「私はね! シンヤ・スガイ! あなたを隅々まで調べあげる為に来たの!!」
スガイの新型機を前に、少女の声が格納庫いっぱいに響き渡った。やたらと気合いの入ったあまりにも唐突な宣言だ。
スガイは目を瞬かせた。
目の前にいる少女はまるで、これから世紀の大発見でもするかのように興奮した様子で彼を指差している。
「僕を?」
困惑するスガイ。その隣には何か面倒事に巻き込まれそうな彼を見て不安そうなハナがいた。
「そうよ、民間人だったからよく知らないとは思うけど」
リルは意味ありげに言葉を切った。
その妙に含みを持たせた口調に、ハナの表情はいっそう曇る。
「今、とある場所で卓越した戦果をあげるパイロットが現れたのよ」
卓越した戦果。
その言葉を聞いてもスガイにはすぐに思い当たる人物がいなかった。自分が軍人になってから戦果について話題にされることは増えた。しかしそれが今ここで持ち出される理由は分からない。
一方、ハナの脳裏にはある名前が浮かんでいた。
彼女はスガイとリルを交互に見て、首を傾げながら尋ねる。
「……それが、シンヤのこと?」
「随分な自信ね。よっぽど、こいつに熱心なのね」
彼女の答えにリルは呆れたようにため息をついた。
「えっ? いや、そういうつもりじゃ……」
ハナは慌てて首を振った。
スガイが軍人になってからというもの、彼女は様々な兵士たちから彼の戦績がいかに凄まじいものであるかを聞かされてきた。
連邦軍のエース、救世主、英雄。
そんな大仰な呼び名まで耳にしたことがある。
勿論、口にする兵士たち全員が心の底からそう信じていたわけではない。戦場で生き残るための希望として、あるいは厳しい現実を少しでも忘れる為に彼を持ち上げている者もいるだろう。
それでも半分くらいは本気だった。
スガイの戦果に救われた者がいる。
彼の活躍を聞いて明日も生き残れるかもしれないと思った者がいる。
ハナはそんな兵士たちの感情をすぐそばで感じてきたからこそ思わず彼の名前を口にしたのだった。
「残念だけど、半分正解、半分不正解って言ったところかしらね」
リルは一度言葉を切ると、二人の反応を確かめるように視線を巡らせた。
「先日……貴方と同じ日にサイド7でとある民間人がモビルスーツに乗り込んで、ジオン軍を撃退したの」
「え、僕と同じ日に……?」
スガイは思わず聞き返した。
自分がモビルスーツに乗り込みジオン軍と戦ったこと。
それ自体彼にとっては現実離れした出来事だった。
昨日まで、彼はただの民間人だったのだ。
戦争は遠い場所で起きているものだった。
モビルスーツはニュースや映像の中に存在する巨大な兵器にすぎなかった。
それが今では、自分自身が操縦桿を握り敵と戦っている。
そして同じ日に同じように一人の民間人がモビルスーツに乗り込んでいたという。
「そうよ、偶然なんだけどね。それでそのパイロットがとんでもないことに次々と敵を打ち倒しているのよ。しかもあの赤い彗星も退けたとか何とか。この情報はルナツーから発信された情報だから確かよ」
「赤い彗星……?」
聞き覚えのない呼び名に、スガイは眉を寄せた。
「ニュースでやってなかった?」
「すいません。自分たちの住んでいた所は、テレビもあまり見ることなかったので……」
「ああ、そう」
リルは少しだけ拍子抜けしたような顔をした。
世間を騒がせている話題なら誰でも知っているものだと思っていたらしい。
しかし彼らが暮らしてきた環境を思えばそれも無理はなかった。なにせ地球全体が一つの国家になり連邦制となっているとはいえ中東や南アジア、アフリカは未だにインフラ開発や都市の発展が進められていない。その為テレビやメディアを見るよりも地元民で地元の情報を共有するだけで生きるのが普通の生き方となっている。
これは非文明的と呼ばれても仕方ないが地球環境であるが故の自由さだろう、土地があり特色があり文化がある。
その豊かさが作り出した自由。
スペースコロニーにという非常に閉鎖的で、独自の文化を持たない彼らが見たら驚く光景であることは間違いないだろう。
リルはすぐに気を取り直しわずかに声の調子を落とした。
「じゃあ教えてあげる……赤い彗星のこと」
リルが知りうる限りの情報を二人に話し終えるまで、しばらく時間がかかった。
ジオン軍のモビルスーツ。
連邦軍が宇宙で受けた壊滅的な損害。
そしてたった一機のモビルスーツで戦況を覆すほどの活躍を見せたパイロット。
