今日は、初めてのヒーロー基礎学だ。
入学前、僕たちは個性届と身体情報、それから戦闘服の要望書を雄英に提出している。
それらをもとに、提携会社が個性に合わせたヒーローコスチュームを製作してくれる。
ただし、技術者には独自の美学を持つ人も多く、必ずしも要望通りになるとは限らないらしい。
あ、ちなみに僕の個性はテレポートで登録されてる。個性の変更届を役所に持っていったら、突拍子もない変更はできませんと両親が怒られた。
結局、そのまま変更が受理されることはなかった。
「......これは、随分と派手になったなぁ」
更衣室の鏡を眺め、思わず苦笑した。
黒いハイネックの戦術服に、膝下まで届く白いロングコート。胸元には複数の黒いベルトが走り、腰と太腿には大小様々なポーチが並ぶ。
背中には、翼を広げた鳥の紋章まで描かれていた。
足元を固めるのは、白と黒で統一された頑丈な衝撃吸収ブーツ。金属製の留め具が並び、なかなか物々しい。
僕が希望したのは、機動性と防護性能、それから医療用品を持ち運べることくらいだったんだけどね。
「まあ、格好いいからいいか」
鏡の前で軽く身を翻すと、白い裾がふわりと揺れた。
うん、こういうのも嫌いじゃない。
更衣室を出ると、廊下は色とりどりの衣装で賑わっていた。
飯田は全身を装甲で覆い、瀬呂は肘の機構を強調した装備を身につけている。爆豪の両腕には巨大な籠手があり、見るからに火力重視だ。
誰もが自分の個性に合わせた工夫を凝らしていた。
「司!」
聞き慣れた声に振り向く。
そこには、黒を基調とした衣装に身を包んだ耳郎がいた。
短いジャケットに動きやすそうなパンツ。脚には音響機器を思わせる装備が施され、ブーツにも個性を活用するための仕掛けが組み込まれている。
ロックミュージシャンのステージ衣装を思わせる、耳郎らしいデザインだ。
「どう?ウチの戦闘服」
その場でくるりと回ってみせる耳郎に、僕は素直に頷いた。
「すごく似合ってるよ、耳郎。格好いいし、ステージに立っても映えそうだ」
「へへっ、ありがと。っていうか、司のコートすごくない?」
「僕も驚いてる。頼んだのはもっと地味なものだったんだけど」
「でも似合ってる。ちょっとキザだけどさ」
「そこは僕の責任じゃないよ?」
耳郎は楽しそうに笑うと、僕のコートの袖を摘まんだ。
そして周囲を確認してから、そっと声を潜める。
「......ウチの彼氏、なかなか格好いいじゃん」
思わず頬が緩んだ。
「僕の彼女も、とびきり可愛いよ」
「っ!そういうの、ここで言わないでってば!」
「先に言ったのは耳郎でしょ?」
「そうだけど!」
イヤホンジャックがぴょこんと跳ねた。
昨日、長い幼馴染の関係に『恋人』という新しい名前がついた。
それだけで、何もかもが劇的に変わったわけじゃない。
心なしか耳郎が少し素直になったくらいかな。
「お二人とも、こちらにいらしたんですね」
声に振り向くと、八百万が歩いてきた。
「八百万」
鮮やかな赤い衣装に、黄色いベルト。
何より目を引くのは、胸元から腹部にかけて大きく開いたデザインだ。
八百万の個性『創造』は、体内の脂質を材料に、分子構造を理解した物体を生み出す能力。
大きな物体を創造するには、広い皮膚の露出面積が必要なのだろう。理屈は分かる。
ただ、本人が望んだ衣装なのかは少し気になる。
「八百万、すごく似合ってるね。そのデザインは希望通り?」
「はい!大きな物体を創造しやすいよう、わたくしからお願いしましたの」
「そっか。それならよかった。よく似合ってるよ」
「......まあ。ありがとうございます」
八百万が微笑み、ほんの少し頬を赤らめた。
「ヤオモモの衣装....なんというか、すごいよね。いいと思う」
耳郎も隣から顔を覗かせる。
「耳郎さんの衣装も素敵ですわ!音楽がお好きなのが伝わってきますもの」
「そう?へへっ、ありがと」
昨日、八百万の家でお茶をしてから、2人の距離は随分と縮まったらしい。楽しそうに笑い合う姿を見ていると、僕まで嬉しくなってくる。
