極東方面軍 西部方面隊 平壌攻略部隊
戦車砲や迫撃砲、小銃、機関銃の音が辺りに響いていた。
市街地の至るところで銃撃戦が行われ、戦車や砲兵の砲撃が街の形を変えていく。
負傷兵のうめき声。
指揮官の怒号。
無線から流れる悲鳴のような報告。
平壌の市街地は、まさに地獄そのものであった。
その時。
空を切り裂く甲高いエンジン音が、戦場の隅々にまで響き渡った。
歩兵達は一斉に手を止め、空を見上げた。
小銃を構えていた歩兵。
負傷者を運んでいた衛生兵。
弾薬を運搬していた補給兵。
「あのマークを見ろ! 幻覚じゃねえぞ!!」
誰かが叫んだ。
彼の指す言葉が何を意味するのか。
周囲の兵士達は直ぐに理解した。
セイバーフィッシュの機体に描かれた部隊章。
魔法陣と星を背景に、三角帽子と箒があしらわれた奇妙な紋章。
それは極東方面軍に所属する誰もが知っているマークだった。
モビルスーツを相手に、幾度となく戦果を挙げてきた百戦錬磨の精鋭部隊。
だが戦況の変化とともに損耗は激しくなり、約三ヶ月前遂に壊滅したと伝えられていた。
以来、その姿を戦場で見ることはなかった。
それが今、
自分たちの頭上を飛んでいる。
連邦空軍の
その名はメイジ隊。
皆が見たあの紋章はその部隊の証に他ならなかった。
「メイジ隊だ! 生き残ってやがったのか!?」
「識別番号は……02! 魔女だ! 極東の魔女が来てくれたんだ!!」
友軍の通信回線に歓声が広がっていく。
それまで悲鳴と損失報告ばかりだった回線に、久方ぶりの活気が戻り始めていた。
極東方面軍に所属し、中でも特別な存在として知られる航空部隊だった。
そして、その識別番号。
メイジ
その機体に乗るパイロットの名を、前線の兵士たちは知っていた。
極東方面軍が誇る、エースパイロット。
メイジ隊にはその部隊名から隊員達に異名が付けられていた。
メイジ01は
メイジ03は
そしてメイジ02は
連邦軍内で魔女と呼ばれた彼女の到着。
それは劣勢に追い込まれていた連邦軍にとって、何よりも嬉しい知らせだった。
一方、平壌を守備するジオン軍には、明らかな焦りが見え始めていた。
「こちら対空部隊! レーダーに敵機を捕捉! 方位、二時!」
「ッ目視確認! 対空戦闘開始!!」
「機関砲ッ、撃てぇ!!」
地上から曳光弾が放たれる。
幾筋もの光が、セイバーフィッシュの進路を塞ぐように空を走った。
しかし。
「クソッ! 当たらねえ!!」
ジオン軍の対空砲火を掻い潜り、連邦の戦闘機が迫ってくる。
「敵機、接近! こっちへ来るぞ!!」
「モビルスーツ部隊、対空戦闘用意ッ! マゼラ・アタック隊も迎撃に出せ! 急げ!!」
ジオン軍の陣地が一斉に動き始める。
マゼラ・アタックは次々と車体上部のマゼラトップを分離させ、迎撃に向かわせようとしていた。
対空能力を持つ自走砲やモビルスーツも、次々と砲口を空へ向ける。
砲弾が空を裂く。
爆発が黒い雲のように広がる。
その隙間を縫うように、無数の曳光弾がセイバーフィッシュを追いかけていった。
だが、機体は止まらない。
彼女は操縦桿をわずかに傾けた。
セイバーフィッシュの機体が滑るように傾き、砲火の隙間を縫って飛び抜けていく。
照準が追いつかない。
砲塔が旋回するよりも早く、彼女はその射界から姿を消していた。
そして。
セイバーフィッシュから機関砲が放たれた。
短い連射。
迎撃に向かおうとしていたマゼラトップが次々と被弾する。
離陸しようとしたマゼラトップ数機は火柱をあげた。
空中でも爆発が起き、炎を引いたマゼラトップが次々と地上へ落下していく。
「敵機、来まぁぁす!!」
対空陣地にジオン兵の声が響いた。
「空襲警報!!! 伝達しろ!!」
戦場に警告が響く。
その直後、セイバーフィッシュが陣地上空を通過。
機体下部の投下装置が作動した。
切り離された爆弾が音を立て、対空陣地へ向かって落下していく。
着弾。
轟音とともに陣地が吹き飛んだ。
爆炎が砲座を呑み込み、周囲にいた兵士たちを吹き飛ばす。
