地球、それは希望。   作:ふじら

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第3話 毒林檎

 燦々と輝く太陽の下で忙しなく車両の音が鳴るエスファハーン基地。

 

 先の戦闘から二日経ち、基地も落ち着きを取り戻していた。

 

 

 そして格納庫から隊員居住区へ続く通路。

 

 

「おつかれさまシンヤ」

 

 地球連邦の軍服を着たシンヤ・スガイは、声のした方へ顔を向けた。

 

 

「うん、ありがとう」

 

「今日も大変だった?」

 

 

 ハナは彼の顔を覗き込むようにして尋ねた。

 

 

 ハナから見たシンヤの顔には軍人特有の疲労が映っていた。髪には整備区画の埃がわずかに残っている。

 

 

 それでも、彼はいつも通りの調子で笑う。

 

 

「そうだね。今日は習熟訓練もあったし、いろいろ覚えることも多かったから」

 

「シュウジュク? 分からないけど軍隊って、やっぱり大変なんだね……」

 

 

 ハナはそう言って、少しだけ視線を落とした。

 

 ほんの少し前まで、シンヤは軍人ではなかった。

 

 

 戦争やモビルスーツのことはニュースで見聞きする程度。ましてや自分が操縦席に座り、実際に敵機を撃墜することになるなど、本人にとっても想像の外だったはずだ。

 

 

 それが今では、基地の人間全てが彼を知っている。

 

 

 民間人あがりの六機撃墜の青年エース。

 

 

 そのインパクトが強いのかそのレッテルが独り歩きしており、すれ違う人からもエースと呼ばれる始末、基地に所属する者達は彼を一人の民間人ではなく、戦場で結果を出した正規パイロットとして扱い始めていた。

 

 

 ハナはそれが少し怖かった。

 

 彼自身が変わってしまったわけではない。

 

 けれど周囲の世界は確実に彼を変えようとしている。

 

 一秒を過ぎる事に彼は学生から軍人となっていく。

 

 

「でも、司令も気を遣ってくれてるからさ。大丈夫だよ」

 

 シンヤは気楽そうに答えた。

 

 

「無理はしないようにって言われてるし、分からないことは聞いて良いらしいから。意外と親切なんだよ、みんな」

 

 

 基地内では一端の軍人として扱われているスガイだが、ジャミトフ・ハイマンは彼を民間人の若き青年であるという点を常に考慮し、無闇に軍人としての矯正を図っていない。

 

 特にこの二日間でスガイが受けた講義などは戦争法や用語説明が殆どをしめており、服務規則という軍人としての生活を強要する部分は無視している。

 

 宿泊している隊舎も本来であればプライベート空間がないが、二人は用意された空き家で一緒に暮らしている。

 

 

 ジャミトフは慎重に彼の精神負担を見極めているのだ、もし少しでもストレスが過剰にかかれば訓練期間を経ていない彼は根をあげる。

 

 

 その為彼を管理する部署には彼を半ば民間人として優遇するよう言い聞かせていた。

 

 

 

 

「それならいいけど……」

 

 ハナは彼の顔を見上げた。

 

 本当に大丈夫なのだろうか、戦争が始まってから彼の周囲では当たり前のように人が死に、当たり前のように兵器や建物が破壊されている。

 

 

 それを見て、シンヤは何を考えているのだろう。

 

 何も感じていないはずがない。

 

 けれど、無理に聞き出したいとも思わなかった。

 

 

「それにさ」

 

 

「?」

 

 

 シンヤは少しだけ声を落とし、ハナも耳をたてる。

 

 

「大変でも、ハナが居てくれればそれでいいしさ」

 

 

「……なに、急に。変なこと言わないで」

 

 

 ハナの頬が、みるみる赤くなった。

 

 シンヤは不思議そうに首を傾げる。

 

 

「え? 正直に言ってるだけなんだけど」

 

 

「……しらない」

 

 

「知って」

 

 

「しらない!」

 

 

 ハナは顔を背けた。

 

 その耳まで赤くなっていることに、シンヤは気づいていない。

 

 いや、気づいていたとしても、どうしてそうなったのかまでは分からなかっただろう。

 

 

「えー、なんで?」

 

 

「なんでも!」

 

 

「変なの」

 

 

「シンヤのせいでしょ!」

 

 

 彼女の声が通路に響く。

 

 

 通りかかった若い兵士は二人をちらりと見て、微笑ましそうに口元を緩めた。

 

 ハナはそれに気づき、ますます顔を赤くした。

 

 

「……もう、知らないから」

 

 

「だから、知ってってば」

 

 

 シンヤとハナの二人は失われた学生生活をこの瞬間だけ取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 その頃、基地司令部ではとある問題が議論されていた。

 

 

「しかし驚愕ですな。こうも機能試験を容易くクリアするとは」

 

 

 会議室の大型モニターにはシンヤ・スガイの習熟訓練記録が表示され、シミュレーターで劇的な戦果を残す彼の映像も流れる。

 

 

 ジャミトフ・ハイマンは、机上の報告書に目を落としたまま答える。

 

「そうだな。オーガスタが手出ししてくる理由も理解できる」

 

 

「これは素晴らしい」「反転攻勢も有り得ますな」「彼を中心とした混成部隊も視野にいれては?」「可能であれば機動部隊を編成し電撃戦を仕掛けたいところですな」

 

 

 高官達が褒めると同時に口々に次の戦略を考える。しかし一方で整備責任者が釘を刺す。

 

 

「申し訳ありませんが先の戦いで陸戦型ジムは損耗激しくとても……」

 

 

 ジオンとの戦争も約半年続き、地球連邦軍本部では依然としてモビルスーツの開発と実験を行っていた。

 

 

 現状地球連邦軍の保有するモビルスーツは陸戦型ジムと陸戦型ガンダムという陸軍が先行して生産させたモノしかない。

 

 本来であれば一部の高官しかしらない極秘作戦、V作戦のもとでガンダムによる実戦データを入手し活用、地球連邦軍の主力に足りうるモビルスーツを開発する手筈であった。

 

