Romancing SaGa 3 — Destinies Unbound —   作:水城 雅

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第31話 戻るために

 アウナスは壇上から動かなかった。

 太い腕が、金色の装飾を施した大鎌を持ち上げる。

「まだ帰る場所があると思っているのか」

 牙ののぞく口から、低い声が響いた。

 ザインは答えず、背後の入口を確かめた。

 廊下から噴き上がった炎が、細くなっていた。

 石床が見える。通れない距離ではない。

「下がるぞ。背は向けるな」

 五人が後退する。

 大鎌が横へ振られた。

「伏せろ!」

 炎が石床を走り、入口の手前で弾けた。

 エレナがサラの肩を引き、石柱の陰へ入れる。熱風が吹き抜け、床に残った火が揺れた。

 やがて、その炎も薄れた。

 入口を塞いでいた火は消えている。

 ザインがそちらへ足をずらす。

 大鎌の切っ先も動いた。

「……逃がす気はないってわけね」

 エレンが斧を握り直した。

「ああ。一度、止める」

 ザインが先頭へ出る。

 その後ろにエレン。左右へミアとエレナが開き、サラが矢をつがえた。

 アウナスの身体が、壇上から滑るように降りてきた。

 次の瞬間、大鎌が来た。

 遠かったはずの刃が、目の前にある。

 ザインは身を沈めた。頭上を熱風が通り、背後の柱から石片が飛ぶ。

 外套の端に火がついた。

 留め具を外し、肩から落とす。

 燃える布の向こうから、鎌の柄が迫った。

 曲刀を斜めに当てた。

 重い。だが、止める必要はなかった。

 刃を滑らせながら横へ抜け、相手の腕が伸びきったところで踏みとどまる。

「今だ!」

 ミアが左から飛び込んだ。

 槍の穂先が、アウナスの脇腹へ伸びる。

 大鎌の柄が戻った。

 穂先を打ち払われる直前、ミアは槍を引き、身体をひねって上へ逃れる。

 その下へ、エレンが入った。

 斧が長い脚の付け根を捉えた。

 硬い手応え。刃が滑る。

 それでも、浮いていた身体が横へ傾いた。

「動いた!」

 エレンが斧を引き戻す。

 アウナスの顔が彼女へ向いた。

 弦が鳴った。

 サラの矢が、鎌を握る手へ飛ぶ。

 アウナスは腕を引き、柄で弾いた。

 その間に、ザインは懐へ入っていた。

《デミルーン》

 曲刀が弧を描く。

 厚い胸板を、斜めに斬り上げた。

 刃は通った。

 黒い傷が開き、アウナスの上体が揺れる。

 次いで、傷口から炎が噴いた。

「っ……!」

 曲刀を持つ腕が、熱に包まれた。

 ザインは後ろへ跳ぶ。右袖が燃え、皮膚に鋭い痛みが走った。

 エレンが彼の肩を引いた。

 直後、二人のいた場所へ鎌の切っ先が落ちる。

 石床が砕けた。

 ザインは左手で袖の火を払い、曲刀を握り直した。

 指は動く。

 まだ、握れる。

 アウナスの胸には、斜めの傷が残っていた。

 その縁を、細い炎が舐めている。

「……人の刃が、ここまで届くか」

 先ほどまでと違い、鎌を両手で握っていた。

 ミアがザインの横へ戻る。

「斬れたよね?」

「ああ。だが、斬ったところから火が返る」

「じゃあ、刺したらすぐ離れれば――」

「今の俺より早くな」

 ミアは焼けた袖を見た。

 槍を握る手に、力が入る。

 後ろで、再び弦が鳴った。

 サラの矢が胸の傷へ向かう。

 アウナスは大鎌を傾けて弾いた。

 サラは次をつがえていた。

 今度は、鎌を持つ手首。

 アウナスが腕を引く。

 矢はその指をかすめ、奥の壁へ突き立った。

 吊り上がった目が、サラを捉えた。

 その奥で赤いものが揺れる。

 大鎌の動きが、一瞬止まった。

「……お前は」

 サラの指が止まった。

 草地を走ってきた人虎。前に立つ者を無視して、こちらへ向かってきた黄色い目。