黒煙が立ち上り、先ほどまで続いていた対空砲火が途絶えた。
「……そんな旧式の戦法で、私を堕とせると思っているの?」
セイバーフィッシュを駆る彼女の声には、焦りも恐怖もなかった。
「私を堕とせる可能性があるとすれば……
セイバーフィッシュは煙を引く戦場の上空を旋回する。
次の目標を探すため彼女は視線を地上へと走らせた。
「恨むなら、それを使えない環境にした自分達を恨みなさい」
そう言い残し機体は再び加速した。
スガイは戦略マップに表示されたメイジ02の情報を呼び出した。
機体番号。
所属部隊。
戦闘記録。
その中に、ひときわ目を引く文字があった。
部隊名の横に記された、小さな表示。
ACE PILOT
そして、
その下にはパイロットの名前が記されていた。
「……シイコ・ウラナミ」
極東方面軍が誇る、エースパイロット。
彼はその名を呟き、再び空を見上げた。
「あれが……極東方面軍の切り札……」
グラマンは空を見上げていた。
セイバーフィッシュと地上部隊の間に通信回線が開かれる。
「こちら地上部隊! メイジ隊、援護を求む! ポイントS43! 繰り返すポイントS43!」
「メイジ02、了解」
短い返答。
彼女は操縦桿を傾けた。
セイバーフィッシュは旋回し、機首を地上へと向ける。
眼下にはジオン軍の集結地点が見える。
ジオンの突入部隊が前進を続け、連邦軍の防衛線を突破しようとしていた。
先頭にはマゼラ・アタック。
その後方には複数のザクⅡが続き、車両の間には機械化歩兵部隊の姿も見えた。
彼女は一瞬で目標を選定する。
敵の進路。
車両の密集具合。
爆弾の投下位置。
視線を照準器へ移し、操縦桿の裏側にある投下スイッチへ指を伸ばす。
照準。
投下。
次の瞬間、集結地点の中央で複数の火柱が上がった。
先頭のマゼラ・アタックが炎上し、爆風に煽られた後続の車両が散開する。
巻き込まれたザクⅡも姿勢を崩し、周囲の建物へと倒れ込んだ。
爆発の衝撃で歩兵達が地面に伏せる。
その上空を、セイバーフィッシュが速度を落とすこと無く駆け抜けていった。
「うおおおおっ!! やっぱり仕事が速ええ!! 流石だぜメイジ隊!!」
「全滅したと聞いていたが……亡霊ではないみたいだな」
「あれが魔女か……味方で良かった!」
「空を見ろ! 魔女様がジオンを片っ端から叩き落としているぞ!!」
「メイジ02がこっちを通るらしい! 運が向いてきたな!」
「やったぞ! 俺たちは勝ったんだ!!」
「ああ! これで生きて帰れる!!」
地上の連邦軍兵士達が歓声を上げる。
その声には、安堵と歓喜、そして戦場に再び希望を見出した者たちの熱がこもっていた。
彼らにとって、あの戦闘機は単なる航空支援ではなかった。
劣勢に追い込まれ、死を覚悟しかけた戦場に舞い降りた、逆転の象徴だった。
まるで空から神様が降りてきたかのように。
兵士達は勝利を確信し、武器を握りしめた。
連邦軍とは対照的に、ジオン軍は混乱と恐怖に陥っていた。
「畜生ッ! またあの戦闘機だ!!」
空を見上げていた歩兵が声を荒らげる。
「迎撃に出たマゼラトップが十二機、全滅! まるで歯が立たねえ!!」
その兵士の目に映っていたのは、次々と撃墜されていくマゼラトップだった。
連邦の戦闘機はドッグファイトに持ち込もうとすらしていない。
すれ違いざまに機関砲を浴びせ、相手が体勢を立て直す前に離脱する。
追いすがるマゼラトップを振り切りながら、地上部隊への攻撃も続けていた。
誰がどう見ても、地上部隊への支援の片手間に迎撃機を撃墜している。
「クソがっ!」
それを見ていたジオン兵が、行き場のない怒りに顔を歪める。
「武器の出し惜しみはするな! 何としてでも、あの戦闘機を空から叩き落とせぇ!!」
「モビルスーツは対空戦闘行動に移れ!!」
ジオン軍の通信回線には、苛立ちと焦燥が満ちていた。
「左翼部隊壊滅ッ! 被害甚大! これ以上の戦闘継続は不可能です!」
「対空自走砲が破壊された! 対処できない!!」
「防空網が機能していません! 敵機を捕捉できません!」
