阿蘇惟将、頑張る ~阿蘇家で廻る、TS九州三国志~ 作:NoRAheart
府内の朝は、阿蘇谷より霜が遅い。
縁側の板が冷たくなりはじめた頃、阿蘇から荷が届いた。
文が一通と、素焼きの壺が三つ。
壺の口には、紐が十文字に、二重に掛けてあった。
『兄様
立花のお家の祝いで、兄様が巫女の舞を舞われたと、行商の者から聞きました。
なぜ、惟種を呼んでくださらなかったのですか。
府内まで、馬なら幾日もかかりませぬ。
惟種も、見とうございました。
兄様の舞は、阿蘇の祭りで見たきりです。
それも、もう随分と前のことです。
次に舞われる時は、必ず先にお知らせくださいませ。必ずです。
立花の御隠居様を、おばあ様とお呼びになっているそうですね。
左様でございますか。
左様でございますか。
それから、兄様のお側に、たいそう力の強いおなごがいると聞きました。
どなたか存じませぬが、もしもそういうお話になるのでしたら、まず阿蘇へお連れくださいませ。
惟種が、お会いいたします。
三番目の樽は、今年も良い色になりました。
前にお持ちいただいた分は、そろそろ底が見える頃と思いますので、しばらくの分を合わせてお送りいたします。
宗運はよく働いてくれます。働きすぎです。
あれは、いつ嫁を取るのでしょう。
父上は、お変わりありませぬ。
大丈夫です。
惟種』
前半のくだりは何も見なかったことにして、文を畳んで懐に入れた。
胸の上に、紙の角が当たった。
◇
その朝のうちに、宗麟様の召喚に応じて、僕は大友館の広間に参上した。
今日はなんの御用だろうとなんの準備もなく広間にいったところ、すこし殺気立った武将が四十人ばかり集まっていた。
「……」
「……」
誰もかれもなにも言わない空気にとても場違い感を感じてオロオロしていたところ、末席の方が隣の座をポンポンと叩かれたので、とりあえず誘われた末席に座った。
全員、具足をつけていた。しかし彼らは身じろぎせずに、誰も話さない。
対して僕は直垂(ひたたれ)であった。
暫くして、宗麟様が入場された。そのまま評定が始まった。
僕、部外者ですけどいいのかなと、隣のお方の袖を引いた。
隣のお方は何とも言えないお顔をされた。
仕方ないので評定で息をひそめた。
さて、朝から評定が二刻続いた頃である。
議題はずっと一つであった。門司のことであった。
関門の海峡に突き出した、岬の城。
あそこを押さえた者が、九州と本州の間を握る。
毛利が欲しがっている。大友も譲れない。
それだけの、単純な話である。
単純な話であったが、戦はここ毎年のように続いていた。
「来春を待つべきかと存ずる」
「来春?毛利は年内に動きますぞ」
「動けませぬ。あちらは尼子を抱えております」
「抱えておるから、片付ける前にこちらを叩くのです」
会議はめぐる。それはもう、堂々巡りである。
僕はその間、手元の板に印をつけ続けていた。
この評定に出ている武将の名を縦に並べて、その横に、彼らが今日、何回口を開いたかを正の字で刻んでいる。暇だったから。
悪く言うなら、大友家中の武士の方々のパワーバランスを推し量ろうとしていた。
途中から冗談ではなくなった。
正の字を見ながら、これはいけないと思い始めた。
四十人いて、喋っているのはずっと上座側の十七人だけだった。
残りの二十三人は、一度も口を開いていない。
早く終われと思っている顔をしている者もいれば、明らかになにか言いたげにしているのに、口を閉じている者もいた。
真意は分からないけれど、口を開かない下座の方々は、自分が発言しても意味がないと思っているのか。関係ないと思っているか。
両方とも、十分ありえた。
あまりよくない雰囲気だ。
喋る者が十七人に偏った評定で決まったことは、たいてい、現場で守られない。
残りの二十三人は、決まったことを聞いただけで、自分たちが決めたことだとは思っていないからである。
「惟将よ」
筆を止めて、ため息を吐いた。
すると上座から、声が飛んできた。
図ったように。僕に向かって。
四十人の視線が、一斉に僕に向いた。
「なんでしょう?」
「そなた、さっきから何を書いておる」
宗麟様が、扇の先をこちらへ向けていた。
この日は南蛮の羽織を着ていなかった。
緋色の小袖に、黒い肩衣。
