僕は愛を囁く   作:Mr.♟️

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入学と個性把握テスト

 

春の柔らかな日差しが、雄英高校の巨大な校舎を白く照らし出していた。

 

桜の花びらが風に舞う通学路を抜け、僕と耳郎は、ヒーロー科1年A組の教室の前までやってきていた。

 

目の前にそびえ立つのは、見上げるほど巨大な扉だ。大型の個性を持つ生徒への配慮なのかもしれないけど、初見だと少しばかり威圧感がある。

 

「大きい扉だね、司。なんか、いよいよって感じがして緊張してきたかも」

 

隣を歩く耳郎が、真新しいブレザーの裾を少しだけ引っ張りながら、耳たぶのプラグをそわそわと揺らしている。

 

「大丈夫だよ。耳郎が緊張して変な自己紹介をしても、僕が隣で笑ってあげるから」

 

「フォローになってないんだけど」

 

僕の軽口に、耳郎がジト目で睨みつけてくる。

 

だけど、そのおかげで少し肩の力が抜けたのか、耳郎は小さく息を吐いてから自分の頬を両手で軽く叩いた。

 

「よし.....いくよ、司」

 

「うん。入ろうか」

 

僕がドアに手をかけ、ガラガラと音を立てて扉を開ける。

 

朝の光が差し込む広い教室には、まだ数人の生徒しかいなかった。僕たちは少し早めに家を出たから、一番乗りではないにせよ、かなり早い到着だったらしい。

 

「あ、まだあんまり人いないね。僕たちの席は──っと」

 

黒板の前に貼られた座席表を確認し、自分の机へと向かう。

 

すると、教室の後方、窓際の席に座って分厚い本を読んでいた1人の女子生徒が、僕たちの気配に気づいてパッと顔を上げた。

 

艶やかな黒髪を高い位置で束ねた、ひどく大人びた雰囲気を持つ美少女だ。

 

高校生とは思えないほど整った顔立ちに、ブレザーの上からでもわかる抜群のプロポーション。

 

背筋がピンと伸びたその佇まいからは、隠しきれない気品と育ちの良さが滲み出ていた。

 

「おはようございます」

 

彼女は読んでいた本に栞を挟んで閉じると、優雅な所作で立ち上がり、僕たちに向かって微笑みかけた。

 

その瞬間、僕の隣にいた耳郎の身体がピクリと硬直したのを、僕は見逃さなかった。

 

耳郎の視線が、目の前の黒髪の美少女の顔から胸元、そして全体のスタイルへと素早く移動し、耳たぶのプラグがシュンっ...と音を立てそうなほど分かりやすく萎れていく。

 

僕の地元の中学校は、言ってしまえば普通の公立校で、ここまで華やかで完成された美少女なんていなかった。

 

カラオケで打ち上げをした時、耳郎は『雄英に入ったら他の女の子にモテたりするのかな』なんて不安がっていたけど、ここまでの美少女がいるなんて思っていなかったみたいだ。

 

「おはよう。僕は東雲司。こっちは幼馴染の耳郎響香だよ。今日からよろしくね」

 

固まっている耳郎の代わりに僕が挨拶を返すと、彼女はパッと明るい笑顔を咲かせた。

 

「わたくしは八百万百と申します。東雲さん、耳郎さん、こちらこそよろしくお願いいたしますわ!」

 

「あ、う、うん.....よろしく、八百万さん」

 

耳郎が引きつった笑顔でぺこりと頭を下げる。

 

そのまま自分の席に逃げ込もうとする耳郎だったけど、運が良いのか悪いのか、僕と耳郎、そして八百万の席はかなり近かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お二人は同じ中学校のご出身なんですのね。気心の知れた方が同じクラスにいらっしゃるなんて、少し羨ましいですわ」

 

八百万が自分の席に座り直しながら、興味深そうに僕たちを見る。

 

「八百万は、同じ中学の子はいないの?」

 

僕が自分の机に鞄を置きながら尋ねると、彼女は少し照れたように頬を染めて首を横に振った。

 

「ええ、雄英高校を受験したのは中学では私だけでしたの。ですから、こうして最初にお話しできるお二人が優しそうな方で、本当に安心いたしましたわ」

 

「へえ、そうなんだ。でも、僕とも耳郎とも会場が違ったんだね」

 

