「シンヤお待たせ」
隣の部屋から明るい声が響いた。
スガイが振り返るとそこには着替えを終えたリルとハナが並んで立っていた。
ハナは昔から見慣れている服装だがリルはいつもの軍服姿とはまるで違っていた。
ハナは淡いクリーム色のブラウス。
落ち着いた水色のスカートを合わせている。
袖口や襟元には控えめな飾りがあり、全体的に柔らかく、どこか育ちのよさを感じさせる装いだった。
長い黒髪は後ろで丁寧にまとめられ、顔周りには少しだけ髪が残っている。
普段の穏やかな雰囲気に、年相応の可愛らしさが加わっていた。
一方のリルは、白いブラウスに紺色の短めのジャケット、膝丈のスカートという組み合わせだった。
小さな飾りのついた髪留めも身につけており、いつもの勝ち気な態度とは裏腹に、どこか上品で愛らしい印象を与えている。
「……おお」
スガイは思わず声を漏らした。
「なによ、その反応」
リルが腰に手を当てる。
「いや、二人とも可愛いなって」
「……っ」
リルの言葉が一瞬だけ喉につかえた。
「……は?」
「え?」
「なんて言ったの」
「二人とも可愛いなって」
スガイは何のためらいもなく答えた。
「服も似合ってるし。リルも軍服のときとは雰囲気が違うね」
「そ、そう……」
リルは思わず視線を逸らした。
別に褒められたことがないわけではない。
学校に通っていた頃だって容姿を褒められることくらいあった。
軍に入ってからも周囲から容姿について何か言われることもあった。
けれど今の言葉はなぜか少し違って聞こえた。
いつものように冗談めかして言ったわけでもない。
こちらの反応を窺っている様子もない。
ただ目の前にいる相手を見て、思ったことをそのまま口にした。
それだけだった。
だからこそ妙に意識してしまったのかもしれない。
リルは改めてスガイに目を向けた。
彼もまた軍服から着替えていた。
襟付きの淡い色のシャツに落ち着いた色合いのジャケット。
細身のパンツに、歩きやすそうな靴。
華美な装飾はなく、清潔感のある、いかにも真面目そうな服装だった。
髪もきちんと整えられている。
普段は軍服に隠れている肩や体つきも、私服になると少し違って見えた。
特別に着飾っているわけではない。
むしろごく普通の格好だ。
けれどその普通さが妙にしっくりきていた。
戦場でモビルスーツを操り敵兵を撃破した男。
その同じ人物が、今は少し気恥ずかしそうに笑いながら、二人を待っている。
リルはなぜかすぐに目を逸らせなかった。
「……」
「リル?」
「な、何よ」
「どうかした?」
「別に……何でもないわよ!」
少し声が大きくなった。
スガイが不思議そうに首を傾げる。
その横でハナは二人を見比べていた。
そしていつもの穏やかな笑顔を浮かべる。
「シンヤは昔からそういうところ変わらないよね」
「そう?」
「うん、思ったことをすぐ口に出しちゃうところ」
「えっ、そうかな……?」
スガイは少し困ったように笑った。
ハナにとっては見慣れた光景だった。
子供の頃からスガイはそういう人間だった。
相手を褒めることにも、感謝を伝えることにも、妙な駆け引きがない。
だからハナは彼の言葉を素直に受け取れる。
けれどリルは違う、彼女はまだスガイのそういう部分に慣れていないのだ。
「……ほんっと、調子が狂うわね」
「え? 何か言った?」
「何でもないってば!」
リルはぷいっと顔を背けた。
その頬がほんの少しだけ赤くなっていることに、リル本人もスガイも気づいていなかった。
だがハナは気づいていた。
けれど何も言わなかった。
今ここで指摘したらきっとリルは大騒ぎするだろう。
それが少し面白くもあった。
「それで、どこに行くんだっけ?」
スガイが話題を変えるように尋ねた。
リルは咳払いをひとつした。
「そうね。せっかく外出許可を取ったんだし、買い出しでもいいけど外で食べるのもありね」
「いいお店があったら食べてみたいね」
「そうだね、ハナの料理でもいいんだけど」
「料理できるの?」
リルがハナを見た。
「うん、少しはね。でも、家ではニホン料理ばかり作っていたから……この地域の郷土料理は難しいかも」
