Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound — 作:水城 雅
北へ進むにつれて、道端の新芽が少なくなった。
ロアーヌの平野では花をつけていた木々も、山道ではまだ枝を裸にしている。日陰に残った雪は、峠を越える頃には道の両側を白く覆っていた。
暦の上では春でも、ポドールイへ続く山には冬が残っている。
「寒っ……!」
エレンが外套の襟を引き上げた。高く結んだ赤毛が風にあおられ、大きな白いリボンが揺れる。
「ロアーヌから、そんなに離れてないのに」
「高さが違うからね。北からの風も、山の間を抜けてくる」
トーマスは眼鏡についた雫を拭い、坂の先へ目を向けた。
「日が当たる側なら、雪も少しは解けていると思う」
「先に言ってよ。もう一枚着てきたのに」
「厚手のものを持っていこうとは言ったよ」
「いつ?」
「演習地を出る前に」
エレンが考え込む。その隣で、サラが小さく口を開いた。
「お姉ちゃん、その時、弓の紐を直してくれてたから」
「……ああ。聞いてなかったかも」
「私の、貸そうか?」
「いいの。あんたまで寒くなったら困るでしょ」
エレンは妹の襟元を直し、足を速めた。
「ザインがいたら、外套を買う時にも値切ってたんだろうな」
少し前を歩いていたユリアンが言った。
「店の人が、もう一枚おまけしたくなるくらい粘りそう」
エレンが応じると、サラも笑った。
「でも、寒いところへ行くなら、ちゃんと買うと思う」
「そうだね。必要なものには払うんじゃないかな。値段は確かめるだろうけど」
トーマスの言葉に、モニカも口元を緩めた。
ユリアンは、その笑顔を見て少し安心した。
昨夜、彼女は城から逃げ、雨の中をシノンまで歩いてきた。そこから夜通し森を抜け、ようやく兄と会えたのに、今度は北への道だ。
演習地で短く休み、食事は取った。それでも疲れが抜けているはずはない。
モニカの薔薇色の衣装には、まだ泥の跡が残っていた。軍から借りた外套の下で、破れた裾を片手にまとめている。
「少し休もうか」
ユリアンが言うと、モニカは顔を上げた。
「私は大丈夫です」
「いや、俺が。坂、思ったよりきついから」
モニカが彼の顔を見る。
ユリアンは目をそらし、道端の倒木を指した。
「あそこなら、座れそうだろ」
「……では、少しだけ」
エレンが二人の間へ目をやった。
「急に疲れたのね、ユリアン」
「坂を上ってるんだから、疲れるだろ」
「そうねえ」
含みのある声だった。ユリアンは聞かなかったことにして、倒木の雪を払った。
*
昼を過ぎて山道を下りると、谷あいに町が見えた。
石造りの家々が寄り添うように並び、雪をかぶった屋根から煙が上がっている。町へ近づくと、薪の燃える匂いが風に混じった。
ポドールイ。
その北、山の中腹に城があった。
黒い石の城壁と尖塔が、白い斜面から突き出している。まだ昼過ぎだというのに、細長い窓の奥は暗かった。
「……あそこ?」
エレンが指すと、モニカがうなずいた。
「レオニード伯爵のお城です」
「伯爵って、人間なんだよな?」
ユリアンが尋ねる。
モニカは少し間を置いた。
「ロアーヌとは、長くお付き合いのある方です」
「今、そこは聞いてないんだけど」
「吸血鬼だと言われているね」
トーマスが答えた。
ユリアンの足が止まる。サラも、城を見上げたまま動かなくなった。
「それ、先に言ってくれよ!」
「ミカエル様から、伯爵の城へと指示された時には、知っているものだと思ってた」
「あたしも知らなかったんだけど。大丈夫なの?」
エレンがモニカの方へ向き直る。
「はい。お兄様も、あそこなら安全だと」
「男爵も、吸血鬼の城を攻める気にはならないだろうね」
トーマスは城へ目を向けた。
「伯爵が侯爵家との付き合いを続けている以上、こちらへ危害を加える理由もない」
「理由がなければ、噛まない?」
「そこまでは、僕も聞いていない」
ユリアンが黙り込む。
モニカは困ったように微笑んだ。
「ご不安なら、私だけでも――」
「いや、行くよ!」
ユリアンが慌てて言った。
「送り届けるって決めたんだから。城まで行く」
「怖いけど?」
エレンが横から口を挟む。
「怖くないとは言ってない!」
モニカが吹き出し、すぐに口元へ手を添えた。
ユリアンは城を見上げた。遠くから見るだけでも、あまり入りたい建物ではない。
それでも、今の笑顔を見た後では、引き返すとは言えなかった。
*
