宇宙世紀0079年9月23日 1210
エスファハーン迎撃作戦参加部隊
イラン方面軍 第二主力部隊(ムルチェ方面)
情報小隊
「1210、敵部隊を確認。モビルスーツ一機。歩兵多数。後続の影あり。ただし距離が遠く詳細は確認できず」
情報小隊の歩兵隊員たちは眼鏡を使い偵察任務を行っていた。
乾いた風が吹き抜ける。
舞い上がった砂が視界を霞ませ遠方に広がる荒涼とした大地。
「
通信が途切れる。
「本隊がまだ見えませんね、間隔を空けているのでしょうか?」
若い隊員が双眼鏡を覗きながら尋ねた。
「練度が足りねえんだろ、部隊の歩調を合わせるってのは意外と難しいもんだからな」
隣の隊員はさして興味もなさそうに答えた。
「なるほど……」
納得したように頷いた。
その瞬間。
ドォンッ!!
腹の底に響く砲撃音が荒野を揺らした。
隊員達が落ち着きながらも一斉に顔を上げ、周囲を確認する。
砲撃はここではない。
山の向こうだ。
少し遅れて砂嵐のような雑音、耳障りなノイズに混じって通信兵の声が響く。
「HQより第二主力部隊! 第一主力部隊が敵と接触! 交戦を開始! 繰り返す! 第一主力部隊が……」
通信が途切れる。
ミノフスキー粒子だろう。
再びノイズだけが残り、誰もが口を閉ざしていた。
その向こう側では既に兵士たちが命を懸けて戦っている。
中東の要所エスファハーンを巡る戦いは、遂にその幕を開けた。
1208 ティラン地区
「マゼラアタック前へ!」
「
指揮官の号令と共に十二両のマゼラアタックが砂塵を巻き上げながら前進を開始した。
その後方には四機のザクⅡが続き、更に部隊間の連絡を担う通信車両二両が追従する。
ジオン軍の機甲部隊は敵陣から一定の距離を保ったまま砲撃位置へと進出していった。
「
マゼラアタックの車列が一斉に停止する。
履帯が砂を噛み車体がわずかに揺れた。
各車の砲身が動き始める。
照準が定まり、砲手たちが発射の時を待つ、そして。
「
十二両のマゼラアタックがほぼ同時に火を噴いた。
砲声が重なり地面が震える。
放たれた砲弾は地球連邦軍第一主力部隊の陣地へと降り注いだ。
土砂が爆ぜて陣地の前方に砂煙が立ち上る。
遮蔽物の陰に身を伏せた兵士たちの頭上を破片が飛び交った。
「ジオン軍機甲部隊が我が陣地に砲撃を開始! 応戦しますッ!」
防御陣地の塹壕にいた小隊長から報告を受けると現地司令官のバスク少佐は即座に命令を下した。
「バルカン砲、対MS車! 撃てッ!」
命令は通信回線を通じて後方のバルカン砲大隊と対MS車中隊へと伝達される。
指揮通信車の中で部隊長が声を張り上げた。
「バルカン砲……ファイヤ!」
「射撃始め!」
その指示を受けた各車両の車長がさらに号令を飛ばす。
「「撃てッ!」」
現地部隊に命令が伝わるまで僅か一秒。
陣地に展開した約十二両のバルカン砲車両と八両の対MS車両が一斉に砲火を放った。
大口径六十ミリ弾と対モビルガンが轟音とともにジオン軍の機甲部隊へ殺到する。
連続する発射音が荒野を埋め尽くし弾丸が地面を抉り岩を砕いた。
マゼラアタックの周囲には砂煙が立ち上り視界が急速に悪化する。
そしてその射線上にいたザクⅡに容赦なく弾丸が迫った。
「バルカン来ますッ! シールド設置!!!」
「アンチモビルガンだ! 備えろ!」
二機一組で行動していたザクⅡ部隊は互いに呼吸を合わせた。
一機が相方の肩へ手を伸ばし、もう一機もそれに応じた。
二機はそれぞれのシールドを取り外すと横向きに地面へ突き立てる。
機体の前面を覆うように即席の防御壁が形成された。
弾丸がシールドを叩き甲高い金属音が響く。
だがジオン軍の狙いは単なる防御ではなかった。
モビルスーツの機動力を支える脚部。
そこを可能な限り隠しながら敵の火力を受け止め攻勢に備える。
敵の砲火を正面からまともに受けるのではなく被害を抑えながら時間を稼ぐ為の戦術だった。
「膝撃ちで応戦! 擲弾装備機は敵の陣地に撃ち込め! 弾数は一発のみ! 無駄撃ちは許さん!」
「了解ッ!」
ザクⅡの一機が片膝をつき、シールドの陰から武器を構えた。
別の機体も敵陣への射線を確保しながら応戦を開始する。
その後方ではモビルスーツ用に準備された弾薬を運ぶ牽引車両が動いていた。
「弾薬コンテナ設置完了!」
車両はモビルスーツの後方へ回り込み、機体の陰になる位置に弾薬を降ろした。
前線で消費される弾薬を補給し、モビルスーツが戦闘を継続できるようにするためだ。
戦場で戦うのはモビルスーツだけではない。
弾薬を運ぶ者。
通信を維持する者。
戦車を動かす者。
その一つでも欠ければ前線はたちまち崩れてしまう。
ジオン軍はその事を理解したうえでこの戦場に臨んでいた。
1210 ジオン軍イラン方面隊 指揮通信・方面隊長車
前線から後方三キロ。
方面隊長車の車内では通信装置が絶え間なく音を立てていた。
「ザク隊が所定の位置に到着しました。現在は敵の砲火を受けながら応戦しています」
女性士官が通信記録を確認しながら報告した。
方面隊長は地図から目を離さずに尋ねる。
「よし、シールドは?」
「活用しています、現時点でザク隊に損害はありません」
「戦車隊は?」
「依然として健在です、損耗は確認されていません」
「よし……」
方面隊長は短く頷いた。
シールドを利用した防御戦術は彼自身が立案したものだった。
モビルスーツの装甲だけを頼りにすれば敵の集中砲火によって脚部を破壊され、身動きが取れなくなる危険がある。
ならば手持ちのシールドを利用して弱点を隠し、敵の射撃を受け止めながら反撃する。
開戦当初の華々しさとは無縁の地味な戦術だった。
しかし戦場で必要なのは見栄えではない。
生き残り任務を遂行することだ。
「迂回部隊の通信車両につなげ」
「了解しました」
