僕が軍人になれば……ハナが生き残れる」
ハナの手が止まった。
「……そのために、そうしたの?」
「うん」
スガイは、少しだけ笑った。
「悪い?」
「……バカ」
「バカって言うなよ」
「バカだよ。バカ」
「うーん……?」
スガイは困ったように首を傾げた。
ハナは俯いたまま、彼の服を握りしめていた。
怒っているのか、泣いているのか。
スガイには、よく分からなかった。
ただ、彼女の手が震えていることだけは分かった。
彼は、その手をそっと握り返した。
「……いつだってそばに居るよ」
ハナに反応はない。
「絶対、とは言えないけどさ。でも、ハナと一緒にいれるよう頑張るから」
「……そんな約束、ずるい」
「うん」
「死んだら、許さないから」
「……うん」
それが、スガイにできる精いっぱいの約束だった。
彼らの背後では、兵士たちが気まずそうに視線を逸らしていたがそんな空気を打開しようと二人の女性兵士が割って入る。
一人は茶髪ショートでスラッとしており、一人は赤毛で後ろで結んでいて目付きの細い女性だ。
「微笑ましい雰囲気の中 申し訳ないけど、ハナちゃん? だっけ?」
前者の女性が口を開く。
「は、はい」
「スガイ君はこれからしなきゃならないことがあるから、私達はお風呂にでも行きましょッ!」
周りの兵士達は(え? ……今勤務時間だけど? 風呂?? )と困惑するも、後者の女性から小声で
「後で部隊長に自分で報告して指導されとくから、ここは見逃して」
と耳打ちされ、自分は何も見てないし勤務に関する面倒事なんて真っ平だと言わんばかりにそそくさとその場を離れていった。
「では気を取り直してスガイ少尉、向かいましょう」
「は、はい。お時間取らせて申し訳ないです」
先の二人の女性兵士がハナを連れて風呂場へ向かう。
その中で茶髪の女性は彼女に尋ねる。
「ねえ、ハナちゃん」
「……はい」
「彼とは、どんな関係なの?」
「お、幼馴染です」
「へえ~。幼馴染かあ」
彼女は、意味ありげに目を細めた。
「普通、幼馴染って中学生くらいで疎遠になったりしない? ここまで長く繋がってるって……何かあるんでしょ?」
「……は、恥ずかしいです」
「かーわいい」
「ちょっと、やめてください!」
ハナが顔を赤くする。
「へえ、図星ぃ? 青春ね」
赤毛の女性はムスッとしている。
「確かあんたもいたっけ幼馴染?」
「もうソイツ結婚してるわよ、デリーで暮らしてるわ」
「あらまあ残念、じゃあ独身貴族確定ね」
「それはあんたもでしょ」
「はいはい、ごめんなさい」
お姉さん肌の二人の女性兵士に挟まれる中、ハナは先程までの苦しい気持ちを少しだけ緩和できていた。
数時間後。
スガイが支給された地球連邦軍の軍服に袖を通し、ハナと二人で似合う似合わない論争で笑いあっていたその時、司令部のスピーカーが鳴り響いた。
「全隊に通達。第二種警戒態勢に移行。繰り返す、第二種警戒態勢に移行せよ」
兵士たちの表情が、一斉に変わった。
「各部隊は戦闘準備を開始。各指揮官は所定の配置につけ」
ハナの顔から、血の気が引いた。
スガイも、笑顔を消した。
軍人になった。
それは、つまり。
戦場へ行くということだった。
格納庫の中は、怒号と機械音に満ちていた。
整備兵たちが工具を手に走り回り、燃料車両が次々と移動していく。戦車のエンジン音が床を震わせ、遠くでは航空機のタービンが唸りを上げていた。
その中央に、陸戦型ジムが立っていた。
スガイにとって、今日初めて乗った機体。
そして、これから自分が命を預ける機体だった。
「各種点検終了! 初期稼働、グリーン!」
「兵装、搬出します!」
「おーらい! おーらい!」
整備兵が手信号を送り、陸戦型ジムの前に武装が運び込まれる。
スガイは、整備担当の下士官から説明を受けていた。
「スガイ少尉。先ほども申し上げましたが、盾の損傷は完全には修復できていません。ですので盾が機能不全に陥った際に身を守るものはありませんので注意してください」
「はい!」
「武器の扱いは分かりますか?」
「……マニュアルは見ましたけど正直、まだよく分かっていません」
「でしょうな」
下士官は苦笑した。
「それでは、カメラにマニュアルを表示します。発砲手順と安全装置の解除方法だけでも、随時確認してください。」
「分かりました!」
覚えることが多すぎる。
ボタンもレバーも、見慣れないものばかりだ。しかし、今は弱音を吐いている場合ではなかった。
この機体を動かすのは自分しかいない。少なくとも、今この場所には。
その時、格納庫の入口から、野太い声が響いた。
「若いの! こんな英雄譚の始まりを体現できるたぁ、良い人生だな!」
