元トップハンターのおっさん、落ちぶれ炭鉱夫から再起する 。ガチャで引いた魔剣をメスガキギャル配信者とMAX強化! 六大魔竜の宝玉が出るまで帰れません 作:炭酸水ひろみつ
夢だと気づいたのは、目の前で喚いている自分が、三年前の自分だったからだ。
場所はギルドがハンター向けに貸し出していた、小さなミーティングルーム。窓のない殺風景な部屋には長机とパイプ椅子が並び、白い蛍光灯の光が容赦なく降り注いでいる。テーブルの上には飲みかけのペットボトルと携帯端末、それから赤い文字で《FAILED》と表示されたままのクエスト記録が置かれていた。
懐かしい。
そして、できることなら思い出したくもない。
ブルーファンタズムにいた頃。
自分がチームを抜けるきっかけになった、クエスト失敗後の反省会だった。
「俺がアタッカーだ! 結局、俺が火力出せば解決だろ!?」
「解決しなかったから言ってんだよ!」
向かいに座っていた鉾田鉄哉が、苛立ちをそのまま叩きつけるようにテーブルへ掌を振り下ろした。日に焼けた肌に坊主頭、鍛え上げられた太い腕を持つ筋肉質な男で、昔から最前線で攻撃を受け止める盾役を担っていた。
衝撃でペットボトルが跳ね、中の水が大きく揺れる。
「今回は複数ターゲットだった! お前が一頭追いかけ回してる間、こっちはどうなった!?」
「倒せるところまで追い込んでたんだぞ!」
三年前の玄馬も負けじと身を乗り出す。
「あそこで俺まで戻ったら、それまで削った分が無駄になるだろ! だったら俺が一頭落として、そのあと合流した方が早い!」
「落とせなかっただろうが!」
「あと少しだった!」
「その『あと少し』の間にこっちが崩れたんだよ! だから王様プレーだって言ってんだ!」
「なんだと!?」
二人とも、一歩も引かない。
玄馬にも玄馬なりの理屈はあった。
実際、それまで何度もそうやって勝ってきた。誰よりも前へ出て、誰よりも多く攻撃を叩き込み、相手がこちらを崩すより早く仕留める。単純で乱暴な戦い方だったが、当時の玄馬にはそれを成立させるだけの技量があり、結果も残していた。
自分が最大火力を出す。
それこそがチームへの最大の貢献だと、本気で信じていた。
「次は二手に分かれる」
熱くなった二人の間へ、静かな声が割って入った。
雨宮亮二。
黒髪をセンターパートに分けた細身の長身で、感情より先に状況を整理するタイプの男だった。ブルーファンタズムのリーダーは声を荒らげることもなく、テーブルに表示されたクエストマップへ指を置く。
「俺と輝夜。玄馬と鉄哉だ」
「テツヤと俺?」
「ああ。ただし――」
亮二が玄馬を見る。
「玄馬。お前も囮役をやれ」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「火力を落としてでも、一頭を引きつけろ。俺たちがもう一頭を落とすまで耐えてくれ。鉄哉にはお前のフォローへ回ってもらう」
「俺が囮?」
「そうだ」
「冗談だろ」
玄馬は鼻で笑った。
「だったらテツヤが二頭まとめて引きつけりゃいいだろ。こいつの得意分野じゃねえか」
「無茶言うな!」
鉄哉が再び声を荒らげる。
「大型二頭の攻撃を一人で全部受け続けられるか! 俺だって無敵じゃねえんだぞ!」
「だったら俺が一頭速攻で落とした方が早い!」
「だから、それで失敗したんだろうが!!」
怒鳴り声が狭い部屋に響き渡った。
「玄馬君」
それまで黙っていた牛尾輝夜が、静かに口を開いた。
艶のある茶髪を高い位置でポニーテールにまとめた、すらりとしたモデル体型の女だった。鉄哉のように怒っているわけではなく、むしろ困った子供を諭すような声音で玄馬を見る。
「私と亮二は、鉄哉みたいに攻撃を受け止められる武器じゃないの。複数ターゲットなら、誰かがもう一頭を引きつけなきゃいけない」
