阿蘇惟将、頑張る ~阿蘇家で廻る、TS九州三国志~   作:NoRAheart

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13話

◆原田義種◆

 

 

なにか降ってきた。

それを原田と赤川はそれぞれの陣の中で見ていた。

それは霧の中から空を切って、重量のあるものであった。

どしゃりと、それが自陣の真ん中に落ちた。

 

それは人だった。人の、上の半分だった。

冷泉だった。

 

 

「ひっ!?」

 

 

原田は冷泉を頼りにしていた。

自分よりも優秀な人物であることは、これまでの冷泉の指揮から、知れていた。

だから全く、彼が死ぬなんてことは、原田の頭の中には毛頭なかった。

要領悪く、気弱であるため小さくなりがちな自分の言に、嫌な顔一つせずに二度話してくれる、とてもよい人だった。

それが袈裟斬りされた状態で、無残な死体で飛んできた。

 

空から降ってきたように錯覚した原田であったが、城から投げ捨てられたのは確かだった。

確かであったが、原田は怯えながらも、なんとか疑問を持てた。

門まで、どれほどあると思っているのかと。

 

弓でも届かない距離である。

なのに人が、空から降ってきた。

ありえない。

投げつけてきたのであれば、どんな怪力であるか。

 

 

「うぁああああああああ」

 

 

兵が、崩れた。

崩れたのは、前の列だけではなかった。

後ろの列は、何が降ってきたかを見ていない。

見ていないまま、前の列が叫んで逃げてくるのを見た。

見て、逃げた。

裏崩れだ。

 

 

「止まれ!!止まらねえか、てめえら!!」

 

 

隣の陣で、赤川が吼えていた。

特攻服の裾を翻して、逃げる兵の前に立ちはだかる。

釘バットが、唸った。

先頭を走ってきた兵が一人、頭を打たれて転がった。

二人目が、腕を打たれて転がった。

 

 

「逃げんな!!前向け!!冷泉の兄ちゃんの仇は、あの門の中だろうが!!」

 

 

三人目を打ち倒したところで、兵の誰かが叫んだ。

 

 

「『山の神さま』の祟りだ!!」

 

 

叫びが、叫びを呼んだ。

 

 

「冷泉様が言うておられた!!この山には、『山の神』がおる!!」

「門の上の巫女さまは、『山の神さま』のお使いだ!!」

「呪われてたまるか!!」

「どけ!!どけぇ!!」

 

 

赤川の前で、兵の流れが止まらなかった。

止まらずに、そのまま赤川の上に、兵がなだれ込んだ。

釘バットが一度だけ、人の頭の上に見えたが倒れ、それきり見えなくなった。

逃げる足が何百と、その上を通り過ぎていった。

 

 

「あ、赤川殿!!」

 

 

原田は叫んだ。

しかし叫んだ声は、なんの意味もなさなかった。

兵の流れが過ぎた後に、特攻服が、泥にまみれて落ちていた。

ぐちゃぐちゃになったその中身が、二度と動くことはなかった。

 

 

◇

 

 

散った兵を呼び戻すのに、一日かかった。

原田は、声が大きくない。背も高くない。

軍議では、いつも、言いかけたことを最後まで言えずに終わる。

その原田が、一日、陣の中を歩き回った。

逃げた兵を一人ずつ探し出し、一人ずつ眼鏡越しに顔を見て、なんとか人をつなげた。

 

 

「戻ってください。お願いします。赤川殿の隊も、わたしが預かります。お願いします」

 

 

怒鳴りはしなかった。

怒鳴れなかった。

ただ、何度でも、頭を下げた。

頭を下げる将の前で、兵は、ばつが悪そうに、一人、また一人と列に戻った。

一日かけて戻した兵に、もう一度門を見上げさせるのに、もう一日かかった。

その二日のあいだ、門は、開いたままだった。

霧が晴れても、日が暮れても、朝が来ても、開いたままだった。

中から、誰も出てこなかった。中から、何の音もしなかった。

開いた門の奥は、暗かった。

暗いまま、こちらを向いていた。

 

 

◇

 

 

