Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

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新たなる旅路
第21話 ツヴァイク・トーナメント


 ツヴァイクの城門へ続く道は、人と荷車で埋まっていた。

 槍を担いだ女が、馬を引く傭兵を追い越していく。その後ろでは、檻を載せた荷車が軋んでいた。布の隙間から太い尾が出て、御者に棒で押し戻される。

 ユリアンが足を止めた。

「……今の、何だ?」

「立ち止まらないでください。後ろが詰まります」

 トーマスが袖を引いた。

 道端には臨時の露店が並び、肉を焼く煙が流れている。宿の客引きは、部屋が残りわずかだと声を張り上げていた。

「先に宿、取っといてよかったな」

「ええ。フルブライト様の言う通りでした」

 予約の書状を確かめながら、トーマスは城門を見上げた。

 大きな旗の下に、文字が掲げられている。

 ツヴァイク・トーナメント。

 ユリアンの歩く速さが変わった。

「宿は、右です」

「分かってる」

「あなたが見ているのは、左の案内板ですが」

「場所を確かめただけだって」

 トーマスはそれ以上言わず、右へ曲がった。

 少し遅れて、足音がついてきた。

*

 宿へ荷物を置いた後、二人はツヴァイクキャラバンの商館へ向かった。

 道の途中に、闘技場の案内がもう一枚出ていた。

 ユリアンは素通りしようとして、失敗した。

「賞金、三万オーラムだって」

「見えています」

「三万だぞ」

「一億オーラムの、〇・〇三パーセントですね」

 口にしてから、トーマスは少し黙った。

 ユリアンが横を見る。

「お前、三万オーラムを少ないって言うようになったの?」

「……言い方がよくありませんでした」

「ザインが聞いたら怒るぞ」

「怒るでしょうね」

 そう答えて、二人は顔を見合わせた。

 ピドナを発った四人は、今頃どこにいるのだろう。

 ランスへ向かうと聞いた後、こちらもずいぶん歩き回った。

「ま、先に仕事だよな」

「分かっていただけて、助かります」

「終わったら、受付を見るだけ」

「試合を見る、ではなく?」

「……両方」

 トーマスは返事をせず、商館の扉を叩いた。

*

 裏庭には、荷車が十数台並んでいた。

 車輪を外して軸を調べる男。馬具を繕う女。天幕を畳む若者たち。

 壁には各地へ向かう道の地図が掛かり、その下の板に、便ごとの出発日が書かれている。

 トーマスは案内された椅子へ座り、紹介状を差し出した。

 向かいの主人が、封にある紋を確かめる。

「フルブライトから話は聞いてる。ベント商会だったか」

「トーマスカンパニーです」

 隣でユリアンが少し胸を張った。

 名前を決めた本人には、いまだに満足のいく響きらしい。

「そうだったな。で、先に言っておくが、うちを売る気はないぞ」

「今日は、輸送のご相談です」

「ファルスとスタンレーの荷を動かしたと聞いた」

「最初の便を出したところです。続くかどうかは、これからです」

 トーマスは注文の控えを広げた。

 主人は地図と見比べ、紙の端を指で叩く。

「この量なら、向こうの運び屋に頼んだ方が早い。うちの隊を回すほどじゃない」

「ええ。今の便を、すべてお願いするつもりはありません」

 別の紙を出す。

 取引先から預かった、北へ出したい荷と、南から取り寄せたい品の一覧だった。

「こちらの定期便と重なる区間があれば、小口の荷をまとめてお渡しできます。まずは、空きがある便だけでも」

 主人は一覧を読み、後ろの板へ目をやった。

「帰りの荷なら、こっちでも探してるぞ」

「はい。僕の方には、すでに取引のある店があります。量と受取日を揃えてから、お話しできると思います」