城へ向かう前に、一行は町の酒場で休むことにした。
暖炉のそばに席を取ると、エレンは両手で熱い杯を包み込んだ。
「生き返る……」
「指、赤くなってるよ」
サラが姉の手をのぞき込む。エレンは杯へ息を吹きかけながら、もう片方の手も火へかざした。
トーマスは店主に城までの道を尋ねていた。モニカは椅子に腰を下ろすと、ようやく深く息を吐いた。
酒場には昼間だというのにランプが灯されていた。窓の外は夕暮れを過ぎたように暗く、雪をかぶった石畳がぼんやりと浮かんでいる。
「変な町だな」
ユリアンが窓を見た。
「まだ昼過ぎだろ? もう夜みたいじゃないか」
「ここでは、いつもこんな感じらしいよ」
トーマスが答える。
「山に囲まれているせいとも言われているけど、詳しいことは分かっていない。朝が来ない町、なんて呼ばれることもあるそうだ」
「気味が悪いわね……」
エレンが呟いた。
その時、隣の卓から弾んだ声が聞こえてきた。
「ねえ、次に伯爵様に選ばれるとしたら、誰だと思う?」
「私だったらいいのに。ずっと待ってるんだから」
若い娘が二人、楽しそうに話していた。
エレンが杯から顔を上げる。
「……何の話?」
娘の一人が振り向いた。
「レオニード伯爵様よ。昔から、この町の娘をお城へお招きになることがあるの」
「お城に?」
「ええ。伯爵様に選ばれたら、ずっと若く美しいままでいられるんですって」
ユリアンが眉をひそめた。
「ちょっと待て。伯爵って吸血鬼なんだろ?」
「そうよ?」
娘は不思議そうに首をかしげた。
「だから、永遠の命をいただけるんじゃない」
「いやいや、血を吸われるんだぞ!?」
「それがどうかしたの?」
あまりに平然とした返事に、ユリアンは言葉を失った。
エレンも思わずサラと顔を見合わせる。
「……この町じゃ、それが普通なの?」
「誰もが望んでいるわけではないさ」
答えたのは店主だった。
「だが、最後に誰かが選ばれたのは、二百年以上も前の話だぞ」
「だから、そろそろかもしれないじゃない!」
娘の一人が言い返した。
「……二百年以上も選ばれてないのに?」
ユリアンが呆れると、娘たちは楽しそうに笑った。
エレンも小さく笑ったが、サラは不思議そうに店主を見ていた。
「あの……選ばれた人は、どうなるんですか?」
「伯爵様に血を吸われれば、老いることも死ぬこともなくなると言われている。ただし、一度城へ入れば、二度と外へ出ることは許されない。それが昔からの決まりらしい」
「出られないって……一生?」
「一生どころか、永遠に、だな」
ユリアンが顔をしかめた。
「そんなの、閉じ込められるのと同じじゃないか」
「そう考える者もいるさ」
店主は肩をすくめた。
「だが、年を取らずに何百年も生きられるなら、町を離れても構わないという娘もいる。どちらを選ぶかは本人次第だ」
「私は行きたいわ」
先ほどの娘が言った。
「伯爵様に選ばれる日のために、ずっと髪も肌も手入れしてきたんだもの」
「私だって!」
もう一人の娘もうなずく。
サラは二人を見つめていた。
「……家族のところへ、帰れなくても?」
娘たちは顔を見合わせた。
「それは……寂しいと思うけど」
一人が少し考えてから答えた。
「でも、永遠に若くいられるのよ。そんな機会、滅多にないでしょう?」
サラはそれ以上、何も言わなかった。
エレンは妹の横顔を見た。サラはまだ、何か考えているようだった。
その肩を引き寄せ、軽く叩く。
「まあ、考え方は人それぞれってことね」
それから、店主へ目を向けた。
「でもさ。最後に選ばれた人は、今もお城にいるの?」
「さあな」
店主は杯を拭く手を止めた。
「何しろ、二百年以上も前の話だ。実際に城へ招かれた娘を見たことがある者なんて、今じゃ誰もいない」
「その人がどうなったかも?」
「ああ。城の中のことまでは、俺たちには分からんよ」
エレンは窓の外へ目を向けた。
暗い谷の向こうに、黒い城がそびえている。
あの城のどこかに、二百年以上も前に選ばれた娘が、今も若い姿のまま暮らしているのだろうか。
そう考えると、少し不思議な気分になった。
「だけどさ」
ユリアンが腕を組んだ。
「そんな伯爵の城に、俺たちこれから行くんだよな?」
「ええ」
モニカが答えた。
「レオニード伯爵は、ロアーヌ侯爵家と古くからお付き合いのある方です。お兄様も、とても信頼していらっしゃいます」
「でも、吸血鬼なんだろ?」
「それとこれとは、別の話だよ」
トーマスが口を挟んだ。