三日目に、ようやく門をくぐった。

門の内には大友の兵は一人もいなかった。

いたのは、毛利の兵だった。

首のない骸が、門の内にずらりと並べられていた。

乱れていなかった。

一人ずつ、仰向けに、足を揃えて、同じ向きに並べてあった。

戦の跡ではなかった。弔いの跡でもなかった。

見せるために並べたのだと、並べ方が言っていた。

次はお前だと言っていた。

原田は、それを見て吐いた。

 

その並びの端に、冷泉の下の半分があった。

隣に、首のない桂が寝かされていた。

後ろで、兵がざわめいた。

 

 

「やはり『山の神さま』だ」

「神の門に踏み込んだからだ」

「首だけ取られたんだ」

 

 

ざわめきが、また、広がりかけていた。

 

 

「ち、違います」

 

 

原田は、言った。

言ってから、自分の声が、思ったより大きく出たことに驚いた。

 

 

「ここに『山の神』なんて、いません!!これは、人がやったことです!!」

 

 

『山の神』など、信じていなかった。

骸の首の切り口が、どれも、刃物の跡だった。

並べた者がいる。運んだ者がいる。足を揃えた者がいる。

 

人だ。

全部、人の仕業だ。

そう思った瞬間、はっとした。

 

人の仕業なのだ。

 

冷泉は、原田よりずっとずっと賢かった。

山の道で二日、罠を一つずつ見抜いて、兵を減らさずに麓まで来た。

夜の正面を読み、空城の計を疑い、斥候を出し、伏兵の音を確かめてから、門をくぐった。

桂も、原田よりずっとずっと強かった。

幾多の戦場を駆け抜け、兵をよく統率し、白髪の生える歳まで衰え知らずの猛者であった。

その二人が、首まで取られてここに寝かされている。

こうした者がいる。

殺した者がいる。

 

こちらの手を全部先回りして、門の内で待っていた者がいる。

それが、今、どこにいるのか。

原田は、ゆっくりと、首を巡らせた。

石垣。塀。櫓。本丸へ続く坂。

どこにも、人影はなかった。

 

なんで?

 

門の上の巫女は、どこへ行った。

 

三百はいたはずの大友の兵は、どこへ消えた。

 

消えたのではない。絶対にどこかに、いる。

 

今も、どこかから、見ている。

 

 

 

 

 

 

――――次は、自分だ。

 

 

 

 

 

 

冷泉が嵌められたのなら、自分なんて、もっと容易い。

この城に入ったのも、もしかしたら、入らされたのかもしれない。

門を開けたまま空にしたように見せかけているのも、七千ごと、私も含めて、この狭い山の上で絞り殺す算段かもしれない。

いやそんなことをしなくとも、私だけを殺せばいい。

なまじ将になるだけの賢さはあった原田は、中途半端な賢さがあったからこそ、疑心暗鬼が止まらなかった。

考えて考えて、それをやめられなかった。

 

眼鏡の奥で、目が、勝手に動く。

塀の影。坂の上。櫓の窓。

どこを見ても、そこに誰かがいる気がした。

 

 

「……退きます。今すぐ」

 

 

声が、震えていた。

 

 

「原田様?」

「退きます逃げますここは危ないです門司まで行きます!!」

「し、しかし、城は」

「し、城なんていりません!!こんなところにいたら、皆首を取られちゃいます!!」

「原田様!!?」

 

 

真っ先に走り出した原田の背を見て、兵たちが、顔を見合わせた。

見合わせて、それから、誰も逆らわなかった。

誰も、この城に、一刻も長くいたくなかったのだ。

 

原田は結果として、自分の手勢と赤川から預かった兵を残して、真っ先に香春岳を降りる形となった。

小早川様の下知も無視していた。

苅田にも、小倉にも、使いを出していなかった。

香春岳城の門は、開いたままだった。

 

 

◇

 

 

門司に逃げ帰った原田は、のちに捕らえられ、切腹を命じられた。

毛利の下知である。

 

ひとつ。

下知なく陣を引いたこと。

 

ひとつ。

預かった城を、取ったその日に捨てたこと。

 

ひとつ。

冷泉、桂、赤川の遺体を回収しなかったこと。

 

ひとつ。

香春岳を取ったその足で、小倉か苅田へ回っていれば、小倉は落ち、苅田の大友の横腹を突けたかもしれないこと。

それをせずに門司へ逃げ帰ったことが、門司の敗北を決定づけたとされた。

 