「…………」
「あなたならできるから頼んでるの」
その言葉の意味を、あの頃の自分はまるで理解していなかった。
火力を期待されなくなったわけではない。弱いから囮をやれと言われたわけでもない。
むしろ逆だった。
一人で大型モンスターと対峙し、その攻撃を捌きながら長時間生き残れるだけの技量がある。だから玄馬なら任せられると、仲間たちは判断していた。
それは、信頼だった。
けれど当時の玄馬には、自分の最大火力を捨てろと言われているようにしか聞こえなかった。
「ああー……もういいわ」
三年前の玄馬は背もたれへ身体を預け、天井を仰いだ。
張り詰めていた糸が突然切れたように、急速にどうでもよくなっていく。
「冷めた」
「ゲンマ?」
亮二が眉を寄せる。
「おい……」
鉄哉も、さすがに怒気を引っ込めた。
「まさか、投げ出すのか?」
「別に」
玄馬は椅子から立ち上がった。
「俺がいない方が、お前らのやりたいチームプレーってやつができるんだろ」
「誰もそんなこと言ってねえだろ!」
「もういいって」
椅子の脚が、耳障りな音を立てて床を擦る。
「お世話になった。じゃあな」
「玄馬君!」
輝夜の声にも振り返らなかった。
そのまま出口へ向かい、数歩進んだところで、腰に差していたものを思い出して足を止める。
「ああ、そうだ。リョウジ」
鞘ごと抜いた脇差しを放った。
亮二が反射的に受け取る。
「予備の脇差しだ。餞別にやるよ」
「お前……」
「俺には要らないし」
それだけ言って、三年前の玄馬は部屋を出ていった。
扉が閉まる。
――そこで、夢の時間が止まった。
気づけば今の玄馬だけが、誰もいなくなったミーティングルームに立っていた。
長机も、パイプ椅子も、飲みかけのペットボトルも、あの日のまま残っている。それなのに、ついさっきまで言い争っていた仲間たちの姿だけが、最初から存在していなかったように消えていた。
「…………」
玄馬は頭を掻いた。
今なら分かる。
鉄哉がなぜ怒ったのか。
輝夜が何を伝えようとしていたのか。
そして亮二が、なぜ自分に囮を任せようとしたのか。
あいつらは、自分の力を否定していたわけじゃない。
むしろ、できると思っていたから任せようとした。
それを当時の自分は、自分の役割を奪われたようにしか受け取れなかった。
「……本当、バカだな。俺」
自嘲するように笑った。
「いい年した男の言動じゃねえよ」
もっとも、あの頃だって十分いい年だったのだが。
今さら反省したところで、過去は変わらない。
そんなことを考えていると――どこからか、歌が聞こえた。
「…………?」
静かな歌声だった。
遠くから響いているようで、耳元で歌われているようにも聞こえる。柔らかな旋律には、不思議と聞き覚えがあった。
どこで聞いた歌だったか。
思い出そうとした途端、ミーティングルームの輪郭がぼやけ始める。白い壁も、長机も、天井の蛍光灯も光の中へ溶けていき、代わりに頬を撫でる熱気と硫黄の臭い、背中へ触れる乾いた火山灰の感触が戻ってきた。
それから。
後頭部に感じる、妙に柔らかな感触。
「…………ん」
玄馬はゆっくりと目を開けた。
最初に見えたのは、金色だった。
視界の上で、金髪のツインテールが揺れている。その向こうには煤けた暗赤色の空が広がり、こちらを覗き込むティガの顔があった。
「…………」
「…………」
数秒間、見つめ合う。
止まっていた玄馬の頭が、徐々に動き始めた。
後頭部に感じている柔らかな感触。
真上にあるティガの顔。
そして、自分が寝転がっている位置。
三つの情報が頭の中で繋がった。
「――うおっ!?」
玄馬は跳ね起きると、その勢いのまま地面をゴロゴロと二回転してティガから離れた。
「ちょっ!?」