「ヒーロー基礎学!!本日行うのは──対人戦闘訓練!!」
移動した僕たちは、屋内で行う2対2の戦闘訓練についてオールマイトから説明を受けている。
ヴィラン側は建物内の模擬核兵器を防衛。ヒーロー側はそれに接触するか、ヴィランを全員捕縛すれば勝ち。
逆にヴィランはヒーローを全員捕縛するか、制限時間まで守り抜けば勝利となる。
捕縛には専用のテープを使う。
チーム分けで僕が引いた髪には『F』の文字が書いてある。
「......まあ」
隣で八百万が札を見つめていた。同じ『F』だ。
「よろしく、八百万」
「はい!よろしくお願いいたします、東雲さん!」
「八百万となら楽しめそうだ」
「ふふっ。わたくしも同じことを考えていましたわ」
対戦相手は峰田と切島らしい。僕たちはヴィラン側だ。
「おっ!東雲!負けねえぞ!」
切島が拳を突き出してくる。
「よろしく。期待してるよ」
拳を合わせると、隣の峰田が八百万の戦闘服を見て何やらにやついていた。
.....まあ。何を考えているかは、聞かなくても分かる。
準備時間。僕たちは模擬核兵器のある部屋で見取り図を広げた。
「わたくしは、こちらに籠城するのがよろしいかと考えます」
八百万は出入口を指す。
「扉を補強し、通路を塞ぎ、守りを固めます。制限時間まで耐えれば勝利ですもの」
「いい作戦だと思う。でも、今回は外へ出て戦わない?」
「......正面から、ですか?」
「切島なら硬化で壁とか天井を壊せるだろうし、狭い部屋で峰田の粘着玉を️まかれたら面倒だ」
「それに、八百万の『創造』は選択肢の多さが強みじゃん。この規模の籠城だと、選択肢が減って良さが消えると思うんだよね」
「...確かに。守ることばかり考えていましたわ」
八百万は少し考えてから、ぱっと顔を上げた。
「でしたら、戦う場所をこちらの広い廊下に変えましょう!」
「廊下に?」
「ええ。ですがその前に、まず2人を分断いたします」
「分断?」
「はい。切島さんと峰田さんが協力して連携すると厄介ですが、別々に行動していただければ対処しやすくなります」
八百万は見取り図を指した。
「こちらの通路に切島さんを、反対側に峰田さんを誘導します。そして薄い壁を創造し隔壁とし、互いの位置を把握できないようにするんです」
「なるほど。でも、声で連絡を取られない?」
「そこも考えていますわ」
彼女は楽しそうに微笑んだ。
「建物内に音楽を流しましょう。それも、かなりの大音量で」
「......へえ」
思わず笑みがこぼれる。
「いいね。声だけじゃなく、足音や罠の作動音も聞こえにくくなる」
「はい。その上で、わたくしたちはインカムで連絡を取ります」
「敵は互いの位置が分からない。でも、僕たちは分かるわけだ」
「その通りですわ」
八百万は次々と図面に書き込んでいく。
「切島さんは東雲さんが引き受けてください。東雲さんなら対応できますでしょう?。わたくしは峰田さんを担当しますわ」
「峰田の球は意外と厄介だよ?」
「ええ。ですから盾を創造します。正面から防ぎながら、少しずつ誘導するつもりです」
「分断したあとは、それぞれ別の通路で戦闘します。ですが、最後にはこちらの合流地点へ誘導します」
八百万が見取り図に線を引いた。へぇ、悪くない。
「......なるほど」
「そこに切島を立たせて、峰田に球を投げさせるわけか」
「はい。東雲さんがわたくしを連れて転移すれば、球は切島さんへ向かいますわ」
「ただ、切島が気づいたら避けられるね」
「ですから、視界も奪います」
八百万は小型の煙幕装置を描き足した。
「切島さんは煙幕で足止めするつもりです。誘導しやすくするために、進路を限定する電気罠や障害物も配置しましょう」
「いいね。具体的には?」
「通電する金属柵、踏むと作動するバリケード、それから捕縛用のネットです」
「随分と豪華だね」
「ふふっ。せっかくの訓練ですもの」
八百万は楽しそうに笑った。