「あ、私は推薦で受験いたしましたので....」

 

「推薦なんてすごいね、実力者じゃないか」

 

「いえいえ、そんな!わたくしなんて、まだまだ未熟者ですわ。一般入試を突破された皆様の方が、実践的な経験を積んでいらして頼もしいくらいです」

 

謙遜する八百万だけど、狭き門である雄英の推薦枠を勝ち取ったというだけで、八百万のポテンシャルが並外れていることは容易に想像がつく。

 

そんな中、僕と八百万が自然に会話を弾ませている横で、耳郎は自分の机に突っ伏しそうな勢いで視線を彷徨わせていた。

 

ぴょこぴょこと落ち着きなく動くイヤホンジャックから感情がダダ漏れになっている。本当に可愛いね。

 

すると、八百万の視線がふと耳郎の耳元へと向いた。

 

「あの、耳郎さん。先ほどから気になっていたのですけれど、そのお耳のプラグは.....個性によるものですのよね?とても素敵ですわ。まるでクールなアクセサリーみたいで、耳郎さんの雰囲気にとてもよくお似合いです!」

 

「えっ....!?あ、これ?これはただの『イヤホンジャック』っていう個性で、全然大したことないというか.....」

 

突然褒められた耳郎は、虚を突かれたように目を白黒させ、慌てて耳元を手で隠そうとした。

 

「そんなことありませんわ!機能美と申しますか、とてもスタイリッシュですわよ。わたくし、そういうロックテイストな格好良さに少し憧れがありますの」

 

「そ、そうかな?ありがと.....」

 

八百万の裏表のない純粋な称賛に、耳郎の警戒心はあっさりと溶かされていく。

 

やっぱり、耳郎は真っ直ぐに褒められるのに弱い。八百万がニコニコと微笑みながら僕の方へ向き直った。

 

「東雲さんもそう思われますでしょう?幼馴染がこんなにお洒落で可愛らしい方だと、自慢したくなってしまいますわね」

 

なんて同意を求めてきた瞬間、耳郎の顔が再びボンッと沸騰したように赤くなった。

 

「まあね。耳郎が可愛いのは今に始まったことじゃないし、自慢の幼馴染だよ」

 

僕が少しだけ意地悪な笑みを浮かべて肯定してみせると、耳郎のプラグが机の下で僕の足をビシッと叩いた。

 

「っ、司!余計なこと言わなくていいから!」

 

「あらあら、本当に仲がよろしいんですのね。お二人を見ていると、なんだか心が温まりますわ」

 

八百万は口元に手を当てて、上品にクスクスと笑った。

 

ただのお堅いお嬢様かと思いきや、意外とノリが良くて親しみやすい子らしい。

 

「八百万の個性はどういうものなの?よかったら教えてよ」

 

僕が話題を変えると、八百万は頷き、自分の右腕を少しだけ捲り上げた。

 

「わたくしの個性は『創造』と申しまして、自身の脂質を使って、生物以外のあらゆる物質を作り出すことができるんですの。ただ、作り出すものの分子構造を正確に理解していないといけないので、日々こうして図鑑や専門書を読んで勉強しているところなんです」

 

そう言って、彼女は自分の腕の肌から、小さなマトリョーシカ人形をポンと生み出して見せた。

 

「へえ、すごいな。分子構造さえ理解していれば何でも作れるってことは、状況に応じてどんなアイテムでも即座に用意できるってことだよね。汎用性の高さが桁違いだ」

 

「まあ!東雲さんは、とても観察眼が鋭くていらっしゃいますのね」

 

僕が素直に感心して思ったことを口にすると、八百万はパァッと顔を輝かせた。

 

「分子構造の暗記って、ただ丸暗記するんじゃなくて、材質の特性や組み合わせまで頭に入れておかないと実戦では使えないでしょ?相当な勉強量が必要だよね。その分厚い本も、全部頭に入ってるの?」

 

「そ、そうなんですの!ただ形を作るだけでは強度が足りなかったりしますので、合金の比率や化学繊維の構造まで常にアップデートしておりまして.....って、わたくしとしたことが、少し語りすぎてしまいましたわね」

 

恥ずかしそうに頬を染める八百万。万能故に知識が求められるのか。

 

「いや、すごく面白いよ。家にそういう専門書が結構あるんだ。今度、八百万が興味ありそうな本があったら持ってくるよ」

 