赤い彗星。
話を聞き終えたスガイとハナは、そろって信じられないという表情を浮かべていた。
「そッ、そんな! 確かに宇宙艦隊が負けたっていうのは聞いてましたよ? でもモビルスーツたった一機にそんなことって……」
スガイは言葉を詰まらせた。
宇宙艦隊といえば、地球連邦軍が誇る大規模な戦力のはずだ。それが一機のモビルスーツによって壊滅的な打撃を受けていたという。
スガイの知る戦争の常識では、到底理解できない話だった。
というのも先程述べたようにメディアの発達がそこまで盛んではない中東・南アジア・アフリカ諸地域では戦争の情報が入ってこない。唯一入ってくるのは地球連邦軍が優勢であるということのみ。
実際にシンヤとハナがジオン軍に襲われた日も、現場に駐屯する地球連邦軍人からも一切説明がなかった。
二人を始めとした地域住民にとっては、ある日突然自分達を守るためだと言って、多くの軍人が街へ押し寄せ、市場を賑わせてくれたのだ。
それは時間が経つにつれて祭りのような賑わいとなり催しまで出ていた。
実際に情報がない地域住民やシンヤ達は連邦軍を迎えたあの日を中東地域発展の始まりであると思い込んでおり、ジオン軍が目の前まで来ているなど本当に知らなかったのだ。
再開発がなく情報を得られない諸地域、そして地球連邦軍の単調なプロパガンダ。
そんな二人の背景は北米にいたリルからすれば想像もできないだろう。
だがそんな事とは知らず彼女は何となくの雰囲気で感じ取り、気持ちを共有する。
「私も聞いた時は驚いて信じられなかったわ。でも、連邦の宇宙艦隊が鉄クズになっていて、ジオンが地球に半年ものさばっているのが証拠よ」
リルは淡々と言った。
その口調には驚きを通り越して既に事実として受け入れざるを得ないという諦めさえ混じっていた。
「……その人はそんな凄い人を、追い返したってこと?」
ハナは難しい内容で頭がパンクしかけているのか眉間に少し皺を寄せた。
「そうね。機体の性能差が要因だと決定づけられているけれど、私は……私達はそう思ってないわ」
最後の一言だけリルはわずかに声の調子を変えた。
それまでの勢い任せな態度とは違う。そこには彼女がここへやって来た本来の目的、本心が隠されていた。
「私はオーガスタ基地にあるオーガスタ研究所から来たって言ったわよね」
リルは二人を見据え話を続ける。
「各部署はその戦いを機体性能差による勝利だと結論づけている。だけどオーガスタ研究所は違うわ」
彼女は一拍置いた。
「要因は、ニュータイプの発現によるもの」
「ニュータイプ……ですか?」
スガイは、その言葉を繰り返した。
「それは聞いたことあるでしょ? あんなに一世を風靡したんだから」
「はい。ダイクンって偉い人が言ってたやつですよね」
「やつって……あんた中々度胸あるわね」
リルは呆れたように目を細めた。
ジオン・ズム・ダイクン。
宇宙世紀を代表する思想家でありニュータイプという概念を提唱した人物だ。
その名前をまるで近所のおじさんについて話すような調子で口にするスガイに、リルは少々面食らったらしい。
だが彼女はすぐに気を取り直して話を続けた。
「まあその通りよ。ニュータイプっていうトンデモ化け物人間が現れた可能性を私たちは睨んでいるっていうわけ」
ニュータイプ。
人類が宇宙へ進出したことで生まれる、新たな人間の可能性。
ダイクンの提唱したその言葉は広く知られていたものの、実際に何を意味するのかについては明確な答えが出ているわけではない。
少なくとも、スガイやハナのような一般人にとっては、自分の人生と結びつけて考えたこともない概念だった。
「それで……どうしてシンヤを?」
ハナが遠慮がちに尋ねた。
リルは待っていましたとばかりに胸を張り、スガイを真っ直ぐに指差す。
「つまり!! シンヤ・スガイ! 貴方にニュータイプの素質がある可能性! そして既に発現している可能性を探る為よ!!」
格納庫に彼女の声が再び響き渡った。
スガイは自分の顔を指で示し、困惑したように首を傾げる。
「……僕に?」
またハナも何と答えればよいのか分からずただ彼の顔を見つめていた。
実情を完璧に知っているリルだけが、二人の反応など気にも留めず、満足げな笑みを浮かべていた。
一方、その様子を少し離れた場所から見ていた基地の高官達は頭を抱えていた。
「閣下、あの小娘はやはり矯正した方がよいのではありませんか?」
