Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

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第9話 奪われた剣

 ロアーヌの反乱が鎮まって、三日目の夜だった。

 城の西廊下には、まだ焦げた匂いが残っていた。割れた窓には板が打たれ、壁に掛かっていた織物の代わりに、白い補修跡が灯りを受けている。

 カタリナは見回りを終え、モニカの部屋の前へ戻った。

 扉の内側からは、物音ひとつしない。昼間は気丈に振る舞っていたが、長い旅と帰城後の慌ただしさが堪えたのだろう。

 当直の兵に引き継ぎ、廊下を曲がる。

「カタリナ」

 呼ばれて足を止めた。

 柱の陰に、ミカエルが立っていた。執務の時と同じ上着を着て、片手に薄い書類を持っている。

「ミカエル様。まだ、お休みではなかったのですか」

「それはこちらの台詞だ。君の当直は、とうに終わっている」

「西側の交代が済むまで、と思いまして」

「任せる者を決めたのなら、任せろ」

 カタリナは頭を下げた。

「承知しました」

「モニカは」

「お休みです」

「そうか」

 彼は扉のある方へ一度目をやり、それから彼女へ向き直った。

「少し歩かないか」

 返事が遅れた。

「……はい」

 二人は庭へ続く回廊へ出た。

 石の手すりに、若い蔓が巻きついている。反乱の前と変わらない庭の向こうで、巡回の灯がゆっくり動いていた。

 カタリナは主君の半歩後ろを歩いた。

「君にはまだ礼を言っていなかったな」

「務めを果たしただけです」

「モニカを逃がし、城に残った。言うほど簡単なことではあるまい」

 カタリナは視線を落とした。

 あの夜は、選ぶ暇もなかった。今になって労われると、押し込めていた疲れが少しだけ浮いてくる。

「無事にお戻りいただけて、何よりでした」

 ミカエルが足を止めた。

「今日は、もう休め」

「ですが、明日の配置を――」

「カタリナ。君に倒れられては困る」

 声が近かった。

 普段なら、配置表を朝までに出せと言われるところだった。困る、と言われただけで、胸の奥が温かくなる。

 顔に出さぬよう、彼女は姿勢を正した。

「お気遣い、ありがとうございます」

 ミカエルの目が、彼女の腰へ下りた。

「マスカレイドは、傷んでいないか」

「はい。刃も、変化にも異常はありません」

「見せてくれ」

 拒む理由はなかった。

 カタリナは鞘ごと剣帯から外した。細身の剣は、今は静かに彼女の両手に収まっている。

 聖王の時代から受け継がれた、ロアーヌ侯家の宝剣。

 ミカエルは受け取らず、指を伸ばした。

「君が持ったままでいい」

 その手が、鍔の飾りへ触れた。

 カタリナは顔を上げる。

 彼は剣だけを見ていた。

 整った顔も、声も、知っているものだった。けれど、剣の細工を確かめる目つきに、妙な熱があった。

「……ミカエル様」

「何だ」

「明朝の配置について、確認を」

「今でなくてよい」

 返事が早すぎた。

 庭を回る足音が近づいた時、男の指が鍔を押さえたまま止まった。顔だけが、灯りの届かない方へわずかに傾く。

 カタリナは剣を引いた。

「お待ちください」

 男の口元が動いた。

 鍔に触れた指の下で、細い光が走る。

 カタリナは左手で鞘を押し、右手を柄へ滑らせた。刃が抜ける。半歩下がり、声を上げようとした。

 喉が、閉じた。

 手首から肩へ、氷の輪を通されたような冷たさが駆け上がる。踏み込もうとした足が石床に縫い止められた。

 目の前に、ミカエルの顔がある。

 その顔で、男は笑った。

「惜しかったな」

*

 右腕に力を込める。

 剣先がわずかに持ち上がった。

 男が眉を動かし、鍔に添えた手を捻った。指の間に浮かんだ模様が、もう一重増える。

 肘が止まった。

 剣を抜いた姿勢のまま、カタリナは動けなくなった。

 術だ。

 足元に陣はない。鍔から自分の指へ流れた光が、袖の下に絡みついている。力を込めるたび、輪が締まるように筋肉が強張った。

