元トップハンターのおっさん、落ちぶれ炭鉱夫から再起する 。ガチャで引いた魔剣をメスガキギャル配信者とMAX強化! 六大魔竜の宝玉が出るまで帰れません 作:炭酸水ひろみつ
――その後。
玄馬は、ティガの通う美術大学にいた。
「…………モデルかー」
午後の日差しが差し込む実習室。その中央に設けられたモデル台の上で、玄馬はタンクトップ姿のまま、なんとも言えない顔で呟いた。
周囲にはイーゼルや石膏像、制作途中の人体像が並び、粘土や木材、石膏の入り混じった独特の匂いが漂っている。玄馬にとってはダンジョン以上に馴染みのない空間だった。
「今日来る予定だったモデルさん、急に来られなくなっちゃってさ」
対するティガも、いつもの配信用の格好とはまるで違う。金髪は高い位置でポニーテールにまとめ、黒縁眼鏡に作業用のツナギ姿。今日は個人制作のために実習室を借りているらしく、学校帰りに立ち寄った村雨もイーゼルの前に座っていた。
「で、筋肉質なモデルがちょうど必要だったわけ」
「それで『体で払え』かよ……」
「貸しは貸しだからね♡ じゃ、上も脱いで」
「ええ……」
「フルヌードのモデルなんて見慣れてるから、さっさと脱ぐ」
「美大生つええな……」
玄馬は観念してタンクトップを脱いだ。
長年、大剣を振り続けてきた身体が露わになる。見せるために肥大化させた筋肉ではなく、重い剣を振り、踏み込み、受け、避ける。その積み重ねで肩から腕、胸、背中まで実戦に必要な筋肉がついていた。
「うわ、エッロ!!」
「お姉ちゃんうるさい」
「怒られてやんのー」
「うっさい! ほら、さっさと立つ!」
「照れ隠しで雑になってねえ!?」
ところが描き始めると、ティガは意外なほど真剣だった。
眼鏡の奥の瞳が玄馬の身体を追い、紙へ鉛筆を走らせてはまた見る。骨格や重心、筋肉のつき方まで確かめるような視線だった。
「ゲンマ、いつもの構えやってみて」
玄馬は壁際のグランエイジを取り、腰を落として巨大な剣を肩へ担ぐ。
「――あ、そこ! そのまま!」
ティガが近づき、玄馬の背中へ手を伸ばした。
「ちょっと触るよ」
「もう触ってんじゃねえか」
肩甲骨から肩、上腕へ指先が動く。大剣を支えるため玄馬が力を込めると、その動きを確かめるように手のひらが身体をなぞった。
ふわりと、甘い香りが鼻先を掠める。
「…………」
覚えがあった。
初めて会った火山フィールドでも、ティガが隣へ寄ったときに感じた香りだ。あのときは硫黄や焼けた岩の臭いに紛れていたが、こうして間近にいると、甘酸っぱいベリーにバニラを重ねたような香りだと分かる。
「……お前、近い近い」
「動かない! なるほど……大剣使いって左右差出るんだ」
「分かるの?」
「分かるよ。身体って、その人がどう動いてきたか残るから。筋肉は嘘つかないし」
声から、いつものふざけた調子が消えていた。
ただ筋肉が好きだから眺めているのではない。骨格がどう動き、どこへ力が伝わるのかまで見ている。
ティガが武器を作るとき、形に異様なほどこだわる理由が少し分かった気がした。
「……でもやっぱエロいな、この背中」
「台無しだよ!」
少し離れた場所から、村雨がそんな姉を見ていた。
彫刻のためだとは分かっている。それでも玄馬の周りを楽しそうに動き回る姉を眺め、何も言わずに小さく笑った。
♢
「よし。いったん休憩」
「助かった……」
グランエイジを下ろした玄馬は、ティガのクロッキー帳を覗き込んだ。
「……見ていい?」
「どーぞ」
描かれていたのは、大剣を肩へ担いで腰を落とす一人の男だった。
「…………」
自分だ。
鏡や配信で自分の姿を見ることはある。それでも、誰かが自分のどこを見て、それを一枚の絵にしたものを見るのは初めてだった。
大剣を握る腕。前へ出た肩。踏み込む寸前の脚。
全身が、玄馬自身が思っていた以上に前へ出ようとしている。
「……俺って、こんな感じに見えてんのか」
「ん?」
「自分で思ってる自分と、ちょっと違うなって」
「そりゃそうでしょ」
ティガは鉛筆の尻で紙を叩いた。
「これ、あたしから見たゲンマだもん」
「お前から見た、俺……」