 

 近年地球連邦軍内で名があがっているテム・レイ博士。

 

 彼の主導で本作戦は進められているが本確始動はまだ少し先となる。

 

 現状はモビルスーツの生産数が不足している、しかも唯一の陸戦型ジムも極東やヨーロッパ戦線等に優先配備されているらしく中東・インド亜大陸方面軍に目処は経っていない。

 

 

 要はモビルスーツの損耗は非常に重い問題ということだ。

 

 

 その単純な問題に頭を悩ませる高官達。

 

 

 

「モビルスーツの修復見積もりはどうなった?」

 

 ジャミトフが尋ねる。

 

 

 報告を担当する整備大隊長が一歩前に出た。

 

 

「はっ。可能な限りの修復を施した場合でも、内部機構の損耗が予想以上に激しく、規定値の六十七パーセント程度までしか能力を回復できないとの報告が上がっております」

 

 

「六十七か」

 

 

 ジャミトフは短く繰り返した。

 

 

 その数字に、特段の驚きはない。

 

 

「痛手だな」

 

 

「はい。特に駆動系統と、一部の制御機器については交換部品の確保が困難です。現地での継続運用には相応の制限が必要かと」

 

 

「まともに使えるパーツはどこだ?」

 

 

「胸部と腰部の装甲板のみかと」

 

 

 僅かに暗い顔をする整備大隊長に反してジャミトフは想定通りといった表情だ。

 

 

「ならその二つ以外の有用な部品を可能な限り取り出せ。使える部品は一つ残らず回収し即座に後方へ輸送。解体と再調査を行わせる」

 

 

「分かりました。送り先はケルマーン補給基地の兵器業務隊でよろしいでしょうか」

 

 

 その質問にジャミトフは一度うなずきかけた。

 

 

 ケルマーンならば、補給網の都合もよい。兵器業務隊には回収品の仕分けや部品管理を担当できる人員もいる。

 

 

 通常ならば、そこへ送るのが最も合理的だった。

 

 しかし、ジャミトフは書類をめくる手を止めた。

 

 

「……いや、やめておこう。グワダル分屯海軍基地まで輸送させろ」

 

 

 整備大隊長は、一瞬言葉を失った。

 

 周囲の高官達も目を丸くしている。

 

 

「グワダルでありますか!? しかしあそこは海軍の分屯基地です。陸軍兵器の解体設備も、専門技術者も限られておりますが……」

 

 

「承知している」

 

 ジャミトフは淡々と答えた。

 

 

「だからこそだ」

 

 

「と、申しますと?」

 

 

「いずれ、この基地も陥落する可能性がある」

 

 会議室の空気がわずかに変わる。

 

 

 先程まで反転攻勢を訴えた高官達だが、その現実は皆が分かっていることだった。

 

 

 連邦軍はまだ、ジオン公国軍に対して決定的な反攻を開始できていない。

 

 

 だからこそ希望を見い出せたスガイの功績に、高官達は反転攻勢を口に出したのだ。

 

 しかし総司令官であるジャミトフの口から基地の陥落というワードを出されると重みが増す。

 

 

 地上各地に散らばる基地は、互いに十分な支援を送り合える状況にはなく、前線の情勢次第では補給路そのものが断たれる。

 

 

 エスファハーン基地も例外ではなかった。

 

 

「我々が撤退を余儀なくされた場合、我が軍の兵器をそのまま敵に渡すわけにはいかん。修復が不完全でも研究価値はある。動かなくても部品には価値があるのだ。先にグワダルに置く事で有事の際にはそのままアラビア半島またはインドに輸送できる」

 

 

 ジャミトフはモニターを見上げた。

 

 

「我々が現状唯一保有する陸戦型ジムの有用性を理解しているのは我々だけではない」

 

 

「……ジオン軍に利用される可能性、でありますか」

 

 

「そうだ」

 

 

 彼はあっさりとうなずいた。

 

 

「使える兵器を使うのは当然だ。だが使えない兵器を敵に渡さないことも同じくらい重要なのだよ、兵器である以上使えなくとも使えることがある。機会を与えることそのものがリスクだ」

 

 

 報告担当の将校は、深く頭を下げた。

 

 

「了解しました。輸送経路を再設定します」

 

 

「よろしい」

 

 

「では、スガイ特務少尉のモビルスーツについては、いかがいたしますか」

 

 

 別の将校が尋ねる。

 

 今決まったのはスガイの乗る陸戦型ジムを唯一使える胸部パーツのみ残し、それ以外は解体し後方の海軍基地へと輸送すること。

 

 とはればスガイは何に乗るのか、そこに話題は切り替わる。

 

 

「搬入元となる機体は限られております。陸戦型ジムの交換部品も、現状では十分とは言えません」

 

 

 ジャミトフは、机の端に置いてあった別の資料を取り上げた。

 

「整備大隊長、これを見たまえ」

 

 

「……ザクの頭部に脚部」

 

 

 資料を覗き込んだ整備責任者が眉を寄せた。

 

 設計図には、二種類のモビルスーツの部品が混在していた。

 

 

 頭部と脚部はザクⅡ。

 

 

 胴体は陸戦型ジム。

 

 

 前面装甲も陸戦型ジムのものを加工して取り付け、両腕についても同系統の部品を流用する計画になっている。

 

 

 単なる修理ではない。

 

 

 本来ならば、規格の異なる兵器同士を接合することは、整備上の大きな問題を引き起こす。

 

 

 関節の接続部、駆動系統の出力差、制御信号の変換、動力伝達の調整。

 

 一つでも不整合があれば、機体はまともに動かない。

 

 

 ましてや、戦場で使う兵器である。

 

 見た目だけ動く機体では意味がなかった。

 

 

「ザクのシールドを追加装甲に? ……これは大きく出ましたな」

 

 

「本当に行うのですか? これからジムの生産体制が整えば即刻無用のモノとなります、であればスガイ特務少尉を後方に避難させジムが配備されてから戦線投入すべきでしょう」