「小口は手がかかる。安く積めるとは限らん」

「積み込みの場所を一か所にまとめるなら、どうでしょう」

「保管は誰が持つ」

「こちらで。ただ、何日まで預かるかは、先に決めたいです」

 主人がようやく椅子を引き寄せた。

 出発の日。荷の大きさ。雨で道が止まった場合の扱い。

 質問が具体的になるたび、トーマスは紙へ書き込んだ。

 ユリアンも地図に目を向けていたが、途中で顔を上げた。

「つまり、荷車一台を借り切らなくても、何軒かの荷物で埋めればいいんだな」

「そうですね。ただし、同じ方向で、同じ日に出せる荷なら」

「途中で一人だけ、やっぱ明日って言ったら困るのか」

 主人が笑った。

「そいつを待って、ほかの荷まで遅らせるわけにはいかんからな」

「……分かった。日を決めるの、大事だな」

 トーマスは頷き、日付の下に線を引いた。

 その場で契約は決まらなかった。主人も空き便を調べ、トーマスも各店の注文を確かめる必要がある。

 明後日、改めて数字を持ち寄ることになった。

「大会中は、町を出る荷が少ない。案外、都合がつくかもしれん」

 立ち上がる二人へ、主人が言った。

「人と食い物は、こっちへ来るばかりだからな」

「それなら、帰りの荷の相談はできそうですね」

「ああ。期待しすぎるなよ」

 トーマスは礼を言った。

 商館を出ると、ユリアンが通りの向こうを指した。

 トーマスは息を吐く。

「……分かりました。見るだけですよ」

「もちろん!」

 その返事だけは、今日一番早かった。

*

 闘技場の前には、人だかりができていた。

 対戦表を見上げる者。売店で酒を買う者。自分の腕より太い串焼きに挑む男。

 その向こうで、聞き覚えのある声がした。

「だから、四人じゃ駄目なのか」

「五名です。規則ですから」

「一人分、俺が二回出りゃいいだろ」

「勝てば、そのまま何回でも戦っていただけます」

「じゃあ、いいじゃねえか」

「登録は五名です!」

 ユリアンが背伸びをした。

 受付台の前に、黒い上衣を着た男が立っていた。肩まで伸びた癖のある黒髪に、腰には曲刀を携えている。その隣に、見慣れた赤い髪。

「エレン!」

 女が振り向いた。

「……ユリアン?」

 サラがその脇から顔を出した。

「トーマスも!」

「手紙、届いたよ。キドラントでは大変だったね」

「うん。……書くと、姉さんが怒った話ばっかりになっちゃって」

「町長を殴ったところは、二度読み返したよ」

 トーマスが苦笑した。

「そこは読み返さなくていいのよ!」

 金髪を束ねたエレナが、トーマスへ会釈した。

「こんなところでお会いするとは思いませんでした」

「僕もです。ああ、紹介しますね」

 トーマスは隣の青年へ目を向けた。

「こちらはユリアン・ノール。シノンからの仲間です。ユリアン、こちらはエレナ・ヴァルティエさん。あの地図を残してくれた方だよ」

「ああ、あの地図の! 助かったよ、ありがとう」

「お役に立てて何よりです。初めまして」

「ユリアンだ。よろしく!」

 挨拶を済ませると、ユリアンはザインへ向き直った。

「で、そっちこそ何してるんだ?」

 ザインが受付台の貼り紙を指した。

「三万オーラム」

 トーマスは、隣でユリアンが笑う気配を感じた。

「何がおかしい」

「いや。やっぱりなって」

「三万だぞ」

「分かってる。さっき、こいつにも言った」

 トーマスへ指が向く。

「一億の〇・〇三パーセントだってさ」

 ザインの目が細くなった。

「お前、金を舐めてんのか」

「反省はしました」

 エレンが吹き出した。

「何よ、それ。トーマス、そんなにお金持ちになったの?」

「なっていません。むしろ、使う方が先で」