「モビルスーツ部隊が前進できん! どうなっている!?」
「機銃掃射で陣地が崩れた!!」
「迎撃に回したせいでマゼラ・アタックの支援がない!! 敵の戦車に対抗できない!!」
「回避ぃ!! 回避ぃいいい!!」
「建物に隠れろォ!!」
悲鳴のような報告が飛び交う。
もはやジオン軍は上空からの攻撃を警戒するあまり、目の前の敵に集中できなくなっていた。
対空砲火を放てば、その発射位置を察知される。
迎撃機を差し向けても、次々と撃墜される。
そして、地上部隊が密集すれば、彼女の爆撃がその集団を切り崩す。
たった一機。
それだけの存在が戦場の均衡を崩していた。
連邦軍の進撃を阻んでいたジオン軍の防衛線は至るところで綻び始めていた。
「……すごい」
スガイはモニターに映る戦略マップを見つめた。
赤い表示が次々と消えていく。
友軍の進路を塞いでいた敵部隊が、ひとつ、またひとつと後退していた。
その変化の中心にいるのは、たった一機の戦闘機だった。
俺は再び空を見上げた。
セイバーフィッシュは、次の目標を探すように戦場の上空を旋回している。
あの機体に乗っているのが……ウラナミ中尉。
極東方面軍が誇るエースパイロット。
その名前を俺はもう一度心の中で繰り返した。
俺も負けてはいられない。
そう自分に言い聞かせ、戦車と共にグラマンを前進させた。
セイバーフィッシュは市街地へと再進入。
高度を下げ、建物の間を縫うように飛行する。
眼下には砲撃によって崩れた道路と、煙を上げる建物が広がっていた。
地上では連邦軍とジオン軍の戦闘が続いている。
戦車の砲撃が建物の壁面を砕き、モビルスーツ同士が瓦礫を挟んで撃ち合っていた。
シイコは操縦桿をわずかに傾け、機体を市街地の上空へ滑り込ませる。
次の攻撃目標を探す。
敵の戦車部隊。
対空陣地。
そして、前進を阻んでいるモビルスーツ。
その時だった。
視界の端に、奇妙なものが映った。
崩れかけたビル。
その二階部分に、一機のザクⅡが立っていた。
周囲の建物と比べても、異様な存在感を放つ巨体。
機体はほとんど動かず、市街地を見下ろしているようだった。
「……あれは」
シイコの声が低くなる。
自然と操縦桿を握る手に力がこもった。
ほんの一瞬、彼女の視線がその機体に釘付けになる。
見間違えるはずがない。
あの機体。
あの姿。
だが、彼女はすぐに視線を前方へ戻した。
「……今は任務中よ」
小さく呟く。
握り締めていた指の力を緩め、意識を切り替える。
照準を確認。
速度を維持。
進路上の障害物を確認する。
余計な感情は必要ない。
今、自分がすべきことは一つ。
地上部隊を援護し、敵の防衛線を崩すこと。
セイバーフィッシュはそのままビルの脇を通過していく。
そして、ザクⅡとすれ違った。
ほんの一瞬。
機体の影が交差し、互いの姿が視界を横切る。
ザクⅡのモノアイが、わずかに動いたように見えた。
だが彼女は振り返らない。
セイバーフィッシュは建物の向こうへと飛び去っていく。
背後には二階部分に立つザクⅡだけが残された。
「……あれは?」
正面から接近してくる機影があった。
シイコは目を細める。
通常の航空機とは違う。
機体の輪郭は、どこか見覚えのあるものだった。
しかしその姿勢と速度は明らかに異なっている。
「モビルスーツ?」
彼女は思わず呟いた。
その機体は空を飛んでいた。
しかもこちらへ向かって真っ直ぐに。
シイコの口角が、わずかに上がる。
まるで面白いものを見つけたかのように、頬へ手を添えた。
「……あれは!?」
「新型機だ!! 来てくれたぞ!!」
ジオン軍の陣地には再び活気が戻っていた。
空を見上げるジオン兵達の視界に入ったのは、一機のザク。
ただのザクではない。
航空運用を前提に青く塗装された機体。
通常のザクⅡとは異なる、細身の機体形状。
その機体はモビルスーツの姿を捨て、戦闘機のような形態で空を駆けていた。
「あれが……可変モビルスーツ! ザクスピードッ!」
一人の兵士の声に周囲が沸き立つ。
青いザク。