振り返ると、年配の整備兵が豪快に笑っていた。
「基地にあるモビルスーツは、お前のだけだからな! 期待してるぜ!」
別の整備兵が肩を竦める。
「あーあ、俺も適性さえありゃなぁ。土壇場で乗り込んで適性ありなんて、羨ましいことこの上ないね」
「ま、死ぬなよ、少尉」
年配の整備兵は、笑いながら拳を差し出した。
「機体を壊すのは構わん。直すのが俺たちの仕事だからな。だが、パイロットが死んだら、代わりはいない」
「……」
「必ず生きて帰ってあの嬢ちゃんを安心させてやりな!」
整備兵たちの笑い声が広がった。
それは、戦場へ向かう少年を送り出すための、不器用な激励だった。
やがて、少し顔が赤いスガイはコックピットへ乗り込んだ。
ハッチが閉じる。
外の喧騒が遠ざかり、計器の光だけが彼を包み込んだ。
通信機が鳴った。
「スガイ少尉、聞こえますか」
スピーカーから放たれた声は、投降する際に警告してきた女性と同じ声だ。
「はい、聞こえます!」
「作戦概要を伝達します。敵部隊は市街地北西から接近中。味方戦車隊および航空部隊が第一撤退線まで敵を誘導し、その後、主力部隊による反撃を実施します」
彼女が複雑な説明をすると同時に、画面にわかりやすい作戦地図が出される。
「なるほど、僕は何をすれば?」
「少尉の任務は、当初、敵の注意を引きつける陽動支援です。単独で敵主力に突入しないこと。味方との距離を保ち、指示に従ってください。その後反転攻勢の指示が出た際は攻撃に転じてください」
「了解!」
メインは陽動。
それなら、少しは気が楽だった。
自分ひとりで、敵を全部倒す必要はない。
仲間がいる。
戦車も、航空機も、歩兵もいる。
自分だけではないのだ。
そしてその時。
「……シンヤ」
別の通信が割り込んだ。
ハナの声だった。
「……ハナ?」
「帰ってきてね、シンヤ」
短い言葉だったが彼女はそれ以上、何も言わなかった。
スガイは、ゆっくりと操縦桿を握り直す。
「……うん」
誰にも聞こえないくらい小さな声で答える。
「帰ってくるよ」
前方の格納庫扉が開き始めた。
白い光が差し込み、陸戦型ジムの装甲を照らす。
シンヤ・スガイ特務少尉。
初陣の時が来た。
砂漠の稜線を、連邦軍の戦車隊が走っていた。
車体が大きく揺れるたび、履帯が砂礫を噛み砕き、土煙が後方へ流れていく。
無線は絶え間なく鳴っていた。
「戦車隊、第一撤退線に入りました」
「航空支援隊、突入準備完了」
「砲兵隊、射撃諸元を確認中」
司令部の指揮官達は、戦況図から目を離さなかった。
その中でジャミトフは目を瞑っている。
「遅いな。実に遅い、先遣隊の壊滅から即座に動けば良かったものを」
今目の前で相手にしているジオン軍の目的、それはチャイナ方面に降下した部隊との合流である。その為にはインド亜大陸を抜けねばならない。
彼らは補給物資や水が不足している。
遠く離れた地球、そして砂漠の中、補給も水もない。そうともなれば早急にここ、中東の要所エスファハーン基地を攻略し進撃しなければならない。
そう後がないのだ。
こちらがどれだけあからさまな陽動を行ってもジオン軍はそれに乗らざるを得ない。
戦場の勝敗は、始まる前から決まっていた。
「航空戦闘中隊、突入。アウトレンジ戦法で敵を誘導せよ」
「了解。アタッカー隊、突入します」
太陽が輝く青い空の下、連邦軍の攻撃ヘリ部隊は砂塵を巻き起こして低く飛び抜けた。
「アタッカー1、射撃開始」
「アタッカー2、射撃開始」
「アタッカー3、射撃開始」
機関砲が火を噴き、ロケット弾が砂煙を巻き上げる。
だが、敵のモビルスーツは倒れなかった。
ザクの装甲が爆炎を受け止め、マシンガンが空へ向かって火を噴く。
「アタッカー6、回避行動!」
通信に悲鳴が混じった。
「アタッカー2大破! 離脱確認できず! フォーマー伍長、KIA認定!」
「……くそっ!」
司令部の士官が拳を握りしめる。
「後方へ全力で下がらせろ!」
「アタッカー1了解、撤退開始!」
攻撃ヘリが急旋回し離れていく。
ジオンのモビルスーツ部隊は、追撃を続けたがその先頭にいた指揮官機のザクが、僚機へ通信を送る。
「なるほどな。奴らは俺たちに、戦車とヘリだけの戦力であると思わせるつもりか」
カメラには、後退する連邦軍の車列が映っていた。
「だが、ここまで来させるには訳があるはずだ。対MS車両か? 伏兵か? ……何が来る?」
彼は、周囲を見渡した。
砂漠の稜線。
低い岩山。
廃墟となった建造物。
敵が隠れられる場所はいくらでもある。
その時、どこからか甲高い音が聞こえる。
隊長は即座に反応する。
「各分隊、上空警戒! シールドで機体を庇え!」
直後。轟音が鳴り響き、大地が震えた。
