宇宙世紀0079年9月30日 0200
辺りは、まだ暗闇に包まれていた。
周囲に展開している車両はすべてエンジンを停止しており、普段なら聞こえてくるはずの駆動音や整備員たちの話し声もない。
聞こえるのは、草むらから響く虫の声と、時折遠くから聞こえる鳥の鳴き声。そして、夜風に揺れる木々のざわめきだけだった。
作戦開始まで、あと三十分。
俺は車両の陰に腰を下ろし、膝の上に置いていた包みを開いた。
中に入っていたのは、ハナが作ってくれたお握りだった。
「いただきます」
一つ手に取り、口へ運ぶ。
……うん。
塩加減がちょうどいい。
具材も含めて、俺好みの味付けになっている。
こんな状況でも、いつも通りの食事ができるというのはありがたいものだ。
ゆっくりと咀嚼し、最後の一口を飲み込む。
作戦開始は間近。
これから俺たちが向かうのは、敵の防衛線が敷かれた平山郡方面だ。
前回の半島撤退戦で確認された敵のモビルスーツ部隊。その数も装備も、決して侮れるものではない。
もっとも、今さら考えても仕方がない。
そう思いながら包みを畳んでいると、手元の通信端末が反応した。
通信が入ったらしい。
ノエルかと思い、回線を開く。
しかし、モニターに映し出されたのは見覚えのない男の顔だった。
「よお、英雄さん!!」
「……え?」
いきなり大きな声が響き、思わず間の抜けた声が出た。
すると、その男に続いて次々と通信が接続される。
画面が分割され、男女七名の顔が並んだ。
「こんにちは」
「こんにちは~。……って、今の時間はこんばんはにならないか?」
「もう日付も変わってるし、こんにちはじゃない?」
女性がそう言う。
どうやら、挨拶の仕方で揉めているらしい。
……なんだか随分と賑やかな人たちだな。
俺が反応に困っていると、最初に話しかけてきた男が再び口を開いた。
「取り敢えず!! 今回はよろしくな、スガイ少尉!! 俺たちゃ第6機械化混成部隊のハンマー小隊だ!」
男は画面越しにも分かるほど大きく笑っている。
「俺はケンゴ・サトウ! 階級は少尉! よろしくぅ!!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「私はマイ・ワタナベ! 同じく少尉です! よろしくお願いしますね!」
ケンゴの隣に映っていた女性が、軽く手を振った。
そこからは順番に自己紹介が始まった。
今回、俺が追従することになった陸戦型ジム部隊。
その指揮官は、半島出身のウジン・キム大尉。三十五歳。
副隊長は、同じく半島出身のシウ・リ中尉。二十八歳。
列島出身のケンゴ・サトウ少尉二十五歳と、マイ・ワタナベ少尉二十二歳。
台湾出身のヨンチン・チェン少尉、二十五歳。
青島出身のワン・リュウ少尉、二十一歳。
ハバロフスク出身のタチアナ・クズネツォフ少尉、十九歳。
以上の七名が、今回の陸戦型ジム部隊の主な指揮要員となる。
キム大尉が隊長を務め、リ中尉が副隊長を務めているらしい。
「今回は中東でも仁川空港でも無双し続けたお前に、あやからせてもらうぜ!」
ケンゴが笑いながら言った。
「いや、そんな大したものじゃ……」
「ふふ、そうね。頼りにしてるわ」
マイが微笑む。
「援護、頼みます」
タチアナは短くそう言った。
「こんな可愛い顔して二十機以上落としているの? 人は見かけによらないね」
ヨンチンが興味深そうに俺の顔を眺める。
「だな。生まれ持った才能が羨ましいぜ」
ワンも同意した。
……撃墜数が随分と一人歩きしている気がする。
「ははっ! こっちも負けてられないな。お前ら、スガイ少尉に撃墜数で負けるなよ? こっちは七人もいるんだからな!」
シウ副隊長が笑う。
「そうだな。第1部隊の連中にとやかく言われるのは、そろそろ終わりにしたいからな」
ウジン隊長が口を開えた。
「そうっすね! 第1の奴らは戦果を上げまくって、俺たちみたいな小規模部隊には陸戦型ガンダムも送られないですし!」
ケンゴが不満げに頬を膨らませる。
「コジマ大隊ばっかり優遇して、ナンバー部隊だからって差をつけるのはやめてほしいですよね。軍は平等にするべきです」
マイも続けた。
どうやら第1部隊というのは、陸戦型ガンダムを優先的に配備されている部隊らしい。
極東方面軍の中でも、部隊ごとに装備の配分や戦果を巡る競争があるのだろう。
「そうだな。そのためにも、ここで武勲を立てよう」
ウジン隊長は一度頷くと、こちらを見た。
「スガイ少尉、協力してくれるか?」
「ええ、もちろんです! 撃墜数も何機かはそっち持ちでいいですよ」
「これはこれは、英雄様の余裕の態度! 頼みますね!」
シウ副隊長が大げさに頭を下げる。
「スガイ少尉、その際は私に優先的に回してください。何でもしますので」
タチアナが真顔で言った。
「おい、色気を使うなタチアナ」
ケンゴがすかさず突っ込む。
「別に色気なんて使ってません」
タチアナはそう言うと、画面の向こうで少しだけ姿勢を変えた。
彼女は制服の襟元に指を添え、何気ない仕草で首元を整える。
そのまま、わずかに身体を前へ傾けた。
すると、開いた襟の隙間から胸元がチラリと覗く。
ほんの一瞬のことだった。
だが、画面越しでも十分に分かる。
「それに、スガイ少尉なら……私、結構本気ですよ?」
「……えっ?」
思わず言葉に詰まった。
視線を戻すと、タチアナは表情をほとんど変えないまま、こちらをじっと見つめていた。
……今のは、わざとか?
