Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

12 / 19
第11話 野盗の巣窟

 ヤーマスを発つ朝、エレンは三台目の馬車の後ろに立っていた。

 一台目の御者が、ずいぶん遠い。

「やっぱり、長いわね」

 荷台には薬箱と布の包み、金属製品を収めた木箱が並んでいる。縄は新しいものに替えられ、小さな箱も荷台へ括りつけてあった。

 ザインが最後の結び目を引き、御者たちへ向き直る。

「止まれと言ったら、後ろも止める。勝手に追い越すな。曲がり角では、前の馬車を見失うほど離れるなよ」

 三人が頷いた。

 商人は昨日整えた書付を確認し、前金の四百オーラムを渡した。ザインが四人へ一枚ずつ金貨を分ける。

 エレナは受け取った金貨をしまい、馬車の列を見た。

「矢が来たら、私が片側を守ります」

「蒼龍系の術か」

「はい、《ミサイルガード》です。ただ、三台分を覆うなら、一方向が限度ですね」

 エレンが馬車の脇へ回った。

「右を守ったら、左は空くってこと?」

「ええ。前後も。人の周りに一つずつ張るのではなく、この列の横に壁を作ります」

 エレナは指で、一台目から三台目までをなぞった。

「間が開けば、その分、端が足りなくなります。御者の方にも、位置を合わせていただきたいんです」

「どこへ寄せればいいか、声をかけてください」

 先頭の御者が答えた。

 ザインは頷き、三人を見る。

「俺が前。エレンは後ろ。サラは二台目で、左右を見てくれ。エレナが守れねえ方は、弓で押さえる」

「うん」

 サラは新しい矢を筒へ収めた。以前から使っているものと、羽根の向きを揃える。

 エレンがエレナへ顔を寄せた。

「便利な術、持ってたのね」

「以前の調査で、石を投げてくる魔物に困りまして」

「必要に迫られて?」

「一度、写しが穴だらけになりました」

「自分の心配もしなさいよ」

 エレナは剣の位置を確かめ、列の中央へ歩いた。

 先頭の馬が動く。三台の車輪が、順に石畳を離れた。

*

 二日目の昼前、馬車は南へ折れる道に入った。

 昨夜の宿場で聞いた限りでは、前日に通った荷は無事だった。ただ、森を抜けるまで気を抜くなと、番兵に念を押された。

 道の右側が、低い斜面になっている。

 左には木々と浅い溝が続いていた。

 ザインが歩く速さを落とす。

 前方の土に、太いものを引きずった跡があった。轍を横切り、斜面の下へ続いている。

「止めろ」

 御者が手綱を引いた。

 ザインは道を外れず、斜面へ目を上げる。

 切り倒した木の端が、藪から覗いていた。

「右、何かいる」

 サラが言った。

 その声に重なり、木の上で縄が跳ねた。

「下がれ!」

 丸太が斜面を滑り落ちる。

 先頭の馬が後脚を踏ん張った。御者が身体を低くし、手綱を引きすぎないよう押さえる。

 丸太は馬の数歩前へ落ち、土を跳ね上げて止まった。

 直後、その上から矢が飛んだ。

 エレナは右手を上げた。

 道の砂が浮く。馬車の右側に沿って、細い草や枯葉が一斉に立ち上がった。

 透明な空気の層が、斜面から来る矢を受ける。

 鏃が外へ流れ、軸が横を向いた。三本の矢が、馬にも荷台にも届かず道の脇へ落ちる。

「右は張りました!」

 エレナの声が通った。

「三台目、そこで止めて。後ろへ下がりすぎないでください!」

 最後尾の御者が、引きかけた手綱を緩める。

 馬車の後ろで渦巻いていた枯葉が、車輪の少し先へ収まった。

「左から来る!」

 エレンが叫んだ。

 溝を跳び越え、男たちが走ってくる。

 正面の丸太の陰にも三人。斜面の弓兵は少なくとも四人いた。

 頬に傷のある男が、丸太を越えた。

 腕に布を巻き、前とは違う剣を持っている。

「またお前か」

 ザインが曲刀を抜いた。

「今度は、後ろまで守れるかよ」

 男は笑わなかった。剣を届かせるより先に、左右の仲間を広げる。

 ザインは追わず、馬の前に立った。

「エレン、荷を見てろ。こっちは出ていかねえ」

*