それだけで、いつもの三割増しで威圧感がある。
この人は、遊ぶ時は徹底的に遊ぶが、締める時は締める。
今日は、締める日らしい。
「……お聞き苦しいかと存じますが」
「よい。申せ」
まさか当てられると思っておらずなにも考えがまとまっていないけれど、ゆったりと言を聞かせて時間を稼ぎ、息を演じて時間を稼ぎ、板を両手で持ち直して時間を稼いだ。
ひと時の間でもって、まとめる。
「本日の評定にて、御発言なされたのは、上座におられます十七名にございました。残る二十三名は、一度も口を開いておられませぬ。僭越ではありますが、わたくしはそれを気にしておりました」
誰かが、舌打ちをした。聞かなかったことにした。
時に空気を読むより、大事なことがあるからだ。
「それがどうした」
宗麟様の声に、苛立ちはなかった。
彼女にもなんとなくは、分かっていたことらしい。
ただ僕に、先を促すだけの声色であった。
ならばと続ける。
「決まったことを、二十三名は守りませぬ。いえ、守らぬのではなく、守れませぬ。なぜそう決まったかを、ご存知ないゆえにございます。行軍の日取りも、兵糧の割も、決めた理由が分からねば、どうなるか。無論、道中で崩れまする」
板を置いて、顔を上げる。
「崩れた時、この二十三名は、こう思われます。『あれは上が決めたことだ』『われらは決めていない』と、他責になされます」
広間が、ざわめいた。
ざわめきの質が、変わっていた。
怒りではない。
図星を突かれた時の、あの、居心地の悪いざわめきだった。
「では、惟将よ。どうするか」
「下座の者に、発言の機会をお与えくださいませ。宗麟様御自ら、わたくしをお指しになったように」
上座に遠慮するのであれば、一番立場が上の宗麟様から求められた形にすればよい。
少なくとも下座の方々の中には腹案がある方はいらっしゃった。
ならば今は、これでなんとか形は保てる。
「宗麟様。何卒」
「なるほど、あいわかった」
宗麟様の顔は、笑っていない。
しかし笑っていないのに、目が妙に楽しそうにしていた。
「あいわかったから、惟将は門司に入れ」
「???」
役割は兵糧奉行でも小荷駄でもなんでもよいと勝手に宗麟様は申される。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
でも分かった途端、足の指先から頭のてっぺんまで、すうっと熱が引いていった。
急すぎる。今日の評定の件もそうだけれども、この件も。
「門司と、仰いましたか」
「申した」
「そこは、最前線。戦場でございますな」
「そうじゃな。高々菓子役の自分を、戦場へ出すつもりか、と言いたいのじゃろう」
「はい」
「出す。そなたの申した通りじゃ。決めた理由を知らぬ者は、守らぬな」
宗麟様は、扇の先で、広間全体を示した。
「ならば、そなたが行って、改めさせよ」
何言っているんだこの人は。
◇
評定の後、廊下で道雪のおばあ様に捕まった。
正確には、輿に行く手を塞がれた。
輿の上から、実に満足そうにこちらを見ている。
「惟将や」
「おばあ様」
「初めての評定であろう。それなのに、よう言うた」
「褒めていただけるのですか」
「褒めておる。儂は、あれを、ずっと言い続けてきた。誰も聞かなんだ。そなたが言うと、聞きよる」
「なぜでしょう」
「そなたが、数えて見せたゆえじゃ。儂が言うと、説教になる。そなたが言うと、勘定になる」
勘定、か。
口の中でその言葉を転がしているうちに、ひとつ、引っかかるものが出てきた。
「おばあ様」
「なんじゃ」
「僕を評定に推されたのは、おばあ様ですね」
おばあ様は、答えなかった。
「宗麟様は、僕が何を見ているのかを、途中から知っておられました。でなければ、あんな間合いで指されません。つまり誰かが、事前にお耳に入れています。宗麟様の耳に僕の名を入れられるのは、この館でも数人です」
「惟将や」
「はい」
「数えておったのは、そなただけと思うたか」
「ではおばあ様も」
「無論よ。儂は評定の始まりから、見ておった。はじめから、終わりまでの」
「でしょうね」
「無論、惟将のことはもっと見ていたがの」
なんだか楽しそうに語る道雪のおばあ様であるが、僕の観察は不要じゃないかな?
