地球、それは希望。   作:藤乃宮

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第17話 改修こそ我が人生 byグラマン

 

 宇宙世紀0079 9月27日 1820

 

 空港での戦闘を終えた俺達四人は、負傷者の搬送と機体の簡易点検を済ませると、トラウマから我を取り戻したミヤザキ大尉の案内で後方に設けられた司令部へと向かった。

 

 道中、ミヤザキ大尉は何度か今回の作戦の不手際について弁明しようとしていた。

 

 しかしその度に隣を歩くリルから鋭い視線を向けられ、最後には観念したように小さく口をつぐんだ。

 

 

 

 

 まあ、無理もない。

 

 

 あんな無茶なやり方をされて、納得できる人間のほうが珍しいだろうし。

 

 ……本当に漏らすかと思ったからな。

 

 なんとか耐えたけど。

 

 俺は内心、自分が失態を演じずに済んだことに安堵していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なによ。私だって漏らしてないわよ」

 

 

 

 

 

 馴染みのある誰かの声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて司令部に到着してからも、ミヤザキ大尉はリルの冷ややかな追及を一身に受けることになった。

 

 もっとも、いつまでも言い争いに時間を費やしている余裕はない。

 

 ほどなくして、案内された無機質な会議室に関係者が集まり本題へと入ることになった。

 

「じゃあ、今後の作戦について話しましょう! あっ、ハナちゃんもここで聞いていていいわよ。向こうの司令とはそういう約束を取り付けてあるから」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 ノエルの横に控えるように立っていたハナが、緊張をにじませた声で小さく一礼した。

 

 軍属ではない彼女は、これまでもこうした場に出るたびに肩身の狭さを感じ不安そうな様子を見せていた。

 

 しかし今は違う。

 

 ハナの緊張を察してかノエルはさりげなく彼女の背中に手を添えていた。

 

 時折、顔を寄せて小声で何かを囁き、ハナが小さく頷くのを確認すると、安心させるように微笑みかける。

 

 決して目立つ振る舞いではなかったが、ハナが一人で不安を抱え込まないよう、ノエルなりに気を配っているのが伝わってきた。

 

 ノエルと出会ってから、ハナのそばにはいつも彼女がいてくれる。

 

 そのおかげか、今回も緊張こそ隠せないものの以前に比べれば顔色はずっと落ち着いていた。

 

 

「まずは、今回の救援要請に応じてくれたことに感謝するわ」

 

「強引でしたけどね……僕はあんなの、二度とごめんですよ?」

 

 俺は先ほどの空港で繰り広げられた泥臭い死闘を思い出しながら言った。

 

 あれは救援というより、いきなり戦場へ放り込まれただけだ。

 

「その件については、当事者としても本当に申し訳なく思っているわ。今後は、まあ……できるだけ、ああいうことがないようにするから」

 

「……」

 

「分かった、分かったわよ! 善処するから! ね!?」

 

 ミヤザキは気まずそうに両手をわずかに上げ、降参のポーズを取った。

 

 しっかりと、こちらが抱いている不満や不信感は十分に伝わったらしい。

 

 

 

 

「……それじゃあ、本題に入りましょう」

 

 ミヤザキがそう告げると室内の照明が落とされ、正面の大型スクリーンに朝鮮半島の戦略地図が映し出された。

 

 青と赤に塗り分けられた地図には現在の戦況が一目で分かるように、各地の前線と主要な防衛線が表示されている。

 

 青が地球連邦軍の支配地域。

 赤がジオン公国軍の勢力圏だ。

 

「なぜ我々極東方面軍が中東・インド亜大陸方面軍に、わざわざ救援を要請したのか。その理由は……これよ」

 

 ミヤザキが手に持っていたポインターを向けて地図の北側を示した。

 

「ジオン軍がシベリアを占領して以降、東シベリア方面隊は敗走を重ねた。そして陸軍戦力が慢性的に不足していた極東方面軍は、部隊を再編する時間も、後方に防衛線を引き直す余力もなく結果として後退に後退を重ねざるを得なかった」