ジャミトフの前に立っていたバスクが呆れを隠さずに進言した。
「ニュータイプ論をオーガスタがまともに取り合っているとは、初めて聞きましたが……」
「機密事項では?」
「人のいる格納庫内で、大きな声で機密をばら撒くとは……」
周囲の将校や各部署の責任者達も次々と苦言を呈する。
「どこにジオンの内通者がいるとも分からんのだぞ」
その言葉には、連邦軍人ならではの危機感が込められていた。
軍事基地において情報管理は徹底されなければならない。
ましてやニュータイプ研究などという連邦軍内部ですら扱いの難しい話題は尚更である。
研究所の内部事情は勿論、何を目的として人員が派遣されたのか、その人物がどのような調査を行うのか。
それらは必要な者だけが知っていればよい情報である。
それを格納庫の真ん中で大声で語る。
あの少女は自分がどこにいるのか理解しているのだろうか。
ジャミトフはしばらく黙っていたが、やがて傍らの男に視線を向けた。
「バスク」
「はっ」
「少しだけ情報保全の指導を入れておけ。優しくな」
「勿論、私とて加減はしますとも」
バスクは笑って答えた。
その表情からはどの程度の加減をするつもりなのか、まるで読み取れない。
そして後日。
エスファハーン基地内で多くの兵士達が半泣きになって抵抗するリルをバスク少佐が無理やり引き摺る姿を目撃したと言う。
そんな目に遭うとは露知らず、リルは相変わらず二人と話を進めていた。
「後、今後のことは私たちだけで決めたいから部屋に移動しましょ。個室ある?」
「個室というか……家あります」
「は?」
あまりにも予想外の返答だったのか、リルの表情が固まった。
「ハイマン司令から空き家を借りまして」
「……どんな待遇よ、それ。ほんとに軍人になったのよね?」
「すいません……たぶん、私が……普通の人だから……それで」
ハナは申し訳なさそうに俯いた。
本人にも上手く説明できないらしい。
元避難民で軍人として働くスガイと行動を共にする彼女にはハイマン司令なりの配慮があったのだろう。
リルはしばらくハナの顔を見つめていたが、やがて何かを察したように頷いた。
「あー、そういうこと。理解したわ」
彼女がすぐに納得したのには理由があった。
リルが所属するオーガスタ研究所で行われる業務の大半はメンタルヘルスとカウンセリングである。
その業務の一環としてリル自身も部内相談や心療カウンセリングに関する軍内資格を取得している。実際に研修で何度かそういった人達の事情を聴いたりもしていた。
だからこそハイマンの意図を察することができたのだ。
戦場に身を置く者の中には戦闘能力だけでは測れない事情を抱えた者もいる。
誰もが同じ環境で生活し同じように振る舞えるわけではない。
ハイマンはそのあたりを考慮したのだろう。
「あー、まあいいわ。今回に関してはナイスね。ちょうどいいし、しばらくは貴女の身分を利用させてもらうわよ」
過程がどうであれ、空き家という極秘会議には持ってこいな場所が無料で提供されているのだ。リルとしては利用するに越した事はない。
「「……」」
二人はそろって沈黙した。
どうやら、リルの中ではすでに話が決まってしまったらしい。
ハナは困ったようにスガイを見た。
スガイもまた、何とも言えない顔で彼女を見返す。
こうして二人の生活には騒がしい同居人が加わることになった。
場所を移して、ようやく落ち着いて話ができるようになった。
基地から借り受けた空き家は必要最低限の家具と設備が揃っているだけで飾り気はない。
だがそれでも人気を気にする必要が無いという点でリルにとっては十分だった。
「で、これからのことなんだけど〜」
椅子に腰掛けたリルが、気楽な調子で切り出す。
「はい」
スガイは背筋を伸ばし硬い返事をする。
リルはそんな彼を見て目を細めた。
「まずその敬語やめない? 一応、私は階級的に曹長で貴方より下なのよ。本来ならそっちが偉そうに言える立場って事を覚えておいて。まっ! 貴方は特務少尉だから上下も形式だけで実態は伴わないんだけど」
「じゃ……じゃあ敬語のままで」
「何のために私が言ったと思ってるの。さっさとタメ口!!」
「わ、分かったよ」
スガイは戸惑いながらも返事をした。
軍隊という組織の中では階級や立場に応じた礼儀が求められる。スガイにとって目の前の少女が自分より下の階級だからといっていきなり気安く話せと言われても困るのだ。