ザクスピードはセイバーフィッシュへ向かって加速していった。
西部方面隊 前線指揮所
「ジオンの可変モビルスーツですって!? 聞いたこともないわ!」
報告を受けたミヤザキ大尉の声が指揮所に響いた。
彼女は手元の資料をめくり、モニターに表示された敵機の映像を確認する。
そこには青い機体が航空形態で飛行する姿が映っていた。
「識別情報は?」
「現在、確認中です。機体形状はザク系統に類似していますが、通常のモビルスーツとは異なる構造です。航空形態への変形を確認しています」
若い幕僚が答える。
「ザクをベースにした可変機……?」
ミヤザキは眉を寄せた。
これまでジオン軍が投入してきた機体とは、明らかに異なる。
しかも、その機体はメイジ02と交戦するために現れたのだ。
「ジオンにそんな技術が……」
リルもモニターを見つめていた。
彼女は映像を食い入るように見つめ、やがて小さく息を呑む。
「……ザクⅡ改の出現に続いて、今度は可変モビルスーツですか」
「そうね」
ミヤザキは険しい表情のまま頷いた。
「敵はこちらが把握していない戦力、それをまだ隠している可能性があるわ。航空隊と地上部隊には引き続き警戒を徹底させて」
「了解しました」
リルはもう一度、モニターに目を向ける。
「なんでザクの新型がこんなにも出てくるの……極東に本腰を入れただけ? それとも誰かが背後にいるの?」
その問いに答えられる者はいなかった。
ただ一つ確かなのは、ジオン軍が極東方面に投入している戦力が、これまでの想定を超え始めているということだった。
ジオン軍の通信回線には、次々と歓声が広がる。
「見ろ! 後ろについたぞ! その戦闘機を落とせ!! ザクスピード!」
「あのマークを見ろ!! キシリア閣下の直属部隊だ!」
「本当だ!! 俺達は見捨てられてないぞ!!」
「あの機体はマ・クベ大佐からのプレゼントだ! ザクⅡ改だけじゃねえ! あいつもわざわざこっちに回してきてくれたんだ!!」
「中東で勝ったお陰だ!」
「俺達は勝てるぞ!!」
ジオン兵達の声に、先ほどまでの焦燥はない。
彼らは痛感していた。
自分たちがどれほど追い詰められていたのかを。
ジオン軍東進部隊はバイコヌール宇宙基地に降下して以降、連戦を続けていた。
進撃するほどに補給線は伸び、弾薬も燃料も不足していく。
それ故に増援は来なかった。
しかし現地の兵士たちは、ジオン公国民としての誇りと高い士気を支えに戦い続けていた。
だが、それにも限界がある。
仲間が倒れても、補充されるのは旧ザク。
新型機の配備はなく、届くのは最低限の物資ばかり。
誰もが、自分たちは見捨てられたのではないかと考え始めていた。
それが、今は違う。
目の前にいるのは、キシリア・ザビ直属部隊の識別標を掲げた新型機。
地上部隊にも、先行してごくわずかな数しか生産されていないザクⅡ改がマ・クベ大佐より贈られていた。
つまり上層部は自分たちを見捨てていなかった。
崩れかけていた東進部隊にとって、これらの新型機は単なる増援ではない。
自分たちの戦いが、まだ見捨てられていないという証だった。
「……これに追いついてくるのね」
シイコは後方を確認した。
ザクスピードは、セイバーフィッシュの後方に食らいついていた。
機体形状から想像していた以上の速度だ。
ただ追いついてくるだけではない。
相手もこちらの動きを見ながら、距離を詰めている。
「へえ……」
彼女は少し楽しそうに笑った。
ザクスピードの機首がこちらへ向けられている。
射撃姿勢に入っている。
「なら……これはどう?」
セイバーフィッシュは機首を勢いよく上へ向けた。
急激な上昇。
機体が空へと駆け上がり、地上の景色が一気に遠ざかっていく。
ザクスピードも追従する。
まるで獲物を逃がすまいとするように、こちらの動きを追いかけてくる。
「……来た」
シイコは微笑んだ。
彼女は操縦桿を握り直す。
航空戦闘は、単純に相手の後ろを取れば勝てるというものではない。
速度。
高度。
旋回半径。
機体が持つ運動エネルギー。
それらをどう使うかで、戦いの行方は大きく変わる。
