しかし次の話からは、ちょっとずつ進む予定。
今回の話は準備段階です。
緑青館の遣手婆は、右叫という20後半くらいの男衆の一人に声を掛けた。
「右叫、アンタ付いてってやりな。コイツと一緒に買い出しだよ。あと、アンタ名前はなんて言うんだ?」
「サイ・・・・斎恋《サイレン》だ。」
一瞬、言い淀んだのを遣手婆は見逃さなかった様子だが、羅門が反応してないのを見て、何も言わないと決めたようだ。俺自身、騙すつもりもないんだが、それでも嘘を付いているという後ろめたさが少しはある。
「買い出し、ね。何を買ってくりゃいいんだ?」
「さてね。それはソイツに聞くといいさね。」
二人に見つめられるが、さて、何を買うべきだろう?
貰った道具類には、色々あるが、一覧とするならこんなものだろうか。
====================
◇数年前に亡くなった営繕が使っていた工具類一式
□計測・墨付け
・曲尺
・墨壺
・罫引《ケビキ》
□切断・荒加工
・枠鋸
・釿《チョウナ》
・手斧
□切削・削り
・押し鉋
・丸鉋《マルカンナ》
・小刀
□彫り・穴あけ
・平鑿《ヒラノミ》
・丸鑿
・弓錐
□打撃・分解・締結
・金槌
・木槌
・釘抜き
□刃物手入れ
・砥石
====================
内容そのものは多いが、それでも加工に使っていくのなら、もっと欲しい材料は多い。
何より、早いうちに旋盤が欲しい。
「欲しいもの・・・欲しいものか。太い鉄の丸棒が2本。それと、生皮の紐が3m分、あとはやっぱり青竹ですかね。しなりの強い奴なら若木でもいいかな。それと角材。これが4、5本くらい。あと檜かカヤの乾燥材が二枚。両方とも一尺四方のものかな。柘植か桜、栃辺りの緻密な感じの硬木も・・・・・」「・・・って、ここでそんなに言っても何もできないよっ!」
と、言い過ぎたのか怒られてしまった。
どうにも、俺の買いたいものの種類が多過ぎるようだ。
「はぁ・・・ったく、どんだけ買わせるんだい。」
「といっても、ほとんどが木材ですよ?それに色んな種類の木材を言いましたけど、正直、ここにあるのか分からないってのが一番ですからね。俺のところと呼び方が違ってる可能性もありますし、実際に見てみないとなんとも・・・・」
「なるほどね・・・。お婆、これは私が行ってみないとなんともならないかと。」
「面倒だねぇ・・。まぁいい。右叫しっかり見てやんな。勘定はこっちに付けときな!」
そう言って、緑青館の婆さんは、そのまま内へと帰っていった。
・
・
・
・
そうして買い物でた俺たちだが、早速、問題に直面した。
「いや、花街の外れ・・・?あんな所にモノを届けるのかい?無茶言わんでくれ。それに、こんだけのモノを家の中に置けるのか?」
「い、いや、それは・・・・・」
「はぁ・・・・無理なんだったら、他の場所にするか何か考えてくれ。というか、兄ちゃんは緑青館の人だろう?緑青館じゃダメなのか?」
「ふむ・・・構わないと思うぞ?いや、緑青館に運んでくれ。それでいい。」
「あいよ。」
購入した荷物の置き場所だ。
俺や猫猫、羅門のいる花街の外れは、貧しい者の多い危険な場所だ。
羅門自身が、貧しい生活をしているから、そして貧しい者も見てくれる薬師ということもあって、周囲からは狙われ辛い。
しかし、そこにこんな色々な素材が置かれるとなれば、どうだろう?
しかも、購入した物は、緑青館でも使えるような新品の木材がほとんどだ。
ましてや、俺の持つ工具類は、売ればそこそこの値段になるものばかり・・・・
どう考えても、あの家に持ち帰るには"分不相応"なものばかりなのだ。
「ま、しばらくは緑青館で仕事をするしかないね。それに営繕小屋なら、前の爺さんが使ってたものがある。場所にも不足しないよ。婆様も、営繕小屋なら、安心して仕事を任せられるだろうし。」
「・・・・そちらがいいのなら構わない。だが、仕事では音が出るぞ?それに、将来は必ずここから出るつもりだ。それでもいいのか?」
「構わないよ。・・・・でも、出るっていうのは、どういう意味で聞けばいいのかな?答えられそうな話かい?」
右叫の質問に、俺は少し戸惑った。
「いつまでも居座ってくれても構わない。」そんな言葉のように聞こえたからだ。
見ず知らずの、完全な異邦人の風貌の俺に、そんな言葉を掛けてくるとは思いもよらなかったのだ。
「答えるのは問題ない。そもそも、俺が作りたい物はいくつもあるんが・・・・、そのどれもが火を使う。要は、でかい窯がいるんだ。鉄やらガラスだな。だから、緑青館で窯を作って作業する・・・なんてのは、不可能だろう?あそこで、そんなことはできん。それこそ、追い出されるだろ、違うか??」
「くくっ・・・なるほどね。最もだ。」
右叫は、俺の言葉に少し笑いつつ、納得してくれた。
恐らくは、色々な者が、あの緑青館には訪れるのだろう。
だからこそ、この右叫という男は、相手の事情を深く詮索しないようにしているのだと思えた。