「正面からなら、面倒だったろうな」

 男は剣の間合いを避け、彼女の横へ回った。

 声は、まだミカエルのものだった。

「お前が近づけてくれたおかげだ」

 カタリナは男の顔を睨んだ。

 侮辱に返す言葉も、兵を呼ぶ声も、喉を抜けなかった。

 男は彼女の右手へ指をかける。柄を握る小指が一本ずつ外されていく。

 離すまいとした。

 腕が震えた。爪が掌へ食い込み、最後に親指が滑った。

 マスカレイドが手を離れた。

 男は刃を灯りへかざし、左手から鞘も取り上げる。納める時の、かすかな金属音だけが聞こえた。

 庭の向こうで、巡回兵が立ち止まった。

「侯爵様?」

 男は手すり越しに顔を向けた。

「異常はない。巡回を続けろ」

「はっ」

 灯りが遠ざかる。

 カタリナは歯を食いしばった。

 この声で、城の者に命令する。

 それを止めるための息さえ、満足に吸えない。

 男は宝剣を外套の内へ隠した。

「しばらく、そこで休んでいろ」

 回廊の陰へ足を向ける。その肩が灯りを外れた時、髪の色と輪郭が水面のように揺れた。

 背が少し低くなり、上着の裾が別の形に変わる。

 別人の横顔が、一瞬だけ見えた。

 次の柱を過ぎた時には、修繕に出入りする職人と変わらない姿になっていた。

 カタリナは、その足が向かった先を見た。

 西の階段。厨房へ下りる通路。

 忘れるな。

 どれほど胸が乱れても、それだけは。

 男が角を曲がる。直後、喉へかかっていた圧迫が少し緩んだ。

 カタリナは息を吸った。

「……誰か」

 声は掠れた。

 指先が動く。肘はまだ固まっている。肩ごと腕を引こうとすると、膝が折れた。

 石床へ手をついた衝撃で、ようやく息が通った。

「西門を閉じろ!」

 叫びが回廊に響いた。

*

 城内の捜索は、夜明けまで続いた。

 カタリナは駆けつけた兵へ男の進んだ道を伝え、ミカエル本人の所在を確かめさせた。

 本物は東棟で、反乱に加わった者の処遇について重臣たちと協議していた。

 その報せを聞いても、驚きはなかった。

 当直の隊長へ、姿を変える術者が侵入したこと、マスカレイドを奪ったことを告げる。言葉にするたび、右手が空の柄を握ろうとした。

 動けるようになると、西の階段へ向かった。

 途中、兵が止めた。

「お一人では。まだ、足が」

「……なら、ついてきてくれ」

 二人で厨房まで下り、使用人の通用口へ出た。

 門番は、修繕の道具を抱えた男を通していた。髪は黒く、頬に髭があり、片足を引きずっていたという。

 カタリナが回廊で見た男とは、顔も歩き方も違った。

 その先の荷車置き場には、誰もいなかった。

 探し回った末、彼女は壁へ掌をついた。

 指は、もう動く。

 握っていたものだけが、戻らなかった。

*

 同じ夜、ロアーヌから離れる荷車の上で、男は外套の内を確かめた。

 布に包んだマスカレイドへ、指を滑らせる。

 御者には、年老いた行商人に見えているはずだった。だが、外套の下で術の光が消えると、節くれ立っていた指が元の形へ戻った。

 男は右手を一度開いた。

 あと少し気づくのが早ければ、剣を抜かれたまま斬り合うところだった。

 それでも、手元には宝剣がある。

 男は布を巻き直し、荷の下へ押し込んだ。

「どこまででしたかね」

 御者が振り向かずに訊く。

「次の分かれ道でいい」

 老人の声で答える。

 荷車が揺れ、ロアーヌの城壁が夜の向こうへ消えた。

*

 東の空が白む頃、カタリナは自室へ戻った。

 報告のために呼ばれる時刻まで、まだ少しあった。

 卓へ洗面の水を置く。掌の擦り傷に水が沁みた。血を拭い、布を巻き、留める。

 鏡の中では、結い上げた銀紫の髪が崩れていた。

 髪留めを外すと、長い髪が肩へ落ちた。

 昨夜、あの声に労われた時のことが、ふいに蘇る。

 君に倒れられては困る。

 嬉しかった。

 その言葉を聞いた自分の気持ちまで、偽物にすることはできなかった。

 カタリナは鏡から目を逸らした。

 何を期待していたのだろう。

