Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound — 作:水城 雅
荷車の揺れが大きくなり、サラは帳面を閉じた。
ランスを発ってから、街道沿いの宿で二度夜を明かした。丘の向こうへ続いていた畑は途切れ、今は両側から木々が枝を伸ばしている。
前を歩くザインが、片手を上げた。
「止めろ」
御者が手綱を引く。後ろの荷車も、車輪を軋ませて止まった。
エレンは荷台から降り、腰の斧へ手を置いた。
「何かいる?」
「道の先だ」
曲がり角の向こうに、丸太が横たわっていた。
折れた枝はない。切り口の白い木が、ちょうど荷車の通れない向きに置かれている。
エレナも地面へ降りた。鞄を背へ回す間に、木立から男たちが現れる。
正面に三人。右の斜面に短弓を持った男。左には短槍を握る者がいて、もう一人が後ろの荷車へ回ろうとしていた。
「荷物を置いていけ」
頬に傷のある男が、剣の先で荷台を示した。
「そうすりゃ、命までは取らねえ」
商人が御者台で身を固くした。
ザインは荷車の前へ出る。曲刀を抜くと、傷の男の視線が、その刃へ落ちた。
「護衛か」
「ああ」
「いくらで雇われた」
「千」
「たった千で命を張るのかよ」
「四人分よ」
エレンが横から言った。
男は一瞬、彼女を見た。
「なおさら割に合わねえだろ」
「そこは、あたしも少し思ってる」
「味方すんな」
ザインは前を向いたまま言う。
エレンは斧を抜いた。口元には笑みがあったが、後ろへ回る男から目を離していない。
エレナが商人へ声を落とした。
「荷台の陰へ。御者の方は、馬を落ち着かせて姿勢を低くしてください」
「で、ですが、馬が」
「離さなければ大丈夫です。急いで」
商人が身体を滑らせる。サラは二台目の荷台に膝をつき、弓へ矢をつがえた。
六人。
もう一度、木々の隙間を見る。
斜面の弓兵より少し奥で、葉の間に指が動いた。
「……もう一人。右の、二本並んだ木の奥」
ザインの視線が一度だけそちらへ走る。
「見えた。そいつも見とけ」
「うん」
傷の男が舌打ちした。
「ごちゃごちゃ相談してんじゃねえ」
「なら、話は早え」
ザインが剣を少し上げる。
「道を空けろ」
*
斜面の男が弓を引いた。
狙いは、先頭の馬だった。
「右!」
サラは叫ぶと同時に矢を放った。
男の顔のすぐ横で、木の皮が弾ける。反射的に頭を引いた男の矢は、道の端へ逸れた。
馬が足を踏み鳴らす。御者が手綱を握り直し、低い声で宥めた。
サラは次の矢を取る。
木の陰へ隠れた弓兵を追う。その弓がもう一度見えたところで、幹へ一本撃ち込んだ。
男がまた引っ込む。
「お姉ちゃん、後ろ!」
「見てる!」
荷車の陰から腕が伸び、積荷の縄へ短剣がかかった。
エレンは男の手首を斧の柄で打った。短剣が落ちる。掴みかかってきた腕を外へ払い、脚を掛けて押し倒した。
男が泥の上で息を詰まらせる。
「そこで寝てて」
だが、正面から回り込んできた別の男が、棍棒を振り上げていた。
エレンは荷車へ背をつけず、横へ抜けた。棍棒が道を叩く。その腕へ斧の柄を押し当て、男の勢いごと反対側へ捻る。
「おっ、待っ――」
「待たない」
二人目が膝をついた。肩を押さえたまま、エレンは最初の男を見る。
起き上がろうとしていた男が、両手を地面へ戻した。
新しい斧は、手首を返しても柄が滑らなかった。
ノーラに伝えることが、一つできた。
*
ザインは傷の男の剣を受け流し、もう一人との間に立たせた。
後ろの男が左右へ動く。前の男も同じ方向へ足を出す。
「邪魔だ、どけ!」
「そっちが回れ!」
声が重なった。
ザインが踏み込む。
傷の男は慌てて剣を引いた。その手元を鍔で押さえ、肩をぶつける。
男の身体が後ろの仲間へ当たった。
二人の足が止まる。
ファルシオンの刃が、傷の男の腕を浅く裂いた。
剣が地面へ落ちるより早く、ザインはそれを蹴り飛ばした。もう一人が突き出した刃は半歩下がって避け、伸びた腕へ柄頭を叩きつける。