いや、どう考えてもわざとだろう。
「ふふ。顔、赤くなりましたね」
「い、いや……そういうのは……」
「あははっ! おいおい、英雄さん! 女の子に攻められてどうするんだよ!」
ケンゴが腹を抱えて笑う。
「タチアナ、あんまり困らせないの。スガイ少尉、真面目そうだから」
マイも笑いながらたしなめた。
「……チッ」
タチアナは小さく舌打ちし、少しだけ不満そうに画面から身を引いた。
……なんなんだ、この子は。
十九歳という話だったが、随分と大胆な性格らしい。
俺は誤魔化すように咳払いをした。
「ははは! まあ、そういうことだ。こっちも負けてられないな」
ウジン隊長が笑いを収め、改めて口を開く。
「そのためにも、ここで武勲を立てよう。俺たちは第1部隊に負けるつもりはない。スガイ少尉、改めて協力してくれるか?」
「もちろんです。俺もできる限り協力します」
「頼もしいな」
ウジン隊長が満足そうに頷いた。
「隊長、そろそろ作戦開始です」
マイが手元の時計を確認しながら告げた。
「分かった」
ウジン隊長は表情を引き締め、こちらへ向き直る。
「では、スガイ少尉。今作戦で部隊行動を共にできることを誇らしく思う。よろしく頼む」
「はい! こちらこそ!!」
それを最後に通信が閉じられた。
賑やかな人たちだったな。
そう思っていると、入れ替わるように今度はノエルから通信が入る。
「スガイ少尉、今の方々もなかなか愉快な方々ですね」
先ほどまでの賑やかな声とは違い、落ち着いた女性の声がコックピットに響いた。
ノエルは仕事モードに入っているため、いつもの砕けた口調ではなく敬語になっている。
「ですね」
俺もそれに合わせて気持ちを切り替える。
「グラマンの各種システムは正常です。通信回線、電子妨害装置、火器管制装置、いずれも問題ありません」
「了解。各部の反応は?」
「良好です。なお、七九式試製電磁加速小銃については、まだ実戦データがありません。使用時は私も射撃情報を監視します」
「分かった。よろしく頼む」
「お任せください」
モニターの隅に表示された時刻を見る。
0228
作戦開始まで、あと二分。
俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そして、操縦桿を握る。
周囲の車両からも、次々とエンジンの始動音が聞こえ始めた。
静寂が破られていく。
各機のカメラアイが点灯し、暗闇の中に赤や緑の光が浮かび上がった。
やがて、ノエルの声がコックピットに響く。
「0230前進開始!」
グラマンが動き出した。
西部方面隊 進撃開始
地面を踏みしめるたび、グラマンの脚部から鈍い振動が伝わってくる。
前方には陸戦型ジムの機影が並び、その後ろには装甲車両や輸送車両が続いていた。
エンジン音を抑えた車両が、夜の山間部を列を成して進んでいく。
俺は陸戦型ジム部隊の少し後方を歩きながら、周囲の様子を確認していた。
「こちらハンマー1。各機、間隔を維持しろ。前方の地形に注意」
ウジン隊長の声が回線に入る。
「ハンマー3、了解!」
「ハンマー4、了解」
「ハンマー5、了解」
次々と返答が返る。
俺も回線を開いた。
「レイダー、了解」
レイダーとは今回の作戦で自分に充てられた部隊コードだ。 通信機材を持ち、索敵や通信妨害、そして部隊の要となるためその名がつけられた。
「こちらハンマー2。レイダー、こちらの隊列に合わせてください。無理に先行する必要はありません」
「了解しました」
前方の地形は、緩やかな丘陵と森林が入り組んでいる。
平山郡へ向かう進撃路は、決して広くない。
大規模な機甲部隊を展開するには不向きだが、モビルスーツならば多少の悪路でも問題なく進める。
もっとも、敵もそれを理解しているはずだ。
俺たちが進んでいる道は、敵にとっても予測しやすい侵攻ルートなのだから。
「スガイ少尉」
ノエルが呼びかける。
「どうした?」
「前方、約三キロ地点に微弱な電波反応を確認しました」
「敵の通信か?」
「可能性があります。断続的な通信を繰り返しています。現在、発信源を特定中です」
「了解。ハンマー1に共有してくれ」
「すでに送信しています」
仕事が早い。
俺は機体の頭部を少し傾け、前方の暗闇を見つめた。
しばらくして、ウジン隊長から通信が入る。
「こちらハンマー1。全機、進撃速度を落とせ。前方に敵の監視拠点がある可能性が高い」
隊列がゆっくりと速度を落とす。
「こちらハンマー2。ノエル嬢、敵の通信周波数は特定できるか?」
「現在解析中です。少々お待ちください」
ノエルが答える。
やがて、グラマンの頭部にあるセンサーユニットが小さく作動音を立てた。
「スガイ少尉。敵通信の周波数帯を特定しました。これより妨害を開始します」
「頼む」
「了解」
次の瞬間、電子妨害装置が作動した。
敵の通信を完全に遮断できるわけではない。
しかし、少なくともこちらの接近を即座に報告することは難しくなるはずだ。
「こちらハンマー1。敵の監視拠点を確認した。ハンマー3、5。左右に展開して包囲しろ。ハンマー2は中央を維持。ハンマー4、6、7は後方警戒」
「ハンマー3、了解!」
「ハンマー5、了解」
「ハンマー2、了解」
それぞれの機体が静かに散開していく。
俺も陸戦型ジムの後方から少しだけ進み、木々の隙間を覗いた。
……いた。
小規模な陣地だ。
土嚢を積み上げた簡易陣地に、対空機関砲らしきものが設置されている。
その周囲には歩哨が数名。
そして、その奥。
ぼんやりとした赤外線反応が一つ確認できた。
「モビルスーツ反応。旧式ザクと思われます」
ノエルの声が響く。
敵の前哨部隊か。
「こちらハンマー1。敵の規模は小さい。ここで時間を使う必要はない。各機、短時間で制圧する」
ウジン隊長が指示を出す。
俺はマシンガンを構えた。
陸戦型ジムが左右から回り込む。
敵の歩哨はまだこちらに気づいていない。
「……撃て!」
ウジン隊長の号令と同時に、銃声が夜を切り裂いた。
陸戦型ジムのマシンガンが火を噴く。
土嚢が弾け飛び、敵の機関砲座が一瞬で沈黙した。
敵兵が慌てて身を隠す。
その直後、陣地の奥からザクが立ち上がった。
「敵モビルスーツ、起動!」
「来る!」
ザクは手近な岩陰からマシンガンを引き抜き、こちらに向けて発砲した。
弾丸が木々をなぎ倒す。
陸戦型ジムの一機が身を屈め、すぐさま反撃に移った。
「ハンマー3、交戦!」
ケンゴの声が響く。
ザクがマシンガンを撃ちながら前進する。
しかし、その動きは鈍い。
陸戦型ジムの射撃を受け、機体の肩部装甲が弾け飛んだ。
「おらぁ!」
ケンゴ機が一気に距離を詰める。
ザクがヒートホークを抜こうとした瞬間、陸戦型ジムのマシンガンが胸部を撃ち抜いた。
機体が大きく仰け反る。
続けてもう一機の陸戦型ジムが側面から射撃を加え、ザクはその場に崩れ落ちた。
「ハンマー3、敵機撃破!」
「早いな……」
「ははっ! 見たかよ、スガイ少尉!」
ケンゴの声が響く。
「まだ一機だ。浮かれるな」
ウジン隊長が釘を刺した。
確かに、敵陣地の規模を考えれば、これで終わりとは思えない。
その時だった。
「敵の通信が急増しています!」
ノエルの声が少し強くなる。
「何だ?」
「先ほどの通信妨害を受けて、敵が別の周波数帯へ切り替えたようです。複数の発信源を確認。後方にも部隊がいる可能性があります」
「こちらハンマー2。敵の増援が来るぞ!」
シウ副隊長の声が重なる。
俺は機体の頭部を後方へ向けた。
遠くの丘陵地帯。
暗闇の中に、複数の光点が浮かび上がっていた。
モビルスーツだ。
しかも一機や二機ではない。
「敵機、複数! 数は……少なくとも六!」
「こちらハンマー1。全機、戦闘隊形! 敵をこの地点で食い止める!」
部隊の隊列が一斉に変わる。
陸戦型ジムが前方に並び、俺はその後方に位置した。
敵機の姿が徐々に明らかになっていく。
ザクが四機。
その後方には、見慣れない機体が二機。
通常のザクⅡとは違う。
頭部の形状、脚部の構造、肩部装甲。全体的に異なる設計思想が見て取れる。
「ノエル、あれは?」
「……照合中です。既存のザク系統とは外観が一致しません」
ノエルの声にわずかな間があった。
