「今日はお前らに、学級委員長を決めてもらう」
相澤先生がそう告げた瞬間、教室の空気が一変した。
「学級委員長!?」
「やりたい!」
「俺がやるぜ!」
あちこちから声が上がる。
ここは雄英高校のヒーロー科では、学級委員長という役職ひとつ取っても、普通の学校とは事情が違う。
「俺にやらせろ!そういうのは俺が仕切る!」
「はいはい!ウチもやってみたーい!」
「はいはい!俺も!」
爆豪が机を叩き、芦戸が元気よく手を挙げ、切島も負けじと声を張り上げる。
教室のあちこちで立候補の声が飛び交い、あっという間に収拾がつかなくなってしまった。
いやはや、みんな元気だね。
僕は椅子の背もたれに身体を預けながら、そんな光景をのんびりと眺めていた。
「司は?委員長とか興味ないの?」
後ろの席から、耳郎が小声で尋ねてくる。
「ないかな。あんまり得することがなさそうだし」
「うわ、言い方」
「それに、僕より向いてる人がいるでしょ」
「例えば?」
「そうだね......八百万とか」
僕が視線を向けた先では、隣で八百万が騒がしい教室を困ったように見渡していた。
背筋を伸ばして座る姿は相変わらず品があり、周囲の喧騒とは対照的に落ち着いている。
昨日の戦闘訓練では、彼女の判断力と指揮能力を間近で見せてもらった。
状況を整理し、限られた手札から最善の作戦を組み立てる。
しかも、自分で立てた作戦だからといって固執せず、問題があれば柔軟に修正できる。
学級委員長に必要なのが、全員の意見を聞きながら適切な判断を下す能力なら、八百万はかなり適任だと思う。
「ふーん。ヤオモモかぁ」
耳郎が僕の視線を追い、納得したように頷く。
「確かに向いてそう。昨日もすごかったみたいだしね」
「うん。作戦を立てるだけじゃなくて、指示を出すのも上手だったよ」
「へえ?」
耳郎がニヤリと笑う。
「ずいぶん褒めるじゃん」
「事実だからね」
「はいはい。司がヤオモモのこと気に入ってるのは、よーく分かったよ」
「それはもちろん。八百万は魅力的な女の子だからね」
「はぁ、正直すぎるのは美徳じゃないんだからね」
机の下で、耳郎のイヤホンジャックが僕の膝を軽く突いた。痛くはない。むしろ、少しくすぐったいくらいだ。
以前なら僕が八百万を褒めるだけで露骨にむくれていたのに、恋人になったことで少しは心に余裕が出来たのかな。
「おい、静かにしろ」
相澤先生の気怠げな声が、騒がしい教室に響いた。
「やりたい奴が多いなら、投票で決めろ。俺は誰がなっても構わん。ただし、授業の邪魔になるような揉め事は起こすなよ」
それだけ言うと、先生は教卓に頬杖をついた。
随分と投げやりに聞こえるけど、これも生徒の自主性を尊重する方針なんだろう。多分。
「待ちたまえ、諸君!」
そんな中、勢いよく立ち上がったのは飯田だった。
眼鏡を押し上げ、教室全体を見渡す。
「学級委員長とは、クラス全体を導く責任ある役職だ!単にやりたいという気持ちだけで決めてよいものではない!」
「じゃあどうすんだよ!」
上鳴が尋ねる。
「公平な選挙を行うべきだ!各自が最も適任だと思う人物に投票し、その結果によって決定する!これならば、誰もが納得できるはずだ!」
「いや、先生が今そう言ったじゃん」
そのツッコミに飯田は一瞬硬直したものの、すぐに咳払いをした。
「と、とにかく!全員が真剣に考えて投票するべきだということだ!」
うん。
真面目だなぁ。少し堅苦しいけれど、その責任感の強さは嫌いじゃない。
「では、投票用紙を配りますわ」
八百万が立ち上がり、教壇へ向かった。
相澤先生に一言断ってから、予備の紙を手際よく人数分に分けていく。
それを前の席から順番に回すよう指示する姿は、なかなか様になっていた。
「おー、さすが八百万!仕事が早いな!」
切島が感心したように声を上げる。
「いえ、これくらい当然のことですわ」
八百万は微笑みながら答えた。
当然、ね。
本人にとっては何でもない行動なのかもしれない。
でも、誰もが騒いでいる状況で、自然と必要な仕事を見つけて動けるのは立派な長所だと思う。
僕は配られた紙に、迷わず名前を書いた。
『八百万百』