 右から来る矢が、また逸れた。

 サラは風の壁を見た。光る板があるわけではない。矢が触れるたび、宙に浮いた砂が薄く波打つ。

 その向こうで、弓兵が場所を変えていた。

 一人が斜面を横切り、列の前方へ回ろうとしている。

「前へ動いてる!」

「そこから撃たれると、壁の外です」

 エレナは右手を伸ばしたまま答えた。

 サラは荷台で向きを変えた。

 壁越しに狙えば、自分の矢も曲がる。

 男が前へ出るのを待ち、馬車の正面側へ弓を向けた。次の木へ走ろうとした足元に、矢を撃ち込む。

 男が飛び退いた。

 その隙に、ザインが一台目の馬を左へ寄せさせる。

 正面から届く矢の道が、荷台の陰へ隠れた。

「そのまま見てろ、サラ!」

「うん!」

 別の男が、風の壁の向こうから石を投げた。

 石も横へ流れる。だが、その男が斜面を駆け下りると、身体は壁を通り抜けてきた。

 上着が風に煽られただけだった。

 男が距離を詰める。エレナは伸ばしていた右手を下げ、細剣を抜いた。

 風の壁は残っている。

 けれど、最後尾で枯葉の流れが乱れ始めた。

 男の短剣を外へ払い、その背を荷台へ押しつけた。切っ先を喉元へ向けると、男が息を詰めた。

「刃を落として」

 短剣が落ちる。

 エレナが剣を引き、再び指を開いた時、三台目の脇で一本の矢が荷台の縁を掠めた。

「そこ、私が見る!」

 エレンが声を上げた。

 彼女は後ろへ回りかけた男を押し返し、御者を車輪の陰へ下がらせた。

 エレナは壁を少し後ろへ伸ばした。

 今度は、先頭の馬の鼻先が範囲から外れる。

「前が空きます!」

「分かった!」

 ザインが短く答えた。

 壁を増やす余地はなかった。守る位置を動かした分だけ、別の場所が空く。

 エレナは奥歯を噛み、三台の間に流れる風を揃えた。

*

 左側では、エレンが二人を止めていた。

 一人が正面から打ち込み、エレンに斧を上げさせる。その隙に、もう一人が反対側へ抜けようとした。

 最初から、勝つために向かってきてはいなかった。

「そっちへ行かせるか!」

 柄で胸を押し、男を溝へ落とす。

 だが、三台目の荷台の下から、別の腕が伸びた。

 積荷を縛る縄が切られる。

 エレンが気づいた時には、小さな木箱が二人の手へ渡っていた。

「待ちなさい!」

 踏み出しかけた足の前へ、棍棒が振られた。

 エレンは柄で受け、押し返す。男の腕が上がる。その腹へ膝を入れた。

 箱を抱えた二人は、もう溝の向こうにいた。

「ザイン、一箱!」

「追うな。残りを守れ!」

 エレンは歯を食いしばり、馬車へ戻った。

 三台目の御者が、地面に座り込んでいた。こめかみから血が流れている。

 箱を引き留めようとして、殴られたらしい。

「動ける?」

 御者は頷こうとして顔をしかめた。

 エレンがその肩を抱き、車輪の陰へ入れる。

 同時に、斜面から声が飛んだ。

「ポール、後ろへ回れ!」

 サラは顔を上げた。

 木の間にいたのは、前の襲撃で自分を撃たなかった若い男だった。

 弓が違う。色の濃い、少し短いものを持っている。

 ポールと呼ばれた男は、三台目の馬車を見た。

 御者を支えるエレン。その横で弓を引くサラ。

 目が合った。

 男は弓先を下げたまま、動かなかった。

「何してる!」

「もう箱は取っただろ!」

 男が怒鳴り返す。

 傷の男が馬車の列を振り返り、舌打ちした。

「退け!」

 男たちが一斉に離れた。

 ザインは前へ出かけた足を止め、馬の前へ戻る。

 右の斜面からも、弓が消えていった。

*

 エレナは、最後の人影が見えなくなってから術を解いた。

 宙に舞っていた枯葉が落ちる。

 荷台へ手をつくと、思っていたより強く指が震えた。

「エレナ、こっちを」

 エレンに呼ばれ、三台目へ向かう。

 御者は目を開け、受け答えもできた。だが立ち上がると、ふらついた。

 エレナは傷へ布を当て、そっと術の光を重ねた。

「今は起きないでください。近くで診てもらいましょう」

 商人が、震える声で品目を読んだ。