「しかし、この辺りではどんなものが作れる・・・・作られているんだろう。その辺り詳しく知りたいが、誰か詳しい者はいないだろうか?」
「どんなものが、か・・・・。おかしなこと聞くね。しかし、職人としては当たり前か。けど、そうだねぇ・・・。単に商売人から話が聞きたいってことでいいのかい?それならいくらでも当てはあるけど。」
「いや、どうだろうな・・・・。下手な商売人と話をして、余計な情報が漏れるかもしれん。そういったことは避けたい・・・。」
「ふーむ、そうか。・・・・なら、羅門さんでいいんじゃないか?」
「羅門さんに?」
「あぁ。あの人、昔は良いところの出だったらしいし、色々と知ってるんじゃないかな?」
「羅門さんが・・・。なるほど。分かった、そうしてみるよ。感謝する。」
「いいよいいいよ。別に大したことを言った訳でもないしさ。」
右叫は、そう言いつつ笑みを浮かべた。
随分と気のいい男のようだ。
緑青館の遣手婆といい、思いの外、妓楼という割にはいい人材が揃っていると見える・・・。
(しかし、時代に合わない気もするな・・・。やはり、異世界なのか?茘という国の名前・・・。いや、日本語が通じている時点で変か。文字も草書ではあったが、日本語のようだったしな。)
ここに来るまでに、斎恋は幾つものことを目敏く確認していた。
緑青館で扱われていた"紙"に、書かれていた"文字"。
喋っている言葉の内容や、口の動き。
扱われている金の種類や、置かれている商品の質、内容。
多くの情報が、既に揃いつつあったのだ。
それでもなお、情報を求めていたのは、歴史系配信者としてあるまじきだが、今のこの国の年代予想が、まるで立たなかったからだ。まして、市場でサツマイモやジャガイモ、落花生にひまわりの種までが売られている。
これ等は"新大陸原産"だ。
どう考えても、麻が主流の時代にあっていいもんじゃない。
綿花の生産が遅れている・・・・?一体なぜ?
ここが支那だとするなら、綿花生産がここまで遅れている理由はなんだ?
「右叫。見たかぎりだが、この辺りだと綿花は高級品なのか?」
「?そうだな、高いよ?服で言うなら、麻の方がずっと安い。・・・・しかし、ずっと気になってたんだが、君の服は何でできてるんだ?綿・・・のように見えるが。」
「綿だよ。俺のいたところじゃ、綿が安かったんだ。むしろ、麻布を無理に買おうとする方が大変だった。麻の方がずっと高かったんだよ。」
「へぇ・・・変わった場所だな。いや、原産地って奴なのかな?作っている現地だと安いと聞くし。」
「まぁ、詳しくは言えないけど、沢山あったことは事実だよ。金持ちって訳でもないから、そう考えてくれて構わない。」
「ま、詮索はしないさ。婆様は、色んな人を受け入れるからな。その辺りは気を付けてるつもりだよ。」
「そうしてくれるなら、ありがたいね。」
事情を聞かれたところで、マトモに答えられる気がしないのだ。
どう答えたところで、よければ変人、悪ければ妄想癖の強い異常者だろう。
・・・いや、薬中扱いになる可能性も高いか?なんにせよ、言わないにこしたことはない。
「で、これで買うものは全部か?」
「そう、だな・・・。で、緑青館に全部送ってくれるのか?」
「ふっ・・・あぁ、そうしておくさ。明日からの仕事で頼むよ。荷が届くにはまだ、時間がかかるだろうしね。」
「助かる。」
==========
□購入した物一覧
◾︎金物屋
・太い鉄丸棒:径1cm(1/3寸)・長20cm(7寸未満)
◾︎皮革屋
・油揉み牛革紐:幅10mm・厚4mm・長3m(6尺)
◾︎材木商
・榧《カヤ》の乾燥厚板:30cm(1尺)四方・厚3cm(1寸弱)
・黄楊《ツゲ》の丸棒材:径3cm(1寸弱)・1.2m
◾︎細工物屋
・銘木の端材:紫檀・花梨:数寸の木片
◾︎乾物屋
・膠:小袋一つ
・乾性油:小壺一つ
==========
金物屋や皮革屋、材木商など色々と回った。
しかし、それでもまだ分からないことだらけだ。
本当にファンタジーな世界なのだろうか・・・?
(時代区分がよく分からん。技術レベルは戦国時代くらいか・・・?それくらいを基準に考えておいた方が良さそうだな・・。)
戦国時代を基準に考えていいのかさえ、よく分からなかったが、異世界だからそんなもんかと、最後には納得した。
あとは、作るべきものを考えるだけだ。
(リバーシは作る。しかし、その前に・・・・)
リバーシを作るのはいい。
しかし、その前段階がいる。
ただただ、今ある工具で無為に作り続けるだけでは、職人としての名誉に関わるのだ。
(くくっ・・・どうせなら、よくある転移者の知識チートって奴でもやって見るかね。・・・・この世界でどこまで通用するのか分からんが。)
時代区分が分からない以上、どこまでやってもいいのか、その基準がいまいち掴めていない。
しかし、戦国時代基準と、この世界の技術レベルを置いた以上、そこに合わせてやっていく他ないだろう。
指針となるものもない以上、自身の知識の中にそれを求める以外に方策はないのだから──────