 

 ポインターが地図の上を南へと滑っていく。

 

「当初、我々は黒龍江ラインに大規模な防衛線を構築。東シベリア方面隊の残存部隊とも合流し、ジオン軍の進撃を食い止めるべく持てる戦力をほぼすべて投入したわ」

 

「精鋭の航空隊による火力投射、極東艦隊による対地攻撃、機甲部隊による集中火力、特殊歩兵部隊による工作活動……」

 

 ミヤザキは一度言葉を切り、スクリーンに視線を這わせた。

 

「けれど奮戦虚しくジオン軍のモビルスーツ部隊を相手に我々の防衛線はあっという間に瓦解。陣地を突破された部隊は連携を失い、後方への退路まで脅かされた。……生き残っていた東シベリア方面隊の部隊もそこで甚大な損害を受け、壊滅したわ」

 

「……方面隊が、ですか?」

 

 あまりの規模の大きさに、思わず俺は口を挟んだ。

 

「ええ。方面隊が一つ丸ごと消し飛んだのよ」

 

 ミヤザキの言葉にリルとノエルが驚き、ハナも顔を暗くしていた。

 方面隊という部隊の大きさを、リルから渡されていた単語帳で知っていたのだろう。

 

「もはやアレは方面軍としての戦闘能力を失ったと言っていいわ。指揮系統も部隊編成も崩壊してまとまった戦力として再び戦場に立てる状態ではない」

 

 その口調はあまりにも淡々としていた。

 

 だからこそ余計に残酷な現実味を帯びていた。

 

 一個方面隊が、組織的な戦闘能力を失う。

 

 これは前線に投入できる予備戦力が枯渇している極東方面軍にとって、決して他人事ではない。

 

 

「そこで我々は、白頭山ラインを新たな防衛線として設定した。半島と列島に展開していた陸軍部隊を可能な限りかき集め、なんとか二か月間ジオン軍の猛攻を食い止め続けたわ」

 

 スクリーン上の戦況表示が切り替わる。

 

 北部に押しとどめられていた赤い領域が、幾重にも引かれた防衛線を飲み込むように南へと広がっていた。

 

「けれど……それも先日、遂に突破された」

 

 ミヤザキの声が一段と低くなる。

 

「そして三日前。ジオン軍は北緯三十九度線を完全に突破したの」

 

 

 北緯三十九度線。

 

 地図上に太く引かれた境界線が、赤く染まった地域と青い地域の境目に重なっていた。

 

「この北緯三十九度というラインは安全保障上、そして軍事的にも極めて重大な意味を持っているわ。それは歴史が証明している。歴史上……外部から侵攻してきた勢力がこのラインを越えた場合、それより南に位置する国家は極めて厳しい状況に追い込まれてきたの」

 

 彼女はペンの先でその線をなぞりながら、説明を続けた。

 

「もちろん、緯線そのものに防御上の特別な意味があるわけじゃない。重要なのはこの線の周辺に築かれていた防衛体制と、そこから南へ続く交通路よ。ここを突破されれば、それまでかろうじて維持してきた防衛体制の基盤そのものが崩壊しかねない」

 

 ミヤザキは地図を拡大し、半島各地を結ぶ道路や鉄道、主要な補給拠点を示した。

 

「北部で戦線を維持できなくなれば、後退する部隊が南部の交通網に集中する。そうなれば補給路が混雑し部隊の再編も難しくなる。そこをジオン軍の機動部隊に突かれれば、マトモな防衛線を構築する前に各個撃破される危険があるわ」

 

 

「つまりここで踏みとどまれなければ、南へ退くほど状況が悪くなるってことですか?」

 

「そういうこと、しかも問題は半島だけに留まらないわ」

 

 彼女の指が、半島南端から海を隔てた東側へと移動する。

 

「ここを足がかりにされれば、ジオン軍は列島への侵攻作戦を展開するための橋頭堡を確保することになる。海峡を越えて大規模な兵力を送り込むには輸送船団の護衛も補給拠点の整備も必要になる、だけどそれは半島の港湾と飛行場を利用されれば負担は大きく軽減される」