「まあ、なんてありがたいお話.....!ぜひ拝見したいですわ、東雲さん!」

 

八百万さんが身を乗り出し、僕との距離がグッと縮まる。

 

その様子を横目で見ていた耳郎が、むすっと唇を尖らせ、僕の制服の裾をグイグイと引っ張ってきた。八百万と親しく話している僕への無言の抗議だ。

 

 

 

そうこうしているうちに、教室の扉が次々と開かれ、新しいクラスメイトたちが続々と入ってきた。

 

机に足を乗せる目つきの悪い金髪の少年や、それをロボットのような動きで注意する眼鏡の少年。

 

さらには、ピンク色の肌をした快活そうな少女や、カエルのような特徴を持つ少女など、さすが雄英のヒーロー科と言うべきか、見た目からして個性的な面々が揃っている。

 

 

やがて、扉の前で緑髪の少年とボブカットの少女が何やら会話を交わしているところに、背後から黄色い芋虫のような寝袋に入った男が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

 

低く掠れた声と共に、寝袋から這い出てきたのは、ボサボサの長髪に無精髭、首には奇妙な布を巻きつけた、ひどく覇気のない男だった。

 

「担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

──相澤先生は、呆気にとられる僕たちを見回すと、体操服を取り出して言った。

 

「早速だが、これを着てグラウンドに出ろ」

 

 

 

 

数分後。

 

青と白を基調とした雄英の体操服に着替えた僕たちは、広いグラウンドに集合していた。

 

「個性把握テスト!?」

 

クラスメイトたちが一斉に声を上げる。

 

入学式やガイダンスをすっ飛ばしての突然のテスト宣告に、誰もが戸惑いを隠せないでいた。

 

「文部科学省が定めた従来の体力テストでは、個性の使用が禁止されている。国はいまだに画一的な記録で平均を取ろうとしているからな。合理的じゃない」

 

相澤先生は気怠げに頭を掻きながら、淡々と言葉を続けた。

 

「自分の個性を最大限に活かして、どこまで記録を伸ばせるか。それを知るのが、お前たちがヒーローになるための合理的な土台作りだ」

 

なるほど、言っていることは極めて合理的だ。

 

すると相澤先生は、クラスの中で一番目立っていたツンツン頭の金髪の少年──確か爆豪だったかな?まあ、彼を指名した。

 

「爆豪、中学の時のソフトボール投げは何メートルだった?」

 

「67メートル」

 

「じゃあ、個性を使って投げてみろ。円から出なければ何をしてもいい。早くしろ、思いっきりな」

 

爆豪は不敵に口の端を歪めると、サークルの中に入り、大きく振りかぶった。

 

そして──

 

「死ねぇッ!!」

 

物騒な掛け声と共に、手のひらから凄まじい爆発音と黒煙が弾け飛んだ。

 

爆風によって加速されたボールは、白い軌跡を描きながら遥か彼方へと飛んでいく。

 

数秒後、相澤先生の手元の端末に表示された記録は『705.2メートル』という常識外れの数値だった。

 

「すっげー!面白そう!」

 

「705メートルってマジかよ!?」

 

「個性、思いっきり使えるなんて、さすがヒーロー科!」

 

騒がしい雰囲気の中、相澤先生の表情がピクリと険しくなった。

 

「──面白そう、か。ヒーローになるための3年間を、そんな腹積もりで過ごす気なのか?」

 

相澤先生がニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 

「よし。じゃあ、全8種目のトータル成績が最下位だった者は『見込みなし』と判断し、除籍処分とする」

 

「「「えええええええっ!?」」」

 

グラウンド中に悲鳴のような驚きの声が響き渡った。

 

入学初日での退学宣告。

 

緑髪の少年──緑谷くんが青ざめた顔で震え、ボブカットの少女が抗議の声を上げるが、相澤先生は全く意に介さない。

 

「自然災害、大事故、そして身勝手なヴィラン。厄介ごとってのはいつも理不尽に降りかかってくる。それを覆すのがヒーローの仕事だ。放課後にマックでお喋りしたいなら他所へ行け。ここからの3年間、雄英は全力で苦難を与え続ける。それが『Plus Ultra』だ。全力で乗り越えてみせろ」

 

圧倒的な説得力と威圧感。

 

