阿蘇惟将、頑張る ~阿蘇家で廻る、TS九州三国志~ 作:NoRAheart
1話
肥後国益城郡は木倉原。
今日の空は白く濁っていた。梅雨の走りである。
湿った風が草を撫で、その草の丈は人の膝を越えて、伏せた兵の姿をよく隠した。
阿蘇勢、寄せ集めながら、およそ二千。
対する御船勢、千と少し。
数の上では阿蘇が勝る。
だが数が勝敗を決めるならこの国に軍略という言葉は要らぬ、と誰かが言った。
言ったのは確か、阿蘇家の重臣の誰だったか。
僕の頭は白く濁っていた。
空と同じである。
「若」
ぼんやり空を見上げる僕に、背後から声がかかった。
低く、乾いていて、それでいて不思議とよく通る声だ。
振り返らずとも誰かは分かる。
振り返らずとも、というより、振り返る余裕がなかった。
首の骨が石になったように動かない。
「若。手綱を」
「……ん」
「握りしめすぎておられます。馬が怯えます」
言われて初めて、自分の指が白くなっていることに気づいた。
関節が軋む。
慌てて力を抜くと、掌にべったりと汗が滲んでいた。
革の匂いと、汗の匂い。
「……ごめん、宗運」
「謝るのは馬にどうぞ」
阿蘇家重臣、甲斐宗運はそう言って、薄く笑った。
背は高くはないが、鍛え上げられた体幹が具足の下でも分かる。
まだまだ中年に差し掛かろうという歳であるのに、髪には既にわずかな白が混じり、目尻には笑い皺があった。苦労が見えた。
苦労が柔らかい顔立ちなのに、目だけが笑っていない顔を作る。
笑いの底に、常に何かを計算し続けている冷たい水面が見えた。
家老である。自慢の。
正確には、阿蘇家臣・甲斐親宣の子であり、この戦の実質的な総指揮官。
そして——史実においては、生涯六十余度の合戦で一度も負けなかったと伝えられる男である。
僕の記憶が正しければ、だけれども。
そんな男が、頼りない僕の後ろに控えている。
「若。今一度だけ申し上げます」
宗運が馬を寄せた。
「此度の戦、若は総大将にあられます。されど采配は某が振ります。若のなすべきことは、ただ一つ」
「……死なないこと」
「よくお分かりで」
ごもっとも、正論である。
なぜなら僕は、この時代の武士としては、絶望的に弱い。
阿蘇惟将。僕の名だ。
九州は肥後国、阿蘇郡・矢部の領主、阿蘇惟豊が嫡男。
阿蘇神社大宮司家の次期当主。
そして、前世の記憶を持つ人間である。
どういう理屈でそうなったのかは、今もって分からない。
気づいた時には赤子で、気づいた時には既にこの体だった。
夢を見たわけでも、神に会ったわけでも、光に包まれたわけでもない。
ただ、ある日ふと、自分が「もう一つの人生」を知っていることに気づいた。
それだけだ。
説明のつかないことに説明を求めるのは、いい加減疲れる。
だから僕はもう、それに関しての「なぜ」「どうして?」を考えないことにしている。
問題は、今世の僕が、どうしようもなく非力だったということである。
この体、非力が過ぎた。
阿蘇惟将という男は、小柄である。
この時代の成人男性は現代人より低いのだけれども、その平均よりも更に頭一つ以上に小さい。骨が細い。肩幅がない。
多少は刀を振るっているにもかかわらず、腕を思い切り曲げても、力瘤というものがてんで現れない。
声変わりはとうに済んでいるはずなのに、声はいつまでも高いままで、驚くと勝手に裏返る。
顔立ちについては、正直驚きものだ。輪郭に角がない。
頬から顎にかけての線が丸く、削げるということを知らない。おひげもない。
目はぱっちりと大きく、睫毛が無駄に長く、眉は柔らかい弧を描いていて、どう頑張っても柔和で険しくならない。
鼻筋は主張せず、唇は薄い。
全体として、「整っている」というより「愛らしい」の側に、一寸の迷いもなく振り切れている。