「商会を始めたんだ」

 ユリアンが口を挟んだ。

 サラが目を見開く。

「商会? 本当に?」

「ええ。まだ小さいですが」

「すごい……」

 そう言われると、旅費の計算に頭を抱えていたとは言いにくかった。

 エレナが手帳を取り出しかけ、それを戻す。

「詳しく聞きたいところですが……ここでは邪魔になってしまいますね」

 受付係が、いかにも言いたかったという顔で頷いた。

「出場者は五名。セコンドを一名まで登録できます。セコンドは試合前の届け出で交代可能です」

 ユリアンとザインが、同時にこちらを見た。

 トーマスは一歩下がった。

「待ってください」

「六人いるな」

「いる!」

「人数の話をしているのではありません」

 エレンがユリアンを見た。

「あんた、出たいの?」

「出たい」

「じゃあ、決まりじゃない」

「僕の話も聞いてもらえますか」

 サラが遠慮がちに手を上げた。

「私、セコンドでも――」

「いえ。それなら僕が」

 言ってから、トーマスは口を閉じた。

 ザインが頷く。

「決まったな」

 エレナは横を向いていた。肩が、わずかに揺れている。

 受付係はもう、用紙を差し出していた。

*

 先鋒、ユリアン。

 次鋒、サラ。

 中堅、エレナ。

 副将、エレン。

 大将、ザイン。

 セコンド、トーマス。

 控室の長椅子で、トーマスは登録の控えを眺めた。

「どうしてこうなったんでしょうね」

「人が足りなかったからだろ」

 ザインが答えた。

「分かっています。そういう意味ではなくて」

「商談、明後日なんだろ?」

 ユリアンは剣帯を締め直している。

「今日は空いてる」

「確認することは残っています」

「じゃあ、早く勝てばいいわね」

 エレンが斧の柄を叩いた。

「本当に先鋒でいいんですか?」

 エレナが訊くと、ユリアンは頷いた。

「ああ。最初に出るなら、俺がいい」

「出場するつもりで来たんですか?」

「見るだけのつもりだった」

「過去形にしないでください」

 控室に笑いが起きた。

 ユリアンも笑いながら、左腕を回した。ファルスで受けた傷は塞がっている。服の袖に引っかかる様子もない。

 トーマスはそれを確かめ、用紙を畳んだ。

 同じ剣でも、今日は向こうからも試合をしに来る。審判がいて、止める合図もある。

 ユリアンはその合図の説明を、珍しく黙って聞いていた。

 勝った選手は、そのまま次の相手と戦う。降参すれば、次の仲間へ交代する。退いた選手は、その対戦には戻れない。

「無理だと思ったら、下がってください」

 トーマスが言うと、ユリアンは頷いた。

「分かってる」

「本当に?」

「三回は言わなくていいから」

 エレンが笑い、トーマスは口を閉じた。

 サラも弦を確かめていた。エレナは細剣の留め具へ手を添え、ザインは会場へ続く通路を見ている。

 陣形を組む場所はない。

控室の先には、闘技場を見下ろす観戦席が設けられていた。

 一人が前へ出れば、ほかの五人はここで見ることになる。

 鐘が鳴った。

 係員が扉を開ける。

「第一試合。対戦相手は、超女軍団です!」

 ユリアンが振り返った。

「じゃ、行ってくる」

「無茶すんなよ。後ろには俺たちがいる。ちゃんと戻ってこい」

 ザインが言った。

「分かってるって」

 ユリアンは笑い、眩しい通路へ足を踏み出した。

*

 歓声が、石の壁を震わせていた。

 闘技場の中央へ、軽やかな足取りの女が進み出る。

 先鋒、ダンサー。

 名を呼ばれると、女は観客席へ片手を振った。

 ユリアンが剣を構えた瞬間、既に距離が縮まっていた。

 短い刃が、胸元をかすめる。

 反射的に剣を振った。相手はそこにいない。

「……速いな」

 もう一度、刃が来る。