 

 半島での敗北はそのまま列島を含む極東全体の防衛に直結する。

 

「つまり……」

 

 俺はスクリーンから目を離さず、乾いた声で続けた。

 

「陸軍戦力のほとんどを半島に注ぎ込んでいる極東方面軍は、ここで負けたら文字通りおしまい……ってことですか」

 

 

「少なくとも、今の防衛体制は維持できなくなるでしょうね。これまで血を流して積み上げてきたものが、全部パーになる可能性だってあるわ」

 

 ミヤザキは小さく肩をすくめた。

 

 その軽い口調とは裏腹に、表情には冗談めいた色など一切なかった。

 

「もちろん、こちらも手をこまねいていたわけじゃない。陸戦型ジムの配備もジャブローが優先度を上げてくれてるお陰で進んでるわ。機体を受領して局地的な戦果を上げている大隊もある」

 

 そこで彼女はわずかに眉根を寄せた。

 

「でも戦線全体を立て直すには至っていない。それどころか、前線に配備された機体の多くが、ジオン軍のベテランパイロットに翻弄されているのが現状よ」

 

 陸戦型ジム。

 

 今俺が乗っているグラマンも改修によって一見するとザクのような異様な姿に変貌しているが、もともとは陸戦型ジムだ。

 

 その陸戦型ジムが優先配備されているにもかかわらず、戦況を覆せない。

 

 もちろん機体を配備しただけで戦力が整うわけではない。

 

 パイロットの練度や部隊間の連携、整備体制や補給事情など、戦場で機体を有効に運用するためには、さまざまな条件が必要になる。

 

 それでもモビルスーツを一定数投入してなお戦線を押し戻せないという事実。

 

 それは極東方面軍が置かれた状況の厳しさを物語っていた。

 

「だからこそ、我々は陸戦型ガンダムの追加配備を強く要求しているのだけれど……そればかりは、本国の偉い人たちの気分や政治的な思惑次第だからね」

 

 ミヤザキはそう言って、意味ありげにリルのほうへ視線を投げた。

 

「……」

 

 リルは無言のまま、冷ややかにスクリーンを見つめ返していた。

 

 

 

 

「とにかく、私たちは少しでも多くのモビルスーツと、確かな腕を持つ優秀なパイロットを必要としているわ」

 

 ミヤザキは再び真剣なまなざしを俺たちに向けた。

 

「極東方面軍が保有していたモビルスーツ部隊はすでに壊滅に近い状態よ。それでもこれから決行する大規模な反攻作戦で、機動兵器戦力を欠くわけにはいかない」

 

 その視線が、まっすぐに俺を捉えた。

 

「だからこそ……シンヤ・スガイ特務少尉。あなたをここ、極東に呼んだの」

 

「……僕を、ですか」

 

「ええ。あなたについての噂は以前から聞いていたし、先ほどの空港での戦いぶりも、この目でしっかり見せてもらったわ」

 

 彼女はそこで一度言葉を切った。

 

「あなたが持つ、未知数の力をね……シンヤ君、あなたにはモビルスーツパイロットとして北緯三十九度線反攻作戦に参加して貰います」

 

 

 ミヤザキの言葉に俺は思わず息を呑んだ。

 

 反攻作戦。

 

 それも方面軍全体の命運を左右する大規模な反撃だ。

 

 自分にどれだけの技量や戦果を求めているのかは分からない。

 

 ただ自分一人に課せられた期待が重いというのは分かる。

 

 

 

「それと、あなたの所属する部隊の総司令からもグラマンの機体改修及び現地での新兵装の運用に関する許可はすでに下りているわ」

 

 ミヤザキの口にした総司令とはハイマン司令のことだろう。

 

 どうやらあの人もまた、この一大作戦に向けて水面下で動いていたらしい。

 

「北緯三十九度線反攻作戦の決行日時は、二日後の0230!」

 

 引き締まったミヤザキの声が、静まり返った会議室の隅々にまで響き渡った。

 