 あの時と似た、嫌な感覚があった。

「サラ」

 ザインは振り返っていなかった。

「手を止めるな」

 サラは息を吸った。

 矢を一本抜き、弦へ掛け直す。

「……うん」

 大鎌が振られた。

 五人は左右へ散った。

 石床を走った炎が柱へぶつかり、その両側へ広がる。

 エレンは柱の陰へ滑り込み、足元まで来た火を避けて一歩退いた。

「さっきより広くない!?」

「固まるな!」

 ザインが声を飛ばす。

 ミアは既に別の柱へ移っていた。

 アウナスは追ってこなかった。

 中央に浮いたまま、鎌をゆっくりと戻す。

 胸の傷は残っている。

 だが、腕の動きは鈍っていなかった。

 ザインは息を整えた。

 右腕が脈打つたび、袖の下が痛む。

 相手を見ていれば、鎌はかわせる。

 踏み込めば、刃も届く。

 そのたびに、こちらだけが焼かれていく。

「ザイン」

 柱の向こうから、エレナが呼んだ。

 彼女はアウナスの手元を見ていた。

「鎌を大きく振った後、持ち直すまでに間があります」

「懐へ入るか」

「あなたが鎌を引きつけてください。エレンが押さえたところで、私が手を狙います」

 ザインは頷いた。

 その後ろで、サラが矢をつがえる。

 ザインが柱から出た。

 アウナスの顔が向く。

 曲刀を低く構え、間合いへ入る。

 大鎌が横から来た。

 今度は、さらに半歩近づいた。

 刃の内側へ潜り、柄を曲刀で押し上げる。

「エレン!」

 右から斧が走った。

 アウナスは鎌を引き戻し、柄で受けた。

 金属が鳴る。

 エレンの足が床を擦った。

 それでも退かず、腰を入れて押し込む。

「重いのは、こっちもよ!」

 柄が横へ流れた。

 エレナが踏み込む。

《星穿ち》

 細い切っ先が、鎌を握る指の間へ入った。

 突き抜けるより早く引き、斜め後ろへ身をかわす。

 炎が噴いた。

 頬が熱い。

 こめかみの髪が焦げた。

 だが、指は開いていた。

 大鎌の片側が下がる。

「ミア!」

 サラが呼んだ。

 ミアは槍を構えたまま、アウナスの手元を見ていた。

 アウナスの空いた手が、彼女へ伸びる。

 サラが放った矢が、その腕へ突き立った。

 ミアが消えた。

《チャージ》

 低く飛び込んだ槍が、胸の傷の下へ突き刺さる。

 小さな身体ごとぶつけた一撃に、アウナスが押し戻された。

 浮いていた巨体がわずかに沈み、尖った足先が初めて石床を掻いた。

 ミアは穂先を引き抜いた。

 羽を打ち、真横へ飛ぶ。

 炎が追った。

 槍の柄が熱くなる。

 手を離しそうになりながらも抱え込み、柱の陰へ飛び込んだ。

 その向こうで、アウナスの大鎌が床を叩いた。

 火が円を描いて広がる。

「下がれ!」

 ザインがエレンの腕を引く。

 エレナも柱へ戻った。

 炎が足元をかすめ、焦げた革の匂いが立った。

 ミアが柱の上から顔を出す。

「刺した!」

「見えた! 戻ってこい!」

 ザインが答えた。

 アウナスは、壇の手前まで押し戻されていた。

 胸には二つの傷がある。

 刺さった矢を引き抜くと、指の間で焼き捨てた。

 笑ってはいなかった。

「……羽虫が」

 ミアは言い返しかけた。

 だが、鎌が持ち上がるのを見て、すぐに柱の裏へ戻った。

 炎が頭上を抜けた。

 石の表面が弾け、髪へ細かな破片が落ちてくる。

 ミアは槍を抱え直した。

 掌が赤くなっていた。

 ザインは柱へ背を預けた。

 息を吸うと、喉の奥が熱い。

 五人で押し込めた。

 あの鎌を外し、傷も負わせた。

 もう一度、同じようにできるか。

 右手を握る。

 指が震えた。

 柱の向こうでは、エレンが斧を持ち替えていた。エレナも頬の汗を拭い、呼吸を整えている。

