阿蘇惟将、頑張る ~阿蘇家で廻る、TS九州三国志~ 作:NoRAheart
◆立花宗茂◆
論功の評定が開かれたのは、府内に戻って半月後のことだった。
広間には、多くの将が並んでいた。
「……」
わたしは、末席から数えて三列目についた。
座ってすぐ、広間の端から端までを一巡りした。
惟将殿が、いない。
香春岳から苅田へ戻る山道で、あの方は馬を降りた。
地に平伏して、他人行儀な態度でわたしに何事かを言った記憶がある。
何を言われたのかは、記憶から飛んだ。
立花様と呼んだ。
それきり、一度も「宗茂殿」とは呼ばれていない。
もう一度、呼んでほしかった。
惟将殿がつけてくださったその名で、わたしを今一度呼んでほしかった。
「第一の功。立花道雪殿」
「苅田の軍をよく率いて、毛利方を寄せ付けない軍配は未だ衰えなし」
論功は、いつの間にか始まっていた。
第一の功が総大将であるのは、大友家中では通例であった。
事実、目立った功績は惟将殿のものだけれども、恙無く大軍が苅田にあり続けられたのは、母上の差配が大きい。
その土台無くして、苅田の軍団はなかったと言える。
であるから、惟将殿の名が挙がるのは第二の功。
わたしは、そう確信を持っていた。
「第二の功―――
―――立花宗茂殿」
「えっ?」
ざわめきが、広間を走った。
初陣の者が、第二の功かと、香春岳を知らない者は皆わめく。
知っている者は、皆困惑した。
読み上げが、続いた。
「陣中に潜んだ毛利の内応を洗い出し、豊前の国人衆の叛意を鎮め」
違う。
「苅田の兵糧を差配して、四十日の滞陣を飢えさせず」
違う。
「謀略の悉くを良く抑えた」
わたしのじゃない。
「香春岳にて、寡兵をもって毛利の先手を破り、先手の大将・冷泉元豊および毛利家譜代の桂元親を討ち取った」
「この功績、比類なし」
違う。
それは惟将殿のものだ。
黙れ。
何が起こっているのか分からなかったわたしは、混乱したまま論功を過ごした。
読み上げは、十を超え、二十を超えた。
ついに阿蘇惟将の名は、一度も出なかった。
膝の上で、袴の布が軋んだ。
全部、惟将殿がしてくださったことが、わたしの名に移されている。
大友は、いつからそんな恥知らずとなったのか。
『立花様におかれましては、此度の香春岳にて、毛利の先手の大将を討ち取られましたこと、まことに祝着至極に存じまする』
『立花の御家にとりましても、大友の御家中にとりましても、これに勝る誉れはございませぬ。わたくしは大友家の人質の身。これ以上、立花様のお馬に相乗りさせていただくわけには参りませぬ』
『立花様の今後ますますのご武運とご活躍を、末席より、お祈り申し上げております』
怒りでいっぱいいっぱいになっていたわたしは、ふと香春岳での、惟将殿の言葉を思い出した。
思い出して、わたしは一つの仮説に行き着いた。
思い出すのは、苅田の軍議の夜。
香春岳の抑えを任されたあの方が、副将に宗茂を、と言った。
初陣の者を副将かと抗議した紹運殿に、あの方は、譲らなかった。
あの時から、決めておられたのではないか。
香春岳で何が起きても、手柄は全部、わたしに渡すと。
「そんなに、たよりになりませぬか………」
わたしを副将に据えたのは、手柄を受け取らせる器が、そこに要ったからだ。
ただの容器だ。椀だ。
半身であると思いあがっていたのはわたし一人であった。
それが、とても悔しくて仕方がなかった。
殺してしまいたいほどに。
◆阿蘇惟将◆
論功の評定の三日前の夜のことである。
わたくしは、大友館の奥の一室にいた。
呼ばれたのではない。
願い出て、席を設けていただいたのである。
上座には宗麟様、その左右に加判衆。
道雪のおばあ様と、紹運殿。末席には香月殿。