「砲弾!?」
ザク部隊の頭上を、砲弾が唸りを上げて通過した。
遠方の砂丘が爆発し、巨大な砂柱が立ち上る。
「初弾弾着確認! 効果確認できず! 次弾、装填!」
遠く離れた連邦軍の砲兵陣地では砲兵が声を上げており、一方でジオン軍も砲迫の攻撃に驚きの声を上げていた。
「敵砲兵か!?」
「弾ちゃーーーく! ……今!」
再び爆発が起きた。
砲弾はザクの装甲を直接貫くことはなかった。しかし、地面を抉り、砂塵を巻き上げ、進路を塞いでいく。
敵部隊の足並みが乱れた。
「戦車、前へ!」
連邦軍の指揮官が命じる。
「戦車前進!」「戦車前進ッ!」「戦車前進」
「機甲部隊、前進開始!」
砂原の稜線の向こうから、左梯形陣の大戦車隊が姿を現した。
先頭車両が車体を揺らしながら前進し、砲塔を敵の側面へ向ける。
そして指揮戦闘車の隊長から指示が飛ぶ。
「第一中隊各車! 目標、十時の方向! 行進間射撃!」
「弾種、
全車両の砲塔内で砲弾が火花を散らして装填されていく。
「装填完了ッ!!」
各車から報告を聞いた隊長は号令を下す。
「指命!」
「撃てッ!」
25両の戦車の主砲が、一斉に火を噴いた。
爆音が砂漠を震わせる。
砲弾がザクの周囲に着弾し、砂礫と破片が空へ舞い上がった。
「連邦の戦車だ! 九時方向! 牽制しろ!」
ジオン兵が叫ぶ。
「砂漠の稜線が邪魔だ! 見えない!」
敵のモビルスーツは反撃しようとしたが、地形が射線を遮っていた。
連邦軍の戦車は、撃っては移動し、移動しては撃つ。
敵が照準を合わせた時には、すでに別の位置へ移っており、更には砂漠迷彩で目視での確認が難しい。熱源探知を頼るしかないがそうなれば視界は劇的に悪くなる。
単純な火力勝負ではない。
相手に狙わせず、相手の動きを制限し、自分たちに有利な距離と角度を作り出す。
それが、この戦場で連邦軍が選んだ戦い方だった。
「第二中隊、前進!」
別の戦車隊が、ザク部隊の正面に横一列で展開した。
「弾種、
「横隊! 停止射撃!」
戦車隊が一斉に停止。全車の車体がわずかに前傾し、主砲が同時に目標を捉える。
「撃てッ!」
雷の如き轟音。
砲弾が一直線に飛び、ザクの脚部装甲と関節付近に着弾した。
敵の一機がバランスを崩し、膝をついた。
「……よし!」
連邦軍の戦車長が、短く息を吐いた。
だが、まだ終わりではない。
「このまま引き付けて後退! 本隊の到着まで耐えるんだ!」
戦車隊は超信地旋回を行い後退を始めた。
敵を追わなければならない。
追わなければ、撤退する連邦軍を取り逃がす。
追えば、さらに奥へ誘い込まれる。
ジオン軍の指揮官は、その矛盾を理解していた。
彼は一年戦争当初から地球連邦軍を相手にしてきた男である、だからこそ彼は焦らなかった。
「……敵本隊の姿が見えない。まだ何かあるはずだ」
彼は、無線を開いた。
「第2小隊は停止。現地点にて周辺警戒」
「隊長? ……なぜです! 敵は撤退を始めています! 叩くなら士気が落ちている今です! 我々には後がないんですよ!」
「第2小隊はここで任務に当たれ。第1小隊は俺と前に出るぞ」
「隊長!?」
部下の声に苛立ちが混じる。
指揮官は、低い声で言った。
「お前らは、冷静にものを見ることを覚えろ」
彼は、モニター上の戦況を指でなぞった。
「奴らに、損害と呼べる損害は出ていない。それで撤退する理由になるわけがなかろう。これは誘引だ」
「……なる……ほど?」
いまいち理解できていないのか、納得できていないのかどちらとも感じ取れる反応を残す隊員。
「第1小隊は敵の誘導に乗る。第2小隊は後続のグフと合流し、再進撃しろ。敵配列については適時送る。後方には俺から通信しておく」
「わ、分かりました」
隊長との通信が切れる。
第2小隊の隊員達が、愚痴をこぼす。
「なんだよ……俺たちが使い物にならないみたいじゃねえか」
「なあ。隊長のところばかり戦果を上げてよ。つまらねえぜ」
部下からは悪態をつかれているが彼には分かっていた。
敵は何かを隠している。
その正体を見極めるまでは、部下を無駄死にさせるわけにはいかなかった。
連邦軍司令部。
作戦卓を囲む士官たちの前で、戦況図が次々に更新されていく。
「アタッカー1、敵本隊を確認。MS十二、戦車十八、歩兵大隊規模」
「来たな……」
ジャミトフが呟いた。
「HQよりアタッカー隊。陽動を開始せよ」
「了解。敵本隊に接近します」
「敵が航空部隊に反応しています!」
「砲兵隊、牽制射撃! ただし、敵の足を止めさせるな! 敵後方へ弾着させろ!」
「了解。砲兵隊、火力支援開始」
砲撃が始まった。
敵の前方では、砂煙が次々と立ち上がる。着弾そのものよりも、敵が進路を変えざるを得ないこと、後退を許さないことに意味があった。