「航空戦闘は……後ろを取ることが全てじゃないのよ。少しは空を学びなさい、宇宙人さん」
シイコは機体を更に上昇させた。
セイバーフィッシュの機首が青空を向く。
その後方からザクスピードが追いすがってくる。
勿論、シイコは逃げている訳ではない。
相手を自分の望む位置へ誘い込んでいた。
ザクスピードの機首がわずかに上を向く。
追従するために推力を上げたのだろう。
その一瞬。
セイバーフィッシュの機体が大きく傾いた。
上昇を続けると見せかけて、機首を横へ逃がす。
急激な方向転換に、機体の速度がわずかに削られる。
それでも構わない、何故なら。
予想通りザクスピードは反応が遅れた。
上昇を続けた機体が、セイバーフィッシュのいた空間を通り過ぎる。
ザクスピードは追いつこうと推力を上げた分だけ、軌道を修正する余裕がなかったのだ。
「ファイア」
シイコは迷わず引き金を引く。
短い掃射。
弾丸がザクスピードの装甲を掠め、火花が散った。
しかし致命傷には至らない。
ザクスピードは機体を傾け、強引に姿勢を立て直した。
「まだ動けるのね」
セイバーフィッシュは冷静に距離を取った。
ザクスピードは再びこちらへ向き直る。
あの機体が持つ速度は侮れない。
正面から速度を競えば、こちらも危険であることは明白。
だが彼女は焦らなかった。
むしろ口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。
「もう一度、付き合ってもらうわ」
セイバーフィッシュは機体を大きく旋回させた。
ザクスピードも追う。
互いの機体が、青空の中で交差する。
セイバーフィッシュはわずかに高度を下げた。
ザクスピードが後方へ回り込み追従する。
その機影を確認しながら、シイコは機体をさらに傾けた。
そして急降下に移る。
セイバーフィッシュが地上へ向かって加速していく。
眼下には平壌の市街地。
崩れた建物と、煙を上げる戦場が迫ってくる。
ザクスピードも追撃を優先し、セイバーフィッシュの後方へ回り込もうとしていた。
その時。
シイコは操縦桿を一気に引いた。
セイバーフィッシュが急激に機首を上げる。
急降下の勢いを利用した、鋭い引き起こし。
機体に強烈な荷重がかかる。
ザクスピードは同じ軌道を追おうとしたが、機体を引き起こすタイミングが遅れた。
その一瞬。
両機の進路が交差する。
セイバーフィッシュは、ザクスピードの進路の下をくぐるように機体を傾けた。
ザクスピードはセイバーフィッシュを追い越し、上方へと抜けていく。
シイコはそのまま機体を横転させ、敵の下方へと回り込んだ。
上昇へ転じたセイバーフィッシュの眼前に、ザクスピードの機体下面が広がる。
相手はまだ進行方向を変えきれていない。
推進部をこちらに晒したまま、姿勢を立て直そうとしていた。
シイコは機体を水平に戻すよりも早く、照準を合わせた。
「さようならジオンさん」
機関砲とロケット弾が発射された。
二種の弾がザクスピードの下方から後部へと突き刺さった。
装甲が弾け、推進部付近で火花が散る。
直後、青い機体の後部から黒煙が噴き出した。
ザクスピードの姿勢は崩れた。
推力が不安定になり、機体が左右に大きく揺れる。
パイロットは必死に立て直そうとするが、損傷した推進部は応答しない。
機体はそのまま回転を始めた。
セイバーフィッシュは、その脇をすり抜けるように上昇していく。
彼女は一度だけ、後方を確認した。
青い機体が煙を引きながら落ちていく。
炎をまとったその姿は、まるで空から落ちる彗星のようだった。
ザクスピードは市街地の上空を横切り、地上へ向かって急速に高度を失っていく。
そして。
轟音。
地上に激突したザクスピードが爆発した。
炎が立ち上り、黒煙が空へと伸びていく。
「……撃墜確認」
シイコは短く呟いた。
ジオン軍の陣地では、誰もが言葉を失っていた。
「……嘘だろ」
誰かが呟いた。
先ほどまで歓声を上げていたジオン兵達は、空を見上げたまま動けずにいる。