「伯爵は六百年以上生きているとも言われている。聖王様や魔王の時代を直接知る、数少ない人物の一人らしい」
「六百年!?」
エレンが目を丸くした。高く結んだ赤毛が、振り向いた拍子に肩の上で揺れる。
「じゃあ、聖王様にも会ったことがあるの?」
「そういう話も残っている。ただ、本人がどこまで語っているかは知らないよ」
ユリアンは再び窓の外を見た。
あの城には、自分たちが歴史として学んだ時代を知る者がいる。
そう考えると、吸血鬼だという噂とは別の意味で落ち着かなかった。
「……本当に大丈夫なのかよ」
「大丈夫です」
モニカが静かに言った。
「お兄様が信頼している方です。それに、私も以前お会いしたことがあります」
「そうなの?」
サラが尋ねる。
「ええ。少し変わった方ではありますけれど、とても礼儀正しく、親切にしていただきました」
「少し変わった、ねえ……」
エレンが苦笑した。
「まあ、昨日だって変なおじさんに助けられたんだし、見た目や噂だけで決めつけるのもよくないか」
「確かにね」
トーマスもうなずいた。
「そういうもんかなあ……」
ユリアンはまだ納得していない様子だったが、やがて杯を置いた。
「……分かったよ。行けばいいんだろ」
エレンが横から顔をのぞき込む。
「怖いの?」
「それとこれとは別だろ!」
サラが小さく笑い、モニカも口元へ手を添えた。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。
外では雪が静かに降り始めている。
隣の卓では、娘たちがまた伯爵の話に戻っていた。
「本当に選ばれたらどうしよう」
「その時は、お城で一番綺麗な服を着たいわ」
二人は楽しそうに笑っていた。
ユリアンは窓の向こうにそびえる黒い城を見上げた。
雪に煙る尖塔の窓には、昼間だというのに小さな灯が揺れていた。
あの城で何百年も生きるという伯爵は、いったいどんな人物なのだろう。
*
夕方、五人は城への坂を上った。
休んだおかげで、モニカの足取りも少し戻っている。城壁に沿って歩き、大きな扉の前で立ち止まった。
門番の姿はない。
ユリアンが呼びかけようとした時、重い扉が内側へ動いた。
誰も、押していなかった。
「……開いたね」
サラが小さく言う。
「歓迎されてると思っていいのかな」
ユリアンは剣の柄へ手を置いた。
「閉め出されるよりはいいと思うよ」
トーマスが先へ進む。エレンは入口の左右を確かめ、モニカとサラの後に続いた。
玄関広間には、赤い絨毯が敷かれていた。磨かれた石床、壁に掛かった古い絵、火の入った燭台。外から想像したような、荒れた城ではない。
ただ、これほど手入れされているのに、使用人の姿が見えなかった。
「誰かいる?」
エレンの声が廊下へ響く。
「伯爵がお待ちです」
女の声が返ってきた。
階段の踊り場に、一人の女が立っていた。
深い緑の髪を耳の後ろへ流し、黒いドレスをまとった女だった。白い肌に、赤い瞳。整った顔立ちに浮かぶ微笑みには、どこか人間離れした美しさがあった。
ユリアンは思わず息を止めた。
「こちらへ」
女が廊下の奥を示す。
「ありがとうございます」
モニカが一礼すると、女も静かに頭を下げた。
五人が通り過ぎる間、彼女は階段のそばに立っていた。ユリアンは振り返りかけたが、エレンに袖を引かれた。
「前、見て。段差」
「分かってる」
靴の先が石の縁に当たった。
「分かってなかったじゃん」
背後で、女が小さく笑った気がした。
大広間には、長い卓と背の高い椅子が並んでいた。その奥、暖炉から少し離れた椅子に、男が一人座っている。
肩へ流れる長い銀灰色の髪に、青白い肌。暗い色の上質な衣装をまとった細身の男は、片手を肘掛けに置き、静かに一行を見ていた。
彫りの深い端正な顔立ちだが、その容姿以上に印象的なのは、燭台の火を映した赤い瞳だった。 穏やかな視線には、若々しい外見に似合わぬ落ち着きがある。ただ静かに座っているだけで、どこか近寄りがたい威厳を感じさせた。
男は五人が近づくまで動かなかった。
モニカが一歩前へ出る。
「突然の訪問をお許しください。ロアーヌ侯ミカエルの妹、モニカ・アウスバッハです」
「知っている」
静かな声だった。
レオニードはモニカの顔を見たまま、少しだけ目を細めた。
雨と泥で傷んだ衣装にも、疲れた顔にも、視線は長くとどまらない。澄んだ青い瞳から額の輪郭へ目を移し、何かを確かめるように黙っていた。
「……ヒルダ」
「はい?」
モニカが聞き返す。