短い悲鳴が上がった。
「拾うなよ」
ザインが言った。
傷の男の手が止まる。その腰には、まだ短剣があった。
「次は、そっちも落とすことになる」
男は歯を剥いたが、抜かなかった。
左から、短槍が荷車の脇へ伸びた。
エレナは穂先を細剣で外へ流し、樽に当たる前に身体を入れた。柄を引き戻そうとした男の手へ、切っ先を向ける。
男が手を離した。
槍が落ちる。その柄を踏んだまま、エレナは退路を空けずに立った。
「荷には触らないでください」
「お前こそ、槍から足をどけろ!」
「手放したのは、そちらでしょう」
男が腰へ手を伸ばす。
彼女の切っ先が、上着の前を小さく裂いた。
指が止まる。
「次は、そこまでにしてくださいね」
男は両手を上げた。
*
サラの頬を、木の葉が掠めた。
弓兵が位置を変えていた。最初の木より低いところから、肩だけを覗かせている。
こちらも、同じ場所にいてはいけない。
荷台の縁から身体を下げ、反対側へ膝を移す。先ほど頭のあった場所を矢が抜け、後ろの幹へ刺さった。
喉が渇いた。
サラは一度唾を飲み込み、弓を引いた。
男が身を乗り出す。
今度は、その上腕へ当たった。
悲鳴とともに弓が落ちた。男が木へもたれ、矢の刺さった腕を押さえる。
サラの指が、次の矢を探しかけて止まった。
人に、当てた。
だが、まだ一人いる。
奥の木立へ顔を向ける。
若い男が弓を構えていた。茶色の髪でサラより少し年上に見える。
弓を持つ手は落ち着いていた。
こちらを狙っている。
サラは矢を取った。指が羽根を滑り、握り直す。
それでも、向こうの矢は来なかった。
男の目が、わずかに見開かれていた。
「退け!」
街道から怒鳴り声が飛んだ。
「こいつらは駄目だ!」
傷の男が、腕を押さえながら後ずさる。
若い男は弓を下ろした。負傷した弓兵へ駆け寄り、肩を貸す。
エレンの足元にいた二人も立ち上がった。
「行っていいのか」
「武器は置いてけ」
ザインが答えた。
男たちは残っていた剣や棍棒を道へ投げ捨てた。
若い弓兵も弓を置き、負傷した仲間に肩を貸して森へ下がっていく。
ほかの男たちも、その後に続いた。
枝の揺れが遠ざかっていく。
エレンは斧を下ろさず、ザインを見た。
「追わない?」
「荷車を守る仕事だ。向こうへ引っ張られてどうする」
「そうね」
彼女は森から目を戻し、荷台へ寄った。
「サラ。怪我は?」
サラは首を振る。
「私は、ない」
エレンはその顔を見て、荷台へ手を伸ばした。
サラが掴む。降りた途端、膝が少し緩んだ。
「座る?」
「……大丈夫」
弓を握る手を、一度開いた。
「最後の人、撃たなかった」
エレナが森を振り返った。
「若い方ですか」
「うん。撃てたと思う。私が矢を取るより、早く」
ザインは道に落ちた矢を拾い、折れたところを確かめた。
「何でかは、分からん」
「そうだよね」
「だが、最初の奴は止めた。馬も御者も無事だ」
サラは御者台を見た。
御者が、何度も頷いていた。
「助かりました。本当に」
「……はい」
返事をすると、ようやく息を長く吐けた。
*
荷の縄は、一か所切れかけていた。
エレンがそこを示すと、商人は予備の縄を出し、御者と縛り直した。酒樽も布の包みも数は揃っている。
ザインとエレンが丸太を道の端へ転がした。
「せっかく切ったなら、薪にでもすりゃいいのに」
「盗んだ方が早いと思ったんだろ」
「今日は、だいぶ損したわね」
エレンは掌についた木屑を払った。
落ちていた武器はひとまとめにし、商人の了解を得て荷台へ載せる。次の宿場で番兵に渡し、襲われた場所と人数を伝えた。
報告を聞いた番兵は、顔を曇らせた。
「また、あの辺りか」
「前にも?」
エレナが尋ねる。
「この半月で三件だ。南へ抜ける道にも出ている」
「捕まってはいねえのか」
「森へ入ると、足取りが途切れる。人数も、聞くたびに違ってな」
ザインは地図で場所を確かめた。