新型機。
キシリア直属の部隊。
自分たちを救うために送り込まれた、待望の増援。
その機体が目の前で撃墜された。
「ザクスピードが……落とされた?」
「そんな……」
「嘘だ! あれは新型だぞ!」
誰もが信じられなかった。
しかし、地上に広がる爆炎と黒煙が現実を突きつけていた。
「ザクスピード、応答しろ! ザクスピード!!」
「機影消失! 生存反応ありません!」
「馬鹿な……!」
通信回線に再び沈黙が広がる。
先程まで兵士たちは新型機の登場に歓喜していた。
自分たちは見捨てられていない。
まだ戦える。
まだ勝てる。
そう信じていた。
だが、その希望はあまりにもあっけなく打ち砕かれた。
新型機でさえ、あの戦闘機には敵わなかった。
ならば自分たちはどうすればいい。
どこに希望を見出せばいい。
そしてその答えを考える間もなく、戦場の現実が彼らに襲いかかった。
「右翼部隊、敵の攻勢を受けています! これ以上の防衛は困難です!」
「弾薬がありません! 補給車両も破壊されました!」
「左翼部隊との連絡が途絶えました!」
「敵戦車が前進しています! 対戦車火器を回せ! 急げ!!」
次々と届く損害報告。
もはや彼らの士気を支えるものは何も残っていなかった。
「各部隊、後退しろ! これ以上の戦闘継続は不可能だ!」
「撤退命令を確認! 各部隊、後退を開始せよ!」
「負傷者を収容しろ! 車両を捨てるな! 急げ!!」
「逃げろォ!! 敵のモビルスーツが来るぞ!!! ザクモドキだ!!」
「戦車も来ている!! 道を塞がれた!!」
「撤退できません!! 周囲に敵の歩兵が!!」
「砲兵! 撤退の火力支援を!!」
「砲兵隊は壊滅しています! 火力支援は不可能!!」
ジオン軍の各部隊は次々と敗走を始めた。
もはや組織的な抵抗を維持する余裕はない。
戦車は道路を離れ、モビルスーツは煙幕の中へと姿を消す。
歩兵達は武器を抱え、崩れた建物の間を走っていった。
先ほどまで連邦軍を押し込んでいたジオン軍の防衛線は、あっという間に崩壊していく。
それは単に戦力を失ったからではない。
戦場を支えていた希望そのものが、目の前で撃ち砕かれたからだ。
ジオン軍の士気は急速に崩れ落ちた。
平壌市街地
「こちら前線指揮所、敵部隊の後退を確認。各部隊は前進を開始せよ」
連邦軍の通信回線に指示が流れる。
「了解!」
「敵の抵抗が弱まっています! このまま押し込めます!」
「各機、追撃に移る! ただし市街地の警戒を怠るな!」
61式戦車が前進する。
歩兵が建物の陰から進み、モビルスーツ部隊も瓦礫を乗り越えていった。
スガイはグラマンの操縦席で空を見上げた。
セイバーフィッシュが再びこちらの上空を通過していく。
その姿は先ほどと何も変わらない。
まるであの空中戦も、ザクスピードの撃墜も、すべて予定通りだったかのように平然としている。
「……あれを、落としたのか」
俺は小さく呟いた。
敵の新型機を相手にして、あれほどの戦闘を繰り広げたというのに、彼女の機体には損傷が見られない。
圧倒的な技量。
それを思い知らされた。
「レイダー、前方の敵部隊が後退しています。今のうちに進みましょう」
ノエルの声が通信に入る。
「……了解」
俺は操縦桿を握り直した。
まだ戦闘は終わっていない。
だが、ようやくこちらが前へ進めるようになった。
グラマンは瓦礫を踏み越え、前進を再開する。
西部方面隊 前線指揮所 1030
「……」
ミヤザキは戦略地図を見つめていた。
先ほどまで赤く塗り潰されていた市街地の一部が、少しずつ連邦軍の支配下を示す表示へと変わっている。
友軍の損失報告も目に見えて減っていた。
「メイジ02の攻撃で、敵の防空陣地が次々と沈黙しています。地上部隊も前進を再開しました」
通信兵の報告にミヤザキは小さく頷いた。
「そう、引き続き航空隊との連携を維持して。地上部隊には敵の反撃に備えて側面の警戒を徹底させて」
「了解しました」
ハナは胸に手を当て、ようやく息を吐いた。
シンヤが生きている。
「……良かった」