女性士官が通信装置を操作する。
方面隊長は地図上の別の地点へ視線を移した。
今、正面で戦っている部隊だけが作戦の全てではない。
敵の目が正面に向けられている間に別の部隊が動く。
この作戦の成否はその動きにかかっていた。
1213 地球連邦軍エスファハーン基地 中央司令部
「第一、第二主力部隊共に戦線を維持しています! 損耗率は一割を超えました!」
報告を聞いたジャミトフは机上の戦況図を見つめた。
「この十分で一割か……」
彼は敵の攻撃が行われた方角を確認する。
「ジオンの指揮官もやるな非常に手堅い。もう少し内側に食い込めばこちらのものなのだがな」
敵の判断をジャミトフは率直に評価していた。
無理に前進せず戦車の砲撃とモビルスーツの防御を組み合わせて、こちらの火力を受け止めている。
しかも正面で戦う部隊の背後には別の意図が隠されているように感じる。
目の前の敵を倒すことだけを考えていては、その奥にある作戦を見誤る。
ジャミトフは戦況図の上に指を置き、わずかに笑った。
「戦後は……その者と盤上で戦争をしたいものだ」
彼は敵の指揮官を評価した。
「第一、第二主力部隊には死守命令を出せ。後退は一歩も許さん、その命が散るまで敵に食らいつけ!」
ジャミトフの声が本部に響き渡り、周囲の幕僚たちが息を呑んだ。
彼は表情を変えず戦況図を見つめ続ける。
「あれで全てではあるまい」
先の戦闘で連邦軍は多数のモビルスーツを撃破していた。
それでも今こうして戦場に現れた敵のモビルスーツがジオン軍の全戦力だとは考えられない。
敵はまだ何かを隠している。
でなければ、あれほどまでに考えられた攻撃ラインを設置できるはずがない。
「敵の戦力を……全て差し出させる」
ジャミトフは静かに言い切った。
「潰すのは……それからだ」
1230 エスファハーン基地 格納庫
遠くで砲撃音が響いた。
重い音が壁を伝い、格納庫の床をかすかに震わせる。
ここまで届く音は前線で鳴り響く砲声そのものに比べれば小さなものだろう。
それでも彼には十分すぎた。
砲撃音が聞こえるたびに胸の奥が締めつけられる。
戦場に出る前からこんなにも恐ろしいものなのか。
彼は息を吸おうとした。
「ふぅ……ふう……」
うまく呼吸ができない。
肺に空気を送り込もうとするほど息が浅くなっていく。
喉が乾き指先に力が入らない。
彼は目を閉じ、もう一度ゆっくりと息を吸った。
吐く。
また吸う。
自分の呼吸だけに意識を集中させる。
落ち着け。
そう自分に言い聞かせても遠くの砲撃音が容赦なく現実を突きつけてくる。
あの向こうでは……人が死んでいる。
そして今日、自分も……。
そこまで考えた瞬間、彼は思考を振り払うように頭を振った。
今は考えるな。
まずは呼吸を整える。
彼はもう一度、深く息を吸い込んだ。
同時刻 地球連邦軍 第一主力部隊(ティラン地区)
「こちら第一主力! 敵の攻撃は苛烈ッ! 敵の攻撃は苛烈ッ!」
通信機から切迫した声が飛び込んでくる。
「砲撃要請! 火点K! 速やか! 送れッ!」
「了解ッ! 目標火点K! 砲門修正!」
砲兵陣地では指揮官の命令に従って砲身が動いた。
照準が定まり砲手たちが発射準備を整える。
「撃てッ!」
次の瞬間、甲高い発射音が戦場に響き渡った。
砲弾が空を切り遠方の大地へと飛んでいく。
「来たぞ! 砲兵の支援だ!」
塹壕に身を潜めていた連邦軍兵士たちから歓声が上がった。
「戦場の女神だ!」
「やっちまえ!」
「いゃっほぅ!」
頭上から細かな砂がぱらぱらと落ちてくる。
雄叫びを上げながら兵士たちは笑っていた。
つい先程まで敵の砲撃にさらされ頭を上げることさえままならなかったのだ。
反撃の砲声は彼らにとって単なる火力支援ではなかった。
自分たちが見捨てられていないという証だった。
砲弾が敵陣へ届くたびに塹壕の中で歓声が広がる。
「いいぞぉ〜やっちまえ!!」
まるで本当に女神が舞い降り、彼らを救ってくれたかのようだった。
宇宙世紀となっても尚、陸上戦闘における女神は砲兵に他ならなかった。
ジオン公国軍 ティラン地区
「砲兵の攻撃が来ますッ!」
「備えろッ!」
ザクⅡの隊長が叫んだ。
各機は即座に姿勢を低くしコックピット周辺を守る。
何機かは地面に突き立てていたシールドを引き抜き、上空へ向けて構える。
次の瞬間、砲弾が着弾した。
爆発音が轟き砂塵が一気に巻き上がる。
衝撃が地面を伝いザクⅡの装甲を震わせた。
「全機! 損耗を確認しろ!」
隊長が叫び、部下たちの状況を確かめようとする。
だが、その瞬間だった。
砲撃に備えてシールドを上空へ向けていた複数のザクⅡ。
その脚部に連邦軍のバルカン砲が集中した。
砲弾が装甲を叩き砂地を抉る。
「クソッ! 目を凝らしてやがるな!」
隊長機が声を荒らげた。
連邦軍は砲撃を防ぐためにシールドを動かしたザクⅡの隙を見逃さなかった。
上空への防御に意識を向けた瞬間を狙い、機体の脚部へ火力を集中させたのだ。
シールドを使えば砲撃への備えは厚くなる。
しかし構えを変えれば別の方向に隙が生じる。
防御のための動作そのものが敵に攻撃の機会を与えていた。
地球連邦軍 第一主力部隊(ティラン)
「損耗を与えられなかったか……」
バスク少佐は戦況報告を聞きながら敵の動きを見つめていた。
砲兵の攻撃に備えてシールドを上方へ向けたザクⅡ。その動きを見て彼はすぐさまバルカン砲による脚部への攻撃を命じていた。
しかし敵の防御もまた堅い。
致命的な損害を与えるには至らなかった。
「だがこれが長引けば……神経をすり減らすのは奴らだ」
バスクはゴーグルの奥で目を細めた。
「このまま適度に揺さぶるとしよう」
砲撃が続く戦場にあっても彼の声には焦りがなかった。
