杖の改良を提案してみたが、これにも羅門さんは、あっさり納得してくれた。
「ここまでのモノが作れるなら、杖の方もうまくいくかもしれないねぇ」と。
失敗したなら、お前が運んでいけ、みたいなことも言われたが・・・・
ま、まぁ、失敗しなければ問題ないのだ。
それに、単に木材を削って脚を付けるだけである。
流石にこの程度のことでミスはしない。
問題は、木材の強度の方にある。
加工でミスしなくとも、材料そのものが不足しているのだ。
限られた素材の中からそれを作るというのは、本当に歴史再現系配信者としては、嬉しくもあり悩ましくもある作業の連続である。
───仕事でさせられるのだけは、ゴメンだが
(しかし、本体がこれでは、加工できる範囲員限界があるな・・・。となると、グリップのみか。)
杖の形は、古代中国からよくあるような・・・いや、どこにでもあるような単なる自然樹を使ったものだ。
手元部分のみが少し曲がっていて、持ち易くはなっている。
だが、ただ曲がっているだけでは、手元への負荷は大きいままだ。
「とすると、やはり指状に溝を削って・・・あとは、滑り止めか?多少ザラつかせて摩擦を上げればいいか・・・」
杖の手元部分に、指溝を削り、"スキーストック"のストラップのように"布"を掛けられる部分を付けた。
たったこれだけの加工だが、効果のほどは、使用を続ければ分かるだろう。
工具も何もない現状だと、この程度が限界だろう。
俺は、羅門さんに新しく仕上がった杖を差し出してみた。
補助具を作り上げるのに、3時間半。
杖を作るのに、大体30分は掛かった・・・・と思う。
少なくとも、この腕時計上ではそうなってる。
「で、どうかな?羅門さん。」
「ふむ・・・この布は良いねぇ。落とさずに済むし、保持も・・・問題なさそうだ。悪くないよ。あなたは良い職人さんのようだ。」
「最高の褒め言葉だ。ありがとう」
「礼を言うのはこっちだよぉ」
互いに、ありがとうと言い合いつつ、俺もその日の食事に取り掛かれるように、羅漢の手伝いをやっていく。
あれはこっち、これはこっち、どんな食材を使ってどんなものを食するのか。
こちらの世界での食生活やらが、まるで想像つかないから困っていた。
しかし、どうやら、普通の穀物と野菜のようだ。
そこまで変な物でもないらしいと分かって、その部分だけは助かった。
「しかし、あんたも変な人だねぇ・・・。私のような者に、あそこまで道具を作ってくれるなんて・・・」
「いや、アンタに見捨てられちゃ、今の俺には行く宛がないからな・・・。それに、アンタは俺の祖父にそっくりなんだ。もう何年も前に亡くなっちまったがね・・・。形見も、今となっちゃこれだけしか残ってねぇし・・・。」
そう言って、俺は機械式時計を羅門に見せた。
「これは・・・・あんた本当にどこから来たんだい?」
「え・・・?何か変だったか?」
羅門はそう言うと、俺の時計を包み込むように手を添えつつ言ってくれた。
「これは、誰にも見せない方がいいよ。これだけのものは、この国じゃ絶対に作れないからね。多分、殺されるか取り上げられるよ。気をつけなさい。」
「わ、分かった。」
どうやら、この世界でも人間って奴は、早々変わりないようだ。
そうなると、もっと気を引き締めてかかった方が良さそうだな・・・。
羅門さん以外は、悪党だと思って付き合った方がいいかもしれん。
「えと・・・どうした嬢ちゃん。」
「名前。」
「え?なんだ?」
「猫猫。嬢ちゃんじゃない。」
「と・・・まおまお?」
「うん。名前」
猫猫という名の幼女は、俺の前で自分を指差して猫猫だと名乗った。
俺が繰り返すように「猫猫」と告げると、少し笑ってから、今度は俺を指差して「名前」と一言言ったのだ。