「銀の留め具と、小さな器の箱です。五千オーラムほどの……」

「ほかは」

「あります。全部」

 ザインは切られた縄を見た。

 エレンが御者の代わりに手綱を持つ。

「取り返しに行くんでしょ」

「先に戻る」

 ザインは来た道へ顔を向けた。

「番所まで半刻もかからねえ。こいつを乗せてくれ。馬車ごと預ける」

「その間に逃げられるわよ」

「ここへ置いてったら、もう一回来られる」

 エレンは返事をせず、御者を乗せる場所を空けた。

 サラが荷を寄せ、外套を敷く。

 エレナは木箱に腰を下ろす御者を支えてから、ザインを見た。

「壁を左へ回せば、箱を守れたかもしれません」

「そしたら右から撃たれてた」

「ですが」

「三台とも矢だらけになるところだった。あれで助かった」

 ザインは道の脇に落ちた矢を顎で示した。

「次は荷台の下も見る。エレナも今のうちに休め」

 エレナは唇を結び、それから頷いた。

 馬車を一台ずつ広い場所で返し、四人は番所へ引き返した。

*

 番所の中庭で、門が閉められた。

 馬車を囲む石壁を見て、商人がようやく息を吐く。

 負傷した御者は、奥の部屋へ運ばれた。番兵の一人が医師を呼びに走る。

 ザインは隊長へ襲われた場所を伝えた。

「箱を抱えて、左の森へ入った。まだ運び出せねえかもしれん」

「捜すつもりか」

「まず場所を見たい。荷を取り戻す話は、それからだ」

 隊長は壁の地図を見た。

「古い石切り場がある。坑道が何本か残っているが、今は使っていないはずだ」

「道を知ってる奴は」

「一人つける。見つけたら知らせろ。人数が分からんまま入るな」

 ザインは頷いた。

 商人が袖を掴みかけ、手を止めた。

「取り戻せるのでしょうか」

「まだ分からん。だが、荷が届いてねえ以上、仕事は終わってねえ」

「無理はなさらないでください。荷は惜しいですが、これ以上、怪我人を出したくありません」

 ザインは中庭の馬車へ目をやった。

「こっちは頼む」

 エレナは水を飲み、空になった杯を置いた。

 サラが彼女の顔を覗く。

「まだ、つらい?」

「大きく張り続けるのは、少し。歩く分には大丈夫です」

 立ち上がり、剣帯を直す。

「今度は、壁が必要な場所を選びます」

*

 森の入口には、箱の角で削れた木の皮が残っていた。

 二人が並んで運んだ足跡も、柔らかな土に続いている。

 案内の兵が、その先を指した。

「石切り場の方だ」

 やがて木々の間に、岩壁が見えてきた。

 麓には木の柵があり、その奥で火が焚かれている。煙が岩肌へ沿って上がっていた。

 四人は茂みの陰で止まった。

 入口に見張りが二人。奥からも声がする。

 サラが膝をつき、弓を下ろした。

「荷を運んでる」

 男たちが箱を抱え、坑道の口へ入っていく。

 箱の側面には、商人が見せていた焼き印があった。

「間違いねえな」

 ザインが言った。

 案内の兵は頷き、道へ目印を残して番所へ戻った。

 四人は待った。

 昼の光が岩壁を移る。中から怒鳴り声が聞こえても、近づかなかった。

 エレンが斧を膝へ置く。

「運び出し始めたら?」

「誰が、どっちへ持ってくか見る。今なら追える」

 ザインは入口を見たまま答えた。

「全部ここで片づけようとするなよ」

 エレンは頷き、腰を落ち着けた。

 ほどなく、背後の草が擦れた。

 戻ってきた兵の後ろに、隊長と数人の兵がいた。盾を持つ者、縄を肩へ掛けた者。足音を抑え、岩壁を見上げる。

 隊長はザインの説明を聞き、脇へ続く細道へ二人を回した。

「外は押さえる。中で追い散らすな。戻ってきた者は、こちらで止める」

「分かった」

 ザインが立つと、エレンも斧を持った。

*

 見張りの一人が、近づく人影へ槍を向けた。

「止まれ!」

「さっきの箱を返せ」

 ザインが言った。

 男の顔色が変わる。

 背後に盾を並べた兵が見えたのだろう。もう一人が坑道へ走った。

「兵だ! 兵が来た!」

 槍が突き出される。