大友の重臣と呼ばれる面々方が揃っていた。
公の場ではない。内輪の席だ。
その真ん中で、わたくしは平伏していた。
「礼儀はよい。無礼講じゃ。して、話とは何か、惟将」
顔を上げ、腹の底まで息を入れてから、口を開いた。
「三日後の論功にございますな」
「あるな」
「わたくしの名を、お出しにならぬようお願い申し上げたく」
「はぁ?」
座が、しんと静まった。
行灯の油が燃える音まで、聞こえた。
宗麟様の手の中で、鞭の先が止まった。
「惟将、理由を申せ」
「四つ、ございます」
一つ。
わたくしは、大友家の家臣ではない。
ただの人質だ。
その者が功に挙がれば、苅田の一戦に出ていない家中の方々が、いかに思われるだろう。
『大友の家臣は、人質に負けたか』と。
せっかくの武功が台無しである。
わたくしのせいで。
だから譲る。
大友のために。
二つ。
今回の戦において、阿蘇の兵は一兵たりとも出していない。
香春岳の門の内で死んだ四人も、小倉で死んだ田原殿の兵も、皆大友の兵だ。
兵を出さぬ者が上に立てば、兵を死なせた家が、納得しない。
三つ。
阿蘇家が小家であることだ。
その家の嫡子が九州中に名を売れば、南の島津、西の龍造寺が、まずもって潰しにかかるだろう。
小家が名を上げるのは、毒だ。
今の阿蘇に、その毒は飲めない。
四つ。
大友家は去年、門司で負けている。
その後、その敗戦が原因で豊前が揺れた。
だから今要るのは、大友家が盤石であると、方々に知らしめることである。
此度の功は、大友の家臣が、立花の次期当主が挙げたものとするのがよい。
おさまりが、よい。
深く頭を下げた。
「以上、四つにございます」
宗麟様が、鞭を投げた。
投げて、長いこと何も言わなかった。
「惟将。そなたの申すことは、正しい。一つも、間違うておらぬ」
「はい」
「正しいがゆえに、腹が立つ。そなた、何か一つでも、儂から受け取ったか」
「いいえ」
「そうだ、受け取っておらぬ。それどころか配ったそうだな。門司の陣で、国人の一人に銭を。大友からの準備金だと申して。儂は、そのような銭を出せと言うた覚えはない」
「さてなんのことやら」
惚けよってと、宗麟様はつぶやいた。
「なあ惟将。門司では、よく差配をしてくれた。儂が期待していたことを軽々と越えて、一人で毛利を抑えてと言っても過言ではなかろう。そんなそなたが、何も受け取らぬと言うか」
「言います。大友のためでございます」
「ふざけろ!!」
「お呑みなされ」
宗麟様がついに立ち上がって怒鳴るものの、わたくしが譲らないと知ると、しぼんだように元の座に戻られた。
「なぁ、我が藺相如よ」
そしてぽつりと、宗麟様はつぶやかれた。
「表立って、礼もさせてくれぬのか」
藺相如は、趙の人である。
武人ではない。兵を率いたこともない。
弁舌一つで趙の面目を守り通し、一兵も用いず、強国から国を守った人である。
その功で、歴戦の将軍よりも上の位に就いた。
将軍が妬んで辱めようとしても、争わずに身を引き続けた。
国家の急を先にし、私讐を後にするのみ、と言って。
「宗麟様は相変わらずご冗談がお好きでございますね。わたくしは藺相如ではございませぬ。こんな小僧相手におだてても、このかわいいお顔しか返すものがございませぬぞ」
「「「…………」」」
「ねぇなんか言って」
宗麟様は、鞭を取り直した。
「では、惟将。公の功は出さぬ」
「はい」
「その代わり、問う。何か望むものはないか。何でもよい。儂の名で、なんでも叶えてやる」
望みはある。
決めてある。
「では、一つ」
「おお、あるか。はよう聞かせろ」
畳に手をついた。
