Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

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第18話 ネマワシ

 翌朝、港から戻ったトーマスは、食堂の戸口で足を止めた。

 フルブライトがユリアンと一緒に茶を飲んでいた。

「おはようございます」

「……なぜいるんですか」

「昨日の続きです」

「朝食の約束は、ユリアンとしたはずですが」

「ええ。私もまだです」

 そういう話ではない。

 椅子を引くと、ちょうど焼いたパンが運ばれてきた。トーマスは礼を言い、先に一つ取った。

「今日は、食べてからにしてください」

「結構。では、私も」

 向かいのユリアンが満足そうに頷く。止めるどころか、一人増やして待っていたらしい。

*

 食後、フルブライトは二通の書類を卓へ広げた。

 ハンス商会。メッサーナベント農場。

 どちらも、昨日までに目を通した一覧にある名前だった。

「この二社には、私の商会が出資しています。日々の仕事は、それぞれの責任者に任せている」

「今度はこちらを買え、と?」

「いえ。まずは、二社の間を取り持つ仕事を頼みたいのです。先方が承知すれば、君の商会に窓口を任せたい」

 トーマスは書類を引き寄せた。取扱品と取引先の一覧に、手紙が一通ずつ添えられている。

「急に、二社も?」

「魚屋を見るだけで、一週間かけた人ですから」

「暇そうに見えましたか」

「任せた後も、見に行ってくれそうに見えました」

 ユリアンが肩越しに覗いた。

「じゃあ、もう二つ増えるのか?」

「僕の会社になるわけではありません。仕事を一緒にするかどうかも、これからです」

「一億には?」

「まだ足せません」

「そう簡単には増えないか」

 パン屑を指で集めながら、ユリアンは椅子へ戻った。

 書類の古い取引先欄に、クラウディウスの名があった。

 トーマスは、昨夜のミューズの言葉を思い出した。

 私の知らない父のお話も。

「この二社も、クレメンス様と?」

「ええ。農具を納め、小麦を運ぶ。その手配にも関わっておられました」

 今は、別々の業者名が並んでいる。トーマスは日付を追ったが、それだけで何が悪いのかまでは分からなかった。

「引き受けるかどうかは、会ってから決めます」

「買収先を探す方を急ぐかと思いました」

「何をしている会社かも知らずに、どうやって一緒に仕事をするんですか」

 フルブライトが笑った。

「紹介状を用意してよかった」

「返事をする前から用意されているのも、どうかと思いますが」

 トーマスは二通を鞄へ入れ、ユリアンを見た。

「今日は、この二か所を回ります。昨日と同じ日当で、付き合ってもらえますか」

「昼飯の時間も決めるならな」

「決めましょう」

「よし」

 ユリアンは立ち上がり、壁に立て掛けていた剣を取った。

 フルブライトが、空になった二人の皿を見比べていた。

*

 ハンス商会では、農具を扱っていた。

 鍬、鋤、鎌。

 倉庫には鉄と木の匂いが満ちている。

 商会主のハンスは、トーマスを見るなり言った。

「フルブライトさんが言ってた若いのか。クレメンスさんの娘婿?」

「違います」

 トーマスは即答した。

 ユリアンが横を向いて笑った。

「では親戚?」

「それも違います」

「ベント農場と同じ姓だから、そっちの縁かと思った」

「それもたまたまです」

「ややこしいな」

「僕もそう思います」

 話を聞いてみると、商売自体は堅実だった。

 ただし、問題がある。

 農具の仕入れは安定している。だが、近ごろは農場からの注文が細かくなり、数本を届けるために荷車を出すことが増えていた。

 ハンスが棚から鍬を下ろす。刃に傷はなく、柄も滑らかだった。

「品はいいんだ。これ一本を、安く届けられない」

 ユリアンは受け取った鍬を握り、床を掘らないよう、軽く構えてみた。

「使いやすそうなのにな」

「分かるか」

「畑仕事はしてたから」

 ハンスの口元が、少し緩んだ。

 町の外へ出て、メッサーナベント農場へ向かった。

 麦畑の緑が風に揺れている。納屋には昨年の麦袋が積まれ、隣の囲いから家畜の鳴き声が聞こえた。