しかし切腹を命じられたはずの原田は、牢の中で、ほっとした顔をしていた。

「やっと眠れます」とだけ言って、それ以降口を一切開かなかった。

次に看守が見た時には座り込んで、眠るようにこと切れていた原田の姿であった。

睡眠障害を患い、心臓が持たなかったと見られている。

 

 

◆阿蘇惟将◆

 

 

宗茂殿の馬に、わたくしはまた一緒に乗っていた。

前にわたくし、後ろに宗茂殿である。

列は、ゆっくり進んでいた。

喋る者は、一人もいなかった。

蹄の音と、具足の擦れる音だけが、山道に続く。

 

そんな中で、わたくしは、ずっとぐるぐると考えていた。

自分の考えの足りなさに反吐が出ていた。

 

死んだ。わたくしの策で。人がたくさん死んだ。

阿蘇谷のためだと言い聞かせた。大友のためだと言い聞かせた。

けれども言い訳だろうと、『僕』がわたくしに指をさす。

本当にあの手しかなかったのか?

あの毛利方の被害を、もっと減らせたではないか?

そもそも衝突を避けられる手段が取れたのではないか?

怠慢を、恥じた。

 

『そもそも、戦を止めるには』

 

綴りに一筆入れた。

記憶するためだ。

どんなに荒唐無稽でも、わたくしが考えなければならないことだ。

そうでなければ、わたくしはどんな手を用いてでも、相手を貶める策を取る。

下策だ。こんなもの。

わたくしは断じた。

 

 

「惟将殿」

 

 

綴りを閉じて、しばらくのち。

無言であった宗茂殿が口を開いた。

 

 

「一つ、伺ってもよろしいですか」

「どうぞ」

 

 

背中の向こうで、息を継ぐ音がした。

 

 

「門の内で死んだ者の数を、ご存知ですか」

「知りません」

 

 

即答した。嘘だった。

香春岳城で亡くなったのは、百十一人。

毛利方が、百七。こちらは、四人。

その数を、昨夜のうちに数えた。

数えて、綴りに書いた。

 

 

「本当に、ご存知ないのですか」

「知りません。知っていても、宗茂殿には教えません」

「なぜですか」

「逆に聞きます。なぜですか」

「……」

「終わった戦に、将がむやみに数を気にしてはいけません。数を気にしては、次からは手が鈍ります。鈍ったら、もっと死にます。だから、数えてはいけません」

 

 

この人は、初陣である。

初陣で数を数え始めた将は、次から踏み込めなくなる。

踏み込めない将の下で、兵が死ぬ。

だから、言わない。教えない。

そう決めていた。

 

背後からの返事は、なかなか来なかった。

蹄の音だけが、続いた。

 

ふと背中に、重みがかかって、わたくしの体が後ろへ引かれた。

胴に、両腕が回っていた。

加減されためいいっぱいで、わたくしは腕に抱かれていた。

 

 

「宗茂殿?」

 

 

返事がなかった。

 

 

「宗茂殿、苦しいです」

「我らは」

 

 

やっと声を発して、しかしまた口をつぐんで、宗茂殿の腕がさらに締まった。

息を吸って、吐いて、そしてようやく続きが来た。

 

 

「我らはふたりで、一人前だと言ってくれたではありませんか」

 

 

震えていた。

腕が。

揺れていた。

声が。

あれほど心強かった武者が。

今は普通のお人に思えた。

 

 

「全部、数えておられます。そちらの綴りに」

「書いていませんよ」

「書いておられます。わたしはしかと見ております」

 

 

喉が、怯えを発していた。

 

 

「初陣でした。今更ながら、斬った者らの顔が思い浮かびまする」

「無理もないことかと」

「しかし惟将殿がいてくださいました。惟将殿の知恵で、わたしの槍と太刀は鈍らずに済み申した。惟将殿がいてくださったから。半身が惟将殿にあったから、わたしは無事でありました」

「そんなことはなかったかと」

「そんなことありました。ひとりであればきっと、あれこれと考えて、無事では済まなかったと思います。わたしの手柄の悉くは、惟将殿の言葉の上に立っておりまする」

 

 

宗茂殿の腕が、よりわたくしの身体を絞める。

痛いなぁと、わたくしは宗茂殿の腕をポンポンと叩く。

 

 