あの舞の日から、おばあ様は時折こういう冗談を言うことが増えた。
「宗麟には、評定の前に一言だけ申した。惟将が何か察して書き始めた様子であれば、終いまで書かせてから指せ、とな」
「はい?」
「まさかお役目を振って前線に出すとまでは思わんかったが、まあ、よい」
おばあ様は、門司には新しい風がいるとおっしゃった。
おっしゃってくれたはいいが、買い被りである。
大友の鬼門、泥沼の門司を、僕ごときがどうしろというのか。
「おばあ様。僕は、槍が振れませぬ」
「知っておる」
「馬も下手です」
「知っておる」
「戦場に出ても、足手まといにしか―――」
「惟将や」
おばあ様は、そこで、僕の言葉を切った。
「槍働きのみが戦と思うてか?」
「……『勝兵はまず勝ちてしかるのちに戦いを求め、敗兵はまず戦いてしかるのちに勝ちを求む』」
「左様」
輿の上から、枯れ枝のような手が伸びてきた。
僕の袖を、掴んだ。
あの夜の縁側で、腕を掴まれた時と、同じ強さだった。
「そういう差配をする者を、戦場では何と呼ぶか知っておるか」
首を振った。
おばあ様は、袖を掴んだまま、低く言った。
「将、と呼ぶ」
◇
僕は門司を、泥沼と呼んだ。
言葉の通りだ。
大友と毛利の門司を巡った戦いは、ここ最近では毎年のように争っている。
前年は大友方が大敗しており、門司城だけでなく、その周辺の領土までも毛利方に取られている。
ここを奪還しなければ、毛利方に足場固めを進められ、九州の争いに毛利方が押し寄せる。
大友家をよりどころにする阿蘇家としてはなんとかそれは阻止したいところである。
これまで大友の戦に関しては無関係であった。
それなのに僕のような若輩を門司に入れるのは、それほどまでに、打開策が乏しいのであろう。藁にも縋る思いというやつかもしれない。
敢えて言おう、馬鹿である。
ばーかばーかと宗麟様に文句をつけた。
僕は、立花の屋敷の縁側で、膝を抱えていた。抱えて、動けなかった。
怖かったからだ。情けない話だが、本当に怖かった。
初陣の時も怖かった。
けれどもあの時は、ほんの少し策を出しただけだ。
それを戦の形に組み直して、実際に兵を動かしたのは宗運だった。
今回は、違う。
お役目がある。仕事がある。
そして、その仕事を間違えれば、兵が困る。
兵が困ると軍が止まる。
軍が動けないと、蹂躙される。
僕の差配で、人が死ぬかもしれない。
悪態だって、つきたくもなる。
庭の白砂に、鍛錬の柱の影が長く伸びている。
宗茂殿が、立花家に養子として来た日から、毎朝打っている柱だ。
抉れた跡に、夕日が溜まって赤く見えた。
「惟将殿」
背後から声がかかった。
床板が、ぎ、と一つだけ鳴る。
知っている足音だった。
振り返らずとも察する。
「宗茂殿」
「こちらでしたか」
宗茂殿は隣に腰を下ろした。
膝が触れそうな距離。いつもより近めに感じた。
身を引こうとして、やめた。
そんなことを気にしている場合ではない。
「お聞きになりましたか」
「聞きました。門司へ、行かれるとか。お役目を賜って」
「はい」
「実は、わたしも、行きます」
思わず横を向いた。
宗茂殿は、庭の柱を見ていた。
夕日が、赤い髪の輪郭を、さらに赤く縁取っている。
「宗茂殿が?」
「初陣にございまする」
言い終えてから、こちらへ顔が向いた。
僕を見る目つきが、鍛錬の柱を見ていた時と同じだった。
打ち込む前に、どこを打つか決めている目だ。
「惟将殿。一つ、お願いがございます」
「なんでしょう」
「わたしを、鍛えてくださいませ」
鍛える?誰を?僕が?宗茂殿を?