「少々お待ちください。識別データを再検索します」
敵機の一機が前進した。
その動きは通常のザクよりも滑らかで、機体の反応も明らかに違う。
「照合完了。ザクⅡ改と思われます」
「ザクⅡ改……?」
「はい。ジオン公国軍のザクⅡを改修した機体と推定されます。ただし、この機体が確認されたのは極東方面軍では初めてです。既存の性能データはありません」
回線に緊張が走った。
「ザクⅡ改だと?」
ウジン隊長が反応する。
「こちらでも確認した。情報部の資料にもない機体だ。全機、警戒しろ!」
「新型ってことかよ……」
ケンゴの声から、先ほどまでの軽さが消えていた。
敵機がこちらに気づいた。
先頭のザクがマシンガンを構える。
「敵機、射撃開始!」
無数の弾丸が暗闇を切り裂いた。
陸戦型ジムが散開し、岩陰や地形の起伏を利用して応戦する。
俺もマシンガンを構え、敵機へ向けて射撃した。
だが、敵の数は多い。
しかも、後方のザクⅡ改がこちらの陸戦型ジムを狙っている。
「敵機の装甲が厚い! 通常のマシンガンでは有効打になりにくい!」
シウ副隊長の声が響く。
「ノエル、敵の装甲データを推定できるか?」
「現時点では不可能です。ただし、通常のザクⅡよりも防御性能が高い可能性があります」
厄介だな。
敵のザクⅡ改は、陸戦型ジムの射撃を受けながらも前進していた。
装甲の厚さだけではない。
動きにも無駄がない。
こちらの射撃を予測しているかのように、遮蔽物を利用しながら接近してくる。
「スガイ少尉。七九式の使用を推奨します」
ノエルの言葉に、俺は背部に固定していた大型銃器へ手を伸ばした。
七九式試製電磁加速小銃。
今回が初めての実戦投入となる。
銃を構え、照準を合わせる。
敵のザクⅡ改は、陸戦型ジムの射撃を受けながらも前進していた。
通常のマシンガンでは決定打になっていない。
「照準補正を頼む」
「了解。目標の胸部装甲を指定します」
照準画面に敵機の輪郭が表示される。
銃身内部に電力が供給され、加速装置が作動を始めた。
独特の低い駆動音がコックピットに響く。
「発射可能です」
「撃つ!」
引き金を引いた。
発射音は、通常の火器とは違っていた。
乾いた衝撃音とともに、弾体が銃身から飛び出す。
次の瞬間。
敵ザクⅡ改の胸部装甲に小さな穴が開いた。
爆発はない。
しかし、その機体は一瞬動きを止めると、胸部から火花を散らしながら後方へ倒れ込んだ。
「……撃ち抜いた?」
「目標の反応消失。撃破を確認しました」
……すごいな。
通常のマシンガンとはまるで違う。
弾体が装甲を貫通し、内部機構まで破壊したらしい。
「おおっ! 今の何だ!?」
ケンゴの声が響く。
「スガイ少尉の新兵器か!」
「すごい貫通力ですね……」
マイも驚いている。
だが、残る敵機はまだこちらを狙っていた。
そのうちの一機が、俺のグラマンに向かってマシンガンを撃ち込んでくる。
「っ!」
機体を横に滑らせる。
弾丸が左肩をかすめ、追加装甲に火花が散った。
「左肩部装甲に被弾! 損傷軽微です!」
「問題ない!」
俺は姿勢を立て直し、再び七九式を構えた。
敵機は岩陰に身を隠している。
無理に撃っても当たらない。
ならば――。
「ハンマー2よりハンマー3! 敵機を正面に拘束しろ!」
「了解!」
シウ副隊長の指示を受け、ケンゴ機が前進する。
マシンガンを連射し、敵の注意を引きつけた。
その隙に、マイ機が側面へ回り込む。
「今よ!」
陸戦型ジムの射撃が敵機の脚部に集中した。
ザクⅡ改が姿勢を崩す。
そこへ、俺は照準を合わせた。
「もらった!」
七九式が再び火を噴く。
弾体は敵機の頭部を貫通した。
ザクⅡ改のモノアイが消え、機体が地面に倒れ込む。
「ハンマー4、敵機撃破を確認!」
「いや、今のは俺が……」
「撃墜判定はスガイ少尉に譲るわ!」
マイが笑いながら言った。
……本当に撃墜数を気にしているらしい。
しかし、そんなやり取りをしている余裕は長く続かなかった。
「こちらハンマー1! 敵の後続部隊を確認! 数が多い!」
ウジン隊長の声が響く。
戦術モニターに新たな反応が次々と表示された。
ザクだけではない。
さらに大型の機影も複数確認できる。
敵の前哨部隊を撃破したことで、後方に控えていた本隊が動き始めたのだろう。
「敵部隊、こちらに向けて進撃中!」
「ハンマー2より司令部! 敵の増援を確認! 西部方面隊の進撃路上に敵主力の一部が展開している可能性があります!」
シウ副隊長が報告を送る。
俺は前方を見つめた。
夜の闇の向こうに、次々と赤い光点が浮かび上がる。
まだ作戦開始から十分も経っていない。
それなのに、すでにこれだけの敵がいる。
「スガイ少尉」
ノエルの声が響く。
「敵機の一部に、こちらの電子妨害を回避する動きが確認されました。どうやら敵も通信妨害への対策を講じているようです」
「つまり、こちらの位置はもう把握されている?」
「その可能性が高いです」
俺は七九式を構え直した。
ハンマー部隊の陸戦型ジムが横一列に並ぶ。
ウジン隊長が前方を見据えたまま、回線を開いた。
「全機、聞け。ここからが本番だ」
その声に、先ほどまでの陽気さはなかった。
「俺たちは平壌へ向かう。ここで足を止めるわけにはいかない。敵を突破するぞ!」
「ハンマー3、了解!」
「ハンマー4、了解!」
「ハンマー5、了解!」
「ハンマー6、了解!」
「ハンマー7、了解!」
「ハンマー2、了解!」
俺も操縦桿を握り直す。
「グラマン、了解!」
宇宙世紀0079年9月30日 0425 平壌郊外
「平壌まで目と鼻の先だ! 各機、警戒に当たれ!」
ウジン隊長の声が通信回線に響いた。
俺たちは平壌市街を一望できる丘陵地帯に展開していた。
夜明け前の空は、東の地平線から少しずつ白み始めている。
遠くに見える市街地には、まだ明かりがほとんどない。ところどころから煙が上がっているものの、戦闘が始まった様子はなかった。
「突入部隊が来る。俺たちはそれを確認次第、前進する」
「了解」
俺は機体の頭部を動かし、周囲を確認する。
ここまでの進撃で、敵の小規模な抵抗は何度かあった。
しかし、平壌に近づくにつれて、その抵抗は明らかに弱まっている。
敵が撤退したのか、それとも市街地に戦力を集めているのか。
まだ判断はつかない。
「スガイ少尉、どう思います?」
通信に割り込んできたのは、タチアナだった。
「何が?」
「敵の動きです。ここまで来て、あまりにも静かすぎませんか?」
「……確かに。市街地に戦力を集めている可能性はあるな」
「ですよね」
タチアナの声は少し慎重だった。
「ノエル、敵の通信は?」
「現在も断続的な通信を確認しています。ただし、市街地内部の状況までは把握できません。建物による電波の遮蔽も考えられます」
「分かった。引き続き監視を頼む」
「了解しました」
俺は再び平壌の方へ目を向けた。
これから始まるのは市街地戦だ。
遮蔽物が多く、視界も悪い。
モビルスーツ同士の戦闘であっても、郊外とは勝手が違う。
油断すれば、あっという間に足元をすくわれる。
それだけは避けなければならない。
0500 歩兵部隊通過
「……エンジン音だ」
遠くから、複数の車両が走行する音が聞こえてきた。
「隊長、味方部隊です」
後方を警戒していたワン少尉が報告し、映像を共有する。
モニターに映し出されたのは、朝日を背にして歩いてくる歩兵部隊だった。
その後方には装甲車やトラックが続いている。
しかし、歩兵たちの多くは自分の足で進んでいた。
「十五キロも歩いてきたのか。精強だな、歩兵は」
ケンゴが感心したように言う。
俺たちが立っている横を、歩兵部隊が次々と通過していく。
皆、疲弊しているようだった。
泥にまみれた軍服。肩から下げた小銃。重そうな背嚢。
顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。
それでも、誰一人として足を止めようとはしなかった。
中には、俺たちモビルスーツを見上げて無言で手を振る兵士もいる。
疲れた顔に笑みを浮かべる者もいた。
俺はコックピットの中から、その様子を眺めていた。
「……プレゼントだせ!」
突然、ウジン隊長が声を上げた。
「え?」
