Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

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第12話 西の森の教授

 護衛の仕事を終えた翌朝、ザインは宿の食堂で革袋の中身を数えていた。

「……四百、五百。よし」

 向かいで斧の刃を拭いていたエレンが、三度目の勘定に顔を上げた。

「まだ数えてるの?」

「確認だ」

「それ、三回目よ」

 本を読んでいたエレナも、頁から目を上げた。

「最初から五百オーラムありましたよ」

「なら何で三回数えるのよ」

「信用と確認は別だ」

 隣では、サラが弓の弦を確かめていた。

「ちゃんと五百あったんだよね?」

「あった」

「じゃあよかったね」

「ああ」

 ザインは満足そうに袋の口を締めた。

 エレンがエレナへ目を向ける。

「サラが一番このおじさんの扱い上手いんじゃない?」

「否定しなければ終わりますからね」

「おい、聞こえてるぞ」

 エレナは本を鞄へしまい、窓の外を見た。街道には、同じ方角へ向かう荷車が続いている。

「今日中には、ツヴァイクに入れそうですね」

「次の仕事は、少し休んでからにするぞ」

「賛成。あたしも、今日は町を見たい」

 エレンが斧の吊り帯を直した。

 エレナも頷いた。ただ、手帳へ挟んだ紙を確かめる手は止まらない。

 ザインの目が、その紙へ向いた。

「何だ、その紙」

「訪ねてみたい方がいるんです」

「……先に言え」

*

 その日の昼前、四人はツヴァイクへ入った。

 広い通りには荷車が行き交い、軒先の品を売り込む声が飛び交っていた。織物や果物の並ぶ店の向こうに、城の塔が見える。

 城前の広場では、職人たちが太い柱を立てていた。積み上げた板材の向こうに、作りかけの客席が段をなしている。

「何を作ってるの?」

 エレンが訊くと、材木を運んでいた男が足を止めた。

「トーナメントの観客席さ。まだ先だが、始まればこの辺りは人だらけになるぞ」

「へえ」

 エレンは腰の斧に手を添えた。

「出ねえぞ」

「まだ何も言ってない!」

「出る顔してた」

「どういう顔よ!」

 サラが姉の顔を覗き込む。

「見に来るだけでも、楽しそうだね」

「そうそう。あたしもそう思ったの」

 エレンは頷き、立札をもう一度見た。

 ザインも足を止めていた。視線は広場を外れ、隣の酒場へ向いている。

 入口の張り紙に、太い字が躍っていた。

 『珍獣、高価買い取り』

「……」

 エレナが彼の横顔を見た。

「ザイン」

「見るだけだ」

「それ、お土産物屋の前でエレンが言うのと同じですよ」

「一緒にすんな」

「あたしはちゃんと見るだけの時もある

「買う時もあるだろ」

「あるけど!」

*

 酒場では、旅装の男が小さな檻をいくつも足元に置いていた。

「西の森にいるらしい。見たこともない生き物が、四匹ほどな」

 男はザインの剣とエレンの斧を見比べた。

「生きたままなら買う。傷物にするなよ」

「値は」

「物によるな。珍しけりゃ数千、よほど珍しければ一万行く可能性もある」

 ザインの目が変わった。

 エレンが肩を掴む。

「捕まえに行こうとか考えてない?」

「考えてねえ」

「本当に?」

「まだ」

「“まだ”って言った!」

 その横で、エレナは酒場の主人へ別の用件を切り出していた。

「西の森の研究者? ああ、教授か」

「やはり、こちらにお住まいなんですね」

「森の道をまっすぐだ。途中で細い獣道へ入るなよ。煙突が見えたら、その家だ」

 主人は布巾を肩へ掛けた。

「戸が開いてても、勝手に入るな。何をやってるか分からんからな」

 ザインが横から訊く。

「危ねえ奴なのか」

「井戸の揚水機を直してくれた。あれは助かったよ」

「なら、何でそんな顔する」

「直ったあと、店の前で歌ったんだ。客を全員、外へ呼んで」

 エレンがエレナへ目を向ける。

「知り合い?」

「いいえ。お名前と、研究の噂を少し。直接お会いするのは初めてです」

「何を研究してる人なの?」

「薬学者だという人もいますし、機械技師だという人もいます。生物学者だという人もいれば、天文学者だという人までいるそうです」

「何でも屋じゃないの?」

「研究成果をほとんど公表されない方なので、詳しいことが分からないんです。一度、お会いしてみたくて」

「それで気になったのね」

「ええ」

 エレナは道順を書き終え、手帳を閉じた。

 ザインは西へ向かう道と、珍獣の張り紙を交互に見た。

「妙なもんが四匹いる森に、妙なもんを作る奴が一人か」

「まだ会ってもいないのに、失礼ですよ」

「関係なきゃ、それでいい」

*

 宿へ大きな荷を預け、西の森へ入って一時間ほど経った頃だった。

 湿った土に、小さな爪の跡が並んでいた。その横には深く沈んだ大きな足跡と、何かを引きずった筋。少し先には、根を地面へ差しては抜いたような穴が続いている。

 エレンがしゃがみ込んだ。

「少なくとも三種類……いや、四種類かな」

 エレナも隣へしゃがみ込んだ。

「分かるんですか?」

「こっちはすごく軽い。この大きいのは重い。それで、これは――」

 エレンは足跡から離れた穴を、指先で示した。

「歩いてるっていうより、地面に刺さってる」

 サラが首を傾げた。

「植物?」

「植物が歩くのか?」

 ザインが言う。

「珍獣なら歩くんじゃない?」

 エレンが答えた。

「便利な言葉だな、珍獣」

*

 木々の向こうに、いくつもの煙突が現れた。

 近づいてみると、家というより館だった。ただし、左右で屋根の高さも壁の色も違う。

 古い石造りの母屋に、後から木造の部屋をいくつも継ぎ足したらしい。屋根からは太さの違う煙突が何本も突き出し、庭には巨大な車輪、金属板、用途不明の筒、壊れかけの羽根のようなものまで転がっている。