敵の防御を崩せないなら無理に押し切る必要はない。
砲兵とバルカン砲を組み合わせ、相手が防御を変えるたびに別の弱点を狙う。
戦場の主導権を握るには敵に自分の手を読ませず、判断を強いることが重要だった。
バスク・オムは砲撃の雨に打たれるザク部隊をゴーグル越しに見つめていた。
その口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
1235 ジオン公国軍 北部奇襲部隊
「大隊はアルデスターンに到着。敵影は確認できず」
モビルスーツ大隊に随伴する通信車両から本部へ報告が送られた。
「本部了解。指示を待て」
「了解」
通信を終えた隊員たちは周囲の地形を改めて確認した。
アルデスターンへ続く道の先には山間部と開けた土地が入り交じる地形が広がっている。砂塵の向こうに敵が潜んでいたとしても不思議ではなかった。
「見えるか?」
「敵の横っ腹だけですね。歩兵も見えませんよ」
「熱源探知は?」
「使用しています、山間部ももぬけの殻みたいです
隊長は眼鏡を用いて地形を見渡した。
敵の姿が見えない。
歩兵もいない。
熱源探知にも反応がない。
あまりにも静かだった。
「本部より大隊へ。熱源探知の使用状況を報告せよ」
「あー、熱源探知は使用。山間部についても反応は認められず」
「了解。引き続き待機せよ、通信終わり」
「了解」
通信が切れた。
「まだ待機ですか?」
部下が尋ねる。
「そうだな。しかし直に前進命令も来るだろう」
隊長はそう答えながらも視線を地形を眺めていた。
1236 ジオン公国軍 方面隊長車
「妙だな……」
方面隊長は地図を見つめたまま呟いた。
「何がですか?」
女性士官が尋ねる。
「何故、ここに歩兵部隊を置かない?」
方面隊長の指がアルデスターンからエスファハーンへと続く道をなぞった。
本来ならクーパイエ地区に本隊を置き、アルデスターン方面には警戒部隊を配置する。
それがこの地形で防衛線を構築する際の基本的な考え方だった。
少なくとも地雷原を設けるくらいはしているはずだ。
それなのに報告された道筋には目立った警戒部隊が存在しない。
敵が防衛を怠ったのか。
それとも、態と隙を作っているのか。
方面隊長はこれまでに入ってきた報告を頭の中で並べ直した。
北部には奇襲部隊がいる。
南部にも別の奇襲部隊が用意され、そちらには警戒部隊が配置されていることが確認されていた。
にもかかわらずアルデスターンからエスファハーンへ抜ける道にはあまりにも不自然な空白がある。
「……こいつだな」
方面隊長はようやく答えにたどり着いたように呟いた。
敵はこちらを引き込もうとしている。
何が待ち受けているにせよ、アルデスターンを通過させた上で叩き潰すつもりなのだろう。
「アルデスターンに一個小隊を残せ、他の部隊は予定どおりクーパイエへ前進させろ」
「了解しました」
女性士官は命令を通信担当へ伝えた。
方面隊長は再び地図に目を落とす。
敵が隙を見せているのなら、そこには理由がある。
我々の問題はその理由を見極めた上でこちらが先手を取れるかどうかだ。
方面隊長はエスファハーン基地のある方角を睨みつけた。
1240 エスファハーン基地 中央司令部
「ハイマン司令! 南部警戒部隊が敵と接触! 現在、応戦中です!」
報告を受けたハイマン司令はすぐに顔を上げた。
「来たか、砲兵の火力支援を回せ!」
「了解!」
通信担当が指示を伝達する。
ハイマンは戦況図を見つめながら静かに言った。
「向こうは正面と南部からの飽和攻撃で、我々の切り札を出させるつもりだ」
敵は正面から圧力をかけながら南部にも攻撃を仕掛けてきた。
複数の方向から同時に攻め立てれば防御側はどこに主力を向けるべきか判断を迫られる。
守りを固めれば別の場所が手薄になり、戦力を分散させれば各個撃破の危険が増す。
そして敵が最も知りたいのは連邦軍が何を隠しているかということだろう。
「だが……そう信じ込んでいるからこそのやり方もある」
ハイマンは戦況図の一点を見つめた。
敵がこちらの切り札を探しているのなら、こちらはその思い込みを利用することもできる。
戦場では相手の考えを読むことが重要だ。
しかし相手もまた、こちらの考えを読もうとしている。
その読み合いこそが作戦の成否を左右する。
1245 アルデスターン南方上空
戦場の空に回転プロペラの音が響き渡った。
地上の砲撃音とは違う連続した唸りが砂塵の上を駆け抜けていく。
「アタッカー隊、突入開始」
ジャミトフの命令を受け、攻撃ヘリ部隊が南方ルートからアルデスターン方面へと進入した。
続いて同じルートを利用し、攻撃機と爆撃機も侵入する。
彼らの目標は南部の警戒部隊。
そしてそこを突破してくると予想されるジオン軍のモビルスーツ部隊だった。
地上で戦う兵士たちが砲撃と機銃の応酬を続ける一方、空からは新たな火力が戦場へと加わった。
1250 ジオン公国軍 方面隊長車
「航空戦力だと?」
方面隊長は報告を聞き返した。
「はい。南部に攻撃機および爆撃機が四機。アルデスターンには攻撃ヘリや偵察ヘリが二十機以上集中しています」
「ほう……」
彼は地図へ目を戻した。
なるほど。
アルデスターンの向こうには敵の切り札が存在する。
連邦軍は、こちらをその地点へ誘い込むために、あえて道を開けていたのだ。
そう考えれば、これまでの状況にも説明がつく。
アルデスターンに敵の姿が見えなかったのはこちらの目を引きつけるため。
南部の警戒部隊が配置されていたのはそこを突破しようとする部隊を足止めするため。
そうなれば我々は北部の奇襲部隊は更に東から回り込むしかない。
もちろん敵も東に部隊を用意しているだろう。
しかしこちらも十分な間隔を保ちミノフスキー粒子の散布下であっても通信車両による連絡網を維持している。