その言葉と同時に、ハンマー隊の陸戦型ジムが一斉にコックピットハッチを開いた。
そして、隊員たちは何かを取り出すと、歩兵部隊に向かって投げ始めた。
煙草とマッチ箱だった。
何個も何個も、歩兵たちの手元へと放られていく。
最初は何が起きたのか分からなかった歩兵たちも、すぐにそれが何なのか理解したようだった。
受け取った兵士たちは、驚いた顔でこちらを見上げる。
中には、帽子を取って頭を下げる者もいた。
ある者は胸元で手を合わせ、またある者は煙草を掲げて笑顔を見せた。
誰も大きな声を出さない。
ただ、無言のまま礼を伝え、再び歩みを進めていく。
「なるほど、こういった粋な計らいをするんですね。極東は」
俺が感心していると、ウジン隊長が答えた。
「歩兵は文字通り徒歩で来てるからな。俺らみたいに楽できる部隊は、これぐらいやっとかなきゃ不和が生まれる」
「なるほど。確かにそうですね」
俺は納得した。
モビルスーツに乗っている俺たちは、機体さえ動けば自分の足で長距離を歩く必要はない。
しかし、歩兵は違う。
重い装備を背負い、何時間も歩き続けなければならない。
同じ作戦に参加しているとはいえ、負担はまるで違う。
こうした小さな気遣いが、部隊同士の関係を保つのだろう。
「よし、これで全部だな」
ウジン隊長が周囲を確認する。
「さて、歩兵は全部行ったな。戦車部隊は?」
「機甲部隊は別ルートになりましたので、これで最後です」
シウ副隊長が答えた。
「分かった。では、射撃音が聞こえ次第突入だ。市街地戦になる……気合いを入れろよ」
「了解!」
隊員たちの返答が重なる。
俺も操縦桿を握り直した。
先ほどまで笑顔を見せていた歩兵たちも、今頃は戦場へ向かっている。
俺達も動く時が来た。
宇宙世紀0079年9月30日 0615
遠くから、砲撃音が響いてきた。
続いて戦車砲の発射音。
重低音の連続した轟音に、建物の窓ガラスが震える。
街では先行した歩兵部隊と敵守備隊との戦闘が始まっているらしい。
「こちら先行部隊。市街地外縁に到達。敵の抵抗は予想以上に激しい」
「了解。こちらも間もなく進入する」
ウジン大尉が応答し、通信を切った。
「よし、行くぞ。歩兵が敵を引きつけているうちに、俺たちは市街地へ入る。各機、間隔を保て。建物の陰には十分注意しろ」
「了解!」
七機のジムが前進を始める。
その後方に、俺のグラマンが続いた。
市街地に近づくにつれ、周囲の景色は一変していく。
道路には放棄された車両が転がり、建物の壁面には無数の弾痕が刻まれていた。砲撃によって崩れた建物も多く、瓦礫が道路の半分を塞いでいる。
ところどころで火災が発生し、黒煙が空を覆っていた。
「……ひどいな」
思わず呟く。
「市街地の地形データを再読み込みします。ですが、戦闘による破壊で実際の地形とは大きく異なっている可能性があります」
「分かった。ノエル、周囲の監視を頼む」
「了解です。各機のセンサー情報も共有します」
市街地戦では、見通しが利かない。
建物一つ、路地一本が、そのまま敵の潜伏場所になる。
それは分かっていた。
だからこそ、俺たちは慎重に進んでいた。
しかし――。
「こちらハンマー7! 前方、敵機を確認!」
タチアナの声が通信に飛び込んできた。
「何機だ!?」
「一機です! 機種照合中……これは……グフ!?」
その瞬間だった。
建物の陰から、青い機体が姿を現した。
ザクとは異なる、鋭角的なシルエット。
右手には大型のヒート・サーベル。左腕には特徴的なシールドが装着されている。
グフ。
地上戦に特化したジオンのモビルスーツだった。
「グフだと……!」
「ハンマー1より全機! 敵機確認! 各機、戦闘配置!」
ウジン大尉の号令と同時に、七機のジムが散開する。
グフは道路の中央に立ち、こちらを見据えていた。
攻撃してくる様子はない。
ただ、こちらの進路を塞ぐように、じっと立っている。
「……妙だな」
「レイダー、何か気になるのか?」
「いや……まだ分からない」
俺は79式を構えたまま、グフの動きを注視した。
敵機は一機。
周囲に僚機の姿は見えない。
それなのに、こちらが射撃態勢を整えた途端、グフは建物の陰へと後退した。
「待て! 追うな!」
ウジン大尉の声が響く。
俺たちが銃口を向けた先には、もう青い機体の姿はなかった。
「敵機、反応を見失いました」
「……逃げたのか?」
「分かりません。遮蔽物が多く、追跡できません」
そのときだった。
「ハンマー6! 後方に敵機!」
通信に叫び声が飛び込んできた。
直後、激しい銃声。
振り返った先で、ワン少尉の陸戦型ジムが火花を散らしていた。
「ハンマー6! 応答しろ!」
「う、うわあああっ!」
ワン機の背部に弾丸が集中する。
機体が大きく揺れた。
その背後から、一機のザクⅡが姿を現す。
右手のマシンガンを構えたまま、ワン機へ接近していく。
「ザクだ! 敵はグフだけじゃない!」
「何だと!?」
ウジン大尉が叫ぶ。
ワン機は慌てて振り向こうとした。
だが、その動きは遅かった。
ザクⅡは銃撃を続けながら一気に距離を詰め、陸戦型ジムの懐へ滑り込む。
ヒート・ホークが振り上げられた。
「しまっ――!」
一閃。
ジムの胸部装甲が切り裂かれ、機体が道路脇の建物へ叩きつけられた。
爆発。
「ハンマー6!!」
返答はなかった。
あまりにも一瞬だった。
俺たちがグフに注意を向けた、ほんのわずかな時間。
その隙を突かれた。
「ノエル! 敵機の位置を表示しろ!」
「現在、敵機は市街地内部へ移動中です! 遮蔽物に隠れたため、正確な位置を特定できません!」
「くそっ!」
ザクⅡの姿が消える。
俺は周囲を見回した。
右の建物。
左の路地。
崩れた壁の向こう。
どこにも姿がない。
「全機、周囲を警戒! 互いの位置を確認しろ! 敵は市街地に潜んでいる!」
ウジン大尉の指示が飛ぶ。
その判断は間違っていなかった。
だが、敵はすでに次の攻撃に移っていた。
市街地の別の通り。
崩れかけた建物の二階部分に、一機のザクⅡが身を潜めていた。
機体は瓦礫の陰に溶け込むように静止している。
頭部のモノアイだけが、建物の隙間から敵部隊の動きを追っていた。
先ほどの攻撃で一機を撃破。
敵部隊は警戒を強めている。
だが、隊形はすでに崩れ始めていた。
敵機同士の距離。
それぞれの射線。
建物によって遮られた視界。
そして、敵が次に動こうとする方向。
ザクⅡはそれらを見極めるように、静かに機体を起こした。
単機だった。
援護する僚機はいない。
それでも、操縦者に焦りはなかった。
「ハンマー6、応答しろ! ハンマー6!」
ウジン大尉が何度も通信を呼びかけている。
返答はない。
「大尉、敵は一機です。まだ近くにいるはずです」
「分かっている。ハンマー4、左側を警戒。ハンマー5は俺と前方を押さえる。ハンマー2は後方を見ろ!」
「了解!」
各機が散開する。
俺も79式を構え、周囲を警戒した。
だが、敵機は見つからない。
「レイダー、右側の建物に熱源反応!」
「どこだ!?」
「二階です!」
俺が銃口を向ける。
その瞬間、建物の反対側から銃声が響いた。
「ハンマー5、被弾!」
「ヨンチン少尉!」
ヨンチン少尉の機体が肩部に被弾し、よろめく。
その背後に、ザクⅡがいた。
「後ろだ! 振り向け!」
俺は79式を構えた。
しかし、ザクⅡはすでに移動していた。
建物の角を利用して射線を切り、道路脇の瓦礫を踏み越える。
ヨンチン機が振り向いた時には、敵機はその側面に回り込んでいた。
「この野郎!」
ヨンチンがマシンガンを撃つ。
弾丸がザクⅡの脇を通り抜ける。
敵機は一歩だけ後退し、弾幕を避けた。
そして、次の瞬間には再び前進していた。
ヒート・ホークが振り下ろされる。
ヨンチン機の腕部が切断された。
「ぐああっ!」
続けてザクⅡが蹴りを入れる。
陸戦型ジムの巨体が転倒した。
俺は発砲し、79式の弾丸がザクⅡのいた場所を貫く。
しかし、敵機はすでに建物の陰へと消えていた。
ヨンチン機の通信が途切れる。
「……くそっ!」
「ハンマー5、応答しろ!」
ウジン大尉の声が響く。
返答はなかった。
また一機。
俺たちは敵の姿を捉えることすらできないまま、仲間を失っていく。
「レイダー、敵機の反応が右後方に移動しています!」