もちろん、理由は昨日の戦闘訓練だ。
美人だからとか、仲良くなりたいからとか、そういう理由ではない。いや、美人なのも仲良くなりたいのも事実だけど。
少なくとも、今回の投票には関係ない。
「司、誰に入れたの?」
耳郎がこちらを覗き込もうとする。
「内緒」
「えー、ケチ」
「投票の秘密は守らないとね」
「どうせヤオモモでしょ」
「さて、どうだろう」
「その顔、絶対そうじゃん」
耳郎が呆れたように笑い、自分の投票用紙を折り畳んだ。
「ちなみにウチもヤオモモに入れたから」
「おや、気が合うね」
「まあね。頼りになるし」
耳郎は少しだけ照れくさそうに頬を掻いた。
「それに、昨日一緒に帰ったときも、すっごく楽しかったんだよね」
ああ、うん。僕は仲間はずれにされたけどね。
「うん。八百万は親しみやすいよね」
「そうそう。音楽の話にも興味持ってくれてさ」
嬉しそうに話す耳郎を見て、僕も自然と笑顔になった。
入学してまだ数日なのに、耳郎はもう大切な友達を見つけたらしい。幼馴染としても、恋人としても、喜ばしいことだ。
僕と一緒にいる時間だけが、耳郎の世界のすべてになってほしくはないからね。
耳郎には彼女自身の友人関係があって、趣味があって、僕の知らない楽しい時間があっていい。
そのうえで、僕の隣に戻ってきてくれるのなら、それ以上に嬉しいことなんてないだろう。
「......なに?そんなにニコニコして」
「いや、耳郎が楽しそうで嬉しいなって」
「っ、またそういうこと言う」
「本心だよ」
「知ってるけどさ」
耳郎は小さく笑い、自分の投票用紙を提出した。
投票が終わると、八百万と飯田が協力して集計を始め、黒板には候補者の名前と票数が書き出されていく。
やがて、最後の票が読み上げられる。
「以上で集計は終了ですわ」
八百万がチョークを置き、黒板を振り返った。
結果は、八百万が最多得票。
次点が緑谷だった。
「えっ!ぼ、僕が副委員長!?」
緑谷が椅子から飛び上がる。
「む、無理だよ!僕なんかがそんな大役!」
「何言ってんだよ、緑谷!票が入ったってことは期待されてるってことだろ!」
切島が笑いながら背中を叩くが、緑谷はますます慌て始めた。
「そ、そうだけど!」
一方、八百万も目を丸くしていた。
「わ、わたくしが学級委員長ですの?」
「おめでとう、八百万」
僕が声をかけると、八百万はこっちを振り向いた。
「東雲さん......!」
「八百万なら、きっと立派に務められるよ」
「ありがとうございます。ですが、わたくしに務まるでしょうか」
「昨日は僕に指示を出してくれたでしょ?あれだけの作戦をまとめられるんだから、クラスの運営だって大丈夫だと思うけど」
「あれは、東雲さんが協力してくださったからですわ」
「協力したのは事実だけど、僕は八百万だったから素直に協力したんだ」
僕は笑って続ける。
「それに、委員長だからって何でも1人でやる必要はないんじゃないかな。困ったことがあれば、みんなに頼ればいいんだよ」
「みなさんに......」
「うん。少なくとも、僕は喜んで手伝うよ──きっと、多分」
八百万は一瞬、驚いたように目を見開いた。
それから、胸の前でそっと両手を重ねる。
「......ありがとうございます、東雲さん。とても心強いですわ」
柔らかな笑みが浮かんだ。やっぱり、美人は笑顔が似合うね。
「おーい、司」
後ろから耳郎の声がする。
「なに?」
「ヤオモモばっかり見てないで、こっちも見てよね」
「嫉妬?」
「違うし!」
即答だった。素直じゃないなぁ。
「ふふっ」
八百万が口元に手を当てて笑った。
「本当に仲がよろしいですのね、お二人は」
「いやいや、ヤオモモも笑ってないで!」
耳郎が顔を赤くする。
「司が変なことばっかり言うから!」
「僕は事実しか言ってないよ」
「それが問題なんだってば!」
僕と八百万は顔を見合わせ、小さく笑った。そんな僕たちのやり取りを遮るように、教壇から飯田の声が響いた。
「静粛に!委員長が決まったのだから、ここからは新体制のもと、規律ある学級運営を!」
黒板に書かれた自分の名前と票数を一度だけ見つめたあと、眼鏡を押し上げて八百万と緑谷に向き直る。