「すべてを大量に作る必要はありません。相手の動きを誘導するための最低限の量で十分ですわ」
「脂質の消耗も考えてるわけだ」
「はい。最後まで戦える余力を残しておきたいですから」
なるほど。
即興で考えた作戦にしては思った以上に完成度が高い。
「それで、最後の決め手は?」
「そこは、わたくしに任せていただけませんか?」
八百万の目には、自信が浮かんでいた。
「峰田さんを捕縛するところまで、わたくし自身で決めたいんです」
「もちろん。作戦を考えたのは八百万なんだから」
「ありがとうございます!」
僕は頷き、見取り図を閉じた。
「じゃあ、僕は八百万の作戦通りに動こう」
「はい!」
この後、作戦通りに進まなかった場合も考えてから僕たちは準備に取りかかった。
準備が始まると、八百万は必要な装備を次々と創造した。
まずは、小型のインカムが2つ。
「こちらをお使いください」
「ありがとう」
耳に装着し、通信を確認する。
『東雲さん、聞こえますか?』
「うん。はっきり聞こえるよ」
『よかったですわ』
彼女は満足そうに頷いた。
続いて、中型と小型のスピーカーを複数創造する。
「かなりの音量になるけれど、僕たちの連携が取れなくなったりはしないかな?」
「インカムの遮音機能で多少は軽減できます。もちろん、必要以上の音圧にはいたしませんわ」
「了解。ちなみに、何を流すの?」
「音楽ですわ。曲は──」
八百万が少し考え込む。
「そうですわね。耳郎さんがお好きだとおっしゃっていた、激しいロックを参考にしてみましょうか」
「へえ。耳郎が喜びそうだ」
「ふふっ。あとで感想を伺いたいですわ」
八百万はスピーカーを建物内の数か所へ設置した。続いて、隔壁と通電柵。小型の煙幕装置、床に仕込む起動板。
僕はそれらを受け取り、転移で各所へ運んでいく。
「東雲さん、これもお願いします」
「了解。次は分岐点?」
「はい。切島さんが進んだところで隔壁が閉じるようにしてくださいませ」
「分かった」
作業の途中、八百万が僕に声をかけた。
「最後に、転移の感覚を確かめておきたいんです」
「もちろん。手を借りてもいい?」
「──はい」
八百万が右手を差し出す。
僕はその手を取った。
「向こうの壁際へ行くよ」
次の瞬間、僕たちは数メートル先に立っていた。
「.....まあ!」
八百万が小さく息を呑む。
「不思議な感覚ですわね」
「気分は悪くない?」
「はい。問題ありません」
「よかった」
手を離すと、八百万は自分の掌を見つめた。少しだけ頬が赤い気がするけど、気のせいだろうか?
まあ、今は訓練に集中しようか。
「転移自体はそこまで負担じゃない。だから、タイミングさえ合えば何度でも補助できるよ」
「では、合図はわたくしから送ります」
「了解。指揮は八百万に任せる」
「──はい!」
「スタートっっっ!!!」
最後の仕掛けを確認したところで、開始を告げるオールマイトの声が聞こえた。。
開始直後から建物中に、激しいドラムの音が鳴り響き始める。続いて、歪んだギターと重低音のベース。
まるで建物全体がライブハウスになったみたいだだ。
「うおっ!?なんだこの音!?」
切島の声が聞こえる。
「うるせえええ!!」
峰田も叫んでいる。当然、離れれば互いの声はほとんど届かないだろう。僕の耳には、インカム越しに八百万の声が届いていた。
『東雲さん、音量は問題ありませんか?』
「うん。いい感じだよ」
『では、作戦を開始いたします』
「了解」
僕は分岐点の手前へ転移した。
そこへ、切島と峰田が現れる。
「東雲!やっぱりお前らの仕業か!」
切島が叫んだ。
「正解。なかなかいい曲でしょ?」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
峰田が怒鳴る。
「おい切島!絶対罠だぞ!こんな音楽流してる時点で怪しすぎんだろ!」
「分かってるって!」
切島は僕へ視線を向けてきた。ああ、そうだよ。罠だよ。分かりやすいでしょ?
