◇転移34日目
昨日は、全員がそのまま一日中休むことに充てた。
睡眠が必要だったからな。
そして翌日の今日、初めてのガラス作成が始まる訳だ。
(ま、最初は失敗ばかりになるだろうなぁ・・。一つでもうまくいけば幸いってとこか。)
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最初は、炉の熱管理がうまくいかなかった。
炉の熱管理は、どうしたって俺一人じゃできない。
素人弟子二人を連れてやるしかない。
初期の失敗は、これの連続だ。
お陰で原料をかなり浪費することになった。
まぁ、もちろん最初っから最大量を入れたわけでもないので、積み重ねで消費した量が多かったって意味だが。
次に失敗したのは、燃料・・・、薪の投入のし過ぎだろうか。
火勢を上げようとし過ぎた鈴緯が、薪を投入し過ぎたんだよな。
逆に、燕翠の方は、薪を投入しなさ過ぎだった。
これらをクリアするだけで、10日は掛かった。
正直言って、それだけでも十分すぎる結果だと思ってる。
本当は、この倍は掛かるだろうと思ってたし、適性がなければ追い返す他ないとも思ってたからな・・・・・
やはり、この世界の人間ってのは、強い。
夜鷹になるしかない、と覚悟が決まってたりでもしたのかね?
多少の炎には、めげないだけの胆力があった。
熱管理の問題がクリアできたことで、ガラス生成についての目処がついた。
ここからは、スピードアップできる・・・!と、思っていた矢先に、坩堝が侵食を起こして壊れた。
ガラスの融剤による化学侵食だ。炉内に溶けたガラスが漏れ出し、一発で全損した。
坩堝自体は、こうした可能性も考えて複数作っていたから代わりのものを使うことで対処したんだが・・・・
弟子二人のメンタルの方が問題だったな。
ここまで失敗続きだからな。俺個人としては結構うまく進んでいる方だと思ってるんだが。
ここまでで、既に15日。
今日は、転移から49日目だ。
本当に、ここからは巻きで進めていきたい・・・・・
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ガラス生成、成功。
なんとか、18日目の今日、ガラスに関しては成功した。
今日は疲れたのでもう寝る。
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◇転移52日目
今日は、ガラスペンの製作に入る。
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入るんだが・・・・初手で俺が失敗した。
現代にあったような精密な金型もない環境下で、同じように作ろうとしたのが失敗の元だ。
溝の深さにムラができ過ぎ、インクを吸い上げる毛細血管現象が起きなかった。
次は、補助道具の予熱忘れ・・・・
常温のままの道具を、燕翠が熱変性中のガラスに触れさせてしまった。
そこから・・・・・
・徐冷炉への運搬中の落下
・徐冷の管理ミス
・ガラスの粘度特性の見誤り
・研磨材でペン先を削り過ぎ
などなど・・・・・
本当に多くのミスを連発した。
だが、"転移から55日目"の今日。
やっとの思いで完成品が誕生した。
まだまだ、色合いは微妙だし、デザイン性のカケラもありはしないもんだが、それでも完成品には違いない。
素人二人を教育しながら、本当に・・・・うまくいき過ぎだ。
どこかでしっぺ返しが来やしないかと、心配になる程だよな。
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◇転移58日目:緑青館
「やっと来たのかい」