その間に、サラは矢筒を数えた。回収できた矢のうち一本は、先が曲がっている。
使えるものを戻し、傷んだ一本を別に包んだ。
「明日、新しいのを買おうか」
エレンが言った。
「うん。でも、まだ足りるよ」
「今のうちに揃えときなさいよ。お金があるうちに、って」
ザインが振り返った。
「変なところだけ覚えるな」
「大事なところでしょ?」
サラが少し笑った。
その夜は宿場で休み、翌朝、街道へ戻った。
*
ヤーマスの町へ着く頃には、風に潮の匂いが混じっていた。
坂道に沿って家々が並び、その間から港の帆柱が見える。荷車の車輪が石畳へ乗ると、商人がようやく肩の力を抜いた。
店の裏口で、品物が一つずつ下ろされる。
受取人が帳簿と荷を照らしている間、ザインは戸口で待った。エレンが壁へ背を預け、サラは馬の首を撫でる。
「はい。すべて、確かに」
その声を聞いてから、ザインは書付を出した。
「残り八百だ」
「ええ。お待たせしました」
金貨が八枚、卓へ並べられる。
ザインは数と表裏を確かめ、二枚ずつに分けた。
「これで前金と合わせて、一人二百五十だな」
サラも受け取った金貨を確かめてから、財布へしまった。
商人が笑う。
「皆さん、しっかりなさっている」
「誰かさんが、うるさいからね」
エレンは二枚を掲げた。
「これで終わり?」
「全員受け取った。終わりだ」
ザインが答えると、商人は改めて頭を下げた。
「ありがとうございました。道中のことも、こちらの商人仲間へ伝えておきます」
「番兵にも頼む。あの道を通る奴は、まだいるからな」
「もちろんです」
外へ出ると、エレンが大きく背伸びをした。
「やっと、自由に歩ける」
「宿を決めるのが先ですよ」
エレナは港へ続く通りを見た。
「その後で、見たいものがあります」
「碑文ね。覚えてるわよ」
「まだ何も言っていませんが」
「ほかにある?」
エレナは一瞬考えた。
「古い地図を扱うお店も」
「増やさない」
ザインは二人を追い越しかけ、足を止めた。
通りの向こうで、紫の外套を着た女性が店から出てきた。
肩には大剣を背負っている。
店主へ短く礼を言った横顔に、見覚えがあった。
「……カタリナか?」
*
女性が振り向いた。
短くなった銀紫の髪が、頬から離れる。
「ザイン殿」
「お前、何でここにいる」
「それは、こちらも伺いたいところですが」
「仕事だ。今、終わった」
ザインは背の剣へ目を向けた。
「得物も変わったな」
カタリナの指が、肩の革帯へ触れた。
「少々、事情がありまして」
エレンは隣へ来て、言葉を探した。
ロアーヌ城で会った時には、髪をきちんと結い上げていた。今は首筋が見え、旅の埃が靴に残っている。
「あの……お久しぶりです」
カタリナが二人へ向き直った。
「エレン殿と、サラ殿でしたね。モニカ様がお世話になりました」
「そんな。あたしたちも、色々してもらったし」
「モニカ様は、お元気ですか」
サラが訊いた。
「ええ。お別れした時は。お二人のことも、よく話しておられました」
サラの顔が少し明るくなる。
エレナは三人の挨拶が済むのを待って、進み出た。
「初めまして。エレナ・ヴァルティエと申します。今は、この三人と旅をしています」
「こちらこそ初めまして。カタリナ・ラウランです」
「ロアーヌでのお話は、少し伺っています」
「余計なことまで聞いていなければよいのですが」
カタリナがザインを見る。
「城で一緒に戦った。それくらいだ」
「なら、結構です」
エレンは、二人を交互に見た。
堅い挨拶を続けるつもりだったのに、少し気が抜けた。
「立ち話も何だし、お茶でも飲まない?」
今度は、いつもの調子で言えた。
「まだ、時間があるなら」
「……ええ。私も休もうと思っていたところです」
*
港の見える店で、五人は卓を囲んだ。
カタリナは大剣を壁側へ置き、鞄から一枚の紙を取り出した。
細身の剣と鞘が、細かく描かれている。
ザインの顔から笑みが消えた。
「マスカレイドか」