「2人とも選出おめでとう!君たちが学級を導いてくれることを期待している!」
「ありがとうございます、飯田さん」
「う、うん!頑張るよ!」
2人が応じると、飯田は満足そうに頷いた。
その様子を見て、僕は少し感心した。
あれだけ積極的に立候補していたのに、自分が選ばれなかったことを引きずっていない。
少なくとも、他人の成功を素直に認められる人間らしい。へぇー、すごい善人だね。
「決まったなら席につけ」
相澤先生が立ち上がった。
「八百万、緑谷。仕事の説明はあとでする。今は授業を進めるぞ」
「はい!」
「は、はい!」
2人の返事が重なる。
こうして、僕たち1年A組の学級委員長は八百万百に、副委員長は緑谷出久に決定した。
もっとも。
この日のうちに、その体制が少し変わることになるなんて。
このときの僕たちは、まだ誰も知らなかった。
昼休み。
雄英高校の食堂は、想像以上の賑わいを見せていた。
「うわぁ......」
思わず声が漏れる。広々とした食堂には、数えきれないほどの生徒が集まっていた。
普通科、サポート科、経営科、そしてヒーロー科。
学科の異なる生徒たちが一斉に昼食を取るのだから、混雑するのも当然だろう。
それにしても、すごい人数だ。
料理の香ばしい匂いが漂い、トレーを手にした生徒たちが席を探して歩き回っている。
厨房の奥では、あの有名な料理ヒーロー、ランチラッシュが忙しそうに腕を振るっていた。
プロヒーローの手料理を毎日食べられるなんて、雄英の福利厚生はなかなか充実している。なかなかどころじゃないか。
「司、こっちこっち!」
少し離れたところから耳郎が手を振ってくる。隣には八百万もいる。
「ごめん、ちょっと時間かかっちゃった」
僕は2人のもとへ向かった。
「いいよ。それより、すごい混んでるね」
「そうですわね。これほど大勢の生徒が利用されるとは思いませんでしたわ」
八百万が周囲を見渡す。
「お2人とも、何を召し上がりますの?」
「僕は日替わり定食かな。ランチラッシュの料理、楽しみなんだよね」
「ウチはハンバーグ定食にしよっかな」
「では、わたくしはお魚の定食にいたしますわ」
そんな会話をしながら列に並ぼうとしたところで、耳郎が不意に立ち止まった。
「あっ」
「どうしたの?」
「ごめん、司。ウチ、ヤオモモとちょっと用事あるんだった」
「用事?」
「うん。ね、ヤオモモ?」
突然話を振られた八百万が、ぱちぱちと瞬きをする。
「えっ?あ、はい!そうでしたわね!」
......なるほど。随分と分かりやすいね。仲がいいのはいいし、僕を外すのもいいんだけど、目の前でやらないでね?
「そうなんだ」
「え、いいの?」
「もちろん。せっかく2人で仲良くなったんだし、僕に遠慮する必要なんてないでしょ」
耳郎が一瞬だけ目を丸くし、それから少しだけ頬を緩める。
「......ありがと、司」
「どういたしまして」
耳郎は八百万の手を引き、人混みの向こうへと歩いていった。
八百万は何度か僕を振り返り、そのたびに申し訳なさそうな顔をしていたど、僕が手を振ると、ようやく安心したように微笑んだ。
さて。
これでお昼は1人か。別に構わないけどね。1人でゆっくり食事をするのも悪くない。
それに、ここは雄英高校だ。
他の学科の生徒と知り合う機会も、きっと貴重な経験になる。
そう思いながら、僕は食券販売機の前に立った。
今日の日替わり定食は、鶏の照り焼きがメインらしい。
柔らかそうな鶏肉に、甘辛いタレが絡んだ写真が表示されている。付け合わせには彩り豊かな温野菜。
さらに、ご飯、味噌汁、小鉢、漬物までついている。
うん、美味しそうだ。
迷わず食券を購入し、受け取り口へ向かった。
「日替わり定食、お願いします」
厨房から差し出されたトレーには、湯気の立つ料理が綺麗に並べられていた。
特に鶏の照り焼きが素晴らしい。
こんがりと焼き色のついた皮から食欲をそそる香りが漂い、艶やかなタレが照明を反射している。
白いご飯との相性は間違いなく抜群だろう。おかわりしたい。
「ありがとうございます」
トレーを受け取り、空席を探す。