 玄関横の壁だけ、妙に黒く焦げていた。その脇には、手書きの札が掛かっていた。

 『見学者は呼び鈴を一回。

 売り込みは二回。

 苦情はまず深呼吸。』

 エレンが焦げた壁と札を見比べた。

「帰らない?」

「意見が合うな」

 ザインも頷いた。

「ここまで来たのに?」

 エレナだけが楽しそうに呼び鈴を一回鳴らした。

 呼び鈴の音に重なって、館の中で何かが爆ぜた。足裏にまで、かすかな振動が伝わる。

「伏せて!」

 エレンが反射的にサラを庇う。

 煙突の一つから、黒煙が勢いよく噴き上がった。

 ザインが曲刀の柄へ手を置く。

「人いるよね?」

 サラが心配そうに言う。

 館の奥から、女の声が響いた。

 助けを求める声ではなかった。

 歌だった。

「前人未トーの空前絶グォ~~♪」

 四人が固まった。

「……何?」

 エレンが訊く。

 歌は続いている。

「天下無ソーの針小棒ドゥワ~~イ♪ 驚天動地の五リ霧チュウ~~♪」

 ザインがエレナを見る。

「これ、何語だ」

「一応、私たちと同じ言葉だと思いますが……」

「本当か?」

「自信はありません」

 戸を隔てているのに、歌声はますます大きくなる。

「我デーン引水自画自サ~ン♪ 青はアイより青く花よりだんご♪」

 エレンが真顔で言った。

「帰ろう」

「ああ、俺も賛成だ」

 だがもう遅かった。

 玄関の扉が勢いよく開いた。

「とにかく無敵の――大! 大! 大! 大! 大! 大! 大!」

 煙の中から、一人の女性が飛び出してくる。

「大!天サ~~~~~イ!」

 両手を大きく広げたところで、ちょうど四人と目が合った。

 沈黙。

 女性が瞬きをした。

「あら、お客さん?」

*

 煙が薄れ、女性の姿がはっきりと見えた。ザインが思い描いていた研究者より、ずいぶん若い。二十代の終わりか、三十を少し過ぎたくらいだろう。

 腰まで届く波打つ金髪に、明るい緑の瞳。身体に沿った青紫の衣装は華やかで、研究者らしい白衣など着ていない。

 腰には革製のホルダーが並び、色とりどりの液体が入った試験管が収まっていた。

 片手に持った金属筒は、銃にも工具にも見えた。先端から、まだ細い煙が上がっている。

 美人ではある。

 しかし、明らかに変人だった。

 女性は金属筒を肩へ担ぎ直し、にこりと笑った。

「それで、私に何の用かしら」

「貴女が教授でいらっしゃいますか。私はエレナ・ヴァルティエと申します」

「そうよ! 私が教授よ! よろしくね」

 女性は胸を張った。

「名前は?」

 ザインが訊く。

「教授よ」

「名前を聞いてる」

「教授よ」

「……そうか」

 ザインは早々に諦めた。

 残る三人も短く名乗ると、教授は四人を見回した。

「冒険者?」

「ええ、そんなところです。私は旅をしながら、星や古い遺跡について調べています」

「星? 遺跡? あなた、なかなか面白いことをしているのね!」

「ありがとうございます。教授の研究にも興味がありまして」

「まあ! それでわざわざ訪ねてきたの? 何が聞きたいのかしら」

「研究の内容もですが……実は、こちらへ来る途中で気になるものを見つけたんです」

「何かしら?」

「妙な足跡です。こちらのエレンが見つけたんですが、四種類ほどあって。中には、根を地面に刺したような跡もありました」

「……根?」

「ええ。町でも、この森に妙な生き物が出ていると聞きました。何かご存知ですか?」

 教授の笑顔が止まった。

「妙な生き物?」

「はい」

「……」

「教授が関係していますか」

 エレナが訊く。

 教授の視線が、四人を避けて横へ流れた。

「お前のだな」

 ザインが言う。

「決めつけは良くないわ」