だがリルはそんな事情を気にする様子もなかった。
「あと名前を呼ぶ時はリルって呼びなさい。ソマーズ曹長とか呼んだらはっ倒すから」
「うん、よろしくね、リル」
「よろしいぃ」
満足げに頷いたリルは、もう一人の少女へと顔を向けた。
「あとそっちもよ。我関せずみたいな顔してないで」
「わ、私もですか?」
「はぁ……似た者コンビね。さっさと貴女も敬語なくしなさい。これからしばらく過ごすことになるのよ。年齢もほとんど変わらないし、いいじゃない」
「う、うん。よろしくね、リルちゃん」
「そこまで似てなくてもいいじゃない」
リルは深々とため息をついた。
これから一緒に行動することになる二人は、どうにも似た者同士らしい。
少なくとも、リルにはそう見えた。
スガイは軍人としての立場を与えられたばかりだ。
命令に従うことには慣れ始めていても軍隊の人間関係や階級の扱いにはまだ戸惑いが残っている。
その点リルは遠慮がなかった。
彼女の言動は少々乱暴だったが、だからといって二人を見下しているわけでもない。むしろこれから一緒に仕事をする相手だからこそ余計な壁を取り払っておきたいのだろう。
尤も本人にその意図を尋ねた所で素直に認めるかどうかは怪しいものだった。
「さっきも言ったけどオーガスタ研究所はニュータイプ発現体の可能性を探る為にスガイを調査対象にしたわ。なにせ例のニュータイプは事情があって検査も監察もできないから」
一頻りのやり取りを終えるとリルはようやく本題へと戻った。
「一応この基地に来たのはそれが名目であり、建前。これから基地の高官だけがこの事を知ることになるわ。一般的には方面隊の実態調査ってことになってるんだけど……」
「で、建前があるってことは、本音……狙いがあるんだよな?」
スガイが尋ねた。
「そうよ。意外と察しがいいわね!」
リルは嬉しそうに答えた。
「今後、シンヤはたくさんの戦場で戦うことになる」
「そうだね」
「……」
リルはスガイの顔をじっと見つめた。
彼は何かおかしなことを言っただろうか、と不思議そうに首を傾げる。
リルは額に手を当てた。
「その度にどんな成果をあげたか、どんな過程を経たか、どんな心情的及び身体的変化があったかを確認するわ」
「得られた成果を元に、有益であればオーガスタ研究所が兵器開発を進めるわ」
「兵器開発?」
スガイは聞き返した。
「ニュータイプ発現体に理想的な機体、またはニュータイプに近しい人間に理想的な機体。って言えば聞こえは良いけどそんな大層なもんじゃないわ」
「?」
スガイの表情に疑問が浮かぶ。
リルは、そんな彼の反応を見て肩をすくめた。
「単にモビルスーツ開発競争に打ち勝つためよ、戦後も見据えてね」
その言葉は先ほどまでのニュータイプ論とは違い、ひどく現実的な響きを持っていた。
「ニュータイプなんて、可能性も可能性。うっっすい可能性を前提に物事を進めるなんてバカのすることよ。結局はこの戦争に勝つ為に情報がいる。だから貴方が選ばれた」
リルはそこで少しばかり声を落とした。
「これからしていくことになる検査は極秘も極秘。オーガスタにサンプルとか送るのも、こっちのハイマン司令を通さないから」
彼女は念を押すように、スガイとハナを見た。
「まあ、ここの司令は頭がよぉく回るから、ある程度バレてるでしょうけど。秘匿性の高い内容だから。くれぐれも注意なさい」
その言葉を最後に、リルは説明を終えた。
ニュータイプの可能性を調べること。
それは表向きの理由であり連邦軍が戦争に勝つための情報を得ることこそが調査の根底にある目的だった。
スガイは黙って考え込んでいた。
自分が特別な人間だと言われても実感はない。
戦場で生き残り敵を倒した。
だがそれらは自分がニュータイプだからなのだろうか。
あるいはただ運がよかっただけなのかもしれない。
自分でも分からないことを他人が調べて答えを出そうとしている。
それが正しいことなのか、スガイにはまだ判断できなかった。
隣のハナも彼の様子を心配そうに見つめていた。
リルはそんな二人を見比べると、軽く手を叩いた。
「まあ、今から悩んでも仕方ないわ。調査といってもいきなり頭を切り開くわけじゃないんだから」
「そ、そんなことするの!?」
「例えよ、例え! 何を想像してんのよ!」
スガイが慌てて声を上げると、リルは呆れたように返した。
ハナが小さく笑う。
スガイも、つられて苦笑した。
ニュータイプ。
研究。