 今度は低い。追って剣先を下げると、女はすぐに刃を返した。

 ユリアンは半歩退いた。

 頬の前を刃が抜ける。

 客席がどっと沸いた。

「相手の動きに釣られてるじゃない!」

 エレンが身を乗り出す。

 トーマスも手すりを握った。

 だが、三度目には剣が動かなかった。

 女が誘うように身を開く。

 ユリアンは腕を追わず、踏み込んでくる足を見た。

 床を蹴る。

 剣の腹が、相手の胴を捉えた。

 女がよろめき、膝をつく。

相手が起き上がろうとしたところへ剣先を向ける。

 審判の手が上がった。

「勝者、ユリアン!」

 息を吐く間に、次の相手が姿を見せた。

 アラクネ。

 人の上半身を支える、蜘蛛の脚。

「……さっきの檻、こういうのが入ってたのか?」

 ユリアンの呟きは、歓声に消えた。

 白い糸が飛んだ。

 一本を剣で払う。その間に、もう一本が左腕へ巻きついた。

 引かれる。

 ユリアンが体勢を崩した。

「左!」

 エレンの声が飛ぶ。

 相手の脚が床を掻き、さらに糸が張った。

 ユリアンは踏ん張りかけ、その力を抜いた。

 引かれるまま、前へ出る。

 アラクネの腕が上がった時には、剣の届くところまで入っていた。

 刃を返し、糸を断つ。

 そのまま肩からぶつかった。

 大きな身体が傾き、脚がもつれた。

 起き上がるより先に、剣先が胸元へ向く。

 二本目の旗が上がった。

「やるじゃない!」

 エレンが手を叩いた。

 ユリアンもこちらへ顔を向けたが、すぐに左腕を押さえた。

 袖が裂けている。糸に擦れたところが、赤く滲んでいた。

 トーマスは声をかけようとして、次の門が開く音に顔を上げた。

 今度は、蛇の尾が床を滑っていた。

*

 蛇女の身体が、剣先の外へ逃げた。

 ユリアンの踏み込みを尾が払う。足を引けば、上から武器が落ちてくる。

 剣で受けた。

 腕が軋む。

 ユリアンは歯を食いしばり、押し返した。

 相手が距離を取る。

 追おうとした時、その目が光った。

 足が止まった。

 構えるつもりの剣が、上がらない。

「ユリアン!」

 サラの声がした。

 次の瞬間、尾が胸を打った。

 床へ背中がぶつかる。息が詰まり、剣を握る指が緩みかけた。

 転がって、追ってくる尾を避ける。

 ようやく空気を吸った。

「……今、何が起きたのですか?」

 トーマスが身を乗り出した。

「目が合った途端に、動きが止まりました」

 エレナの声は低かった。

 蛇女が顎を上げる。

 トーマスは叫んだ。

「目を、見ないで!」

 聞こえたかは分からなかった。

 ユリアンが剣を構える。その顔が、相手へ向いた。

 目が光る。

 けれど今度は、剣が下がらなかった。

 ユリアンは顔を横へ逸らし、そのまま踏み込んでいた。

 尾の外側へ足を置く。

 剣が跳ね上がり、相手の武器を弾いた。

 乾いた音を立てて、それが床を転がった。

 一瞬の静寂。

 続いて、歓声が押し寄せた。

 ユリアンは相手より、自分の足を見ていた。

「今、避けましたね」

 エレナが言った。

「声、届いたんでしょうか」

「ええ。ただ、顔を逸らすのが早かったんです。相手の目が光るより前に」

 ザインが腕を組み直した。

「来ると分かったんだろ」

「一回で?」

 エレンが訊く。

「二回目も食らいたくなかったんじゃねえか」

「そりゃ、そうでしょうけど」

 トーマスは、もう一度ユリアンを見た。

 新しい技を使ったようには見えなかった。

 相手の顎が上がった、その時に動いた。

 それを覚えておこうとしたところで、審判が次の名を呼んだ。

 副将、ヴァナディース。

 ヴァナディースは武器を持っていなかった。

 片手を掲げると、熱気が波になって押し寄せた。

