防音扉の向こう側から、くぐもった重低音が微かに床を揺らしている。
薄暗い室内に漂うのは、フライドポテトの塩気と、氷が溶けかけたメロンソーダの甘い香り。
それから、僕のすぐ近くからふわりと立ち昇る、爽やかなシトラス系のシャンプーの匂いだった。
壁掛けの液晶モニターには、曲間を繋ぐ音楽番組の映像が音量を絞った状態で流れている。赤や青の淡いLEDライトが、狭いボックス席のソファをゆっくりと染め上げていた。
僕──東雲司は、自分の太ももの上に乗せられた小さな頭を見下ろし、その艶やかな紫色の髪にそっと指先を滑らせた。
サラサラとした心地よい感触が、手のひらをくすぐる。
僕の膝を枕にして横たわっているのは、幼馴染の耳郎響香だ。
普段はロックを愛し、クールでサバサバとした態度を崩さない耳郎だけど、こうして2人きりになると、驚くほど素直に甘えてくることがある。
実を言うと、耳郎は女の子扱いされて甘やかされるのが大好きなんだ。
「んっ、もう勝手に頭撫でないの......恥ずかしいじゃん」
耳郎はモニターの明かりから逃げるように少しだけ身をよじり、赤くなった頬を僕の太ももに擦りつけた。
抗議するような口調とは裏腹に、耳郎の耳たぶから伸びるイヤホンジャックは、まるで機嫌の良い猫の尻尾みたいにぴょこぴょこと可愛らしく揺れている。
「恥ずかしがってる耳郎も可愛いよ。今日は僕たち2人とも雄英高校に受かった打ち上げなんだから、このくらいはいいでしょ」
僕が少し意地悪く微笑みながら、耳の後ろあたりを指の腹で優しく梳いてやると、耳郎は小さな唸り声を上げた。
僕たちが今いるのは、駅前の繁華街にあるカラオケボックスだ。
つい数日前、僕たちの元に雄英高校からの合格通知が届いた。日本最高峰のヒーロー科という狭き門を、僕と耳郎は揃って突破した。
今日はそのお祝いと、これまでの受験勉強や実技対策の労いを兼ねて、2人だけで打ち上げを開いている。
「......まあ、今日くらいは、司の好きにさせてあげてもいいけどさ」
耳郎は観念したように息を吐くと、仰向けになって僕の顔をまっすぐに見上げた。
薄暗い照明のなかで、耳郎の瞳が潤んだように煌めいている。少しだけ拗ねたように尖らせた唇が、数秒ほど迷うように震えたあと、か細い声で僕の名前を呼んだ。
「ねえ、司......」
「なに?」
「その、さ......今はここ、2人きりなんだからさ。『耳郎』じゃなくて......名前で呼んでよ」
耳たぶのプラグが、きゅっと恥ずかしそうに丸まる。
耳郎は僕を名前で呼ぶけど、僕は耳郎を名前で呼ばない。単純に耳郎の方が呼び慣れてるからそうしてるだけで、深い理由はない。
だけど、こうして甘えモードに入った耳郎は、決まって僕に名前呼びをおねだりしてくる。
クールな仮面を脱ぎ捨てた幼馴染の、あまりにもわかりやすいおねだり。こういう時、素直に応じるよりも少しだけ意地悪をしたくなるのが僕の悪い癖なのかもしれない。
「へえ?普段は気にしてないみたいな顔をしてるくせに、2人きりになるとすぐに名前で呼ばせたがるよね、耳郎は」
「なっ......!べ、別にいいじゃん!嫌ならいいよ、もう!」
「嫌だなんて一言も言ってないけど。そんなに僕の声で名前を呼ばれるのがお気に入りなのかなって」
「っ、うるさい!司のバカ!もう起きる!」
真っ赤になって上半身を起こそうとする耳郎の肩を、僕は片手で軽く押さえて再び膝の上へと縫い止めた。
逃がさないようにそのまま耳郎の頬に手を添え、少しだけ目線を近づけて、少し低く落ち着いた声で囁く。
「ごめんって。怒らないでよ、響香」
その瞬間、耳郎の身体がびくりと跳ねた。
「っ......!ず、ずるい......!からかったあとにそのトーンで呼ぶのは反則だってば......!」
「自分から呼んでって言ったくせに、注文の多いやつだなあ。ほら、耳たぶのプラグが僕の腕に巻きついて離れないけど、これはどういう意味なのかな、響香?」
「し、知らない!勝手に動いてるだけだから!」
両手で顔を覆い、足をばたつかせる響香。
クールな普段の姿を知っている人間が見たら、きっと目を疑うだろう。
こんな風に僕の言葉ひとつで一喜一憂し、顔を真っ赤にして取り乱す耳郎の姿を独占できるのは、幼馴染である僕の特権だ。
僕と響香の関係を一言で表すなら、『言葉にしていないだけの恋人同士』といったところだろう。