 紹介状を読み終えた農場主は、トーマスの姓をもう一度確かめ、それから道具置き場へ案内した。

 壁際に、柄の折れた鍬が何本も立て掛けてある。

「農具が高くなって困ってるんだ」

 トーマスは黙った。

 午前中に見た農具が頭に浮かぶ。

「ハンス商会から買っていますか?」

「昔はな」

「今は?」

「輸送費が高い。近場の安物を使ってる」

「壊れませんか?」

「壊れる」

「それでまた買う?」

「そういうことだ」

 トーマスは眼鏡を押し上げた。

 隣でユリアンが言った。

「安い方を買って、また金がかかるのか」

「道具を使えない間も、仕事は待ってくれませんしね」

 トーマスは、ハンスから聞いた配達先を確かめた。この近くにも、何軒かある。

 農場主へ顔を上げる。

「近くの農場と配達日を合わせられれば、ハンス商会の品も検討してもらえますか?」

「向こうが乗るなら」

「分かりました」

「それだけか?」

「まず聞いてきます」

「買収は?」

「何をです?」

「いや、フルブライトさんから、商会を広げる若いのが来ると聞いてな」

 トーマスは少し考えた。

「必要なら買います」

「必要じゃなかったら?」

「買いません」

 農場主は妙な顔をした。

「変な商人だな」

「最近よく言われます」

 商会を作って、まだ二日目だった。

*

 帰り道、トーマスは旧市街へ足を向けた。

「ミューズ様に、昨日の続きを」

「今日は農具の話か」

「ええ。ハンスさんは、クレメンス様と直接話したこともあるそうですから」

 家へ着くと、ミューズは庭先で洗濯物を取り込んでいた。

 一枚を畳む間に、シャールが空いた籠を少し近くへ寄せる。手は出さず、次の一枚を取るのを待っていた。

「今日は、どちらへ?」

 ミューズは二人に気づくと、畳んだ布を籠へ置いた。

 トーマスがハンス商会の名を告げると、少し首を傾げる。

「お名前は、聞いたことがある気がします」

「クレメンス様が、農具を運ぶ相談にも乗っておられたそうです」

「農具も……」

 招かれて席に着くと、ミューズは窓の外の洗濯物を見た。

「お父様は、帰ってくるたびに匂いが違いました」

「匂い、ですか」

「お酒の日も、木の匂いの日も。潮の匂いがすることもありましたわ」

 シャールが茶を置く。ミューズは礼を言って、茶碗へ手を添えた。

「今日はどこへ行ってきたの、と聞くと、いつも『いろいろだ』と」

「全然答えてないですね」

 ユリアンが言うと、ミューズも笑った。

「そうなのです。それで、今度は服の匂いで当てようとして」

「当たりました?」

「木の匂いがしたので、森へ行ったのだと思いました。でも、木箱を見ていただけだそうです」

「それは難しいな」

 茶碗を持ち上げたトーマスの手が止まった。

 帳簿に何度も出てくる名の持ち主が、幼い娘に袖を引かれている。会ったこともないのに、その光景は不思議とはっきり浮かんだ。

「ハンスさんは、クレメンス様がいなくなってから、昔の取引先とも疎遠になったと話していました」

「そうですか」

「今度、もう一度話をしてもらおうと思います」

 ミューズは頷き、それから少し考えた。

「お父様の頃と同じに戻せそうなのですか?」

「まだ分かりません。相手も、運ぶものも変わっているでしょうから」

「でしたら、今の方々に合うようになさってくださいね」

 穏やかな声だった。

 トーマスは鞄の口から覗いていた古い取引先の一覧を、そっと押し戻した。

「はい」

 帰り際、ユリアンがハンスの勘違いを話しかけたので、トーマスは先に戸を開けた。

「何か、お忘れ物?」

「いいえ。では、また」

 戸を閉めると、隣でユリアンが肩を震わせていた。

「言ってもよかったのに」

「説明が一つ増えるだけです」

「娘婿じゃありません、って?」

「分かっているなら、言わないでください」

*

 数日後、ハンス商会と農場は、配達日を合わせてみることに同意した。

 出す注文も、運ぶ荷の量も、それぞれが決める。フルブライトとの相談を経て、トーマスは二社の連絡と手配を引き受けた。

 その勢いで、次の話を持ち込んだ。