 ユリアンは横へ跳び、剣の間合いまで踏み込む。

 だが、相手は退かなかった。

 身体をひねり、鋭い蹴りを放つ。

 剣の腹で受けたが、重い。

 押し返そうとしたところで、今度は頭上に光が走った。

 ユリアンは咄嗟に身を伏せる。

 落雷がすぐ脇の床を打った。

 起き上がろうとして、足がもつれた。

 三人を相手にしてきた疲れが、ここへ来て響いていた。

 ヴァナディースが踏み込む。

 ユリアンも床を蹴った。だが、身体が前へ出ない。

 《稲妻キック》。

 雷をまとった踵が脇腹を打ち、ユリアンは片膝をついた。

 立ち上がろうとしたが、脇腹に痛みが走り、身体が言うことを聞かなかった。

「ユリアン!」

 トーマスが呼んだ。

 剣先が、床を擦る。

 ユリアンは相手を見上げた。それから、剣を下げた。

「……参った」

 審判が二人の間へ入った。

*

 戻ってきたユリアンの額から、汗が落ちた。

 トーマスは水を渡し、脇腹を押さえる様子を見た。

 目立った出血はないが、呼吸のたびに痛むらしい。剣を持つ手にも、疲れが残っていた。

「悪い。あと二人だったのに」

「三人、倒してくれたんでしょ」

 サラが立ち上がった。

 カナリアの弓を持ち、矢筒を直す。

「残りは、私たちがやるよ」

 ユリアンは顔を上げた。

 何かを言いかけ、飲み込んだ。

 サラが通れるように、長椅子へ身体を寄せる。

「……頼んだ」

「うん」

 エレンは妹の肩を一度叩いただけで、通路を空けた。

 サラが光の中へ出ていく。

 広い床で、一人、弓を構えた。

 ヴァナディースが片手を上げる。指先に赤い光が集まった。

 サラの第一射は、その足元へ飛んだ。

 ヴァナディースが横へ跳ぶ。

 二本目は、着地点のすぐ脇。

 足を止めた相手の掌から、熱風が押し寄せた。

 サラは横へ走る。熱気が頬を撫で、髪が大きく揺れた。

 その隙に、ヴァナディースが距離を詰める。

 鋭い蹴りが飛んできた。

 サラは身を引く。爪先が袖をかすめた。

 もう一歩下がって矢をつがえる。

 だが、相手の掌には、今度は青白い光が集まっていた。

 頭上で雷が弾ける。

 サラは咄嗟に身を伏せた。すぐ脇の床が焦げる。

 トーマスは膝の上で拳を握っていた。

 普段なら、あの間に誰かがいる。

 今日は、自分で距離を保たなければならない。

 ヴァナディースが再び踏み込んだ。

 サラは、ユリアンが倒された場面を思い出した。

 あの蹴りの前、相手は軸足を深く沈めていた。

 今も同じだった。

 サラは蹴り上げる足を追わず、地面を踏みしめた方の脚へ矢を放った。

 相手の脛に刺さった。

 踏み込みが崩れ、蹴りが止まる。

 サラは素早く次の矢をつがえた。

 弓の先が、動きを止めた相手へ向く。

 傷めた軸足に体重をかけられず、ヴァナディースは胸元を正確に狙う矢先から目を離せなかった。

 ヴァナディースは一瞬迷い、それから片手を上げた。

「参ったわ」

 審判の旗が上がる。

 サラは一瞬きょとんとした。それから、こちらを見た。

「サラ! やったじゃない!」

 エレンの声が、歓声を突き抜けた。

 サラが慌てて口の前に手を振る。

「姉さん、大きい!」

「勝ったんだから、いいでしょ!」

 ユリアンが笑い、トーマスもようやく息を吐いた。

 次の門が開いた。

 蛇の髪が、光の下へ揺れ出る。

 大将、メドゥーサ。

 サラの笑顔が消えた。

 審判の旗が上がる。

*

 サラは相手の顔を見ず、腰へ視線を落とした。

 矢を放つ。

 メドゥーサは身体を滑らせ、避けた。

 二本目は払われた。弾かれた矢が床を転がる。

 近づいてくる。

 サラは後ろへ下がった。

「サラ、横!」

 エレンが叫んだ。