「それまでにグラマンの現地改修を可能な限り進める。新たな試製兵装の調整も含めて、何が何でも出撃に間に合わせるわ」

 

 スクリーンに映し出された半島の地図は、依然として冷たいコントラストを描いている。

 

 南から広がる青い領域と、それを押しつぶさんとする赤い領域。

 

 二日後。

 

 俺はこの破滅的な戦線を押し戻すための歯車の一つとして戦場へと放り出されることになる。

 

 大切なハナを守るために戦う。

 

 皆の期待に応える為に戦う。

 

 その強い意志だけを胸に、俺はこれまで戦場を生き抜いてきた。

 

 だが今度の戦いは一筋縄ではいかない。

 

 極東方面軍そのものの命運が、この作戦と自分の働きに懸かっている。

 

 

 

 

 

 やってやらなきゃ!!

 

 皆のためにも……ハナの為にも!!

 

 そして戦争を終わらせる為にも!!

 

 

 

 俺は大作戦を前に意を決した。

 

 

 

 

 

 同時刻

 

 格納庫では早くもグラマンの改修作業が始まっていた。

 

「すげえな。中東の連中もよく繋ぎ合わせたもんだ」

 

「ザク頭との連携機構、これマニュアルにないっすよ。独自に再設計してますね」

 

「はあ? 見せてみろ、それ」

 

「ほら」

 

「とんでもねえな……」

 

 整備員たちは機体の頭部と胴体の接合部を覗き込み、感心したように声を上げていた。

 

 グラマンの頭部はザクに似た形状へと変更されている。

 

 しかし単に頭を載せ替えただけではない。

 

 既存の陸戦型ジムの機体構造に合わせ、接続部や内部機構まで手が加えられていた。

 

「こうなるってことは、よっぽど中東にはジムが配備されてなかったのか?」

 

「噂じゃ、中東にはこいつ一機しかなかったらしいですよ」

 

「嘘だろ。それでか……。そりゃジムのまま戦わせるより、こっちを選ぶわな」

 

 整備員たちは改めて機体を見上げた。

 

 中東では限られた機体を生き残らせるために、現地の技術者たちが独自の改修を行った。

 それが極東方面軍の整備班にも伝わる。

 

「中東と違ってこっちは陸戦型ジムのパーツだけなら、ありったけ余ってるからな。ある程度は融通が利くだろう」

 

「陸戦型ジムは転倒することが多いからな。脚部はそのままザクのものにしよう」

 

「しかし、改修と同時に再設計と最適化まで求めてくるとはなぁ。現場に投げっぱなしじゃねえか、あの作戦本部長」

 

「ですねぇ」

 

 上層部(ミヤザキ)からの要求は相当に無茶なものであった。

 

 既存機の改修だけでも手間がかかるというのに、新兵装への対応や機体全体の最適化まで要求してきたのだ。

 

 整備員たちが頭を抱えるのも無理はない。

 

「班長! 腕部パーツはどっから持ってきます!?」

 

「腰のスカートはジムのが余ってますけど、それでいいっすか!?」

 

「ザクの肩シールドは交換しますか!?」

 

「動力パイプはむき出しでいいっすか? なんかで隠します?」

 

「倉庫に眠ってて使ってない爆発反応装甲、つけませんか?」

 

「ザク頭の不要な部分を削ってバルカン砲つけた方がいいと思います! ここ、余剰スペースあるっすよ!」

 

「角型センサーとセンサージャマー、どっちつけます?」

 

「お前ら!! 同時に聞くな!!! 順番に聞け!!」

 

 班長の怒声が格納庫に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 極東方面軍 前線司令部 格納庫 1930

 

 巨大な格納庫内では、グラマンの改修作業が猛烈な勢いで進められていた。

 

 床を叩く工具の金属音が響き渡り、無数の整備員たちが機体を囲む足場を慌ただしく駆け回っている。

 

 溶接の火花が薄暗い格納庫の一角を照らし、天井を走るクレーンが巨大な部品を慎重に吊り上げていた。

 