「奪われました」
エレンの手が、杯の手前で止まる。
「城で?」
「はい。反乱が収まって、三日目の夜です」
「俺が発った後か」
カタリナが頷く。
ミカエルの姿をした者に呼び止められたこと。剣を見せた際に術で身体を封じられ、奪われたこと。逃げる途中にも姿を変えていたこと。
声は落ち着いていた。けれど、紙の端を押さえた指は動かなかった。
エレンは、短い髪へ向きかけた視線を戻した。
訊こうとしていた言葉を、そのまま飲み込む。
「あなたを動けなくするなんて」
「剣を抜くところまでは、できたのですが」
「抜かせたら、向こうも困っただろうな」
ザインが言った。
カタリナは彼を見る。
「城で見た。正面からやり合いたくねえ相手だ」
「買いかぶりです」
「二度も言わせんな」
彼女は少しだけ目を伏せた。
紙の端から、指が離れる。
エレナが身を寄せた。
「術について、もう少し伺っても?」
「分かることであれば」
「離れた場所からではなく、剣に触れられてから、だったのですね」
「ええ。鍔のところへ光が走りました。その後、腕から。声も出せませんでした」
エレナは紙の上の鍔を見る。
「逃げた後も、拘束は続きましたか」
「少しの間は。ただ、姿が見えなくなってから弱まりました」
「距離か、持続時間か……今のお話だけでは、決められませんね」
彼女は自分の手帳を開いた。
「書き留めても構いませんか。似た術の記録を見つけたら、お知らせできると思います」
「お願いします」
カタリナは頷いた。
エレナは聞いたことだけを書いた。分からない箇所は空け、最後に剣の絵を見直す。
「形の変わる剣、と伺ったことがあります。これが、そのまま大剣に?」
「はい。握りを変えずに、使えます」
「柄も、刃と一緒に……?」
「エレナ」
ザインが呼んだ。
彼女は顔を上げ、手帳から手を離した。
「失礼しました。今は、捜すためのお話でしたね」
「いえ」
カタリナが初めて、わずかに笑った。
「取り戻せたら、お見せします」
エレナは頷いた。
「ぜひ。その時に」
*
「ピドナで、トーマス殿にもお願いしてきました」
カタリナは剣の絵を卓の中央へ寄せた。
「港や運送商へ、写しを回してくださるそうです。皆さんがランスへ向かったことも、そこで聞きました」
「すれ違ってたのね」
エレンが言う。
「私も何軒か回ってから伺ったので。ヤーマスへ来れば古い武器の話が聞けるかと思ったのですが、まだ、確かなものはありません」
「ここまで来て、空振りか」
「似た剣なら、三本ほど勧められました」
「買ったの?」
「いえ。鞘だけでも、とも」
エレンが思わず笑った。
「商売熱心ね」
「手入れの油は、買いました」
「買わされてんじゃねえか」
「必要なものでしたから」
カタリナは静かに言い返した。
エレナの口元が緩む。サラも、杯を持ったまま小さく笑った。
壁際の大剣へ、エレンが目をやる。
「その剣、重くない?」
「クレイモアです。城の武器庫から。最初は、少し肩にきました」
「あたしも斧を替えたばっかり。手には馴染むんだけど、腰に下げる位置がまだね」
「長く歩くなら、留め具を少し前へずらすとよいかもしれません。私も、兵に直してもらいました」
「そうなんだ。あとで試してみる」
エレンは、今度は遠慮せずにカタリナの革帯を見た。
結び目には、何度か締め直した跡があった。
ザインが卓の絵を、自分の方へ向ける。
「俺たちも気にしとく。だが、行く先はその都度決めてる。知らせる先が要るな」
「トーマス殿へお願いできますか。私も、次に向かう町を知らせるようにします」
「私たちも、ピドナへは手紙を送っています」
エレナが答えた。
「行き先と、泊まる宿を添えておきます。剣の情報も、術のことも、そちらを通して」
「助かります」
カタリナは四人へ頭を下げた。
サラが剣の絵を覗く。
「私も、見て覚えておいていいですか」
「もちろん」
「持っている人が違っても、剣なら分かるかもしれないから」