兵器開発。
話の内容は重かったが今の彼らにできることは、目の前の任務をこなすことだけだった。
ジャミトフは自室に入ると普段からの仏頂面を一層極めた表情で、手にしていた書類を机の上に置いた。
オーガスタ研究所からの人事異動とそれに連なる資料。
書類に目を落としたまま彼はゆっくりと息を吐いた。
内容はオーガスタから送られてきた建前上のニュータイプ理論に関する研究項目である。
ジャミトフは椅子に腰を下ろし指先で書類の端を揃えた。
ニュータイプ研究が建前となるとは。
世間体とは凄まじいものだ。
今や地球連邦はニュータイプに対して僅かながら意欲を示している。
かつては一部の思想家や支持者たちが語る未来像にすぎなかった概念が今では軍事研究の対象として扱われ始めているのだ。
オーガスタ研究所がそのような眉唾物の論調に乗るとは思いもしなかった。
彼は書類を読み進めながら今回の人事異動の裏にある意図を推測した。
ニュータイプ研究というのは予算をジャブローから下ろさせるための方便だろう。
オーガスタは施設も小規模で特段の成果も得られていない。だからこそ新たな研究分野を掲げて予算を確保しようという策なのだ。
ジャミトフはそう結論づけた。
研究というものは、成果が出なければ予算を失う。
ましてや戦争の最中である。軍の研究機関が実用性を証明できない分野にいつまでも資金を注ぎ込めるはずもない。
ニュータイプという新しい概念は研究費を得るための看板としては都合がよいのだろう。
その考えを後押しするのが、先月入ってきたガンダム計画だった。
ジャミトフの思い浮かべたガンダム計画とは、オーガスタ研究所で開発されているガンダムNT-1。コードネームを〈ALEX〉という機体である。
要はニュータイプ研究による補正予算を受ける為にニュータイプ専用機などという訳の分からない代物を開発しているということだ。
尤も立場と責任がある以上は真面目に開発しなければならない。
研究所も看板だけ掲げて何もしないわけにはいかず半ば真面目に取り組んではいるはずだ。
だが、結果は望めない。
ジャミトフはそう考えていた。
ニュータイプが実在するかどうかは現時点では断定できない。
仮にそのような人間が存在したとしてもその能力を再現性のある技術へと落とし込み、兵器として運用できるかどうかは別問題である。
人間の資質を前提にした兵器開発など軍全体の戦力を支える仕組みとしては不確実すぎる。
それよりも確実に性能を向上させられる部分へ資金を注ぎ込む方が合理的だ。
ジャミトフは書類を閉じた。
となれば、考えられるのは単純にモビルスーツ開発だろう。
例の作戦の実戦データ回収はいつになるか分からん。その上回収したデータをジャブローが各兵器工廠や研究所に配るとも思えん。
ジャミトフの言う実戦データとは他ならぬV作戦、ホワイトベース隊のことを指す。
今は非常時でルナツーに寄港しているらしく一層データ回収の見通しが立てない状況だ。
だからこそスガイという被検体を確保し随時ALEXおよび新規モビルスーツ開発に充てる算段だな。
ジャミトフは椅子の背に身体を預け、机上の資料を見下ろした。
オーガスタ研究所が何を考えているにせよ、こちらにとっても利用価値はある。
スガイはすでに実戦を経験している。
彼がどのような状況で成果をあげ、どのような機体に適応し、何を苦手としているのか。
その情報はニュータイプの研究とは無関係に兵器開発の役に立つ可能性がある。
それにオーガスタ研究所との関係を築くことができれば将来的に得られるものもあるだろう。
いずれにせよ、ここは恩を売りオーガスタの手綱を握る一歩とする。
資金援助や間接的な情報提供。
意図への理解を仄めかした暗号文。
やり口は如何様にでもある。
ジャミトフは机上の書類を整えると次にオーガスタへ送るべき文書について考え始めた。
彼にとってニュータイプという言葉そのものに大きな価値があるわけではない。
重要なのはその言葉を掲げる者たちが何を欲し、何を得ようとしているか。
そしてその動きを自分にとって有利な方向へ導けるかどうかだった。
戦争において情報は兵器と同じくらい重要な資源である。
そして人間の思惑もまた戦場を動かす要因の一つだった。
「さっきの新しい機体、ほぼザクのあれはいつ乗るの?」
話題がひと段落した頃、リルはふと思い出したようにスガイへ尋ねた。