ティガが目を丸くする。
「なにその避け方!?」
「いや、その……悪い!」
「普通に起きればいいじゃん!」
「びっくりしたんだよ!」
玄馬は火山灰まみれになった服を叩きながら立ち上がった。頭の芯はまだぼんやりしており、身体のあちこちが熱を持って痛む。
そこで記憶が一気に戻ってきた。
レッドドラゴン。
煉獄熱波。
そして――。
「レッドドラゴンは!?」
「大丈夫。終わってるよ」
ティガが顎で示した。
少し離れた場所では、煉獄竜の巨体が完全に沈黙していた。先ほどまで白熱していた鱗は黒ずみ、地面へ伏した身体はもう呼吸すらしていない。
「煉獄熱波を撃ったあと、そのまま倒れた。残ってた力、全部使い切ったっぽい」
「……最後っ屁で道連れ狙いかよ」
「ほんっと性格悪いよね、あいつ」
そこでようやく、玄馬は肩の力を抜いた。
「……俺、どれくらい寝てた?」
「そんなに長くないよ。配信も切ってたし」
「そっか」
ティガは無事だ。
レッドドラゴンも倒した。
それを確認すると、遅れて胸の奥へ安堵が広がっていく。
「あと――」
ティガが立ち上がり、膝についた灰を払いながら、にやりといつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「膝枕代、貸し一ね♡」
「金取るのかよ」
「お金じゃないし♡」
「そっちの方が怖えよ」
ティガがけらけらと笑う。
その声を聞きながら、玄馬は先ほどの夢を思い返していた。
――俺が囮?
――冗談だろ。
三年前の自分の声が、まだ耳の奥に残っている。
玄馬は何も言わず、自分の手を見る。
煉獄熱波を受け止めた手は赤くなり、まだ微かに震えていた。
三年前なら、あそこでどうしていただろう。
答えを考えるまでもない。
少なくとも、今と同じことはしなかった。
「…………」
何が変わったのか。
それを言葉にするには、まだ少し足りない。
けれど。
悪い気分ではなかった。
「……じゃ、配信戻すか」
「おっけー。ユンユン!」
ティガが呼びかけると、少し離れた岩陰で待機していたユンユンが、カメラを担いでひょこりと顔を出した。
『お、やっと起きたんか。おっちゃんが膝枕されとるとこ、撮っといた方がよかった?』
「撮ってねえだろうな!?」
『配信切れ言われたから切っとるわ。ワイはプロやぞ』
「ならいい!」
「ざんねーん♡ 絶対再生数取れたのに」
「やめろ!」
ティガが笑いながら端末を操作する。
ほどなく休止していた配信が再開され、待ち構えていたようにコメントが流れ込んできた。
『戻ったあああ!!』
『ゲンマ生きてる!?』
『おっさん無事か!』
『レッドドラゴンどうなった!?』
『ティガも無事でよかった』
玄馬は押し寄せるコメントを眺め、一度だけ深く息を吐いた。
過去は変えられない。
今さら、あの日へ戻ることもできない。
けれど――今の自分がどうするかは、選べる。
「悪い。待たせたな」
玄馬がカメラへ片手を上げる。
その横で、ティガの視線はすでに玄馬から外れていた。
「…………」
じーっ。
完全に沈黙したレッドドラゴンの巨体を見つめている。
「……ティガ?」
「ゲンマ」
「なんだよ」
ティガが振り返った。
さっきまで心配そうに玄馬を膝枕していた女と同一人物とは思えないほど、その瞳がギラギラと輝いている。
「剥ぎ取り」
「切り替え早えな!?」
「それはそれ♡ これはこれ♡」
ティガがエリアルロッドを肩へ担ぎ、レッドドラゴンを指差した。
「六大魔竜、一体目――」
そして、満面の笑みを浮かべる。
「剥ぎ取りガッチャ、いっくよー!!」
『待ってました!!』
『本編開始』
『おっさん生還より盛り上がってて草』
『R6宝玉こい!!』
『ティガなら出す』
『ゲンマは期待するな』
「なんでだよ!!」