 主君が一人の部下へかけたはずの言葉に、何を重ねた。

 疑うべきところで、もう少しだけ、この時間が続けばいいと思ってしまった。

 卓の端に置いた鋏へ手を伸ばす。

 伸びた髪を整えるためのものだった。いつもなら毛先を揃えるだけで、あとは丁寧に結い直す。

 今日は、襟の上で束ねた。

 刃を入れる前に、一度だけ手が止まった。

 髪を切っても、昨夜のことは変わらない。

 奪われた剣も戻らない。

 それでも今朝、いつもと同じように髪を結い、いつもと同じ場所へ立つことはできなかった。

 鋏を閉じた。

 一度では切れず、何度か刃を動かす。重い束が左手へ落ち、首筋に冷たい空気が触れた。

 鏡を見ながら、不揃いなところを少しずつ切る。肩に届かない長さまで整える頃には、細かな髪が襟元へ入り込んでいた。

 最後に鋏を置いた時、指はもう震えていなかった。

 切った髪を布に包み、引き出しへ納める。

 襟元がちくりとした。

 指を入れると、短い髪が何本もついてきた。

 カタリナは小さく息をつき、上着を脱いだ。

 洗面の水で布を濡らし、首筋と肩を拭う。服についた髪を払い落とし、衣装箱を開けた。

 いつもの服を畳んで脇へ置き、紫を基調とした戦装束を取り出す。

 動きやすい上衣に袖を通し、青緑の装飾が入った腕当てを締める。

脚衣を整え、短い外套を肩へ掛けた。

 鏡に向き直る。

 淡い銀紫色の髪は肩にも届かず、長めに残した前髪が額へかかっていた。

 見慣れた顔なのに、どこか違って見えた。

 カタリナは剣帯を腰へ回し、留め具を締めた。

 いつもなら、ここにマスカレイドがある。

 手を伸ばしかけて、止める。

 剣帯は外さなかった。

 扉の外で、足音が止まった。

「カタリナ殿。侯爵様がお呼びです」

「今、参る」

 彼女は上着の襟を正した。

 最後にもう一度、鏡を見る。

 そして、扉を開けた。

*

 執務室に、重臣たちの姿はなかった。

 ミカエルは卓の向こうに立ち、夜の捜索報告を読んでいた。

 カタリナを見ると、紙を置いた。

 一瞬、短くなった髪へ視線が止まる。

「足は、もう動くか」

「はい。支障はありません」

「医師にも診せろ。術の影響が残っているかもしれん」

「承知しました」

 カタリナは卓の前で膝をついた。

「マスカレイドを奪われました。お預かりした宝剣を守れず、申し開きもございません」

「昨夜の報告は受けた。君自身の口から、順に聞こう」

 顔を上げる。

 見慣れた顔だった。

 昨夜と同じ声だった。

 それでも、今は彼が自分の言葉を待っていると分かった。

「当直の引き継ぎを終えたところで、お声をかけられました。お姿だけでなく、声も同じでした」

 回廊へ出たこと。剣を見せるよう命じられたこと。鍔へ触れた手から、術を受けたこと。

 カタリナは覚えている限りを話した。

「拘束される前に、気づいたのか」

「違和感はありました。剣を引き、確認しようとしましたが、その時には既に触れられていました」

 ミカエルは卓へ指を置いた。

「君ほどの者を封じ、姿まで変えて出ていく。備えなしに来た相手ではないな」

「私が、近づくことを許しました」

「私の姿で、私の声を使っていたのだろう」

「それでも」

 カタリナは言葉を継ごうとした。

 そこで、喉が詰まった。

 術は、もうかかっていない。

 主君の姿を疑うことだけが、難しかったのではない。労いを受け取り、喜んだ自分のことを、どう話せばよいのか分からなかった。

 膝の上で拳を握る。

「……警戒を、緩めました」

 ミカエルはすぐには答えなかった。

 やがて、椅子を引く音がした。

「城の警備も破られている。君一人の失態として片づければ、同じ手をまた使われる」

 彼は夜の報告書へ目を落とした。

「私の姿であっても、決められた確認は省かせない。兵にも徹底する」

「はい」

「ほかに、相手を特定できるものは」

「顔は途中で変わりました。門番の見た姿も、私の見たものとは違います。ただ、剣を奪うことに迷いがありませんでした。初めから、マスカレイドを狙っていたのだと思います」