......ところが。
「ないなぁ」
見渡す限り、ほとんどの席が埋まっていた。
4人掛けのテーブルには3人組が座り、長机も隙間なく生徒たちで埋め尽くされている。
空いているように見える席にも、鞄や上着が置かれていた。
さすがに、知らない人の荷物を勝手にどかすわけにもいかない。
立ったまま食べるのも行儀が悪いし、どうしたものか。
そんなことを考えながら歩いていると、食堂の奥にある小さなテーブルが目に入った。
2人掛けの席。
その片側には、1人の女子生徒が座っていた。整った顔立ちに、どこか人形めいた静かな雰囲気を感じる。
雄英の制服をきちんと着こなし、目の前の定食を黙々と食べている。その向かい側だけが、ぽっかりと空いていた。
周囲を確認する。
他に座れそうな場所は見当たらない。
......仕方ない。
相席をお願いしてみようか。
僕はトレーを持ったまま、そのテーブルへ近づいた。
「こんにちは」
声をかけると、少女がゆっくりと顔を上げた。澄んだ瞳が、まっすぐに僕を見つめる。
「......ん」
短い返事。
どうやら、挨拶は通じたらしい。
「突然ごめんね。どこも席が埋まっててさ。よかったら、ここに座らせてもらってもいいかな?」
僕が向かいの椅子を指差すと、少女は一度そちらへ視線を向けた。それから、僕の顔を見る。
数秒ほどの沈黙。
もしかして、誰かを待っているのかな。
そう思い始めたところで、彼女は小さく頷いた。
「......ん」
「ありがとう。助かるよ」
僕は椅子を引き、向かい側に腰を下ろしてトレーを置き、改めて少女を見る。
彼女はすでに食事を再開していた。
目の前にあるのは、僕とは違う定食。
白身魚のフライに、千切りキャベツとタルタルソース。
そっちもなかなか美味しそうだ。
「僕は東雲司。ヒーロー科1年A組なんだ。君は?」
少女が箸を止めた。
「......小大唯」
こだい、ゆい。名前しか返ってこなかった。
短く名乗ると、また食事に戻っている。
「小大さんか。よろしくね」
「ん」
「ヒーロー科?」
「......ん、1年B組」
「へえ、じゃあ隣のクラスだね」
「ん」
なるほど。随分と口数の少ない子らしい。でも、不愛想というわけではなさそうだ。
こちらの言葉にはきちんと反応してくれるし、目を合わせることも避けていない。
ただ、必要以上に喋らないだけ。
そういう人もいるよね。変わり者だとは思うけど。
僕は無理に会話を続けず、まずは目の前の料理に箸を伸ばした。
「いただきます」
鶏の照り焼きをひと口。
......おお。
これは美味しい。
皮は香ばしく、肉は驚くほど柔らかい。
噛むたびに甘辛いタレと肉汁が口の中に広がり、思わず頬が緩んだ。
「ん、美味しい」
ご飯をひと口頬張る。
うん、最高だ。ランチラッシュの料理が評判なのも納得できる。
栄養バランスまで考えられているというのだから、ヒーローを目指す生徒にとってはありがたい限りだ。
ふと顔を上げると、小大さんが僕を見ていた。
「ん?」
「......美味しい?」
「ああ、これ?すごく美味しいよ」
僕は皿の上の照り焼きを軽く示した。
「鶏肉が柔らかいし、タレも絶妙なんだ。ご飯が進む味だね」
「......ん」
小大さんが頷く。
それから、自分の白身魚のフライを見下ろした。
「そっちも美味しそうだね」
「......美味しい」
「そっか。今度はそれも食べてみようかな」
「ん」
再び静かな時間が流れる。
でも、不思議と居心地は悪くなかった。
無理に話題を探す必要がない。お互いに自分のペースで食事を進め、ときどき言葉を交わす。
こういう距離感も、案外悪くない。
「そういえば、小大さんはB組なんだよね」
「ん」
「僕、まだB組の人とはあんまり話したことないんだ。そっちはどんな雰囲気?」
彼女は少し考えるように首を傾げた。
「......賑やか」
「へえ。A組と一緒だね」
「......特に、物間」
「ムードメーカーがいるんだね」
小大さんは小さく頷いた。
「......よく喋る」
「なるほど。賑やかなんだ」
「ん」
それだけで、なんとなく教室の光景が想像できてしまった。小大さんみたいに静かな子がいる一方で、よく喋る生徒もいる。
