Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

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第26話 プリンセスガードⅠ・帰る場所

 洞窟へ入ると、外の風が急に遠くなった。

 壁際には、使いかけの松明が差してあった。

 その下に、まだ新しい靴跡が重なっている。床には藁が散らばり、木箱を引きずった跡が奥へ続いていた。

 ポールが足を止めた。

 片手を上げ、振り返らずに指を二本立てる。

 ユリアンは剣を抜いた。

 ニーナも鞄の紐を短く締め直す。

 曲がり角の向こうで、男たちが話していた。

「外を見てこい」

「さっき見ただろ」

「馬車を置いたままだ。跡を辿られたら、ここだと分かる」

「だったら、お前が――」

 ポールが角から身を出した。

「動くな」

 引き絞った弓の先で、男たちが固まる。

 一人は腰の剣へ手を伸ばしかけていた。

 もう一人は、木箱に座ったままだった。

「手を離せ」

「何だ、お前――」

「聞こえただろ」

 ユリアンがポールの脇から踏み込んだ。

 男が剣を抜く。

 抜ききる前に、その手首へ剣の鍔を押し当てた。身体を寄せ、壁へ押しつける。

 木箱の男も立ち上がった。

 ニーナが、その上着を後ろから掴んだ。

「座ってて」

 男が木箱へ戻った。

 箱が軋み、底が抜ける。

「……っ!」

 腰から落ちた男へ、ポールの矢が向いた。

「静かにしてろ」

 ユリアンは押さえた男から剣を奪った。

「連れてきた女の人は、どこだ」

「知ら――」

 言いかけた男の腕を、背中へ回す。

「青い服だ。馬車で連れてきただろ」

「奥だ! 奥にいる!」

「何人いる」

 ポールが訊いた。

「六人……いや、戻ってきた奴を入れたら」

「数えろ」

「八人だ。俺たちも入れて八人!」

 ユリアンはポールを見た。

 彼は小さく首を振る。今の答えを、そのまま信じるつもりはないらしい。

 男たちの手を後ろで縛り、柱へ固定する。

 ニーナは壊れた箱の中から縄を引き出し、残りを鞄へ入れた。

「魔物は?」

 ユリアンが訊くと、男の目が入口へ動いた。

「運び出した。今朝、全部」

「誰が命じた」

「……男爵様だ」

 ポールの手が止まった。

「ゴドウィンか」

「そうだよ。だから、俺たちは――」

 ユリアンはそれ以上聞かなかった。

 松明を一本取り、男たちから離れる。

 ゴドウィンがいる。

 あの夜、モニカを追い立てた男が、今度は彼女をここへ連れてきた。

 剣を握る手に力が入る。

 肩の傷が痛んだ。

「ユリアン」

 ポールが低い声で呼んだ。

「先に、モニカ様だ」

「……分かってる」

 三人は奥へ進んだ。

*

 洞窟の奥は、木の板でいくつかの区画に仕切られていた。

 壁には古い工具が掛かっている。

 錆びた鎖。柄の折れた槌。木の枠に据えられた巻き上げ機。

 かつて石を切り出していた場所なのか、足元には角の揃った石材も残っていた。

 モニカは低い椅子に座らされていた。

 縛られた手が、膝の上にある。

 右の肩を動かすと、強く痛んだ。

 男に掴まれた腕には指の痕が残り、裂けた袖から冷たい空気が入ってくる。

 卓の向こうで、男が書状を読んでいた。

 ゴドウィン男爵。

 以前、城で見た時よりも頬が痩せていた。

 上衣の袖口は擦れ、長靴には泥がついている。それでも、書状を置く仕草や、返事を待たずに人を動かす声は変わっていなかった。

「署名しろ」

 紙が差し出された。

 モニカは目を落とした。

 自分の身柄と引き換えに、ゴドウィンと従者たちの通行を認めること。

 追跡する兵を引き、奪われた所領について再び協議すること。

 その下には、別の文章があった。

 自分は男爵の保護を受けている。

 兄の処置を改めるよう、妹として願う。

 モニカは紙から顔を上げた。

「これは、私の言葉ではありません」

「お前が書けば、お前の言葉になる」

「書きません」

 ゴドウィンが椅子へ背を預けた。

「ミカエルは、お前のためなら譲る。何も難しいことを頼んでいるのではない」

「それなら、私の署名は要らないはずです」

「物事を知らぬ娘が、口を挟むな」

 低い声だった。

 モニカは膝の上で指を握った。

 爪が掌へ食い込む。

 怖かった。

 少し前まで、菓子屋で何を買うか迷っていたことが、ひどく遠い出来事に思えた。

 ゴドウィンが立ち上がった。

「お前には、分からんのだ。あの若造が、何を壊しているのか」

「兄に言ってください」

「言えるものなら、ここにはおらん!」

 卓を叩く音に、モニカの肩が跳ねた。

 男爵はそれを見た。

 ゆっくりと、紙を彼女の前へ押し戻す。

「手を解いてやる。書け」

 モニカは紙を見た。