 

 

「それは、いつになるか分からん戯言だ」

 

 ジャミトフは一切表情を変えない。

 

 

「本格的な量産体制が確立されたとしても、その機体がいつ、どれだけ、こちらへ配備されるのかは別問題だ」

 

 

 将校たちは黙って聞いていた。

 

 

「ジャブローの生産計画は、我々の目の前にある戦況を保証してはくれない。ならばそれまでの間に敵の兵器を存分に利用しなければならない」

 

 

「しかし、動力系統の規格が……」

 

 

「交換するパイプはどうするのかという話かね?」

 

 

「ええ」

 

 整備責任者は、わずかに口をつぐんだ。

 

 

 ジャミトフは資料の一部を指で叩いた。

 

 

「ザクの動力パイプなら定期的に搬入されているだろう。気にするな、今も余剰在庫として倉庫を圧迫しているのだ。少しは損耗させた方が、倉庫の空気もよくなる」

 

 

 一瞬、会議室が静まり返った。

 

 

 誰かが咳払いをした。

 

 

 ジャミトフは冗談を言っているようには見えない。

 

 

「……承知いたしました」

 

 整備責任者は、これ以上の反論を諦めた。

 

 

 ジャミトフは敵の兵器を単に利用しようとしているのではない、連邦軍の生産体制が整うまでの空白を、鹵獲兵器で埋めようとしているのだ。

 

 

 それも正規の量産化モビルスーツの交換部品が不足することを前提として。

 

 

「戦争というのはな」

 

 ジャミトフは椅子の背に身を預けた。

 

 

「如何に敵国の兵器を効率よく運用するかでもある」

 

 

「かの地球大戦……正式名称は世界大戦でしたかな?」

 

 年配の将校が、記憶を探るように言った。

 

 

「中世期の戦争のことでありますか?」

 

 

「そうだ。敵の武器を奪い、使えるものは使う。使えないものは分解し、次の戦いに役立てる。古来より戦争の基本は変わらん」

 

 

 ジャミトフはモニターに映るザクⅡの画像を見つめた。

 

 

「この先、ジオンは新兵器を投入し続けるだろう。こちらが一つの新型を完成させる頃には、敵は多くの兵器を前線に送り込んでいるかもしれん。それが敗戦へと進む国の歴史だ」

 

 

「……」

 

 

「ならば我々も敵のモビルスーツを奪い、その場で研究し改修、戦地に送り返す」

 

 

 彼は言葉を区切った。

 

 

「どれほど不格好でも構わん。我が連邦軍が反転攻勢に出る、その時まで必要なことをやり続ければよい」

 

 

 そこには、兵器の美しさも、設計思想の純粋さもなかった。

 

 あるのは、戦争を生き延びるための現実だけだった。

 

 

「必要書類は私が直接出しておく」

 

 

「はっ!」

 

 

 将校たちが一斉に敬礼した。

 

 

 こうして連邦軍の正式な設計図には存在しない、

 

 

 一機のモビルスーツが生まれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーらい! おーらい! そこ、もうちょい右!」

 格納庫に、威勢のいい声が響いた。

 

 天井のクレーンが低い駆動音を立て、巨大な機材をゆっくりと吊り上げている。

 

 床には黄色と黒の虎柄の警戒線が引かれ、作業区画を示す標識がいくつも立てられていた。

 

 

 整備兵たちは、頭上の機材と足元の配線を確認しながら、忙しそうに走り回っている。

 

 

「接地面よし!」

 

「固定具、異常なし!」

 

「下に人はいないかー!」

 

「大丈夫です!」

 

「じゃあ降ろすぞ! ゆっくりだぁゆっくり!」

 

 

 作業員たちの視線が一斉に吊り上げられたザクの脚部へ向けられた。巨大な鋼鉄の塊が、わずかに揺れながら所定の位置へ収まっていく。

 

 その周囲には作業用のアームや昇降機、複数のクレーンが配置されていた。

 

 

 一機のモビルスーツを組み替えるだけでもこれだけの人手と設備が必要になる。

 

 

 それでも、現場の整備兵たちに悲壮感はなかった。

 

 

 彼らにとって、兵器の修理や改修は日常の仕事だ。

 

 

 違うのは、今回の仕事が少しばかり前例のないものだという点だけである。

 

 

「頭は何班が管理してるんだ?」

 

 

 工具箱を抱えた整備兵が尋ねた。

 

 

「四班ですね」

 

「鹵獲品は七班管理じゃなかったか?」

 

「普通はそうですけど、センサーとかカメラとか、高価な機材が付いてる部品は四班管理なんですよ」

 

「へえ、知らなかった」

 

 

「先輩、前に配られた部隊概要に書いてましたよ? 見てないんですか?」

 

「うるせー俺は手を動かす人間なんだよ」

 

「頭も動かしてください、だからいつまでも脚部整備に割り当てられるんですよ。戦車もキャタピラばっか」

 

 女性の整備兵が彼をからかい周囲で笑いが起きた。

 

 

 

 

 

 その間にも別の班では陸戦型ジムの胸部装甲が点検台へ運ばれていた。

 

 装甲の裏側には、取り付け位置を確認するための印がいくつも付けられている。

 

 設計図と実物を交互に見比べ、担当者が慎重に寸法を確認した。

 

 

「接続部、誤差範囲内」

 

「動力伝達系の仮接続に入ります」

 

「制御信号の変換器は?」

 

「三班から受け取りました。試験用の予備もあります」

 

「よし。無理に引っ張るなよ。規格が違うんだからな」

 

「分かってますって!」

 

「分かってる奴ほど、確認するんだよ!」

 

 

 怒鳴り声のような注意が飛ぶ。

 

 しかしその声には苛立ちよりも、仕事への集中が感じられた。

 

 事故を起こせばせっかく回収した部品も、機体そのものも失われる。

 

 

 何より、これからその機体に乗る人間の命がかかっている。

 