 ミカエルが頷く。

 カタリナは背を伸ばした。

「私に、捜索をお命じください」

「当てはあるのか」

「今は、ありません。ですが、姿を変えられても、剣を運ぶ必要はあります。街道と港から追います」

 卓の上で、時計の小さな音が続いた。

「モニカの護衛を離れることになる」

「代わりの者への引き継ぎは、今日中に。捜索の経過も、必ずお知らせします」

 ミカエルは窓の外へ目を向けた。

 庭では、兵が昨夜と違う組み合わせで巡回していた。

「よかろう。宝剣の奪還を命じる」

「はっ」

「ただし、相手が分かっても、一人で踏み込むな。君を一度封じた術者だ。必要なら人を集めろ」

 カタリナは深く頭を下げた。

「必ず、取り戻します。それまでは、ロアーヌへ戻りません」

「それは命じていない」

 顔を上げると、ミカエルは彼女を見ていた。

「報告も、補給も要る。戻る道まで自分で閉ざすな」

 カタリナは返事を探した。

 厳しい声だった。許されたからといって、失ったものが軽くなるわけではない。

 それでも、追放されるのとは違うのだと、ようやく理解した。

「……承知しました」

 立ち上がり、退出の礼をする。

「カタリナ」

 戸口で振り返った。

 ミカエルの視線が、短くなった髪をかすめた。

 だが、そのことには触れなかった。

「剣と一緒に、君も戻れ」

 今度は、迷わず答えられた。

「はい」

*

 モニカは、カタリナの髪を見ると立ち上がった。

「カタリナ……」

「驚かせてしまいましたね」

 彼女はいつものように頭を下げ、旅へ出ることを伝えた。

 モニカは話を聞き終えても、しばらく黙っていた。

「私のことは、心配しないで」

「ですが」

「あなたが戻ってきた時に、困らせないようにしておくわ」

 カタリナは顔を上げた。

 モニカは笑おうとしていた。その目にある不安を見て、胸が詰まる。

「どうか、お元気で」

「カタリナも。手紙をくださいね」

「必ず」

 差し出された手を、両手で包んだ。

 握り返す温かさを確かめてから、カタリナはその手を離した。

 モニカの部屋を出ると、廊下には三人の兵が待っていた。

 いずれも、城の警備を長く務めてきた者たちだった。

「本日より、モニカ様の護衛を担当します」

 先頭の兵が敬礼する。

 カタリナは頷き、持参した配置表を広げた。

「当面は三名で交代してください。夜間の出入りは、必ず二名で確認を。侯爵様からのご指示であっても、例外は認めません」

「承知しました」

 兵は配置表を受け取った。

「ですが、カタリナ殿と同じように務まるかどうか……」

「同じである必要はありません」

 カタリナは三人を見た。

「一人で判断せず、互いに補ってください。モニカ様の安全が第一です」

 三人が揃って敬礼した。

 カタリナも礼を返し、武器庫へ向かった。

*

 年配の兵が武器庫の戸口で待っていた。

 訓練場でもよく顔を合わせる、武具の管理を任されている男だった。

「侯爵様から、必要な装備を渡すようにと」

 彼は短くなった髪へ目をやったが、何も訊かなかった。

 中へ入り、壁際の棚から一振りの大剣を下ろす。

「クレイモアです。柄は少し太いですが、刃は昨日、研ぎ直しました」

 長い鞘に、飾り気のない鍔。両手で握れる柄には、新しい革が巻かれていた。