ただの脅しなのか、それとも本気なのかは分からないけど、少なくともここで手を抜けば本当に切り捨てられると思わせるだけの迫力が、相澤先生にはあった。

 

「......司、どうしよう。ウチの個性、身体能力を上げるタイプじゃないんだけど」

 

僕の隣で、耳郎が小さな声で呟いた。

 

「大丈夫だよ。全部の種目でトップを取る必要はないんだ。普通の体力テストと同じように全力で走ったり投げたりしつつ、個性が活かせるところで確実にポイントを稼げば、最下位になることは絶対にないから」

 

僕が落ち着かせるように小声で囁くと、耳郎は少しだけ安心したように頷いた。

 

「東雲さんの仰る通りですわね。全8種目の総合評価ということは、自身の個性の特性をいかに各競技のルールに当てはめて応用できるか、という思考力も試されているはずですわ」

 

反対側の隣に立っていた八百万さんも、冷静に分析を口にする。

 

「さすが八百万さん、もう対策はバッチリって感じだね」

 

「ええ!推薦入学の名に恥じない結果を残してみせますわ!」

 

こうして、僕たちの個性をフル活用した8種目のテストが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

第1種目、50メートル走。

 

僕と耳郎は並んでスタート位置についた。

 

「ねえ司、これって司の圧勝じゃん。ずるいよ」

 

耳郎がクラウチングスタートの姿勢を取りながら、恨めしそうに僕を見る。

 

「まあ、ルール上は何をしてもいいみたいだからね。先にゴールで待ってるよ、耳郎」

 

僕が肩をすくめて笑った直後、スタートの号砲が鳴り響いた。

 

『位置について──ドン!』

 

僕は即座に、個性【共鳴恋情(チェーン・レゾナンス)】の初期能力である『テレポート』を発動した。

 

視界に入るか、構造を把握した半径100メートル以内の場所へ移動できる。ただし運動エネルギーは引き継がれず、加速目的には使えない。

 

とはいえ、50メートルなら問題ない。

 

僕の身体はスタート地点から消え、ゴールラインの向こうへ現れた。

 

『0.08秒』

 

ゴールに設置された計測ロボが、間の抜けた電子音で僕のタイムを読み上げる。号砲が鳴ってから僕が能力を発動するまでの、純粋な神経の反応速度だけのタイムだ。

 

「なっ.....!?消えたと思ったらもうゴールしてやがる!?」

 

「0.08秒って何!?瞬間移動の個性か!」

 

待機していたクラスメイトたちから驚きの声が上がる。

 

僕はゴールラインの向こう側から振り返り、一生懸命に走ってくる耳郎の姿を見守った。

 

耳郎は特に個性を使うこともなく、純粋な脚力だけで走り抜け、『7.32秒』というまずまずのタイムでゴールした。

 

「はぁ、はぁ.....っ!やっぱり一瞬で終わってるし!いいなぁ、そういう便利な個性!」

 

息を切らしながら僕の隣にやってきた耳郎が、羨ましそうに僕の脇腹を軽く小突く。

 

「これでも反応速度には気を使ったんだよ。フライングになったら元も子もないからね」

 

「贅沢な悩みだなぁ、もう.....」

 

「お二人とも、お疲れ様でした!東雲さん、今の瞬間移動ですか!?素晴らしい個性ですわね!」

 

次の組の順番を待っていた八百万が、目を輝かせながら駆け寄ってきた。

 

「ありがとう。でも、連続で使うと体力を消耗するから、こういう単発の直線移動が一番向いてるんだ」

 

「いえ、それでも0秒台の記録は驚異的ですわ。わたくしも工夫して挑みますわね」

 

そう言ってスタートラインに立った八百万は、自分の背中からローラーブレードと、推進力を得るための小型の圧縮空気噴射装置のようなものを瞬時に創造し、見事なタイムで駆け抜けていった。

 

続いて、第2種目の握力測定。

 

こればかりは、僕の『テレポート』も、耳郎と相思相愛になったことで発現した『ヒーリング・タッチ』も、まったく役に立たない。

 

僕は純粋な筋力だけで握力計を握りしめ、『52.0kg』という高校生男子としては平均より少し上程度の数値を出した。

 