緑青館の婆さんは、あいも変わらずキセルをふかしながら中の一室で待っていた。
「完成したぜ?ほら・・・」
俺は、片手間に作った木箱の中に木屑を入れ、その中に成功品の【ガラスペン】3本を入れてから持ち込んだ。
3本のガラスペンは完全な無色透明にはならず、微細な鉄が入っていたのか、どれもが淡い青緑色を帯びていた。
まだまだ、職人の目からすると甘い部類の完成品だ。
プロのガラス職人に見させたら、速攻で廃棄品入りを果たすだろう。
完成品とは言っても、中には気泡が混じり、綺麗な見た目とは言い難い。
もちろん、それは俺の目から見た評価であって、婆さんや嬢ちゃんらからすると、綺麗な工芸品にしか見えないようだったがな。
「・・・ほう・・瑠璃かい・・・」
「玻璃にもできなくはないが、まだ無理だな。それは将来に期待してくれ。」
「アンタ、玻璃まで作れんのかい?」
「作れるな。だが、知識はあっても腕の問題だ。前に作った時は職人仲間と一緒に作ったからな。今の素人連れじゃいつまで掛かるか分からん。」
「・・・呆れ返るね。本当、どこから来たんだいアンタは・・・・」
婆さんは、普段なら絶対に問わないだろう言葉を交えつつ、俺の知識と腕を評してくれた。
ただ、これに関しちゃ俺にも説明できないから、言いたくても不可能だ。
言ったところでイカれ野郎の仲間になるだけ、無意味だ。
「そんなことよりも、こっちだろ?これは、新しい筆なんだ。ガラスでできた筆・・・・いや、こっちじゃ瑠璃筆って言やいいか?それが、これだ。」
「・・・・・筆?これがかい?」
「そうだ。これが、筆だ。墨を浸けて実際に書いてみりゃいい。」
婆さんは、俺の言葉に半信半疑ながら、墨を浸けてガラスペン・・・・もとい、瑠璃筆で紙に書き出してみる。
これまでの筆のように、墨を毎回浸けずに済み、一回の浸潤で何度でも書き続けられるというのが、この瑠璃筆の強みだ。
(けど、まぁ、今の墨と紙じゃ、これは生かせないよな・・・・)
「なんだいこりゃ、書きづらくてしょうがないよ!これじゃ、筆としては落第だね。」
「あー、すまん、そうだよな。なら、これを試してくれるか?」
そう言って俺が取り出したのは、新しい紙と墨だった。
この婆さんには、実際にこれまでの紙と墨で、この瑠璃筆の価値を知ってもらいたかったのだ。
───新しい筆、新しい紙、新しい墨。
それらが生み出すだろうモノの意味と価値を、体感してもらいたかった。
だからこそ、ガラスペンを作った翌日にこれを持ち込まず、紙と墨とを作る時間を作ったのだから・・・・・
「で、どうだい?書き心地は。」
「・・・・・・・・」
質問をしちゃいるが、目の前ですらすらと書いていくその様を見れば、聞かずとも丸わかりだけどな。
「で、いくらで買い取ってくれる?」
「・・・・・・・・」
「瑠璃筆の価値だけじゃない。これは、緑青館を変えるぞ?婆さん。
瑠璃筆が流行るとみるなら、新しい紙や墨にも需要が生まれることは理解できるだろ?なら、この瑠璃筆一本には、どれだけの価値が潜んでいると思う?
一本の瑠璃筆は、瑠璃でできちゃいるが、消耗品っていう訳じゃない。だが、墨や紙はどうだ?消耗品だ。つまり、瑠璃筆を買った者は、長期間に渡って墨や紙を買い続けてくれる客にもなるんだぞ?その価値が理解できるか?」
これは、俺のガラスペン(瑠璃筆)の売り込みであると同時に、これからの緑青館を変える為の商売の話でもあった。
まぁ、正味のところ、煽っている俺自身にはそこまでの魂胆はなかった。
俺の内心は、「これで、瑠璃筆(ガラスペン)が高値で売れりゃいいなぁ。セット販売って奴なら高値で売れるって、昔営業系の本に書いてたよな?」程度にしか、考えてなかったんだけどな!