 あちこちから飛び交う怒号や、作業の進捗を確認し合う声を聞いているだけでも、現場がどれほど切迫した状況にあるのかが肌で感じられる。

 

 俺とリルは、そんな熱気に満ちた作業現場へと視察に足を運んでいた。

 

 ハナとノエルは作戦に備えた日用品や食料の買い出しに出かけている。

 

 今回の作戦は広範囲にわたる大規模なものになるうえ、開始時刻も午前二時半と早い。

 

 軍から最低限の糧食は支給されることになっていたが、モビルスーツのコックピットは精密機器だらけでありそんな中で口にできるものは限られている。

 

 支給品だけに頼るわけにはいかないだろうと、ハナが機内でも手軽に栄養を摂れるものを用意してくれることになったのだ。

 

 本当にありがたい。

 

 そして同時に、彼女なりの方法で自分を支えようとしてくれているのだと分かり、胸の奥が少し温かくもあった。

 

「それで、今回の改修って具体的にどこをどう弄るわけ?」

 

 腕を組みながら機体を見上げるリルに尋ねられ、俺は手元に広げた資料へと目を落とした。

 

「ええと、基本骨格と胸部は陸戦型ジム、頭部と脚部にはザクⅡ。これは以前と変わらないね」

 

「ふうん。それで?」

 

「腰のスカートアーマーや、肩から腕部にかけての基本構造は陸戦型ジムのものを残すみたい。使える部分はそのまま利用して、必要な箇所だけ置き換えるってこと」

 

「相変わらず継ぎ接ぎの機体ね」

 

 リルは俺の横に身を寄せ、覗き込むように資料の文字を追った。

 

「それと両肩にはザクⅡの丸い装甲が追加、スパイク? は切り落として被弾面積減らすらしいよ」

 

「肩周りの防御力を補強してるわけね」

 

 俺は画面をスクロールし、次の項目に目を通した。

 

「それから流用するザクの頭部はそのまま載せるわけじゃないみたい」

 

「……?」

 リルは首を傾げる。

 

「外装を切削して再設計するらしいよ。頭頂部にはバルカン砲を二門増設して、両サイドには専用の角型センサーを取り付ける。さらに、敵の電子妨害に対応するセンサージャマーも組み込むみたい」

 

「頭部にかなり手を加えるのね、研究も兼ねてるのかしら?」

 

「あとむき出しの動力パイプも、追加装甲でできるだけ覆う構造にするってさ」

 

「なんというか……すごく強引ねぇ。オーガスタじゃ考えられないやり方だわ」

 

 リルは感心したような、あるいは呆れたような複雑な顔で、クレーンに吊るされた機体に目を細めた。

 

「あと装甲の一部には爆発反応装甲が付くってさ」

 

「まるで戦車みたいな真似をするわね」

 

 リルの反応に俺は思わず苦笑を漏らした。

 

 モビルスーツという機動兵器に、戦車の防御思想を持ち込む。

 

 もちろん、爆発反応装甲は万能ではない。

 

 装備する位置や角度によって効果は変わるし、重量の増加や機体表面の取り回しにも影響する。

 

 近くに味方がいる状況では、作動時の影響にも気を配る必要がある。

 

 それでも敵の実弾兵器による被害を少しでも抑えられるのなら、試す価値はあるのだろう。

 

「ただ、重量バランスへの影響は気になるな。脚部までザクの部品に換えるんだろ? 全体の重心がどう変わるのか、実際に動かしてみないと何とも言えない」

 

「そこは制御系の再調整次第でしょうね。装甲だけ増やして、動きが鈍くなったら本末転倒だもの」

 

「だね〜」

 俺は次の項目へと画面を送った。

 

「それで基本兵装は従来の陸戦型シールドとブルパップマシンガンなんだけど……」

 

「ふうん、そのマシンガンに何かあるわけ?」

 

「ああ、ブルパップ・マシンガン自体を長砲身仕様に改造する。さらに銃身の下部にビーム・サーベルを固定するって、銃剣みたいに扱って近接戦闘でも使えるようにするみたい」