小さく呟いた声は、周囲の喧騒に紛れて消えた。
一方、リルは別の意味でモニターを見つめていた。
驚きの表情を隠せない。
彼女は知っていた。
自分たちオーガスタ研究所が、スガイという存在を研究対象として扱っているように。
ムラサメ研究所にも独自の研究対象が存在することを。
それは研究所同士の関係や、極東方面軍との繋がりを考えれば決して不自然な話ではなかった。
しかし。
まさか、これほどの存在を保有しているとは思っていなかった。
「……あれが、ムラサメの研究対象?」
リルは小さく呟き、モニターに映るセイバーフィッシュの識別情報を見た。
シイコ・ウラナミ。
メイジ02。
彼女が驚いている理由は、戦果だけではない。
スガイはモビルスーツに搭乗している。
それは彼の戦闘能力や、特殊な機体構成を考えれば理解できることだった。
だがムラサメが研究対象としている存在は違う。
モビルスーツではない。
戦闘機だ。
敵の対空網を単機で突破し、地上部隊を援護しながら、戦場全体の流れを変えてしまうほどの存在。
リルはもう一度、モニターを見つめる。
「……ムラサメもとんでもないものを抱えているのね」
「リルちゃん?」
ハナが不思議そうに声を掛ける。
「なんでもないわ」
リルは表情を戻した。
平壌市街 午後
戦闘は徐々に終息へ向かっていた。
航空支援によって防空能力を失ったジオン軍は、連邦軍の地上部隊に対抗することができなくなっていた。
やがて平壌市街に展開していたジオン軍の主力は撤退を開始した。
連邦軍はそれを追撃しようとしたが、無理な追撃は行われなかった。
市街地には破壊された建物や車両が散乱している。
地雷や不発弾の危険もあり、それにより損傷したモビルスーツや戦車も少なくない。
まずは戦線を安定させる必要があった。
「こちら前線指揮所、各部隊に通達。敵主力の後退を確認。平壌市街の確保を優先し、各部隊は現在位置を基準に防御態勢を構築せよ」
通信が各部隊へと流れる。
その後も戦場には多くの作業音が響いていた。
工兵たちが道路を塞ぐ瓦礫を撤去し、重機で土砂を運び込む。
戦車部隊は市街地の要所に配置され、周囲の警戒を続けていた。
兵士たちは塹壕を掘り、土嚢を積み上げ、簡易的な防御陣地を構築していく。
後方からは補給車両が到着し、弾薬や燃料、食料が各部隊へと振り分けられていった。
司令部用のテントも設営され始めている。
それまで戦闘に追われていた兵士たちが、ようやく次の行動に移るための準備を始めていた。
北緯39度線反攻作戦は成功に終わった。
野戦病院
「……」
俺はベッドの脇に置かれた椅子に座っていた。
タチアナは目を閉じている。
野戦病院に運び込まれてから、彼女は眠ったままだ。
医療スタッフによれば、身体的な負傷はそれほど深刻ではないが、極度の緊張と精神的な負荷によって心身ともに疲弊、PTSDを発症していると判断された。
無理に起こさず暫く休ませる必要があるという。
俺は彼女の顔を見つめた。
ここに来てから、もう一時間ほどが経っていた。
何か話しかけようとも思った。
けれど、言葉が出てこなかった。
「……ごめん」
ようやく口にできたのはそれだけだった。
ハンマー隊のことが頭から離れない。
ウジン大尉。
シウ中尉。
ケンゴ少尉。
マイ少尉。
ヨンチン少尉。
ワン少尉。
通信越しに聞こえていた声が、今も耳に残っている。
彼らは俺を信頼してくれていた。
一緒に戦い、互いに背中を預けていた。
それなのに、俺は何もできなかった。
救えなかった。
もっと早く動けていれば。
もっと正確に敵の位置を把握できていれば。
あのザクを止められていれば。
何度考えても、結果は変わらない。
タチアナのこともそうだ。
彼女があれほど取り乱しているのを見て、俺は何もしてやれなかった。
ただ声を掛け、衛生隊に引き渡すことしかできなかった。
今だって、何を言えばいいのか分からない。
「……僕は一体何をやっているんだ」
自分の無力さが、嫌になる。
戦場では何度も敵を倒してきた。