 整備兵たちは、そのことをよく理解していた。

 

 格納庫の端では、完成予想図を前にした数人の若い兵士が、興味深そうに話し合っている。

 

 

「しっかしザクの頭ってこんなにでかかったんだな」

 

「ジムの胴体に載せると余計にそう見えるんじゃないか?」

 

「いや、絶対にバランス悪いだろこれ」

 

「動けばいいんだよ動けば」

 

「それ設計主任にも言ってやれよ」

 

「絶対怒られるから嫌だね」

 

 彼らの笑い声が、金属音の合間に混ざった。

 

 

 

 やがてクレーンが最後の部品を所定の位置へ運び込む。

 

 整備責任者が腕時計を確認した。

 

 作業開始からすでに数時間が経過している。

 

 

 予定では、今日中に機体を組み上げ最低限の機能確認まで終えることになっていた。

 

 

「各班、進捗を報告!」

 

「頭部接続、完了!」

 

「胴体装甲、固定完了!」

 

「肩部シールド、固定完了!」

 

「脚部駆動系、仮接続終了!」

 

「制御系統、試験準備よし!」

 

「よし、順番に確認していけ。焦るなよ!」

 

 

 巨大な機体が、少しずつ一つの形を取り戻していく。

 

 その姿は、正規の陸戦型ジムとは似ても似つかない。

 

 しかし部品一つ一つは、戦場から持ち帰られた実績のある本物だ。

 

 

 敵の兵器と味方の兵器。

 

 

 本来なら交わるはずのなかった二つの設計思想が、今一つの機体の中でつながろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「……これが、僕の機体」

 

 自分を担当する部署の兵士に呼び出されたシンヤは格納庫の中央に立つ機体を見上げていた。

 

 組み上げられたばかりの巨人は作業灯の光を浴びて、鈍い金属光沢を放っている。

 

 

 頭部は、紛れもなくザクⅡのものだった。

 

 特徴的なモノアイとパイプ、肩部のシールド。

 

 現状の連邦軍モビルスーツとは明らかに異なる、ジオン公国軍特有のシルエット。

 

 

 だがその下に続く胴体と腕部には、陸戦型ジムの面影が残っていた。

 

 

 一見すると、寄せ集めの不格好な機体である。

 

 しかしシンヤには、その不格好さがたまらなく魅力的に思えた。

 

 

「……シンヤ」

 

 隣に立つハナが、少し呆れたように声をかけた。

 

 

「いつもより子供っぽい」

 

 

「え?」

 

 

「だって、さっきからずっと同じ顔してる」

 

 

「そうかな?」

 

 

「そうだよ」

 

 

 シンヤは機体から目を離さなかった。

 

「だって、僕の機体なんだよ」

 

 

「うん」

 

 

「世界に一つしかない。僕の!」

 

 彼は思わず声を弾ませた。

 

 

 その顔は戦場で六機ものザクを撃墜したパイロットのものというより、新しい玩具を手に入れた子供のようだった。

 

 彼は青年と呼ばれる年齢だが精神的には良い意味で幼さが残っている。

 

 ハナはそんな彼を見て小さく息を吐く。

 

 

 呆れているようでいてその表情には安堵もあった。

 

 

 ジャミトフの気遣いで先の戦いでハナは通信で彼に話せたり、彼の戦いを司令室で見ることができた。

 

 その時の戦場で敵を撃つときのシンヤはどこか別人のように見える。けれどこうして目の前の機体に夢中になっている姿は、幼い頃から見ていたいつものシンヤそのものだった。

 

 

「……よかったね」

 

「うん!」

 

 

 シンヤは満面の笑みで答えた。

 

 ハナはその横顔を見つめ、ほんの少しだけ笑った。

 

 彼がこれから乗る機体は、正規の新型機ではない。

 

 不足する部品を補い、損傷した機体を再利用。戦場にあるものを組み合わせて作られた即席の兵器だ。

 

 それでもシンヤにとっては自分が初めて自分のものだと胸を張れるモビルスーツだった。

 

 

 そしてその機体が本当に戦えるものなのか。

 

 

 その答えは、これからの試験と戦闘によって示されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 鹵獲品による改修作業を視察するため、ジャミトフは自ら格納庫へ足を運んでいた。

 

 

 その周囲には、基地の高官が数十名。

 

 

 さらに、整備責任者三名と各班の代表が付き従っている。

 

 

 普段なら、こうした現場視察は報告書と映像記録だけで済ませてもよい。

 

 しかし今回は違った。

 

 敵の兵器を味方の機体と組み合わせるという試みは、連邦軍の正式な運用計画には存在しない。

 

 失敗すれば、責任の所在が問題になる。

 

 成功すれば、今後の兵器調達や現地改修の方針そのものに影響を与える。

 

 ジャミトフ自身が現場を見る意味は、十分にあった。

 

 

「通信アンテナや塗装は、いかがいたしましょうか」

 

 

 整備責任者が尋ねた。

 

 

「アンテナは不要だ」

 

 ジャミトフは、機体の頭部を見上げた。

 

 

「邪魔になる。余計な突起物を増やす必要はない」

 

 

「了解しました。塗装は?」

 

 

「通常通りに」

 

 

「中東方面軍の迷彩を施す案も出ておりますが」

 

 

「必要ない」

 

 

 ジャミトフは即座に退けた。

 

 

「地形や任務に応じて塗装を変更することには意味がある。だが、今回の機体に関しては塗装を変えることで得られる利点が限られている。整備工程を増やしてまで行う必要はない」

 

 

「承知しました」

 

 

「兵装は丙種で?」

 

 

「ああ。通常通りにな」

 

 

 整備責任者は、手元の資料に指示を書き込んだ。

 

 

 ジャミトフは、機体の正面に回り込んだ。

 

 

 ザクの頭部、脚部、肩部のシールド。

 

 陸戦型ジムの胴体。

 

 異なる機体の部品を組み合わせた姿は、兵器としての統一感に欠ける。

 

 