 ザインは穂先を外へ払い、踏み込んだ。柄を握る腕へ肩をぶつけ、男を柵へ押しつける。

 その手から槍を外すと、後ろの兵が男を取り押さえた。

 奥で、弓の弦が鳴った。

 エレナが手を上げる。

 入口を横切る風が、矢を岩へ叩きつけた。

 今度は、人が二人並んで通る幅だけだった。

「入口を守ります。奥までは届きません」

「十分だ」

 ザインが壁際へ寄り、エレンが反対側へついた。

 矢が二本、風に流される。

 弓兵が次をつがえる間に、二人が距離を詰めた。

 エレンの斧が、弓の上端を叩き落とす。ザインはもう一人の腕を捻り、弓ごと壁へ押さえた。

 サラとエレナが続く。

 入口の風は、彼女たちが抜けてから消えた。

*

 坑道の奥は、横に広がっていた。

 掘り出した石の跡が段になり、その間に板を渡して棚が作られている。布の包み、酒樽、靴、鍋。別々の持ち主から奪ったものが、雑然と積まれていた。

 棚の脇に、例の箱があった。

 そしてその前に、大きな斧を持つ男が立っている。

「お前らが、うちの連中をやったのか」

「荷を返してもらいに来た」

 ザインは男の肩越しに、奥を見た。

 正面に五人ほど。脇の通路にも、人影が動く。

「外には兵がいる。武器を下ろせ」

 大男の目が、入口へ向いた。

 そこから兵の命令する声が聞こえた。

 男は斧を下ろさず、ザインへ顔を戻す。

「傭兵だろ。いくらで来た」

「二千」

「三千出す。箱も返す。兵には、逃げられたと言え」

 エレンが横目でザインを見た。

 彼は奥の通路へ視線を走らせ、少し黙った。

「……おじさん?」

「聞いてる」

「返事は?」

 ザインは大男へ向き直った。

「その三千、誰から盗った金だ」

 大男の口元が歪む。

「受け取れば、お前の金だ」

「先に仕事を受けてる。そっちを売ったら、次が来ねえ」

「目の前に三千あるんだぞ」

「だからって、俺の信用まで買えると思うな」

 大男が斧を構え直した。

 脇にいた男が、棚の陰へ下がる。

 エレナはそれを見て、サラの袖へ触れた。

 サラも頷く。

 次の瞬間、斧が振り下ろされた。

*

 ザインは刃を受けず、横へ抜けた。

 斧が石を削る。大男はすぐに引き戻し、短く柄を突き出した。

 胸へ入る前に、ザインが剣を立てる。鍔と柄がぶつかり、腕へ重い衝撃が走った。

 押し合えば、向こうが勝る。

 ザインは自分から力を抜き、男の横へ回った。

 斧が追ってくる。

 大きいが、振り回してはいなかった。岩へ当てない位置を知っている。踏み込む足にも迷いがない。

 ザインは一度離れた。

「エレン、右を塞げ!」

「やってる!」

 エレンは棍棒を持つ男を棚へ押し戻し、横から来た剣を斧で受けた。刃が噛み合う。

 引き合わず、足を入れる。

 男が体勢を崩したところへ柄を押し込み、膝をつかせた。

 エレナはサラの横に立ち、脇の通路から来る二人へ細剣を向けた。

 広く戦えば、囲まれる。

 ここを通すまいとするだけなら、一人ずつだった。

 最初の男の手を切っ先で払う。怯んだ男が下がり、後ろとぶつかった。

「順番を待っていただけますか」

「ふざけんな!」

「こちらも、忙しいんです」

 サラはその横から、通路の奥を見ていた。

 板戸が開いた。

 暗がりから引き出されたのは、武器を持たない女性だった。

 男がその襟を掴み、短剣を抜く。

「おい! こっちを見ろ!」

*

「やめろ!」

 別の声が重なった。

 茶髪の若い男が、短剣を持つ腕へ掴みかかった。

 ポールだった。

「何しやがる!」

「その人を放せ!」

「お前も捕まりてえのか!」

 もみ合いになり、女性が膝をつく。

 ポールは男の腕を両手で押さえ、戸口の柱へ叩きつけた。短剣が落ちる。

「外へ!」

 女性へ叫び、開いた戸を押さえた。

 中には、ほかにも二人いた。

 縛られた手を胸へ抱え、立つことすら躊躇している。

「早く!」

 ポールが背中を向けた。

 短剣を落とした男が、床へ手を伸ばす。

 サラは弓を引いた。

「拾わないで!」