エースだと呼ばれ、戦果を称えられた。
けれど、肝心な時に守りたいものを守れなかった。
その事実だけが、胸の中に重く残っていた。
俺は俯き、両手を握り締めた。
指先がわずかに震えている。
それを見ても、もう驚きはしなかった。
ただ、情けなかった。
しばらくして、俺は椅子から立ち上がった。
タチアナの顔をもう一度だけ見つめる。
「……また来るよ」
返事はない。
俺は静かに病室を出た。
極東方面軍 後方航空基地
任務を終えたセイバーフィッシュが、滑走路へと進入してきた。
機体は速度を落とし、誘導員の指示に従って指定された駐機位置へ向かう。
やがてエンジンが停止した。
「ッ……ふぅ」
シイコ・ウラナミはヘルメットを外し、額にかかった髪を払った。
長時間の飛行と戦闘で疲労は大きいだろう。
しかしそれでも彼女の表情に大きな乱れはなかった。
機体の整備を担当する隊員が近づいてくる。
「お疲れ様です、ウラナミ中尉」
「ええ、お疲れ様」
「久方ぶりの出撃でしたが流石の戦果です」
「いいえ、無駄弾が出たわ。次はもう少し上手くやる」
整備員は一瞬、返答に困ったような表情を浮かべた。
今日の戦果を考えれば、十分すぎるほどの働きにも関わらず彼女は反省点を挙げている。
対空陣地の破壊に、マゼラトップの迎撃、地上部隊への爆撃支援。
それだけでなく、敵の新型可変モビルスーツまで撃墜している。
それでも本人は、まだ不満があるらしい。
「機体の点検をお願いします、特に主翼と投下装置。帰投時に少し違和感があったわ」
「了解しました。整備班に伝えておきます」
「それと」
シイコはヘルメットを脇に抱えたまま、整備員を振り返った。
「今日、地上で見かけたモビルスーツのパイロットは誰かしら?」
「……モビルスーツ、ですか?」
「あのザクモドキ。分かる?」
「ああ……スガイ少尉ですか」
「スガイ?」
シイコはその名前を繰り返した。
「なんでも今回の作戦で、中東・インド亜大陸方面軍から救援に来た部隊だそうです」
「部隊?」
彼女は少し眉を上げた。
「見たところ、一機だったわよ」
「はい。元はハンマー隊という護衛がついていましたが、ウラナミ中尉が出撃する前に壊滅しました。中東では元より一機だけの部隊であったそうですが」
「……一人?」
「ええ。所属上は独立した部隊として扱われているようです。詳しい事情までは把握していません。というよりも、中東から情報が開示されていませんので」
シイコは黙った。
先ほど市街地で見かけた、あの連邦機。
ザクⅡをベースにしたような外見でありながら、各部の構成は通常の機体とは異なっていた。
そして、その機体を操っていたパイロット。
あの混戦の中でも、冷静に射撃を行い、こちらの援護を受けるとすぐに前進していた。
ただの生き残りではない。
少なくとも、そう感じさせるものがあった。
「……一人で部隊、ね」
「はい」
「そう……」
シイコはそれ以上尋ねなかった。
ヘルメットを持ち直し、格納庫の方へと歩き出す。
その背中を整備員は不思議そうに見送っていた。
彼女は歩きながら先ほどの市街地を思い返していた。
「スガイ……ね……」
シイコは小さく彼の名前を呟く。
その顔には興味の色が浮かんでいた。
おまたせしました!!
やっとのことでシイコさん登場です!!
長かった!長かった!!!!
これをやりたくて書き続けてきました!!
みなさま!ひとまず満足されましたでしょうか!?
分かる人には分かりますよね!もうエースコンバットです!
シイコさんだけ作品が違いますね!!バトルオブファーバンティとか聞くとまんまエスコンです。
是非ともご感想やここすきお願いします泣
励みになりますのでホント!じゃないとコロニー大地に立つしますよ。
以下、Xのアカウントです!宜しかったらフォローお願いします!DMバンバン来てください!https://x.com/fujirauHameln
本内容が面白いと感じるかどうか
-
とても面白い
-
面白い
-
ふつう
-
面白くない
-
全く面白くない