部隊間の指揮統制にも問題はない。
敵がどれだけ抵抗しようと包囲する形を作れれば優位は揺るがない。
方面隊長はそこまで考えてから、ふと疑問を覚えた。
「敵の戦車は、まだ見つからんのか?」
「現在まで、機甲戦力は確認されていません」
連邦軍が主力とするはずの機甲戦力が、いまだに姿を現していない。
その事実が彼の推察を少しずつ誤った方向へと導いていた。
アルデスターンを抜けた先には連邦軍の主力戦車群が待ち構えている。
そこから一斉に砲撃を浴びせるつもりなのだろう。
彼はそう結論づけた。
「よし。北部奇襲部隊の本隊はクーパイエからエスファハーンへ向けて西進させろ。アルデスターン部隊は三十分後に進撃を開始!」
「了解しました!」
命令が伝達される。
北部奇襲部隊の本隊をクーパイエ方面から西進させ、敵の機甲戦力をそちらへ引きつける。
その間にアルデスターン側から別働隊を進入させ、敵を殲滅する。
方面隊長は地図上で二つの進路を見比べた。
敵の罠を見抜いたつもりだった。
しかし彼が見抜いたのは敵が仕掛けた罠の一部にすぎなかったのだ。
1245 地球連邦軍 第三主力部隊(クーパイエ地区)
「敵影を確認!! こっちへ来ます!!」
見張りの歩兵が叫んだ。
土煙の向こうからジオン軍のモビルスーツが迫ってくる。
地面を踏みしめる重い振動が伝わり、防衛陣地に緊張が走った。
「支援は回せないのか!?」
「司令部から直接通信来てます!! 支援要請は不可との命令です!!」
「なんだと!? くそっ!!」
部隊指揮官は歯を食いしばった。
正面から迫る敵を前にしても援軍は呼べない。
ここで持ちこたえるしかなかった。
「機関銃手を除いて全員ランチャーを構えろッ!! モビルスーツを近づけさせるな!」
「了解ッ!!」
「了解!」
「了解っ!」
歩兵たちは塹壕の中で身を低くしながらランチャーを構えた。
震える手で照準を合わせる者もいれば、迫り来る敵を睨みつける者もいた。
「バルカン砲部隊に損耗確認!! 四両撃破されました!」
「四両だと……!?」
報告に指揮官の顔が歪む。
防衛線を支えていた火力が次々と失われている。
このままでは陣地が突破されるのも時間の問題だった。
「何としてでも抑えるんだッ!! 耐えれば……耐えればこちらのモビルスーツが来てくれる!!」
彼は自分自身にも言い聞かせるように叫んだ。
ここで敵を食い止めなければ後方の部隊まで危険にさらされる。
援軍が来るまで耐え抜く。
それが彼らに与えられた任務だった。
「「了解ッ!!」」
彼らは声を張り上げて応じた。
恐怖を押し殺しながらランチャーを構え直す。
誰もが分かっていた。
ここで踏みとどまれなければ自分たちの命だけでなく、後方の仲間たちの命まで危険に晒す事になる。
砂煙の向こうでザクⅡが近づいてくる。
連邦軍第三主力部隊の歩兵たちは、援軍が到着することを信じて引き金に指をかけた。
1300 アルデスターン地区
乾いた大地の上空を攻撃ヘリの編隊が飛び交っていた。
地上ではザクⅡ部隊が陣地を維持し、機関砲による攻撃に耐えながら対空射撃を続けている。
装甲を叩く弾丸の音が響き砂塵が舞い上がった。
その最中攻撃ヘリ部隊に司令部からの指令が届く。
「射撃停止」
短い命令だった。
指令を受けた攻撃ヘリ部隊は機関砲とロケットによる攻撃を一斉に停止した。
代わるように別の攻撃ヘリ部隊が新たに空域へと進入してくる。
編隊が入れ替わった。
「第二攻撃始め!」
新たに到着した攻撃ヘリ部隊が一斉に射撃を開始する。
機関砲が唸り、ロケット弾が地上へと放たれた。
「怯むな! 対空射撃を続けろ!」
ザクⅡの隊長が叫ぶ。
ザクⅡたちは機関砲の攻撃をものともせず、上空の敵へ銃口を向けた。
装甲に弾丸が弾かれ、機体が衝撃に揺れる。
それでも各機は射撃を続ける。
しかし連邦軍の攻撃はザクⅡを破壊することだけが目的ではなかった。
「スモークだッ!」
誰かが叫んだ。
直後、地上に白い煙が広がった。
攻撃ヘリ部隊が放っていたのは煙幕弾だった。
濃い煙が風に流され、地面を這うように広がっていく。
たちまち視界が奪われた。
敵の姿が見えない。
地形も見えない。
隣にいるはずの味方さえ、煙の向こうにぼんやりとした影としてしか認識できなかった。
不用意に前進することも後退することもできない。
動けば味方のザクⅡにぶつかるかもしれない。
銃を向ければ、そこにいるのが敵のヘリなのか味方なのモビルスーツなのかすら分からない。
「動くな!」
隊長の怒声が通信回線を震わせた。
「各機、その場を維持しろ! 無闇に動くな!」
煙は容赦なく視界を覆い続ける。
だが一機のザクⅡが耐えきれなくなったように、目の前の濃い煙を振り払おうと腕を振った。
彼のモノアイカメラに突然ザクⅡの顔が映り込む。
「ヒッ……!」
思わず声が漏れた。
目の前にいたのは味方の機体だった。
そう理解した瞬間、彼は自分の反応が馬鹿馬鹿しく思えた。
戦場で味方に驚くなど笑い話にもならない。
半笑いのまま彼は口を開いた。
「なんだよ、驚かせ…」
言葉は最後まで続かなかった。
轟音もなかった。
警告もなかった。
ただ一瞬で通信が途絶えた。
数秒後。
「な、なんだ!? おい! デルタ4! 応答しろ! デルタ4!」
隊長が通信機に怒鳴った。
返答はない。
「なんだ!? やめろ!!」
周囲では次々とモビルスーツが倒れていく。
「隊長! 煙幕の中で友軍誤射が発生しています!」
「誰だ! 落ち着け! 暴れるな! それでもジオン軍人か!」
隊長は声を張り上げた。
煙幕の中で動き回れば味方を撃つ危険がある。
更には隊列を崩せば敵に各個撃破されかねない。
だからこそ動くなと命じたのだ。