「ゲンマが自分をどう思ってるかなんて、あたしには分かんないし。あたしは、あたしに見えてるもの描いてるだけ」
「……なるほどな」
自分から見た自分と、ティガから見た自分。
立つ場所が違えば、見えるものも違う。
――あなたならできるから頼んでるの。
不意に、三年前の輝夜の声が蘇った。
あのとき仲間たちは、自分の何を見ていたのだろう。
そして自分は、仲間が見ているものをどれだけ見ようとしていただろう。
答えはまだ出ない。
ただ玄馬は、絵から顔を上げてティガを見た。
「なあ。お前から見て、俺の構えってどう見える?」
「え?」
「さっき左右差がどうとか言ってただろ。俺じゃ見えねえから、教えてくれ」
ティガは一度瞬きをして、楽しそうに笑った。
「いいよ。まず右肩。ゲンマ、自分で思ってるより入り込む癖あるよ」
「マジで?」
「マジマジ」
玄馬は黙って聞いた。
自分の目では見えないものがある。
なら、見えている人間に聞けばいい。
♢
「よし。次、塑造ね」
「まだあるの!?」
「あたし彫刻専攻だよ?」
制作台には金属の芯材と粘土が用意されていた。
ティガは先ほどのデッサンを横に置き、玄馬と見比べながら土を盛っていく。先ほど触れて確かめた身体の動きを覚えているのか、今度は迷いなく肩や背中、腕の形を作り、やがてそこへ巨大な大剣まで加わっていった。
「ゲンマ、もう一回構えて」
「俺、レッドドラゴンと戦ってるときより拘束時間長くない?」
「動いたら延長ね♡」
「横暴!」
「素材がいいから作り込みたくなるんだって」
「……お前から褒められるの珍しいな」
「あ」
ティガの手が止まり、眼鏡を押し上げる。
「ちょ、調子乗んな、ざぁこ♡」
「今の照れたろ」
「照れてない!」
「お姉ちゃん、顔赤いよ」
「村雨まで!?」
玄馬が笑い、村雨もくすりと笑う。
「そういや村雨ちゃんも絵の勉強?」
「私は……マンガ家になりたいんだ」
村雨のスケッチブックには、人体デッサンではなく、いくつものコマに区切られた人物が描かれていた。
「へえ。いいじゃん」
「そうそう! 村雨、絵めちゃくちゃ上手いんだから! 天才だよ、天才!」
「やめてよ、お姉ちゃん」
「なんで?」
「……お姉ちゃんにそう言われるのが、一番プレッシャーなんだけど。彫刻もできて、鍛冶もできて、配信もできて。お姉ちゃん、なんでも出来るから」
ティガがきょとんとする。
「……自覚ないんだ」
「ないんだな」
「なんでゲンマまで!?」
玄馬は笑ったあと、改めて村雨を見る。
「でも……そっか。ティガは褒めてるつもりでも、村雨ちゃんからするとプレッシャーになるんだな」
「……うん」
「なるほど」
それ以上は言わなかった。
どうすればいいのかなんて玄馬にも分からない。ただ、同じものでも立つ場所によって見え方が違うということが、先ほどより少しだけ実感できた。
「えー……でも本当に上手いんだけど」
「それは分かってる」
「じゃあ褒めてもいい?」
「ほどほどなら」
「難しっ!」
「そこは勉強しろ、姉ちゃん」
「なんでゲンマが偉そうなの!?」
三人の笑い声が実習室に響く。
つい昨日まで命懸けで巨大な竜と戦っていたとは思えない、穏やかな午後だった。
玄馬は制作台へ目を向ける。
ただの粘土だったものが、一人の男の姿を得ている。鍛えられた身体、踏み込むために落とされた重心、前へ出た肩。そして、その身体が支える巨大なグランエイジ。
まだ荒削りではあるものの、そこにいるのは間違いなく御堂筋玄馬だった。
「…………」
けれど、自分の目だけでは、こんな自分は見えない。
玄馬は粘土像からティガへ、そして村雨へと視線を移した。
相手には相手の目があり、自分とは違うものを見ている。
なら――少しくらい、その目線に合わせてみてもいい。
「……ゲンマ?」
「いや。なんでもねえよ」
玄馬は小さく笑って、もう一度グランエイジを構える。
「次、どうすりゃいい?」
「おっ、やる気出たじゃん。右足、もう半歩後ろ!」
「こうか?」
「そうそう。そこ!」
言われた通りに足を引きながら、玄馬はティガの視線の先を意識してみた。
自分には見えない、自分。
自分とは違う場所から見えているもの。
それを知ることも――案外、悪くない。