「東雲!勝負だ!」
「いいよ。ただし──僕と真っ向勝負する度胸があるなら、なけど」
肩をすくめながら挑発する。切島は怒ったりはしないだろう──それでも、挑発に乗ってくるはずだ。
「硬化して突っ込むしかないイノシシに、僕を捕まえることが出来るかな?」
「......あ?」
切島の眉が動いた。
「せっかくヒーロー科に入ったんだ。もう少し考えて戦うところを見せてほしいな」
「言ってくれんじゃねえか!」
切島が拳を硬化させ、峰田が止めるために慌てて叫ぶ。
「おい切島!挑発に乗るなって!」
「分かってる!でも、ここで引けるかよ!」
僕は笑いながら言葉を続ける。
「なら、追いついてみなよ」
そう言って、分岐点の奥へ転移した。追いかけてこなかったら、作戦はプランBに変更するしかない。まあ、それでもいいけどさ。
──よしっ、やっぱり追いかけてきた。
「待て、東雲!!」
「切島!そっちは絶対罠だって!」
峰田が追おうとした瞬間に、僕は床の起動板を踏み抜く。すると、ガシャンという音とともに、金属製の隔壁が降りる。
分断完了。
「切島!おい!聞こえるか!?」
峰田の声は、大音量の音楽にかき消され、その背後から八百万が現れた。
「峰田さん。こちらですわ」
「や、八百万!?」
峰田が振り向く。
「へへっ!そっか、オイラの相手は八百万か!切島には悪いけど、こっちの方が当たりだぜ!」
「その余裕が、いつまで続くでしょうか」
八百万は大きな盾を構え、インカムへと話しかける。
『東雲さん、分断成功ですわ』
「了解。こっちも予定通り」
「東雲!正々堂々勝負しやがれ!」
切島が拳を振りかぶり、僕は軽く身をひねって避け続ける。
「正々堂々?僕はヴィラン役なんだけど?」
「そうだけどよ!」
「それに、攻撃が大振りだよ。右肩が先に動く癖がある」
適当に指摘をする。それで本当にないはずの癖を作り出してもらえたら楽になるから。
「なら、これでどうだ!」
切島は左拳を繰り出し、そのタイミングで僕は背後へ転移する。おちょくりながら戦うのも楽じゃない。
「それも読める」
「くっそ!ちょこまかと!」
「切島の硬化は確かに強いかもしれない。でも、当てられなきゃ意味がないよね?」
「......っ!言ってくれんじゃねえか!」
切島の攻撃がどんどん荒くなる。視線は僕の姿だけを追い、その結果──自身の足元への注意が薄れていった。
『東雲さん、切島さんの位置は?』
インカムから八百万の声が届く。
「第1地点を通過。予定通り進んでるよ」
『承知しました。こちらも順調ですわ』
「了解。次へ誘導する」
僕は転移し、今度は切島の少し前に移動する。
「ほら、こっち」
「待ちやがれ!」
切島が踏み込むとその瞬間、足元の板が沈んだ。
ビィッと鋭い警報音が鳴り、横の金属柵に青白い火花が走る。
「うおっ!?なんだ!?」
「電気罠。触ると痺れるから気をつけて」
「先に言えよ!」
「罠だからね」
罠を先に伝えるなんて、裏切りじゃないか。切島は通電柵を避け、反対側へ移動した。
残念。そこには、折り畳み式のバリケードがある。
「うおおっ!?」
音を立てて現れたバリケードを、切島は腕を硬化させて一撃で破壊する。
「こんなもんで止まるか!」
「止めるつもりはないよ」
僕は笑う。
「ただ、壊すたびに僕の思った場所へ進んでくれるなら十分だ。足元──大丈夫?」
「......っ!?」
切島が一瞬、床を見る。ははっ、そうだよね。不安になるよね。
「考え込むと隙ができるよ?」
「言われなくても!」
再び僕へ向かってきた。うんうん、完全に視野が狭くなっている。僕だけを見て、周囲を確認する余裕がなくなってきてるね。
『東雲さん、こちらは第2地点へ到達しました』
「了解。切島もあと少し」
『では、合流準備をお願いいたします』
「任せて」
僕は切島を一瞥する。
「さて、そろそろ次へ行こうか」
「まだ逃げんのか!?」
「さあ、どうかな」
その質問に答える代わりに、僕は煙幕装置の起動板を踏んだ。すぐに白い煙が勢いよく噴き出す。
「うおっ!?今度は煙かよ!」
視界が奪われた切島は、反射的に足を止めた。その隙に僕は煙の外へ転移した。
『八百万、準備できたよ』
『ありがとうございます。こちらも最終地点へ向かいます』
「了解。タイミングは任せる」
『はい!』
べちゃっ!