「昔、そなたによく似た人を知っていた。ロアーヌ侯爵家の祖先にあたる女性だ」
レオニードはそれ以上語らず、静かに視線を外した。
「……ミカエルからは、何も聞いていない。何があった」
モニカは昨夜の反乱と、兄の指示でここへ来たことを話した。
レオニードは最後まで遮らずに聞いた。
「ここにいればいい」
「お世話になっても、よろしいのですか?」
「断るつもりなら、門は開けていない」
モニカが深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「礼はミカエルに言わせればよい。貸しにしておく」
ユリアンは伯爵の顔を見た。冗談なのか、本気なのか分からない。
その赤い目が、今度はこちらへ向いた。
トーマス、エレン、サラ、ユリアン。一人ずつ、ゆっくりと見る。
「若いな」
「そりゃ、まあ」
エレンが答えた。
「羨ましいとは思わんが」
「じゃあ、どうして言ったの?」
「エレン!」
ユリアンが小声でたしなめる。伯爵の口元がわずかに上がった。
「構わん。久しぶりに騒がしい客が来た」
「まだ、そんなに騒いでないけど」
「これからだろう」
エレンが言葉を止める。モニカは少し笑い、ようやく肩の力を抜いた。
サラの目が、伯爵の椅子の横へ向いた。
小さな台に、銀の杯が置かれている。
華やかな飾りはなかった。古びた銀の表面に、火の光が淡く揺れている。
サラは何となく、目を離せずにいた。
「気になるか」
声をかけられ、慌てて顔を上げる。
「ごめんなさい。勝手に見て」
「見るだけなら構わん」
「大切なものなのですか?」
モニカが尋ねた。
レオニードは杯へ目を向けた。肘掛けの指が止まり、ほんの短い間、五人のことを忘れたように黙った。
「古い約束だ」
何の約束かとは、続けなかった。
モニカも、それ以上は尋ねなかった。
やがて廊下から、先ほどの女が入ってきた。
「お部屋の用意が整いました、伯爵様」
「案内してやれ。疲れている」
女は一礼した。
微笑んだ唇の間に、細い犬歯が見えた。
ユリアンは目をそらした。伯爵だけが吸血鬼なのだと、思い込んでいた自分に気づく。
女はその様子を見ても何も言わず、モニカを先に廊下へ導いた。
*
客室には暖炉があり、湯と着替えまで用意されていた。
濡れた衣装を脱ぎ、身体を温めると、足の重さがようやく和らいだ。隣り合った客室の一つへ食事が運ばれ、五人は卓を囲んだ。
厚く切ったパンと、湯気の立つスープ。焼いた肉には、香草が添えられている。
「思ってたより、ずっと普通だね」
エレンが匙を持った。
「それ、あの人の前で言うなよ」
ユリアンは扉の方を見る。
配膳された時、誰が盆を持ってきたのかは見ていなかった。気づいた時には食事が並んでいたのだ。
「聞こえてるかもしれないし」
「じゃあ、おいしいって言っとく」
エレンは一口飲み、目を細めた。
「うん。おいしい」
サラも匙を口へ運んだ。モニカは温かいパンを両手で割り、しばらくその湯気を見ていた。
「ザインさん、今頃どうしてるかな」
サラが言う。
「ロアーヌへ向かってるだろ」
ユリアンが答えると、エレンが肩をすくめた。
「ミカエル様にも、食事代は別かって聞いてたりして」
「仕事の条件なら、確かめているかもしれないね」
「トーマスって、あの人には優しいよな」
「頼まれたことは、ちゃんとしてくれたから」
トーマスは杯を置いた。
「君の名前も、最後には覚えたじゃないか」
「最後にはな。何回も間違えたけど」
「ユリウスさん、でしたね」
モニカが言った。
ユリアンが彼女を見る。モニカは目を合わせたまま、こらえきれずに笑った。
「モニカ様まで!」
「ごめんなさい」
謝りながらも、まだ笑っている。
エレンもサラも笑い出し、トーマスは杯を持ち上げて口元を隠した。
モニカは皆の顔を見回した。
昨夜まで、名前も知らなかった人たちだ。今は、城での作法も身分も気にせず、同じ食卓で笑っている。
スープを一口飲む。
温かさが胸へ下りていくと、不意に兄とカタリナの顔が浮かんだ。
匙を止めた彼女を、ユリアンが見た。
「……まだ、知らせは来ないかな」
「はい……」
「帰っても、今は城へ入れない。ここで待とう」
モニカはうなずいた。
分かっていた。それでも、誰かに言ってもらえると、少しだけ楽だった。
*
翌朝も、ミカエルからの知らせは届いていなかった。
十分に眠った五人は、朝食の後、大広間へ集まった。レオニードは昨夜と同じ椅子に座っていた。
