Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound — 作:水城 雅
翌朝、港から戻ったトーマスは、食堂の戸口で足を止めた。
フルブライトがユリアンと一緒に茶を飲んでいた。
「おはようございます」
「……なぜいるんですか」
「昨日の続きです」
「朝食の約束は、ユリアンとしたはずですが」
「ええ。私もまだです」
そういう話ではない。
椅子を引くと、ちょうど焼いたパンが運ばれてきた。トーマスは礼を言い、先に一つ取った。
「今日は、食べてからにしてください」
「結構。では、私も」
向かいのユリアンが満足そうに頷く。止めるどころか、一人増やして待っていたらしい。
*
食後、フルブライトは二通の書類を卓へ広げた。
ハンス商会。メッサーナベント農場。
どちらも、昨日までに目を通した一覧にある名前だった。
「この二社には、私の商会が出資しています。日々の仕事は、それぞれの責任者に任せている」
「今度はこちらを買え、と?」
「いえ。まずは、二社の間を取り持つ仕事を頼みたいのです。先方が承知すれば、君の商会に窓口を任せたい」
トーマスは書類を引き寄せた。取扱品と取引先の一覧に、手紙が一通ずつ添えられている。
「急に、二社も?」
「魚屋を見るだけで、一週間かけた人ですから」
「暇そうに見えましたか」
「任せた後も、見に行ってくれそうに見えました」
ユリアンが肩越しに覗いた。
「じゃあ、もう二つ増えるのか?」
「僕の会社になるわけではありません。仕事を一緒にするかどうかも、これからです」
「一億には?」
「まだ足せません」
「そう簡単には増えないか」
パン屑を指で集めながら、ユリアンは椅子へ戻った。
書類の古い取引先欄に、クラウディウスの名があった。
トーマスは、昨夜のミューズの言葉を思い出した。
私の知らない父のお話も。
「この二社も、クレメンス様と?」
「ええ。農具を納め、小麦を運ぶ。その手配にも関わっておられました」
今は、別々の業者名が並んでいる。トーマスは日付を追ったが、それだけで何が悪いのかまでは分からなかった。
「引き受けるかどうかは、会ってから決めます」
「買収先を探す方を急ぐかと思いました」
「何をしている会社かも知らずに、どうやって一緒に仕事をするんですか」
フルブライトが笑った。
「紹介状を用意してよかった」
「返事をする前から用意されているのも、どうかと思いますが」
トーマスは二通を鞄へ入れ、ユリアンを見た。
「今日は、この二か所を回ります。昨日と同じ日当で、付き合ってもらえますか」
「昼飯の時間も決めるならな」
「決めましょう」
「よし」
ユリアンは立ち上がり、壁に立て掛けていた剣を取った。
フルブライトが、空になった二人の皿を見比べていた。
*
ハンス商会では、農具を扱っていた。
鍬、鋤、鎌。
倉庫には鉄と木の匂いが満ちている。
商会主のハンスは、トーマスを見るなり言った。
「フルブライトさんが言ってた若いのか。クレメンスさんの娘婿?」
「違います」
トーマスは即答した。
ユリアンが横を向いて笑った。
「では親戚?」
「それも違います」
「ベント農場と同じ姓だから、そっちの縁かと思った」
「それもたまたまです」
「ややこしいな」
「僕もそう思います」
話を聞いてみると、商売自体は堅実だった。
ただし、問題がある。
農具の仕入れは安定している。だが、近ごろは農場からの注文が細かくなり、数本を届けるために荷車を出すことが増えていた。
ハンスが棚から鍬を下ろす。刃に傷はなく、柄も滑らかだった。
「品はいいんだ。これ一本を、安く届けられない」
ユリアンは受け取った鍬を握り、床を掘らないよう、軽く構えてみた。
「使いやすそうなのにな」
「分かるか」
「畑仕事はしてたから」
ハンスの口元が、少し緩んだ。
町の外へ出て、メッサーナベント農場へ向かった。
麦畑の緑が風に揺れている。納屋には昨年の麦袋が積まれ、隣の囲いから家畜の鳴き声が聞こえた。