物心ついた頃からずっと隣にいて、お互いの長所も短所も知り尽くしている。
いつからか幼馴染としての好意は明確な恋心へと変わっていたけれど、僕たちは『付き合おう』なんて話はしていない。
それなのに、どうして僕がお互いの気持ちを『ほぼ確実な相思相愛』だと断言し、こうして余裕を持って耳郎をからかうことができるのか。
その理由は、僕自身の持つ特殊な『個性』──【共鳴恋情】にあった。
僕の個性は、心から『相思相愛』になった本命の相手が増えるごとに、新たな能力が付与され、既存の力も強化されていくという奇妙な性質を持っている。
片思いや、利害の一致による偽りの関係では決して発動しない。たとえ本人が無自覚であっても、お互いが相手を『特別な異性』として深く想い合っていなければ、条件は満たされないのだ。
そして今から半年ほど前、中学3年生の秋に、僕の個性は『本命人数0人』から『本命人数1人』へと段階を進めた。
それまで自分ひとりにしか使えなかったテレポートが、触れている相手も一緒に連れて飛べるようになり、さらには『ヒーリング・タッチ』という治癒能力が新たに発現したのだ。
ん?ああ、増えた能力は本能的に分かるみたいなんだ。
本命対象が誰かなんて、考えるまでもなかった。
当時、僕の周りにいた異性で、そんな深い感情を向け合う相手など、今僕の膝の上で顔を隠しているこの幼馴染以外に存在するはずがなかったのだから。
それに、なんて言ったって、学校全体の女子のレベルが低かったからね。可愛いのは耳郎くらいのものだった。
「......司のいじわる。そんなに人をからかって楽しい?」
指の隙間から、潤んだ瞳がこちらを睨みつけてくる。
「楽しいよ。響香はちょっと揶揄うだけですぐに顔が赤くなるから、見ていて飽きないんだよね」
「最悪な趣味してる......!もう、お詫びにもっとちゃんと撫でてよね」
「はいはい、お姫様のご命令通りに」
僕が肩をすくめて見せ、自分の手のひらを耳郎の額にそっと重ねると、僕の手から淡く温かい緑色の光がふわりと滲み出た。
1人目の本命──つまり、響香と相思相愛になったことで解放された能力『ヒーリング・タッチ』だ。触れている相手の軽い怪我を治癒し、蓄積した疲労を綺麗さっぱり回復させる効果がある。
「ん......あったかい......。なんか、目の奥の疲れとかがじわーって溶けてく感じ」
響香は心地よさそうに目を細め、ふにゃりと表情を緩めた。
実は、僕の個性の詳しい仕様については、響香も昔から知っている。
だからこそ、半年前にこの『ヒーリング・タッチ』が使えるようになった時、耳郎がどれほど動揺し、顔を真っ赤にしてパニックに陥ったかは今でも鮮明に覚えている。
なにせ、僕の新しい能力が発現したということは、響香が僕のことを『異性として本気で好きになった』という動かぬ証拠そのものなのだから。
当時、僕がその事実を指摘してニヤニヤしながら詰め寄った時、耳郎は耳たぶのプラグで自分の顔をぐるぐる巻きにして、『個性のバグだから!バグ!』と涙目で言い張っていたっけ。
今でもこうして僕に『ヒーリング・タッチ』をねだってくるくせに、その能力の源が自分自身の僕に対する恋心だということは、棚に上げているらしい。
「ねえ、響香。僕のこの能力、どういう条件で発動してるか、もちろん忘れてないよね?」
おでこを撫でながら、僕が耳元で意地悪く問いかけると、響香のまつ毛がピクリと震えた。
「......な、なんのことかなー。ウチはただ、司の便利な回復個性を利用させてもらってるだけだから」
「ふうん?つまり、僕がこうして響香の疲れを癒やせるのは、響香が僕にベタ惚れしてるおかげってことだよね。いつも僕を愛してくれてありがとう、響香」
「〜〜〜っ!だから、そういうことを言葉にするなって言ってるでしょ!」
響香のイヤホンジャックが、ビュッと伸びてきて僕の脇腹を容赦なく突いた。
「いたた、暴力を振るうなよ。せっかく癒やしてあげてるのに、また疲れちゃうでしょ」
「誰のせいで心拍数上がってると思ってんの!司ってば、見た目だけはクールで落ち着いてる風なくせに、中身はただのドSじゃん!学校のみんなに言いふらしてやるんだから!」
「どうぞご自由に。『2人きりで膝枕してもらいながら頭を撫でられてる時にからかわれました』って、正直に言うんだよ?」