しかし報告を聞いた隊長は、ふと違和感を覚えた。
「待て……」
通信回線を確認する。
「今、俺達の生存シグナルは三機だ」
味方誤射を報告した兵士。
暴れるなと叫んだ兵士。
そして自分。
それ以外の機体からは生存信号が無かった。
隊長は沈黙した。
では、暴れているのは誰だ。
煙幕の向こうで何かが動いたような気がした。
隊長機はマシンガンを構える。
「……全機、周囲を警戒しろ」
返事はなかった。
濃霧のような煙の中で三機のザクⅡは自然と背中合わせに立っていた。
互いの死角を補い見えない敵に備える。
だがその動きにはもはや連携というよりも恐怖からくる本能が滲んでいた。
味方じゃない。
何かがいる。
この
そう考えた瞬間、隊長のモノアイカメラが何かを捉えた。
煙の向こう。
すぐ目の前。
不気味な音を立てるザクⅡのモノアイが光っていた。
同時刻 クーパイエ地区
「進め! 連邦軍の陣地は突破したぞ!」
ジオン軍のモビルスーツが連邦軍の塹壕を乗り越えて前進していた。
戦車の砲撃とモビルスーツの火力によって連邦軍の防衛線は一部で崩れ始めていた。
ザクⅡが塹壕を踏み越える。
その足元には、先程までランチャーを構えていた連邦軍兵士が倒れていた。
兵士の身体はすでに原形を留めず、土壁に背中を預けるような姿勢で動かなくなっていた。
エスファハーン基地 中央司令部
「第三主力部隊、壊滅!」
通信兵の報告が司令部に響いた。
「ッ……そうか」
ジャミトフの表情が一瞬だけ揺らいだ。
第三主力部隊が壊滅した。
敵の進撃を止めるために配置した部隊が戦闘を継続できない状態に陥ったのだ。
だが彼はすぐに思考を切り替えた。
「攻撃ヘリを全機そちらへ向かわせろ! 砲撃も絶やすな!」
「了解!」
通信兵が命令を伝達する。
ジャミトフは戦況図に目を落とした。
第三主力部隊が失われた以上、敵の突破を放置することはできない。
ここで進撃を許せば前線全体が崩れる危険がある。
その為攻撃ヘリ部隊に戦線維持を命じたのだ。
本来はヘリコプター部隊に対して命ずるべきでない愚策。
それでも戦力を惜しんで戦場を失うわけにはいかなかった。
同時刻 ジオン公国軍 方面隊長車
「よしッ! 突破したか!」
方面隊長は戦況報告を聞いて拳を握った。
「そのままエスファハーンへ前進させろ! 南部の奇襲部隊にも全力攻勢を仕掛けさせろ!」
「分かりました」
「この車両も前進させろ!」
「はっ!? 何をおっしゃるのですか!」
女性士官が思わず声を上げた。
方面隊長は彼女を睨みつけた。
「これは敵を瓦解させる最後の好機だ! 何としてでもここで正面を抜かねばならん!」
「しかし司令官ご自身が前線へ出られるのは危険です!」
「士官学校で学ばなかったか! 突撃の際は指揮官が先導せよと!」
「ッ……」
女性士官は言葉を失った。
方面隊長はすでに決断を下していた。
「ここで正面を破らねば中東での勝利はありえん! 早く車両を出せ!」
彼は地図上の敵陣を睨みつける。
「総大将自らが先導してこその士気向上だ!」
その声には戦況を覆そうとする焦りと、兵士たちを勝利へ導こうとする執念が込められていた。
女性士官はしばらく彼の顔を見つめていた。
彼女が諦めたように溜息をつくと、
「……分かりました」
方面隊長車のエンジンが始動した。
1305 ムルチェ地区
「おい! あれを見ろよ!」
「方面隊長じゃねえか!?」
「なんでこんなところに!」
前線の兵士たちが進んでくる指揮車両に気づいた。
その姿を認めた方面隊長は車両から身を乗り出し、兵士達に向かって声を張り上げた。
「栄えあるジオン公国軍の兵士たちよ!」
砲声の合間を縫ってその声が戦場に響き渡る。
「今こそ連邦軍を撃滅する好機である! 我らの正義の御旗のもとに命を懸けて戦え!」
彼はジオン公国の旗を掲げ、号令を飛ばした。
「総員、突撃ィッ!」
彼の勇ましい言葉に、一瞬にして気が引き締まった前線兵士達は奮い立ちその一歩を踏み出した。
「万歳ッ!」
「ジオン公国に栄光あれぇ!」
「突撃ィィィ!」
ジオンの兵士達が叫ぶ。
恐怖を押し殺すように。
仲間の死を振り払うように。
勝利を信じようとするように。
ジオン軍の兵士達は突撃を敢行した。
同時刻 アルデスターン地区
そこには多数のザクⅡが横たわっていた。
通信車両や歩兵戦闘車は煙を上げ、焼け焦げた車体から細い煙が立ち昇っている。
その中で無傷のグラマンが静かに立ち尽くしていた。
グラマンはビームサーベルを収める。
足元には護衛の戦車が一両。
歩兵戦闘車が一両控えていた。
「スガイ少尉、おめでとうございます! 六機撃破ですね! これで十二機……凄まじい勢いですよ! 戦後にはエースパイロットですね!」
「ははは、そんなに褒めないでくださいよ」
ノエルは自分の緊張を解すためか、常に優しい口調で日常と変わらないように話しかけてくれていた。
「ゆっくりでいいので前に行きましょう!」
「そうですよ。敵にバレないのも目的ですから少し慎重なくらいがちょうどいいんです!」
感謝しかないな。
シンヤは心の底からそう思った。
攻撃ヘリ部隊がザクⅡの対空砲火を受けていた時もそうだった。
忍び寄るのを忘れ、思わず走り出しそうになった自分をノエルは引き留めてくれた。
「落ち着いてください。あれはスガイ少尉のために命を張ってくれてるんですよ」
彼女は機体の僅かな動きからシンヤが焦っていることを察したのだろう。
「事実ですから褒めるも何もありません! では次はクーパイエから進撃してくるモビルスーツ集団です! 同じ手が通じるか分かりませんがやってみましょう!」
本当に気遣ってくれているのだろうか。
話すたびに彼女自身が気分よくなっている気もする。
……もしかして戦闘狂なのかな?