「わたくしのような人質をお気になさるより、何卒、大友の旗のために戦った者たちに、お報いくださいませ。わたくしの策のために、香春岳の門の内で死んだ四名。田原様のもとで、小倉を背に戦って死んだ者たち。その家々に、大友家からの見舞いをお出しいただきたく存じます」
やがて宗麟様が、答えた。
「出す。全部、出す」
それきり宗麟様は、もう何も言わなかった。
◆立花宗茂◆
評定が終わるなり、わたしは広間を出た。
出て、大友館の廊下を、惟将殿に与えられた客間まで、まっすぐに歩いた。
歩いているうちに、足が自然と速くなった。
速くなって、最後はもはや走っていた。
障子を引き開けた。加減を誤って、柱に障子が突き刺さったが構わなかった。
部屋の中で、惟将殿は文机に向かっていた。
顔がこちらを向く。
「おや立花様」
その呼び方で、わたしは最後の一線を越えた。
拳を振るった。
拳が、惟将殿の頬を打った。
軽い体が、文机ごと、部屋の奥へ吹き飛んだ。
「わたしは!!」
机の上のものが、宙に舞った。
紙だった。
何十枚もの紙が、部屋じゅうに散った。
「わたしは、受け皿ではございませぬ!!」
あの方は、壁際に倒れたまま、すぐには起き上がらなかった。
「惟将殿の手柄を受け取るために、副将に据えられたのでございますか!!わたしは、武士にございます!!手柄を恵んでいただく覚えは、ございませぬ!!」
返事は、なかった。
全くなかった。
惟将殿は、スッと正座に戻られて、微笑まれたまま黙られた。
それが、猶更わたしの怒りを助長した。
ふと足元に、紙が一枚。
はらりと舞い落ちて、ちょこんと寄った。
何気なくそれを拾い上げた。
そこに書かれた字を見る。
見慣れた字だった。
達筆な、惟将殿の字であった。
『香春岳にて、大友の旗の下に討死なされし、―――殿のご家族様へ』
門の内で、亡くなった兵の名が書かれていた。
どこの村の、誰の息子で、どこを守って、どう死んだか。
最後まで、門を守り抜いたこと。
その一人がいたから、他の者が生きて山を降りられたこと。
その者の死は、自分の策の上にあること。
詫びと、礼と、補償が、丁寧な字で、綴られていた。
わたしは、別の一枚を拾った。
『小倉の紫川にて、田原様の陣にて討死なされし、―――殿のご家族様へ』
また、一枚。
また、一枚。
部屋じゅうに散らばった紙は、全部、そうだった。
香春岳の四人。
小倉で死んだ、名も知らぬ兵たち。
その一人一人の家に宛てた、文だった。
論功の広間で、皆が手柄を数えていた時。
床を叩いて、歓声を上げていた時。
この方は、一人で、ここで、死んだ者の数を、一つずつ文にしていた。
足元から力がすうっと抜けて、わたしは落ちた。
怒りが、こぼれて消えた。
消えた後に、底のない穴だけが残った。
寒さがわたしの曇った頭を覚醒させた。
この方に、習ったことである。
いつでも、考えを止めるな。
相手の手を、相手の側から見よ。
「……人質だからでございますね」
声が、ぽつりと落ちた。
「人質が、大友の論功に名を連ねれば、家中が、人質に負けたと言われる」
惟将殿は、黙って、微笑まれたままで、わたしを見ていた。
「阿蘇の兵は、一人も出ておらぬ。死んだのは、皆、大友の兵。兵を出さぬ者が上に立てば、死んだ者の家が、納得しない」
手の中の文が、ずしりと重かった。
「阿蘇は、小家。名を上げれば、島津と龍造寺に、潰される」
一枚、この場にある一枚が。
重たいものだった。
わたしはそれを、気づかず足蹴にしていた。
「大友は、門司で一度負けた。だから、此度の勝ちは、大友の家臣の手柄でなければならない。豊前を、もう揺らさぬために」
言い終えて、手の中の文が落ちた。
わたしには、これ以上持てない重さが、文にはあった。
惟将殿の思いが込められていた。
「そして、死んだ者の家には、大友の名で見舞いと、この文を」