 だが、彼は見た目の不格好さを気にしていなかった。

 

 重要なのは、動くかどうか。

 

 必要な火力を発揮できるかどうか。

 

 そして壊れたときに修理できるかどうかだ。

 

 

「機体の制御は?」

 

 

「変換器を介して、陸戦型ジム側の操縦系統へ接続しています。ザク側の機器については、現状で使用可能なものを選別しました」

 

 

「操縦特性は?」

 

 

「通常の陸戦型ジムとは異なります。特に頭部センサーの反応と、脚部の駆動特性に差が出る可能性があります。最終的な評価は実機試験を待つ必要があります」

 

 

「当然だな」

 

 ジャミトフはうなずいた。

 

 

「机上の数値だけで判断できるなら、戦場に技術者はいらん」

 

 

 彼は機体から視線を外し、整備責任者たちを見た。

 

 

「ただし試験のために機体を壊すな。必要な試験と不要な試験は区別しろ。目的は現場で使える状態に仕上げることだ」

 

 

「はっ!」

 

 

 ジャミトフは、それ以上の指示を出さなかった。

 

 改修はその後も滞りなく進み、重大な事故もなく、予定通り半日で完了した。

 

 整備大隊の練度が高かったことも理由の一つだ。

 

 だが、何より幸運だったのは、鹵獲したザクの状態が予想以上に良かったことだった。

 

 連邦軍はモビルスーツとの戦闘において、敵機の脚部を狙うことを基本戦術の一つとしていた。

 

 移動能力を奪えば、敵機の戦闘能力は大きく低下する。

 

 そのため脚部が損傷しても、上半身が無事なまま残る機体は珍しくなかった。

 

 今回、回収されたザクもその例に漏れなかった。

 

 

 更にはシンヤが撃破した六機は、いずれも胸部を撃ち抜いて撃破だ。その為結果として脚部の損傷は殆ど無かった。

 

 

 戦場では破壊された兵器だが整備場では次の戦闘を支える資材。

 

 その価値は立場によって大きく変わる。

 

 

 死してなおジオンの巨人たちは連邦軍の戦力へと組み込まれようとしていた。

 

 

 それもまた戦争というものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジオンの連中がこれを見たらビビるだろうな」

 

 完成した機体を見上げながら、一人の整備兵が笑った。

 

 

「ザクの風貌をした連邦軍のモビルスーツか」

 

 別の兵士が腕を組む。

 

 

「まっ、兵器の進化過程ってのは、こんなもんかもしれないな」

 

「進化っていうか、継ぎ接ぎだろ」

 

「うるせえ。動けば進化だ」

 

「その理屈なら倉庫にある壊れたトラックも進化できるぞ」

 

「お前、余計なこと言うなよ。上が本気にするだろ」

 

 周囲から笑い声が上がった。

 

 

 先ほどまで格納庫に響いていた金属音と重低音は、いつの間にか静まっていた。

 

 クレーンは停止し、作業用アームは所定の位置に戻され、床には片づけを待つ工具箱が並んでいる。

 

 作業の終わった班から、順番に休息へ入ることになっていた。

 

 

「この後、午後休らしいぜ」

 

「本当かよ?」

 

「整備主任が言ってた。今日の予定分は終わりだとよ」

 

 

「さいこーー!」

 

 若い整備兵が両手を上げた。

 

 

「早く寮に帰って寝たい!」

 

「お前、昼飯の後も寝てただろ」

 

「それとこれとは別!」

 

「真面目に働け!」

 

「マジメに働いたから休むんだろ!」

 

 

 また笑い声が起きる。

 

 戦争は続いておりいつ敵の砲撃が始まっても可笑しくはない。

 

 明日になれば、今組み上げた機体が出撃することになるかもしれない。

 

 それでも今この瞬間だけは整備兵たちにいつもの日常が戻っていた。

 

 

「……しかし、あのスガイって奴」

 

 工具を片づけながら、年配の整備兵がつぶやいた。

 

 

「自分の機体を見て、あんなに喜んでたな」

 

「まあ、あいつが乗るんだからな」

 

 

 若い兵士が答える。

 

「俺たちが組んだ機体で、また帰ってきてくれりゃいいさ」

 

 

 年配の整備兵は、黙ってうなずいた。

 

 整備兵にできることは、機体を戦える状態にすることだけだ。

 

 その機体で誰が戦い、誰が生き残るのか。

 

 それを決めることはできない。

 

 だからこそ、彼らは工具を手に取る。

 

 次に帰ってくるときにも、修理できる機体であるように。

 

 そして、できることならば、操縦席に座る人間が無事であるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エスファハーン基地より少し離れたヤースージュ地方上空。

 

 

 

 

 輸送機の機内は、凄まじい振動に包まれていた。

 

 

 

 

 

 機体が揺れるたび座席の金具が軋み、天井の照明がちらつく。窓の外には乾いた大地と、大きな山脈が見えた。

 

 

 本来ならばエスファハーン基地への着陸は何の問題もないはずだった。

 

 

 いつも通り安全に滑走路へと向かう予定だった。

 

 

 

 しかし今は戦時中。

 

 

 

 有事とは突然起こるものである。

 

 

 

 

 

 

「どうなってるのよォオオオオッ!!」

 

 

 リル・ソマーズの悲鳴が輸送機の機内に響き渡った。

 

 

「敵対空砲火、なおも苛烈! 回避行動を取ります!」

 

 

 操縦席から声が飛ぶ。

 

 次の瞬間、輸送機が大きく傾いた。

 

 

「いったぁ!! ちょっとッ! 変な動きするなら先に言いなさいよ!!」

 

 リルは頭を思い切りぶつけつつ座席の肘掛けにしがみつき叫ぶ。

 

 

「事前に説明できるような状況ではありません!」

 

 

「説明くらいできるでしょ! 右に曲がりますとか! 左に曲がりますとか! 右手をご覧くださいとか!」

 

 