「違うのか?」

「……私のよ」

 エレンが額を押さえた。

「やっぱり」

*

 館へ入ると、ザインは頭上の金属球を避けて首を傾けた。何に使う物かは分からない。

 本棚には古文書と植物図鑑が隙間なく詰まり、机の上では薬瓶と歯車が星図を押さえていた。その奥から、小さな動物の骨格標本が顔を出している。

 教授が金属筒を台へ置いた。

「赤い札の物には触らないでね」

「札がついてねえのは?」

「まだつけてない物もあるわ」

 ザインは両手を自分の腰へ置いた。

「それで」

 エレンが腕を組んだ。

「どうして四匹も逃げたの?」

「事故よ」

「どんな?」

「檻を閉め忘れたの」

「それ事故じゃないでしょ」

「閉めたつもりだったのよ!」

「もっと駄目じゃない?」

 教授は気にした様子もなく、一枚の紙を机に広げた。

 描かれていたのは、四匹の奇妙な生き物だった。

 大きな青い目と鋭い牙を持つ、茶色い猫のような獣。

その隣には、長い耳を立て、なぜか時計を握った白い兎がいる。

 さらに、鬼のような顔をした赤い花が、緑の蔓を手足のように伸ばしていた。

 一番下には、丸い胴と太い脚、背中に鋭い棘を生やした緑色の巨獣。

「マコ、バーニィ、奇面草、ムクチャー。逃げたのはこの子たちよ」

 サラが紙を見る。

「奇面草って……草?」

「いい子よ」

「歩くの?」

「もちろん歩くわよ!」

 サラは絵の蔓を目で追い、もう一度、草の顔を見た。

 ザインは紙を見ながら訊く。

「自分で捕まえに行かねえのか?」

「忙しいもの」

「逃がしたのお前だろ」

「今すごく大事な実験中なの!」

 教授は台に置いた金属筒を取り上げた。

「薬液や固体を遠距離から正確に射出する装置よ」

「武器か?」

「研究器具よ」

「さっき爆発したぞ」

「研究器具よ」

「歌ってたぞ」

「成果が出たから!」

「どれが成果なんだ」

「爆発する条件が分かった!」

 ザインは黙った。

 エレナが少し考える。

「……確かに、爆発する条件が分かったのなら、それも成果ではありますね」

 ザインがすぐ振り向く。

「お前、そっち側に行くな」

 教授は四匹の絵を、ザインの鼻先へ差し出した。

「お願い、連れて帰ってきて!」

 ザインは紙を押し戻した。

「報酬は」

「ないわ」

「よし帰るぞ」

「ちょっと!」

「何で無償でお前のペット探すんだ」

「人助け!」

「ペットだろ」

「研究者同士の友情!」

「俺は研究者じゃねえ」

 サラがザインの袖を引いた。

「探そうよ」

「……」

「森に慣れてないなら、危ないかもしれないし」

 エレンも頷く。

「町の人が捕まえたら、売られちゃうかも」

 ザインの目が、一瞬、四匹の絵へ戻った。

 エレナがすかさず顔を覗く。

「今、売値を考えていませんか?」

「一瞬だけしか考えてねえし、しかも目の前に持ち主いるだろ」

 三人の視線がザインへ集まった。

「何だ」

 エレンが訊いた。

「売らないの?」

「人のもん勝手に売ったら盗品だろ」

「そこなんだ」

「信用なくす」

「ほんと一貫してるわね」

 教授が身を乗り出す。

「じゃあ決まりね!」

「決まってねえ。報酬」

「相談一回!」

「何だそれ」

「今後、私の知識が必要になった時、何でも一つ本気で相談に乗る!」

「普段は本気じゃねえのか」

「内容によるわ」

「余計信用できねえ」

「私は、その条件で十分だと思います」

 エレナが横から言った。

「……お前まで」

「教授がどんな研究をされているのか、私も以前から気になっていたんです。その知識を直接お借りできるなら、ありがたいお話です」

「ほら! この子は分かってるわ!」