「分かった!」
俺は機体を旋回させた。
そのとき、頭上から瓦礫が落ちてきた。
「なっ!?」
建物の二階から、ザクⅡが飛び降りてくる。
着地と同時に、こちらへ向けてマシンガンを連射した。
「うおっ!」
グラマンの左肩に弾丸が命中する。
装甲が弾け、機体が揺れた。
俺は反射的に79式を向ける。
「このっ!」
発砲。
弾丸はザクⅡの右肩をかすめ、装甲の一部を吹き飛ばした。
確かに当たった。
だが、敵機は怯むことなく、道路の反対側へと飛び込んでいった。
「ノエル! 敵機の位置は!」
「建物の陰です! 現在、熱源を追跡していますが、複数の反射があり特定できません!」
「くそ……!」
敵機は一機のはずだ。
それなのに、まるで何機もいるかのように感じる。
こちらが向きを変えるたびに、別の方向から攻撃される。
目の前に現れたと思えば、次の瞬間には背後にいる。
速さだけではない。
建物の配置を把握し、こちらの視界と射線を計算している。
市街地そのものを利用して、俺たちを翻弄しているのだ。
「ハンマー3! 側面から敵機!」
タチアナの警告が飛ぶ。
ケンゴ少尉の機体がマシンガンを撃つ。
しかし、ザクⅡは建物の角に身を隠し、弾丸をやり過ごした。
「どこにいるんだよ!」
ケンゴが叫ぶ。
その直後、ザクⅡが建物の反対側から飛び出した。
ケンゴ機の照準が追いつかない。
敵機は低い姿勢のまま接近し、ヒート・ホークを振り抜いた。
「ぐあっ!」
ジムの肩口が切り裂かれる。
ケンゴ機が後退する。
そこへザクⅡが踏み込んだ。
二撃目。
胸部装甲が砕け、ケンゴ機は道路に倒れ込んだ。
「ハンマー3! 応答しろ!」
返答はない。
「ケンゴ少尉……!」
俺は敵機へ銃口を向けた。
しかし、ザクⅡはもういなかった。
どこへ行った。
どこから来る。
何を見ている。
何を考えている。
分からない。
ただ、仲間が一人ずつ消えていく。
「レイダー! 前方です!」
ノエルの声と同時に、ザクⅡが姿を現した。
「そこだ!」
俺は照準を合わせる。
敵機がこちらを向く。
引き金を引いた。
79式から射出された弾体が、ザクⅡの胴体へ向かって飛ぶ。
だが、敵機は撃たれる直前に横へ跳んだ。
弾丸は脇を通り抜け、背後の建物を貫通する。
ザクⅡは着地と同時にマシンガンを構えた。
銃口がこちらを向く。
「しまっ!」
俺は機体を横へ滑らせた。
弾丸がグラマンの脚部をかすめる。
それでも、敵機の射撃は止まらない。
建物の角を利用しながら、こちらの退路を塞ぐように撃ってくる。
「くそっ! 撃たせるか!」
俺は79式を構え直し、敵機の進路へ向けて連射した。
ザクⅡは一度後退した。
その隙に、俺は前進する。
だが、敵機はすぐに姿を消した。
まるで、俺が追ってくることまで予測していたかのように。
「ハンマー4、被弾!」
マイ少尉の声が響いた。
「マイ!」
「大丈夫です! 右脚部に損傷! まだ動けます!」
その声は、いつも通りに聞こえた。
だが、次の瞬間。
「後ろ……!?」
マイ機の背後にザクⅡが現れた。
建物の陰から、ほとんど音もなく滑り出てきたように見えた。
「マイ、逃げろ!」
ウジン大尉の叫び。
マイ機が振り返る。
しかし、間に合わなかった。
ザクⅡのヒート・ホークが、陸戦型ジムの背部を切り裂く。
火花が散り、機体が大きく揺れた。
「きゃああっ!」
そのままザクⅡは距離を取り、マシンガンを撃ち込む。
弾丸がコックピット周辺を叩いた。
爆発。
「マイ少尉!!」
俺は叫んだ。
返答はない。
通信回線には、激しいノイズだけが残った。
「……ッ!」
タチアナの声が聞こえた。
彼女は何か言おうとしていたが、言葉にならなかったようだった。
「全機、隊形を維持しろ! 敵の動きに釣られるな!」
ウジン大尉の指示が飛ぶ。
だが、もう隊形など維持できていなかった。
ワン、ヨンチン、ケンゴ、マイ。
四機が撃破された。
残るのはウジン大尉、シウ中尉、タチアナ。
そして俺のグラマン。
敵はたった一機。
それなのに、こちらは何もできない。
「ハンマー2、敵機を確認!」
シウ中尉が射撃する。
ザクⅡは建物の陰に隠れた。
シウ機がその位置を押さえようと移動する。
その瞬間、ザクⅡは反対側の路地から現れた。
「なっ……!」
マシンガンが火を噴く。
シウ機の背部に弾丸が集中した。
機体が前のめりに倒れる。
ザクⅡはすぐに接近し、ヒート・ホークを振り下ろした。
爆発。
「ハンマー2、応答しろ!」
ウジン大尉の声が響く。
返答はない。
「シウ中尉まで……!」
俺は79式を構えた。
敵機が見えた。
今度こそ、撃つ。
照準を合わせる。
だが、敵機は撃たれるより先に動いていた。
ザクⅡは倒れたシウ機を盾にするように一瞬だけ姿勢を低くし、そのまま建物の陰へ滑り込む。
俺の弾丸は、倒れたジムの装甲をかすめて瓦礫に突き刺さった。
「くそおおっ!」
もう一発。
さらに一発。
だが、敵機の姿は捉えられない。
「レイダー! 弾薬を無駄にするな!」
「分かってる!」
「落ち着け!」
「落ち着いていられるか!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
目の前で仲間が死んでいる。
助けられない。
敵の姿さえ、まともに捉えられない。
何もできない。
「ハンマー1より全機! これ以上の戦闘は不可能だ! 撤退する!」
ウジン大尉の声が響いた。
その直後だった。
「大尉! 後方です!」
タチアナの声。
振り返ると、ザクⅡがウジン機の背後に回り込んでいていた。
「何っ!?」
ウジン機が振り向く。
マシンガンを構えようとしたが、ザクⅡはすでに懐へ飛び込んでいた。
ヒート・ホークが振り上げられる。
「レイダー!」
ウジン大尉の声。
俺は機体を前進させた。
「大尉から離れろ!」
79式を構える。
敵機がこちらを向いた。
発砲。
硬質合金弾がザクⅡの胸部を狙う。
敵機は瞬時に身をひねった。
弾丸が肩口をかすめ、装甲を削る。
それでも、ザクⅡは止まらない。
ヒート・ホークが振り下ろされた。
ウジン機の腕部が切断される。
「ぐあああっ!」
「大尉!!」
俺はさらに一発撃った。
ザクⅡが後退する。
その隙に、ウジン機が道路脇へ倒れ込んだ。
「レイダー……撤退しろ……」
「大尉! 応答してください!」
「もういい……タチアナを連れて……下がれ……」
通信が途切れた。
俺は何度も呼びかけた。
返答はない。
モニターの隅に、ウジン機の反応が表示されている。
だが、その反応は徐々に弱くなっていった。
「……大尉」
そのとき、ザクⅡが再び動いた。
俺は79式を構える。
残弾は少ない。
グラマンも損傷している。
それでも、ここで引くわけにはいかなかった。
「お前だけは……!」
引き金を引く。
弾丸がザクⅡの右脚部をかすめ、装甲の一部を吹き飛ばした。
敵機が一瞬だけ体勢を崩す。
俺はさらに照準を合わせた。
だが、ザクⅡは建物の壁面を蹴り、視界の外へ飛び出した。
「少尉! 左側面!」
ノエルの警告。
振り向く。
ザクⅡがいた。
マシンガンの銃口が、こちらを向いている。
俺は咄嗟に機体を傾けた。
銃弾が肩部装甲を削り、胴体をかすめる。
衝撃で操縦席が揺れた。
「ぐっ……!」
機体の姿勢が崩れる。
ザクⅡはそのまま距離を取った。
追撃してこない。
いや、追撃する必要がないのだ。
こちらはもう、戦える状態ではない。
周囲には撃破されたジムが並んでいる。
残るハンマー隊は、タチアナだけ。
そして、そのタチアナの機体も――。
「レイダー……こちらハンマー7……」
通信が入った。
ノイズ混じりのか細い声だった。
「タチアナ! 無事か!?」
「……機体が……」
「機体がどうした!?」
「動きません……」
俺はモニターを確認した。
タチアナ機の識別信号は、道路脇の建物の近くで停止していた。機体は半ば崩れた壁面に寄りかかるようにして倒れている。
右脚部は膝から下が大きく損傷し、胸部装甲にも複数の亀裂が走っていた。頭部のセンサーも破損しているらしく、機体の姿勢制御も不安定になっている。
「タチアナ、脱出できるか?」
「……分かりません」
「何?」
「手が……動かなくて……」