紹介状を読み終えた農場主は、トーマスの姓をもう一度確かめ、それから道具置き場へ案内した。
壁際に、柄の折れた鍬が何本も立て掛けてある。
「農具が高くなって困ってるんだ」
トーマスは黙った。
午前中に見た農具が頭に浮かぶ。
「ハンス商会から買っていますか?」
「昔はな」
「今は?」
「輸送費が高い。近場の安物を使ってる」
「壊れませんか?」
「壊れる」
「それでまた買う?」
「そういうことだ」
トーマスは眼鏡を押し上げた。
隣でユリアンが言った。
「安い方を買って、また金がかかるのか」
「道具を使えない間も、仕事は待ってくれませんしね」
トーマスは、ハンスから聞いた配達先を確かめた。この近くにも、何軒かある。
農場主へ顔を上げる。
「近くの農場と配達日を合わせられれば、ハンス商会の品も検討してもらえますか?」
「向こうが乗るなら」
「分かりました」
「それだけか?」
「まず聞いてきます」
「買収は?」
「何をです?」
「いや、フルブライトさんから、商会を広げる若いのが来ると聞いてな」
トーマスは少し考えた。
「必要なら買います」
「必要じゃなかったら?」
「買いません」
農場主は妙な顔をした。
「変な商人だな」
「最近よく言われます」
商会を作って、まだ二日目だった。
*
帰り道、トーマスは旧市街へ足を向けた。
「ミューズ様に、昨日の続きを」
「今日は農具の話か」
「ええ。ハンスさんは、クレメンス様と直接話したこともあるそうですから」
家へ着くと、ミューズは庭先で洗濯物を取り込んでいた。
一枚を畳む間に、シャールが空いた籠を少し近くへ寄せる。手は出さず、次の一枚を取るのを待っていた。
「今日は、どちらへ?」
ミューズは二人に気づくと、畳んだ布を籠へ置いた。
トーマスがハンス商会の名を告げると、少し首を傾げる。
「お名前は、聞いたことがある気がします」
「クレメンス様が、農具を運ぶ相談にも乗っておられたそうです」
「農具も……」
招かれて席に着くと、ミューズは窓の外の洗濯物を見た。
「お父様は、帰ってくるたびに匂いが違いました」
「匂い、ですか」
「お酒の日も、木の匂いの日も。潮の匂いがすることもありましたわ」
シャールが茶を置く。ミューズは礼を言って、茶碗へ手を添えた。
「今日はどこへ行ってきたの、と聞くと、いつも『いろいろだ』と」
「全然答えてないですね」
ユリアンが言うと、ミューズも笑った。
「そうなのです。それで、今度は服の匂いで当てようとして」
「当たりました?」
「木の匂いがしたので、森へ行ったのだと思いました。でも、木箱を見ていただけだそうです」
「それは難しいな」
茶碗を持ち上げたトーマスの手が止まった。
帳簿に何度も出てくる名の持ち主が、幼い娘に袖を引かれている。会ったこともないのに、その光景は不思議とはっきり浮かんだ。
「ハンスさんは、クレメンス様がいなくなってから、昔の取引先とも疎遠になったと話していました」
「そうですか」
「今度、もう一度話をしてもらおうと思います」
ミューズは頷き、それから少し考えた。
「お父様の頃と同じに戻せそうなのですか?」
「まだ分かりません。相手も、運ぶものも変わっているでしょうから」
「でしたら、今の方々に合うようになさってくださいね」
穏やかな声だった。
トーマスは鞄の口から覗いていた古い取引先の一覧を、そっと押し戻した。
「はい」
帰り際、ユリアンがハンスの勘違いを話しかけたので、トーマスは先に戸を開けた。
「何か、お忘れ物?」
「いいえ。では、また」
戸を閉めると、隣でユリアンが肩を震わせていた。
「言ってもよかったのに」
「説明が一つ増えるだけです」
「娘婿じゃありません、って?」
「分かっているなら、言わないでください」
*
数日後、ハンス商会と農場は、配達日を合わせてみることに同意した。
出す注文も、運ぶ荷の量も、それぞれが決める。フルブライトとの相談を経て、トーマスは二社の連絡と手配を引き受けた。
その勢いで、次の話を持ち込んだ。