 教授が嬉しそうに手を叩いた。

「まだ何も分かってねえだろ」

「これから分かるんです」

 エレナは楽しそうに答えた。

 ザインは残る二人を見た。

 エレンはすでに斧の吊り帯を直している。サラも、期待するようにこちらを見ていた。

「……分かった。ただし、危なきゃ引くぞ」

「もちろん!」

 教授は部屋の隅から、小さな檻を二つ持ってきた。

「マコとバーニィは、これに入れてちょうだい」

「残りの二匹は?」

「捕まえたら一旦戻ってきて!」

「お前な……」

 ザインは檻を受け取り、留め金を一つずつ確かめた。

「何してるの?」

「閉まるか確認してんだよ」

「ちゃんと閉まるわよ!」

「閉め忘れた奴に言われてもな」

 教授は口を尖らせた。

「じゃあ、さっそくお願いね!」

「逃がした本人が、一番気楽そうだな」

 ザインは一つをエレンに渡し、もう一つの檻を手に出口へ向かった。

*

 最初に見つかったのは、白い兎のバーニィだった。

 長い耳が見えたと思えば、次の瞬間には別の木の陰から覗く。ザインは一度追いかけ、ほどなく同じ道を戻ってきた。

「無理だ」

「諦めるの早いね」

 エレンが言う。

「俺より速い」

「じゃあ追わないで捕まえよう」

「どうするつもりだ」

 エレンは地面へ目を落とした。木の根元に、齧ったばかりらしい木の実の殻が散っている。

「お腹が減ってるみたいね」

 エレンはサラから干した果物を分けてもらい、木の根元から少しずつ並べた。サラがその先へ座り、残りを膝に置く。

 十分後。

 バーニィはサラの膝の上で果物を食べていた。

「かわいい」

 サラが背中を撫でる。

 ザインがじっと見る。

「これ、売ったら――」

「売らないよ」

「最後まで言わせろ」

 バーニィを檻へ移し、サラが抱えて歩き出すと、今度は木の上から茶色い顔が覗いた。

 二匹目のマコは、四人を見つけるなり幹を駆け下りた。青い目を輝かせ、自分から足元へ寄ってくる。

「楽じゃん」

 エレンが言った。

 マコが地を蹴った。ザインの腰へ飛びつき、食料袋の紐を引く。留め具が外れた時には、袋ごと茂みへ走り込んでいた。

「おい!」

 ザインが追う。

「待て!」

 木の陰から、マコが顔を出す。ザインが手を伸ばすと、袋を咥えたまま、ひょいと隣の木へ移った。

「すっかり気に入られたみたいですね」

 エレナが笑う。

「どこがだ!」

 エレンが右へ回り、エレナが反対側を塞いだ。

 逃げ道を失ったマコは、木の根元で一度立ち止まる。

 ザインが外套を広げた途端、なぜか自分からその胸へ飛び込んできた。

「……何なんだ、お前」

 ザインがしゃがんで抱え直しても、マコは膝の上で食料袋を漁り続けた。

「こいつ嫌いだ」

「向こうはザインのこと、好きみたい」

 サラが言う。

「もっと嫌だ」

 袋を引くと、マコもついてくる。ザインは諦めて袋ごと檻へ入れ、エレンへ渡した。

 さらに進むと、木々の切れ間に赤い花が見えた。緑の蔓が地を這い、その真ん中で鬼のような顔がこちらを向いている。

 三匹目の奇面草だった。

「いた」

 サラはバーニィの檻を木の陰へ置いた。エレンも、その隣へマコの檻を下ろす。

 ザインが一歩近づいた瞬間、地面から蔓が飛んできた。

「おっと」

 エレンが斧を抜く。

「普通に襲ってくるじゃない!」

「切るなよ!」

「分かってる!」

「柄の方使えよ」

「分かってるって!」

 エレンは刃を外へ向け、柄で蔓を受けた。巻きつかれる前に捻り、横へ払う。

 エレナも細剣を抜いた。切っ先が赤い花へ向き、次いで蔓へ下がる。どちらへ突くべきか、決めかねた。

「植物って、どこまでなら傷つけても大丈夫なんでしょうね?」

