◇転移27日目
俺は、緑青館の営繕としての戸籍を得た。
これは、緑青館の遣手婆の好意であると同時に、ここへと縛り付ける為の頸木だろう。
俺に損はないので、そのまま受け取っておくが。
緑青館に縛り付けられることになるが、これまでのように、この国の法律が適応されないような身の上よりは遥かにマシである。
ちなみに、このことは後で知った。羅門に教わる形で、だ。
それよりも、俺はここ数日、緑青館のツケで竹や木材を仕入れ続けている。
以前に作った"はずみ車旋盤"の実験も兼ねて、細かなものをいくつも製作中だ。
それこそ、列挙したらいとまが無いほどの種類を、だ。
だがまぁ、列挙してみるなら・・・・
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◾︎遣手婆へ
・フック型ツボ押し棒(肩甲骨用)×40:銀0.2/個
・足裏マッサージローラー×6:銀0.2/個
・首・肩用ツボ押し棒(オカリナ型)×40:銀0.1/個
・茶筒×3:銀1/個
・煙草入れ×3:銀0.5/個
◾︎羅門へ
・聴診器×2
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といった所になる。
転移してから23〜27日目の今日まで、空き時間には上記のモノを作り続けていた。
はずみ車旋盤の癖を見るためだったり、あの時の回転についての検証をしてみるためだったりと、理由は色々だ。
あと、聴診器だけ別に書いてあるのは、これだけは婆さんに売っていないモノだからだ。
そのまま、猫猫と羅門に譲った。
それと・・・・
「いいねぇ・・・これは思った以上にいいよ・・・・」
俺の作ったマッサージ器具は、緑青館の婆さんに大絶賛された。
按摩通いも悪くはないが、これなら手間がかからないと言って全て買い取ってくれたのだ。
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総額:銀17.7枚
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それが、今回の売り上げの合計だった。
「こんなもんか・・・」
「思ったよりも稼げていないな」と、俺は感じていたが、世間的には稼げている方らしい。
そもそも、銀1枚が日本円で7,500円なら、この17.7枚の銀は13万2,750円だ。
たった5日で、それだけの額稼げたのなら、日本でもそこそこ以上の金持ちだろう。
月収が60万円は超えるのだから。
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◇転移28日目
今日も朝から、営繕小屋で作業をしようとしていたのだが、朝から婆さんが声をかけてきた。
「ほれ、この娘等がアンタの弟子だよ。無体するんじゃないよ。ちゃんと、しっかり教えてやりな。」
「鈴緯《リンウェイ》。よろしく・・・・お願いします。」
「燕翠《エントゥイ》です。これから、よろいくお願いしますね?斎恋様。」
「ん?あ、あぁ。(そういや、弟子とってやるとか言ったっけか。)」
遣手婆は、そのまま俺に二人を押し付けてから出ていった。
どうやら、羅門の方にも似たようなことをしてくるようだ。
「羅門からも、しっかり絞ってやる」などと意気軒昂のようだ。
悪ぶっちゃいるが、あの婆さんも羅門には感謝しているだろうに・・・・難儀な性格である。
「で、あー・・・俺のこととか、ここでの仕事については何を聞いている?」
あの婆さんから、俺の悪評でも聞かされているのだろうか?
それはそれとして、どの程度の情報を持っているかどうかは知っておきたい。
「・・・・お婆様からは、やり手の職人だと伺っております。」
「口が悪いし、この国の人じゃないけど、安心しろって。」
やり手の職人、口が悪い?
「やり手かどうかはともかく、まぁ、そこそこの腕ではあるつもりだ。この国の人間じゃないのも事実。そもそも、俺にも何でここに来たのか分からん。その辺りは、聞きたけりゃ話してやる。が、今の所はどうでもいいな。俺の名は斎恋《サイレン》。"恋"とでも呼べ。で・・・鈴緯と燕翠?だったか?歳は?」
「はい・・・恋。歳は14。」
「あってます。でも、歳ですか?関係あるのですか?」
「別に?言いたくなぇりゃ言わなくてもいいぞ。ただ、聞けることなんて他に思いつかんしな。」
「はぁ・・・16ですけど。」
「そうか。俺は、一応20ということになってる。が、俺個人としては、まだ"49"のつもりだ。この辺り、細かい説明は省く。今話したってどうしようもねぇしな。あと、仕事についてだが・・・・お前等に教えていくのは、お前等がこれから食っていく為の技だ。はっきり言ってそれ以上じゃねぇ。それ以上が知りたい時は言え。あとは、お前等のやる気次第だ。」
いくら教えたところで、コイツ等が今求めてるのは、本質的には俺の教える技術の方じゃない。
単に、これから"食いっぱぐれない為の商売道具"だ。
それだけの奴らの為に、一から一〇〇まで教えてやるほど暇じゃない。
「・・はい。」
「分かりました。」
「よし。なら、教えていく。まず、ここにある道具だが、これが鉋で、こっちが──────」
道具の名前、役割、どこにしまうのか、どのように手入れするのかなど、基本的なことから説明を始めていく。