「ぐっ......!」
僕の切り返しに、響香は言葉に詰まり、悔しそうにしている。
口喧嘩で僕に勝てないとわかると、耳郎はぷいっと横を向き、僕の腹部あたりに顔を埋めるようにして黙り込んでしまう。
こういう拗ね方も、本当に昔から変わらない。
僕はクスクスと喉の奥で笑いながら、少しだけ意地悪をしすぎたお詫びに、耳郎の側頭部からうなじにかけて、指先で優しくマッサージするように撫でてやった。
数秒もすると、僕の腹部に顔を埋めたままの響香から、『......ん』と小さな吐息が漏れ、肩の力が抜けていくのがわかる。
単純というか、本当に撫でられるのに弱いんだから。
「......あのさ、司」
しばらくの沈黙のあと、くぐもった声が僕のシャツ越しに響いた。
「なに?」
「本当に、2人とも受かってよかったよね、雄英」
顔を少しだけこちらに向け、響香が真面目な瞳で僕を見上げる。
からかうような空気は自然と消え、僕も穏やかな表情に戻って耳郎の視線を受け止めた。
「ああ、そうだね。僕が落ちるはずはないと思ってたけど、響香は心配だったから」
「ウチは、自分のことより司の試験の方が心配だったよ。だって、実技試験のルール、どう考えても司の個性には向いてなかったじゃん」
雄英の入試実技は、街に見立てた広大な演習場に配置された仮想敵を破壊し、そのポイントを競うというものだ。
響香の言う通り、僕の個性は現時点では『半径100メートルのテレポート』と『ヒーリング・タッチ』の2つだけ。
耳郎の『イヤホンジャック』のように、音波の振動でロボットを内部から粉砕するような直接的な破壊力は持っていない。
「まあ、正面から殴り合ったらただの一般人と変わらないからね。でも、やりようはいくらでもあったよ」
僕は空いている方の手で、テーブルの上のメロンソーダを引き寄せ、ストローで一口飲んだ。
「試験が始まってすぐ、ロボットに触れて上にテレポートして落とすのを繰り返したんだ」
「うわ、なんか地味にエグい戦い方してる......。さすが司、抜け目ないね」
「褒め言葉として受け取っておくよ。まあでも、僕の個性が一番輝いたのは後半かな。巨大な0ポイントロボが出てきてパニックになった時、逃げ遅れて瓦礫に挟まれた受験生たちを片っ端から掴んで安全圏までテレポートさせたんだ。ついでに、擦り傷を負ってた子たちをヒーリング・タッチで手当てして回ったしね」
結果として、僕が稼いだヴィランポイントは高得点で、更に自己犠牲や人命救助を評価する隠しポイントの『レスキューポイント』で圧倒的な高得点を叩き出し、首席として合格することができたのだ。
あ、首席合格だったの言ってないわ。まあ、別にいいか。
「へえー......!すごいじゃん、それ!完全にサポート&レスキューのスペシャリストって感じだね!」
響香は自分のことのように嬉しそうに笑った。
けれど、すぐに何かを思い出したように少しだけ眉を下げ、僕の右腕の袖口をそっと指先で摘んだ。
「でもさ、試験が終わって校門の前で合流した時、司、すごく顔色が悪かったし、腕も擦りむいて血が出てたじゃん。他人ばっかり治して、自分の手当ては後回しにしてたんでしょ」
僕の『ヒーリング・タッチ』は自分自身にも使えるけど、連続でテレポートと治癒を繰り返したせいで、試験直後は体力がスッカラカンだった。そのせいで、自分に使う体力が残ってなかったんだ。
「あの時は、本当にただのガス欠だったんだよ。それに、響香がポーチから絆創膏を出して貼ってくれたおかげで、すぐに元気が出たしね。泣きそうな響香も見れたし」
「ただ、司が普段あんまりボロボロになることないから、ちょっとびっくりしただけで......!って、泣きそうになってないから....!」
「でも、心配してくれたのは事実でしょ?ありがとう、嬉しかったよ」
僕がからかいを抜きにして、素直に礼を言って微笑むと、響香は『......う、うん』と小さく頷き、照れ隠しのように自分の耳たぶのプラグをいじり始めた。
意地悪を言われるのには慣れていても、こうして真正面から優しい言葉を投げかけられると、途端に防御力がゼロになるらしい。
「──ほら、司!せっかくカラオケに来てるのに、ずっと喋ってばっかりじゃもったいないじゃん!打ち上げなんだから、そろそろ歌うよ!」