どちらのクラスも、個性的な面々が揃っているらしい。
「小大さんは、どんな個性なの?」
僕が尋ねると、彼女は箸を置いた。
「......サイズ」
「サイズ?」
「......物の、大きさを変える」
「へえ、面白いね」
思わず身を乗り出す。
「それって、どのくらい大きさを変えられるの?」
「......色々」
「自分の身体も?」
首を横に振る。
「......生き物は、無理」
「なるほど。無生物限定なんだ」
「ん」
面白い能力だ。
小さな道具を巨大化させれば、それだけで立派な障害物になる。
逆に、大きな物体を小さくできるなら、持ち運びや収納にも応用できそうだ。
「便利な個性だね。使い方次第では、かなり色々なことができそう」
僕がそう言うと、小大さんは少しだけ目を見開いた。
「......そう?」
「うん。大きさを変えられるって、単純だけど応用範囲が広いと思うよ」
「......ん」
彼女は視線を落とした。
でも、その口元がほんの少しだけ緩んだように見えた。
「東雲は?」
「僕?」
「......個性」
「ああ、僕はテレポートだよ」
「......瞬間移動?」
「そう。半径100メートルくらいの範囲なら、好きな場所に移動できるんだ。触れている人も一緒に連れていけるよ」
「ああ、あとは疲れた人を癒せる能力かな?」
正確には、それだけじゃないけどね。
今のところ、学校に登録されている僕の個性はテレポートということになっている。
そもそも、相思相愛の人数によって強化される個性なんて、初対面の相手に説明するには少々面倒だ。
「......便利」
「ありがとう。小大さんの個性も、僕の個性と相性がよさそうだね」
「......?」
「例えば、小さくした大きな道具を持って移動して、目的地で元の大きさに戻すとか」
僕の個性が成長すれば、ものだけを移動できるようになるかもしれないし、そう考えると相性がいい。
小大さんが僕を見つめ、それからゆっくりと頷いた。
「......できそう」
「でしょ?いつか一緒に訓練してみたいね」
「......ん」
短い返事だったけど、今度は少しだけ嬉しそうに聞こえた。
食事も半分ほど進んだ頃。
「ねえ、小大さん」
「ん?」
「さっきから気になってたんだけど、普段からそんなに口数が少ないの?」
僕が尋ねると、彼女は箸を止めた。
「......うん」
「そっか」
「......変?」
その声が、ほんの少しだけ小さくなった。
なるほど。もしかすると、これまでにも何か言われたことがあるのかもしれない。
僕は首を横に振った。
「全然。無理に喋る必要なんてないでしょ」
「......」
「話したいときに話せばいいし、黙っていたいときは黙っていればいいと思うよ」
小大さんの瞳が、わずかに揺れた。わざわざ嫌な思いをするかもしれないことに突っ込む必要はない。
「それに、僕はこういう静かな時間も好きだよ」
「......そう」
「うん。小大さんとご飯食べてるの、結構楽しいよ」
「......ん」
彼女は視線を落とした。
そのまま、白身魚のフライを小さく切り分ける。相変わらず表情は控えめだけど、耳が少し赤くなっているような気がするんだけど。
......気のせいかな?
「東雲」
「なに?」
「......司で、いい?」
少し驚いた。初対面で名前呼びをお願いされるとは思わなかったからだ。まあでも、別に断る理由はない。
「もちろん。じゃあ、僕も唯って呼んでいい?」
「......ん」
「ありがとう、唯」
名前を呼ぶと、唯はこくりと頷いた。
そして、少しだけ口元を緩める。
うん。やっぱり、僕はメンクイみたいだ。
「司」
「うん?」
「......また、一緒に食べる?」
「いいよ。ぜひ」
「......ん」
彼女はそれ以上何も言わなかった。だけど、箸を動かす手がほんの少し軽やかになった気がした。
こうして新しい友達ができるのも、学校生活の醍醐味だよね。もっとも、耳郎に話したら、また何か言われそうだけど。
そんなことを考えていた、そのときだった。
ピリリリリリリリッ!!