「へえ、器用でいいわね。私なんて包丁も持ったことないわ」
「そうなの?」
スガイが目を丸くした。
「驚きだね。ナイフぐらい振り回してそうなのに」
「それは軍用ナイフでしょ。包丁じゃないし……って、何を想像してんのよ。そこまで私が野蛮に見える?」
「いや、なんか似合いそうだなって」
「……じゃあ、今日の夕食は蛇でも食卓に並べてあげようかしら?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
リルは満足げに頷いた。
「じゃ、行こ! 三人で初めての外出!」
彼女は勢いよく扉を開けた。
そのまま先に出ていこうとしたものの、ふと足を止める。
「……シンヤ」
「ん?」
「その服、変じゃないわよ」
「え?」
「だから! 変じゃないって言ってんの! 似合ってるんじゃない、ってこと!」
スガイは目をぱちくりさせた。
「……ありがとう?」
リルは顔を赤くして逃げるように走り出した。
「ほら、早く! 暗くなる前に行くわよ!」
「待ってよ〜リルちゃん!」
ハナが慌てて後を追う。
スガイはそんな仲良さげな二人を見て心がスっと軽くなった。
ハナはリルに追いつくと隣を行く彼女をちらりと見た。
「……リルちゃん」
「何よ」
「ううん、何でもない」
「何よ気持ち悪いわね」
「ふふっ」
「……何なのよ、もう!」
リルはむくれたように前を向いた。
街は思っていた以上に賑わっていた。
通りには買い物をする人々の姿があり、店先では店員たちが客を呼び込んでいる。
荷物を積んだ車両がゆっくりと道を進みその脇を地元の人々が行き交っていた。
「意外と賑わってるんだね」
スガイが周囲を見回した。
「そうだね、昼まで戦争があったのに……」
ハナも不思議そうに街を眺めている。
「本当ねぇ。こういうところも地域差なのかしら?」
リルは道の向こうに目を向けた。
「北米はデモばっかりでうんざり、違う意味で賑わってたわよ」
「へえ、北米は荒れてるね」
「そうよ。これから警衛任務に就くこともあるかもしれないから、その時は注意しなさい。北米とか西欧じゃ火炎瓶くらい普通に飛んでくる場所もあるんだから」
「そんなに凄いんだ……」
ハナは少し不安そうに呟いた。
「よかった、私たちここで暮らしていて……」
「まあ、どこにいたって危ないときは危ないわよ。油断しないことね」
「うん」
「それより! あそこ!」
スガイが通りの先を指差した。
店先には食事を提供する店であることを示す看板が掲げられていた。その下には軍人向けの割引を知らせる案内もある。
「軍人は値引き対象だって!」
「じゃあ、お得でいいわね。そこにする?」
「うん。わ、わたしは……」
軍人ではないハナが少し遠慮がちに口を開いた。
「気にしないでよ、お得だから行くってだけなんだから」
リルはあっさりと言う。
「三人の仲じゃない、遠慮する必要なんてないでしょ?」
「……うん、ありがとうリルちゃん」
「はいはい。じゃ! 入りましょ!」
三人は店の扉をくぐった。
「わ、軍人さんがいっぱい居る……」
店内を見回したハナが小さな声を上げた。
テーブルのあちこちに連邦軍の兵士たちが座り、食事をしながら談笑している。
戦闘が終わったばかりという事もあり、どのテーブルでも戦場の話題が尽きないようだった。
「やっぱり居るわよねぇ」
リルが肩をすくめる。
すると店の奥から若い女性店員が駆け寄ってきた。
「いらっしゃいませ! 三名様ですか? 軍人さんは何名いらっしゃいますか?」
「三人で、軍属は二人よ」
リルが答える。
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ!」
店員に案内され三人は窓際のテーブルに腰を下ろした。
「結構いいところじゃない。こういう店は新鮮ねえ、中東文化圏にいるのようやく自覚できそう」
リルは店内を見回しながら言った。
「リルはずっと北米に居たの?」
スガイが尋ねた。
「そうよ。ずっとそこで育ってきたもの」
「軍隊に入る前は何かしてたの?」