カタリナは紙を彼女の方へ滑らせた。
「ありがとう」
その間にエレナが簡単な写しを取り、鞘の模様を確かめた。
カタリナは、すぐには席を立たなかった。冷めかけたお茶を飲み、四人が話すランスの町のことを聞いた。
聖王家で指輪を借りられなかったと聞くと、わずかに眉を上げる。
「王家の指輪を、お借りしようと?」
「調査のために、とお願いしたのですが」
「その理由では、難しいでしょうね」
「みんな同じことを言います」
エレナが杯を置くと、今度はカタリナも声を出して笑った。
*
店を出る頃には、坂道の影が長く伸びていた。
カタリナは剣を背負い直す。
「今日は、ありがとうございました」
「この後も店回り?」
エレンが訊く。
「港の倉庫へ。古い武器を運んだことのある者を、紹介してもらっています」
「一人で踏み込むなよ」
ザインが言った。
カタリナが振り返る。
「同じことを、ミカエル様にも言われました」
「なら、守れ」
「承知しています。今日は、荷を扱う方に話を伺うだけです」
ザインはそれ以上言わず、道を空けた。
エレンが一歩近づく。
「また会ったら、剣のことだけじゃなくて、話そうね」
「ええ」
「斧の位置も、試しておくから」
カタリナは頷いた。
「次は、具合を教えてください」
短い挨拶を交わし、彼女は港へ下りていった。
四人は、宿の並ぶ坂を上る。
途中でサラが振り返った。人の間を進む紫の外套は、まだ見えた。
「見つかるといいね」
「ああ」
ザインが答えた。
エレナは、写しを挟んだ手帳の留め具を閉じた。
*
翌朝、ザインが宿の食堂へ下りると、昨日の商人が待っていた。
卓の上には、まだ何も注文されていない。
「おはようございます」
「仕事か」
「お分かりになりますか」
「朝っぱらから、俺の顔を見に来る奴は少ねえ」
商人が椅子を引いた。
「次の便もお願いしたいのです。南へ向かう荷ですが、護衛の一人が来られなくなりまして」
ザインは座る前に訊いた。
「同じ道を戻るのか」
「途中までは。分かれ道から南へ。今度は三台です」
「報酬は」
「四人で、二千オーラム。食事と宿はこちらで」
階段を下りてきたエレンが、最後のところだけ聞いた。
「今度は二千?」
「まだ受けてねえ」
「聞いただけでしょ」
エレナとサラも卓へ来た。
商人は地図を広げ、目的地の店を示す。薬と金属製品、上等な布。前の荷より高価で、南の道では被害も続いているという。
ザインは分かれ道へ指を置いた。
「ここから先の宿場で、盗賊の話を聞いた。護衛を増やす当てはあるのか」
「昨日から捜していますが、まだ」
「出発を一日延ばせるか」
商人が少し考える。
「明朝でしたら。荷を積む時間にも余裕ができます」
「その間に、道の様子を確かめる。番所へ届けも出してくれ」
「分かりました」
エレンが地図を覗いた。
「三台なら、歩く位置も変えないとね。後ろから来られた時、前より遠いわよ」
「曲がり角では間を詰める。御者にも合わせてもらう」
ザインはサラを見る。
「矢は補充できるか」
「今日、買いに行く。予備の弦も」
返事に、迷いはなかった。
エレナが依頼の日数を確かめてから頷く。
「今日のうちに碑文を見てきます。出発は明朝で、私は大丈夫です」
「あたしも」
「私も、行く」
三人の返事を聞き、ザインはようやく椅子へ座った。
「なら、条件を書いてくれ。前金は四百、残りは到着してからだ」
「はい」
商人が書類を取り出す横で、エレンが小声で言った。
「一人五百か。悪くないわね」
ザインが彼女を見る。
「何よ」
「やっと、話が分かってきたな」
「おじさんと一緒にしないで」
エレナは笑いながら手帳を開いた。
トーマスへ書く手紙には、カタリナと会ったことと、次の行き先を添える。
サラは矢の値段を確かめに行く店を訊き、エレンは腰の留め具を少し前へずらした。
卓へ届いた書付を、ザインが四人の真ん中へ置く。
今度も、全員で目を通した。