「なのに、知らぬと仰る。わたしに、数えさせぬために。わたしの手が鈍らぬように。わたしが、次に踏み込めるように。惟将殿の心は二の次にして」

 

 

返す言葉が、どこにもなかった。

前を向いたまま、揺れる馬の首を見ていた。

 

 

「香春岳で惟将殿が敵の将に斬られそうになった時」

 

 

腕が、また一段、締まった。

 

 

「わたしの半身が失われる思いでした。とても胸が張り裂ける思いでした」

「あの時は助かりました。とても怖かったです」

「嘘です。あの時の惟将殿は―――」

 

 

宗茂殿は言いかけた言葉をためらって、ついには言わなかった。

けれども、何が言いたいのかを、よくよく察した。

だから「よくないな」と、わたくしは思った。

 

紹運殿の言葉を思い出す。

「宗茂殿を、どうかお頼りいただけませんか」と言われたことを思い出す。

 

 

「惟将殿は、わたしの半身であります。今回だけとは言わず、これからも惟将殿を守りとうございます。ですからどうか―――」

 

 

でも、これは違う。

今の宗茂殿は、頼りにしてはいけない。

これは「依存」である。

だからわたくしは、これ以上この人の近くに近づいてはいけない。

 

わたくしは宗茂殿の腕をするりと抜けて、馬を降りた。

降りて、わたくしは畏まった。

 

 

「立花様におかれましては、此度の香春岳にて、毛利の先手の大将を討ち取られましたこと、まことに祝着至極に存じまする」

 

 

言葉遣いを改め、線を引きなおす。

驚く宗茂殿に、わたくしはただ平伏する。

 

 

「立花の御家にとりましても、大友の御家中にとりましても、これに勝る誉れはございませぬ。わたくしは大友家の人質の身。これ以上、立花様のお馬に相乗りさせていただくわけには参りませぬ」

「そんな」

「立花様の今後ますますのご武運とご活躍を、末席より、お祈り申し上げております」

 

 

そう言って、わたくしは宗茂殿の前から失せ、隊列の後ろに並びなおした。

酷く傷ついた宗茂殿の顔が一瞬見えたが、わたくしはなんら思うことはない。

 

 

 

 

 

宗茂殿。

 

そもそもです。

 

あなたを香春岳に連れてきたことからして、謀りでありますから。

 

だからあなたは、わたくしになにも思うことはなくて良いのです。

 

 

 

 

 

◇

 

 

苅田に戻ったのは、香春岳を出て二日目の夕刻だった。

陣の門をくぐると、兵糧蔵の前に、香月殿が偶々いらっしゃった。

ちょうどよいと思い、香春岳以外の戦線の話を伺った。

 

小倉には兵一万が迫り、紫川の渡しで、田原隊が四千の兵でそれを止めたという。

 

平地である。

一万に押されれば、ひとたまりもない。

田原隊は、あえて川を背に陣を張った。退く場所を自ら消し、死守の構えを取って相対したという。

二日目には小倉の外構えが破られた。三日目の朝には半数の兵を失い、それでもまだ持ちこたえていたそうだ。

 

一方の苅田の前には、小早川隆景自らが三千で出てきて、寡兵とは思えない用兵でかく乱してきたという。

押せば引き、引けば寄せる。昼は旗を振って誘い、夜は火を用いて惑わせた。

しかし道雪のおばあ様は、この一切に乗らなかったそうだ。

苅田の陣の前に見えない線を一本引いて、その線の上で、毛利の三千と睨み合い続けていたそうだ。

そこへ、香春岳の麓から引いた紹運殿が戻った。

紹運殿はおばあ様から後詰の兵を託されると、休む間もなく小倉へ急行した。

あわや全滅の危機にあった小倉を、横合いから押し返したそうだ。

 

どこの戦も、勝ちも負けもしないまま、止まっていた。

止まっていることが、大友の勝ちだった。

 

香春岳から引いて三日目の朝、毛利が空の香春岳に入ったと、おばあ様の手の者より報せが来た。

しかし香春岳を取ったはずの毛利方は、その日のうちに、何故か門司へ引いたそうだ。

報せを聞きながら、わたくしは、懐の綴りに着物の上から手を当てた。

香春岳の死者の死が無駄にならなかったとほっとした。

 

 

◇

 

 