 男が顔を上げる。

 矢は、まっすぐ自分を向いていた。

 指が止まる。その肩へエレナの細剣が添えられた。

「両手を、見えるところへ」

 男はゆっくり手を上げた。

 サラは弓を下ろさず、捕らわれていた三人を見た。

「入口へ行って。兵の人がいるから!」

 女性が頷いた。後ろの二人へ声をかけ、壁沿いに走る。

 エレンが横から来た盗賊を押し返し、三人の通る幅を空けた。

「こっちよ!」

 ポールも、最後の一人を支えて入口へ向かった。

*

 大男がそちらへ目を向けた。

 ザインは逃さず踏み込んだが、斧の柄が脇腹へ来た。

 身体を捻る。衝撃が上着越しに走った。

 息を吐き、下がりすぎずに留まる。

 大男は追おうとして、足元の段へ踵を当てた。

 ザインが回り続けた分だけ、男は得意な場所から動いていた。

 斧が横へ来る。

 ザインは石の段へ足をかけ、刃の外へ抜けた。振り終わった柄を左手で押さえ、曲刀を男の首筋へ添える。

「落とせ」

 男の肩が強張った。

 力任せに柄を引けば、首へ刃が入る。

 入口では、逃げようとした仲間が兵に押さえられていた。エレンの前にも、武器を捨てた二人が座っている。

 斧が床へ落ちた。

 ザインは男を膝立ちにさせ、近づいてきた兵へ渡す。

 剣を下げると、脇腹が痛んだ。

「当たった?」

 エレンが訊いた。

「少しな」

「あとで見せて」

「お前、医者か」

「エレナに見せるのよ」

 そのエレナは、捕らわれていた人の縄を切っていた。

 サラが大男の斧を遠くへ寄せる。

 ザインは一度息を整え、盗まれた箱へ向かった。

*

 焼き印も、留め金も同じだった。

 箱は開けられていない。

 ザインは抱え上げようとして、顔をしかめた。

「ほら」

 エレンが反対側を持つ。

「一人で持とうとしない」

「持てる」

「持てても、二人で持つ」

 箱が床を離れた。

 二人で入口へ運ぶ途中、サラが脇の細道へ顔を向けた。

 ポールが立っていた。

 捕らわれていた最後の一人を、外の兵へ引き渡したところだった。兵たちは、救出された人々の保護と盗賊の拘束に追われていた。ポールはその隙に、脇の細道へ一歩下がった。

 若い男は、坑道の奥を振り返った。

 縛られた大男。床に落ちた武器。

 それから、細道へ一歩下がる。

「……ポール」

 サラが呼んだ。

 彼が顔を上げる。

「どうして、撃たなかったの」

 返事はすぐには来なかった。

 ポールはサラの顔を見て、目を逸らした。

「知ってる奴に、少し似てた」

 それだけ言い、細道へ走った。

 サラは追おうとして、足を止めた。

 そばで、解放された女性が座り込んでいた。立ち上がろうとしても、膝に力が入らないらしい。

 ザインも、細道の方を見た。

「追うな。そっちを頼む」

 サラは頷き、女性へ肩を貸した。

 ポールの足音は、もう聞こえなかった。

*

 隊長は、逃げた男の名と様子も聞き取った。

 サラはポールが襲撃に加わっていたことと、捕らわれた人を逃がしたことを、両方話した。

 隊長は途中で口を挟まず、書き留めた。

「分かった。外へ回した者にも伝える」

 サラは紙へ目を落とし、それから顔を上げた。

「あの人が止めなかったら、人質にされていました」

「ああ。それも書いた」

 隊長が記録を示す。

 サラは頷いた。

 入口の外では、捕まった盗賊たちが並ばされていた。

 前に見た弓兵もいた。上腕に布を巻き、武器は持っていない。傷の男は、その隣で俯いていた。

 エレナがサラのそばへ来る。

「出ましょう。運ぶものが、まだあります」

 サラはもう一度だけ細道を見てから、弓を肩へ掛けた。

 盗まれた品をすべて持ち出すには、人手が足りなかった。兵が坑道を見張り、四人は依頼主の箱と、歩ける三人を連れて番所へ戻る。

 道の途中で、エレンが箱を持ち直した。

「三千オーラム、惜しかった?」

「盗品だぞ。受け取って、すぐ兵に返すのか」

「そういう計算してたんだ」

「してねえ。奥で動いてる奴を見てた」