後々、このことについて猫猫に話した時、俺は猫猫から非常に冷たい目で見られることになった訳だが・・・・・閑話である。
婆さんは、かなりの時間、ガラスペン一つ一つを丹念に見ていた。
その色合い、触り心地、書いてみた感覚、これまでの紙と墨を見比べ、将来についても考えを巡らしているのだろう。
「銀20枚だよ。」
「は?安過ぎないか?!一本銀10枚はいくだろ!!」
「はぁ・・・話は最後まで聞きな。一本、銀20枚で買い取ってやるって言ってんだよ。」
「え、は・・・マジか?婆さん・・・。助かるぜ!ここからは、もっと本数を作れるようになるはずだからな。安心してください待っててくれよ、ばあ・・」
「待ちな。」
俺が、婆さんに感謝しつつも、婆さんの気が変わらない内に報酬を受け取ってから、工房へと帰ろうとしていたその時。
婆さんは、俺の言葉を遮り、引き留めに掛かった。
「え、なんだ?まだ何かあんのか?」
「さっきの話・・・」
「ん?さっきの?え、っと・・・消耗品販売の方か?」
「紙と墨についてだよ。それは、ウチの妓女でも作れんのかい?」
「え?あぁ、そりゃ作れるとは思うが・・・・、ここで作るつもりか?墨は原料を仕入れりゃできるだろうが、それでも高くつくだろうし、紙の方も、一から作るなら川の水から選定しなきゃならんぞ?そうなったら、緑青館をここに置けないだろ?そのあたりどうするつもりだ?」
「アンタが作った紙は、一からって訳じゃないんだろ?墨についても。」
「あぁ・・・・そうだが・・・・・って、これを作らせんのか?」
「そのつもりだよ。」
「そりゃ、いいが・・・・真似されたら一瞬で潰れんぞ?」
実際、ここで用意した墨は、妓楼内にあった顔料を水で溶いただけのものだし、紙だって、市販品を明礬と膠を溶かした液を塗って乾かし、表面を滑らかに石で擦って平滑にしただけだ。
乾燥の時間なりは掛かるが、誰にでも可能な方法で作られてる。
妓女にだって簡単に真似できるだろう。
──────が、それは反面、妓女以外の者にも真似ができるということでもあるのだ。
「かまやしないよ。そもそも、ウチは妓楼が商売さね。紙を一から作るようなことなんざしないよ。あくまでも、中で作れる分だけ作れりゃいいのさ。それで売り上げがあがれば、儲けが増えるってだけだよ。」
「ふーん、そんなもんか。まぁ、なら、紙や墨、本を書いたりする奴らとも繋がっておくことだな。」
「ん?それは、何でだい?紙や墨の商人と繋がるなら、こっちの売り上げが下がっちまうじゃないか。損しちまうだろう?」
「いや、得すると思うぞ?そもそも、これは新しい商売の機会を作っているのと同じことなんだぞ?こっちから紙や墨を売り込んで、緑青館の中で作った紙と墨を買い取らせりゃいいだろ。そもそも、緑青館の本業は"妓楼"なんだ。向こうがその契約を切ったところで、向こうが評判を落として損するだけだ。違うのか?」
こっちの商売倫理や契約に対する考え、そういったものがどこまでなのか分からないから、こういう言い方をする他ない。
しかし、妓楼が副業でやっている製紙や製墨の契約を切ったところで、それらの商人は儲けなどないはずなのだ。
なにせ、それらを促進させるだろう"瑠璃筆(ガラスペン)"そのものは、こっちが握っている訳だし、一番のリスクとなるのは、俺や弟子二人が引き抜かれることだろうからな・・・・・
「違わないね。だが、一番の懸念はアンタらだよ。これからは、3人に護衛を付けるからね?あと、羅門の家も・・・・なんとかしないとね・・・」
婆さんの最後の方の言葉は聞き取りづらかったんだが、どうやら、住処から全てをなんとか面倒見てくれるようだった。
そしてそれは、俺のもたらした"瑠璃筆(ガラスペン)"に、それだけの価値があると踏んでいるからなのだろう。
「んー・・・・ちょっと、やり過ぎたか・・・?」
熱烈な婆さんの勢いに、俺は気圧されつつもそのまま流されて行くことを良しとした。
まぁ、なんだ。
よくあることだよ。