そして、失敗した。
買収先として選んだのは、小さな製粉所だった。
品の評判は悪くなく、買い手もついていた。
ベント農場から小麦を入れれば仕入れも安定する。
製粉所はピドナ水産に近く、運送屋も同じだった。便を合わせれば、運賃も抑えられそうだった。
数字だけ見れば、悪くない話だった。
ヤーマスでは、運ぶ荷をまとめることで話が進んだ。今回も、互いに得をする形は見えている。
一社ずつ回るより、全員で話した方が早い。
トーマスはそう考え、三社の責任者を集め、声を掛けた。
「製粉所を一緒に買いませんか。僕の商会も出しますが、皆さんにも一部ずつお願いしたいんです」
沈黙した。
ハンスが腕を組む。
「なんでうちが?」
「農具の販売先が増えます」
「増えるかもしれない、だろ」
農場主も言った。
「うちも小麦は売れるかもしれん。だが、その製粉所がちゃんと買う保証は?」
ピドナ水産の店主に至っては、
「魚、関係あるか?」
と言った。
「荷車が――」
「魚、関係あるか?」
「……薄いですね」
「だろ?」
完全に正論だった。
トーマスは、用意した紙へ目を落とした。
農具の販売増。小麦の安定供給。運送費の削減。
どれも、まだ相手の返事をもらっていなかった。
「トーマス」
部屋の隅で見ていたユリアンが小声で言った。
「何です?」
「この人たち、今、初めて聞いたんだよな」
「ええ」
「じゃあ、今日帰ってから何を断ればその金が出せるかも、まだ分からないんじゃないか」
トーマスはハンスの手元を見た。持参した注文帳を、閉じたまま握っている。
「……そうですね」
紙を裏返した。
「すみません。今日ここで決めてもらう話ではありませんでした」
魚屋が背もたれから身を起こす。
「うちは来週、船への支払いがある。あれを削る話なら、断るぞ」
「削りません。改めて、こちらから伺います」
結局、その日は資金を集められなかった。
最後の一人を見送った後、卓にはトーマスの紙だけが残った。
ユリアンがそれを覗く。
「いっぱい線が引いてあるな」
「引くのが早すぎました」
トーマスは紙を畳み、鞄へ戻した。
*
翌朝、トーマスはハンス商会へ行った。
製粉所を買う金を頼む前に、次の仕入れと支払いを聞いた。
ハンスは注文帳を開き、余白を指で叩いた。
「出せるとしても、この分が入ってからだ。新しい売り先が増えるなら嬉しいが、その前に今の客へ品を届けなきゃならん」
トーマスは頷き、日付を書いた。
次に農場へ行くと、昨年の麦が納屋に残っていた。
「売り先が決まるなら、そこから出せる。だが、安く買い叩かれるのはごめんだぞ」
「値段も数量も、先に製粉所と話してきます」
「来年の麦まで、全部約束はできんからな」
「今年納められる分からで構いません」
その足で製粉所を訪ねた。
石臼の音が床から響いてくる。主人は話の途中でも、ときどき作業場へ目を向けた。
「店を売っても、ここで働くつもりだ。粉を挽くのは好きなんでね」
「では、なぜ?」
「石臼を直した。屋根も直した。麦を買う金だけが残らなかった」
主人は修理の領収書を出した。トーマスは現物も見せてもらい、納屋にある麦の量を確かめた。
売る粉はあっても、次を挽く麦が足りない。
農場の麦を見てもらうと、主人は粒を掌に広げ、二つほど割った。
「これなら使える。全部を一度には引き取れんが」
トーマスは帳面を開いた。
「では、何回に分けましょう」
*
ピドナ水産では、話がまた止まった。
「魚、関係あるか?」
「今度は、あります」
トーマスが答えると、ユリアンが横で笑いを噛み殺した。
「共同で使っている運送便です。製粉所の注文も合わせれば、一回ごとの運賃を下げられるか、運送屋へ聞きたいんです」
「魚の上に、粉を積むのか?」
「分けます」
「臭いだけじゃないぞ。濡れる」
店主が魚箱の下を指した。床に、細い水の筋が伸びていた。
トーマスはそこを見て、書きかけた文字を消した。
運送屋を交えて話すと、魚を届けた後、すぐ粉を積む案は通らなかった。荷台を洗い、乾かす時間がいる。