 エレナが横から口を挟む。

「返事まで、少し間がありましたね」

「お前は、何を見てたんだ」

「同じ方です」

 エレンが笑った。

「じゃあ、分かってて言ってるじゃない」

「ええ」

 ザインは何か言いかけ、箱を持つ方へ戻った。

*

 番所の中庭で箱を見せると、商人はその場で蓋を開けた。

 中を確かめ、何度も頷く。

「あります。これです」

「数えろ。急がなくていい」

 ザインは石の縁へ腰を下ろした。

 エレナが隣へ膝をつき、上着を少し開かせる。脇腹に青い痕が浮かんでいた。

「押すと?」

「痛え」

「そうでしょうね。しばらく、荷物は持たないでください」

 彼女の掌に、淡い光が灯った。

 エレンは商人の検品を手伝い、サラは御者の様子を見に行った。

 医師の話では、今日は休ませた方がよいという。吐き気はなく、受け答えもはっきりしていた。

 商人は出発を翌朝に延ばし、代わりの御者を頼むことにした。

「遅れた分の宿代は、こちらで持ちます」

「頼む」

 ザインが頷いた。

「報酬は、着いてからでいい。まだ運び終わってねえからな」

 商人は書付をしまい、今度は深く頭を下げた。

*

 翌朝、馬車は番所を出た。

 分かれ道までは、兵が同行した。盗賊の姿はなく、昨日道を塞いだ丸太は脇へ寄せられていた。

 サラは斜面の木々を見た。

 ポールの姿もなかった。

 エレンが馬車の横から声をかける。

「何か見える?」

「ううん」

 サラは首を振り、前を向いた。

 その日の夕方、三台は街道沿いの取引先へ入った。

 薬箱も、布も、取り戻した銀製品も、店の奥へ運ばれていく。

 受取人が帳簿を閉じるまで、四人は待った。

 残金は千六百オーラム。一人四百ずつ、前金と合わせて五百。

 サラが帳面へ書き込む横で、ザインは金貨を財布へ収めた。

「これで終わりだ」

 エレンが肩を回す。

「今度こそね」

 エレナは手帳に、馬車三台の小さな図を描いていた。

 右側へ一本線を引き、最後尾の端へ印をつける。

「次も同じだけ張るの?」

 エレンが覗いた。

「今の私では、この辺りが限度です。長くすると、端を揃えるのが難しくて」

「馬車を寄せたら、その分は余る?」

「ええ。馬が動ける幅は必要ですが」

「なら、停め方も考えられるわね」

 エレナは図を見直し、別の並べ方を横へ描いた。

 ザインが後ろから言う。

「先に宿だ。道の真ん中で研究すんな」

「あなたも見ていたでしょう」

「見てたから言ってる」

 エレナが手帳を閉じた。

 歩き出した四人の後ろで、店の戸が閉まる。

 サラは帳面を鞄へしまい、今度は姉と並んで宿へ向かった。

*

 同じ頃、ポールは細い川で顔を洗っていた。

 借りていた弓は、坑道へ置いてきた。

 腰に残っているのは短剣と、軽い財布だけだった。

 濡れた手を膝で拭く。

 腰の財布が、屈んだ拍子に石へ触れた。

 あの連中と組んだ頃は、遺跡へ潜る話をしていた。弓を使える奴が欲しいと言われ、悪い気はしなかった。

 最初に盗品を見たとき、抜けることはできた。

 それでも、差し出された分け前を受け取った。

 旅を続けるには金がいる。

 もう少し貯まったら、別の仕事を探す。

 そうして残った先で、今日は自分も馬車へ弓を向けていた。

 ポールは財布から手を離した。

 助けた三人が外へ出られたことだけは、確かだった。だからといって、奪われた荷を取り返しに来た連中と、同じ側に立てたわけではない。

「……ニーナ」

 村を出るときは、帰ったら聞かせたい話が山ほどできると思っていた。

 弓の腕を認められたことも、初めて遺跡へ入ったことも。

 いつから、話せないことの方が増えたのだろう。

 ポールは濡れた手で、もう一度顔を拭った。

 立ち上がり、街道へ続く道を探す。

 分かれ道で一度止まり、背後の森を見た。

 それから、坑道とは反対の方へ歩き出した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。