 そして、失敗した。

 買収先として選んだのは、小さな製粉所だった。

 品の評判は悪くなく、買い手もついていた。

 ベント農場から小麦を入れれば仕入れも安定する。

 製粉所はピドナ水産に近く、運送屋も同じだった。便を合わせれば、運賃も抑えられそうだった。

 数字だけ見れば、悪くない話だった。

 ヤーマスでは、運ぶ荷をまとめることで話が進んだ。今回も、互いに得をする形は見えている。

 一社ずつ回るより、全員で話した方が早い。

 トーマスはそう考え、三社の責任者を集め、声を掛けた。

 「製粉所を一緒に買いませんか。僕の商会も出しますが、皆さんにも一部ずつお願いしたいんです」

 沈黙した。

 ハンスが腕を組む。

「なんでうちが?」

「農具の販売先が増えます」

「増えるかもしれない、だろ」

 農場主も言った。

「うちも小麦は売れるかもしれん。だが、その製粉所がちゃんと買う保証は?」

 ピドナ水産の店主に至っては、

「魚、関係あるか?」

 と言った。

「荷車が――」

「魚、関係あるか?」

「……薄いですね」

「だろ?」

 完全に正論だった。

 トーマスは、用意した紙へ目を落とした。

 農具の販売増。小麦の安定供給。運送費の削減。

 どれも、まだ相手の返事をもらっていなかった。

「トーマス」

 部屋の隅で見ていたユリアンが小声で言った。

「何です?」

「この人たち、今、初めて聞いたんだよな」

「ええ」

「じゃあ、今日帰ってから何を断ればその金が出せるかも、まだ分からないんじゃないか」

 トーマスはハンスの手元を見た。持参した注文帳を、閉じたまま握っている。

「……そうですね」

 紙を裏返した。

「すみません。今日ここで決めてもらう話ではありませんでした」

 魚屋が背もたれから身を起こす。

「うちは来週、船への支払いがある。あれを削る話なら、断るぞ」

「削りません。改めて、こちらから伺います」

 結局、その日は資金を集められなかった。

 最後の一人を見送った後、卓にはトーマスの紙だけが残った。

 ユリアンがそれを覗く。

「いっぱい線が引いてあるな」

「引くのが早すぎました」

 トーマスは紙を畳み、鞄へ戻した。

*

 翌朝、トーマスはハンス商会へ行った。

 製粉所を買う金を頼む前に、次の仕入れと支払いを聞いた。

 ハンスは注文帳を開き、余白を指で叩いた。

「出せるとしても、この分が入ってからだ。新しい売り先が増えるなら嬉しいが、その前に今の客へ品を届けなきゃならん」

 トーマスは頷き、日付を書いた。

 次に農場へ行くと、昨年の麦が納屋に残っていた。

「売り先が決まるなら、そこから出せる。だが、安く買い叩かれるのはごめんだぞ」

「値段も数量も、先に製粉所と話してきます」

「来年の麦まで、全部約束はできんからな」

「今年納められる分からで構いません」

 その足で製粉所を訪ねた。

 石臼の音が床から響いてくる。主人は話の途中でも、ときどき作業場へ目を向けた。

「店を売っても、ここで働くつもりだ。粉を挽くのは好きなんでね」

「では、なぜ?」

「石臼を直した。屋根も直した。麦を買う金だけが残らなかった」

 主人は修理の領収書を出した。トーマスは現物も見せてもらい、納屋にある麦の量を確かめた。

 売る粉はあっても、次を挽く麦が足りない。

 農場の麦を見てもらうと、主人は粒を掌に広げ、二つほど割った。

「これなら使える。全部を一度には引き取れんが」

 トーマスは帳面を開いた。

「では、何回に分けましょう」

*

 ピドナ水産では、話がまた止まった。

「魚、関係あるか?」

「今度は、あります」

 トーマスが答えると、ユリアンが横で笑いを噛み殺した。

「共同で使っている運送便です。製粉所の注文も合わせれば、一回ごとの運賃を下げられるか、運送屋へ聞きたいんです」

「魚の上に、粉を積むのか?」

「分けます」

「臭いだけじゃないぞ。濡れる」

 店主が魚箱の下を指した。床に、細い水の筋が伸びていた。

 トーマスはそこを見て、書きかけた文字を消した。

 運送屋を交えて話すと、魚を届けた後、すぐ粉を積む案は通らなかった。荷台を洗い、乾かす時間がいる。