結局、粉を運ぶのは魚の便がない午後にした。製粉所にも、翌日分を前もって納められる買い手がいた。
水産の店主は、その時刻を書いた紙を引き寄せた。
「船が遅れた日は?」
「別便を手配します。その費用も入れて、安くなる分だけです」
「……それなら、試すくらいはできる」
帰り道、ユリアンが帳面を覗いた。
「線、減ったな」
「残った方は、相手と話しました」
トーマスは帳面を閉じた。
*
試しに二度、荷を運んだ後、四社の責任者が同じ卓についた。
今度は最初から金の話をしなかった。
紙を一枚広げる。
農場、農具、製粉所、市場、水産。それぞれの名の間を、運ぶ荷と一緒に線で繋いである。
「ハンス商会への注文は、近隣の農場で配達日を合わせます。製粉所の麦の引き取りに、農具を納める便も組み合わせる」
トーマスは、話している二社の名を指で辿った。
「ベント農場の麦は、この数量と値段で製粉所が買う。まず、納屋に残っている分です」
「製粉所は原料と輸送手段を確保できる」
「ピドナ水産と製粉所は、運送の注文をまとめる。便は分けますが、この回数を頼めれば、両方の運賃が下がります」
魚屋が運送屋を見た。運送屋も頷く。
「そのうえで、製粉所へ一緒に出資していただきたい。僕の商会が買い取りと調整を引き受けます」
前の集まりとは違った。
全員が紙を見ている。
ハンスが最初に口を開いた。
「……それなら、話した額を出そう。来週の入金後だぞ」
農場主も頷く。
「うちも、麦の支払いが済んでからだ。それで間に合うな?」
「はい。最初の麦代は、僕の商会で用意します」
魚屋は少し考えてから、口を開いた。
「運賃が安くなるのは分かった。だが、製粉所を買う金まで出す理由は?」
「運賃の削減とは別に、製粉所の利益も出資額に応じて受け取れます。麦の仕入れ先と、粉の買い手については確認しました」
「赤字になったら?」
「もちろん、損をする可能性もあります。だから、船への支払いを残したうえで、出せる範囲でお願いしたいんです」
「荷車を洗う金まで、うちに回すなよ」
「この欄です。製粉所の経費に入れました」
店主は数字を確かめ、ようやく頷いた。
「……それなら、話した額だけだぞ。船への支払いは削らんからな」
「はい」
話が動き始めた。
トーマスは自分の商会が出す額を書き加えた。支払いを残し、足りない分だけ、フルブライトからの借入枠を使う。
製粉所の主人には、代金を二度に分けることを承知してもらった。
トーマスは各社の出資額を記し、取り分を計算した。
「ちょっと待って」
ユリアンが紙を覗き込む。
「これ、製粉所は誰の会社になるんだ?」
「四社が共同で出資します。僕の商会が買収と運営の調整を引き受けますが、利益は出資割合に応じて分けます」
「なるほど。トーマスが全部もらえるわけじゃないんだな」
「もちろんです」
トーマスは損失が出た場合の取り決めも確かめ、書類を順に回した。
「前と同じ人たちなのにな」
「ええ」
「今日は、誰も自分の注文帳を握りしめてないな」
トーマスはハンスを見た。帳面は卓に開かれ、次の配達日が書き込まれている。
「先に、そちらを見せてもらいましたから」
後ろから声がした。
「それを商人は《ネマワシ》と呼びます」
開いた戸の向こうに、フルブライトが立っていた。案内してきた運送屋の男が、帽子を取って会釈する。
トーマスが嫌そうな顔をする。
「いつからいたんですか」
「魚屋さんが洗い賃を念押しした辺りから」
「そこに立っていないで、座ってください」
「いい《ネマワシ》でした」
「普通に関係者へ説明しただけです」
「皆を集めてから困らせない。そのための手間を惜しまなかったでしょう」
ユリアンが感心した。
「技みたいだな。戦う前に、誰がどこを守るか決めておくようなもんか」
「例えは物騒ですが、近いですね」
トーマスが答えた。
「準備ができていなければ、実際に動く時に困りますから」
「商売では立派な技ですよ」
フルブライトが笑った。