進路が変われば、部隊の間隔が崩れる。
間隔が崩れれば、連絡に時間がかかる。
連絡に時間がかかれば、各個の部隊は孤立する。
そして孤立した部隊は、連邦軍が用意した戦場で、一つずつ相手をすることになる。
その戦況を、ひとりの男が静かに見つめていた。
彼は腕を組み、敵部隊の動きを追っていた。
「……閣下が相手をしている連中か」
隣の士官が頷いた。
「はい。敵は誘導に乗りつつあります。ただし、一部の部隊は進撃を停止しています」
「慎重な指揮官がいるらしいな」
男は、わずかに口元を歪めた。
「悪くない。少なくとも、馬鹿ではないらしい」
その視線が、別の戦況表示へ移る。
「歩兵中隊は敵の後方支援を遮断し、味方の機甲部隊と連携して退路を押さえろ」
「了解!」
彼は決して声を荒らげない。
必要な命令を、必要な順番で出す。
戦場全体を見渡しながら、ひとつの部隊に執着しない。
彼にとって重要なのは、目の前の敵を何機倒したかではなかった。
敵が、どこにいて。
何を見て。
何を恐れ。
次に、どこへ動くのか。
その全てを広い視野で計算し、戦場そのものを自分の望む形へ変えていくことだった。
「さて……」
男は静かに言った。
「敵がどこまで耐えられるか、見せてもらおうか」
彼の正体はこの地球連邦軍で、戦術の天才と呼ばれる智将。
バスク・オム少佐その人であった。
陸戦型ジムのコックピットに、警告音が響いた。
「砲撃開始。目標まで約二キロメートル、突入します」
「了解……!」
スガイは、操縦桿を握り直した。
前方には、砂煙の向こうに広がる敵の大軍が見える。
ザクとグフで混成されたMS大隊。
沢山の敵影が、地平線の向こうから先発のザク隊を救出しようと前進している。
「……うわ」
思わず、声が漏れた。
初めてモビルスーツに乗った時は、敵が三機いただけだった。
それでも、死ぬほど怖かった。
今は、その何倍も敵がいる。
しかも、自分の味方は――。
スガイは周囲を見回した。
味方のモビルスーツは、見当たらない。
「向こうは大量にいるのに、こっちは僕だけって……」
乾いた笑いが漏れた。
「なんか、小恥ずかしいな……」
「スガイ少尉。聞こえるか」
ジャミトフからの通信が入る。
「はい!」
「君の役割は敵の注意を引きつけ、味方の機動部隊が側面へ回り込む時間を稼ぐことだ。深追いするな。孤立した敵を狙い、必要なら後退しろ」
「了解しました!」
通信が切れ、彼はコックピットを見渡す。
陸戦型ジム。それを操縦しているのは、今日まで普通の学生だった自分。
対する敵は、戦争のために訓練を受けた兵士たちだ。
普通なら、勝負にならない。
だが。
スガイは、ハナの声を思い出した。
――帰ってきてね、シンヤ。
「……帰るよ」
小さく呟き、前を向いた。
「だから、ちょっとだけ……頑張る」
陸戦型ジムが歩き出した。
その巨体が砂地を踏みしめ、足元から砂煙が舞い上がる。
敵のモノアイが、こちらを向いた。
「連邦軍のモビルスーツだ!」
「何!? モビルスーツだと!?」
「まさか、先遣隊はそれにやられたのか!?」
「量産されてるのか!? 連邦が!? まさか!?」
混乱するジオン軍、その中で指揮官が怒鳴った。
「左翼部隊は、あのモビルスーツを撃破しろ! 他はそのまま前進!」
複数のザクが、一斉に向きを変えた。
スガイは迫り来る敵機を見つめた。
敵が来る。
敵が、こちらを狙っている。
分かっていたはずなのに、身体が固まった。
「……落ち着け」
操縦桿を握る手に力が入る。
「落ち着け、僕……!」
ザクのマシンガンが火を噴いた。
陸戦型ジムの脇を、弾丸が掠める。
装甲に火花が散った。
「うわっ!」
反射的に機体を横へ動かし、歯を食いしばった。
正面から撃ち合えば、すぐにやられる。
ならば。
彼は、瓦礫の散乱する低地へ機体を滑り込ませた。
その場所はかつて幼馴染のハナと両親と多くの友達と暮らした街の跡地だ。
それを認識した彼の脳は少しの間思考が停止するが、すぐに気持ちを切り替える。
守るべきものがあるのだ、立ち向かうべき責務が今の自分にあるのだ。
やらねばならない。
敵の射線が建物の残骸に遮られる。
続けて、機体の姿勢を低くし、道路脇へ回り込む。
敵の一機が、彼を追って角を曲がった。
その瞬間、側面が露わになる。
「……今だ!」
スガイが引き金を引いた。
陸戦型ジムのブルパップマシンガンが火を噴く。
弾丸がザクの胸部に集中し、装甲の一部が弾け飛んだ。
ザクが体勢を崩しそのまま倒れ込む。
倒れ込む機体を横目に、スガイはすぐに次の遮蔽物へ移動した。
「一機……!」
喜ぶ暇はなかった。