 カタリナは受け取り、重さを確かめた。

「これを?」

「大剣の方が、使い慣れておられるでしょう」

 庫外の空いた場所へ出て、鞘を払う。

 鈍い銀色の刃が朝日を受けた。

 右手を鍔寄りへ、左手を柄頭へ置く。肩を落とし、ゆっくり剣を立てる。

 マスカレイドとは違った。

 変化を促せば手の内で応じた、あの感触はない。鋼の重みが、腕へそのまま伝わってくる。

 踏み込み、斜めに振り下ろした。

 剣先が流れる前に左手で引き、腰を戻す。次の一歩で、刃がまっすぐ止まった。

「問題ありません」

 カタリナが言うと、兵は頷いた。

「では、持っていってください」

「必ず返します」

「まず、ご無事で」

 彼は剣を吊るす革帯を差し出した。

「留め具も確かめておいてください。城の廊下と街道では、歩く時間が違いますから」

 カタリナは帯を肩へ通し、長さを調整した。

 背負った鞘の位置を確かめていると、兵が下側の留め具を少しずらしてくれた。

「それなら、脚に当たりません」

「……ありがとう」

 礼を言うと、兵は背筋を伸ばして敬礼した。

 カタリナも、まっすぐに礼を返した。

*

 ロアーヌを発ったのは、その日の午後だった。

 持っていた金を旅用の袋へ分け、着替えと手入れ道具を詰めた。侯爵の書状は、雨に濡れないよう油布で包んである。

 城門を抜ける時、風が首筋へ触れた。

 髪を押さえようとして、指が空を切る。

 カタリナは手を下ろした。

 長い剣の鞘が、歩くたび背で小さく揺れた。

 まずはミュルスへ。

 道中の宿場で、立派な細剣を持った旅人を見なかったかと尋ねた。男の年や髪の色を訊かれるたび、答えに詰まる。

 姿が変わる相手を、姿から捜すことはできない。

 剣の特徴を紙へ描いた。鍔の曲線、柄頭の飾り、鞘の細工。何度も手入れした形は、目を閉じても描けた。

 ミュルスの港で、一人の荷役がその絵を見て顎を撫でた。

「似たようなのを、見た気はするな」

「いつです」

「何日か前。外套の裾から、これに似た飾りが出ていた。商人にしちゃ、ずいぶん立派なものを持ってると思ったんだ」

「行き先は」

「ピドナの船だったよ。ただ、同じ物かどうかまでは」

「構いません。助かります」

 礼を言って、船の便を確かめに向かう。

 すぐに追いつけるとは思わなかった。それでも、初めて足を向ける先ができた。

*

 ピドナでは、その先が途切れた。

 港の船員も、宿の主人も、絵を見て首を振った。似た剣を売りに来たという店を訪ねると、柄に赤い石のついた別物だった。

 その次の店では、剣を捜すふりをした物盗りではないかと疑われた。

 カタリナは書状を出しかけ、やめた。

 相手が何も知らないのなら、身分を示しても答えは増えない。

 頭を下げ、通りへ戻った。

 日が落ちると、足の裏が痛んだ。宿の小さな部屋で靴を脱ぎ、剣帯を椅子へ掛ける。

 城では、自分の役目も、翌朝に立つ場所も決まっていた。

 ここでは、明日どの通りを歩くかさえ、自分で決めなければならなかった。

 窓の外を、人の声が通り過ぎる。

 カタリナは卓へ紙を広げ、確かめたことを書いた。収穫のない日も、訪ねた場所だけは残した。

 数日後、旅商人から話を聞いた。

「古い武器なら、ヤーマスへも流れる。買い手が多いからな」