 お兄様は、これを読んだらどう思うだろう。

 本当に自分がそう願ったのかと、考えるだろうか。

 顔を上げる。

「嫌です」

 声は小さかった。

 だが、言い直すつもりはなかった。

 ゴドウィンの顔から、表情が消えた。

 その時、外の通路で男の声がした。

「誰だ!」

 続いて、剣のぶつかる音。

 ゴドウィンが扉へ向き直った。

*

 ポールが先に見つけた男は、肩へ血のついた布を巻いていた。

 馬車を操っていた御者だった。

 水袋を取りに来たらしく、木桶のそばへしゃがんでいる。

 その向こうに、二人。

 一人は短い槍を持ち、もう一人は剣を腰へ差していた。

 ポールがユリアンへ合図する。

 だが、その直前に、御者が顔を上げた。

「誰だ!」

 槍の男が振り向いた。

 弦が鳴る。

 矢が男の太腿へ刺さった。

 踏み出しかけた脚が崩れ、槍が床を叩く。

 ユリアンはその横を抜けた。

 剣の男が、刃を抜きながら斬りつけてくる。

 受ける。

 肩の奥が痛んだ。

 ユリアンは押し合わず、半歩横へずれた。

 相手の剣を滑らせ、肘へ柄を打ち込む。

「ぐっ!」

 剣が落ちた。

 膝の裏を蹴り、倒れた男の武器を遠くへ弾く。

 御者は逃げようとしていた。

 ニーナが前へ回る。

「どいてくれ!」

「どかない」

 男が左手で短剣を抜いた。

 ニーナは近くの木桶を持ち上げた。

 水が床へ溢れる。

 短剣が桶へ突き立った。

 そのまま押す。

 男が壁へぶつかり、息を吐いた。

 ニーナは桶を押しつけたまま、ポールを見た。

「縄!」

「今、出す!」

 ユリアンは奥を見た。

 板張りの扉の向こうで、慌ただしい足音がしている。

「モニカ様!」

 返事はなかった。

 代わりに、何かが倒れる音がした。

 陶器が割れ、床を転がる。

 ユリアンが扉へ駆け寄る。

 取っ手を引いた。

 開かない。

「中だ!」

 肩を入れかけ、痛みに顔をしかめる。

 ニーナが隣へ来た。

 ポールは縛った男たちを壁際へ寄せ、通路の奥を警戒している。

「ユリアン、退いて」

「開けられるか」

「たぶん」

 ニーナは取っ手を掴んだ。

 一度、軽く引く。

 扉は動かない。

「内側から、棒を掛けてるみたい」

「なら、蹴って――」

「壊していい?」

「いい!」

 ニーナが両足を踏ん張った。

 木が軋む。

 取っ手の周りに、細い亀裂が走った。

 彼女は引く方向を少し変えた。

 金具が外れた。

 扉の端が割れ、その向こうから横木が覗く。

 ニーナは割れ目へ手を入れ、木の端を掴んだ。

「……よいしょ!」

 横木が外れ、扉がこちらへ倒れた。

 ユリアンが受け止めようとして、途中でやめる。

 ニーナがそのまま脇へ立て掛けた。

「開いたよ」

「助かった!」

 剣を構え、部屋へ入った。

*

 モニカは、音を聞いていた。

 ユリアンの声。

 剣がぶつかる音。

 その後で、扉の向こうから聞こえたニーナの声。

 助けに来てくれた。

 そう思った瞬間、膝から力が抜けそうになった。

 だが、背後の男が腕を掴んでいた。

 腰には短剣がある。

 ゴドウィンは卓の上の書類をまとめ、別の扉へ向かっていた。

「連れてこい」

 男に引かれ、モニカは立ち上がった。

 足元には、先ほど自分が倒した水差しの破片が散らばっている。

 逃げようとして倒したのではなかった。

 どこにいるか、知らせたかった。

 もう、声は届いている。

 モニカは足を止めた。

「歩け!」

 強く引かれる。

 その時、入口の扉が大きく軋んだ。

 男が振り向いた。

 モニカは反対へ身体を捻った。

 腕を抜こうとする。

 だが、力が違った。

 すぐに引き戻され、背中へ男の胸が当たった。

「大人しくしろ!」

 短剣が抜かれる。

 扉が倒れた。

「モニカ様!」

 ユリアンが入ってきた。

 肩に巻かれた布が、赤く染まっている。

 それでも、剣先は揺れていなかった。

 モニカは息を吸った。

「来るな!」

 男が短剣を構えた。

 刃がモニカの横顔へ近づく。

 ユリアンの足が止まった。

「離せ」

「剣を捨てろ!」

 ユリアンは剣を下ろさなかった。

 男の腕と、モニカの足元を見た。

 モニカも、彼を見ていた。

 カタリナから教わったことがある。

 腕を掴まれた時には、相手の指が開く方へ動かすこと。

 力だけで引き合わないこと。

 先ほどは、できなかった。

 背後の男が、また叫んだ。

「捨てろと言ってるだろ!」

 短剣を持つ腕が、わずかに前へ出る。

 モニカはその手首へ、縛られた両手を押し当てた。

 刃を遠ざけながら、身体を低くする。

 同時に、踵で男の足を踏んだ。

「っ!」

 男の腕が緩んだ。

 ほんの少しだった。