そうは見えないお淑やかな子だけど……。
シンヤはそう思いつつもノエルの指示に従いクーパイエ地区へと走り出した。
その後ろを護衛車両が追いかけていった。
しばらくしてノエルの声が耳に入る。
「停止してください。伏せて」
「……」
「こちら戦闘車。偵察に出ます」
護衛の歩兵戦闘車の車長が声を上げた。
「了解」
しばらくして報告が上がる。
「第三主力は壊滅しましたね」
「えっ」
「これは……酷い。逃走を図っている連邦車両も見えません」
「敵の数は……?」
「モビルスーツのみですね。約十二機」
「……どうしましょうか。このままじゃ奇襲ができませんよね」
甲高い音が鳴った。
「そうです……うん? アンダーソン伍長! クーパイエ方面について情報は?」
クーパイエ方面から砲弾の雨が降り注いだ。
「……今来ました! えーと、砲撃で砂原にクレーターを作りつつ攻撃ヘリで防衛線を構築。スガイ機と護衛部隊は避けようと逸れてくるモビルスーツ部隊を奇襲せよ……」
「……」
「それは……まあ、なんとも力づくの作戦ですね」
「俺らもクレーター作りに専念していいか?」
護衛の61式戦車から戦車長が顔を出した。
「貴方たちの仕事はクレーター作りではなくジオン兵の間接的なお墓作りです!」
「あいよ」
車長はノエルの言葉に肩を竦めて車内へ戻った。
ハッチを閉める音が響く。
え、怖。
何この人。今、怖いこと言わなかった?
そんな表現方法持ち合わせてるの? 怖……。
シンヤはノエルの性格に少しだけ恐怖を覚えた。
「じゃあ黙ってここでジオンさんが来るのを待ちましょうか」
部隊間共有モニターに彼女の笑顔が映る。
「は、はい」
同時刻 エスファハーン基地 中央司令部
「砲兵隊及び攻撃ヘリ部隊による攻撃でクーパイエ方面の敵部隊は進軍ルートをわずかながら北部に変更しています!」
「そのまま火力を投射し続けろ! 空軍にはクラスター爆弾を投下させろ!」
「ッ! 了解!!」
1320
音速を超えるステルス爆撃機が二機編隊を組み、クーパイエから迫るジオン軍の前方上空に飛来した。
「
爆弾が投下される。
直後、地上に分厚い爆発のカーテンが敷かれた。
砂煙と爆炎が連なりジオン軍の進路を塞ぐ。
正面への前進が困難になった部隊は爆撃を避けるように進路を北へと変えていった。
連邦軍が仕掛けた火力の壁によって、北部奇襲部隊の本隊は意図した方向へと誘導されていく。
南部 マジュサイ地区及びシャールザー地区
南部奇襲部隊にも方面隊長から命令が下った。
「南部を突破せよ! 突撃命令!」
「よし! 東は戦線を突破して背後を突いたッ!」
「西側も飽和攻撃から総突撃に切り替えたぞ!」
「モビルスーツ隊! 前進!! 目にもの見せてやれ!」
「おう!!」
ジオン軍は周辺にいた地球連邦軍の警戒部隊へ念入りに射撃を加え、確実に損害を与えながら前進した。
1330 スガイ機及び護衛部隊
「……来ましたね」
「そこだ!!」
不意打ちだった。しかも敵はまとまって行動している。
連邦軍の攻撃は同時に二機のザクⅡの脚部を捉えた。
起き上がろうともがくザクⅡへ戦車砲が叩き込まれる。
それを確認すると即座にグラマンは地面に伏せた。
「すまんなぁ、撃墜数奪っちまったわ」
部隊間モニターに戦車長の顔が映った。
「大丈夫ですよ。やれるときにやらなきゃ自分がやられちゃいますから」
「若いのに分かってんね! いいねえ~」
「後続が来ます!! 十機!」
「ここからは奇襲じゃない……どうするか」
「では私たちで気を引きましょう」
歩兵戦闘車の車長が声を上げた。
普通のモビルスーツパイロットであれば、即座に却下する提案だっただろう。
モビルスーツを駆るパイロットは自分の力を過信し、他部隊を下に見てしまうことがある。
「何故ですか! 貴方たちにはモビルスーツを倒せない!」
そんなふうに言い放つ若いパイロットもいるだろう。
だがシンヤは違った。
初陣の日からよく見ていた。
全ての部隊が自分のために行動し、自分は全ての部隊のために行動する。
それが作戦であり任務遂行であり、勝利への道なのだと。
ジャミトフと顔を合わせるたびに、その目から考えを読み取ってきた。
シンヤはジャミトフから託されたグラマンのパイロットだ。
自分のエゴや一時の感情を優先してはいけない。
少なくとも戦闘車の乗員や戦車兵たちは大人であり軍人だった。
ジャミトフの部隊として長く勤務している者たちもいるだろう。
彼らがジャミトフのやり方を体に染み込ませているという確信がシンヤにはあった。
ならば自分はグラマンを駆るパイロットとして私念を捨てよう、そう気持ちを切り替えた。
「……分かりました! お願いします!」
「任せてください。戦車長ッ!? 行けますよね!?」
「囮か? 行進間射撃を許してくれんならやってやるよ」
「では決まりです。歩兵戦闘車は正面を抜けてザクの足元に食らいつきます。戦車は真横を通過しながら射撃して敵の目を逸らしてください」
「あいよ。そっちも楽しそうじゃねえか。小回りが利くからこその動きだな」
歩兵戦闘車はその名のとおり歩兵に対しては圧倒的だが、対モビルスーツとなると火力は限られている。
そのため61式戦車と同じように横を走ったところで、無視される可能性が高い。
ならば正面から突き破り、そのまま足元で動き回って相手を翻弄する方が混乱を誘える。
「歩兵戦闘車ァ、前進!」
「陸の王者ぁ~、ぜんしーん!」
歩兵戦闘車は勇猛果敢にザク部隊の正面へ姿を現した。
一方の61式戦車は車内でカッカッカッと笑いながら、ザク隊の左側へと回り込んでいく。
ジオン軍 クーパイエ奇襲部隊本隊
「正面! 連邦軍の歩兵車両です!」