「敵弾が飛んできているんです! そんな余裕はありません! あとここは動物園じゃないんですよッ! そんな悠長なこと言わないでください!」

 

 

「だったら、もっと安全に飛びなさいよ!」

 

 

「安全に飛べるならこんな回避行動は取りません!」

 

 

 輸送機が再び大きく揺れた。

 

 

「このままでは滑走路に向かえません!」

 

 

「どうすんのよそれェ!!」

 

 

 輸送機の周囲ではジオン軍の時限信管の搭載した対空砲弾が爆発している。

 

 

「大尉! どうしますか!」

 

 

 大尉と呼ばれた女性は、リル・ソマーズを送り届ける任務を任せられたオーガスタ基地の軍人だ。

 

 

「方角はそのまま! 目的地はニューデリー航空基地ッ!」

 

 その言葉にリルはあっけらかんとしている。

 

 

「ちょっと! 目的地はエスファハーンでしょ!?」

 

 

「……着陸できないの分かってるでしょ?」

 

 

「じゃあどうすんの! まさかニューデリーから車と電車に揺られてエスファハーンに行くの!? 嫌よ!? お尻が固くなっちゃう!!」

 

 

 一見、彼女が我儘に聞こえるかもしれないがニューデリーからエスファハーンは片道約3000kmであり、彼女が嫌がる理由としては妥当である。

 

 

「いいえそこはご安心を、今すぐにでもソマーズ曹長をエスファハーンに届けます」

 

 

 その言葉に喜々とした表情になるリル、彼女はオーガスタ研究所から派遣されており更には良家の生まれである。

 

 彼女としてはオーガスタ研究所から重大な任務を任され、両親からもまるで今生の別れのような挨拶を交わしたのだ。

 

 なのにも関わらず目的地にも迎えず研究所と両親に送る一発目の報告が

 

 

 エスファハーンには迎えません、今ニューデリーに居ます。

 

 私は沢山のインド人に囲まれ、インドを横断しています。

 

 

 となるのは勘弁して欲しい。

 

 これが現実になってしまってはリルにとってはこれ以上ない恥だ。

 

 

 

「ソマーズ曹長、これを」

 

 

「え」

 

 

 大尉から渡されたのはやたら膨らみのあるバッグ。

 

 軍人ならば見たことある軍用品の一つ。

 

 

「ちょちょちょ!!! 待ちなさいよ! これ落下傘じゃない!」

 

 

 リルに渡されたのは空挺用の落下傘である、連邦軍は如何なる時にも即応できるよう全ての輸送機に落下傘が備えられている。

 

 

「曹長、やるしかありません」

 

 

「まって!! まって!!!」

 

 

 リルは慌てふためき、その外では未だにジオン軍の砲撃が続いている。

 

 

「時間がありません早く!!」

 

 

 大尉は扉開閉ボタンを押すとリルの腕に無理やりバッグを通す、リルも必死に抵抗するが体格差で負け、一瞬にして空挺団のような姿になる。

 

 

 そしてと輸送機側面の扉が完全に開かれた。

 

 

 まず耳に風とジェットの音が響き、顔には気流がぶつかる。

 

 思わず小柄なリルは吹き飛びそうになるが何とか踏ん張る。

 

 

 そして恐る恐る下を見る。

 

 

 見えたのは……ジオンの砲兵陣地。

 

「撃て!! 撃ち落とせ!」

 

 

 

「う、うわぁ……」

 

 

 もう目合ってない? あの人と

 

 

 対空砲を構えるジオン軍人と目が合ったような気がしないでもないリル。

 

 

 

「怖気づいてないで、早く降りて!」

 

 

 リルは反射的に怒鳴った。

 

 

「待ちなさいよ! 心の準備ってものがあるでしょ!?」

 

 

「それでもパイロット候補生ですか!」

 

 

「関係ないわよ、そんなの!!」

 

 

 彼女は輸送機から乗り出した体を引っ込める。

 

 

「こんなの誰が普通に降りられるのよ!!」

 

 

 窓の外で対空砲火の閃光が瞬いた。

 

 

「ジオン軍による対空砲火、依然として顕在! 周辺の地上部隊に援護要請を!」

 

 

「ソマーズ曹長! 行きましょう!」

 

 

「だから、こっちにも順番があるのよ!」

 

 

「順番!?」

 

 

「そうよ! いきなり落ちろって言われて、はいそうですかって落ちる馬鹿がどこにいるのよ!」

 

 

「敵弾接近!」

 

 

 操縦士の声と同時に、機体が急激に傾いた。

 

 

 それと同時にリルの身体が浮き上がる。

 

 

 Gによるものでは無い、大尉がリルを持ち上げたのである、

 

 

「ちょ、ちょっと! あなた、何するつもりよ!」

 

 

 彼女は額に汗をかき足をバタつかせ抵抗する。

 

 

「申し訳ありません、ソマーズ曹長!」

 

 

「え?」

 

 

「ごめんなさい!!」

 

 

「ちょっと待っ――」

 

 

 彼女の言葉は、機内を吹き抜ける猛烈な風の音にかき消された。

 

 

 そう大尉に輸送機から落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ぎっ……ぎぃやぁあああああああ!!!」

 

 

 砲弾の上がる青空の中に、リルの悲鳴が吸い込まれていった。

 

 

 

 

「もっ漏れっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……太陽が眩しいな」

 

 

 休憩時間であるシンヤと、軍に保護されているハナは基地の屋上で一緒に空を見上げていた。

 

 

 昼間の太陽は容赦なく地上を照らす。

 

 格納庫から少し離れた場所では整備兵たちが工具や資材を運び、車両がゆっくりと通路を横切っていた。

 

 

「ねえ、シンヤ」

 

 隣にいたハナが、空を指さした。

 

 

「……あれ、なに?」

 

 

「ん?」

 

 

 シンヤは彼女の指先を追った。

 

 青空の高いところに、黒い点が一つ見えた。

 

 

「鳥じゃないか?」

 

 

「……鳥?」

 

 

 シンヤは目を細めた。

 