耳郎も『35.0kg』と普通の女子並みの記録だったが、僕の少し後ろで測定していた八百万は、握力計を挟み込むための小型の器具を即座に創造し、涼しい顔で『540.0kg』というとんでもない数値を叩き出していた。

 

「....ねえ司。八百万さん、頭いいし美人なだけじゃなくて、発想力までバケモノ級なんだけど」

 

「『個性を使っていい』っていうルールを、一番正しく理解して活用してるよね。道具を作るのも彼女の個性の一部なんだから、反則にはならないし」

 

「なんか、全てのステータスで負けてる気がして悔しい.....!」

 

 

続く第3種目の立ち幅跳びは、多くの生徒が計測不能だった。

 

砂場の端までテレポートするだけで簡単にクリアできるため、計測不能になるギリギリのラインである砂場の最後尾へと一瞬で跳躍し、トップクラスの記録を残した。

 

第4種目の反復横跳びでは、僕の個性の弱点が少しだけ顔を出した。

 

先ほども言った通り、僕のテレポートは使用時のスタミナの消費が激しい。

 

だから僕は、最初の数秒だけ超高速の連続テレポートで回数を稼ぎ、残りの時間は普通の反復横跳びで乗り切るという作戦を取った。

 

それでも、紫色の髪の小柄な少年──峰田が奇妙なボールを使って弾みまくっていた記録に次ぐ、高得点をマークすることができた。

 

そして、第5種目のボール投げ。

 

これが、多くの生徒にとって一番の見せ場となっていた。

 

ボブカットの少女──麗日が『無重力』の個性でボールの重力を消し去り、『無限』という呆れた記録を出したかと思えば、八百万は大砲を創造してボールを撃ち出し、100メートル以上の記録を軽々と出していた。

 

「東雲、次はお前だ」

 

相澤先生に名前を呼ばれ、僕はボールを受け取って円の中に入った。

 

「司ってさ、ボール投げはどうするんだろ?テレポートって、触れてるものも一緒に飛ばせるんだっけ?」

 

円の外で、耳郎が八百万さんと並んでこちらを見つめている。

 

「ええ、先ほどの立ち幅跳びでも体操服ごと移動していらっしゃいましたから、手に持っているボールだけを遠くに転移させることも可能なのではないでしょうか?」

 

八百万さんが推測を口にする。

 

彼女の言う通り、僕のテレポートは、耳郎が本命(1人目)になったことで『自分が触れている対象も一緒に転移させる』ことができるように強化されている。

 

ただし、ボールだけを遠くに飛ばすことはできない。あくまで『僕自身が移動する時に、触れているものを同伴させる』というのが基本の仕様だからだ。

 

さらに言えば、僕のテレポートの射程距離は半径100メートルで、運動エネルギーも保存されない。

 

100メートル先へ飛んでボールを置けば、その時点で円の外に出てファウルだ。

 

それなら──上へ飛べばいい。

 

入試でロボットを空中へ転移させ、落下させた時の応用だ。

 

僕は真上を見上げ、ボールを握る指に力を込める。意識を高度100メートルの空間へ集中させた。

 

次の瞬間、足元の土が消える。

 

「っ......!」

 

冷たい風が頬を打った。遥か下には小さくなったグラウンドと、こちらを見上げるクラスメイトたち。

 

空中に出現した身体が、重力に引かれて落ち始める。その直前、僕は地上で測った方向へ腕を振り抜いた。

 

高度を使って滞空時間を稼ぎ、全身の力をボールへ伝える。

手を離した瞬間、身体がふわりと傾いだ。

 

まずい、落ち始めている。

 

僕はすぐに2度目のテレポートを発動し、元のサークルの中央へ帰還した。静止した足裏に地面の硬さが戻る。

 

周囲には、僕が一瞬消え、空からボールが落ちてきたように見えただろう。

 

遠くで乾いた着地音がした。

 

『142.6メートル』

 

端末の数字を確認した八百万が、ぱっと顔を輝かせる。

 

「お見事ですわ!上空へ転移して高所から投擲し、ご自身は落下する前に再転移なさったんですのね!座標の把握も判断の速さも、素晴らしいですわ!」

 

「よくわかったね。あんな短い時間だったのに」

 

「ボールの落ちてきた方向と、東雲さんが消えていた時間から推測しましたの。それに、転移の前後で姿勢が変わっていたので......!」

 