「え、と・・・俺の名前ってことか?」
「ん」
「俺は斎藤 恋。恋だ。恋って呼んでくれ、猫猫。」
「ん。恋。恋兄。」
『恋兄』
その響きは、昔を思い出させる音だった。
十年前に亡くなった妹が、よくこうして恋兄恋兄と呼んでくれたものだ。
妹は普通に病で亡くなったし、年齢も40だったから仕方ないんだが・・・。
俺自身、既に50に近いしな・・・。
「恋兄か・・・俺、もう49で、50近いんだけどな・・・」
「50?おかしなこと言うねぇ・・・」
「は?何がです?」
「あんたの歳だよ。まだ、20にもなっていないようにしか見えないよ?」
「は?そんなはずは・・・最近じゃ白髪も多くなってきたし、皺も結構・・・・・」
「全然、そんなふうには見えないねぇ・・・。私だってまだ42だよ?そんな私から見ても、あんたの歳は高く見積もっても20後半くらいだろうねぇ」
嘘だ!とは、言えなかった。
ここに来るまでだけでも、十分に異常な経験をしている訳だし、あり得ないとは思えなかったのだ。
だからこそ、「水場は・・・水場はどこにありますか?」と、水面で顔を確認しようとするしかできなかったのだが。
「う、そ・・だろう・・・。」
実際、俺の顔は、若い時のものだった。
まだ、本当に高校生かあるいは成人したてと言ったところだろう。
皺もなく、白髪一つ見えない若々しい容姿だ。
とはいえ、顔はそのままで、自分的には中の上程度の容姿でしかなかったのだが・・・。
「若返ってる・・・。いや、本当にどういうことだよ・・・。」
異常事態が続いている。
変なところにいきなり出たかと思えば、今度はこうして若返りという訳だ。
この分だと、肉体の性能そのものも、ここに来る前、転移前そのままなのかさえ怪しいものだ。
この肉体が、俺の若い時のもののままなのか、はたまた、転移に際して何かしら付け足されたり削られたようなモノがあるのか。
それらを確かめねば、これから安心して生きていくこと一つできやしない。
心配事は、とっとと潰しておきたいのが性分なのだ。
「確かめてきました・・・。すみません、手数おかけして・・・。」
「いいよ、別に。」
「で、先ほどの話なんですが・・・」
「何も聞いてないよ。私はね。若返りなんて、世の中にあるわけもないしねぇ。」
「・・・・ありがとうございます。あ、あと聞きたいのですが、こちらでは斎藤 恋の名前でもやっていけるでしょうか?どうせなら、ここで一度、名前そのものも変えてしまおうかと思うのですが・・・。」
羅門は、少し首を傾げた後に、「確かに」と一言そう言った。
「そうだねぇ。ここでやっていくつもりなら、その名前では異国風の響きが強いねぇ。斎藤とだけにするか、あるいは恋の字に何か一字足すべきかねぇ。」
「やはり、そうですか・・・。」
なんとなく、羅門や猫猫といった響きの名前からして、支那っぽい響きを感じるのだ。
書物にあった文字は、どうにも日本の筆記体に近い記述のように見えるが、それもどこまで正しいのかが分からない。
斎藤 恋という名では、この国の響きに合わず、恋という一字だけでは、この国のルールに合わない。
そんな感じに思えていたのだ。
「なら、さいれん・・・・"斎恋"というのは如何でしょう?それならば、違和感はございませんでしょうか?」
かなり、微妙な名前にも思えるが、今考えられる最上だ。
この猫猫にも、恋と言って名乗ったし、俺自身恋と呼ばれた方が反応しやすい。
斎藤と呼ばれても、呼ばれなれないからな・・・。
「ふむ・・・聞き慣れないが、別に問題はないだろうね。斎恋。ありそうな名前だし、問題もないだろう。」
「ありがとうございます。」
そうして、転移初日。
俺の新しい名前が決まった。
──────斎恋《さいれん》
それが俺の始まりの証だった。