「知らん!」

「教授に聞いておけばよかったですね」

 サラの矢が、伸びてきた蔓のすぐ先へ刺さった。土が跳ね、蔓がびくりと引く。

「今!」

 ザインは伸びてきた蔓を剣の腹で払い、太い根の脇へ回り込んだ。

 エレンも反対側へ回る。

「倒すよ!」

「ああ」

 二人で身体を押すと、奇面草は根をばたつかせながら、ゆっくり横倒しになった。

 奇面草はしばらく蔓を振り回したが、やがて大きな葉を地面へ伏せた。

 サラがおそるおそる近づく。

「大丈夫?」

 大きな葉が一枚、ぱたんと動いた。

「大丈夫そう」

「会話できてんのか?」

「なんとなく」

 ザインはサラをしばらく見た。

「お前、すげえな」

 サラは少し照れた。

 やがて奇面草は根を動かして起き上がり、サラの後ろをゆっくり歩き始めた。

「……ついてくるのか?」

「うん。たぶん」

「たぶん、か」

 三匹を連れて館へ戻ると、教授は庭にしゃがみ、大きな車輪へ金属板を取りつけていた。

「あら! もう三匹も見つけたの?」

「ああ。先にこいつらを預ける」

 サラとエレンが檻を下ろした。バーニィは木の実を齧り、マコはまだ食料袋を抱えている。

 サラが奇面草を囲いへ誘導し、戸を閉める。その後ろで、ザインが三つの留め金を順に確かめた。

「その袋、返せよ」

 マコは知らん顔をした。

 教授は檻を覗き、四人へ顔を上げた。

「ありがとう! あとはムクチャーだけね」

「そうだ。どこにいるか、心当たりは?」

「森の奥かしら。あの子、大きいからすぐ分かるわよ」

「捕まえる時に気をつけることは?」

「そうねえ……驚かせないことかしら」

「驚くと?」

「ものすごい高温ガスを出すの」

 ザインは教授を見た。

「そういうことは最初に言え」

「聞かれなかったもの!」

「聞かなきゃ言わねえのか!」

*

 ムクチャーは沢にいた。

 斜面を下りる四人の前で、水辺の大きな背が動いた。ムクチャーは太い脚を踏ん張り、こちらへ向き直る。丸い胴が、さらに膨らんだ。

 エレナの視線が、その喉元へ走る。

「待って。何か吐きます」

「伏せろ!」

 ザインが叫ぶ。

 頭上を、熱気が吹き抜けた。背後の低木が大きく揺れ、葉が縮れるように垂れ下がる。

 エレンが顔を上げる。

「教授に事前に聞いておいてよかった」

 ムクチャーが地面を蹴った。

 ザインは剣を抜かずに前へ出た。巨体が迫るぎりぎりまで待ち、横へ飛ぶ。

「エレン!」

「分かってる!」

 エレンが側面から身体をぶつける。

「重っ……!」

 エレンの靴が土を滑った。ザインも反対側から肩を入れるが、二人の間を巨体が押し通る。

「本当にこれ生け捕りするの!?」

「教授に言え!」

 エレナは細剣を構えたまま、巨体の周りを動いた。目も喉も狙えない。脚を傷つければ、この大きさを担いで帰ることになる。

 ムクチャーが再び大きく息を吸った。

「ザイン、左!」

 ザインが跳び退いた場所を、熱気が抜けた。吐き終えると、ムクチャーは脚を止め、喉を大きく上下させる。

 エレナが声を上げた。

「吐いた後です!」

「何だ?」

「呼吸が戻るまで、動けません!」

 サラは矢筒を探り、先端を丸くした練習用の矢を抜いた。

「何してる?」

「傷つけないように」

 弦が鳴り、丸い矢先がムクチャーの鼻を叩いた。

「ぶっ!」

 ムクチャーが顔を振り、怒った顔でサラへ向かう。

 ザインがその間へ入った。

「こっちだ!」

 ザインが走り出すと、ムクチャーも進路を変えた。背後から重い足音が迫る。

「どこ行くの!?」

 エレンが叫ぶ。

「でかい木!」

 沢の脇に、二本の巨木が並んでいた。ザインは肩を捻り、その間へ身を滑らせる。