紫色の球が、わたくしの盾に張りつきましたわ。
「くそっ!その盾、邪魔だろ!」
「必要な装備ですもの。手放す理由がございませんわ」
「へへっ!そんなデカい盾じゃ、せっかくのスタイルが見えねえじゃん!」
「──峰田さん」
思わず、眉が寄ってしまいましたわ。
「戦闘中に、そのようなことばかり考えていらっしゃるんですの?」
「だ、だってよぉ!八百万のコスチューム、すげえんだもん!」
「でしたら、なおさら戦闘に集中なさってください」
「わたくしの衣装は、見た目を楽しんでいただくためのものではありませんので」
「うぐっ......!」
1歩前に出る素振りを見せると、峰田さんはわたくしの接近を嫌い、床や壁へ次々と球を投げつけて始めましたわ。
「どうだ!これなら近づけねえだろ!」
「なるほど。よく考えていらっしゃいますわ」
球の粘着力は非常に強力であるものの、峰田さんご自身には付着しない。だからこそ、彼だけは球を撒いた場所でも自由に移動できる。
わたくしが同じ場所を通れば拘束されてしまいますが、盾と足場を工夫すれば問題ありません。そもそも、私から峰田さんに近寄るつもりはありませんので──ノープロブレムですわ。
「──さて」
峰田さんの投げる球を防ぎながら、わたくしは後退し続けます
今の目的は、捕まえることではありませんので。
まずは、東雲さんが切島さんを誘導している場所へ近づけること。そして、峰田さんに投げさせることです。
『東雲さん、こちらは予定位置に到達しました』
『了解。切島もあと少し』
インカム越しに届く東雲さんの声は、驚くほど落ち着いていました。本当に戦っているとは思えないくらい冷静な声でした。
......本当に、頼もしい方ですわ。
昨日、東雲さんと初めてお話ししたときから感じていました。
この方は、相手の考えをきちんと聞いてくださる方だと。ただ褒めるのではなく、どこが優れているのかを理解したうえで、言葉にしてくださるんです。
わたくしが考えた作戦も、東雲さんと2人だからこそ形にすることができましたわ。
──だからこそ。
この作戦だけは、必ず成功させたい。
東雲さんに、わたくしを信じてよかったと思っていただきたいんです。
「おい!八百万!」
峰田さんの声で、思考を切り替えます。
「さっきから何考えてんだよ!」
「もちろん、勝つためのことですわ」
「へへっ!オイラの球に捕まったら、降参するまで離してやらねえからな!」
「ご心配なく。そのような状況にはなりませんので」
わたくしは盾を傾け、新たな球を受け止め、インカムへ小さく声を送りました。
『東雲さん、最終地点へ向かいます』
『了解。こっちは準備できてるよ』
作戦は9割方終わってますの。ここから油断して失敗することがないよう、気持ちを引き締めて最後まで作戦を遂行しましょう。
合流地点。
そこは、2つの通路が交差する広い廊下だった。
ただし、隔壁によって切島と峰田の視界は遮られている。パッと見はただのちょっと薄めの壁だ。
大音量の音楽が声や足音をかき消し、切島からは視界も奪って今も煙幕の中で僕を探している。
峰田は八百万を追いかけながら玉を投げているはずだ。
すべて、八百万の計画通り。
『東雲さん、切島さんの位置は?』
「予定地点で停止中。煙幕も十分残ってる」
『承知しました。では、隔壁を開きます』
ガコンッ!と音をたてながら隔壁がゆっくりと持ち上がった。
煙幕で白く染まっているから、峰田と切島は互いの姿は見えないはずだ。
『東雲さん、こちらへ』
「了解」
僕は八百万の近くへ転移した。盾の影に、八百万の後ろに隠れるように、
『もう少しだけ、わたくしの後ろにいてくださいませ』
「了解」
峰田は八百万に集中していて、僕には気づいていない。
そして。
「くらえええっ!!」
峰田が両手から球を投げた。ああ、大量に飛んでくる。それはそうだ。だって、峰田からすれば逃げ道のない袋小路まで追い込んだ状態なんだから。
隔壁が上がったのだって、煙幕のせいで気が付かなかったはずだ。
『今です!』
合図とともに、僕は八百万の腕に触れ、次の瞬間には2人で転移する。
さっきまで八百万がいた場所を、紫色の球が通り抜けた。
そして、その先には。
「......ん?」
煙幕の中に切島がいる。
べちゃっ!