「なによ、急に積極的ね」
リルは不思議そうなスガイを見る。
「特に変哲もない、普通の学校に通ってたわよ」
そう言いながら彼女は携帯デバイスを取り出した。
「ほらこれ、卒業したときの写真」
画面を二人に向ける。
そこには大勢の少女たちが整然と並んでいた。
全員が修道服を身にまとっている。
その中に今よりもまだ幼さの残るリルの姿もあった。
「わ、かわいい」
スガイは写真を見て、思ったことをそのまま口にした。
「……なによ、お世辞なんて言わなくていいわよ」
「いや普通に可愛いと思ったから言っただけなんだけど」
「……そ」
リルはそっぽを向いた。
けれど彼女の口元はほんの少しだけ緩んでいたようにも見えた。
一方、ハナは写真をじっと見つめている。
「……あれ?」
そして何かに気づいたように、首を傾げる。
「どうしたの、ハナ?」
「……ここ、有名なところじゃない?」
「え?」
スガイはハナの顔を見る。リルも彼女の声に反応し振り返った。
「ハナ、知ってるの?」
「うん。確か……中世期から続いている名門の女子校だったと思う。修道院と関係の深い学校で、すごくながい伝統があるんだよね。それに……」
ハナは少し言いにくそうに続けた。
「入学できるのはかなり裕福な家庭の子が中心だったはず……お母さんが昔言ってた」
「ええっ!? リルってそんな凄いところの出身だったの!?」
スガイが驚きの声を上げた。
「……そうは見えない?」
リルがじろりと睨む。
「いや、そういう意味じゃなくて……!」
「お嬢様が実際どんな感じなのかよく分からないけど……。リルってそんなところにいたんだね」
「凄い凄いって騒ぎすぎよ。北米じゃそんなに珍しいことでもないわ。富裕層も多いし、今どき珍しいかもだけど女子校だっていくらでもあったんだから」
リルは何でもないことのように言った。
けれどスガイはまだ少し驚いている様子だった。
「リルちゃんはどうしてそこから軍人さんになったの?」
ハナが尋ねた。
「「「……」」」
その問いにリルはすぐには答えなかった。
テーブルに置かれたメニューを指先で弄びながら、少しだけ考え込む。
「そうねぇ……」
いつもの軽い口調がほんの少しだけ落ち着いたものに変わった。
「言葉にするのは難しいけど……。捻り出して言うなら、誰かのために、何かを残したかったから、かしら?」
「……かっこいい」
スガイが呟いた。
「ね、かっこいいよね」
スガイの言葉にハナも頷く。
「そう? そんな大したものじゃないわよ。軍人になる理由なんてこんなもんでしょ」
リルは二人を交互に見た。
「シンヤだって、ハナを守るために軍人になったんじゃない。それと大して変わらないわよ」
「……そう、かな」
スガイは少し照れくさそうに笑った。
「お待たせしましたー!」
程なくして店員が料理を運んできた。
テーブルの上に次々と皿が並べられていく。
香辛料の豊かな香りが広がり、焼きたてのパンや肉料理、野菜を使った料理が食欲を刺激した。
「わあ……!」
ハナの目が輝いた。
「結構、本格的なイラン料理なんだね」
スガイも興味深そうに皿を覗き込む。
「えっ、フライドポテトってこっちでも食べるの!?」
リルは運ばれてきた一皿を見て、驚いたように声を上げた。
「うん。結構、出てくるよね」
ハナが笑った。
「そうだね、でも僕たちもニホンからこっちに来たときは驚いたよな」
「そうそう。中東ってケバブとかそういう料理ばかり食べてるイメージだったから」
「ナンの起源がこの辺りだって聞いたときも驚いたしな」
「へえ、そういうものなのねぇ」
リルは感心したように頷き、フォークを手に取った。
「まあ実際に食べてみないと分からないことも多いわ、さっさと頂きましょ!」
「うん! じゃあ〜いただきます!!」
「「いただきます!」」
スガイの声に合わせて、三人は食事を始めた。
「ちょっとー、そのチーズ食べたいんだけど」
リルがスガイの皿を指差す。
「はい」
スガイが皿を差し出した。
「ありがと」
「ハナは?」
「私は、その……あんまりたくさん食べられないから」