 

「……すんごい発想ね、それ」

 

 リルは少し顔を引きつらせ、呆れたように息を吐いた。

 

「射撃用の武器にビーム・サーベルを固定するなんて、アイデアとしては分からなくもないけど……実際にそんなもの、取り回しやすいのかしら?」

 

「うーん、どうなんだろう。近接戦に移行する時にわざわざ武器を持ち替える手間が省けるのは利点かもしれないけど」

 

「それにビーム・サーベルを固定する部分の強度も気になるわ。機体が格闘戦を仕掛けたとき、取り付け部にどれだけの負荷がかかるか分からないもの」

 

「そこも含めて実際に試してみるしかないんだろうな」

 

「発砲時の振動で照準が狂ったり、固定部分が破損したりしなければいいけれど」

 

「それと試作型の銃を、予備として持つみたい」

 

「試作型?」

 

「うん、メインのマシンガンが過熱したり、故障したりしたときの予備らしい。ただ試作銃の全容は分かんないね」

 

「なるほどねぇ……何時間かかるか分からない作戦だから予備があるのは心強いけど、得体の知れない試作品なら事前に動作確認しておきたいところね」

 

 リルは再び視線を上げ、着々と改修が進められるグラマンの巨体をじっと見上げた。

 

「それで、この改修機が完全にロールアウトする予定はいつなの?」

 

「作戦開始時刻の……文字通り直前ギリギリだってさ」

 

「まあ、そうなるわよね。これだけの短期間で大掛かりな改造を詰め込んでいるんだから。むしろ、よくこんな速さでやれてるわ」

 

 

 リルは感心したように格納庫内を見回した。

 

「前線部隊の権限って、こういうときは本当に融通が利くというか、なんというか……オーガスタじゃ信じられないわ」

 

 そう呟きながら、リルは手元の資料に再び視線を落とした。

 

 彼女がわずかに身を寄せたその拍子に、まとめられた美しい髪の毛の先が、ふわりと俺の肩先に掠めた。

 

 その瞬間、鼻腔をくすぐるように、ほのかな甘い香りがかすかに漂った。

 

 柔らかなシャンプーの香りの奥に、一日中司令部や研究所の間を駆けずり回っていたせいだろう、彼女自身の温もりと汗の気配が混じり合っている。

 

 

 ほんの一瞬の、些細な触れ合いだった。

 

 

 それなのに、思いがけず間近で感じたその気配に、俺の胸の奥が不意に大きくどきりと跳ねた。

 

 

 ……待てよ、俺はいったい何を意識しているんだ。

 

 

 動揺をごまかすように、俺は慌てて資料へと視線を無理やり戻した。

 

 任務の最中に汗をかくことなど兵士であれば誰だって当たり前のことだ、リルだって例外ではない。

 

 それなのに、今の俺は妙に彼女の存在そのものを過剰に意識してしまっていた。

 

 気まずさからこっそりと息を整えていると、リルはそんな俺の心の内など露知らず、資料をめくりながら淡々と改修データの確認を続けている。

 

 

 そういえば今日一日彼女は高官との調整や、研究所への連絡で基地中を駆けずり回っていたはずだ。

 

 俺自身の精神状態や肉体の変異を測るための検査もその忙しい合間を縫ってずっと付き添ってくれていた。

 

 俺が戦場でどう生き残るかを考えている間にも、彼女は俺が確実に戦えるよう、見えないところで必死に環境を整えてくれている。

 

 そう思い直すと先ほどの胸の高鳴りとはまた違う、じんわりと温かな感情が胸の奥からこみ上げてきた。

 

 急に湧き上がった感情に我ながら単純だと思った。

 

 それでもリルには本当に頭が下がる思いだった。

 

 口に出して感謝を伝えるのは少し気恥ずかしいがそれでも俺はこのまま黙っているわけにはいかないような気がした。

 

「なあ……リル」

 

「ん? 何よ、急に真面目な声出して」

 