 モニカは肘を後ろへ入れたが、硬い腹へ当たっただけだった。

 それでも、ユリアンは動いていた。

 踏み込みながら、短剣の腕を外へ弾く。

 モニカの肩を引き寄せ、自分の後ろへ回した。

 男が剣を拾おうとする。

 その手の前へ、ユリアンの刃が落ちた。

「動くな!」

 男は止まった。

 ニーナがモニカを抱きとめた。

「モニカ!」

「……ニーナ」

 声がうまく出なかった。

 ニーナの腕が背中へ回る。

 強く抱かれ、ようやく、自分が震えていることに気づいた。

「怪我は?」

「肩が、少し」

「見せて。縄も解くから」

 ポールが部屋へ入り、男から短剣を取り上げた。

 その向こうで、ゴドウィンが奥の扉へ手を掛けていた。

「男爵!」

 ユリアンが呼んだ。

 ゴドウィンが振り向く。

 腰の剣を抜いた。

「シノンの小僧か」

「剣を置け」

「命令する相手を間違えているぞ」

 ゴドウィンが前へ出た。

 剣が鋭く走る。

 ユリアンは受けた。

 思ったより重い。

 傷のある肩へ衝撃が抜け、腕が下がりかける。

 ゴドウィンは見逃さなかった。

 剣を引き、同じ側へもう一度打ち込む。

 ユリアンは後ろへ退いた。

 刃が目の前を通った。

「守りたいのだろう?」

 ゴドウィンの目が、モニカへ向いた。

「なら、そこを動くな」

 ユリアンは足を止めた。

 ポールが弓を上げる。

 ゴドウィンが卓を蹴った。

 積まれていた紙と、水差しの破片が床へ散った。

 倒れかけた卓の向こうで、扉が開く。

 ポールの矢が、その縁へ突き立った。

 上衣の端が裂け、黒い布が木へ縫い止められる。

 ゴドウィンは布を引き裂いた。

「待て!」

 ユリアンが踏み出す。

 ゴドウィンが逃げ込もうとした奥の通路から、盾を持った男が現れた。

「男爵様、先へ!」

 男は主を背に庇い、剣を振るった。

 ユリアンが受け止める。

 ポールが横へ回ろうとすると、盾がそちらへ向いた。狭い通路の入口を塞ぎ、二人を通そうとしない。

 その間に、ゴドウィンの姿が奥へ消えた。

 背後で、ニーナがモニカの縄を切った。

「立てる?」

「はい」

 モニカは腕を押さえながら頷いた。

 ユリアンはその声を聞き、男の剣を押し返した。

「ポール、出口へ戻る!」

「分かった!」

 ゴドウィンを追えば、またモニカから離れる。

 今度は、離れない。

 ポールが来た道へ走る。

 ニーナがモニカの手を取り、その後を追った。

 ユリアンは三人を背に庇い、剣を構えたまま退いた。

*

 盾の男も前へ出てきた。

 ユリアンが下がるたびに間合いを詰め、背を向けさせない。

 奥から、鎖を引く音がした。

 出口へ続く通路の手前で、ポールが足を緩める。

 頭上の木組みが軋んでいた。

 古い支柱の間に、新しい縄が渡されている。

 その縄が張り、支柱の根元を横へ引いていた。

 上に積もった石屑が、ぱらぱらと落ちた。

「罠だ! 天井が落ちる!」

 ポールが叫んだ途端、盾の男が退いた。

 ユリアンへ盾を突き出して距離を取り、ゴドウィンの消えた通路へ駆け戻る。

 追っている暇はなかった。

「ニーナ、モニカ様を!」

 ニーナがモニカの手を引き、出口側へ走った。

 先に木組みを抜けたポールが振り返る。

「早く、こっちへ!」

 支柱が外れた。

 ニーナの頭上で、太い梁が傾く。

 彼女はモニカの手を放し、後ろへ押し戻した。

「下がって!」

 両腕を上げ、落ちてきた梁を肩で受ける。

 膝が沈み、靴底が土を削った。

 梁は止まった。

 だが、その上から石がこぼれ始めていた。

「ニーナ!」

 出口側から、ポールが引き返す。

 二人の間へ石が落ち、砕けた。

 モニカは梁の手前で足を止めていた。

 ユリアンが追いつき、その身体を引き寄せる。

 もう、下をくぐらせる余裕はない。

 すぐ脇の壁に、工具置き場らしい横穴があった。

 ユリアンはモニカをそこへ押し込み、自分も身を屈めて飛び込んだ。

「ニーナ、離せ! こっちだ!」

 ポールの声がした。

 ニーナは出口側へ身を投げた。

 伸ばされたポールの手が、その腕を掴む。

 次の瞬間、梁が落ちた。

 轟音が洞窟を満たす。

 ユリアンはモニカの頭を抱え、横穴の奥へ身体を寄せた。

 背中へ小石が当たった。

 入口を石が埋めていく。

 脇へ置いた松明が衝撃で転がり、落ちてきた石に潰された。

 光が消えた。

 ユリアンはモニカを抱えたまま、動かなかった。

 すぐ背後で、まだ石の落ちる音が続いていた。

*

「……モニカ様」

 返事がなかった。

 ユリアンは彼女の肩を探った。

 衣服の下で、身体が小さく震えている。

「モニカ様」

「……はい」

 細い声だった。

 ユリアンは詰めていた息を吐いた。

「頭、ぶつけてませんか」

「分かりません……でも、痛くは」