別のザクが、建物の向こうから姿を現す。
スガイは慌てて機体を後退させた。
そこへ、味方からの通信が入る。
「スガイ少尉、こちら第一戦車中隊。敵の注意が貴官に集中している。よく持ちこたえている。そのまま指定地点まで後退せよ」
「了解!」
スガイは機体を反転させた。
敵は追ってくる、彼らの目には今やスガイしか映っていない。
その間に、連邦軍の戦車隊が側面へ回り込む。
砲兵隊が敵の後方へ火力を投射する。
航空部隊が、敵の進路を制限する。
そして、歩兵部隊が地形を利用し、敵の連絡線を切断していく。
スガイは自覚する。
自分が一機で戦っていると思っているその戦場で、何十人もの兵士が自分のために動いていることを。
彼らもまた、自分を利用している。
しかし同時に、自分を生きて帰すために、命を懸けている。
「行け行け行け!」
ジオン軍の主力MS隊が、砂煙の中を走っていた。
連邦軍のモビルスーツは左翼部隊に任せて残りの部隊は前進し第2小隊と合流、第1小隊の援軍に駆けつけた。
「進め! 連邦軍を殲滅しろ!」
彼らの前方では、地球連邦軍が第1小隊を追い詰めようとしており、連邦軍の抵抗は予想以上に激しい。
砲撃が続き、戦車の砲弾が進路を塞ぐ。
航空機は回転木馬の如く巡回、遠距離から攻撃を繰り返し、反撃に出ようとする部隊を牽制する。
「敵の砲撃に気を取られるな! 前に進み続けろ!」
グフ隊の指揮官が怒鳴った。
「歩兵が来るまでに片付けるんだ!」
「もう少ししたら戦車隊が来る!! 持ちこたえろ!!」
しかし、彼らは気づいていなかった。
その進撃路こそが、連邦軍によって選ばれたものだということに。
「第一中隊、配置完了!」
「第二中隊、射撃位置に到着!」
「歩兵中隊、敵後方へ展開中!」
戦場を見下ろす岩山に仮設された連邦軍司令部に、次々と報告が届く。
「よし」
バスクは戦況図を見下ろした。
敵の主力部隊は前進しすぎている。
後続部隊との間隔が広がり、左右の連携も崩れ始めていた。
さらに、航空部隊への対処にも火力を割いたことで、地上部隊の防御が薄くなっている。
もう十分だ。
「各員、射撃開始」
バスクの声は静かだった。
「了解!」
バスク・オムが率いる連邦軍の戦車一個中隊が戦場に顔を出すと一斉に火を噴いた。
同時に、砲兵隊が敵の後方へ集中射撃を開始する。
ジオン軍の右側面に隠匿していた歩兵部隊は遮蔽物を利用し、有線ミサイルやランチャー、対物ライフルを発射、側面から敵の動きを封じる。
バスク部隊の突入と同時にスガイに通信が入る。
「攻勢開始、前進し敵を圧倒撃滅願います」
その指示を受けて、スガイが乗る陸戦型ジムが敵部隊へと再度歩みを進めた。
「……おお!」
スガイは、バスクが率いる味方の機動部隊が姿を現したのを見て、思わず声を上げた。
「各員、射撃しろ!」
「了解!」
戦車の砲塔が旋回する。
砲弾が敵の側面に突き刺さった。
「一転攻勢だ!」
連邦軍の兵士たちが叫ぶ。
「反撃しろ! 連邦の犬どもに力量差を分からせてやれ!」
対してジオン軍も応戦する。
ザクのマシンガンが火を噴き、グフがバルカンを放つ。戦場は再び混沌に包まれた。
だが、この戦いは連邦軍が戦場の主導権を握っていた。敵のモビルスーツが前へ出れば戦車隊が脚部を狙う。
戦車が危険に晒されれば、陸戦型ジムが射線を遮り、敵の注意を引きつける。
敵が後退しようとすれば、砲兵隊が退路へ弾幕を張る。
敵が散開すれば、歩兵部隊が孤立した機体の周囲へ展開する。
誰か一人の英雄が、戦場を支配しているのではない。
それぞれの部隊が、それぞれの役割を果たしている。
それこそが、連邦軍の反撃だった。
スガイは敵のグフが目の前を横切るのを見た。
機体の動きが鈍い。
先ほどの砲撃で、脚部を損傷しているのだろう。
彼は照準を合わせた。
しかし、引き金を引く直前、敵の胸部コックピットが視界に入った。
中には、人がいる。
自分と同じように、誰かの命令を受け、操縦桿を握っている人間が。
一瞬、指が止まった。
その隙を見逃さず、敵が格闘兵装を取り出そうとする。
「っ!」
陸戦型ジムの肩をヒートロッドが掠めた。
衝撃で機体が揺れる。
「くそっ……!」
スガイは、歯を食いしばった。
相手も、自分を殺そうとしている。
ここで躊躇すれば、ハナのもとへ帰れなくなる。
「……ごめん!」
彼は引き金を引いた。
陸戦型ジムの射撃が、グフの胸部を撃ち抜いた。
敵機が倒れる。
スガイは、目を閉じる暇もなく次の敵へ向き直った。
戦場では、迷いさえも命取りになる。
それを、少年は実感する。
戦闘が始まってから、すでに相当な時間が経過していた。
ジオン軍の部隊は、前進を続けることも、後退することもできなくなっていた。