全部、全部、ぜんぶ。
この方は、とうに考えていた。
考えて、自分の名を消して、わたしの名に移して。
自分は客間で、死んだ者の家に文を書いていた。
そんな御方を、わたしは殴ってしまった。
手柄を恵まれたなどと、餓鬼のようなことに腹を立てて。
武士の面目だなどと、つまらぬことを言って。
ごめんなさい。
ごめんなさい惟将殿。
わたしは、貴方というお方に恵まれて。
わたしはここまで導いていただいたというのに。
この期に及んで、貴方を疑ってしまいました。
詫びなければと、強く思った。
だからわたしは、腰の脇差を抜いた。
「宗茂殿!!」
わたしは刃を、迷いなく腹へ向けた。
詫びるためだ。
しかし届かなかった。
惟将殿の小さな右手が、刃の前に差し込まれてしまった。
刃が、大事な御方の肉に入る感触がした。
惟将殿の右の手のひらを、脇差の切っ先が、貫いていた。
血が、垂れる。刃を伝って、垂れる。
わたしの手元まで。
温かかった。
「……これまさ、どの」
惟将殿は、顔をしかめもしなかった。
手のひらを刃に貫かせたまま、わたしの手首に、もう一方の手をそっと添えた。
「いけません」
やわらかな声だった。
「宗茂殿が死んだら、わたくしの思いが、全部、無駄になります」
脇差が、惟将殿の右手を抜けた。
抜いたのは、惟将殿であった。
その手が、痙攣するように震えていた。
抜いた刃の先から、血が、ぱたぱたと畳に落ちた。
しかしそれは二の次とばかりに傷を袖に隠されて、わたしの正面で居住まいを正された。
「立花様。わたくしに、落ち度がございました」
また、立花様と呼ばれた。
抗議は、今更言えなかった。
「わたくしはあの時、馬を降りました。それは立花様がわたくしを頼りにしすぎていると思ったからであります。貴女様が、ご自分の足で立てなくなると思ったのです。わたくしのせいで、強く誇らしい貴女様が損なわれるのは、『いやです』。ですから、離れました。けれども、そうですよね、ちゃんと、お別れをいたしませんでした。何も申さずに、ただ、離れました。それが、立花様を、ここまで追い詰めたと反省しております」
袖が、見る間に赤く染まっていった。
「論功の件ですが、誰に譲ってもよかったわけでは、ございませぬ」
しかし惟将殿は、なんでもない様子で、微笑まれたまま続けた。
「立花の跡目だからでも、ございませぬ。立花様に、譲りたかったのでございます。ずっとずっとがんばってこられたわたくしの大事な弟子である立花様に、ちゃんと報われてほしかったのでございます。わたくしの代わりに、ではございませぬ。受け取れぬ、わたくしからの餞別であります」
あの方は、微笑まれていた。
平気な顔をしてわたしに何もかもの功績を差し出して。
わたしのために傷つかれても。
平気な顔をされていた。
「何卒、身を立てられませ。立花様」
しかし惟将殿のその目からは、ぽろぽろと、涙が落ちていた。
惟将殿は「おやっ」と自分の頬に触れられた。
自分が泣いていることに、気づいていないようであった。
気づいて、血に濡れていない方の袖で、慌てて拭われた。
しかし拭っても、拭っても、惟将殿の涙は止まらなかった。
「……えへへ、ごめんなさい。ちゃんとお別れできると思っていましたが」
笑顔のまま、あの方の声が、かすかに揺れた。
「まだまだ未熟ですね。きれいに、お別れも、できませぬ」
何も言えなかった。
この方は、殴られても、怒らない。
手のひらを貫かれても、痛いとも言わない。
泣いていることすら、自分の落ち度だと詫びられた。
一から十まで、悉く。
この方は、他人のことしか、考えていない。
自分の名も、手柄も、痛みも、涙も、全部、ぜんぶ後ろに置いて。