胸元に1発。
続いて腕と脚にも球が張りつく。
「うおおっ!?なんだこれ!?」
切島は慌てているだろう。煙幕で視界が悪い中、よく分からないものが命中したんだから。
それに加え、音楽が鳴り響いているから峰田の声も聞こえない。
「誰だ!?」
切島が腕を振り、その拍子に球が壁へ触れた。
べちゃっ!
「ぐおっ!?壁から離れねえ!」
さらに足元の球が床へ張りつき、自分自身の行動で自らを動けない状態にしている。
「くっそ!なんだよこれ!」
その様子を見て、僕は八百万へ視線を向けた。
「成功だね」
「ええ。予定通りですわ」
その声には、確かな自信が満ちていた。
「ですが、まだ終わりではありません」
八百万は盾を持ち直す。
「終わらせてきますわ」
「期待してるよ」
彼女が微笑み、峰田の元へと向かっていく。
「な、なんだ!?今の声、切島か!?」
峰田さんがようやく異変に気づきましたが、あいにく向こうは煙幕で見えません。
「おい切島!どうしたんだよ!」
返事は聞こえません。切島さんも何か叫んでいるのでしょうけれど、音楽にかき消されていますから。
「くそっ!オイラが助けねえと!」
峰田さんが駆け出そうとします。
そんな彼の前にわたくしは、立ちはだかりました。
「峰田さん。お相手は、まだ終わっておりませんわ」
「邪魔すんな!どけ!」
球が飛んできます。
わたくしは盾で防ぎながら、ゆっくりと距離を詰めていきます。いい個性ですが、攻撃力はありませんのね。
「な、なんだよ!こっち来んな!」
「わたくしは、退くつもりはございません」
「くそっ!せっかくエロい顔してんだから、そんな盾で隠すなよ!」
......まったく。
先ほどから、どうしてそのようなことばかり。
わたくしは盾を少し下げ、峰田さんを真正面から見ました。
「でしたら、今のうちに覚えておいてくださいませ」
「......へ?」
「これは、そのような表情ではなく──あなたに負けるつもりのない顔ですわ」
峰田さんの表情が引きつり、そのまま彼は後退を始めました。
道をもどることで、球を撒いた場所へ逃げ込めば、わたくしが近づけなくなる。
当然、そうお考えでしょう。
ですから、わたくしは球のある場所を避けるのではなく、そこを利用して彼の逃げ道を限定することにしました。
峰田さんが後退した先には、私が誘導する時は使わなかった、あらかじめ設置した通電柵があります。
ビィッ!!
「うおっ!?」
慌てて方向を変えましたが、そちらにも当然用意しておりますわ
反対側には、床から起き上がるバリケードが。
ガシャンッ!
「また罠かよ!?」
「くそっ!こんなもん!」
峰田さんが球を投げ、バリケードに張りつけ、それを足場にして跳び越えようとし始めました。
......なるほど。ご自身には付着しない性質を、そうやって利用するんですね。
ですが。
「お見事ですわ、峰田さん」
「へへっ!だろ!?」
「でも......」
わたくしは盾を床に置き、両手を自由にしました。
「こちらも、最後の準備が整いました」
「......へ?」
峰田さんが跳び越えた先には、狭い着地点しかありません。
わたくしは腕から、折り畳まれた捕縛ネットが創造し、峰田さんがそこへ降り立つ瞬間を見計らい、ネットを展開しましたわ。
「しまっ......!?」
峰田さんは反射的に球を投げようとしましたが、ネットはすでに左右から彼の身体を包み込んでいます。
球は彼自身に付着しなくても、ネットの繊維や周囲の壁には強く貼りつく。むやみに球を投げれば、かえってネットが周囲へ固定されてしまうはずです。
「な、なんだこれ!?」
峰田さんが暴れますが、ネットは丈夫で、簡単には破れません。わたくしは素早く距離を詰め、捕縛テープを巻きました。
「これで、終わりですわ」
「ちくしょおおおっ!!」
峰田さんの叫び声が、音楽にかき消されていきます。
......勝ちました。
わたくしたちが考えた作戦で。
東雲さんと協力して、最後までやり遂げられました。胸の奥に、熱いものが広がって......