「何!? 気でも狂ったか!?」
「射撃してきました!」
「そいつの火力では俺たちの装甲は抜けない! 怯むな!」
「ザクの足元につくぞ! メインカメラに弾幕を張れ!」
車長はガンナー席に身を乗り出した銃手に指示を出す。
「了解ィ! うおおおお!!!」
重機関銃がザクに向かって放たれた。
「エコー2、射撃しろ」
「了解です」
ザクⅡがゆっくりとマシンガンを構えた。
相手は歩兵戦闘車だ、慌てる必要はない。
掠めて転倒でもさせればいい。
エコー2が引き金を引こうとしたその時、機体が大きく揺れた。
そのせいで発射された弾は大きく逸れる。
「なんだ!!」
「戦車です! 左側面!!」
「よっしゃあ!!! 命中ぅ~! 次弾装填急げぇ~!」
「隊長、これは
「わーってるよ。気持ちを戦車に伝えてんの」
「連邦軍の戦車が一両! 射撃してきます!」
「エコー第2小隊が対応! 牽制しろ!」
「くそっ! 当たらん! 砂丘が邪魔だ!!」
歩兵戦闘車
「助かったな! 流石はモスクワ上がりの戦車兵だ!」
「このまま脚へ食らいつきます!」
「了解! 踏み潰されるなよ!」
「分かってます!! こちとら操縦検定2級ですよ!」
「お前が操縦する車がどんな挙動を起こすか分からないってのが幸をなすとはな!?」
「ザクⅡ部隊まで五十メートル!」
「突っ切れェ!!」
「うおおおおお!!!」
機銃手は対空砲火のように銃口を直上へ向けて射撃した。
歩兵戦闘車はザクの群れを通り抜ける。
「反転! もう一度だ!!」
「チビっちゃいますよこれ!」
機銃手は笑いながら弾薬を交換した。
「足元を歩兵車両が突き抜けました!」
「下に来たら踏み潰せ!」
「クソッ! 擲弾あるやついるか! 戦車に放て!」
「さっきの連邦軍に全部使っちまった!」
「俺もだ!」
「私もない!」
「くそ! 精密射撃じゃ対処できねえぞ!」
「榴弾の残弾なしにつき徹甲弾に切り替え~」
車長の声が戦車内に響いた。
「……」
操縦手はガムを取り出すと口に放り込んだ。
「お、ガムあんの。くれよ」
「そっちにもありますよ。左のカゴを見てください」
「この緑の柄のやつ?」
「そうです。ミントですけど良いですか?」
「いいねえ。モビルスーツ相手にもスッキリ、口内もスッキリ。スッキリ尽くしだ」
「よし、十分に密集させられたな」
「戦車長!」
歩兵戦闘車と61式戦車の回線が開かれた。
「あいよ」
戦車長は何かを口に含んでいるのかクチャクチャと音をたてていた。
「煙幕弾用意できますか?」
「ああ、四発分な」
「ではこちらが先に発射しますのでその後お願いします」
「あーいよ」
戦車長は口の中のガムを噛みながら砲塔を操作した。
「さぁて本腰いれっかな! 英雄さんに砂ばかり被せられん」
歩兵戦闘車
「擲弾筒! 煙幕! ミノフスキー粒子! 散布!」
歩兵戦闘車の側面に搭載された擲弾筒から、ポンポンと甲高い音が響いた。
煙幕と微量のミノフスキー粒子がザクⅡの足元へ散布されていく。
「クソッ! また煙幕かよ!! こいつら俺たちを燻製にでもする気か!?」
「味方の歩兵戦闘車が到着!!」
「通信車両も来てます!」
「こちらモビルスーツ部隊! 歩兵戦闘車! 敵の歩兵車両を潰せ!」
「了解……。なんだぁあいつら? なに小躍りしてんだ?」
ジオン軍の歩兵戦闘車は煙幕の中へ突入した。
機銃を放ちながら走り続ける連邦軍の歩兵戦闘車を見つけると車長は目標を定めた。
「あれか、目標二時の方向! 撃てっ!」
「ジオンの歩兵車両です!」
「何!? 護衛を連れているのか!?」
想定外だった。
これまでのジオン軍にはモビルスーツを護衛する歩兵戦力が殆ど見られなかった。
車長は何かを決心したかのように顔色を変えると、操縦手と機関銃手に目を向ける。
二人は頷いた。
車両は椅子に深く座り直し、自らの頬をパチンと叩くと小銃を取り出し窓から身を乗り出した。
そして、
「やるしかないな」
彼はザクに向けて発砲した。
61式戦車
「なぁんだ? 敵も歩兵いるじゃねえか……ん?」
煙幕の中に不自然に火薬の煙が混ざっていた。
戦車長は目を細める。
「……方向転換。目標、巨人の群れ」
砲塔をザクへ向けたまま車体は超信地旋回を始める。
「了解」
「アイツらの任は俺たちが引き継ぐ」
スガイ機
「歩兵戦闘車のシグナルロスト!」
ノエルから報告が上がった。
「……ッ」
シンヤは息を呑んだ。
「まだです。もっと気を引かせないと」
ノエルの声は落ち着いていた。
「こちら戦車! これよりジオン人共に会いにいく!」
「ッ!? ヤーコフ曹長!?」
「煙幕弾を発射後、駆け抜けてこい! 敵を誘引できるのはここまでだ!」
「了解!」
「いいねぇ、地響き」
半ば混乱している十数機のザクⅡ。
その足元を61式戦車が駆け抜けていく。
スガイもその勇姿を離れた場所から眺めていた。
61式戦車 護衛部隊
ザクの足元に侵入すると、やがて煙幕の中に三両の車両の影が浮かび上がる。
二両はジオン軍のラウンデルが貼られた歩兵戦闘車と通信車両。
もう一両は地球連邦軍のラウンデルが貼られた歩兵戦闘車だった。
それを見たヤーコフ戦車長は一言だけ呟いた。
「いいねえ」
61式戦車は地球連邦軍の歩兵戦闘車に車体を乗り上げる。
「煙幕弾! てぇっ!!」
砲身を最大限に上向けて煙幕弾を発射する。
ザク部隊のメインカメラ付近に見事着弾し、擲弾筒よりも濃い煙幕が広がった。
「良い匂いだろ?」
戦車長はキューポラから半身を出すと笑いながらザクに向けて手を振った。
そしてその背後からはザクⅡの手が忍び寄っていた。
戦車による煙幕の展開を確認するとノエルが声を上げた。
「前進!!」
その声に即座に反応しグラマンは前傾姿勢になりながら走り出した。