 

「な、なんかこっちに来てない……?」

 

 ハナの声が、少しずつ上ずっていく。

 

 

 黒い点は、明らかにこちらへ近づいていた。

 

 

 しかし鳥にしては大きすぎる。

 

 

 何かが風に流されているように見えた。

 

 

「ちょ、ちょちょちょ! 本当にこっち来るよ!!」

 

 

 その瞬間、勢いを増した黒い影はスガイの胸元に激突する。

 

 

「へぶっ!!」

 

 

 鈍い衝撃音。

 

 

 シンヤの身体が後ろに倒れ、彼の上に人影が転がった。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 ハナの悲鳴が響く。

 

 

 一瞬、周囲の時間が止まった。

 

 シンヤは地面に仰向けになったまま、目を瞑ったまま頭を押さえた。

 

 

「……あたたた……な、なんだよ、もう」

 

 

「大丈夫!? ちょっと、あなた誰なの!」

 

 

 ハナは誰だと問いその言葉でスガイはソレが人であることを理解する。  

 

 スガイはふらつきながら目を開ける。

 

 すると目の前には人間の下半身が見える、軍服を来ているが骨格的に女性だと分かる。

 

 そして脚を見るに、自分の上に仁王立ちをしている。

 

 なんて不遜なやつだ。

 

 人生で初めての衝突事故を経験し、更に加害者は仁王立ち。

 

 流石のスガイも思うところがある。

 

 

 スガイはムッとしながらも、加害者の顔を見ようと視線を上に向ける。

 

 

 するとそこに立っていたのは、

 

 

 砂埃のついた服。

 

 

 橙色の髪。

 

 

 幼さの残る顔立ち。

 

 

 背中にはまだ畳みきれていないパラシュートの布が絡みついていた。

 

 

「シンヤ大丈夫!?」

 

 ハナがスガイに尋ねる。

 

 

 

 それを聞いた少女は一度、深く息を吸い口を開いた。

 

「……シンヤ?」

 

 

「……え?」

 

 

「シンヤ・スガイ?」

 

 

「そ、そうだけど……」

 

 

 少女は、シンヤの顔をじっと見つめた。

 

 まるで何かと照らし合わせているような目だった。

 

 

「……あんたが、陸戦型ジムで六機撃墜したっていう、民間人上がりのパイロット?」

 

 

 彼女の質問に、一瞬戸惑うが内容は事実なのでスガイは正直に答える。

 

 

「そ、そうだけど……君は?」

 

 

 シンヤは困惑していた。

 

 何が起きたのか分からない。

 

 空から人が降ってきた。

 

 しかもその人は自分の名前を知っている。

 

 

 軍服を着ているから軍人なのだろうが、普通の軍人なら、もう少し普通の登場の仕方があるはずだ。

 

 

 ――な、なんなんだ、この不審者は。

 

 

 どうしてパラシュートでぶつかってくる必要があるのだろう。

 

 

 そんなシンヤの困惑など知る由もなく少女はふーんと彼の顔を興味深そうに見ている。

 

 

 燃えたぎる太陽が、彼女の背後から地上を照らす。

 

 

 少女はしばらくすると乱れた服を整え砂埃を払い、その埃はスガイのズボンにかかる。

 

 

 そして何事もなかったかのように胸を張った。

 

 

「……私はリル・ソマーズ!」

 

 

 彼女は、シンヤとハナを交互に指さした。

 

「オーガスタの名において! 今日からあんたを監視させてもらうわ!!」

 

 

 堂々たる宣言だった。

 

 少なくとも本人はそう思っているらしい。

 

 シンヤとハナはそろって口を開けたまま固まっていた。

 

 リルは満足そうに頷いた。

 

 

「ふふん。驚いたでしょう!」

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 沈黙が続く。

 

 やがてリルはわずかに眉をひそめた。

 

 

「……何よ、その反応」

 

 

「いや……」

 

 

 シンヤは、どうにか言葉を絞り出した。

 

「えっと……君、どこから来たの?」

 

 

「空からよ!」

 

 

「それは見れば分かるよ!?」

 

 思わず声が大きくなった。

 

 

 リルは、むっと頬を膨らませた。

 

「なによ! 分かってるなら聞かないでよ!」

 

 

「いや、そういう意味じゃなくて……」

 

 

「私だってこんな事したくなかったわよ!!!」

 

 

 シンヤは頭を抱え、ハナは幼馴染の彼のズボンに砂埃を被せたことから少し苛立っている。

 

 

 だがそんなことはお構い無しと言わんばかりの独自の空気感を作りだす彼女に二人は何も言えなかった。

 

 

「とりあえず基地を案内しなさい! 話はそれからよ!」

 

 

 二人は困惑しながらもこのままでは話が進まないと感じて渋々彼女に基地を案内することにした。

 

 

「なんだよもう……」

 

 シンヤはまだ痛むのか胸を摩っている。

 

 

 その様子にハナも一層、リルという女に怒りを感じ横を歩く彼女に目をやる、するとリルは先程までは一転して顔がよそよそしくなっていた。

 

 

 ハナはどうしたのかと思い彼女に聞く。

 

 

「……ねえ、トイレはどこ?」

 

 

 そう尋ねる彼女の脚は少し震えているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ? これが、こっちのモビルスーツ?」

 

 

 格納庫へ案内されたリルは、改修された機体を見上げていた。

 

 先ほどまでの騒動が嘘のように、彼女の表情には好奇心が浮かんでいる。

 

 機体の前を歩きながら、頭部から脚部まで、じっくりと観察していく。

 

 

「……随分、不格好ね。それにもうほぼザクじゃない!」

 

 

「な、なんだよ。いいだろ、戦えれば」

 

 スガイはまたもむっとした。

 

 

「そうだけど〜」

 

 リルは機体の周囲を回り込んだ。

 

 

「ザクの頭に、連邦軍の胴体。脚もザクなのね。よくこんなものにしようと思ったわね」

 

 