髪は、肩を越えて胸元にかかるほどある。武家の男としては明らかに長い。
だが我が家は阿蘇神社の大宮司家であって、神職の男児が髪を伸ばして垂らしていても、誰も咎めない。
咎めないどころか、「よう似合うておられる」と褒められる。
褒められて嬉しかったことは、一度もない。
だって国人の棟梁が男女では、周囲からあの家は弱いと舐められてしまうのだ。
僕は生まれてこの方「若君は姫君のようじゃ」と言われ続けてきた。
母に言われ、乳母に言われ、家臣に言われ。
領民にも言われ、しまいには阿蘇神社の神職どもにまで言われた。
そしてその果てに、思い出したくない一件が起きた。
十二の頃だ。
阿蘇神社の祭礼で、巫女の一人が高熱を出して倒れた。
舞い手が足りない。
困り果てた神職どもが、半ば冗談で、半ば自棄で言い出したのである。
「若君、代わりに舞われませぬか」
きっと神職どもは冗談だったのだろう。
断じて冗談だったのだろう。
だがまだ幼かった僕は、既に前世の記憶を持っていて、ゆえに「まあ祭りが台無しになるよりはいいか」という、実に現代人らしい献身を発揮してしまった。
装束を着せられ、鬘を被せられ、三日で振りを一生懸命覚え、そして舞台で舞った。
皆が最後に笑ってくれたらよかった。
だけれども舞い終えた後の、あの静寂を僕は忘れない。
誰も笑っていなかった。
前は笑うつもりで見に来ていると知っている家臣どもすら、一人残らず黙り込んでいた。
祖父などは泣いていた。
ついには神職の長は、僕の手を取ってこう言った。
「若君。これは、天より賜った奇跡にございます」
その日から、冗談は冗談でなくなった。
僕は本気で仕込まれた。
神楽の型、足の運び、指の先の角度まで。
「男ですよ」という抗議は「大宮司家に男も女もございませぬ、あるのは神に仕える者かどうかにございます」という理屈で叩き潰された。
ちなみにこの理屈、阿蘇家では強い。
なにしろ我が家は、武士である前に神主なのである。
結果として何が起きたか。
僕は、槍や刀を振るより、榊を振ることを重要視された。
弓の引き方より先に、鈴の鳴らし方を重要視された。
それなのに今、僕は馬上で手綱を握りしめて震えている。
「宗運」
「はい」
「僕、いる?」
「いずれ御大将になられますゆえ」
いやいや。
そうじゃなくて。
そう目配せするも、宗運はなにも答えてくれなかった。
答える代わりに、視線を前方へ投げた。
草の海の向こう。木倉原の低い丘の上には、御船勢の旗が立っていた。
御船房行。
阿蘇家の被官でありながら、この春に反旗を翻した男だ。
理由は単純である。
阿蘇家が弱ったと見たからだ。
父・惟豊が長い内訌をようやく制したばかりで、家中はまだ固まっていない。
今なら喰える、と踏まれた。
それが今の世の、戦国時代の道理だった。
弱れば喰われる。喰われたくなければ、喰う。
なおさら九州とは、そういう場所であった。
北には大友。西には龍造寺。南には島津。
その三頭の獣が互いの喉笛を狙い合い、その足下で我らのような国人が踏み潰されまいと必死に立っている。
修羅の国と、後の世の人間は呼ぶだろう。
僕は、その修羅の国の、ど真ん中にいる。
ぶっちゃけ詰んでいた。
「一つ聞いてもいい?」
「はい」
「御船の兵って、ちゃんと食べられているかな」
宗運の眉が、わずかに動く。
「……と、おっしゃいますと?」
「いや、単純な話」
僕は前方の丘を見た。
旗の構えが良く見えた。
「あそこに千人。籠城じゃなくて野戦の構え。きっと兵糧を担いで出てきているはず。けれども御船の所領って狭いし、今年の作柄もあんまり良くなかったのは知っている。二月前に僕が見た限りじゃ、あの家の蔵、そんなに潤沢じゃなかったはず」