連絡網は寸断され、後続部隊は別々の地点で足止めを受けている。
さらに、歩兵中隊の機動によって、敵の支援部隊は主力から切り離されていた。
ジャミトフは、司令部のメインモニター越しにジオン軍を睨みつけこう言った。
「さて。我々が足踏みしていた理由の答え合わせといこう」
隣の士官が頷く。
「配置にはついたかね、少佐?」
通信機から、落ち着いた声が返ってきた。
「……はっ。万全を期しております。敵の連絡網は、とうに遮断済みです。増援部隊および歩兵中隊、砲兵部隊も、機動部隊による各個撃破で殲滅しております。残るは目の前のMS部隊のみです」
今回の作戦はスガイがジムに乗り込む前から決まっていた。
スガイの住んでいた街に先遣隊が到着、その後主力のMS部隊が駐屯し我が基地を強襲するのは明白だった。
その為、先手を打ったのだ。
バスク・オム少佐を指揮官とする練度の高い精鋭の混成部隊を編成し、敵主力MS部隊が到着するまでに敵の各兵科部隊。歩兵、戦車、砲兵、工兵、航空機これらを各個撃破。
支援のなくなったMSを戦車や航空機、攻撃ヘリなどを用いて包囲し撃滅するという算段だ。
スガイ少尉が先遣隊を壊滅させてから数時間、その間バスクとその機動部隊が任務を容易に遂行できるだけの時間がそこにはあったのだ。
「彼らは、来もしない援軍を待っているでしょうな」
別の士官が言い、それにバスクは薄く笑った。
ジャミトフもつられて笑う。
「流石だな。では、そのまま好きにしてくれたまえ」
彼は戦況図の一点を指で叩いた。
「我々は十分に引き込んだ。君好みの味付けで、平らげるといい」
「それでは、お言葉に甘えて。じっくりと噛み締めさせていただきましょう」
ジャミトフの司令部とバスクの機動部隊間の通信が切れた。
バスクは、ゆっくりと顔を上げる。
「攻撃隊、射撃準備」
「了解!」
戦車中隊の後方から、自走バルカン砲と対MS車両、野砲の混成部隊が現れる。
「砲撃はじめ」
「了解!」
離れた砲兵陣地から砲弾が放たれる。
「……最後のショーといこうか」
彼は、まるで舞台の幕を上げるように告げた。
「攻撃隊、MS集団に火力を投射せよ」
「バルカン砲、ファイヤ!」
「弾着!! 今!!」
轟音が響いた。
榴弾砲の弾幕が、ジオン軍のモビルスーツ部隊を包み込む。
爆発が連鎖し、砂漠が燃え上がる。
「砲弾来ます! 砲弾が来ます!」
「隊長!? 隊長!! どうすれば!」
「くそっ! くそ、くそ、くそっ!」
グフがシールドを構え、ザクが身を屈める。
しかし逃げ道はなかった、前方には連邦軍の戦車隊。
右側面には陸戦型ジムと援護する戦車部隊。
左側面にはバルカン、対MS車両、戦車。
後方には砲撃。
空には攻撃機。
半包囲する攻撃ヘリ。
逃げ場はなかった。
「スモークだ!!」
混乱する中、連邦軍の戦車部隊から一斉に放たれる煙幕弾。
「周囲確認できません!!」
「前が見えない!!」
阿鼻叫喚の中、指揮官は檄を飛ばす。
「落ち着け!!くそ!歩兵共は何してる!!!戦車部隊は!?」
いつになっても訪れない砲兵支援に戦車や歩兵の部隊。
本来の予定時刻はとうに過ぎている。
「まさか……やられたのか?そんな訳が!」
「煙幕が次々と!!敵はどこ!?連邦のMSは!?」
「やめろ!!ぶつかる!!」
「どいて!!!邪魔よ!!」
「撃つな!!!同士討ちになるッ!!」
「離れろ!!誘爆するぞ!!」
「助けてッ!敵のMSが!!」
「ヘリを落とせ!!」
「無闇に撃つなッ!」
「敵機直上!!!ミサイルきます!!誰か守って!」
「早く!!!抜け出せ!!!」
連戦連勝を重ねてきたジオン軍人達に初めて死の恐怖が伝染していく。
「おい! 降参だ!!降参する!! こ、降伏の手順は!!」
「知らない!! 知らないよ!!! 降伏のやり方なんて!!」
「早く!!!旗は!!?」
「持ってない!!」
誇り高きジオン軍人にとって降伏というのは有り得ない、その為 鼻から常勝気質であった彼らが降伏の仕方を覚えている訳がない。
そんな中、バスクが号令を放つ。
「バルカン砲、野砲、対MS車両、脚部に集中砲火」
「了解。目標! 敵MS集団! 脚部! 撃てっ!!」
地球連邦軍の保有するMSの装甲を貫くことのできる砲がジオンのMS部隊の脚を破壊していく。
「て、転倒します!!」
「脚が!!」
「身動きがとれない!!」
「衝撃に備えろ!!」
「ぶつかる!!」
ザク、グフは次々と地面に倒れ込んでいく。
「砲兵、火力だせ」
「砲兵隊、目標 敵MS集団」
転倒しているMS部隊に追撃が行われる。
甲高い音がジオン軍へ迫る。
「ほ、砲兵です!」
「榴弾だ!! 逃げろ!!」