「八百万!」
声に振り向くと、東雲さんがこちらへ歩いてきました。
「見事だったよ。最後のネット、いい判断だった」
「......ありがとうございます!」
東雲さんが笑ってくださる。
その笑顔を見た瞬間、勝利の喜びとは少し違う感情が胸に広がりました。
......不思議ですわね。
どうして、こんなにも嬉しいのでしょう。
八百万が峰田を詰めに行ってる間に、僕も仕事を終わらせないと。本当は2人で行動した方がいいんだけど──まあ、八百万を信じようか。
「切島、大丈夫?」
「おう!怪我はねえけど、動けねえ!」
「捕縛テープを巻くよ」
「分かった。くっそ、完全にやられた!」
切島は悔しそうに笑った。
「つーか、これ峰田の球だろ!?なんで俺に当たったんだ!?」
「八百万の作戦だよ。最初から2人を分断して、互いの位置を分からなくしたんだ」
「マジかよ!?」
「僕たちはインカムで連絡を取り合ってたからね」
「......なるほどなぁ」
切島は感心したように頷いた。
「完全にしてやられたぜ!」
「次は気をつけてね」
「おう!今度は絶対引っかかんねえからな!」
捕縛したあと、僕は八百万の元へと向かった。手助けする必要もなく、勝負はついていた。
「ヒーローチーム、2名とも捕縛を確認!!ヴィランチームの勝利!!」
僕は八百万を振り返った。
彼女は少し呆然と立っていた。
「──勝ちましたのね」
「うん。僕たちの勝ちだ」
「......本当に、作戦通りに」
八百万は自分の手を見つめた。
「わたくし、自分で考えて......最後まで、やり遂げられましたわ」
「見事だったよ。特に最後の峰田の動き。自分の玉でよじ登るところまで想定していたんだね」
「はい。峰田さんご自身には付着しないという性質を考えれば、可能性はありましたから」
「さすがだね。誰でも今回の作戦を思いつけるわけじゃない。作戦を考えて実現させた八百万の勝利だよ」
「......!」
八百万は一瞬、言葉を失った。
そして、頬を赤らめながら、大きく微笑んだ。
「......ありがとうございます、東雲さん!」
その笑顔は、昨日ピアノを弾き終えたときのように、心から嬉しそうだった。
ああ、ごめん耳郎。どうやら僕、かなりメンクイみたいだ。
授業終わり、ウチは更衣室のロッカーの扉を開けながら息を吐いた。
「はぁ......今日は疲れたぁ」
「本当に、盛りだくさんでしたわね」
隣ではヤオモモが、赤い戦闘服を丁寧に畳んでいる。
「ねえ、ヤオモモ。司と組んでどうだった?」
「とても楽しかったですわ!」
即答だった。
「東雲さんは、わたくしの考えを最後まで聞いてくださるんです。籠城の案を変えたあとも、わたくしの意見を信じてくださって......」
「うん」
「褒めていただくと嬉しくて、また一緒に考えたいと思ってしまうんです。でも、どうしてこんなに嬉しいのか......」
ヤオモモは不思議そうに自分の指先を見つめた。
──ああ、やっぱり。
昨日から何となく気づいていた。ヤオモモは司に少なからず好意をよせている。
そう確信したのに、ウチの胸は思ったほど痛まなかった。
昨日の昼間だったら、もっと焦っていたはずだ。
ヤオモモは綺麗で頭もよくて、司と難しい話で楽しそうに盛り上がる。自分が知らない司の一面を、あっさり引き出してしまう子だ。
でも、今は違う。
昨日、司はウチに告白してくれた。
ずっと好きだったって、恋人になってほしいって、司の方から言ってくれた。
司の個性が最初に相思相愛と認めた相手も、ウチだった。
......えへへっ。
そう考えるだけで、少し誇らしくなる。
これまで一緒に過ごした時間は、誰かが増えたからって消えるものじゃない。