「……」
「つまり籠城できる兵糧がない。そんな彼らの飯って、何日分持つ?三日?四日?多く見積もってもきっと五日くらい?」
宗運は答えない。
だがその沈黙は、拒絶ではなかった。
むしろ逆だ。
この男が黙って人の話を聞く時、それは値踏みしている時であると僕は知る。
「こっちは近場の国人衆にも兵を借りた寄せ集めだけれども、二千。しかし矢部から出てきて三日目でも、兵糧はまだ十日分ある。米だけじゃなくて、粟も稗も大豆も味噌も、僕が去年から蔵に詰めさせといた分がある。飯は十分に渡せる」
「存じております。若が、家中の反対を押し切って蔵を三つ増やされましたな」
「うん。あれで爺様たちにえらい怒られたなあ」
「怒られておりましたな。『大宮司家の嫡男が算盤など弾くものではない』と」
「普通逆だと思うのだけれども……、今も根に持ってるよね、あの人たち」
「持ってよろしいかと」
宗運が、また薄く笑った。
僕は息を吸った。
湿った草の匂いがする。
「宗運。僕、槍とか振れない」
「存じております」
「馬も下手だし、弓も的に当たらないし。兵法書は読んだけど、読んだだけっていうか。宗運みたいに、戦場の空気を読むとか、きっと一生僕にはできないし」
「ご謙遜を」
「ううん、事実。だから代わりに、分かることを話したい。飯のことを話したい」
僕は丘を指した。
「あそこにいる千人の兵站は持たない。そして腹が減る。減れば疲れる。疲れれば怖くなる。怖くなれば、逃げ道を探す。だから宗運、僕の考えを言うね。正直、餓鬼が何を言うかと笑ってくれていいから」
「笑いませぬ」
「囲むだけにして。攻めないでいよう」
宗運の目が、ギラリと僕を見やる。
臆しかけるが、ここは引かないと僕は続ける。
「今日は攻めない。明日も。ただ囲む。囲んで、退路だけ一本、南に開けておいてほしい」
「南は、御船の本領にございます」
「うん。故郷の方角」
僕は唇を舐めた。
喉が渇いている。
「腹が減った兵の前に、帰り道が一本だけ開いてたら、どうなると思う?」
暫くの沈黙。
風が草を渡っていく音だけが、やけに大きく聞こえた。
やがて、宗運が口を開いた。
「若」
「なに?」
「それは、兵法にございます」
「そう」
「今、若が仰ったのは、紛れもなく兵法にございます。『囲師には必ず闕く』——孫子の言葉にて。囲んだ敵には必ず逃げ道を開けておけ、と」
「ふうん」
所詮は餓鬼の浅知恵である。
僕ごときが考え付くことは先人ならば思いつかない道理はない。
ただ、完全に、腹の減り具合から逆算しただけであるのがきっと先人とは異なるところ。
「若は、書を読んで兵法を知られたのではなく、蔵の中身を数えて同じ答えに辿り着かれた」
「……笑っていいよ。食い意地が張っていると」
「褒めております」
「そっか」
この男は、笑っていた。
今度は、目まで笑っていた。
「よろしい。承知いたしました。此度の采配、若の策にて振らせていただきます」
「え、いや、待って。本気で言ってる?」
「某は冗談を申しません」
「さっき馬に謝れとか言ってたじゃん、宗運」
「人馬一体。あれは本気でございます」
「ひぇ」
宗運は馬首を返した。
旗本たちに向かって手を挙げる。
その一挙手一投足に、二千の軍勢がざわりと反応する。
この男が指を動かすだけで、軍が生き物のように形を変える。
僕には、絶対に真似のできない芸当だった。
だからこそ、僕は僕のできることをするしかない。
「宗運。あともう一つ、お願い」
「なんなりと」
僕は、鞍に括りつけた包みに手をやった。
中身は、竹皮に包まれた粟餅である。
今朝、僕が陣中で自ら搗いたものだ。