「可愛い子ぶってるんじゃないわよ、ガツンと食べなさい!」
「ええ~!?」
「ほら、これも美味しいわよ。食べてみなさいって」
リルが自分の皿から料理を取り分け、ハナの前に置く。
「わ、分かったから……!」
ハナは困ったように笑いながらそれを口に運んだ。
「……美味しい!」
「でしょ?」
リルが自分の舌に狂いはないと自信満々に二人に伝える。
「リルはこういうところはお母さんみたいだね」
スガイはハナに接するリルを見て感じたことを口に出した。
「誰がお母さんよ」
「面倒見がいいって意味で」
「余計なお世話ね」
そんな二人の掛け合いにハナがくすくすと笑う。
三人の笑い声が店内の喧騒に溶け込んでいった。
つい数時間前まで彼らは戦場にいた。
銃声が響き。
鉄が砕け。
誰かの命が失われていく場所。
それなのに今はこうして温かい料理を囲み、他愛もない話をして笑っている。
その何気ない時間が、ひどく貴重で大切なものにようにスガイは感じた。
食事が一段落した頃、リルがふと思い出したように口を開いた。
「所であなたたちってニホンから来たって言ってたけど……何かあったの?」
「えーと……」
スガイは少し考えてから答えた。
「僕のお父さんは、インフラ開発の技術者だったんだ。水路を整えたり、植林をしたり……そういう仕事をしてたんだよ」
「開発ねぇ」
「それで中東とアフリカの優先度が高いとかで、こっちに出向することになったんだ。僕も詳しい仕組みまでは分からないんだけど……」
「断片的で分かりづらいわねぇ……」
リルは苦笑した。
「それで、ハナは?」
「私のお母さんがシンヤのお父さんのグループの責任者? だったの」
ハナが答えた。
「だから、同じ居住区で暮らしていて……家も隣同士だったの」
「へえー」
リルは二人を見比べた。
「じゃあ、結構昔からの付き合いってこと?」
「うん。小さいころから一緒だったよ、3歳ぐらいかな?」
「なるほどねぇ……」
リルは何かを納得したように頷いた。
「どうりで、あんなに息が合うわけだわ」
「えっ?」
「な、何の話?」
スガイとハナが、同時に声を上げた。
「さあ、何の話でしょうねぇ?」
リルは意地悪そうに笑った。
思い当たるのは外出前の出来事。
リルは根に持っているのか二人をおちょくる。
「もう、リルちゃん!」
ハナが頬を膨らませる。
「はいはい、悪かったわよ」
リルは笑いながら手を振った。
けれど、スガイはふと表情を曇らせた。
「……でも、お父さんもお母さんも……今はいなくなっちゃったな」
その言葉にテーブルの空気がわずかに変わった。
ハナも俯き膝の上で手を握りしめる。
二人の親はもういない。
戦争によってそれまで当たり前だった日常は失われてしまった。
リルは二人の顔を見つめそれから静かに口を開いた。
「……別に、大したことじゃないわよ」
スガイが顔を上げた。
「戦時中なんだから、あなたたちの親だってそういう危険があることくらい覚悟していたでしょうし」
リルは淡々と続けた。
「それに二人とも生き残った。それだけでも親からしたら万々歳よ」
慰めの言葉としてはあまりにもそっけなかった。
けれどリルは二人を哀れむような目で見たりはしなかった。
失ったものを数え続けても失った人が帰ってくるわけではない。
それでも生き残った人間には生きていくしかない、リルはそう考えていた。
「……本当、リルちゃんって強いよね」
ハナがぽつりと呟いた。
リルは返事をしなかった。
ただ手元のグラスに視線を落とした。
その横顔を見ながらスガイは思った。
彼女は本当に強い人なのだろうか。
それとも。
強くなければ、生きてこられなかったのだろうか。
「おお!! 英雄様じゃねえか!」
店内に響き渡った大声にスガイは思わず肩を跳ねさせた。
振り返ると連邦軍の制服を着た兵士が数人、こちらを見て目を丸くしている。
そのうちの一人がまるで旧友にでも再会したかのような勢いで近づいてきた。
「やっぱりスガイ少尉だ! おい、みんな! あのスガイ特務少尉だぞ!」
「えっ……あ、いや、どうも……」