「にげれない!! うごけないって!! うごけない!」
「やめて!! つかまないで!!」
「うつ伏せになれ!! コックピットを守れ!!」
彼らが宇宙から持ち込んだ巨人は、皮肉にも地球の地べたを這うことしかできなかった。
そして爆炎がジオンのモビルスーツ達を呑み込んだ。
戦闘が終わった時、戦場に残っていたのは、四肢が損壊したモビルスーツ十数機と、原形を留めないほど破壊された数機の残骸だった。
バスクは、通信機を手に取った。
「工兵部隊直ちに鹵獲作業を開始しろ。コックピット内のパイロットは生存していれば捕虜とする、歩兵中隊が対処。機体の破壊は最小限に留めろ」
「了解!」
彼は戦場を見つめた。
そこに、勝利の歓声はなかった。
ただ、負傷者を運ぶ兵士たちの声と、破壊された機械の冷却音だけが響いていた。
隣にいた士官が、静かに呟いた。
「凄い……あれが、戦術の天才。バスク・オム少佐の部隊……」
別の兵士が肩を竦める。
「叩き上げの部隊長ね、これ見たらそりゃあ信頼しちまうわ」
バスクは、聞こえているのかいないのか、何も答えなかった。
彼の視線は、戦場の一角に立つ陸戦型ジムへと向けられていた。
戦闘は終わりを迎えた。
静かだった。
あれほど鳴り響いていた砲声も、モビルスーツの足音も、今は存在しない。
スガイは、コックピットの中でぼんやりと前を見ていた。
カメラには、煙を上げるザクとグフの残骸が映っている。
その向こうで、連邦軍の歩兵たちが負傷者を運び、整備兵が破損した車両を確認していた。
「……終わった?」
自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
「静かになった……」
スガイは、操縦桿から手を離した。
指が痛い。
気づけば、ずっと力を込めて握りしめていたらしい。
「スガイ少尉、応答してください」
「あっ、はい!」
「作戦終了です。お疲れ様でした。帰還指示が出るまで、その場で待機してください」
「了解しました……」
通信の向こうの声が、少しだけ明るくなった。
「やりましたね、少尉。モビルスーツを六機撃破とは」
「……え?」
スガイは、思わず聞き返した。
「六機?」
「はい。現時点の戦果判定では六機です。損傷後に戦闘不能となった機体も含みますので、最終的な判定は後ほどになりますが」
「そ、そんなに……?」
自分でも信じられなかった。
夢中だった。
撃たれたら逃げた。
敵が来たら撃った。
倒れた機体があれば、別の場所へ移動した。
それだけだった。
「いいえ……皆さんのお陰です」
スガイは、ようやくそう答えた。
「ご謙遜を。では、指示が来るまで一緒に点検に当たりましょう。まずは頭部から確認します。A点検マニュアルを表示しますので、そちらを……」
オペレーターの声が、いつもの調子で淡々と進めていく。
スガイは、その説明を聞きながら、部隊間共有モニターに映る自分の機体を見つめた。
傷だらけの陸戦型ジム。
この機体がなければ、自分は生きていなかった。
そして、この機体がなければ、今日の戦場で救えなかった命もあったのかもしれない。
それが、どれほどの意味を持つのか。
今は、まだ分からない。
ただ、彼は生きていた。
生きて、帰れる。
帰って、ハナに会える。
それだけで、今は十分だった。
エスファハーン基地。
地上に位置する司令官室の窓からは、乾いた大地と広大な滑走路が見渡せた。
地平線の向こうには、夕暮れの光が広がっている。
ジャミトフ・ハイマンは、窓の外を眺めながら、一枚の報告書に目を通していた。
戦闘詳報。
敵モビルスーツの撃破数。
鹵獲機の状態。
戦車隊と航空部隊の損害。
歩兵中隊の行動記録。
そして、最後の項目。
シンヤ・スガイ特務少尉。
陸戦型ジムによる敵MS六機撃墜。
「……よくやってくれたな、スガイ少尉」
ジャミトフは、独り言のように呟いた。
その時、司令官室の扉が開いた。
「失礼いたします、閣下」
バスク・オム少佐が、書類を片手に入室した。
「どうした、バスク」
ジャミトフは振り返らずに尋ねた。
「先の戦闘報告を提出したところ、早くも命令が下達されました」
「早いな、反応があったのか?」
「いえ。オーガスタからの人事異動です」
ジャミトフの手が止まった。
「オーガスタだと?」
彼は、ゆっくりと振り返った。
「……この時期に、異動枠などあったか?」
「それが、妙な人事でして」
バスクは書類を机に置いた。
「リル・ソマーズ曹長です」
「ソマーズ?」
ジャミトフの眉が、わずかに動いた。
「オーガスタ研究所直属の部隊に配属予定だった訓練士官です。両親は研究所関係者とのことでありますが」
「……ソマーズの名か」