彼女の声は、ひどく小さかった。
普段のタチアナなら、機体の損傷状況や脱出装置の状態を冷静に報告してくるはずだ。だが、今はそれすらできないらしい。
「分かった。無理に動かなくていい。こちらから回収に向かう」
「……はい」
俺は機体を旋回させようとした。
そのとき、モニターの隅に敵機の反応が映った。
ザクⅡ。
少し離れた建物の陰に、その機体が立っていた。
こちらを向いている。
損傷した左腕は垂れ下がり、肩部や胸部の装甲もところどころ剥がれていた。それでも、機体はしっかりと自立している。
モノアイが、こちらを捉えていた。
俺は反射的に79式を構えた。
銃口を向ける。
引き金に指をかけた。
だが、撃てなかった。
こちらの弾薬は残り少ない。グラマンも各部に損傷を負っている。今から撃ち合ったところで、勝てる保証はない。
それに、タチアナを置いていくわけにはいかなかった。
「ノエル、敵機は?」
「まだ市街地内部にいます。こちらの損傷状況では、これ以上の交戦は危険です」
「分かってる……」
「レイダー、撤退してください。タチアナ少尉を回収する必要があります」
「……ああ」
俺は銃口を下げた。
ザクⅡは動かなかった。
建物の陰からこちらを見ているだけだった。
いつ攻撃してきてもおかしくない距離だ。こちらがタチアナ機へ向かえば、背後を狙うこともできる。
それでも、敵機は動かなかった。
俺はしばらくその姿を見つめていたが、やがて操縦桿を握り直した。
「……くそっ!」
グラマンを反転させ、タチアナ機へ向かわせる。
宇宙世紀0079年9月30日 0648
「タチアナ少尉! 聞こえるか!」
グラマンをタチアナ機の傍らに着地させる。
脚部の損傷を考慮し、できるだけ機体に負担をかけないよう慎重に姿勢を整えた。
返事はなかった。
タチアナ機のコックピットハッチは、衝撃で歪んだのか半開きになっている。隙間から内部の警告灯が明滅しているのが見えた。
俺はグラマンの機体を屈ませ、マニピュレーターを伸ばす。
「タチアナ少尉!」
しばらくして、ようやく声が返ってきた。
「……スガイ、さん?」
「ああ。俺だ。もう大丈夫だ。機体から出られるか?」
「……分からない」
これまでの彼女なら、こんな返答はしない。
どんな状況でも冷静に判断し、必要なことを簡潔に伝える。時には余裕のある笑みを浮かべ、こちらの反応を楽しむように冗談を言うことさえあった。
以前、俺をからかうように身を乗り出し、わざと胸元を覗かせてきたこともある。
そんな彼女が、今は自分の置かれた状況さえ把握できていない。
「今からそっちへ行く。動かなくていい」
「……はい」
俺はグラマンの腕を慎重に動かし、タチアナ機のコックピットハッチに触れた。
歪んだ装甲を無理に引けば、内部の彼女を傷つける可能性がある。力加減を確かめながら、少しずつハッチを押し広げていく。
ようやく人が通れるだけの隙間ができた。
内部には警告灯が明滅し、薄い煙が漂っていた。
「タチアナ少尉、怪我は?」
「……分かりません」
「痛むところは?」
「……分からないです」
コックピットを覗き込む。
タチアナはシートに座ったまま、操縦桿を握っていた。
両手が小刻みに震えている。
顔は青ざめ、唇からは血の気が引いていた。視線は正面の計器に向けられているが、何かを見ているというより、ただそこに目を向けたまま固まっているようだった。
「タチアナ少尉」
呼びかけても、反応がない。
「もう戦闘は終わった。敵はいない。俺がここにいる」
「……みんなは?」
彼女が、かすれた声で尋ねた。
俺は答えられなかった。
「ハンマー1は……? ハンマー2は……?」
「……」
「ハンマー3も、4も……」
彼女の指が、操縦桿を強く握りしめた。
「返事がないんです。通信が……ずっと……」
通信回線からは、俺の呼吸音だけが聞こえていた。
「タチアナ少尉、もういい」
「でも……さっきまで、そこにいたのに」
彼女の声が震えた。
「みんな、普通に話していたのに……」
言葉の途中で、タチアナの呼吸が乱れた。
肩が小刻みに上下し、操縦桿を握る指にさらに力がこもる。
「私、ちゃんと……返事をしたんです」
「……ああ」
「なのに、急に……」
その目から、涙が一筋こぼれた。
俺はグラマンのマニピュレーターを使い、彼女の身体を支えられる位置へと慎重に動かした。
「ここから出るぞ。俺の機体に移るんだ」
「……はい」
返事はしたものの、タチアナは自分から動こうとしなかった。
シートベルトを外そうとする手も震えている。指先が金具に触れるたび、うまく力が入らず、何度も滑っていた。
「俺がやる。手を離してくれ」
「……はい」
俺はグラマンの腕を使い、タチアナ機のコックピット内部に干渉しないよう注意しながら、シートベルトの固定具を外した。
彼女の身体を支え、ゆっくりとコックピットから引き出す。
その身体は、ひどく力が抜けていた。
「立てるか?」
「……」
返事はない。
足を地面につけても、タチアナは自分の力で身体を支えられなかった。
俺は彼女の身体を抱えるようにして支えた。
「大丈夫だ。ゆっくりでいい」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい」
「私……何もできませんでした」
「今は何も考えなくていい」
「でも……みんなが……」
「今は、ここから離れることだけ考えよう」
彼女は小さく頷いた。
けれど、その目はまだどこか遠くを見ている。
俺は彼女をグラマンのコックピットへ運んだ。
本来、一人乗りの操縦席だ。
余裕などない。
操縦席の脇にあるわずかな空間に、彼女を座らせるしかなかった。
俺は操縦席の調整を行い、タチアナの身体が操縦桿や計器に触れないよう位置を整える。固定用のベルトを回し、身体が揺れでずれないように留めた。
「狭いけど我慢してくれ。すぐにここを離れる」
「……はい」
タチアナは小さく頷いた。
彼女の視線は、俺の方を向いていない。
ただ、目の前の計器をぼんやりと見つめている。
俺は一度、彼女の肩に手を置いた。
「タチアナ少尉。僕の声聞こえる?」
「……聞こえます」
「これから撤退する、揺れるかもしれないから何かあったらすぐに言ってね」
「分かりました……」
その返事も、ひどく弱々しかった。
俺は操縦席に戻り、各部の状態を確認する。
「レイダー、敵機の反応が移動しています」
ノエルの声が入った。
「方向は?」
「市街地中央部です。こちらへ接近する様子はありません」
「……追ってこないのか」
「現時点では確認できません」
俺はモニターを見た。
ザクⅡの反応は、まだ消えていない。
撃破されていない。
あれだけの損傷を与えたはずなのに、まだ動いている。
それに俺たちを追ってこようともしない。
先ほどまでこちらを捉えていたモノアイは、今は別の方向を向いているようだった。
敵機の反応が、ゆっくりと遠ざかっていく。
俺はしばらくその表示を見つめていた。
「……撤退する」
「了解。後退経路を表示します」
グラマンをゆっくりと起こす。
タチアナを乗せているため、機体の動きには普段以上に気を遣わなければならない。急激な姿勢変更は避け、損傷した脚部に負担をかけないよう、慎重に機体を進める。
背後には、撃破された陸戦型ジムが並んでいた。
ハンマー隊の機体。
つい先ほどまで、通信越しに声を聞いていた仲間たち。
俺は一度だけ振り返った。
助けられなかった。
何もできなかった。
たった一機のザクⅡに、部隊を壊滅させられた。
「……くそっ」
操縦桿を握る手に力が入る。
そのとき、隣から小さな声が聞こえた。
「……スガイ少尉」
「何だ?」
「私たち……帰れるんですよね」
俺はすぐには答えられなかった。
帰れる。
そう言ってやりたかった。
だが、確かなことなど何もない。
今も市街地では戦闘が続いている。敵の増援が来る可能性もある。グラマンの損傷も軽くはない。
それでも、今は彼女にそう伝えるしかなかった。
「ああ。帰るんだ」
俺は前方を見据えた。
「必ず帰る。だから、今は俺につかまっていてくれ」
「……はい」
タチアナの手が、俺の制服の袖をつかんだ。
その手は、まだ震えていた。
人をからかうような笑みも、余裕のある言葉も、今はない。