ご冗談を。
頭の中で並べ直しても、どこにも辻褄が見つからない。
「あの。今、なんと」
「鍛えてくださいませ」
「宗茂殿。僕は、槍が振れませんけれども?」
「存じております」
「では、なぜ?」
今度は、返事が来なかった。
宗茂殿の唇が、一度開いて、何も言わずに閉じた。
この人が言葉を探して口ごもるのを見るのは、初めて会った日以来かもしれない。
「わたしは、槍は振れます。馬も乗れます。弓も、鉄砲も、一通りは。ですが―――」
「もしや兵法の方でございますか?」
頷かれた宗茂殿の指が、袴の膝を、きゅっとつまんだ。皺が寄る。
柱を打ち抜く手が、布一枚を持て余していた。
「いくら強くとも、わたしはこのままではただの一兵卒です。立花の家名を背負う将になるならば、当たり前のように分からねばならぬことが、わたしには分かりかねます。あれほど惟将殿に教えていただいたことも、まず何を見ればよいのかすら、整理がつかず」
あれだけの体と腕がありながら、この人は、目の置き場に迷っている。
「母―――いえ、紹運殿には、高橋家を出るまでに、一から十まで教えていただきました。ですが、合戦の最中の陣の行方だけは『今は見れば、分かる』とだけ仰います」
「紹運殿らしい」
「はい」
理屈を並べるより、今はまず体に任せよ、ということだろう。
初めからああ考えろ、こう考えろと言えば、かえって足が止まる。宗茂殿は、そういう人だ。
言葉の足りない、あの人なりの親心なのだろう。
宗茂殿にも、それは分かっているらしい。口の端が、ほんのわずかに上がった。
未だ笑い慣れていない人の笑い方だった。
「ただ、惟将殿は今朝、あの場におられた方々をちゃんと見ておりました。誰が喋り、誰が黙っていたかを。わたしは、あの場の末の方で見ておりましたが、おそらく惟将殿と同じ場におっても、何も言えずにおったかもしれません」
末の方。警護役であったのだろうか。
場に参加していた方々の動向に夢中で、その周りに誰がいたかなど、僕こそ何一つ見ていなかった。
「宗茂殿。僕が教えられることじゃないです。僕が数えたのは、僕が武術を知らないからです。宗茂殿は、槍が振れます。槍が振れる人は、槍働きの視点でまずは見るべきです。僕は振れないので、言を飛ばすしかないだけです。できないことに手を伸ばして、両方を今うまくやろうなんて、できないかと」
宗茂殿は、庭の柱に目を戻した。
柱の抉れを一つずつ数えるように、視線がゆっくり下りていく。
いちばん下の傷まで下りきったところで、首が横に振られた。
「そうも言ってられぬのです。高橋家の者ならば、まだよかったかもしれない。しかしもはやわたしは立花家の者です。母上は、全体を見ます。槍働きだけでは、ダメなのです。先手の頭(かしら)でも、ダメなのです。口も出さねば―――」
そこで声が一段、沈んだ。
「初陣にございます」
「はい」
「無知では、人が死にます」
さっきまで僕の胸の中で鳴っていた言葉と、同じだった。
僕の差配で、人が死ぬ。それと同じことを、宗茂殿は思っている。
立っている場所は違うかもしれない。
しかし同じ崖の縁から、同じところを覗いている。
抱えていた膝を、離した。足を下ろして、座り直す。
「宗茂殿。あのですね」
「はい」
「貴女。案外欲張りさんですね」
「欲張り?」
「いいですか?誰も、貴女にいきなり大将をやれとは言っておりません。まずは落ち着いて先達の方々の後ろについていくことからはじめませんか?」
隣の顔を、下から見上げる。
同じように座っていても、この角度になるのは悔しいけれど。
なんともないような顔で、僕は宗茂殿を落ち着ける。
「ですが、宗茂殿。後ろについていくだけでは、物足りないのでしょう?」
「はい」
宗茂殿の指が、また袴をつまみかけた。
その指先に、自分の手を重ねて止めた。
「では、こうしましょう。陣は、僕が見ます。どこの旗の色が悪いか。誰の足が浮いているか。敵が、どこで嘘をついているか。それは、僕が全部見つけます。見つけたところを、宗茂殿が突く。槍で、馬で、宗茂殿の声で」
「わたしが、突く」
「はい。僕の知恵と、宗茂殿の槍働き。二人で、一人前の将です」