分かりやすく話を変えたなぁ。まあ、付き合ってあげようか。
「ついに耳郎先生のライブが開幕するわけだ。特等席で聴かせてもらおうかな」
「なによその『耳郎先生』って。バカにしてるでしょ!」
「まさか。僕は響香の歌声の一番のファンだからね」
「っ......!だ、だからそういうキザなセリフを涼しい顔で言わないの!」
響香は赤い顔のまま、テーブルの上のデンモクをひったくるように取ると、猛スピードで画面をタップし始めた。
数秒後、モニターの画面が切り替わり、疾走感のある激しいギターリフがスピーカーから鳴り響く。耳郎が大好きな、インディーズ出身のロックバンドだ。
マイクを握りしめ、立ち上がった響香は、イントロに合わせて軽くリズムを取り始めた。
先ほどまで僕の膝の上で甘えたり、からかわれて拗ねたりしていた幼馴染の顔はそこにはない。
音楽を心から愛する1人のアーティストのような、凛とした美しい横顔がそこにあった。
「〜〜〜〜〜〜♪」
響香が歌い出す。
少しハスキーで、それでいて芯のある力強いボーカルが、狭いカラオケルームの空気を一瞬で震わせた。
ただ音程が正確で上手いだけじゃない。歌詞のひとつひとつに感情が乗っていて、聴いているこちらの胸の奥を直接揺さぶってくるような、圧倒的な表現力。
僕はソファの背もたれに深く身体を預け、脚を組みながら、耳郎の歌声にじっと聴き入った。
やっぱり、響香の歌はすごい。
耳郎自身は、両親がミュージシャンであるがゆえに『ウチがヒーローを目指すのは親への裏切りじゃないか』『音楽とヒーローは別物だから』なんて昔はよく言っていた。
だけど、僕に言わせれば、この歌声も間違いなく誰かの心を震わせ、絶望から救い出すことができる立派な『個性』だ。
サビに入り、熱唱していた響香がちらりと僕の方へ視線を向けた。
僕と目が合うと、耳郎は少しだけ照れたように口の端を上げながらも、マイクを両手で包み込むようにして、高音のフレーズを伸びやかに歌い上げた。
ふとモニターの字幕に目をやると、その歌詞が『素直になれないウチだけど、あなたの隣が一番落ち着くの』といった内容のラブソングであることに気づく。
ロック調の激しい曲なのに、歌詞は驚くほど甘い。
まさか、僕への当てつけ.......いや、耳郎なりの不器用なメッセージだったりするのだろうか。
1曲を歌い終えた響香は、少しだけ肩で息をしながら、マイクをテーブルに置いて、どさっと僕のすぐ隣に腰を下ろした。
歌う前よりも、確実に距離が近い。お互いの肩と太ももが、隙間なくぴったりと触れ合っている。
「ふぅーっ!やっぱり大きい音で歌うとスッキリする!......どうだった、司?」
汗ばんだ額の前髪を払いながら、上気した顔で僕を見上げてくる響香。
その瞳には、『褒めて』という期待がわかりやすく浮かんでいた。
「......まあ、80点ってところかな」
僕がわざとらしく顎に手を当てて渋い顔をしてみせると、響香の眉がピクリと跳ね上がった。
「はあ!?80点!?ちょっと、ウチなりにかなり完璧に歌い上げたつもりなんだけど!残りの20点はなに!」
「歌自体は100点満点だよ。ただ、サビの途中でこっちをチラッと見て、なんか意味ありげな顔をしてきたでしょ。あれで僕の心臓に余計な負担がかかったから、マイナス20点」
「なっ......!?あ、あれは別に、ただ画面の方向を見たついでに司が視界に入っただけで......!」
「へえ?あんなド直球のラブソングを歌いながら、偶然ねえ?」
僕がニヤリと笑って顔を近づけると、響香は『うぐっ......!』と声を詰まらせ、顔を手で隠してしまった。
「......ほ、ほんっとに性格悪い!司がちょっと照れてたみたいだから、からかってやろうと思っただけだもん!」
「残念でした。僕を動揺させるには、あと10年早いよ」
本当は少しだけドキッとしていたことは表情に出さず、僕は余裕の笑みを浮かべて耳郎の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
すると、顔を出した響香が、むっと唇を尖らせたまま、自分の耳たぶから伸びるプラグをスルスルと動かした。
何かと思えば、そのプラグの先端は僕の左手の小指へと伸びてきて、まるで赤い糸みたいにきゅっと固く巻きついたのだ。
「なにこれ。新しい拘束技?」