突然、食堂中にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「っ!?」
思わず箸を止める。
同時に、天井のスピーカーから機械的な音声が流れた。
『セキュリティレベル3。セキュリティレベル3。生徒は速やかに屋外へ避難してください』
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、食堂は大混乱に陥った。
「えっ!?なに!?」
「セキュリティレベル3って!」
「ヴィランが侵入したってこと!?」
「逃げろ!!」
あちこちで椅子が倒れ、生徒たちが一斉に立ち上がる。
食器がぶつかる音。
悲鳴。
足音。
つい先ほどまで和やかだった食堂の空気が、瞬く間に恐怖へと塗り替えられていった。
「......!」
唯も立ち上がろうとする。
「唯、ちょっと待って」
僕は彼女を制した。
「まず状況を確認しよう」
「......ん」
唯は頷き、椅子に座り直した。
僕は周囲を見渡す。
食堂の出入口には、すでに大勢の生徒が殺到していた。
我先にと駆け出す者。
押し合いながら進もうとする者。
後ろから押され、転びそうになっている者もいる。
まずいな。
このままじゃ、避難そのものが事故の原因になる。
僕は椅子から立ち上がった。
「唯、僕の近くにいて」
「......ん」
「もし危なくなったら、一緒にテレポートするから」
「......分かった」
短く答える唯。その声は、驚くほど落ち着いていた。さっきから思っていたけど、この子は肝が据わっているらしい。
僕は耳を澄ませた。
警報は鳴り続けている。
しかし、爆発音や破壊音は聞こえない。
少なくとも、すぐ近くで戦闘が起きている様子はなさそうだ。
とはいえ、ヴィランが侵入している可能性は否定できない。
雄英のセキュリティが、そう簡単に破られるとも思えないけど。
......何かあったのは間違いない。
「司」
唯が僕の袖を軽く引いた。
「ん?」
「......あっち」
彼女の指差す方向を見る。
食堂の入口付近。
人混みの中で、1人の生徒が転びかけていた。
周囲の生徒たちは避難に必死で、誰も気づいていない。
「危ないな」
僕はすぐに移動した。
次の瞬間、転びかけた生徒のすぐ横に立つ。
「大丈夫?」
「えっ!?」
突然現れた僕に驚いたのか、その生徒は目を丸くした。僕は肩を支え、体勢を立て直させる。
「慌てなくていいよ。押し合うと危ないから、落ち着いて進んで」
「あ、ありがとう!」
生徒が頭を下げる。
「どういたしまして」
僕はそのまま、別の場所へ視線を向けた。出入口付近の混雑は、さらにひどくなっている。
全員が同じ方向に向かっているせいで、前の生徒が進めなくなり、後ろから押されるという悪循環が発生していた。
このままじゃ、本当に将棋倒しになるぞ。
「落ち着いて!押さないで!」
僕も声を張り上げる。
けれど、警報音と悲鳴にかき消されてしまった。
どうしたものかな。
テレポートで少人数を運ぶことはできるけど、この人数では効率が悪い。
しかも、周囲が混乱している状態で突然人が消えたり現れたりすれば、かえって騒ぎを大きくする可能性がある。
まず必要なのは、全体を落ち着かせることだ。
「──みんな、落ち着いてくれ!!」
そのとき、食堂中に響き渡る大声が聞こえた。
声の主を探すと、人混みの中に見覚えのある眼鏡が見えた。飯田天哉だ。
彼は必死に両腕を動かしながら、周囲の生徒たちに呼びかけていた。
「押し合っては危険だ!順番に避難すれば全員が助かる!だから、どうか落ち着いて!」
しかし、誰も聞く余裕がない。みんな自分が逃げることで精一杯なのだ。飯田の声も、喧騒の中に埋もれてしまっている。
ここは本当に雄英高校かと疑いたくなる。
飯田の言っていることは正しい。でも、言葉だけでは伝わらない。恐怖に支配された人間は、冷静な説明を聞くことすら難しいからだ。
必要なのは、誰もが注目するような行動。
そして、安心できるだけの説得力だ。さて、どうしようか。
そんなことを考えていると、飯田が何かに気づいたように顔を上げた。
その視線の先。
そこには、出入口の上に設置された非常口の案内表示があった。
次の瞬間。
「──!」
飯田が動いた。
両脚のエンジンが唸りを上げ、その身体が一気に加速する。
壁を利用するように跳躍し、見事な身のこなしで高所へ移動した。
「おお......」
思わず感心する判断力だ。
そして、何より。混乱している群衆の中で、自分が何をすべきかを瞬時に見出した。