「腕は?」

「動きます」

 彼女の手が、ユリアンの上衣を掴んだ。

 彼は身体を少し起こそうとした。

 すぐに背中が天井へ触れる。

 低い横穴だった。

 モニカから離れることも、立ち上がることもできない。

「少し、窮屈ですが」

「……大丈夫です」

 ユリアンは入口へ手を伸ばした。

 指先が、崩れた石に触れる。

 さっきまで開いていた場所は、塞がっていた。

 手の届く石を押してみたが、動かない。

「ユリアン!」

 石の向こうから、くぐもった声がした。

「ここだ!」

 叫んだ途端、咳が出た。

 袖で口元を覆い、もう一度声を張る。

「モニカ様もいる! 二人とも生きてる!」

少し間があった。

「動くな! 今、開ける!」

 ポールの声だった。

 その後ろで、ニーナが何か言っている。

 二人とも無事だ。

 ユリアンは壁へ背を預けた。

「聞こえましたね」

「はい」

「二人がいます。ここで待ちましょう」

 暗闇の中で、モニカが頷く気配がした。

 ユリアンは水袋を探った。

 腰にはない。

 ニーナの鞄だったことを思い出す。

 できることを探して、何も見つからない。

 外で石が動いた。

 細かな土が、頭の上へ落ちる。

 モニカの手が強くなった。

「大丈夫です。今、どかしてくれてます」

「……ええ」

 声は、まだ震えていた。

 ユリアンは彼女の手へ触れた。

 冷たかった。

「寒いですか」

「少し」

 上衣を脱ごうとして、肩に痛みが走った。

 息を止める。

「ユリアン?」

「何でもありません」

「怪我を、しているでしょう」

 暗くて顔は見えない。

 それなのに、言い逃れができない気がした。

「肩だけです。動けます」

「その肩を、私が掴んでしまって」

「大丈夫です」

 言ってから、ユリアンは口を閉じた。

 モニカが靴擦れを隠して歩いた時、自分は困ったと言った。

 同じことをしている。

「……少し、痛みます。でも、血は止めてもらいました」

 モニカの手が、そっと下へ移った。

 上腕から肘へ。

 最後に、彼の手を探り当てる。

「では、こちらを」

「はい」

 ユリアンは握り返した。

 しばらく、二人とも何も言わなかった。

 外では、石を運ぶ音が続いていた。

 ニーナの息遣い。

 ポールが何かを支える声。

 ユリアンはそれを数えるように聞いていた。

「……怖かったです」

 モニカが言った。

 ユリアンは隣を向いた。

「馬車の中で、どこへ連れていかれるのか、分からなくて」

「はい」

「花を落としたのですが……見つけていただけるかも、分からなくて」

「見つけました」

 すぐに答えた。

「ニーナが持ってます。ちゃんと、こっちだって分かりました」

 モニカが息を吸った。

 その息が、途中で震えた。

 ユリアンは握った手を離さなかった。

「申し訳ありません。俺が――」

「助けに来てくれました」

 小さな声が、彼を遮った。

「何度も、そう思おうとしたんです。きっと来てくださるって。でも……」

 言葉が途切れた。

 ユリアンは何か言おうとした。

 必ず助ける。

 もう大丈夫だ。

 どちらも、今の暗闇では軽く聞こえる気がした。

「います」

 それだけ言った。

「今は、ここにいます」

 モニカの指が、彼の手へ絡んだ。

「……はい」

 肩が触れた。

 ユリアンは動かなかった。

 少しして、モニカがまた口を開いた。

「ユリアン」

「はい」

「今は、モニカと呼んでいただけませんか」

 ユリアンは返事をし損ねた。

 外で、石が擦れる音がした。

 それが妙にはっきり聞こえた。

「今、ですか」

「ええ」

 モニカの声に、ほんの少しだけ、いつもの調子が戻っていた。

「二人だけですから」

 ユリアンは暗闇を見た。

 顔が見えないのは、助かった気もした。

 困る気もした。

「……モニカ」

 隣で、小さく息が漏れた。

「はい」

 返事が、すぐ近くにあった。

*

 ニーナは、石を持ち上げていた。

 格子を曲げた時とは違う。

 力を込めれば済むものではなかった。

 一つ動かすたび、その上の石も動いた。

 無理に引けば、奥へ崩れる。

「そこは待て」

 ポールが、細い隙間へ灯りを寄せた。

 折れた梁の下を覗き込む。

「上の石が乗ってる。先に支える」

「どれ?」

「右。そいつを少し持っててくれ」

 ニーナが指を掛けた。

 腕の痣が痛んだが、ゆっくりと持ち上げる。

 ポールが角材を差し込んだ。

 石が止まる。

「いいぞ。下のやつからだ」

 ニーナは頷いた。

 急ぎたかった。

 全部まとめて押し退けたかった。

 けれど、向こうにはモニカとユリアンがいた。

 ポールの声を聞き、一つずつ動かした。

 やがて、入口側から足音がした。

「誰かいるか!」

 兵の声だった。