 ムクチャーも勢いのまま突っ込んだ。

 そして、はまった。

 二本の幹に丸い胴が挟まり、前脚だけが空を掻いていた。背中の棘が樹皮を削るが、身体は前へ進まない。

 四人はしばらく黙っていた。

 ザインが息を整える。

「捕まえた」

 エレンが吹き出す。

「それでいいの?」

「生きてるだろ」

 エレナも笑いを堪えていた。

「確かに、生け捕りですね」

 ムクチャーだけが猛烈に怒っている。

 その時。

「動かないでー!」

 森の向こうから声が飛んできた。

 振り返ると、木々の間で金髪が跳ねていた。

「教授?」

 教授は足を止め、例の金属筒を肩へ構えた。

「伏せて!」

「何でお前が来て――」

 短い破裂音とともに、小さな筒が飛んだ。ムクチャーの尻へ、先端の針が刺さる。

「!?」

 数秒後、ムクチャーの目がとろんとした。脚から力が抜け、膨らんでいた胴がしぼむ。幹の間からずるりと抜け、その場へ座り込んだ。

 教授が金属筒を掲げる。

「成功!」

 教授はムクチャーへ駆け寄り、呼吸と目を確認する。

「麻酔量も完璧。予定通り!」

 エレンが訊く。

「この子、大丈夫なの?」

「もちろん。私のペットよ」

 教授は眠るムクチャーの頭を撫でた。

「この子、臆病なの」

 四人の視線が、眠る巨体へ集まった。

 ザインが言った。

「これが?」

「怖いと先に攻撃しちゃうのよ。知らない人が四人も追いかけてきたら怖いでしょう?」

 サラが少し申し訳なさそうにムクチャーへ近づく。

「……ごめんね」

 眠っているので返事はなかった。

*

「で」

 ザインが辺りを見る。

「これ、どうやって館まで運ぶんだ」

 横たわるムクチャーは、近くで見るとますます大きかった。今は眠っているので、自分で歩いてもくれない。

 教授が得意げに森の奥を指差した。

「もちろん考えてあるわ!」

 木陰に、低い四輪台車が置かれていた。太い金属の骨組みに大きな車輪。前には、滑車と巻き上げ機までついている。

 ザインが教授を見る。

「何でこれ持ってきてんだ」

「ムクチャー搬送用よ」

「ムクチャーは大きいから、台車を持って後から来たのよ。あなたたちが先に見つけてくれて助かったわ!」

「なら、先に言っとけよ……」

 教授は台車を寄せ、ムクチャーの下へ運搬用の板を差し込んだ。太い帯を胴へ回し、滑車を通したロープへ繋ぐ。

「じゃあ、ザインとエレン。引いて」

「何であたしたちなの?」

「一番力ありそうだから」

 エレンがザインを見る。

「まあ……それは合ってる」

 二人でロープを引く。

「せーの!」

 動かない。

「……」

「……」

 もう一度。

「せーの!」

 やはり動かない。

 サラも加わった。

 動かない。

 エレナは張り詰めたロープを目で辿り、滑車の前へしゃがんだ。

「これ、向き逆じゃないですか?」

 教授が見る。

「あ」

 ザインの顔が引きつる。

「お前が作ったんだろ」

「作ったの半年前だから忘れてた!」

「天才どこ行った!」

「ここにいるわ!」

 エレナが教授と一緒に滑車の向きを直すと、今度はロープがするすると動いた。三人が引くにつれ、ムクチャーが板ごと台車へ上がっていく。

 教授が両手を広げる。

「ほらね!」

「お前何もしてねえだろ!」

*

 館までの二十分。

 ザインとエレンが台車を押す。

 エレナとサラは教授と並んで歩いていた。

「この台車も、教授が作ったの?」

 サラが車輪の回る様子を覗き込んだ。

「もちろん!」

「動力を付ければ自走できそうですね」

 エレナも、台車の空いた部分へ目を向ける。

 教授の目が輝いた。

「それ、いい!」

 ザインが後ろから叫ぶ。