彼女の視線の先には格納庫に置かれた改修機があった。
ジオン軍から鹵獲したザクの部品を利用し地球連邦軍の陸戦型ジムを改修した機体。
頭部や脚部など外見にはザクの面影が色濃く残っている。
通常のジムとは明らかに異なる姿だった。
それは正規の生産計画に基づいて開発された新型機ではない。戦場で得た機材を活用し必要に迫られて組み上げられた急造兵器である。
それでもスガイが実戦で使うことを前提に調整が進められていた。
「調整見合わせ中らしいから明日の朝になるかもって聞いてるよ」
「へえ、仕事の早いこと。あんな急造兵器、普通は三日ぐらいかかるもんよ。よっぽど期待されてるのね」
「ははは、嬉しいことだね」
スガイは照れくさそうに笑った。
期待されている。
そう言われると悪い気はしない。
しかし、彼はまだ自分がどれほど特別な存在として扱われているのかを理解していなかった。
機体が早く用意されるのは彼の活躍が評価されているからかもしれない。
あるいは次の戦場に間に合わせるため単に時間がないだけなのかもしれない。
どちらにせよ、スガイにできることは一つだ。
与えられた機体で、できる限りのことをする。
そしてハナを守る。
それだけだった。
翌朝。
エスファハーン基地は早い時間から慌ただしく動き始めていた。
その中でスガイは改修機の前に立っていた。
ザクの部品を組み込まれたジム。
昨日見た時にはまだ調整中だった機体だ。
今は各部の点検が進み実戦に投入できる状態へと近づいており、スガイが搭乗して最後の機能点検を行う。
「シンヤ、頑張ってね」
ハナが声をかけた。
「うん、ありがとう! 頑張るよ」
二人は笑顔で言葉を交わした。
大げさな激励ではないごく普通の会話だった。
リルは二人のやり取りを見て、呆れたような仕草を取った。
「はいはい、仲良くやってないで、早く配置について」
「分かったよ」
昨日は敬語で対応されたが、今日はちゃんとタメ口だ。
リルはそれを確認すると、嬉しそうに頷いた。
「よろしい」
スガイは苦笑しながら、機体へ向かって歩き出した。
ハナはその背中を見送り、リルは手元の資料を確認するとハナを連れてその場を去った。
「ハイマン司令、稼働点検を実施します」
機能試験などを行う際、責任者が立ち会うために設けられた監察棟。その中にリルの声が響き、横ではハナが座っていた。
ジャミトフは試験区画を見渡せる位置に立ち、スガイが搭乗する機体を見守っていた。
その隣にはリルがいる。
表向きはスガイのオペレーター兼報告係として、機体の状態や操縦時の反応を記録する役目だ。
だが彼女にはもう一つの目的があった。
スガイの操縦感覚や機体への適応状況を調べ、その結果を秘密裏にオーガスタ研究所の機体開発へと繋げる事。
研究所から派遣された彼女にとって今回の点検はその第一歩でもあった。
「うむ、始めてくれ」
ジャミトフの許可を受け、試験担当者が手順を進める。
機体の各部が順番に起動し、計器類の表示が切り替わっていく。
やがてコックピット内のスガイから通信が入った。
「こちらスガイ。起動確認、問題ありません」
「了解。各部の反応を確認して」
リルは手元の記録端末に目を落とした。
「どう? 動きに違和感はある? 遅延とか、操作ボタンやレバーの配置とか」
スガイは操縦桿を動かし、モニターに映る機体の反応を確かめる。
「特にはないかな。ただ、視界が慣れないね」
「そうねぇ。ジオンのカメラ系統はちょいとアナログチックだから仕方ないわ。その分これからメンテナンスも楽になって、壊れてもすぐ直せるから。大目に見て頂戴」
「了解。じゃあ次お願い」
「はーい。次は停止射撃で、立ち撃ちから始めるわ」
機体は指示に従い、所定の位置へ移動した。
まずは基本的な動作の確認。
続いて姿勢制御。
武器の取り回し。
伏せた状態での射撃試験。
スガイは一つ一つの指示をこなし、リルはその反応を記録していく。
点検は滞りなく進んだ。
改修機である以上通常のジムとは異なる部分もある。ザク由来の部品が連邦軍の操縦系統や整備手順と完全に一致する訳ではない。
しかし実際に動かしてみれば致命的な問題は見つからなかった。
スガイ自身も操作に大きな違和感を覚えていない。
だが実戦でどのような問題が発生するかはまだ分からない。
点検で確認できるのはあくまで現時点での機体の状態だけだ。
それでも操縦するシンヤにとっても、指揮するジャミトフにとっても十分だった。