ただ、恐怖に耐えるように、俺の袖を握りしめている。
グラマンは瓦礫の散らばる道路を抜け、市街地の外へ向かって進み始めた。
俺は何度か後方を確認した。
ザクⅡの姿は見えない。
レーダー上の反応も、徐々に遠ざかっていく。
結局、敵機が再びこちらへ姿を現すことはなかった。
背後では、まだ砲撃音が続いている。
そして、あのザクⅡは最後まで俺たちを追ってこなかった。
俺たちは、敗北した。
七機の陸戦型ジムと一機のグラマンで進入した市街地から、戻ってきたのは二人だけだった。
それも、勝って生き残ったわけではない。
ただ、逃げ延びただけだ。
西部方面軍 前線指揮所 1012
「なんですって!? ハンマー隊が全滅!?」
ミヤザキの声が指揮所に響いた。
そのあまりの大きさに、周囲で作業していた幕僚たちが一斉に顔を上げる。
近くにいたハナとリルも、思わず息を呑んだ。
ハンマー隊が、スガイ少尉と行動を共にしていた部隊だということは二人も知っている。彼らがどれほど危険な任務に就いているのかも、そして、その中にスガイがいることも。
ミヤザキが受け取ったのは、通信兵専用のキャンプにいるノエルからの報告だった。
「はい。ハンマー7、タチアナ・クズネツォフ少尉とスガイ少尉を除き、部隊は壊滅しました。ハンマー7の陸戦型ジムは中破、行動不能。現在、クズネツォフ少尉をスガイ少尉のグラマンに収容し、両名は市街地郊外で待機しています」
「……そう」
ミヤザキは一度だけ目を閉じた。
報告の内容を受け止めるように、短く息を吐く。
「分かったわ。直ちに予備の戦車部隊と衛生隊を向かわせます。負傷者の収容を最優先に。市街地への進入経路は、先行部隊の報告と照合して!」
「了解!」
指示を受けた幕僚たちが一斉に動き始める。
無線が飛び交い、地図上の部隊配置が次々と更新されていく。
だが、指揮所の空気は重かった。
ハンマー隊は、単に一部隊を失ったというだけではない。前線に投入した貴重なモビルスーツと、その搭乗員たちを一度に失ったのだ。
そして、まだ市街地では戦闘が続いている。
平壌郊外 1020
「…………」
タチアナは、まだ震えていた。
グラマンの狭い操縦席。その隣で、彼女は身体を小さく丸めている。
先ほどから何度も声を掛けているが、返事はほとんどない。
時折、何かを思い出したように顔を上げ、周囲を見回す。そして、誰もいないことを確認すると、また俯いてしまう。
市街地からは、今も砲撃音や銃声が聞こえていた。
その音が響くたび、タチアナの肩がびくりと跳ねる。
「大丈夫だ。ここはもう戦場から離れている」
そう言っても、彼女の震えは収まらなかった。
俺にできるのは、ただ声を掛けてやることだけだった。
リルがここにいてくれたら、何かしら手を打ってくれただろうか。
そんなことを考えてしまう。
もちろん、彼女がいれば必ず解決できるというわけではない。それでも、今の俺にはどうすればいいのか分からなかった。
目の前で仲間を失い、たった一人で生き残った少女に、何を言えばいい。
何をしてやればいい。
何も思いつかない自分が、ひどく腹立たしかった。
その時、指揮所から通信が入った。
「レイダー、こちら前線指揮所。応答してください」
「こちらレイダー。どうぞ」
「現在、予備戦車部隊と衛生隊がそちらへ向かっています。衛生隊到着後、クズネツォフ少尉を収容します」
「了解しました」
通信を切る。
衛生隊が来る。それ自体は当然のことだ。
だが、タチアナをこのまま一人にしておくわけにはいかない。
そう考えていたところで、彼女が小さく反応した。
「……衛生隊?」
「うん、迎えが来る。タチアナを後方まで運んでくれるんだ」
その言葉を聞いた瞬間だった。
「やだ!!」
タチアナが突然、俺の腕を掴んだ。
「やだよ!! 出たくない!! いや!!」
「タチアナ、落ち着いてくれ!」
「いや! 行きたくない! ここにいる!!」
彼女は身をよじり、必死に操縦席の座席へしがみついた。
先ほどまでの無反応が嘘のようだった。
「大丈夫だ。君を後方へ運ぶだけだ。もう戦わなくていい」
「いや!! 離して!!」
何度も声を掛けた。
だが、彼女は聞き入れなかった。
衛生隊が到着してからも、説得にはかなりの時間を要した。
隊員たちは無理に引き剥がそうとはせず、できる限り穏やかに声を掛けていた。それでも、タチアナは俺の服を掴んだまま離そうとしない。
「スガイ少尉、申し訳ありません。こちらで引き継ぎます」
「……お願いします」
最後は、俺も彼女の手をそっと外すしかなかった。
「タチアナ。大丈夫だ。後方で休んでいてくれ」
「いや……スガイ……」
「俺は戻ってくる。だから、先に行っていてくれ」
彼女は何かを言おうとしたが、声にならなかった。
衛生隊員たちは慎重に彼女を支え、車両へと運んでいく。
車両の扉が閉まる直前まで、タチアナを見ていた。
やがて車両が走り出し、その姿が見えなくなる。
「…………」
胸の奥が、ひどく重かった。
つい先ほどまで、あの市街地には仲間がいた。
通信越しに声を交わし、冗談を言い合い、互いの背中を預けていた仲間たちが。
今は、もういない。
「レイダー、こちら戦車部隊指揮官。これより貴機を援護し、市街地へ再突入する。準備はいいか」
通信が入った。
「…………はい。了解しました」
俺は操縦桿を握り直す。
戦車部隊が前進を開始する。
それに続くように、グラマンも瓦礫の散らばる道路へと機体を向けた。
西部方面軍 前線指揮所 1030
「……」
ミヤザキは戦略地図を見つめていた。
友軍の損害を示す表示が増え続けている。
市街地に投入したモビルスーツ部隊は、いずれも苦戦。ハンマー隊の壊滅に加え、他の部隊もまともな戦闘能力を維持できなくなりつつあった。
「どうするんですか、ミヤザキ大尉」
リルが尋ねた。
作戦中ということもあり、普段よりも硬い口調だった。
「こちらの航空支援を飛ばすわ」
「航空支援?」
リルは戦略地図から目を離さずに答える。
「……それで打開できる可能性があるとは思えませんが」
「そうね。通常の航空戦力であれば、あなたの言う通りでしょう」
ミヤザキは、別の画面を呼び出した。
そこには、航空部隊の配置と待機状態を示す情報が表示されている。
「ですが、今回は違います。これはこちらの切り札です。MMでも言ったように、十二分な戦力になる」
「……それは、極東方面軍としてですか?」
リルは周囲に聞こえないよう、小さな声で尋ねた。
ミヤザキはすぐには答えなかった。
ほんの一瞬、リルの方へ視線を向ける。
「……どちらもよ」
その答えの意味を、リルは理解した。
極東方面軍にとっての切り札。
そして、ムラサメ研究所にとっても切り札。
ムラサメが十二分と豪語する戦力。
それが何を指しているのか、リルには察しがついていた。
平壌市街 1045
「……ッ」
再び足を踏み入れた市街地は、先ほどと何も変わっていなかった。
いや、むしろ悪化している。
道路には戦車の残骸が転がり、建物の壁面には無数の弾痕が刻まれている。あちこちから黒煙が立ち上り、砲撃の衝撃で崩れた瓦礫が路面を塞いでいた。
そして、その中に。
ハンマー隊の陸戦型ジムが横たわっていた。
「……くそ」
俺は歯を食いしばる。
視線を逸らしたくなる。
だが、逸らすわけにはいかなかった。
「レイダー、前方に敵機の反応。複数です」
「分かっている」
レーダーには、いくつもの敵機反応が表示されていた。
その数は、明らかにこちらの想定を超えている。
「数が……尋常じゃない!!」
俺は思わず声を上げた。
戦略マップ上には、次々と友軍機の損失報告が表示されていく。
「他のモビルスーツ部隊も壊滅寸前だ!」
友軍の識別信号が一つ、また一つと消えていく。
戦略マップは、刻一刻とジオン軍の優勢を示す赤い表示に塗り潰されていた。
このままでは、こちらも時間の問題だ。
戦車部隊の砲撃が響く。
前方の建物に砲弾が命中し、壁面が大きく崩れ落ちた。だが、その煙の向こうから別の敵機が姿を現す。
俺は79式試製電磁加速小銃を構えた。
照準を合わせようとした、その時だった。
「……ッ!? なんだ!?」
突如、レーダーに新たな反応が表示された。
敵機か?