「町の方へ行ってもいい?」
エレンが尋ねると、ユリアンが振り向いた。
「もう出るのかよ」
「待ってるだけだと、落ち着かないの。帰る道も、少し見ておきたいし」
「町の東に洞窟がある」
伯爵が言った。
「昔、人間が鉱石を掘っていた。今は魔物が入り込んでいるが」
「それ、勧めてるの?」
「道を知りたいのなら、場所くらいは覚えておけ。入れとは言っていない」
エレンはトーマスを見る。
「町で様子を聞いてみよう。危険なら、近づかなければいい」
彼はそう答え、伯爵へ向き直った。
「その間に使者が来たら、呼び戻していただけますか」
「戻った時に伝える。城から町まで、そう遠くはない」
「ありがとうございます」
ユリアンはモニカを見た。
「モニカ様は、ここで待ってても――」
「私も行きたいです」
静かだが、迷いのない返事だった。
「外を歩いた方が、少し気が紛れそうなので」
ユリアンは森での戦いを思い出した。彼女が前へ出たおかげで助かった。けれど、ザインは無茶をしないよう釘を刺してもいた。
「危なそうだったら、すぐ引き返しましょう」
「ええ。昨日のことは、私も覚えています」
モニカが腰の小剣へ手を添える。
ユリアンはうなずいた。
「じゃあ、一緒に行こう」
サラも弓を持ち直して、姉の横へ並んだ。
レオニードは五人を眺め、椅子へ深く身を預けた。
「遅くなる前には帰れ」
「はーい」
エレンが答える。ユリアンは今度こそ、彼女の返事については何も言わなかった。
*
町で聞いた話では、南へ戻る山道には、まだ雪の深い場所があるらしい。
「峠が通れなかったら、どうするの?」
エレンが尋ねると、トーマスは町で借りた地図を広げた。
「東の旧鉱山を回る道があるそうだよ。遠回りになるけど、雪は比較的少ないらしい」
「じゃあ、帰りはそっちを通ればいいんだな」
「そう簡単でもない。長く使われていない道だから、今も通れるか分からないんだ」
ユリアンは地図をのぞき込んだ。
「だったら、今のうちに確かめておこう。帰る時に道が塞がっていたら困るだろ」
「ええ。入口の辺りを見るだけなら、そう時間もかからないと思います」
モニカもうなずいた。
五人は町の東へ向かった。
岩山の裾に、古い鉱山の入口が見えた。近くには朽ちた台車と錆びたレールが残っている。
「道は、あっちへ続いてるみたいだね」
トーマスが岩壁に沿って伸びる細い道を指した。
その脇には、かつて道具置き場として使われていたらしい洞窟が口を開けている。
「中には入らない方がいいよね」
サラが言った。
「ああ。伯爵も魔物がいるって言ってたしな」
ユリアンが答える。
その時、洞窟の奥から何かを引きずるような音が聞こえた。
トーマスが顔を上げる。
「……戻ろう」
全員が振り向いた、その瞬間だった。
岩陰から、小柄な魔物が跳び出した。
前かがみの体つきに、黄ばんだ牙。ぼろぼろの革をまとい、両手には短い剣を握っている。甲高い声を上げながら、こちらへ駆けてきた。
「ゴブリン!」
エレンがモニカの前へ出た。
ゴブリンは直前で向きを変え、岩壁へ跳んだ。壁を蹴り、頭上から斬りつけてくる。
エレンは斧の柄を上げた。二本の短剣がぶつかり、膝が沈む。
「重っ……!」
二撃目を、ユリアンが剣で受けた。
だが、ゴブリンはそのまま低く身を沈め、空いた脚でユリアンの腹を蹴りつけた。
息が詰まり、ユリアンが壁へよろめく。
追いかけようとしたゴブリンの脇腹へ、トーマスが槍を差し込んだ。突き刺す間合いはない。柄を押し当て、敵の進む向きをそらす。
「エレン!」
「分かってる!」
斧が低く走った。
ゴブリンは跳んでかわしたが、着地した肩へ矢が刺さる。
サラは二本目をつがえながら、岩壁へ目を向けた。次も、そこを蹴るかもしれない。
案の定、ゴブリンが壁へ跳ぶ。
矢を放つ。脚にかすった矢が勢いを崩し、小さな体が低く落ちた。
今度はエレンが待っていた。
着地する前に斧を振り抜く。刃が胸へ入り、ゴブリンは木箱へぶつかって、そのまま動かなくなった。
五人はしばらく、誰も口を開かなかった。
ユリアンが剣を下ろし、腹へ手を当てた。
「……中には入らないって話だったよな」
「予定が狂ったね。とにかく、これ以上奥へ行くのは危険だ」
トーマスが奥の通路へ目を向けた。
「長居はしない方がいい。動ける?」
「ああ。ちょっと、息が詰まっただけ」
エレンは倒れたゴブリンから斧を抜き、サラを振り返った。
「二本目、跳ぶところを狙ったの?」
「また跳ぶかなって……掠っただけだけど」