実際の技なんてのは、その後の話だ。
「ここに木材がある。あの婆さんにもあとで許可を貰っとくから、これを使って自由にさっき教えた道具類の使い方を学べ。実際使ってみんと分からんからな。」
「分かった。」
「いいんですか・・・?勝手に使っても。」
二人で互いに別々の意見が出るが、これに対しちゃ構わない、だ。
そもそも、それに値するだけの儲けは出させてやるつもりだしな。
「別に構わん。婆さんにも許可を出させるから、問題もねぇ。」
俺はそう言い切り、そのまま二人から離れた。
あとは、コイツ等だけの時間も必要だろうしな。
「手元にだけは注意しろよ?こんなところでいきなり怪我するような奴を、置いてはおけねぇからな?」
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「変な人。」
「えぇ、そうね。変わった方ではあると思うわ。」
妓女としての価値が無くなった私たちには、これからどう生活していくのか、先の明るい未来が見通せなかった。
この緑青館の内仕事をさせてもらえるのか、はたまた夜鷹として、単なる娼婦として働かさせるのか・・・・
なんにせよ、あそこで輝く方々のようには真っ当な人生を歩めないだろう。
そう考えていたのだ。
まぁ、妓女としての仕事に、真っ当さがあるのかどうかは知らないけれども・・・
そんなある日、いや、昨日のことなのだけれど
緑青館の遣手婆とも呼ばれる"お婆さん"が、四人の私と同じ立場の"妓女かもしれなかった娘達"を呼び出した。
「鈴緯と燕翠は、手先が器用だったねぇ?だったら、斎恋の所にやろうか。春梅《チュンメイ》と文香《ウェイシャン》は羅門のとこだね。」
と言って、私たち四人を仕分けた。
お婆さんのことは信じているけれど、一体どういうことなんだろう?
「サイレン・・・さん?の所というのは、どういうことですか?」
私は、思い切って聞いてみた。
少し自分の未来が怖かったが、それでも一歩踏み出さないと何も変わらないというのは知っていたから。
「ん?あぁ、説明がまだだったね」
そう言うと、お婆さんは詳しい事情を説明してくれる。
どうやら、妓女として終わった私たちには、本当なら緑青館の内向きの仕事が与えられるはずだったようだ。
しかし、少し前に受け入れた職人の斎恋さんとやらの提案で、私たちを弟子として受けてもいいと仰っていたらしい。
妓女ではなく、職人としてだが、それが新しい仕事なのだそうだ。
「しょ、職人さん・・・ですか。」
「あぁ、そうだよ。元妓女だろうと関係なしに教えてくれるってんだからね。正直、他じゃ絶対にないよ。それに、アイツの腕や発想は、他にはないもんさね。しっかりと教わってきな!」
「は、はい・・・・!」
ちょっと、お婆さんの圧が強くて怖かったけど、腕の立つ人だってことはよく分かった。
それにしたって、変わってると思う。
女の私たちを、職人として受け入れるなんて・・・・・一部の仕事以外では聞いたことがなかったから。
「四人とも、明日から仕事だよ。今日はしっかり身体を休めな!」
「「「「はい!」」」」
返事だけはしっかりとできた・・・。
しかし、当日になるまでは不安でいっぱいだったのだ。
でも、実際会ってみると、本当にぶっきらぼうなだけで、特に危ない人でもないし、こっちを女としてさえ見てこない変わった人。鈴緯は、ちょっと無口だから、何を考えてるのか分からないけれど、私はこの人のところでもやっていけそうな気がする。
・・・・・たぶん。
言われた初仕事?も、道具を自分で触って使ってみることだって。
なんの意味があるのか分からないけど、たぶんそれも必要なことなんだろう。
色々と、ダイカンナ?とか、ノミ・・・とか、本当に色々と触ってみた。
包丁みたいに危ないものもあるんだけど、私は恐る恐るそれに触れてみた。
時間は掛かってるけど、一つ一つしっかりと使い方を学んでみるつもりだ。
で、鈴緯の方はというと・・・・・・スゴっ・・・
なんか、ノミとカンナとを使って何かを作っているようだ。
「り、鈴ちゃん。今日は、道具を触るだけだって・・・」
「使っていいって言ってた。言われた通りにしている。」
「えと・・・でも、でもね?そこまでやっているとは思ってないと思うんだけど・・・」
実際に、ここにある道具と工具だけで、木彫りの生き物を作っているなんて、想像も付いていないだろう。
え・・・と、たぶん生き物・・・・なんだよね?それ。鈴ちゃん・・・。
そんなこんなはありつつも、今日の初仕事は終了した。
斎恋さんは、鈴ちゃんの作っていたウサギ?に、驚愕していたけれど。
それでも、私と鈴ちゃんとの扱いを変えるつもりはないようだ。
でも私は思う。
「(鈴ちゃん・・・・!私は、あなたって娘がよく分からなくなったよ・・・)」
これまでは、頰や額に傷を持つ無口な娘という印象で、世話を焼くことも多かったのだが。
ここに来てから即日で化けた。化けてしまった・・・・・。
これがいい方向なのかどうかは、さっぱり分からないけど、それでもいい明日が待っているように私は祈るしかないだろう。
「これから、やっていけるのかな・・・・。職人として・・。」
燕翠《エントゥイ》の心労の日々は、これからもまだまだ続いていく。
多くの者に振り回されながらも、彼女の毎日は続くのだ。