「......次は司も歌う番でしょ?ウチと一緒にデュエットするよ」
そう言って、耳郎はそのままコテンと僕の左肩に自分の頭を預けてきた。なるほど。全く僕の質問の回答になってないけど、別にいいか。
肩越しに伝わる耳郎の体温と、シトラスの香り。そして、小指に絡みつくプラグのくすぐったい感触。
からかわれると怒るくせに、自分からこうしてゼロ距離まで詰め寄ってくるのだから、本当にタチが悪いというか、可愛すぎるというか。
「デュエットかぁ。100点満点のボーカリストの隣で歌うのは、なかなかのプレッシャーなんだけどな」
「いいじゃん、2人きりなんだからさ。司の歌声、低くて落ち着くからウチ好きなんだよね。ほら、選曲してよ」
響香がデンモクを僕の手に押しつけてくる。
僕の左肩には耳郎の頭が乗っていて、左手は小指をプラグに拘束されているため、必然的に僕たちは1つの小さな画面を顔を寄せ合って覗き込む形になった。
僕が少しだけ左を向けば、耳郎の柔らかい頬や唇に触れてしまいそうなほどの至近距離だ。
「じゃあ、去年の夏休みに響香が貸してくれたアルバムに入ってた、あのツインボーカルの曲にしようか」
「あ、あれね!いいじゃん、司、ウチの貸した曲ちゃんと覚えててくれたんだ」
「まあね。誰かさんが『絶対聴いて感想言え』ってうるさかったから、耳にタコができるくらい聴き込んだよ」
「素直に『曲が良かったから聴いた』って言えないわけ?」
「事実を言っただけだよ」
そんな風に軽口を叩き合いながら、僕はデンモクの予約ボタンを押した。
来月から、僕たちは雄英高校の生徒になる。
日本中から集まった優秀で個性豊かなクラスメイトたちと出会い、プロヒーローを目指して切磋琢磨する、騒がしくて刺激的な毎日が始まるはずだ。
「......ねえ、司」
イントロが流れ始める直前、僕の肩に頭を預けたままの響香が、ぽつりと呟いた。
「ん?」
「雄英に入ったらさ、司のことだから、性格は悪くても見た目はいいから、他の女の子にモテたりするのかな」
少しだけ不安そうな、それでいて拗ねたような響香の声。小指に巻きついたプラグが、きゅっと少しだけ力を強めた。
僕は思わず吹き出しそうになるのを堪え、空いている右手で耳郎の顎をそっと掬い上げ、僕の方を向かせた。
「もし僕が他の子に目移りしそうになったら、響香がこうやってプラグで捕まえておけばいいんじゃない?」
「......っ、バカ。またそうやってはぐらかすんだから」
「はぐらかしてないよ。今の僕の力が誰のおかげで使えてるのか、一番よくわかってるのは響香でしょ?」
僕がそう言って微笑むと、響香は今度こそ耳まで真っ赤に染め上げ、逃げるように視線を逸らしてマイクを掴んだ。
「も、もう知らない!ほら、イントロ始まったから歌うよ、司!」
「はいはい。置いていかれないように頑張るよ、響香」
モニターに歌詞が表示され、軽快なドラムのビートが部屋中に響き渡る。
僕たちは小指をプラグで繋いだまま、もう片方の手でそれぞれのマイクを握りしめ、2人だけの合格祝いのステージをもう一度スタートさせたのだった。
「.....別に、1番じゃなくてもいいから、ずっと近くにいたい」
打ち上げが終わり別れたあと、恋する乙女はそう呟いた。
東雲 司
父親が製薬会社勤めで、母親は医者。幼少期、個性が発現した後に両親に連れられて行ったプッシーキャッツのファンミーティングにて、ラグドールの『サーチ』によって本当の個性が判明した。それまでは単なるテレポート能力だと思っていた。
個性【
『相思相愛』である相手が増えるごとに、能力が付与・強化される。相思相愛人数が増えるごとに開放された能力は強化される。
■条件
・片思いや利害一致の「偽りの恋」では一切発動しない。
・無自覚でも良いが、相思相愛でなければならない。気になるかも程度の感情はアウト。
【本命人数0人】
テレポート
本命人数が1人になったため、触れている相手も共にテレポートができるようになった。範囲は半径100メートル。
【本命人数1人】
ヒーリング・タッチ
触れている相手の軽傷を治癒・疲労を回復。
【本命人数2人】
解放条件未達のため閲覧不可。
耳郎さん
配属クラスは?
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1-A
-
1-B