八百万の解説に、僕もつい笑ってしまう。

 

「さすが八百万。そこまで見てくれてたんだ」

 

「い、いえ......!その、東雲さんの発想がとても興味深かったものですから」

 

キラキラと瞳を輝かせて解説する八百万。

 

僕も思わず楽しくなって、彼女と話し込んでしまった。

 

すると、少し離れたところでそれを見ていた耳郎のプラグが、地面の小石をバシッ!と音を立てて砕いた。

 

耳郎が焦りと嫉妬が入り混じったような視線をこちらに向けてくる。僕は八百万との会話を一区切りさせ、トコトコと耳郎の隣へと歩いていった。

 

「どうしたの、耳郎。小石になんの恨みがあるの?」

 

「べ、別に!ちょっとプラグの調子を確かめてただけだし!それより、八百万さんとずいぶん盛り上がってたじゃん。頭いい人同士、話が合って楽しそうだねー」

 

ツンと顔を背ける。

 

「ヤキモチ?」

 

僕が周囲に聞こえないくらいの小さな声で耳元に囁くと、耳郎の肩がビクッと跳ね、耳たぶが真っ赤に染まった。

 

「や、ヤキモチなんかじゃないし!ただ、八百万さんみたいに何でもできてスタイルも良くて頭もいい子と並んでると、ウチなんかが司の隣にいていいのかなって、ちょっと比較しちゃうだけで.....」

 

後半はほとんど消え入るような声だったけれど、僕の耳にはしっかりと届いた。

 

やっぱり、朝からずっとそのことを気にしていたらしい。

 

僕は小さく息を吐くと、周囲の視線が次の投擲者である緑谷へと集まっているのをいいことに、耳郎の手首にそっと自分の指先を触れさせた。

 

そして、ほんの少しだけ『ヒーリング・タッチ』を発動する。

 

淡い緑色の光が、誰にも見えないくらい微かに指先から耳郎の肌へと染み込んでいった。

 

「っ、司?別にウチ、怪我してないけど....」

 

「精神的な疲れや緊張も、少しはほぐれるでしょ?それと、忘れないでって言ったはずだよ」

 

僕は緑谷の方へ視線を向けたまま、耳郎にだけ聞こえる声で言葉を続けた。

 

「僕がこうしてこの力を使えるのは、他の誰でもない、耳郎のおかげなんだから。他の誰かと比べる必要なんて、最初からどこにもないよ」

 

「──っ!」

 

耳郎が息を呑む気配がした。

 

横目でちらりと見ると、下唇をきゅっと噛みしめ、潤んだ瞳で僕の手元を見つめていた。

 

「.....バカ」

 

そう呟いた耳郎のイヤホンジャックが、体操服の裾の陰で、僕の小指にそっと絡みついてきた。

 

八百万の圧倒的なスペックに当てられて揺らいでいた幼馴染の自信は、どうやら少しだけ持ち直してくれたらしい。

 

 

 

 

その直後、サークルに立った緑谷が、相澤先生に個性を消されて叱咤されるという一幕があった。

 

相澤先生の正体が、視た相手の個性を消すイレイザー・ヘッドというプロヒーローであることが判明し、クラスがざわつく。

 

再度チャンスを与えられた緑谷は、指先の一点だけに凄まじい力を集中させることで、自らの指を犠牲にしながらも『705.3メートル』という爆豪をわずかに上回る記録を叩き出した。

 

「先生.....!まだ、動けます.....!」

 

激痛に顔を歪めながらも、拳を握りしめて笑う緑谷。

 

それを見た相澤先生は、満足げに不気味な笑みを浮かべ、それに激昂した爆豪が緑谷に掴みかかろうとした所を、相澤先生の捕縛布に拘束されるなど、グラウンドは一時騒然となった。

 

「すごい人ばっかりだね、このクラス」

 

僕の隣で、耳郎が圧倒されたように呟いた。

 

「そうだね。でも、怪我をしながら力を出すのは、まだ個性のコントロールが未熟ってことでもある。この歳になって個性をコントロールできないのはかなり珍しい」

 

その後、残りの種目である上体起こし、長座体前屈、そして最後の持久走が行われた。

 

最後の持久走は、僕にとって少しばかり骨が折れる種目だった。

 