 結局、粉を運ぶのは魚の便がない午後にした。製粉所にも、翌日分を前もって納められる買い手がいた。

 水産の店主は、その時刻を書いた紙を引き寄せた。

「船が遅れた日は?」

「別便を手配します。その費用も入れて、安くなる分だけです」

「……それなら、試すくらいはできる」

 帰り道、ユリアンが帳面を覗いた。

「線、減ったな」

「残った方は、相手と話しました」

 トーマスは帳面を閉じた。

*

 試しに二度、荷を運んだ後、四社の責任者が同じ卓についた。

 今度は最初から金の話をしなかった。

 紙を一枚広げる。

 農場、農具、製粉所、市場、水産。それぞれの名の間を、運ぶ荷と一緒に線で繋いである。

「ハンス商会への注文は、近隣の農場で配達日を合わせます。製粉所の麦の引き取りに、農具を納める便も組み合わせる」

 トーマスは、話している二社の名を指で辿った。

「ベント農場の麦は、この数量と値段で製粉所が買う。まず、納屋に残っている分です」

「製粉所は原料と輸送手段を確保できる」

「ピドナ水産と製粉所は、運送の注文をまとめる。便は分けますが、この回数を頼めれば、両方の運賃が下がります」

 魚屋が運送屋を見た。運送屋も頷く。

「そのうえで、製粉所へ一緒に出資していただきたい。僕の商会が買い取りと調整を引き受けます」

 前の集まりとは違った。

 全員が紙を見ている。

 ハンスが最初に口を開いた。

「……それなら、話した額を出そう。来週の入金後だぞ」

 農場主も頷く。

「うちも、麦の支払いが済んでからだ。それで間に合うな?」

「はい。最初の麦代は、僕の商会で用意します」

 魚屋は少し考えてから、口を開いた。

「運賃が安くなるのは分かった。だが、製粉所を買う金まで出す理由は?」

「運賃の削減とは別に、製粉所の利益も出資額に応じて受け取れます。麦の仕入れ先と、粉の買い手については確認しました」

「赤字になったら?」

「もちろん、損をする可能性もあります。だから、船への支払いを残したうえで、出せる範囲でお願いしたいんです」

「荷車を洗う金まで、うちに回すなよ」

「この欄です。製粉所の経費に入れました」

 店主は数字を確かめ、ようやく頷いた。

「……それなら、話した額だけだぞ。船への支払いは削らんからな」

「はい」

 話が動き始めた。

 トーマスは自分の商会が出す額を書き加えた。支払いを残し、足りない分だけ、フルブライトからの借入枠を使う。

 製粉所の主人には、代金を二度に分けることを承知してもらった。

 トーマスは各社の出資額を記し、取り分を計算した。

「ちょっと待って」

 ユリアンが紙を覗き込む。

「これ、製粉所は誰の会社になるんだ?」

「四社が共同で出資します。僕の商会が買収と運営の調整を引き受けますが、利益は出資割合に応じて分けます」

「なるほど。トーマスが全部もらえるわけじゃないんだな」

「もちろんです」

 トーマスは損失が出た場合の取り決めも確かめ、書類を順に回した。

「前と同じ人たちなのにな」

「ええ」

「今日は、誰も自分の注文帳を握りしめてないな」

 トーマスはハンスを見た。帳面は卓に開かれ、次の配達日が書き込まれている。

「先に、そちらを見せてもらいましたから」

 後ろから声がした。

「それを商人は《ネマワシ》と呼びます」

 開いた戸の向こうに、フルブライトが立っていた。案内してきた運送屋の男が、帽子を取って会釈する。

 トーマスが嫌そうな顔をする。

「いつからいたんですか」

「魚屋さんが洗い賃を念押しした辺りから」

「そこに立っていないで、座ってください」

「いい《ネマワシ》でした」

「普通に関係者へ説明しただけです」

「皆を集めてから困らせない。そのための手間を惜しまなかったでしょう」

 ユリアンが感心した。

「技みたいだな。戦う前に、誰がどこを守るか決めておくようなもんか」

「例えは物騒ですが、近いですね」

 トーマスが答えた。

「準備ができていなければ、実際に動く時に困りますから」

「商売では立派な技ですよ」

 フルブライトが笑った。

 署名が終わると、製粉所の主人が深く息を吐いた。

「これで、次の麦を頼める」

 農場主が隣から紙を差し出す。