水飴を練り込み、炒った大豆の粉をまぶしてある。
砂糖など無い時代だ。
甘味は、蔦の樹液から採った甘葛と、山で採れた蜂蜜と、水飴。
それだけで、この国の人間には十分すぎるほど贅沢な味になる。
「囲んだら、飯の匂いを流してほしい」
「……は?」
「風上に炊事場を置いて。米を炊いて、味噌を焼いて。多めに作っていいから。食い切れなくてもいい」
「……若。それは」
「三日目に、使者を出すよ。降れば、飯を食わせるって伝えて」
僕は包みを解いた。
粟餅の、香ばしい匂いが立つ。
きな粉が指につく。
「戦をせずに勝てるなら、その方がいい。兵が死ななきゃ田を耕す人が減らないし、田が減らなきゃ来年の飯があるし。来年の飯があれば、来年の戦は起きない……餓鬼の論理だけどね」
宗運は、じっと僕を見ていた。
その視線を、僕は正面から受け止めた。
受け止めるのは怖かった。
この男は、にわか仕込みの僕の論理より幾億倍は戦を知っている。
僕の考えなど、机上の空論だと切って捨てられても文句は言えない。
だが宗運は、切って捨てなかった。
代わりに、こう言った。
「若」
「……なに?」
「その餅、某にも一つ、いただけますか」
◇
その夜、僕は陣中で妹からの文を受け取った。
阿蘇惟種。
僕の唯一の同腹の妹であり、僕が留守の間、矢部の館を預かっている娘である。
文はこうであった。
『兄上。
生きておられますか。
生きておられますね。
生きておられなかったら、この文は誰が読むのでしょうか。
困りますね。
冗談です。
さて、蔵の件ですが、爺様方がまだ怒っておられます。
三つも建てて何を入れるのかと。
私は「兄上の頭の中身にございます」と申し上げておきました。
爺様方は黙りました。
たぶん意味が分からなかったのだと思います。
高森の百姓が牛を一頭盗まれたと申し出てまいりました。
調べましたところ、盗まれたのではなく、牛が自分で歩いて隣村の草を食べに行っておりました。
牛は賢いですね。
兄上より賢いかもしれません。
兄上がお発ちになる前に仕込んでいかれた味噌、良い塩梅に育っております。
蔵の三番目、一番奥の樽です。
帰ってこられたら、お一人で全部召し上がってくださいませ。
誰にも触らせておりませんので。
惟種』
最後の一行のところで、僕は、目を閉じた。
この妹は、心配だとは書かない。
案じているとも、無事を祈るとも書かない。
生まれてこの方、一度も書いたことがない。
その代わりに、僕の味噌の話を書く。
誰にも触らせていない、と書く。
僕は文を畳んで懐に入れた。
陣の外では、飯を炊く煙が、風上へ、風上へと流れ続けていた。
その白い煙の行き先を、僕はしばらく眺めていた。
九州は、これから修羅になる。
僕は、曖昧だけれども多少は知っていた。
大友が、龍造寺が、島津が、この島の上で互いを喰らい尽くそうとすることを。
何万という人間が死ぬことを。
そして最後に、海の向こうから来た人が、全てを蹂躙して終わらせることを。
けれども僕は、それを止められるほど強くない。
ただの国人の次期棟梁。
槍も振れない。馬も下手。兵法は机上の空論。
そんな僕にできることは、今はたった一つだけだ。
飯を作る。
人が腹を空かせているから、奪うのだ。
奪われるから、殺すのだ。
殺されるから、また殺すのだ。
輪である。
しかし腹さえ満ちていれば、その輪のどこかは切れるんじゃないのか。
甘い考えだと笑われるだろう。実際、甘いと知っている。
僕は、その甘さを武器にする。
◇
やはり三日後、御船房行は降伏した。
しぶしぶと言いたげな顔をしていたが、御船の兵らが安堵している様子を僕は馬上からしばらく眺めた。
阿蘇方の死者は十一名だった。
これが、僕の初陣であった。