「こっちだ!」

 ポールが振り向いた。

 松明の光が増えた。

 三人の兵が走ってくる。その後ろにも、足音が続いていた。

「モニカ様は」

「この奥。ユリアンも一緒だ。返事はある」

 兵の一人が、崩れた通路を見た。

「支えを持ってこい。入口に木材があった」

「捕まえた奴らは?」

「手前で確保した。奥にもいるのか」

「何人か。ゴドウィンは別の道へ逃げた」

 兵の表情が変わった。

 ポールは奥の扉を指した。

「追うなら気をつけろ。こっちも仕掛けてあった」

 兵が頷き、後ろへ指示を飛ばす。

 捜索に回る者と、石をどかす者に分かれた。

 ニーナはもう一度、腰を落とした。

「これを動かします」

「一人では――」

 石が持ち上がった。

 兵が口を閉じる。

 ポールが角材を差し込んだ。

「驚くのは後で頼む」

「あ、ああ」

 ニーナは石を脇へ置き、土のついた手で額を拭った。

 隙間が広がっていた。

「モニカ!」

 声を掛けると、奥から返事がした。

「ここです!」

 ニーナは目を閉じた。

 一度だけ、大きく息を吐く。

「もう少しだから!」

*

 最初に見えたのは、細い光だった。

 石の隙間から差し込み、モニカの髪を照らした。

 頬には土がつき、目元が濡れている。

 ユリアンは、それを見なかったふりをした。

「モニカ様、先に」

 握っていた手を離し、出口へ身体を向ける。

 ニーナの顔が覗いた。

「出られる?」

「はい」

 モニカが膝をつき、狭い隙間へ進む。

 ユリアンは背中を支えた。

 向こうで、ニーナが両腕を伸ばしていた。

 モニカを受け止め、そのまま抱き寄せる。

「よかった……」

 ユリアンも後から這い出した。

 ポールが腕を取る。

 立ち上がろうとして、膝が折れかけた。

「おい」

「大丈夫」

「それ、さっきも言ってた」

 ポールは肩を貸した。

 ユリアンはしばらく言い返せなかった。

 通路には兵がいた。

 松明が幾つも灯り、入口へ続く道が見える。

 モニカはニーナの腕の中で、こちらを見ていた。

 ユリアンと目が合う。

 今度は、間に格子がなかった。

「帰りましょう」

 ユリアンが言った。

 モニカは頷いた。

「はい」

*

 洞窟の外へ出ると、日が傾き始めていた。

 空の明るさに、ユリアンは目を細めた。

 同じ光を浴びながら、モニカが立ち止まる。

 ニーナが隣へ並んだ。

「眩しいね」

「……ええ」

 モニカは顔を上げたまま、しばらく動かなかった。

 兵が馬車を調べ、安全を確かめていた。

 捕まえた男たちは別にまとめられ、負傷した者には手当てが行われている。

 奥を調べに行った兵が戻ってきた。

「西の斜面へ抜ける出口がありました。馬を置いていた跡も」

「ゴドウィンは」

 ユリアンが訊く。

 兵は首を振った。

「捜索は続けます。ただ、もうかなり先へ行っているかと」

 ユリアンは洞窟を振り返った。

 追えたかもしれない。

 あの扉へ、そのまま踏み込んでいれば。

 だが、モニカはまだ敵の手から戻ったばかりだった。

 彼は顔を戻した。

「お願いします」

 ニーナが鞄を開いた。

 水袋をモニカへ渡し、白い花を取り出す。

「これ」

 モニカの目が、花へ止まった。

 布の花びらは潰れ、土で汚れていた。

 留め具も曲がっている。

「見つけてくださったのですね」

「うん。ポールが拾ったの」

 ポールは、弓の弦を確かめていた。

 顔を上げ、頷く。

「落ちてた。通路の途中に」

「わざと、落としました」

「そうだろうと思った」

 モニカが両手で受け取った。

「ありがとうございます」

「礼を言うのは、こっちだよ。道が合ってるって分かった」

 ポールはそれだけ言い、矢筒を背負い直した。

 ニーナがモニカを馬車へ乗せた。

 その隣へ座り、鞄を膝に置く。

 中で、紙の包みが鳴った。

 二人の目が合った。

「……お菓子」

 モニカが呟いた。

 ニーナが包みを出す。

 開くと、焼き菓子は半分ほど割れていた。

「ちょっと、潰れちゃった」

「ちょっとでは、ないかもしれませんね」

 モニカの声が、少しだけ和らいだ。

 ニーナは欠けた一つを手に取った。

「でも、食べられるよ」

「ええ」

 モニカも、小さな欠片を取った。

 口へ運ぶ。

 甘さが舌へ広がった。

 飲み込もうとして、喉が詰まった。

 ニーナは何も言わなかった。

 ただ、隣へ少し寄った。

 モニカは菓子を持ったまま、俯いた。

 ニーナの肩へ、額が触れた。

*

 ロアーヌへ戻った時、ミカエルは城門の内側で待っていた。

 馬車が止まる。

 ユリアンが先に降り、モニカへ手を差し出した。

 彼女はその手を取り、ゆっくりと地面へ降りた。

 ミカエルが歩み寄る。

 モニカの裂けた袖。