司がウチを好きだってことも、もう疑わなくていい。
だからなのかな。
ヤオモモが嬉しそうに司の話をしていても、前ほど不安にならなかった。
それどころか、何だか分かる気がする。
司って、自分の考えをちゃんと聞いて、頑張ったところを見つけてくれる。そして、それを言葉にしてくれる。
そんな司を好きになる気持ちは、ウチが一番よく理解してる。
「ねえ、ヤオモモ」
「はい?」
「もしさ......いつか司のことを好きになったとしても、あんまり気にしなくていいからね」
「......えっ!?」
ヤオモモが目を丸くした。
「み、耳郎さん!?そ、それは......!」
「今そうだって決めつけてるわけじゃないよ?ただ、司って結構いいヤツじゃん。たまに意地悪だけど」
「......ええ。それは、もちろん」
「でしょ?」
思わず笑ってしまう。
「ヤオモモが司を好きになっても、不思議じゃないと思うんだ」
「ですが、耳郎さんは東雲さんの恋人でいらっしゃいますでしょう?」
「うん。そうだよ」
迷わず答えられたことが、嬉しい。
「ウチは司の彼女。司もウチの彼氏。そこは変わんないし」
「......はい」
「それに、ウチは司の足枷にはなりたくないんだよね」
昨日、司はウチの気持ちを大切にするって約束してくれた。ウチが本当に嫌だと思う相手を、無理に追いかけたりしないって。
だからこそ、ウチも司の気持ちを大切にしたい。
「まあ、誰でもいいってわけじゃないけどさ」
「......え?」
「ヤオモモなら、別に嫌じゃないかなって」
口にすると、ちょっと照れくさくなる。
「だって、ウチも友達としてヤオモモのこと好きだしさ」
「じ、耳郎さん......!」
ヤオモモの顔が、みるみる赤くなった。
「そ、そんなことを突然おっしゃられても......!それに、わたくしはまだこの気持ちがそういったことだとは.....」
「ははっ。ごめんごめん」
でも、冗談じゃない。
もし、ヤオモモが本当に司を好きになって、司もヤオモモのことが好きなら──ウチは受け入れてもいいと思う。
もちろん、ヤキモチくらい焼くだろうし、寂しい日だってあるかもしれない。
「ただし!」
ウチは人差し指を立てた。
「そうなったとしたら、司には──ウチのことも今まで以上に大事にしてもらうけどね!」
「......ふふっ。それは当然ですわ」
「でしょ?」
「ええ。お二人は、本当に仲がよろしいですもの」
「......もう、ヤオモモまでからかうんだから」
2人で笑い合った。
どっちも大切なら、最初からどちらかを諦める必要なんてない。
「ねえ、ヤオモモ。昨日のクリームソーダの話、覚えてる?」
「もちろんですわ!」
「今度の休み、一緒に行こうよ。司も誘ってさ」
「まあ!ぜひ!」
ぱっと明るくなったヤオモモの表情を見て、ウチも笑った。
「じゃ、着替えて合流しよっか」
「はい!」
雄英に入学して、まだ2日目。
それなのに、もうこんなに色々なことが起きている。主に司が原因だけど。
「......これからもよろしくね、ヤオモモ」
「こちらこそ、耳郎さん」
大切な恋人がいる。大切な友達もできた。
両方を大事にしたいと思うのは、欲張りなのかな。
......まあ、いいか。
欲張りでも、別にいいじゃん。
司には司らしく、ヤオモモにはヤオモモらしくいてほしい。そしてウチも、自分の気持ちに嘘をつかずにいたい。
ウチはもう、司に選ばれるかどうかを心配している女の子じゃない。司に愛されている、司の彼女なんだから。
......恋人になれて、よかったな。
そう思いながら、ウチはヤオモモに笑いかけた。
八百万さん
耳郎さん