「いや、いつも……その……色々と、ありがとうね」

 

 不意を突かれたのか、リルは不思議そうにパチパチと二度三度まぶたを瞬かせた。

 

「なによ、急に改まって。気味が悪いわね」

 

「検査の段取りも、軍との面倒な調整もさ。俺が知らないところでリルが奔走してくれてるだろ」

 

 そう素直に伝えると、リルはわずかに気恥ずかしそうに視線をふっと伏せた。

 

「……別に。私の仕事の一環よ、そんなの」

 

 そっけない、いつものぶっきらぼうな返事だったが、その声のトーンはどこか柔らかく、棘がなかった。

 

「それに、あなたが次の戦場で無事に帰ってこなかったら、せっかくここまで苦労して集めた貴重なデータの数々も全部パーになっちゃうでしょ?」

 

「え!? そこ!?」

 

 「当たり前でしょ。まだあなたという被検体について、確認したいことや検証すべき課題が山ほど残っているんだから」

 

 リルはふふっと小さく、悪戯っぽく笑った。

 

 だが、その軽口の裏に隠された、俺の身を本気で案じてくれている優しい気遣いなど、少し向き合えば痛いほどに伝わってくる。

 

 

 

「まあ、せっかく周りがここまで手間暇かけてグラマンを改修してくれるんだ。できるだけこの機体を無駄に壊さないように慎重に立ち回るよ」

 

「……できるだけじゃ全然足りないわ、どんな手を使ってでも絶対に無事に戻ってきなさいよ」

 

 リルの声から、先ほどまでの冗談めいた響きがスッと消え失せる。

 

 俺は思わず顔を上げ、彼女の瞳を見つめた。

 

 彼女はまっすぐに、一切の迷いのない真剣な眼差しで俺を見つめ返していた。

 

 過酷な戦場へ送り出す側にも、言いようのない不安や恐怖があるのだろう。

 

 先ほどまで淡々と改修データをチェックしていた彼女の顔には、隠しきれない切実な心配の色が浮かんでいた。

 

「……ああ、分かったよ。約束する……必ずここへ戻ってくるよ」

 

 俺が力強く答えると、リルはホッとしたように小さくうなずいた。

 

 

 その時、広大な格納庫の反対側から担当整備士の野太い怒声が飛んできた。

 

「おい! そこの第3ブロックのバルカン装甲! もう一度寸法をミリ単位で確認しろ! 頭部の架装が終わったら、すぐにメインセンサーの配線作業に入るぞ!」

「了解でーす!」

 

 その声に呼応するように、何人もの整備員たちが再び一斉に慌ただしく動き出す。

 

 グラマンの改修作業は、夜を徹してまだまだ終わりそうになかった。

 

 俺はもう一度、クレーンに吊り下げられた自分の機体を見上げる。

 

 ザクⅡの頭部と強靭な脚部を無理やり組み込まれ、かつての原型をとどめないほどに異様な姿へと変貌していくその機体。

 

 それはもはや初めて搭乗した時の陸戦型ジムの面影は微塵も残していなかった。

 

 

 

 だがこれが次の死地に赴く俺の相棒だ。

 

 見た目は変わってもそこは変わらない。

 

 

 現場の整備士たちがこれほどまでに命を削る思いで仕上げてくれていることも、リルが俺のために奔走し続けてくれていることも、すべてはこの目に焼き付いている。

 

 中東からこの極東へとたどり着くまでの長い道のりでもそうだった。

 

 数え切れないほどの仲間たちが、この機体を守るために動き、試行錯誤を重ねてくれた。

 

 中東の荒野を抜けて極東に至るまでの間、多くの者たちがこの機体を護衛し、点検し、血の滲むような整備を施して繋いできたのだ。

 

 だからこそ、今ここで俺がやるべきことはたった一つしかなかった。

 

 こうして再び生まれ変わった機体を心から信じ、戦場を駆け抜け、この場所へ生きて還る。

 

 

 俺はそう心に決めて、姿を変えゆくグラマンを見守り続けた。

 

 





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