 身体を捻った、その脇を武器が抜けた。

 もう一歩下がる。

 足元の白線が近い。

 サラが矢をつがえる。顔を見ないようにしたまま、相手の位置を探した。

 その一瞬、頭上から影が差した。

 髪の蛇が、弓を持つ腕へ伸びている。

 サラは射るのをやめ、身を引いた。

 踵が、白線を越えた。

「場外! 勝者、メドゥーサ!」

 旗が上がった。

 サラは足元を見下ろし、唇を噛んだ。

「……あ」

 メドゥーサが退く。

 サラは弓を下ろし、係員の示す通路へ戻った。

 エレンが迎えに出る。

「噛まれてない?」

「うん。でも、下がりすぎた」

「見てた」

 サラが肩を落とす。

 エレンはその肩を抱き、長椅子へ座らせた。

「次は、横に逃げる場所も残しとけばいいわよ」

「……うん」

 エレナが立ち上がった。

「顔を見なくても、上から来るんですね。先に分かって助かりました」

 細剣を抜き、軽く手首を返す。

「では、行ってきますね」

「エレナさん」

 サラが顔を上げた。

「髪の蛇、こっちが弓を引いた時に伸びてきた」

 エレナの手が止まる。

「ありがとうございます。覚えておきます」

*

 エレナは、サラより深く踏み込んだ。

 メドゥーサの武器へ、細剣を合わせる。

 金属が鳴った。

 押し合わず、横へ抜ける。

 蛇の髪が追ってきた。

 エレナは剣を突き出さず、半歩だけ退いた。

 蛇の頭が、空を噛む。

「……あれ、目を見てないのか?」

 ユリアンが声を落とした。

 トーマスも、エレナの顔を見ていた。

 視線は相手の胸元より下。

 それでも、剣を払っている。

 メドゥーサが身体を引いた。

 顎が上がる。

 エレナは相手の外側へ回った。

 目の光が、横を流れる。

「肩だ」

 ザインが短く言った。

「先に、そっちが動いてる」

 エレンが身を寄せる。

 確かに、メドゥーサが顔を向ける前に、肩が開いていた。

 エレナの細剣が、その腕の外側を滑った。

 今度は髪が一斉に伸びる。

 エレナは踏み込む足を止めた。

 蛇が届く、その手前。

 顔の前を通った刃が、髪を数本落とす。

 そのまま細剣を返し、武器を握る手元へ打ち込んだ。

 メドゥーサの武器が跳ねる。

 エレナは追い、その柄を踏んだ。

 細剣の先が、相手の胸元で止まった。

 審判が腕を上げた。

「勝者、エレナ! 試合終了!」

 エレンが両手を突き上げた。

 サラも立ち上がる。

 ザインは腕を解き、通路へ向かった。

 戻ってきたエレナは、汗の浮いた額へ袖を当てた。

「疲れました。見るところが多くて」

「目は?」

 ザインが訊いた。

「見ませんでした」

「よく当てたな」

「肩と腕は見えますから。皆さんのおかげで、見るところを絞れました」

 サラが小さく息を吐いた。

 エレナがその隣へ腰を下ろす。

「もっとも、あの髪がもう少し長かったら、下がっていましたけど」

「それ、先に言いなさいよ」

 エレンが笑った。

 ユリアンは右手の指で、自分の顎を持ち上げている。

「……こうか」

「何してるの」

「いや。さっきの目、もう一回避けられるかなって」

 エレナが顔を向けた。

「二度とも、相手は同じように顎を上げていましたね。そのとき、どこを見ていました?」

「最初は顔。二回目は……その前に、来るって思った」

 ユリアンがゆっくりと立ち、動きをなぞる。

 エレンも、その前へ立った。

「ちょっと、やってみて」

「俺が目を光らせる方?」

「光らせられるなら、やってみなさいよ」

 サラが笑った。

 トーマスは手帳を開いた。

 相手の目。顎が上がる前の、肩の動き。

 ユリアンの言葉を、短く書き留める。

 顔を上げると、エレナも隣から覗き込んでいた。