「当たったじゃない。おかげで、こっちは当てやすかった」
サラは少しだけ笑った。弓を持つ指は、まだ震えている。
モニカは、壊れた木箱の下から細長い革の鞘がのぞいているのに気づいた。
崩れた板を避けると、一本の小剣が現れた。鞘には擦れた跡があり、留め具も黒ずんでいたが、銀色の柄には羽根を思わせる細かな装飾が残っている。
「これは……剣でしょうか」
モニカが鞘を少し引くと、細い刀身が松明の火を映した。長く放置されていたとは思えないほど、刃は澄んだ光を返している。
柄に触れた指先へ、かすかな温かさが伝わった。耳の奥で、小鳥が一声さえずったような気がしたが、その音はすぐに消えた。
トーマスが隣へしゃがみ込む。
「細剣だね。それに、ただの飾りではなさそうだ」
「そんなものが、どうしてここに?」
エレンが尋ねた。
「分からない。持ち主がいるのかもしれないし、伯爵に聞いてみよう」
モニカは細剣を鞘へ戻した。カタリナから預かった剣とは別に布で包み、大切に荷物へ収める。
トーマスが立ち上がった時、サラがその袖を引いた。
「……まだ、いる」
奥から、重い足音が聞こえた。
通路に、大きな影が現れる。
先ほどのゴブリンよりひと回り大きい。醜い体つきは似ているが、目つきには獣じみた凶暴さだけでなく、獲物を値踏みするような嫌な知恵があった。手には長い剣を引きずり、その後ろに小柄なゴブリンが二体いる。
ブラザー ――ゴブリンどもの頭目格だ。
ユリアンは入口へ目をやった。雪の上まで走れば、追いつかれる。
「背中、向けるな」
自分にも言い聞かせるように、剣を構えた。
エレンが左へ移り、トーマスはその間に槍を出す。サラとモニカが後ろへ下がった。
ザインはいない。
五人で、帰り道を守らなければならなかった。
*
トーマスが空いた手を床へ向けた。
岩の窪みに溜まっていた水が、玄武術に応じて細く流れる。ブラザーは気にせず踏み込んできたが、後ろのゴブリン二体は濡れた床を嫌い、左右へ分かれた。
「大きいのを一人で受けるな! 先に左右を減らそう!」
トーマスが声を上げる。
「サラ、右!」
エレンが駆け出した。
矢へ剣を振ったゴブリンに、横から斧を叩き込む。短い悲鳴が上がり、小さな身体が岩壁へ飛んだ。
左では、ユリアンがもう一体を押さえていた。
一撃、二撃。剣を受けられる。
三撃目を途中で止めると、相手の剣だけが先に上がった。
ユリアンは空いた腹を蹴った。ゴブリンがよろめき、膝をつく。
「モニカ、後ろを見てて!」
「来ています!」
振り向いた時には、ブラザーが長剣を振り上げていた。
ユリアンは咄嗟に受ける。
腕が痺れた。膝が沈み、刃が顔へ近づいてくる。
横から槍の柄が入った。
トーマスが二つの剣の間へ差し込み、力の向きをずらす。
「離れろ!」
ユリアンが跳び退いた直後、長剣が石床を砕いた。
欠片が頬へ当たる。
「……あんなの、受けられるかよ」
ブラザーが剣を引き抜いた。サラの矢が肘の継ぎ目へ刺さると、腕の動きが一瞬止まった。
エレンが踏み込む。
空いた腕の打撃を斧の柄で受け、身体を横へ流した。肩へ痛みが走ったが、その勢いのまま腰を回す。
刃が脇腹へ深く入った。
ブラザーが吠えた。
「っ、抜けない!」
エレンが柄を引く。骨に噛み込んだ斧が動かない。
長剣が上がった。
モニカは息をのんだ。
昨日、ザインに言われたことを思い出す。守られる側が勝手に前へ出れば、皆を危険にさらしてしまう。
でも、ここからなら。
足元の石を拾い、ブラザーの顔へ投げた。
石は額へ当たり、敵の目が彼女へ向いた。
エレンが斧をひねって抜く間に、ブラザーはモニカへ踏み出す。
「こっちだ!」
ユリアンが二人の間へ入った。
剣が振り下ろされる。
受ければ、押し潰される。避けるだけでは、後ろのモニカへ届く。
昨日なら、ザインが前に出てくれた。
今は、自分しかいない。
腕を引いた、その瞬間だった。
頭の奥で、小さな光が弾けた。
目の前の剣が、ひどくゆっくり動いて見える。
一撃目を見せる。相手が受けようとする。その刃へは、もう打ち込まない。
ユリアンの身体が半歩沈んだ。
振り出した剣を引き、最初の斬撃をすり抜けるように消す。ブラザーの剣が空を切った。
空いたその下から、二撃目を返す。
「――そこだ!」
刃が、エレンの斧で裂けた脇腹を捉えた。
血が散る。
ブラザーがよろめいた。トーマスの槍が胸元を押し、仰け反った首へエレンの斧が入った。
長剣が手から落ちる。