飯田は非常口の案内表示の上に立ち、食堂全体を見渡す。
「諸君!!」
今度こそ、その声が響き渡った。高い場所からの呼びかけに、近くの生徒たちが一斉に顔を上げる。
「落ち着いて聞いてくれ!ここは雄英高校だ!すぐ近くには先生方もいる!」
「何が起きたのか分からない以上、我々が勝手に混乱するべきではない!落ち着いて、順番に避難するんだ!」
その言葉には、不思議な説得力があった。ただ叫んでいるだけではない。彼自身が冷静でいようと努めていることが、声から伝わってくる。
「押し合わなくても大丈夫だ!前の者から順番に進めば、全員が安全に避難できる!」
少しずつ。
本当に少しずつだけど。
食堂の騒ぎが収まり始めた。
「そ、そうだよな......」
「落ち着いて進めばいいんだよね」
「押さないで!順番に!」
生徒たちが互いに声をかけ始める。
無秩序だった人の流れが、徐々に整っていった。
僕はその光景を見ながら、小さく笑った。
「すごいな、飯田」
こういう状況で、他人のために行動できること。恐怖に呑まれた人たちに、冷静さを取り戻させること。
それも立派なヒーローの資質だ。
しかも、飯田は最初から高い場所にいたわけではない。誰にも声が届かない状況を見て、どうすれば伝わるのかを考え、行動した。
あの短い時間で。
学級委員長には、八百万が向いていると思っていた。もちろん、その考えは今も変わらない。
だけど、飯田がなっていたとしてと、その役割を果たしていただろう。
「司」
声をかけられ、振り向く。
「唯。大丈夫だった?」
「......ん」
「よかった」
僕は周囲を確認した。
人の流れが落ち着いてきたとはいえ、まだ油断はできない。
「僕たちも避難しようか」
「......ん」
唯は頷き、僕の袖を掴んだ。
「どうしたの?」
「......はぐれないように」
「ああ、なるほど」
僕は笑った。
「それなら、こっちの方が確実かな」
空いている方の手を差し出すと、唯は一瞬その手を見つめ、それから──そっと指先を重ねる。
小さくて、少しひんやりとした手だった。
「じゃあ、行くよ」
「......ん」
僕は唯の手を握り、テレポートを発動した。
視界が一瞬だけ切り替わる。次の瞬間、僕たちは食堂の混雑から離れた廊下の端に立っていた。
「......!」
唯が目を丸くする。
「気分は悪くない?」
「......平気」
「そっか。よかった」
手を離すと、唯は自分の掌をじっと見つめた。
「......すごい」
「ありがとう」
「......便利」
「まあね」
僕は食堂の方を振り返った。
「1人で勝手に逃げるだけなら簡単だけど、それじゃ周りの人は助けられないからね。今回は飯田のお陰で助かったなぁ」
唯は黙って僕を見つめた。
そして、小さく頷いた。
「......ん」
その表情が、ほんの少しだけ柔らかくなった気がした。
午後のホームルーム。
教室に戻った僕たちは、改めて今回の騒動について説明を受けることになった。
「今回の警報は、マスコミが敷地内に侵入したことで作動したものだ」
相澤先生が淡々と告げる。
「結果的にヴィランの侵入ではなかったが、お前らの避難行動には問題が多かった。特に、周囲の状況を確認せずに走り出した連中は反省しろ」
教室が静まり返る。
「ヒーローを目指す人間が、真っ先にパニックになってどうする。一般人を落ち着かせる側になれ」
耳の痛い話だ。
もっとも、今回の騒動では、その役割を見事に果たした生徒がいる。僕が視線を向けると、飯田は真剣な表情で先生の話を聞いていた。
「それと、学級委員の件だが」
相澤先生が話題を変えた。
「八百万、緑谷。何かあるなら今のうちに言っておけ」
八百万が立ち上がる。
「はい。今回の騒動を通じて、学級委員長として果たすべき責任の重さを改めて感じました」
彼女は一度、教室を見渡した。
「わたくし自身、まだまだ未熟ではありますが、皆様が安心して学べる環境を整えられるよう、精一杯努力してまいります」
その言葉に、何人かの生徒が頷いた。
次に立ち上がった緑谷の表情は、決意を改めて表明した八百万とは少し違っていた。
「ぼ、僕からも話があります」
「今日の避難のとき、僕はどうすればいいのか分からなくて、ただ周りの人に流されそうになっていました」
緑谷が俯く。
「でも、飯田くんは違いました。みんなを落ち着かせるために、自分から動いてくれたんです」
教室中の視線が飯田へ集まり、当の本人は驚いたように目を見開いている。
「緑谷くん?」
「僕は、あのときの飯田くんを見て思ったんだ」