ジャミトフは、しばらく考え込んだ。
彼はその家の名を知っていた。
オーガスタ周辺に土地を保有し、研究施設への資金提供にも関わっている一族。
軍との繋がりも深く、献金や各種支援を通じて、一定の発言力を持っている。
表向きには、何の問題もない。だが軍の人事というものは、表向きの理由だけで決まるとは限らない。
「閣下は、ソマーズの名をご存じなのですか?」
「多少な。昔に政財界の食事会で名前を見たことがある。顔を合わせたことはないがね」
ジャミトフは、報告書を閉じた。
「それで、配属先は?」
バスクは、淡々と答えた。
「スガイ少尉の担当部署です。健康管理係として配置される予定になっています」
「……健康管理係?」
ジャミトフの表情が、わずかに険しくなった。
「オーガスタから出された人事異動先が、よりにもよって彼か」
「ええ。おそらくは、監察員の役割も兼ねているのでしょう」
「スガイ少尉の身体情報を、オーガスタへ送るつもりか」
ジャミトフは、椅子に腰を下ろした。
「彼が通常の新兵であれば、ここまで早い異動は必要あるまい。あの少年に、研究所が何らかの関心を持ったと見るべきだろう」
バスクが一歩前へ出た。
「閣下。お言葉さえいただければ、即座に対応いたします」
ジャミトフは、しばらく黙っていた。
オーガスタ研究所。
連邦軍の技術開発において重要な役割を担う施設であり、独自の人脈と研究資産を持つ組織。
その研究所が、戦場で偶然発見された少年に関心を示した。
偶然なのか。
それとも、何かを見つけたのか。
今の段階では、判断できない。
「よい」
ジャミトフは、静かに言った。
「今は動くな」
「……よろしいのですか?」
「オーガスタ出身とはいえ中身は若い曹長だ。どうとでもなる」
ジャミトフは、窓の外へ目を向けた。
「それに、彼らの意図を知るには、舞台を用意してやった方がいい」
「舞台、でありますか」
「スガイ少尉の担当部署には、彼女の席を用意しておけ。必要な範囲で、こちらからも情報を確認する。ただし、露骨な妨害はするな」
「承知しました」
バスクは一礼した。
「後の派閥抗争にも、多少は役立つかもしれませんな」
「そういうことだ」
ジャミトフは、僅かに笑った。
彼にとって、軍とは兵器と兵士だけで成り立つ組織ではなかった。
予算。
人事。
研究所。
政治家。
そして、表向きには語られない思惑。
それらすべてが、戦争の形を決めていく。
戦場で六機の敵を倒した少年も、いずれその渦の中へ巻き込まれるのだろう。
ジャミトフは、報告書の表紙を指先で軽く叩いた。
「……オーガスタが動いたか」
その声には、警戒と、わずかな興味が混じっていた。
「彼らも必死だな」
その頃、オーガスタ研究所では、一人の少女が出発の準備を進めていた。
リル・ソマーズ曹長。
まだ若く、軍人としての経験も浅い。
彼女の前には、出向先の部隊資料が置かれていた。
部隊名。
配属予定。
担当任務。
そして、担当対象者の記録。
シンヤ・スガイ特務少尉。
実戦経験、極めて限定的。
にもかかわらず、初回の交戦で敵モビルスーツ三機を撃破。
その後の戦闘では、さらに六機の撃破判定。
通常の訓練課程を経ず、実戦で操縦能力を発揮。
リルは、資料をめくる手を止めた。
「……本当に、ただの学生なの?」
記録上、彼に特別な経歴は見当たらない。
名門校の出身でもない。
軍関係者の子弟でもない。
研究所と接点のある家柄でもない。
戦場で偶然モビルスーツを動かし、敵を撃破した少年。
ただ、それだけのはずだった。
だが、オーガスタは彼を見過ごさなかった。
リルは、資料の最後に添付された写真を見つめた。
煤に汚れた陸戦型ジム。
その傍らに立つ青年。
笑っているわけではない。
誇らしげでもない。
むしろ、何かを必死に堪えているような顔だった。
「……変な人」
リルは小さく呟いた。
自分の配属先は、エスファハーン基地。
指揮官は、ジャミトフ・ハイマン。
そして、担当対象者は、シンヤ・スガイ。
命令書には、健康状態の管理と定期報告について記されている。
その裏に、どんな思惑があるのか。
リル自身にも、すべてが知らされているわけではなかった。
彼女は制服の襟を整え、鏡の前に立った。
「……まあ、行けば分かるか」
そう言って、資料を鞄にしまう。
その時、窓の外で輸送機のエンジンが唸りを上げた。
リル・ソマーズ曹長。
彼女の配属は、少年の運命を変えることになるのか。
それとも、彼女自身が、彼の存在によって変えられるのか。
まだ、誰にも分からなかった。
沢山のご感想お待ちしております!
次話への励みになりますのでどうか!(内容はなんでも大丈夫です!)