「この剣も、そちらへ?」

「そこまでは知らん。ただ、捜すなら店だけじゃ足りない。荷を運ぶ連中にも訊いてみることだ」

 カタリナは頷き、その言葉を書き留めた。

 港から宿へ戻る途中、狭い路地で荷車が動けなくなっていた。

 車輪が石の隙間へ落ち、荷主が一人で押している。

「後ろを持つ。合図を」

 声をかけると、男が驚いて振り返った。

「重いですよ」

「見れば分かる」

 剣を壁際へ置き、車体の下へ手をかける。

 合図とともに腰を上げた。車輪が石を越え、荷車が前へ動く。

 荷主が何度も礼を言った。

 カタリナは掌の埃を払い、剣を拾う。

「次は、荷を少し下ろしてからにするといい」

「そうします。おかげで助かりました」

 剣を肩へ掛けたところで、男に呼び止められた。

「兵隊さんですか」

 カタリナは少し考えた。

「今は、捜し物をしている」

 懐から絵を出す。

 荷主は真面目な顔で見てくれたが、やはり覚えはなかった。

「仲間にも訊いてみますよ。どちらに泊まってます?」

 カタリナは宿の名を伝えた。

 今度は、自分から礼を言った。

*

翌日、カタリナはモニカから聞いていた住所を頼りに、トーマスを訪ねた。

 応対に出た青年には、見覚えがあった。ポドールイから戻ったモニカに同行していた一人だ。

「カタリナ殿。ロアーヌでお会いしましたね」

「ええ。あの時は、モニカ様を無事に送り届けてくださって、ありがとうございました」

「いえ。今日は、どうされたんですか」

 事情を説明すると、トーマスは驚いた顔をした。

「マスカレイドが奪われたんですか」

「ええ。相手は姿を変えます。顔や服装では追えません」

 カタリナは剣の絵を差し出した。

「商人の方々に、これを見せていただけませんか」

「もちろん。写しを取って、港の荷主や運送商にも訊いてみます」

「助かります。何か分かれば、ロアーヌへ知らせてください」

「分かりました」

 トーマスは紙と筆を取り出した。

「そういえば、ザインさんたちは数日前にランスへ向かいました」

「そうでしたか」

「皆さんにも伝えておきます。何か分かるかもしれません」

「ありがとう。私も、もう少し港を回ってみます」

 礼を言い、カタリナは再び街へ出た。

*

 宿へ戻ると、クレイモアの手入れをした。

 布で刃を拭い、細かな傷を光へかざす。重さにも、柄の太さにも、少しずつ慣れてきていた。

 鞘へ納めた後、ロアーヌへ送る手紙を書いた。

 宝剣は、まだ見つからない。

 港で得た話と、これから尋ねる土地を記す。

言い訳になりそうな一文を消して、最後に短く書き添えた。

 私は無事です。

 署名をしてから、別の紙を取った。モニカ宛てには、港で見た大きな船のことを少し書いた。

 窓から風が入り、短い髪が頬に触れる。

 カタリナはそれを耳へかけ、明日の道を地図で確かめた。

 次は、荷を運ぶ者たちの集まる宿。

そこで何も得られなければ、ヤーマスへ向かう。

 そこから先は、まだ分からない。

 紙を畳み、椅子の背へ外套を掛けた。すぐ手の届く場所へ、大剣を立てかける。

 明朝も、この剣を持って出る。

 

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