「こっちも書いてくれ。話が消えないうちに」

「消さんよ」

 二人のやり取りを見ながら、トーマスは出資の約束と入金日を控えた。

 ハンス商会、メッサーナベント農場、ピドナ水産。その下に、トーマスカンパニーの名も記した。

 フルブライトは帳簿を覗き込みながら言った。

「これが、グループの力です」

「会社を財布にするつもりはありませんよ」

「もちろん」

「出すと約束した金も、まだ全部届いたわけではありませんから。次の買収には使えません」

「ええ。麦の代金を払う日も、お忘れなく」

 トーマスは少し意外そうにフルブライトを見る。

「今回は、残りの貸付を使えと言うかと思いました」

「借りた金でも買えます。しかし、それだけではハンスさんがあの帳面を開くとは限らない」

 フルブライトの視線の先で、ハンスが農場主へ次の納品を確認していた。

 魚屋は運送屋を捕まえ、魚の便を遅らせるなと念を押している。

 トーマスは口を挟みかけて、やめた。もう自分を通さなくても、話は進んでいた。

*

 数日後。

 約束した出資金が揃い、製粉所への最初の支払いが済んだ。

 トーマスは帳面の脇へ、その報告を置いた。ピドナ水産からも、次の便の予定が届いている。

 一億オーラムには、まだ遠い。だが、今日動かす荷を一つずつ自分で指図する必要はなくなっていた。

 そして、古い書類を追っているうちに、また同じ印を見つけた。

 クラウディウス。

 今度はピドナではなかった。

 トーマスは地図を開く。

 海沿いの町を指で押さえた。

「ファルス」

「何があるの?」

 ユリアンが覗き込む。

「造船所です」

「船?」

「ファルス造船。昔のクラウディウス系企業の一つらしい」

 ユリアンの顔が少し明るくなった。

「魚屋より冒険っぽくなってきたな」

「会社を見に行くだけですよ」

「船乗る?」

「ピドナからなら」

「行こう」

「なんで急にやる気なんですか」

「船だから」

 分かりやすかった。

 トーマスは地図を畳んだ。

 その時、フルブライトから渡されていたファルスの最新情報が目に入った。

 造船、海運、港湾の取引。

 その下に、もう一つ。

 傭兵募集中。

 トーマスの手が止まった。

「……何です、これ」

 ユリアンが横から読む。

「スタンレーとの緊張、高まる……?」

 さっきまで楽しそうだった顔が曇った。

 トーマスはさらに紙をめくる。

 ファルスとスタンレー。同じメッサーナ地方にある二つの町が、どちらも兵を集めていた。

「商売しに行くんだよな?」

「そのつもりです」

「戦争になりそうなんだろ」

「この知らせでは、まだ衝突したとは書いていません」

「今から行って、大丈夫なのか?」

 トーマスは少し考えた。

 ファルス造船の名を見る。

 その隣に、軍需品の発注増加。

 木材価格の上昇。

 食料輸送の増加。

 発注の日付は新しい。町が兵を集める前から、木材の注文は増えていた。

 トーマスは眼鏡を押し上げた。

「行きましょう」

「戦争に?」

「造船所を見にです」

「絶対それだけで終わらないやつだ」

「だから、出発前に確かめます」

 トーマスは紙を引き寄せた。造船所の名の横に、港の様子、と書き足す。

 ユリアンも椅子を寄せた。

「帰りの船もな」

「ええ」

*

 港への問い合わせと、留守中の支払いの手配を済ませてから、二人は船に乗った。

 定期船はまだ動いていた。甲板には商人の荷が積まれ、傭兵らしい男たちも何人かいる。

 ユリアンは彼らの槍に目をやり、トーマスの隣へ立った。

「魚屋を見に行ってた方が、平和だったな」

「船なら行こうと言ったのは、君ですよ」

「船は好きだよ。その先が気になるだけで」

 岸壁から綱が外された。船腹がゆっくり岸を離れていく。

 トーマスは紹介状を手に、遠ざかる倉庫の屋根を見た。ピドナ水産の方角から、荷車が一台出てきた。

 そのまま市場へ曲がっていくのを見届けて、舳先へ向き直る。

 行き先は、ファルス。

 潮風にめくれた紹介状を、トーマスは鞄へしまった。

 

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