御沙汰が届いたのは、その次の日の昼過ぎだった。

京から下ってきた奉行衆が、苅田の陣の広間で、宗麟様をはじめ居並ぶ諸将の前に、御沙汰の書を広げた。

 

『関門の海峡は、諸国の要路である。いずれの家も、往来の船を妨げてはならぬ』

 

『門司城の帰属については、公のものとする。どなたもこれを侵してはならぬ』

 

『よって大友、毛利の両家は、当地における戦を止めよ』

 

『背く者は、如何なるものであっても朝敵とみなす』

 

しばらくは静寂であった。

奉行衆の手前、誰も声を上げなかった。

皆が皆、膝の上で拳を固め、こみ上げる思いを堪えていた。

奉行衆が去って、やっと誰かが、大きく床を叩いた。

一人目が叩くと、二人目が「やった」と呟いた。

やがて広間全体から歓声が上がった。

上座の宗麟様が、鞭を高々と掲げていた。

わたくしは末席に座って、それを見ていた。

 

門司の戦いが、決着した。

 

 

◆小早川隆景◆

 

 

小早川隆景は、沙汰の件を、陣の中で聞いた。

小倉が落ちず、香春岳も連絡が途絶え、苅田はいくら挑発しても乗ってこない。

舐められて堪るかと、敵陣への突撃を試みようとする寸前であった。

 

 

「殿」

「にゃ」

「届きました」

「にゃぁ…………畜生にゃぁああああああああ!!!」

 

 

恵瓊が持ってきたその一言で、隆景には充分であった。

馬上から隆景は軍配を地面に叩きつけた。

隆景は馬からぽとりと降りて、部下の持ってきた床几に座った。

尾が地面に垂れて、しばらく天を仰いだまま動かなかった。

 

 

「小倉は? 十分な兵を与えたはずにゃ」

「あと一歩のところで高橋紹運が横合いに現れ、取れませんでした」

「香春岳は? 報告まめな冷泉から、連絡が来てないにゃ」

「討たれました」

「えっ、は?」

「冷泉が行軍記録を書かせていた近習が、先ほど記録を持ってまいりました」

「見せるにゃ」

 

 

冷泉から城にとりつく前までの報告は受けていた。

敵将は高橋紹運および赤髪の武者。

僅かな手勢、推測で三百ほどにかく乱を受けているが、行軍に支障なし。

これより夜陰に乗じて香春岳城にとりつくと。

 

その先の話を、隆景はパッと読んだ。

読んで、頭を抱えた。

 

 

「冷泉だけじゃなくて、桂も討たれて、赤川は味方に踏み殺されて、その上、原田が逃げてるにゃ」

「寡兵相手にそんなまさか」

「しかも向こうは、一騎も損なってないにゃ」

 

 

記録をもう一度、読み返す。

今度はちゃんと読んだ。

読み返して、隆景は首を傾げた。

また読み返した。

しかし「なあにこれー」と、頭が理解を拒否した。

 

 

「夜襲の看破。空城の計。謎の巫女。消えた大友の兵。ここまでは、まだ何とかわかるにゃ。でも死体が上から降ってくるって、何にゃ」

「死体をうえに投げたものかと」

「簡単にいうにゃ。そんな怪力いてたまるかにゃ」

「全くですな」

 

 

実際には宗茂の力技であったが、隆景と恵瓊には知る由もなかった。

しかし超常現象とは思わなかった。

他の策が、ふたりの中では説明がつくものであるため、これもまたトリックがあるはずだと理解した。

ただ、トリック自体は特に重要ではなかった。

それが及ぼした影響が、問題であった。

 

 

「どうやったかは分からないけれども、そんなことされたら、兵は門を怖がるにゃ」

「陣中では、『山の神』と申しております」

「『山の神』?」

「香春岳には山の神がおわし、神の門に踏み込んだ者は首を取られる。門の上の巫女は、その使いであったと。赤川殿を踏んだ兵も、そう叫んでおったそうにございます。七千の端まで、もう届いております」

「結果、三百の兵を一人も討ち取れず、こちらは七千の兵で香春岳を落とせず、少なくない損害を受けて、貴重な将を三人も損なったにゃ」

「左様にございます」

「ああ、もう、阿蘇惟将め」

 

 