煙幕の中で混乱するモビルスーツ部隊へ接近する。
十分に距離を詰めたところでシンヤはビームサーベルを取り出した。
その時、彼のカメラにあるものが映った。
ザクⅡの一機が61式戦車を持ち上げ、地面へ叩きつけ、
踏み潰した。
爆発はなかった。
恐らく誘爆する弾薬がなかったのだろう。
彼らは残弾が尽きていた。
「……ッ」
シンヤは怯んだ。
それでも動きに遅れはなかった。
戦闘を終わらせる。
基地に帰る。
任務を遂行する。
ハナに会う。
その思いを胸にグラマンはビームサーベルを振り下ろした。
ジオン軍 方面隊長車
「南部が壊滅だと!?」
「はい! 機甲師団と攻撃ヘリが波状攻撃を行い全滅です!」
女性士官が青ざめながら報告した。
彼女もまた方面隊長の作戦と指示を評価していた。
そうであったが故に彼女にとってもこの結果は衝撃だった。
地球連邦軍はアルデスターンの先に機甲戦力を蓄えていたのではない。
実際に敵の戦車は南部に集中していた。
ならば何がいたのだ。
何が……アルデスターンの先にいたのだ。
方面隊長は地図を見つめたまま黙り込んだ。
予備火力戦闘団
「敵部隊殲滅完了!! 第一大隊は北部の味方モビルスーツと合流! 第二、第三は主力部隊の援護に向かえ!」
「了解!」
「各車前進!」
「戦車前進ッ!」
「戦車前進!」
「戦車前進!」
隊列を成していた百両を超える戦車や装甲車、歩兵戦闘車が三つに分かれていく。
砂塵の向こうから現れた大規模な機甲戦力は、それぞれの進路へ向かって前進を開始した。
エスファハーン基地 中央司令部
「決まったな」
ジャミトフ・ハイマンは椅子に深く座り込んだ。
「攻撃ヘリ隊はグラマンに回せ。空軍は第一、第二主力部隊へ。バスクにも潰走に見せかけた撤退を行わせろ」
「分かりました」
その近くではリルがモニター越しにシンヤの姿を見つめていた。
「へえ、やるじゃないシンヤ」
普通であれば狂乱状態に陥ってもおかしくない状況だった。
それでも自制を保ち、護衛部隊との連携を崩さず戦っている。
リルはそんな彼を尊敬していた。
「それにグラマンも、見た目がほぼザクなのを利用してジオン側は友軍と誤認してるし。ありゃあ国際法違反なんじゃないの。あ、南極条約を無視してる連中に国際法もなかったわ~」
軽口を叩くリルの横で、ハナは複雑な表情を浮かべていた。
「……」
幼馴染の彼が、たくさんの人間を殺している。
その事実に胸が苦しくなっていた。
戦争である以上、彼が軍人となった以上、それは珍しいことではない。
それでも。
どんな時でも臆病な自分の手を握り、道を指し示してくれた彼の手が汚れていく。
ハナは胸を痛めていた。
その後、シンヤ機の周辺には続々と戦車や攻撃ヘリが展開していった。
敵のモビルスーツ部隊は時間と共に一機また一機と地面に倒れ込んでいく。
しかしシンヤの目に映っていたのは、敵の死体ではなかった。
歩兵戦闘車と戦車。
どちらも自分を護衛し、自分の為に敵を引きつけた。
その姿が頭から離れなかった。
シンヤは目を赤くし、震える手を握り締めたまま黙って目を閉じた。
ジオン軍 方面隊長車
「戦車大隊がこちらに来たか!! くそっ! エスファハーンまで目前だというのに!」
方面隊長は戦況図を睨みつけた。
自分が敗戦の将に成り下がったことを理解していた。
なんとか敵の主力を突破した。
だが、その先に現れたのは戦車群だった。
これでは突破できない。
「チッ、相手の方がカードが多いか」
彼は短く息を吐いた。
「俺のミスだな」
先ほどまで同乗していた女性士官は、別車両へ移されていた。
後続部隊の指揮をさせるため、遅れが生じている部隊へ向かわせたのだ。
「あんな女を連れて死ぬのは汚名だ」
吐き捨てるように言った。
だがそれは彼なりの気遣いでもあった。
敗戦を悟った彼には責任を負う必要がある。
しかし背負うのは自分だけでいい。
あの女はまだまだ若い。
ここで死なせてしまっては、先の戦闘で死んでいった士官学校の同期たちに顔向けできない。
「女をこちらに連れてくるのは何事か」
「それでもジオン軍人か!」
「腑抜けか貴様!」
時代遅れの価値観を振りかざす男達。
彼はそんな連中の顔を思い浮かべ、鼻を鳴らした。
やがて胸ポケットからタバコを取り出そうとした。
しかしすぐに思いとどまって仕舞い直す。
本来であれば死に際くらい余韻に浸りたいものだ。
それでも長年身につけた軍人としてのルーティンが、彼の手を止めた。
俺は軍人になれたか。
ふと、そんなことを考えた。
幼い頃から憧れた軍人。
逞しく、勇ましく、賢く。
相手は地球連邦軍の駐屯部隊といえど、彼は昔から軍人に憧れていた。
パレードを見れば目を輝かせ、制服に身を包んだ兵士たちの行進に心を躍らせた。
自分もいつか、あの列に加わるのだと信じていた。
それから長い時間が過ぎた。
彼は軍人になった。
部下を率い、作戦を立て、戦場で指揮を執った。
そして今、その軍人としての人生が終わろうとしている。
「はぁ……帰ったら酒飲むかな」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
その瞬間だった。
空が白く弾けた。
方面隊長車の周囲にクラスター爆弾が降り注いだ。
爆発が連鎖し、車体が激しく揺れる。
金属がひしゃげる音も、兵士たちの叫びも、次々と重なる爆音に呑み込まれていった。
方面隊長が最後に何を思ったのか。
それを知る者は、存在しない。
素人分ながら読んでいただきありがとうございます。
是非ともご感想お待ちしております!
次話への励みになりますのでどうか!(内容はなんでも大丈夫です!)