巨体が崩れ、床を震わせた。
残った一体のゴブリンが跳び起きた。こちらへ駆ける脚に、サラの矢が刺さる。
ユリアンが剣を向けると、ゴブリンは傷ついた脚を引きずり、奥の通路へ逃げていった。
「追わないよ」
エレンが言った。
「……追えるかよ」
ユリアンは剣を持つ手を見た。
何が起きたのか、自分でも分からない。
思いついて試した動きではなかった。剣を引き、身体を沈め、刃を返す。最初から知っていたように、身体が動いた。
「今の、何だ?」
「こっちが聞きたいんだけど」
トーマスが彼の剣を見る。
「閃いたんじゃないかな。追い詰められた時、新しい技をつかむ剣士がいると聞いたことがある」
「これが……」
ユリアンはそっと刃を振ってみた。
《かすみ二段》。
その名を知るより先に、今の感触が手に残っていた。
「帰ってから確かめてよ。次が来たら困る」
エレンが入口を指す。
ユリアンはうなずき、皆とともに洞窟を出た。
外の雪明かりが、ひどく眩しかった。
*
「痛っ……」
町へ戻る道で、ユリアンは脇腹を押さえた。
最初のゴブリンに蹴られた場所が、歩くたびに痛む。
「やっぱり、怪我をしてるじゃないですか」
モニカが顔をのぞき込む。
「少し打っただけ。歩けるよ」
「歩けるなら平気ってわけでもないでしょ」
エレンが前から言った。
「城へ帰ったら、ちゃんと見てもらいなよ」
「分かったって」
モニカは少し黙り、それから口を開いた。
「ありがとうございました。前へ出てくださって」
「いや。俺の方こそ、気づくのが遅かった」
「昨日は、私が勝手に飛び出しました。今日は、石を投げるくらいしかできませんでしたが」
「あれで、エレンは斧を抜けたんだろ。助かったよ」
モニカが前を歩くエレンを見る。
彼女も振り返ってうなずいた。
「うん。あたし、あそこで斧を手放せばよかったんだけど。つい粘っちゃった」
「次からは、抜けなくなる前に引こう」
トーマスが言う。
「そうする。あんたも、一人で押さえ込もうとしないのよ、ユリアン」
「分かってる」
反省することは、いくらでもあった。
それでも、五人で戻ってこられた。
町の煙が見えたところで、モニカがまた彼を呼んだ。
「ユリアン」
「ん?」
「先ほどは、モニカ様ではなく、モニカと」
ユリアンの足が止まりかけた。
「あれは、急いでましたから! 別に、失礼なつもりじゃ――」
「ええ。私も、その方が話しやすいです」
モニカが微笑む。
「同じ道を歩いているのですから」
ユリアンは返事を探したが、何も出てこなかった。
エレンが隣へ来て、彼の肩を軽く叩いた。
「よかったね」
「何が」
「呼びやすくなって」
「……そういうことかよ」
サラが笑っている。トーマスは先へ歩きながら、振り返らずに言った。
「二人とも、足元を見て。そこの雪、凍ってるから」
ユリアンは前を向いた。耳が熱かったが、寒いのでちょうどいいことにした。
*
城へ戻ると、レオニードはやはり同じ椅子に座っていた。
五人の汚れた靴と服を見て、片方の眉を上げる。
「帰り道を調べに行ったと聞いていたが」
「そのつもりだったんだけど」
エレンが答えた。
「鉱山の近くで魔物に襲われて、坑道の中まで追い込まれちゃってさ」
「だから、魔物がいると言ったのだ」
「言ってたけど、外まで出てくるとは思わないじゃない!」
「魔物が人間の都合に合わせてくれると思うな」
「……それは、そうだけど」
エレンが言葉に詰まると、伯爵は小さく息を吐いた。
モニカが荷物から布包みを取り出した。
「洞窟の壊れた箱から、これが出てきました。お心当たりはありませんか」
布をほどくと、銀色の柄を持つ細剣が現れた。
レオニードの赤い瞳が、羽根のような装飾に止まった。
「……ナイチンゲールか。珍しいものを拾ったな」
「ご存じなのですか?」
「古い細剣だ。だが、価値は斬れ味ではない」
伯爵は細い刀身を見つめた。
「使い手がその力を引き出せば、傷を癒やし、毒や麻痺も取り除けるという。《ナースヒール》と呼ばれる技だ」
「剣なのに、傷を治せるのですか?」
サラが目を丸くする。
「誰でも、すぐに使えるわけではない。技を身につけねばならん」
「そんな大切なものが、どうしてあの洞窟に?」
トーマスが尋ねた。
「さあな。あの坑道には長い歴史がある。どうやってそこへ渡ったかまでは知らん」
「持ち主が分かるなら、お返しした方がいいでしょうか」
モニカが小剣を見下ろした。