署名が終わると、製粉所の主人が深く息を吐いた。
「これで、次の麦を頼める」
農場主が隣から紙を差し出す。
「こっちも書いてくれ。話が消えないうちに」
「消さんよ」
二人のやり取りを見ながら、トーマスは出資の約束と入金日を控えた。
ハンス商会、メッサーナベント農場、ピドナ水産。その下に、トーマスカンパニーの名も記した。
フルブライトは帳簿を覗き込みながら言った。
「これが、グループの力です」
「会社を財布にするつもりはありませんよ」
「もちろん」
「出すと約束した金も、まだ全部届いたわけではありませんから。次の買収には使えません」
「ええ。麦の代金を払う日も、お忘れなく」
トーマスは少し意外そうにフルブライトを見る。
「今回は、残りの貸付を使えと言うかと思いました」
「借りた金でも買えます。しかし、それだけではハンスさんがあの帳面を開くとは限らない」
フルブライトの視線の先で、ハンスが農場主へ次の納品を確認していた。
魚屋は運送屋を捕まえ、魚の便を遅らせるなと念を押している。
トーマスは口を挟みかけて、やめた。もう自分を通さなくても、話は進んでいた。
*
数日後。
約束した出資金が揃い、製粉所への最初の支払いが済んだ。
トーマスは帳面の脇へ、その報告を置いた。ピドナ水産からも、次の便の予定が届いている。
一億オーラムには、まだ遠い。だが、今日動かす荷を一つずつ自分で指図する必要はなくなっていた。
そして、古い書類を追っているうちに、また同じ印を見つけた。
クラウディウス。
今度はピドナではなかった。
トーマスは地図を開く。
海沿いの町を指で押さえた。
「ファルス」
「何があるの?」
ユリアンが覗き込む。
「造船所です」
「船?」
「ファルス造船。昔のクラウディウス系企業の一つらしい」
ユリアンの顔が少し明るくなった。
「魚屋より冒険っぽくなってきたな」
「会社を見に行くだけですよ」
「船乗る?」
「ピドナからなら」
「行こう」
「なんで急にやる気なんですか」
「船だから」
分かりやすかった。
トーマスは地図を畳んだ。
その時、フルブライトから渡されていたファルスの最新情報が目に入った。
造船、海運、港湾の取引。
その下に、もう一つ。
傭兵募集中。
トーマスの手が止まった。
「……何です、これ」
ユリアンが横から読む。
「スタンレーとの緊張、高まる……?」
さっきまで楽しそうだった顔が曇った。
トーマスはさらに紙をめくる。
ファルスとスタンレー。同じメッサーナ地方にある二つの町が、どちらも兵を集めていた。
「商売しに行くんだよな?」
「そのつもりです」
「戦争になりそうなんだろ」
「この知らせでは、まだ衝突したとは書いていません」
「今から行って、大丈夫なのか?」
トーマスは少し考えた。
ファルス造船の名を見る。
その隣に、軍需品の発注増加。
木材価格の上昇。
食料輸送の増加。
発注の日付は新しい。町が兵を集める前から、木材の注文は増えていた。
トーマスは眼鏡を押し上げた。
「行きましょう」
「戦争に?」
「造船所を見にです」
「絶対それだけで終わらないやつだ」
「だから、出発前に確かめます」
トーマスは紙を引き寄せた。造船所の名の横に、港の様子、と書き足す。
ユリアンも椅子を寄せた。
「帰りの船もな」
「ええ」
*
港への問い合わせと、留守中の支払いの手配を済ませてから、二人は船に乗った。
定期船はまだ動いていた。甲板には商人の荷が積まれ、傭兵らしい男たちも何人かいる。
ユリアンは彼らの槍に目をやり、トーマスの隣へ立った。
「魚屋を見に行ってた方が、平和だったな」
「船なら行こうと言ったのは、君ですよ」
「船は好きだよ。その先が気になるだけで」
岸壁から綱が外された。船腹がゆっくり岸を離れていく。
トーマスは紹介状を手に、遠ざかる倉庫の屋根を見た。ピドナ水産の方角から、荷車が一台出てきた。
そのまま市場へ曲がっていくのを見届けて、舳先へ向き直る。
行き先は、ファルス。
潮風にめくれた紹介状を、トーマスは鞄へしまった。