 サラは残った矢を指で確かめていた。

 一方、アウナスの鎌には、また炎が集まっていた。

「出るぞ」

 ザインが言った。

 エレンが彼を見る。

「もう一度、合わせれば――」

「その次は?」

 エレンは口を閉じた。

 ザインが右手を持ち上げる。

 焦げた袖の下で、皮膚が赤く腫れていた。

「こっちが先に振れなくなる」

「……分かった」

 エレンは入口へ目を向けた。

 その時、柱の脇から鎌が来た。

 ザインがエレンを押し出し、反対へ跳ぶ。

 肩をかすめた刃が、柱の縁を削った。

 着地した先に、床を這う火があった。

 足を止めたところへ、鎌の柄が迫る。

「こちらです!」

 エレナが横から踏み込んだ。

 細剣が、先ほど傷つけた手へ伸びる。

 アウナスが指を引いた。

 鎌の軌道がずれる。

 ザインは身を屈め、その下を抜けた。

 エレナへ刃が返る。

 矢が飛び、アウナスの顔のすぐ横をかすめた。

 エレナはその一瞬で退いていた。

 ザインとともに、入口に近い柱へ滑り込む。

「助かった」

「貸しにしておきます」

「ああ」

 いつものようには返せなかった。

 エレナの視線が、彼の右腕へ落ちる。

「腕を」

「外へ出てからだ」

 ザインは入口を見た。

 柱を二本越えれば届く。

 だが、走り出せば、あの鎌が追ってくる。

「出口へ火を飛ばされると厄介だな」

「ええ。ただ、鎌から放つ炎は、振った方向へ走っています」

 エレナは砕けた柱と、その向こうの壁を見た。

「こちらとは別の方へ撃たせれば、抜けられます」

「一振り、無駄にさせるか」

「次を振る前に」

 ザインは短く頷いた。

「エレンたちを先に出す。俺が引きつける」

「私とサラで援護します」

「頼む」

 ミアは柱の高いところで、槍を握っていた。

 アウナスの胸には、まだ傷がある。

 自分の槍が開けた穴だった。

 押し戻せた。

 鎌も、止められた。

 あと一度、皆で合わせれば。

 そう思うのに、下の四人は入口へ近づいていた。

 村の南で枯れていた花が浮かぶ。

 いつも実を採りに行っていた場所へ、もう行くなと伝えた。

 ここから帰ったら、あの水はどうなる。

 ミアは槍を握り直した。

 熱くなった柄が掌に擦れ、顔をしかめる。

「ミア!」

 ザインが呼んだ。

「エレンと先に出ろ!」

 ミアは彼を見た。

 曲刀を持つ腕が、赤く焼けていた。

 唇を噛む。

「……分かった!」

 柱から離れ、入口へ向きを変えた。

 アウナスの顔が上がる。

 大鎌の刃先が、彼女を追った。

「ミア、横だ!」

 ザインの声と同時に、羽を打った。

 さっきまでいた場所を、炎が貫く。

 かわした。

 そう思った直後、羽の端が熱くなった。

 身体が傾く。

 もう一度、羽ばたこうとする。

 片側だけが空を掻いた。

 柱が迫る。

 ミアは槍を突き出した。

 穂先が石へ当たり、滑る。身体は柱から離れたが、そのまま下へ落ちていく。

「ミア!」

 床へ叩きつけられる寸前、エレンが受け止めた。

 勢いに押され、二人で膝をつく。

「掴まって!」

 ミアはエレンの肩を握った。

 背中へ目を向ける。

 羽の片側が縮れ、うまく開かない。

「……避けたのに」

「話は後!」

 エレンが立ち上がる。

「ザイン!」

「そのまま行け! サラもだ!」

「分かった!」

 サラは弓を構えたまま後退した。

 エレンがミアを抱えて、戸口を抜ける。

 アウナスの鎌が、入口へ向いた。

 ザインが柱から出た。

《デミルーン》

 斜めから放った斬撃が、大鎌の柄を打つ。

 刃先が上がり、炎が戸口の上を削った。

 右腕に痛みが走った。

 曲刀を落としかけ、握り直す。

 アウナスの顔が彼へ向く。

「まだ立つか」

「お前が邪魔でな」