置いたことすら、いっそなかったことになさる。
わたしは確信した。
このまま、惟将殿を阿蘇谷に帰したら。
この方は、死ぬ。
島津に斬られるのでも、龍造寺に攻められるのでもない。
島津なんぞに、惟将殿は侵せない。
龍造寺なんぞに、惟将殿は倒れない。
違うのだ。
谷の真ん中に一人で立って。
谷の者全部の数を背負って。
自分のことは何一つ数えないまま。
いつかすり減って、微笑まれたまま消えるのだ。
「……傷の手当てを、させます」
わたしは立った。
「動かずに、お待ちくださいませ」
それだけ言って、客間を出た。
柱に刺さった障子を戻し、わたしは足早にその場を去った。
やるべきことが、できた。
◇
手段を、選んでいる場合ではないと心得た。
急ぐべきだと決心した。
わたしは大友館の奥へ向かった。
論功の後の、内々の酒席である。
障子を開ける。何故かまた、障子が柱に刺さった。
そこには宗麟様がいた。母上がいた。紹運殿がいた。
加判衆が居並んでいた。家中の重臣らが揃っていた。
わたしはかまわずその場に押しかけ、座の真ん中へ進み出て、平伏した。
「宗茂。如何した」
宗麟様が、杯を置いた。
「論功の件にて、申し上げたき儀がございます」
わたしは、顔を上げた。
「惟将殿の名が、論功に挙がらなかった件にございます」
そこからわたしは、まずは惟将殿が論功を辞退した訳を全て挙げた。
一息で済ませた。
「宗茂。それを、誰から聞いた」
「誰からも」
わたしは、まっすぐに宗麟様を見た。
「しかし惟将殿に、謀りの術は教わりました。悉く、なにもかも」
輿の上で、母上の扇が、ぱちりと開いた。
「そして惟将殿は、今は客間で、死んだ兵の家々に一通ずつ、文を書いておられます。立てた功より、落とした罪を数えていらっしゃいます」
宗麟様が、何か言いかけて、やめた。
「して、宗茂。そなた、それを言い当てて、どうしたい」
わたしは、一度だけ、息を吸った。
そして吐いた。
「宗麟様。母上。紹運殿。皆様方」
声は、迷いなく出た。
「わたしは阿蘇惟将殿を、お慕いしております」
「娘(惟将)はやらん」
「婆ァ、ちょっと黙っとれ」
「けれどもあの御方は、危うき人です。自らを数えず、他者を慮る御方です。阿蘇谷に帰れば、必ず死にまする。誰かが、あの御方の数を一緒に数えねばなりませぬ。あの御方が後ろに置いたものを、誰かが拾って『これは貴方のものだ』と前に戻さねばなりませぬ。わたしはそれを、生涯かけていたしとうございます」
わたしは、もう一度、深く頭を下げた。
「ゆえに、阿蘇惟将殿を、わたしの嫁にいたします」
しばらく、誰も、何も言わなかった。
最初に動いたのは、紹運殿だった。
口元を袖で隠して、目の端だけで笑っていた。
「……嫁、でございますか」
「立花の跡目は、わたしにございます。家を継ぐ者が夫、家に入る者が妻」
母上が、声を上げて笑った。
輿が、揺れるほど笑った。
「よう言うた、宗茂。よう言うた」
笑い終えて、母上は、扇の先を宗麟様へ向けた。
「宗麟。さて、どうするかえ」
宗麟様は、置いた杯を、また取った。
取って、ひと息に、干した。
「惟将は、何も受け取らぬ」
「受け取りませぬ」
「ならば、受け取らせるしかあるまい。断れぬ形で」
宗麟様の口の端が、吊り上がった。
「婆、紹運。段取りを」
「御意」
「承りましたわ」
この場にいた一人、また一人と、杯を置いた。
置いて、わたしの方へ、膝を向けた。
大友重臣一同、のちには大友家中総がかりとなる『惟将お嫁さんにとっちゃおうぜ作戦』が、この夜から始まった。
【ご連絡】大友編が完結いたしましたら、次章の投稿は12月以降とさせてください。
業務スケジュールと資格試験の都合ですが、何卒ご容赦ください。