スガイが戸惑っている間にも周囲の兵士たちが次々と集まってきた。
「本当にあの機体で十機も仕留めたのか!?」
「聞いたぜ! 敵のモビルスーツを相手に味方の戦車隊と連携して大暴れしたって!」
「しかも十数分かからなかったんだろ? 化け物かよ!」
「いやいや、そんな大げさな……!」
「謙遜するなって! あんたのおかげで助かった連中だっているんだ!」
否定しようとすればするほど、話は勝手に大きくなっていく。
どうやら昼間のエスファハーン迎撃作戦での戦果は、自分が思っていた以上の速さで兵士たちの間に広まっていたらしい。
しかも伝言というものは恐ろしい。
話が人から人へ渡るうちに彼が単独で敵の大軍を蹴散らしたかのような内容にまで変わり始めていた。
「いや、僕一人の戦果じゃないんです。戦車隊の皆さんや、ほかの部隊の援護があったからで……」
「おお! 仲間への感謝も忘れないとは! さすが英雄様だ!」
「だから英雄じゃないですって!」
スガイの叫びは歓声と笑い声にあっさりとかき消された。
そのうち、誰かが店員に頼んで酒を持ってこさせようとし、別の誰かが椅子を引っ張ってきた。
気づけば三人のテーブルはいつの間にか兵士たちの集会所と化していた。
ハナは最初こそ目を丸くしていたがやがて困ったように微笑みながら、必死に周囲の兵士たちへ頭を下げるスガイを見守っていた。
いつも……こういうところは変わらないな。
昔からスガイは自分が褒められることに慣れていなかった。
誰かを助けてもそれは自分一人の力ではないと言う。
自分の功績を誇るより周囲の人間のことを気にする。
そんな彼だからこそ周りの人間も放っておけないのかもしれない。
そして私も……そんな彼に惹かれたのかもしれない。
「ねえ、あなた」
「えっ?」
ハナがぼんやりとスガイを眺めていると、隣から声をかけられた。
連邦軍の女性兵士が二人、興味津々といった様子でこちらを見ている。
「もしかして、スガイ少尉の彼女?」
「えっ!? いっいえっ! 違います!」
ハナは慌てて両手を振った。
「そうなの? ずいぶん親しそうだったから、てっきりそうなのかと」
「わ、私たちは小さい頃からの幼なじみで……」
「へえ、幼馴染!」
女性兵士たちは顔を見合わせた。
どう見ても何か面白いものを見つけた顔だった。
「じゃあ、そっちのあなたは?」
「私?」
リルは料理を口に運びかけた手を止め、片眉を上げた。
「スガイ少尉とは、どういう関係なの?」
「仕事仲間よ、以上」
「本当にそれだけ?」
「それ以外に何があるっていうのよ」
「でも、さっきからずっと一緒にいるじゃない」
「同じテーブルに座って食事してるだけで、そんなに疑われるわけ?」
リルは呆れたように肩をすくめた。
しかし女性兵士たちは引き下がらなかった。
「だって、あのスガイ少尉よ? 戦場じゃ大活躍、普段はあんなに優しそうで、しかも顔もいい。狙ってる子だっているんじゃない?」
「……へえ、そうなの」
リルは何気ない口調で返した。
けれど、その視線が一瞬だけ兵士たちの向こう側にいるスガイへ向いたことを、隣の女性兵士は見逃さなかった。
「あっ、今ちょっと気にした!」
「気にしてないわよ!」
「ふふーん?」
「その顔をやめなさい!」
一方、ハナはハナで幼なじみという言葉を繰り返されるたびに、なんだか落ち着かない気持ちになっていた。
自分たちはずっと一緒に育ってきた。
スガイが軍人になってからも、こうして隣にいられることが嬉しい。
けれど、彼が戦場で英雄と呼ばれるようになれば、彼の周囲には自分の知らない人間が増えていく。
それは当たり前のことなのだろう。
そう思いながらもハナは無意識にスガイの姿を目で追っていた。
「……敵は強そうね」
リルがぼそりと呟いた。
「え?」
「なんでもないわよ」
そう言ってリルは料理を口に運んだ。
その顔にはいつもの余裕たっぷりな笑みが浮かんでいたが、どこか微妙に機嫌が悪そうにも見えた。
それから店内の騒ぎは一向に収まらなかった。
スガイの戦闘について聞きたがる兵士。
自分の部隊にも来てくれと頼む兵士。
彼の戦果を肴に盛り上がる兵士。