「分かるならな。だが、今となっては難しかろう。お前たちが持っていくといい」
「伯爵は、いらないんだ」
エレンが尋ねる。
「私には必要ない」
エレンが伯爵の青白い顔を見る。
「……そっか」
それ以上は言わなかった。
モニカは細剣を再び布で包んだ。今日、ユリアンが脇腹を押さえて歩いていたことを思い出す。
いつか、この剣の力を使えるようになれば。
そう考えてから、彼女はそっと荷物へ戻した。
廊下に、あの女が立っていた。
「お湯と布を用意します」
彼女の目が、ユリアンの脇腹とエレンの肩へ移る。
ユリアンは思わず背筋を伸ばし、すぐに痛みに顔をしかめた。
女がかすかに笑う。
「今は、楽になさっていてください」
その時、玄関の方で足音がした。
城に慣れた静かな足取りとは違う。急いでいる革靴の音だった。
ロアーヌの紋章をつけた兵が、大広間へ入ってきた。
「モニカ様!」
兵は膝をつき、息を整えた。
「ミカエル様より、伝令です。ゴドウィン男爵の反乱は鎮圧されました」
モニカが一歩、前へ出る。
「お兄様は?」
「ご無事です。城も奪還され、カタリナ様もご無事であると」
モニカは目を閉じた。
最後に見たカタリナは、抜き身の剣を手に、兵たちの声がする方へ向かっていた。
あの背中が、何度も頭に浮かんでいた。
胸の前で握った手が、ゆっくりほどける。
「……よかった」
声が震えた。
ユリアンは何も言わず、彼女のそばに立っていた。サラも弓を下ろし、ようやく息を吐く。
レオニードが使者を見る。
「早かったな」
「侯爵様が迅速に兵をまとめられました。城内へ入ってからは、カタリナ様と、旅の剣士が一人、大いに働いたと聞いております」
「その剣士、ザインって名前?」
エレンがすぐに尋ねた。
「はい。ザイン殿と」
「やっぱり」
サラが笑った。
「頼まれた仕事は、ちゃんとするんだな」
ユリアンが言うと、トーマスがうなずいた。
「そういう人だと思う」
モニカは使者へ向き直った。
「お兄様に、明朝こちらを発つと伝えてください」
それから伯爵へ頭を下げる。
「お世話になりました」
「礼は、無事に帰ってからでいい」
レオニードの視線が、彼女の顔に少しだけとどまった。
モニカが頭を上げる頃には、伯爵は使者へ目を移していた。
「お前も、休んでいけ。夜の山道を戻ることはない」
*
翌朝、城門の外には細かな雪が舞っていた。谷の外れには淡い空の色が見えたが、城の周りは相変わらず薄暗かった。
荷物を整えた五人が玄関へ出ると、黒いドレスの女が扉のそばに立っていた。
モニカの衣装は泥を落とされ、裂けた裾も丁寧に縫われている。
「お世話になりました。服まで、直していただいて」
モニカが礼を言うと、女は彼女の襟をそっと整えた。
「お気をつけて」
サラも小さく頭を下げ、皆の後へ続いた。
「モニカ」
廊下の奥から、声がした。
レオニードが、陽の届かない場所に立っていた。
「ミカエルに伝えろ。貸し一つだ」
モニカが笑った。
「必ず伝えます」
「それと」
伯爵は五人へ目を向ける。
「次は、もう少し面白い話を持ってこい」
「洞窟の話じゃ、足りなかった?」
エレンが聞き返した。
「長く住んでいれば、あの程度の魔物は見飽きる」
「こっちは、結構大変だったんだけど」
「だから、話を持ってこいと言った。怪我を増やせとは言っていない」
ユリアンがエレンを見た。
「……それは、確かに」
「分かってるわよ」
伯爵はもう、背を向けていた。
女も一礼して、暗い廊下へ戻っていく。
五人は門を出た。
坂を下りる途中、モニカは一度だけ振り返った。黒い城の窓は、朝になっても暗い。
あの広間には、今日も古い銀の杯が置かれているのだろう。
「また来るのかな」
サラが言った。
「その時は、洞窟へ行く前に聞こうな」
ユリアンが答える。
「町の人に?」
「伯爵に。何匹いるかまで、聞いとこう」
「知ってても、教えてくれるかな」
エレンが笑う。
「嫌なら寝ていろって、言われそう」
モニカもつられて笑った。
南へ続く道の先に、ロアーヌがある。兄とカタリナが待っている。
ユリアンは腰の剣へ手を添えた。
あの二度目の斬撃を、もう一度振れるだろうか。
隣を歩くモニカが彼を見た。
「どうしました?」
「いや。帰ったら、少し剣を振ってみようと思って」
「その前に、脇腹を見てもらってくださいね」
「……はい」
エレンが前で笑い、サラも肩を揺らした。
旧鉱山の道は使えない。五人は来た時と同じ峠道を選んだ。
雪の残る坂に、足跡が南へと伸びていった。