 腕の痕。

 土のついた髪。

 順に目を向け、それから顔を見た。

「モニカ」

「お兄様」

 ミカエルの手が、彼女の肩へ伸びかけた。

 モニカがわずかに身を強張らせる。

 その動きに気づき、手を止めた。

「痛むのか」

「少し。でも、大きな怪我は」

「医師に診せる」

 モニカは頷いた。

 ミカエルは侍女へ目を向けた。

 すぐに二人が寄ってくる。

 モニカが連れられていく前に、ユリアンは一歩進んだ。

「ミカエル様。申し訳ありませんでした」

 深く頭を下げる。

「俺が、守りきれず」

「顔を上げろ」

 ユリアンは動かなかった。

「ユリアン」

 もう一度呼ばれ、顔を上げた。

 ミカエルは彼の肩を見た。

 その隣のポールと、ニーナにも目を向ける。

「三人とも、先に手当てを受けろ。報告は、その後で聞く」

「ですが」

「モニカを連れ戻したことには、礼を言う」

 ユリアンは口を閉じた。

 ミカエルの声は静かだった。

「何が起きたかは、これから確かめる。今ここで、誰か一人の失態にして終わらせるつもりはない」

 モニカが振り返った。

 ユリアンは彼女を見た。

 小さく頷くと、モニカも頷き返した。

*

 その夜の報告は、長くなった。

 ユリアンたちの話と、捕らえた男の話。

 街道の兵の証言。

 古い搬入路を調べた者の報告。

 並べると、少しずつ形が見えてきた。

 通路は、城壁の修繕時に石材を運ぶために使われていた。

 使わなくなった後、街側の口は板と石材で覆われていたが、内側には古い格子が残っていた。

 犯人たちは外側の作業場から入り、覆いを裏から外していた。

 表には石を貼った板を戻し、遠目には塞がれたままに見えるようにしていた。

「数日は掛けているな」

 ミカエルが図面を見ながら言った。

 ユリアンは卓の向かいに座っていた。

 肩には新しい包帯が巻かれている。

「朝に通った時は、何も」

「巡回の者も同じことを言っている」

 ミカエルは顔を上げた。

「昔、この補修を指揮した者の中に、ゴドウィンがいる」

「知っていたんですね」

「ああ」

 ポールが口を開いた。

「道を変えた日には、仕掛けてこなかった。俺たちが、あそこを通るまで待ってたんだと思います」

「見張っていた男か」

「同じかどうかまでは。ただ、外出のたびに、荷車を置くことはできたはずです」

 ミカエルは頷いた。

「通路は両側から押さえた。同じ時期の工事箇所も調べる」

「外出は」

 ユリアンが訊いた。

「当面は控える。ただし、調査が済んだ道から使えるようにする」

 ユリアンは卓の地図を見た。

 自分が選んだ道だった。

 壁があれば、片側を気にしなくて済むと思っていた。

「俺は、壁へ寄るように言いました」

「挟まれていたのだろう」

「はい」

「では、その場で取れる手を話せ。後から仕掛けを知った今の話ではなく、あの時、何が見えていたかだ」

 ユリアンは少し黙った。

 前後の魔物。

 閉じた裏口。

 荷の積まれた脇道。

 モニカの横にいたニーナ。

 一つずつ話した。

 ミカエルは最後まで聞いた。

 途中で将校が問い、ポールが位置を補った。

 すべてが終わる頃には、卓の灯りが二度替えられていた。

「今後、三人だけで対応しきれない時の合図も決める。巡回が来るまで、こちらの動きが見えなかった」

 ミカエルが言った。

 ユリアンは頷いた。

「はい」

「それと、応援の到着を待てず先行した件。理由は分かった。残した印も役に立った。ただし、次も必ず間に合うとは限らん」

「分かっています」

「分かっているなら、次のやり方を考えろ」

 責めるだけの声ではなかった。

 慰める声でもなかった。

 ユリアンは背筋を伸ばした。

「はい」

*

 翌朝、モニカは庭へ出なかった。

 部屋の窓を開け、椅子に座っていた。

 医師からは、肩と腕をしばらく休めるように言われている。

 ニーナが朝食を運んできた。

 籠を卓へ置き、皿を並べる。

「今日は、ここで食べる?」

「ええ」

「分かった」

 それ以上は訊かなかった。

 モニカは窓の外を見た。

 庭では、職人が倒れかけた支柱を直している。

 木槌の音がした。

 肩が動いた。

 自分でも分かるほど、小さく跳ねた。

 ニーナの手が止まる。

 モニカは膝の上で指を組んだ。

「……驚いただけです」

「うん」

 ニーナは窓を少し閉めた。

「パン、切ろうか」

「お願いします」

 刃がパンへ入る音がした。

 いつもの朝だった。

 いつもの朝に戻るには、まだ少し時間が要りそうだった。

 廊下では、ユリアンが立っていた。

 交代の護衛が来る。

 引き継ぎを終えても、ユリアンは部屋の扉を見ていた。

「少し寝ろ」

「寝ました」

「どのくらい」

「……少し」

 男がため息をついた。

 