さらにはスガイの隣にいる二人にまで興味を持つ兵士達。
食事を楽しむはずだった夜は、いつの間にか即席の祝勝会へと変貌していた。
途中で何度も帰ろうとしたスガイだったが、そのたびに誰かに呼び止められた。
「スガイ少尉、もう一杯だけ! 俺のこのグラスに入ってる酒が無くなるまで!!」
「いや、僕たちはそろそろ……」
「いいじゃねえか! 明日も生きてる保証なんてないんだぜ! 今夜くらい楽しもうぜ!」
その言葉にスガイは返す言葉を失った。
ここにいる兵士たちも明日には戦場へ戻るのだ。
誰もが明日を無事に迎えられるとは限らない。
だからこそ彼らは笑っていた。
戦場での恐怖も、仲間を失う痛みも、今だけは酒と冗談の中へ押し込めて。
スガイもまた、最後には小さく息を吐いて、彼らの話に付き合うことにした。
ハナは途中から女性兵士たちに囲まれていた。
幼い頃のスガイの話をせがまれ、彼がどんな子供だったのかを一生懸命に説明する羽目になった。
「へえ! 昔からあんな感じだったの?」
一人の女性兵士がハナに尋ねる。
「はい……昔から、困っている人を放っておけない人でした」
ハナの言葉を聞いた彼女はほほーんと何かを察し妄想にふける。
「それで? 貴女も何かある度に……彼に助けられてきて……?」
「いつの間にか惹かれ合い……?」
別の女兵士も酒のせいか顔を真っ赤にしながらノッてくる。
「うわあ、幼なじみの特権ってやつね!」
二人の女性兵士は笑いながらそのまま流れで乾杯する。
どうやら二人は初めて顔を合わせたらしい。
「と、特権だなんて……!」
ハナが顔を赤くするたび女性兵士達は楽しそうに笑った。
リルもまた別の兵士たちから質問攻めに遭っていた。
彼と仕事上の関係だと何度説明しても、なぜか恋愛話に引き戻される。
「だから、私と彼はそういう関係じゃないってば!」
「はいはい、そういうことにしておきましょうね」
「あなたたち絶対に話を聞いてないでしょ!」
そんなやり取りを何度繰り返したことか。
気づけば窓の外はすっかり暗くなっていた。
時計の針が午後十時を指す頃、ようやく三人は店の外へ出ることができた。
「……疲れた」
スガイは店の扉を閉めるなり深々と息を吐いた。
「まさか、食事をするだけでこんなことになるなんて……」
「英雄様も大変ねえ」
リルはわざとらしく手を合わせ、からかうように言った。
「やめてくれよ……本当に勘弁してほしい」
「でも、みんなスガイのことを認めてくれてたから……嬉しかった」
ハナがそっとフォローする。
「それは、ありがたいけどさ……」
スガイは苦笑した。
称賛されることに慣れていないのもある。
だがそれ以上に自分の戦果だけが独り歩きしていくことに、どこか居心地の悪さを感じていた。
苛烈だったあの二つの戦場は自分一人で戦ったわけではない。
自分の知らないところで戦い、傷つき、命を落とした兵士達もいる。
その事を忘れたくなかった。
「……まあ、少なくとも料理はおいしかったわね」
リルが話題を変えるように言った。
「そうだね、ハナもちゃんと食べられた?」
「うん、すごくおいしかったよ」
「ならよかった」
夜風が三人の間を吹き抜けた。
店内の喧騒が嘘のように、通りは少し落ち着きを取り戻している。
それでも遠くから兵士たちの笑い声が聞こえてきた。
ようやく解放された三人は互いに顔を見合わせた。
誰からともなく小さな笑いがこぼれる。
戦場の緊張から少しだけ離れ、誰かと笑い、食事をし、他愛のない話をする。
そんな当たり前の夜が、今の三人には幸せだった。
「スガイ少尉の英雄伝説、明日にはもっと広まってるでしょうね」
リルはスガイをからかう。
「やめてくれよ……」
ハナはそんな二人のやり取りを聞きながら、くすりと笑った。
そして三人は疲れ切った身体を引きずりながらも、笑いながら基地へと帰っていった。
素人分ながら読んでいただきありがとうございます。
是非ともご感想お待ちしております!
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