隆景は、どこか嬉しそうに断言した。

恵瓊は唐突に出てきたその名に、特に驚きはしなかった。むしろ彼は首肯した。

冷泉の近習の記録に、その名はない。ないが、ふたりには香春岳の将が惟将であることの察しがついていた。

 

 

「紹運は小倉に見えております。香春岳の将であるという線はありませぬな」

「たぶん香春岳には遊軍と城の守備隊がいたにゃ。紹運が麓でかく乱して、時間を稼ぐだけ稼いで撤退したのにゃ」

「寡兵であるのに、それをさらに減らすのですか」

「おそらく香春岳に抜け道があるにゃ。ほんのわずかな。だから余計な兵を入れていなかったにゃ」

「赤髪の武者は立花宗茂ですな。元高橋家の若武者。優秀だと聞きまするが、こんな手を使う人物とは確かに聞きませぬ」

「というか、びっくりにゃ。まさか人質を将に据えるなんて、宗麟大胆にゃ」

「いえ、そこは異なるかと。据えられたのではなく」

「……自分から入ったにゃ? 絵を描いた本人が」

「左様にございます。あの方なら、そうなさいましょう」

「となると、狙いは、どこを取らせても損をさせることにゃ」

「香春岳を取っても、香春岳自体にうま味はなく、小倉や苅田だけ落としても香春岳が睨んでいる」

「まさに『鶏肋』にゃ」

 

 

隆景は肩を落とした。

隆景と恵瓊の完全な敗北であった。

 

 

「回し戸、どこも回らなかった。わたしはどこかが落ちることを期待した。でもその実、この期に及んで、欲張ってしまった。結果、小倉は落ちきらない、香春岳は遅れ、苅田の大友は挑発しても一歩も乗ってこなかった」

「殿」

「……引きます」

 

 

隆景が、立ち上がった。

 

 

「門司も、香春岳も、置いていく」

 

 

持っていても、門司はもはやただの岬。

香春岳は山城である。

なんら毛利に得することはない。

 

 

「恵瓊、お願いがあるにゃ」

「なんでしょう」

「阿蘇家に繋ぎを作っておいてほしいのにゃ」

「……なにゆえにございましょう」

「なんでって、もちろん求婚するためにゃ?」

「はっはっは、ご冗談を」

「……」

「ご冗談に、ございますな?」

 

 

暫くのち、隆景から阿蘇家へ幾度も惟将宛ての恋文が送られていたことが、後年の研究で判明している。

しかし惟将の妹の惟種が、これをすべて内々に処分していたため、隆景の手紙が惟将の目に触れることは一度もなかった。

 

 

◆阿蘇惟将◆

 

 

毛利が引き始めた。引き際が、恐ろしく綺麗だった。

荷を先に引かせ、兵を段に分け、後ろから順に下げていく。

追い討ちをかける隙が、どこにもない。

 

 

「追うな」

 

 

道雪のおばあ様が命じた。

誰も、異を唱えなかった。

追えないことが、見れば分かったからである。

 

わたくしは丘の上から、その列を見送っていた。

見送っているうちに、列の後ろの方に、小さな影を見つけた。

馬上である。

遠くて、顔は見えない。

だが、その影は、こちらを向いていた。

向いたまま、手が上がった。

おーい、おーいと、わたくしに手を振っているようであった。

見間違いでなければ、耳と尾がついているように見えた。

きっと疲れているのだと、言い聞かせた。

 

 

「惟将や」

「はい」

「ご苦労であった」

 

 

背後で、道雪のおばあ様が一人座っていた。

輿の者が、珍しく近くにいなかった。

 

 

「……わたくしに、なにも聞かないのですね」

「宗茂の件では言いたいことはあるが、まずは惟将よ」

 

 

おばあ様は、ただ扇を、わたくしの肩に置かれた。

もう考えなくてよいと、言ってくれた。

だから僕は安堵して、嘔吐した。

張りつめ続けた線を切ってくれる人がいることに、僕はただただ感謝した。

 

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美香と河童木◎(旧題:ウイニングポス党)(作者:ZIPMAN)(原作:Winning Post)

気が付けば、そこは90年代の零細牧場!?▼実家を守るために、ウイポ知識で馬づくり▼やだ……実家の馬、弱すぎ!?


総合評価:7154/評価:8.88/連載:20話/更新日時:2026年10月08日(木) 18:00 小説情報


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