「余計なこと言うな!」

「どうしてですか?」

「次会った時絶対爆発する!」

「失礼ね!」

 教授が振り返った。

「爆発しない装置だって作れるわよ!」

「例えば?」

 教授は少し考えた。

「……今度作る予定よ!」

「まだねえじゃねえか!」

*

 ムクチャーを館へ運び込む頃には、陽が西へ傾き始めていた。

 バーニィは檻から出るなり餌場へ直行した。マコはようやく食料袋を取り上げられ、不満そうにザインの靴へ前脚を乗せる。

 奇面草は窓際で根を下ろし、ムクチャーは庭の台車で大きな寝息を立てていた。

 教授は四匹を一匹ずつ確認し、満足そうに腰へ手を当てた。

「完璧ね!」

「どこが」

 ザインが疲れた顔で言う。

「全員無事だったでしょう?」

「俺たちは疲れた」

「運動は健康にいいのよ」

 教授は四匹の水を確かめてから、四人を台所へ通した。

「座って。お茶を淹れるわ。食べる物もあるから」

「普通のお茶だろうな」

「あなた、何を心配してるの?」

 ザインは棚の色とりどりの瓶を見た。

 教授は肩をすくめ、別の戸棚から茶葉を出した。

 サラは渡された布で手を拭き、窓越しに庭を見る。

 バーニィは寝床へ丸くなっていた。マコは新しい掛け金を触っている。上へ手を伸ばしても、二つ目には届かなかった。

「また脱走しないかな」

 サラが言うと、教授はあっさり頷いた。

「そうね。今度は鍵をかけ忘れたら、鈴でも鳴らすようにするわ」

 エレンが椅子へ腰を下ろした。

「最初からそれでよかったじゃない」

「手が四本あれば、とっくに済んでるわよ」

「増やすなよ」

 教授の目が、自分の両肩へ動いた。

「考えるな」

 エレナがとうとう吹き出した。

 茶とパンが卓へ並ぶと、教授は四人へ向き直った。

「今日はありがとう。買われて、遠くへ連れていかれる前に見つかってよかった」

 サラが笑った。

「みんな、あまり遠くへ行ってなかったよ」

「ご飯の時間には、戻ってくるつもりだったのかもね」

 教授は庭へ目をやってから、机の引き出しを開けた。小さな金属札を取り出し、ザインへ差し出す。

「はい」

 ザインが受け取る。

「何だこれ」

「私の印」

 表には大きく、『教授』 と刻まれていた。

「名前じゃねえな」

「細かいこと気にしない!」

「俺は気にする」

「それを持ってきたら、一回だけ本気で相談に乗るわ」

「失くしたら?」

「相談料を取る」

「絶対失くさねえ」

*

 食事が済むと、エレンはサラと一緒に庭へ出た。

 ムクチャーが目を覚まし、教授の用意した水へ口をつけていた。立ち上がる脚も、先ほどよりしっかりしている。

 エレンは窓へ手を振った。

「そろそろ戻らない? 暗くなるわよ」

「分かりました」

 エレナは茶碗を片づけ、鞄を肩へ掛けた。

 ザインが戸を開ける。

 その後ろを通ろうとした彼女の足が、机の前で止まった。

「……この線、排気ですか?」

 教授が図面を覗く。

「そうよ。弁を開けた時に、残った空気をこっちへ逃がすの」

「では、ここを通る前に分ければ、射出後の揺れを抑えられるのでは」

「そうすると、圧が足りなくなるのよ」

「内径を変えても?」

 教授が顔を上げた。

 エレナは鞄を椅子へ戻し、図面の端に置かれた紙を指した。

「描いてもいいですか」

「どうぞ」

 ザインは開いた戸を持ったまま、二人を見た。

 エレナが線を引く。教授が金属筒を持ってくる。

「蒼龍の術なら、どこで流れが乱れるか分かる?」

「小さな流れなら。術で補わず、装置だけで動かすんですね」

「誰でも使えた方がいいでしょう」

 エレナの鉛筆が止まった。

「……ええ。それは、そうですね」