 ザインは横へ動いた。

 アウナスと入口を結ぶ線から外れ、柱の間へ入る。

 大鎌が追ってきた。

 刃に炎が集まる。

 ザインは足を止めた。

 背後には柱がある。

 入口は、左斜め後ろだった。

「サラ!」

 戸口から矢が飛んだ。

 狙いは、傷ついた方の手。

 アウナスが鎌を引き、矢を弾く。

 その動きに合わせ、ザインは踏み込むふりをした。

 大鎌が振り下ろされた。

 ザインは左へ跳んだ。

 鎌が石床を割り、炎が柱へぶつかる。

 砕けた石が背中を叩いた。

「今です!」

 エレナが叫んだ。

 ザインは身を起こし、入口へ走る。

 アウナスが鎌を持ち上げかけた。

 その手へ、もう一本の矢が向かう。

 腕が引かれた。

 それだけでよかった。

「逃げた先にも、我が炎は届くぞ」

 背後から声が来た。

 ザインは振り返らず、戸口へ駆け込んだ。

 脇で待っていたエレナが、彼の通過を確かめて走り出す。

 前にはサラ。その先を、ミアを抱えたエレンが走っていた。

「止まらないで!」

 エレナの声に重なって、広間で炎が噴き上がった。

 戸口から熱風が吹き出し、四人の背を押す。

 通路の先が、左右に分かれていた。

 エレンが右へ向かいかける。

「左です! 中庭へ戻って!」

 エレンが足を踏み替え、角を曲がる。サラが続き、ザインも肩を壁へぶつけながら走り抜けた。

 最後にエレナが曲がった直後、炎が背後の壁を叩いた。

 石片と熱風が、通路へ吹き込む。

 その先で、サラが足を止めた。

 中庭の水槽のそばに、二つの影がいた。

 一頭が鼻先を上げ、こちらへ向き直る。

「作業室へ! 外へ出られます!」

 エレナが脇の入口を指した。

 サラの矢が、近づいてきた魔物の前脚へ刺さる。

「お姉ちゃん、先に!」

 エレンはミアを抱え直し、作業室へ飛び込んだ。

 三人も続く。錆びた工具の並ぶ壁を抜けると、外の光が見えた。

 城壁沿いの足場へ出た。

 熱い風が顔に当たる。それでも、息が吸えた。

「石段を下りて! 川沿いを上れば、橋に出る!」

 エレンの肩で、ミアが叫んだ。

 背後で何かが崩れる。

 五人は振り返らず、斜面を下った。

*

 川を渡るための縄は、まだ残っていた。

 エレンはミアを抱え直し、橋の足場を確かめた。

 縄を握り、先に対岸へ渡る。

 サラが続く。

 次にエレナ。

 ザインは曲刀を鞘へ収め、左手で縄を握った。

 足元の石が、少し崩れた。

 熱い水が隙間を流れている。

「こっち見て!」

 エレンが声を張った。

 ザインは対岸を見た。

 彼女が縄を張っている。

 一歩、足を出す。

 もう一歩。

 岸へ上がった時、膝が落ちた。

 エレンが腕を掴む。

 エレナも肩を支えた。

「……着いたぞ」

「見れば分かるわよ」

 エレンの声が、少し掠れていた。

 サラは森の方を見ていた。

 矢をつがえた弓が、手にある。

 追ってくるものはなかった。

 木の間を、赤い蝶が飛んでいった。

*

 水音が遠ざかるまで歩き、岩陰でようやく足を止めた。

 ザインは木の根へ座った。

 腰の曲刀を鞘ごと外そうとして、右手から滑らせる。

 地面へ落ちる前に、エレンが受け止めた。

 何も言わず、彼の横へ置く。

 エレナは水袋を開けた。

 焼けた腕へ、少しずつ水を流す。

 ザインの肩が強張った。

「我慢してください」

「してる」

「ええ。分かっています」

 布が皮膚に貼りついているところは、そのままにした。

 露出した傷の上へ手をかざす。

 淡い光が揺れた。

 すぐには塞がらない。

 エレナの額から、汗が落ちた。

「……痛みを抑えるところまでです。今日は、もう剣を振らないでください」

「振れる腕が残れば、十分だ」

 彼女は返事をせず、布を巻いた。