宗茂殿の目が、重ねた手の上に落ちた。
落ちたまま、しばらく動かなかった。
「二人で、一人前」
「一人で全部見通せる将なんて、おばあ様くらいのものです。最初からあの方の背中を一人で追うから、目の置き場に迷うんです。半分は、僕に預けてください」
「では、残りの半分は」
「門司までに、僕が教えます。陣の見方も、兵糧の回し方も、故事も。道中、馬の上でもです。だから―――」
重ねていた手を、そのまま握った。
握って、縁側から腰を上げた。
「僕についてきてください。宗茂殿の師として、門司まで引っ張っていきます」
握った手を、思い切り引いた。
びくともしなかった。
縁側に根でも生えたように、宗茂殿の体は一寸も動かない。
腰を入れて、もう一度引いた。
足袋の裏が、板の上でずるりと滑った。
「あの。立ってもらえますか」
「はい」
宗茂殿は、僕の手を握ったまま、自分の足ですっと立ち上がった。
立ち上がっても、握った手は離れなかった。
夕日を背にした大きな影が、僕の上にすっぽりと被さった。
「では、師匠。まず、何から」
「師匠はやめてください」
「なぜでしょう。師として、と仰ったのは惟将殿にございます」
「言いましたけど!!言いましたけども!!」
「左様でございますか。では、惟将殿。まず、何から」
「地図からです。豊前の地図を、屋敷にあるだけ全部」
「承知いたしました」
握られていた手が、ようやく解かれた。
宗茂殿は踵を返して、廊下の奥へ歩いていく。
床板が、いつもより速い間で、ぎ、ぎ、と鳴っていった。
◇
その夜、自室で綴りを開いた。
新しい頁に、こう書いた。
『門司へ行く』
たった五文字が、行灯の明かりで妙に黒々と見えた。
墨が乾くのを待つ間、今日のことが順に浮かんでくる。
評定の間。宗麟様の頼み。袖を掴んだおばあ様の手。
そして、宗茂殿の信頼。
『見逃さぬこと』
門司に入るにあたって、事前情報を片っ端から読み解く。
筆に墨を含ませ直して、まず肝要なことを書きだす。
『一、誰が喋り、誰が黙っているか』
『二、兵の飯が、どう変わっていくか』
『三、城主の膳が、去年とどう違うか』
三つ目で、筆先が紙から浮いた。
なぜこれを書いたのか?
僕はその行をつぶそうとして、やめた。
肝心な気がした。
人が本当に困っているかどうかは、口より、膳の視点で見た方がよくモノを語る。
僕はそれを御船で見た。
綴りを閉じて、行灯を吹き消した。
暗がりで、天井の木目がぼんやり浮いている。
怖い。やはり、怖い。
夕方よりましだけれども、しかし怖いことに変わりはない。
初陣の日のことを思い出した。
あの日、傍には宗運がいた。
その周りには阿蘇谷の兵がいた。
だが今、僕の手札はなにもない。
他人の手札で進む合戦を、僕はどう乗り越えるべきか。
……やることは同じだ。宗茂殿に言った通りである。
ただ今は、僕に割り振られた役割を全うするのみ。
◇
門司への出立の日。
障子が白んだ頃、廊下にあの重さの足音が来た。
「惟将殿。おはようございます」
「はい」
「お休みに」
「十分に」
文机に散らばった板を、宗茂殿がしげしげと見ている。
「準備万端です。やる気マンゴスチンです」
宗茂殿は僕の言葉に何も言わず、僕の正面にしゃがむと、目元を指でそっとなでた。
目元につけていたおしろいが、彼女の指先につく。
「……なにか?」
「いえ」
宗茂殿はなにか言いかけて、閉じて。
文机の前に屈み込むと、散らばった板を一枚ずつ拾い、順番を崩さないよう重ねて、胸に抱えた。
ついでに僕の首根っこをつまみ上げた。
「なぁにこれ?」
「惟将殿は馬が不得手とのことで、門司へはわたしの馬に乗ってもらいます」
「聞いてない」
「道雪様―――母上のいいつけです。ご容赦を」
ぷらぷらと足が宙に浮いた状態で、僕はまるで猫の様に連行される。
「宗茂どのー、降ろしてよー」
「門司には少し距離がございます。馬上でどうぞお眠りください」
「無視?ねえ無視?」
「わたしが、後ろから押さえます」
「あすなろ抱き!?それ、余計に眠れなくないですか!?」
「なぜでしょう?」
首が、こてんと傾いた。
宗茂殿は本気で分かっていないという顔をしていた。