 教授は筒の留め金を外し、内部を見せた。

 エレナが身を乗り出す。

 庭から戻ったエレンが、ザインの横へ立った。

「エレナは?」

 ザインが顎で示す。

 机の上では、二人の指が同じ部品を指していた。

 エレンはしばらく見てから言った。

「増えたわね」

「増えたな」

*

 しばらくして、ようやく二人が図面から顔を上げた。

 帰り支度をやり直す頃には、庭先まで木々の影が伸びていた。

 エレナの手帳には、新しい図が二つ増えていた。

「薬を入れる部分は、今のままで。変えるなら、先に空の針で試してください」

「もちろん。あなたの方も、流れを見た記録ができたら送って」

「ええ。次に手紙を出せる町で」

 教授は嬉しそうに手を振った。

「今度は、もっとゆっくりいらっしゃい」

「今度があるのか」

 ザインが訊くと、エレナは鞄の留め具を閉じた。

「ありますよ。まだ聞きたいことが残っていますから」

「今日だけで十分聞いてただろ」

「答えを聞いたら、別のことが気になりまして」

 教授が大きく頷く。

 ザインは二人を交互に見て、戸口へ向いた。

「帰るぞ。これ以上は、森で夜になる」

 サラが教授へ頭を下げた。

「お茶、ごちそうさまでした」

「また来てね。あの子たちも喜ぶわ」

「次は、逃がす前に呼んでよ」

 エレンが言うと、教授は片手を上げて応じた。

 四人が庭を出る。

 背後では、教授があの歌を口ずさみながら、囲いの鍵を一つずつ確かめていた。

*

 ツヴァイクへ戻ると、四人は例の酒場へ寄った。

 珍獣買い取りの男がザインを見つける。

「どうだった?」

「いた」

「捕まえたか?」

「ああ」

 男が身を乗り出した。

「どんなのだ?」

 ザインが四匹の特徴を簡単に説明する。

 男は頷きながら値踏みしていた。

 ムクチャーの大きさと熱い息の話になると、男は膝を叩いた。

「それなら……状態次第じゃ一万オーラムくらい出せたな」

 ザインが固まった。

「……一万?」

 エレンが横から見る。

「ザイン」

「何も言ってねえ」

「あたしもまだ何も言ってないよ」

「顔が言ってる」

 エレナが笑う。

「惜しかったですか?」

「人のもんだ」

「一万ですよ」

「人のもんだ!」

 声が少し大きかった。

 サラが楽しそうに笑った。

*

 酒場を出る頃には、通りの窓に灯りが点っていた。

 宿へ戻る道すがら、サラがザインから金属札を借りた。灯りへかざし、刻まれた文字を指でなぞる。

「これ、本当に役に立つかな」

「知らん」

「でも捨てないんだ」

「荷物にならねえからな」

 エレナが横から覗き込む。

「私はかなり価値があると思います」

「お前にはな」

「また会いたいですし」

「一人で行け」

「護衛は?」

「別料金」

「まだ護衛契約、続いているんですか?」

「そこは曖昧にすんな」

 エレンが笑った。

 その時、森の方から小さな爆発音が届いた。

 四人が振り返ると、町外れの木々の向こうへ、煙が一本上がっていた。

「……戻る?」

 エレンが訊いた。

 ザインは煙を見て、少し考えた。

 それから前へ向き直る。

「帰るぞ」

「いいの?」

「教授だろ」

 エレナも煙を見る。

「まあ……大丈夫でしょうね」

 サラだけは最後まで心配そうに振り返っていた。

 数秒後。

 森の彼方から、微かに声が届いた。

「大成功~~~~!」

 サラも前を向いた。

「うん。大丈夫そう」

 西の森には、再び夜の静けさが戻った。

 少なくとも、次の実験が始まるまでは。

 

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