「ここは任せろ。何かあれば呼ぶ」

「分かりました」

 ユリアンはようやく廊下を離れた。

 角を曲がる前に、一度だけ振り返る。

 護衛の男が、顎で先へ行くよう促した。

*

 その翌日、ユリアンは中庭でポールと馬具を片づけていた。

 ニーナも、外出用の鞄へ布を補充している。

 門の方から、よく通る声がした。

「よー、ミカエルに呼ばれて来たんだが」

「ただいま、お取次ぎを」

「ああ、頼む。急がなくていいぞ」

 ユリアンが振り返ると、兵に連れられた大柄な男が歩いてきた。

 まず目に入ったのは、羽飾りのついた真っ赤なシルクハットだった。

 その下から、黒い巻き髪が肩まで広がっている。目元には青緑のレンズが光るゴーグル。分厚い肩当てと胸甲まで赤と金で彩られ、背には大剣を負っていた。

 三十代半ばほどだろうか。ユリアンより頭一つ近く背が高く、鎧を着込んだ肩幅も広い。

 ずいぶん目立つ格好だったが、男は周囲の視線など気にせず、三人の前で足を止めた。

 包帯の巻かれたユリアンの肩へ、顔を向ける。

「お前がユリアンか」

「そうですけど」

「俺はウォード。ミカエルに呼ばれたんだが、話は聞いてるか?」

 ポールも立ち上がった。

「護衛に来るっていう」

「おう。どうやら、その話らしいな」

「らしいって」

 ウォードは肩をすくめた。大きな肩当てが揺れる。

「詳しくは着いてからだとよ。来てみりゃ、姫が攫われただの、もう戻っただの。道中より話を聞く方が忙しいぞ」

 ユリアンは顔を伏せかけた。

 その前に、ウォードが続ける。

「三人で連れ戻したんだってな」

「兵も来てくれました」

「そうか。無事に戻れたなら、何よりだ」

 強かったのか、敵は何人いたのか。そういうことは訊かなかった。

 ニーナが鞄を持ち上げた。

「今からミカエル様のところへ?」

「ああ。案内してもらえるか」

「はい。こちらです」

「助かる」

 ウォードは歩きかけ、通路へはみ出した木箱に気づいた。

 手を伸ばそうとしたところで、ニーナが先に抱え上げる。

「これは、こっちね」

 脇へ置くと、中で金具が重い音を立てた。

 ウォードの手が止まった。

「おいおい。それ、空じゃなかったのか」

「馬具が入ってます」

 男は箱を見下ろした。隙間から、鎖や鐙がのぞいている。

 それから、ニーナへ顔を戻した。

「……ほう」

 ニーナが首を傾げる。

「何か?」

「いや。頼もしいのがいるじゃあねえかと思ってな」

「箱を退けただけですよ?」

 ポールが、小さく笑った。

*

 ミカエルは、ウォードを見ると短く言った。

「遅い」

「手紙が着いた日に出たぞ」

「なら、道が長かったのだろう」

「そういうことにしとけ」

 ユリアンは二人を見比べた。

 侯爵へそう返す者を、ザイン以外で初めて見た。

 部屋にはモニカもいた。

 肩へ薄い布を掛け、椅子に座っている。

「ウォード様、お久しぶりです」

「様はいらん」

「ですが」

「会うたび同じ話をしてるな」

 モニカが小さく笑った。

 その笑顔を見て、ユリアンは少し息を吐いた。

 ミカエルがウォードへ椅子を勧めた。

 事件の経緯を簡潔に話し、三人の役割を伝える。

 ウォードは黙って聞いた。

 途中で一度だけ、ゴドウィンの逃げた道を訊いた。

 説明が終わると、ミカエルが言った。

「モニカの護衛に加わってもらう」

「三人じゃ足りんか」

「人数だけの話ではない。旅先や、予想外の事態に対応できる者が要る」

「留守中の兵は?」

「今の三人を残す。交代と城内の警護は、引き続き任せる」