緑谷は顔を上げた。
「人を導くって、こういうことなんだって」
静かな教室に、彼の声が響く。
「だから、副委員長は僕より飯田くんの方が向いていると思います」
「なっ!?」
飯田が勢いよく立ち上がった。
「緑谷くん!君は何を言っているんだ!選挙で選ばれたのは君だろう!」
「うん。でも、選ばれたからこそ、ちゃんと考えたいんだ」
「僕は、飯田くんに副委員長をやってほしい」
その言葉には、迷いがなかった。
──いいね。クラスのために誰が適任なのかを考え、納得したうえで提案してる。まあ、元々本人が乗り気じゃなかった側面もあるけど。
それでも、勇気のいる行動だと思う。個性を使いこなせてないバカとか内心思ってごめん。
「僕も賛成かな」
気づけば、僕は声を上げていた。
何人かの視線がこちらへ向く。
「東雲くん?」
飯田が驚いた顔をする。
「今日の避難誘導、すごかったよ。あの混乱の中で冷静に行動できたのは、間違いなく飯田の強みだと思う。正直、驚いた」
「し、しかし......」
「それに、八百万とも相性がよさそうだしね」
僕は八百万の方を見た。
「八百万は物事を冷静に整理して、全体を見ながら判断するのが得意でしょ?飯田は決まった方針を実行したり、周囲に呼びかけたりするのが得意そうだし」
八百万が小さく頷く。
「確かに、東雲さんの仰る通りかもしれませんわ」
「だから、2人で協力すれば、うまくクラスをまとめられるんじゃないかな」
「......そうですわね」
八百万は柔らかく微笑ち、飯田へ向き直る。
「飯田さん。わたくしからも、ぜひ副委員長をお願いしたいですわ」
「や、八百万くんまで!?」
「はい。今日聞いた飯田さんの行動には、わたくしも感銘を受けました」
八百万は真剣な表情で続けた。
「皆様の安全を第一に考え、率先して行動された姿は、まさにヒーローを目指す者の鑑だと思います」
飯田は言葉を失った。その顔が、少しずつ赤くなっていく。
「......諸君」
やがて、彼は深く頭を下げた。
「そこまで言ってもらえるとは、光栄の至りだ」
少し震えた声だったけど、顔を上げたときには、いつもの真面目な表情に戻っていた。
「分かった!微力ながら、この飯田天哉、全力で副委員長の職務を果たすことを誓おう!」
力強い宣言に、教室中から拍手が起こる。
「おー!飯田、頼んだぜ!」
「頑張ってねー!」
「真面目な飯田なら安心だな!」
切島や芦戸たちが口々に声をかける。緑谷も嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう、飯田くん!」
「こちらこそ、緑谷くん!君の期待に恥じぬよう努力する!」
2人が固く握手を交わす。その様子を見ながら、僕は小さく頷いた。
「......まあ、本人たちが納得してるなら構わん」
相澤先生が欠伸を噛み殺しながら言った。
「じゃあ、委員長は八百万。副委員長は飯田で決まりだ。余計な仕事を増やすなよ」
「はい!」
「承知いたしました!」
八百万と飯田の返事が重なる。
こうして、1年A組の学級委員長と副委員長が正式に決まった。
八百万百と飯田天哉。
冷静な判断力を持つ委員長と、強い責任感で周囲を引っ張る副委員長。なかなかいい組み合わせだと思う。
「よかったね、ヤオモモ」
耳郎が八百万に声をかける。
「ええ。ですが、少し緊張いたしますわ」
「大丈夫だって。飯田もいるし、ウチらも手伝うからさ」
「ありがとうございます、耳郎さん」
八百万が嬉しそうに微笑む。
「もちろん、僕も協力するよ....面倒事じゃなかったら」
「まあ、東雲さんまで......!」
「困ったときは遠慮なく頼ってね、耳郎を」
「はい。本当にありがとうございます!」
八百万は胸の前で両手を合わせ、満面の笑みを浮かべた。その笑顔を見て、僕も自然と頬が緩む。
......やっぱり、可愛いなぁ。
「司」
耳郎が僕の袖を引っ張る。
「ん?」
「またヤオモモ見てニヤニヤしてる」
「失礼な。普通に微笑んでるだけだよ」
「同じじゃん!」
「耳郎だって、八百万の笑顔は可愛いと思うでしょ?」
「そりゃ、可愛いけどさ」
「ほら、意見が一致した」
「そういう問題じゃないの!」
耳郎が頬を膨らませ、その後にすぐ小さく笑った。
「......まあ、いいけど」
「いいんだ?」
「うん。ヤオモモが嬉しそうなの、ウチも嬉しいし」
耳郎はそう言って、八百万の方を見た。そこには、友達の成功を心から喜ぶ女の子の顔があった。
僕はそんな耳郎の横顔を眺めながら、静かに微笑んだ。
八百万さん
小大さん