すべての項目を終えたリルは記録端末を閉じ、ジャミトフへ報告した。
「パイロット、モビルスーツ共に異常ありません。実任務での運用可能です」
「分かった、では点検は終わろう。即座に格納庫へ送れ」
「了解しました」
こうして、スガイの新たな機体は、実戦投入可能と判断された。
点検を終え格納庫でモビルスーツから降りたスガイをジャミトフが呼び止めた。
「スガイ少尉」
「はい!」
スガイは慌てて姿勢を正した。
ジャミトフは彼の返事を確認すると、背後にある改修機へ視線を向けた。
「さて、この機体にコードネームを付与する」
その言葉に、スガイの胸が高鳴った。
自分の相棒となる機体に、どんな名前がつけられるのだろう。
彼は期待を込めて、ジャミトフの言葉を待った。
「本機は、地球連邦軍の開発記録には記載されない、鹵獲品による改修機である。意図的な製造もされないため、正式な型番もない」
ジャミトフは淡々と説明した。
この機体は、連邦軍が正式に開発した新型機ではない。鹵獲したジオン軍の部品を流用し、既存の陸戦型ジムを改修したものだ。
同じ機体を再び製造する計画も存在しない。
つまりこれは正規の量産機とは異なる、特殊な立ち位置の機体だった。
ジャミトフは一拍置き、告げた。
「名を、グラマンとする」
「グラマン……」
スガイは、その名前を口の中で繰り返した。
ジャミトフの命名には、二つの意味が込められていた。
一つはかつて北米に位置し強大な軍事力と経済力、そして科学力によって世界の覇権を握っていたアメリカ合衆国。
その力を支えた航空機メーカーの名である。
グラマン社は人類が月面へ到達するという偉業にも関わった。地球上に存在する全ての国家が統合されスペースコロニーの建設を進める時代になってからも、グラマン出身の技術者達は宇宙開発に大きな功績を残している。
その中には後世の教科書に名を残す者もいた。
かつて地球を代表する大国の科学力を支えやがて人類の宇宙進出にも貢献した名。
それが一つ目の意味だった。
そして、もう一つ。
それは、この機体が置かれている土地と命名した男自身に関係していた。
ここは中東・インド亜大陸方面軍の拠点、エスファハーン基地。
旧イラン地域に位置するこの地には、ペルシア語が深く根付いている。
ペルシア語の「グラマン」という音には、従者、少年、親衛隊、そして私兵を思わせる意味合いがある。
ジャミトフにとってシンヤ・スガイは単なる一人のパイロットではない。
自らの指揮下で戦い、成果をあげ、そして今後も戦場へ送り出される存在だ。
この機体に乗る少年は紛れもなくジャミトフの指揮下にある。
言い換えれば、彼の私兵とも呼べる存在だった。
もちろん、正式な軍の命令系統から外れているわけではない。スガイは地球連邦軍の軍人であり与えられた任務を遂行する義務がある。
だがジャミトフがこの機体に込めた意味は、単なる軍の装備品という枠に収まるものではなかった。
シンヤ・スガイという一人の少年に与えられた、特別な機体。
その名には、彼を自らの手元に置き、戦場で活用しようとするジャミトフの思惑が込められていた。
ジャミトフは、スガイの反応を見た。
「不服か?」
「い、いえ! そんなことはありません!」
スガイは慌てて首を振った。
「グラマン……いい名前だと思います」
「そうか」
ジャミトフは短く答えた。
スガイは改めて、目の前の機体を見上げた。
ザクの頭部。ザクの脚部。ジムの胴体と腕部。
その姿は、地球連邦軍の標準的なモビルスーツとは似ても似つかない。
だが、これから自分が乗る機体なのだ。
自分の命を預ける機体であり、戦場で仲間を守るために使う機体でもある。
そう思うと、不思議と愛着が湧いてきた。
かつて世界の半分と讃えられ、人類史の始原の一つとされたペルシア。
かつて世界を支配し、人類の希望を乗せて宇宙への道を切り開いた超大国アメリカ。
そして、地球を統一し、大宇宙へと進出した地球連邦が、人類史上最大最悪の戦争を乗り越えんとして生み出した人型兵器。
異なる時代、異なる土地、異なる目的を持つものたちの名が、一つの機体に重なった。
その名は時を越えていく。
その名は受け継がれていく。
それが、シンヤ・スガイの新たな相棒となる機体の名だった。
その後スガイとハナ、リルが点検結果について話していると巨漢の軍人がリルの後ろに立っていた。
それに気づいたシンヤとハナは後退りする。