 隣では、サラがミアの羽を見ていた。

 縮れた縁へ、指を近づける。

「触っても大丈夫?」

「そこは、痛い」

「じゃあ、触らないでおくね」

「……うん」

 サラは無事な方の羽も確かめ、それ以上は触れなかった。

 エレンが水を差し出す。

「飲める?」

「飲める」

 ミアは両手で受け取った。

 少し飲んで、膝へ置く。

「南の川、まだ熱いままだよね」

 誰も、すぐには答えなかった。

 木々の向こうから風が来た。

 熱を含んだ、嫌な風だった。

「うん」

 サラが言った。

「止められなかった」

 ミアは水袋を見た。

「……あいつ、どうしたら倒せるんだろ」

 ザインが顔を上げた。

 最初の一撃。

 斬った直後に返ってきた炎。

 五人で押し込み、石床を掻かせた長い脚。

 刃は届いた。

 ミアの槍も、深く入っていた。

 それでも、鎌は止まらなかった。

「まず、あの火だな」

 ザインは巻かれた布へ目を落とした。

「こっちが斬るたび焼かれてたんじゃ、先に潰れる」

「刺したら、すぐ離れたよ」

「見てた。よく入れた」

 ミアが顔を上げる。

「……でも、倒れなかった」

「ああ」

 ザインは否定しなかった。

 エレンが、木の根へ斧を立てかけた。

「押せたから、もう一度いけると思った」

「俺もだ。だが、あいつの鎌は鈍らなかった」

 ザインは右手の指を動かし、途中で止めた。

「こっちは、一度斬るだけでこれだ」

 エレンは巻かれた布を見た。

「……あの火を何とかしないと、続かないわね」

「ああ」

 エレナが布の端を留めた。

「ランスで聞いた話を、もう一度確かめる必要があります」

「ヨハンネスに?」

 エレンが訊く。

「ええ。あの方が何を根拠に異変を察知したのか。それに、昔の人たちが、どうやってあれと戦ったのか」

 ミアが顔を上げた。

「また来る?」

 エレナは彼女を見た。

「来られるように、調べます」

「すぐじゃないんだ」

「今、戻っても同じです」

 ミアは唇を噛んだ。

 サラが、その横へ座り直した。

「先に、村の皆に話そう」

「何を?」

「水がもっと熱くなるかもしれないこと。魔物も増えてること。それから……しばらく使わない方がいい場所」

 ミアは森へ目を向けた。

 西の泉。

 北の木の実。

 風の通らない、幹の裏側。

「小さい子たち、南の枝で寝てる」

「場所、変えられる?」

「空いてる家はある」

 今度は、はっきり答えた。

「あと、昨日の水場。もう行かない方がいい」

「うん」

「私が言わないと。また遊びに行く」

 ミアは立ち上がった。

 羽を動かしかけ、顔をしかめる。

 エレンが隣へしゃがんだ。

「乗って」

「歩けるって」

「村まで、歩いてどのくらい?」

「……ちょっと遠い」

「じゃあ、乗って」

 ミアは少し迷ってから、彼女の肩へ掴まった。

 ザインも立とうとした。

 エレナが先に腕を取る。

「一人で立てる」

「立ってから言ってください」

 エレンが小さく笑った。

 サラは荷物をまとめた。

 最後に鞘へ収まった曲刀を拾い、ザインの左手へ渡した。

 彼は受け取り、腰へ戻した。

 右手は添えなかった。

 森の中へ戻る。

 先頭を歩くエレンの肩で、ミアが顔を上げた。

「その先、右」

「こっち?」

「うん。坂はあるけど、川から離れる」

 エレンが道を変える。

 サラが続き、エレナとザインも、その後を追った。

 ミアは枝の先を見ていた。

 まだ緑の葉がある。

 鳥の声も聞こえる。

 村までは、帰れる。

「次の根は、左から回って」

 今度は、後ろの二人にも届く声で言った。

 

 

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