 素性の知れないリル・ソマーズという少女は、改修したての自分のモビルスーツを上から目線で品定めするのでスガイはまるで自分の玩具をバカにされた子供の気持ちでリルに反応を示す。

 

 

「僕の機体なんだけど……?」

 

 

「だから?」

 

 

「だからって……」

 

 

 シンヤは言い返そうとして、言葉に詰まった。

 

 

 リルはまったく気にしていない。

 

 彼女の目は、機体の接続部や装甲の加工跡を追っていた。

 

 

「へえ。動力系統も調整してあるのね。操縦系統はどうなってるの?」

 

 

「えっと……」

 

 

「まさか、何も知らずに乗るつもり?」

 

 

「これから教えてもらうところだよ! さっき改修終わったところだし」

 

 

「……あんた、本当に六機も撃墜したの?」

 

 

「酷い!」

 

 

 リルは鼻を鳴らした。

 

「資料で見た通りの変人ね」

 

 

「初対面で変人扱い!?」

 

 

「だって、そう見えるんだもの」

 

 

「ひどすぎる……」

 

 

 シンヤが肩を落とす。

 

 ハナはそのやり取りを困ったように見守っていたが、なにか思い出したかのようにリルに近づく。

 

 

「……あの、リルさん」

 

 

「何?」

 

 

「えっと……自己紹介してなかったなぁって……その私は、ハナ・クジョーです。そのシンヤ君の幼馴染です」

 

 

 ハナは少し緊張しながら頭を下げた。

 

 

「よろしくお願いします」

 

 

「……ふうん」

 

 

 リルはハナの顔を見つめた。

 

 それから、シンヤとハナを交互に見比べる。

 

 

「揃いも揃って、気の抜けたコンビねぇ」

 

 

「えっ」

 

 

「で? そっちの娘は何をしてるの?」

 

 

 ハナは、返事に困った。

 

 

「わ、私は、その……」

 

 

「軍人なの?」

 

 

「いえ……違います」

 

 

「じゃあ、何で基地にいるの?」

 

 

「……保護してもらっているというか……」

 

 

「はぁー……」

 

 

 リルは、あからさまに呆れた顔をした。

 

「呆れた。シンヤは勇気を出して戦ってるのに、貴女は見てるだけ?」

 

 

「……」

 

 ハナの表情が曇る。

 

 

「自分から行動して、軍への入隊を進言すればいいじゃない」

 

 

「ちょっと!」

 

 

 シンヤが口を挟んだ。

 

 

「そんな言い方しなくてもいいだろ」

 

 

「何よ。間違ったことは言ってないわ」

 

 

「でも、ハナにはハナの事情があるんだよ」

 

 

「事情、ねぇ」

 

 

 リルは腕を組んだ。

 

 

「事情があるなら、なおさら自分で考えて行動するべきじゃない?」

 

 

 その言葉は、思いのほか真剣だった。

 

 ただ相手をからかっているだけではない。

 

 彼女は本気でそう考えているようだった。

 

 ハナはうつむき、しばらくしてから、小さな声で答えた。

 

 

「……私だって、何もしていないわけじゃないよ」

 

 

「……」

 

 

「でも、私は軍人じゃないし……何ができるのかも、まだ分からないから」

 

 

 リルは何かを言いかけた。

 

 

 しかし、結局は口を閉じた。

 

 

 代わりに、少しだけ視線を逸らす。

 

 

「……ふん。まあ、いいわ」

 

 

 その様子を見て、シンヤは小さく息を吐いた。

 

 

「なんか、すごいツンケンした娘が来たな」

 

 

「……ちょっと怖いかも」

 

 

 ハナが小声でつぶやいた。

 

 その瞬間、リルが勢いよく振り返った。

 

 

「何が、ちょっと怖いかも、よ!」

 

 

「ひゃっ!」

 

 

「私はとても怖いのよ!」

 

 リルは胸を張り、片手を腰に当てた。

 

 

「なんたって私は、地球連邦軍の――」

 

 

 一拍置くと、彼女は高らかに叫んだ。

 

 

「毒林檎(ポイズン・アップル)なんだから!」

 

 

「ぽ、ポイズン……なんだって?」

 

 

 シンヤが聞き返す。

 

 

「ポイズン・アップルよ!!」

 

 

「……分かったよ。これからよろしくね、ポイズン・アップルさん」

 

 

「分かればいいのよ。ふふん!」

 

 

 リルは満足げにうなずいた。

 

 シンヤは、半ばバカにするつもりで返したのだがどうしてこれで納得してもらえたのか分からなかった。

 

 ハナもまた、困ったような笑みを浮かべている。

 

 

「……ところで、アップルさんはどうしてここに?」

 

 

「アップルって、それじゃ甘いだけのただの林檎じゃない!」

 

 

 リルは地団駄を踏みながら二人を指さした。

 

 

「いい? ポイズン・アップル! 毒林檎! 可愛らしい名前と容姿の裏に、触れたら危険な毒を隠しているの!」

 

 

「自分で言うんだ……」

 

 

「何か文句ある?」

 

 

「いえ、ありません」

 

 

 シンヤは素直に答えた。

 

 

 リルは満足そうに腕を組み直す。

 

 

「まあいいわ! そろそろ教えてあげる! 私がなんで貴方達の前に現れたか!」

 

 

 彼女は、ようやく自分がここへ来た理由を説明しようとした。

 

 

 

 一方、格納庫の二階にある見学通路では、遠巻きに三人を眺めている集団がいた。

 

 

「……面倒な小娘が送られてきましたな」

 

 

「もう少し、まともな人間が来ると踏んでいたのだが」

 

 バスク・オムの言葉に、ジャミトフは同調する。

 

 周囲にいた他の高官も、深いため息をつく。

 

 

「オーガスタは我々に……」

 

 

「……厄介者を押し付けたか」

 

 

 バスクとジャミトフ、二人の声がほぼ同時に重なった。

 

 

 その場にいた整備責任者は、何も聞かなかったことにした。

 

 




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