テレポートの連発でスタミナを結構使って疲労感があったから、仕方なく自分の足で真面目にトラックを走ることにした。倒れたりしたら本末転倒だからね。

 

まあ、僕には『ヒーリング・タッチ』がある。

 

走りながら自分の太ももや胸元にそっと手を当て、蓄積してや疲労をリアルタイムで少しずつ分解・回復させながら走るという、ある意味でチートじみた走法を取ったのだ。

 

これにも当然体力を消費するため、無尽蔵に走れるわけではないけど、最後までペースを一切落とさずに走り切ることができ、かなり上位でゴールすることができた。

 

ゴールした後、僕は肩で息をしている耳郎と、やはり少し汗ばんで息を切らしている八百万さんの元へと歩み寄った。

 

「はぁ、はぁ.....っ、つ、疲れたぁ....!持久走だけはほんっとに無理....!」

 

耳郎が膝に手をついてうなだれている。

 

「お疲れ様、耳郎。八百万も、すごい頑張ってたね」

 

「はぁ....ええ、ありがとうございます、東雲さん。わたくし、先ほどまで脂質を使って大きめの創造を繰り返しておりましたので、少しエネルギーが不足してしまいまして....」

 

「、ちょっと手を出して」

 

「ん....?なに?」

 

僕は耳郎の手を握ると、そのまま『ヒーリング・タッチ』を発動し、彼女の持久走の疲労を回復させる。

 

「あっ、生き返る....ありがと、司」

 

耳郎がふにゃりと表情を緩める。

 

その光景を見ていた八百万が、目を丸くして僕の手元を見つめた。

 

「あの、東雲さん....今のは?瞬間移動とは別の個性に見えましたけど....」

 

「ああ、僕の個性はちょっと特殊でね。テレポートの他に、触れた相手の軽い怪我や疲労を癒やす力も持ってるんだ。八百万も、かなり疲れてるみたいだから、よかったら使おうか?もちろん、異性に触れられるのが嫌じゃなければだけど」

 

僕が手を差し出しながら丁寧に尋ねると、八百万は一瞬だけ驚いたように目を見開いたあと、パッと頬を朱色に染めた。

 

「ふ、複数の能力を併せ持つ複合型の個性でいらっしゃいますのね....!それに、そのようなお気遣いまで....わたくし、ちっとも嫌などではありませんわ。ぜひ、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

八百万さんは少しだけモジモジしながらも、白くて細長い自分の右手を、おずおずと僕の手の上へと重ねてきた。

 

すぐ隣で、耳郎のプラグがピキッと音を立てて硬直した気配がしたけれど、今は人助け?が優先だ。

 

僕は八百万さんの柔らかい手を優しく包み込むように握ると、『ヒーリング・タッチ』の温かい緑色の光を送り込んだ。

 

「あっ.....!」

 

八百万さんの口から、小さく艶っぽい吐息が漏れた。

 

「.....身体の奥に溜まっていた重だるさが、まるで雪が溶けるみたいに消えていきますわ....!」

 

八百万はうっとりと目を細め、僕の顔をじっと見つめた。

 

至近距離で見る八百万の顔は、本当に作り物みたいに綺麗で、長いまつ毛が微かに震えているのまでハッキリと見えた。

 

「これくらいで大丈夫かな?ただ、八百万の個性の仕様上、失った脂質までは僕の能力じゃ補填できないから、あとでしっかりご飯を食べてカロリーを摂った方がいいよ」

 

僕が手を離して微笑むと、八百万は名残惜しそうに自分の手を見つめたあと、熱を帯びたような瞳で僕に深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます、東雲さん!あなたのように思慮深くて優しい方がクラスメイトで、わたくし、本当に嬉しいですわ!」

 

その笑顔の破壊力は凄まじく、周りの男子生徒たちがざわつき始めるほどだった。

 

「司。ウチより、八百万さんに使ってた時間の方がちょっと長くなかった?」

 

八百万が自分の荷物のところへ戻った直後、耳郎がジト目で僕の脇腹をツンツンと突いてきた。

 

「気のせいだよ。八百万は個性の反動もあったみたいだから、少し念入りにしただけだって」

 

「ふーん、念入りにねぇ.....八百万さん、顔を赤くして司のこと見てたよ?ほら、ウチが言った通りじゃん。初日から早速お嬢様を籠絡しかけてるし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、結果発表だ」

 