「その記録、あとで写させてもらってもいいですか?」

「もちろん」

 書いた頁を、その場で彼女へ向けた。

*

 夕方、次の対戦が掲示された。

 ユリアンは左腕の擦り傷に巻いた布を直し、脇腹をかばいながら人だかりの隙間を覗いた。

 隣ではサラが、使った矢の本数を数えている。

 トーマスは明後日の商談までに済ませる確認を、頭の中で並べ直していた。

 今日は、まだ間に合う。

 そう思った時、ユリアンが動かなくなった。

「……なあ」

「どうしました」

「これ、出していい奴なの?」

 指の先に、次の対戦相手が書かれていた。

 ドラゴンズ。

 先鋒、ブレイザー。

 次鋒、バイター。

 中堅、ワイバーン。

 その下に、レッドドラゴン。

 さらに、ドラコニアン。

 トーマスは、もう一度副将の欄を読んだ。

「……竜、ですね」

「チーム名だけじゃないのかよ」

 エレンが背伸びをする。

「へえ。面白そうじゃない」

 サラの手が止まった。

「姉さん?」

「何よ」

「ちょっと、嬉しそう」

「そんなことないわよ」

 否定しながらも、まだ対戦表を見ている。

 エレナはその隣の注意書きを読んでいた。

「明日の試合は、障壁の点検が済んでから始めるそうです」

「何の?」

「火を防ぐためでしょうね」

 ユリアンがもう一度、レッドドラゴンの名を見た。

「……そういうのが要る相手なんだな」

 ザインは、横に貼られた賞金表を見ていた。

「三万オーラム」

「賞金の隣も、見てくださいね」

 エレナが言った。

「見た」

「それで、どうします?」

 ザインの視線が、赤い竜の名から賞金へ戻った。

「三万オーラム」

 トーマスは眼鏡を押し上げた。

「勝っても、五人で分けるんですよね」

「六人だろ」

 思わず顔を上げた。

 ザインはこちらを見ず、対戦表へ向き直っている。

「お前も、声くらい出してたじゃねえか」

 ユリアンが笑った。

「じゃあ、明日もよろしくな。セコンド」

 トーマスは巻き直した包帯へ目を落とし、それから五人を見た。

「……明日の順番は、相談させてもらいます」

「俺、また最初?」

「今、相談すると言ったでしょう」

 エレンが笑い、サラは数え終えた矢を矢筒へ戻した。

 人混みを抜けたところで、ザインが足を止める。

「で、お前らの宿はどこだ」

 トーマスが通りと宿の名前を言うと、エレナが目を丸くした。

「あら、私たちも同じ宿です」

「じゃあ、夕飯も一緒だな」

 ユリアンが言った。

 サラがトーマスの隣へ来る。

「さっきの商会の話、聞いてもいい?」

「ええ。まだ始めたばかりですが」

「すごいね。トーマスが商会を作るなんて」

「名前を考えたのは俺だけどな」

 ユリアンが胸を張った。

「そこは別に自慢するところではありませんよ」

 トーマスが返すと、エレンが笑った。

「そういや、エレン達はどうだったんだ? 旅の方は」

 ユリアンが尋ねた。

「いろいろあったわよ。西の森で、教授っていうすごい人にも会ったし」

「すごい、というだけでは済まない方でしたけどね」

 エレナが口を挟んだ。

 ザインが鼻を鳴らす。

「爆発した。それだけだ」

「それだけで済ませないでください!」

 ユリアンが目を丸くした。

「爆発? 何があったんだよ」

「その話は、宿に着いてからにしましょう」

 エレナが言うと、ユリアンは足を速めた。

「よし、早く帰ろうぜ」

 六人の声が重なり、宿へ続く通りへ流れていく。

 トーマスは手帳に伸ばしかけた手を下ろした。

 今夜くらいは、仕事を後回しにしてもよさそうだった。

 

 

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