「あ、あの人って……」
「確か……偉い人……」
二人の怯えと自分を隠す大きな影に気づいたリルは後ろをむくと、その正体を見上げた。
他ならぬバスク・オム少佐であった。
「ヒュッ」
リルは強面謎ゴーグルの巨漢を見て声にならない音をあげた。
彼女もバスクという男については知っていた、戦術の天才と呼ばれジオン軍に対して慈悲のない戦闘を行う狂人。
リルは彼を見あげてあわあわと口を震わす。
「ソマーズ曹長、情報保全と秘匿性について指導要望が入った」
「へっ?」
圧をかけてくるバスクに対して足をガクガクと震わせて涙目になっていくリルは、勇気をだして聞き返す。
「な、なんのことでありましょうか……?」
「格納庫での件だ」
バスクのさす格納庫の件、それを聞いてシンヤとハナはすぐに気づいた。
ニュータイプの件だろう。
確かに今思えば秘匿性の高そうな内容であるのが二人でも分かる。
「そういえば……格納庫で言ってたなぁ」
隣にいたスガイが頷く。
「そうだね。あれって……今思えば秘匿性高いよね」
あれだけ秘匿性だの情報がどうの言って気にしていたリルがやらかしていたミス。
それに対して二人は互いの顔を見て、納得していた。
しかしその事を問われたリル本人は落ち着けるような状況を用意されていなかった。
口をパクパクと金魚のような挙動をしているリルに痺れを切らしたバスク少佐は怒号を飛ばす。
「ソマーズ曹長ッ! ここはエスファハーン基地であるぞ! 貴様らのオーガスタ基地とはやり方が違う! 指導室ッ!」
彼はリルの首根っこを掴むと指導室へと向かい歩き出した。
リルは必死に謝りながら暴れるも、廊下を引き摺られて行く形でシンヤとハナの二人から離れていく。
「だぁずげぇでぇ~~」
「口答えするな!」
バスクの拳がリルに降りかかる。
「あべしっ!」
再びリルの悲鳴が響き渡った。
スガイとハナは顔を見合わせる。
そしてどちらからともなく苦笑した。
中東・アフリカ侵攻軍、ジオン軍司令部。
薄暗い室内には作戦地域の地図と各部隊から送られてきた報告書が並べられていた。
通信担当の兵士が新たな報告を携えて司令部へ入ってくる。
その表情は硬かった。
「……攻撃隊が壊滅だと?」
報告を受けた司令官が低い声で聞き返した。
報告書に目を落としたまましばらく言葉が続かない。
攻撃隊が壊滅した。
その事実だけでも重大だった。
だが報告された損害の規模は単なる局地戦の敗北として片づけられるものではなかった。
「モビルスーツ部隊を主とした一個師団を壊滅させるなどありえん。戦車を主力としている地球連邦軍が成せる所業ではないッ」
別の将校が声を荒らげた。
地球連邦軍はモビルスーツの運用においてはジオン軍に後れを取っている。少なくともこれまでの戦場ではそう考えられてきた。
連邦軍の主力は戦車や航空機などの従来兵器でありモビルスーツを中心とした戦力を相手に正面から互角以上に渡り合うのは難しいはずだった。
だが今回の報告はその前提を揺るがすものだった。
「投降したのか? それとも連邦についたか」
将校の一人が、別の可能性を口にした。
敵の攻撃によって壊滅したのではなく、部隊の一部が投降したのかもしれない。
あるいは何らかの事情で連邦軍に寝返ったのか。
しかし現時点で確かな情報はない。
報告書に記載された内容だけでは、攻撃隊がどのような経緯で壊滅したのか詳細を判断することはできなかった。
司令官は地図に視線を落とした。
そこにはエスファハーン基地の位置が記されている。
中東・インド亜大陸の重要拠点。
ここを連邦軍に保持され続ければジオン軍の中東方面における作戦にも影響が及ぶ。
ましてや基地の戦力が予想以上に強力である可能性が浮上した以上放置することはできなかった。
「いずれにせよ、エスファハーン基地は奪取しなければならない」
司令官は顔を上げた。
「動くとしよう」
その言葉を受け将校たちが一斉に立ち上がり、動き始めた。
通信回線が続々と開かれ各部隊への命令が準備される。
地図の上ではいくつもの部隊を示す印が動かされていった。
連邦軍が何を隠しているのか。
なぜこれほどの戦果をあげられたのか。
その答えを確かめるためにもエスファハーンを奪取する必要がある。
こうしてジオン軍は次の作戦へ向けて動き出した。
沢山のご感想お待ちしております!
次話への励みになりますのでどうか!(内容はなんでも大丈夫です!)