いや、識別信号は――。
「友軍!?」
表示されたのは、地球連邦軍の識別信号だった。
しかし、問題はそこではない。
「速い……ッ!!」
戦略マップ上に現れた反応は、索敵範囲の外縁付近。
自機から約十キロメートル離れた地点に、突如として姿を現した。
そして、こちらへ向かって一直線に接近している。
一秒ごとに、距離が一キロメートル近づいていく。
冗談だろ……!?
俺は思わず戦闘の手を止め、レーダーに意識を集中させた。
味方なのは間違いない。
だが、この速度で都市部に突入してくる航空機が、ただの増援であるはずがなかった。
何かが来る。
こちらへ向かって、真っ直ぐに。
まだか……?
まだ……!
――3。
――2。
来るッ!!
甲高いエンジン音が、砲撃音を突き破って耳に飛び込んできた。
俺は反射的に右を振り向く。
その瞬間。
視界を切り裂くように、一機の戦闘機が飛び込んできた。
「ッ!?」
地球連邦軍の最新鋭戦闘機――セイバーフィッシュ。
機体は音速を超え、轟音とともに俺のすぐ脇を通過していった。
速い。
ただ速いだけじゃない。
機体の挙動が、明らかにおかしかった。
セイバーフィッシュは、俺が対峙していたザクへ向けて正面から突っ込んでいく。
このままでは衝突する。
そう思った次の瞬間、機体はザクの頭上すれすれで急激に機首を引き起こした。
あり得ない。
あの速度で、あんな機動を……!?
機体下部の投下装置が作動する。
切り離された爆弾が、ザクのすぐそばへと落下した。
次の瞬間、爆炎が戦場を照らした。
衝撃に煽られたザクが、巨体を傾けながら地面へと倒れ込んでいく。
セイバーフィッシュは、その爆炎を背に、何事もなかったかのように飛び去っていった。
「……なんだ、あれ」
呆然とする俺の耳に、通信が入る。
「こちら管制。現在確認された友軍航空機は、第1航空機動群、第4飛行隊所属。識別コード、メイジ02」
「メイジ02……?」
そうだ。
もしかするとミヤザキ大尉が言っていた。
極東方面軍の切り札。
俺は飛び去っていく戦闘機を目で追った。
だが、機体はすでに遠く、煙の立ち上る市街地の中に消えていく。
「……今のは?」
ノエルの声が、通信回線に響く。
「スガイ少尉、現在捕捉した友軍戦闘機は、こちらの援護に入る模様です。少尉はそのまま前進。敵の撃滅に集中してください」
「了解しました……!」
俺は操縦桿を握り直した。
あの戦闘機の動きが、頭から離れない。
ザクの目の前で機首を引き起こし、爆弾を投下した、あの一瞬。
少しでもタイミングを誤れば、地面に激突していたはずだ。
それなのに、あのパイロットは迷いすら見せなかった。
「……あの戦闘機、動きが異常だ」
――OVER G! OVER G!
警告音がコックピットに鳴り響く。
機体にかかる過大な荷重。視界の端がわずかに暗くなる。
それでも、彼女の手は操縦桿から離れなかった。
セイバーフィッシュを駆るパイロットは、口角を吊り上げた。
獲物を前にした獣のように。
熱い吐息がヘルメットのバイザーを曇らせる。
彼女は呼吸を整え、操縦桿をゆっくりと、丁寧に押し込んだ。
機体が応える。
大地が迫る。
照準の先には、こちらへ砲口を向けようとしているザクの姿。
逃がさない。
彼女は発射装置に指をかけた。
そして――引いた。
「……もらった」
「――ッ!?」
ザクの装甲が弾け飛んだ。
セイバーフィッシュは機体を傾け、爆発の直前に戦場を離脱していく。
俺は思わず息を呑んだ。
「凄い……! なんだ、あの動き!」
敵の対空射撃を紙一重でかわし、反撃の隙を与えることなく仕留める。
あの戦闘機は、まるで戦場のすべてを把握しているかのようだった。
そのとき、モニターに通信回線の着信表示が点灯した。
俺は反射的に回線を開く。
「なにをしているの、仕事をしなさいそこのモビルスーツ!」
「は、はいっ!?」
飛び込んできたのは、女性の鋭い声だった。
有無を言わせぬ、よく通る声。
俺は思わず背筋を伸ばした。
「さっさと動きなさい」
「す、すみません!」
返事をしてから、俺は慌てて機体を動かした。
……なんだ、この人は。
あの動きに、この声。
戦闘中だというのに、妙な迫力まで感じる。
戦闘は終わっていない、作戦も。
だが心の中に安心感が芽生えた。
自分は救われたんだと。
セイバーフィッシュのコックピット。
彼女の視界には、通信回線を通じて送られてきたモビルスーツの映像が映っていた。
そのモビルスーツパイロットはまだ若い。
高校生……?
軍服を着ているとはいえ、その顔つきには軍人特有の擦れた雰囲気がない。
軍学校や教育隊で見てきた若者たちとは違う。
実戦経験を積んだ軍人というより、戦場に放り込まれた一般人に近い印象だった。
それでも、彼は戦っている。
恐怖に呑まれそうになりながらも、必死に操縦桿を握り、敵に立ち向かっている。
彼女は、そんな彼の姿をじっと見つめた。
「私が敵を引きつける、隙ができたらあなたが仕留めなさい」
「了解!」
「狙うのはコックピット。余計なことは考えなくていいわ」
「はい!」
今度は、迷いのない返事が返ってきた。
とても可愛らしく健気だ。
彼女はスガイの声を聞くとわずかに目を細め、小さく呟いた。
……いい返事ね
坊や
急ピッチで書いたので矛盾があっておかしな点があると思いますが随時確認します。
その都度修正あるかもしれませんがよろしくお願いします。
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