 ウォードが頷いた。

 それから、モニカを見た。

「お前は、どうしたい」

 モニカはすぐには答えなかった。

 窓の外で、鳥が鳴いていた。

「……また、外へ行きたいです」

 膝の上で指を重ねる。

「今すぐ、遠くへは行けないかもしれません。でも、ずっと部屋にいるのも」

「ああ」

 ウォードは頷いた。

「じゃあ、行けるようにしよう」

 大げさな約束ではなかった。

 明日の天気を確かめるような言い方だった。

 ミカエルが地図を広げた。

「門の近くと、南の大通りは調査が済んだ」

「なら、最初はそこだな。距離は短くていい」

 ウォードはユリアンを見た。

「歩く速さは、お前がよく知ってるだろ」

「はい」

「俺に教えろ。いきなり連れ出して、疲れさせても仕方ない」

 ユリアンは少し驚いた。

 仕事を取り上げられるのではなかった。

 新しく来た男へ、自分が知っていることを渡すのだ。

「分かりました」

 モニカがこちらを見ていた。

 ユリアンは、今度は迷わず頷いた。

*

 数日後、五人は城門を出た。

 行き先は、門からほど近い菓子屋だった。

 前と同じ店ではない。

 帰る時刻も決めてあり、途中で疲れたら引き返すことになっている。

 ユリアンはモニカの隣を歩いた。

 ニーナが反対側につき、ポールは少し前へ出る。

 ウォードは後ろを歩いていた。

 剣の柄へ、つい手が触れる。

 ユリアンは気づいて離した。

 その動きを、モニカも見ていた。

 横の路地で、大きな音がした。

 木箱が倒れたのだった。

 モニカの足が止まる。

 ユリアンも、剣の柄へ手を掛けていた。

 ポールが路地を覗き、すぐに戻ってきた。

「荷崩れだ。誰も怪我してない」

「そうか」

 ユリアンは手を離した。

 モニカは路地を見ていた。

 息が少し速い。

「戻りますか」

 ユリアンが訊いた。

 モニカは迷った。

 それから、通りの先へ目を向ける。

 店先に、小さな看板が見えた。

 焼き菓子の形が描かれている。

「お店まで、もう少しですよね」

「はい」

「では、そこまで」

 ニーナが隣へ並んだ。

「売り切れてないといいね」

「今日は、まだ早いですもの」

 モニカが一歩進んだ。

 ユリアンも歩き出す。

 ウォードは何も言わず、その後へ続いた。

 店では、木の実を載せた菓子を買った。

 ニーナが包みを受け取り、今度は鞄の一番上へ入れる。

「今日は潰さないようにしないと」

「俺が持つか?」

 ポールが訊いた。

「いい。私が持つ」

「分かったよ」

 城へ戻るまで、何も起きなかった。

 門番が五人を見つけ、扉の脇へ退く。

 モニカはその前で、少しだけ足を緩めた。

 振り返ると、通りにはいつもの人の往来があった。

 荷車が進み、店先で誰かが笑っている。

「……ただいま戻りました」

 門番が頷いた。

「お帰りなさいませ」

 中庭の卓へ、菓子の包みが置かれた。

 ニーナが紙を開く。

 五つとも、形は崩れていなかった。

「よし」

 小さく言ったニーナに、ポールが笑った。

 ウォードは椅子を引き、ユリアンは水を取りに行こうとした。

「ユリアン」

 モニカが呼んだ。

 振り返る。

「今日は、一緒に食べてくださいね」

「……はい」

 ユリアンは隣の椅子へ座った。

 モニカは菓子を一つ取り、今度はゆっくりと口へ運んだ。

 

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