相澤先生の声に、全員が再び整列する。

 

「トータル成績は、個々に口頭で伝えるのは時間の無駄だから一括で開示する」

 

先生がボタンを押すと、空中にホログラムの巨大なモニターが投影され、1位から20位までの名前がズラリと表示された。

 

『1位:八百万 百』

『2位:轟 焦凍』

『3位:爆豪 勝己』

『4位:飯田 天哉』

『5位:常闇 踏陰』

『6位:東雲 司』

 

「お、僕は6位か。握力とか上体起こしは普通だったわりには、結構いい順位に入ったな」

 

僕が自分の名前を見つけて満足していると、耳郎も自分の順位を探して視線を滑らせた。

 

「あ、ウチは17位だ!あ、あぶなっ.....!でも、最下位じゃなかった、よかったぁ.....!」

 

胸を撫で下ろす耳郎。

 

そして、最下位である20位に表示されていたのは、指を負傷して他の種目で記録を伸ばせなかった『緑谷出久』の名前だった。

 

緑谷が絶望の表情で立ち尽くす中、相澤先生はホログラムを消して、あっけらかんと言い放った。

 

「んで、除籍はウソだ」

 

「「「えええええええっ!?」」」

 

再びグラウンド中に響き渡る絶叫。

 

「お前たちの個性を最大限に引き出すための、合理的な虚偽だ」

 

ニヤリと笑う相澤先生に、僕たちが呆気にとられていると、八百万がハッとした顔で振り返った。

 

「ちょっとみなさん、考えてみたらお分かりでしょう。ウソに決まってますわ」

 

どうやら八百万は、最初から先生のブラフに気づいていたらしい。僕にはブラフに見えなかったから、意外だなぁ。

 

「ってことで、終わりだ。教室に書類があるから、それ見て帰れ。緑谷はリカバリーガールのところで治療してもらえ」

 

相澤先生がスタスタと去っていき、緊張の糸が切れたクラスメイトたちは、一気に和気あいあいとした空気に包まれた。

 

「とりあえず、これで正式に僕たちも雄英の生徒としてスタートを切れたわけだ」

 

僕が伸びをしながら言うと、耳郎は苦笑いを浮かべた。

 

するとそこへ、テストで堂々の1位を獲得した八百万が、少し誇らしげに、それでいてどこか控えめな歩調で僕たちのところへやってきた。

 

「東雲さん、耳郎さん、改めて本日はお疲れ様でした。お二人のおかげで、緊張していた初日をとても楽しく乗り切ることができましたわ」

 

「1位おめでとう、八百万。僕も6位には入れたけど、やっぱり八百万の応用力には敵わなかったよ」

 

「いえ、東雲さんの6位も素晴らしい成績ですわ!それに、今わたくしがこうして元気に立っていられるのも、東雲さんの治癒の力のおかげですもの」

 

八百万はそう言って、僕に向かって極上の笑みを向けてきた。

 

隣で、耳郎が八百万の横顔と僕の顔を交互に見比べながら、小さく息を呑んでいた。

 

だけど、耳郎は逃げ出す代わりに、僕たちの会話にグイッと割り込むように一歩前に出た。

 

「や、八百万さん!1位すごかったね!あのさ、着替え終わったら、途中まで一緒に帰らない?ほら、八百万さん、ウチらのこと気に入ってくれたみたいだし!」

 

「まあ!耳郎さん、よろしいんですの!?わたくし、放課後にお友達と一緒に帰るのに、ずっと憧れていたんですの!ぜひご一緒させてくださいまし!」

 

「うん!じゃあ、早く更衣室行こっか!司、待っててよね!」

 

耳郎は八百万の腕を半ば強引に引っ張るようにして、僕から引き離すように女子更衣室の方へと歩き出した。

 

去り際、耳郎がちらりと僕の方を振り返り、ベーッと舌を出してみせた。本当に可愛らしいことをするんだから。

 

 

 

 

 

並んで歩いていく紫色の髪と黒髪の背中を見送りながら、僕は自分の手のひらをじっと見つめた。

 

個性【共鳴恋情(チェーン・レゾナンス)】

 

耳郎には悪いけど、僕は好きになれた人にはアタックするつもりだ。もちろん、耳郎を蔑ろにするつもりはないから、その点は安心して欲しい。

 


 

八百万さん

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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