◇転移三日目
俺は、朝から緑青館の扉を叩いていた。一応、言っておくが比喩だ。
今日は、猫猫と共に、緑青館で作業小屋に籠ることになる。ここで言うなら、作業小屋でなく営繕小屋だったか。
「猫猫ー?その辺は危ないから触っちゃダメだぞ?」
「ん!」
分かっているのかいないのか、猫猫は元気よく返事をする。
たぶん、変人になるだろうな・・・。同じように変人だった妹にそっくりだ。
あの阿呆、亡くなったのは事故だったが、轢かれたというより轢かれにいって死にやがったからな・・・
悲しくてしようがないのに、泣くに泣けなくなったのは、あの日が初めてだった。
なんせ、趣味の化粧品作りでおかしな香でも作ったのか、ふらふらと道から飛び出してきたって話だったのだから・・・。
アイツの部屋を片付けている時にそれを見つけて、かなり危ない匂いがしたので、直ぐに廃棄したのだ。
───普通ごみで
案の定、異臭騒ぎになったんだが、そうなることは分かりきっていたから、少し離れた場所に分からないようにして捨てたのを覚えてる。・・・・・詳細は勘弁してくれ。思い出したくもない。
ともかく、だ。
そんな妹の幼少期と、同じ面をしてるのだ。
いや、顔が似ているというだけで、似た性格になるとも限らないんだが・・・・なんとなく、当たっているような予感がするんだよなぁ。この辺りは、本当に直感でしかないんだけどな。
俺自身、趣味が高じて配信者なんてやっていたこともあってか、同じ変人のことはなんとなく分かるのだ。
俺達の両親も同じように変わり者で、互いの趣味がキッカケで知り合い、趣味がキッカケで亡くなったという極め付けだ。
祖父母の代に遡っても同じだと言うから、これはもう血統だろうと思う。
───一つのことにのめり込み易い性質、とでも言うんだろうか。
代々変人家系なのが、俺達の斎藤という家系だった。
そんなことよりも。
(買った物は・・・・全部あるな。なら、最初に作るのはやはり・・・・)
金を出してもらい買い込んだ物から、作れるモノを事前に考えてきたのだ。
最初は、もっと高度なモノを想定してたんだが、流石にいきなりそんなものは作れないな、と諦めたり、まぁ、色々考えた。
結果、一日掛かりで完成したものが──────
「ふぅ・・・できた・・・。」
『竿旋盤』だ。
朝の早朝から、緑青館の営繕小屋にまで入り込み、そこに残った僅かな設備も使って組み上げたのだ。
架台を材木を削って枠鋸で寸法切り氏、押し鉋で・・・・・と、細かく言ってもしょうがないな。
ともかく、架台にポペット二基、センターピンにツールレスト、駆動部の制作・・・・と、朝から時間をかけて加工していった。
正直、竿旋盤を作った経験もあった。
あったからこそ、作ろうと思ったんだが・・・・・
材料まで一から作った経験はないんだな、これが。
買い込んだ材料も、大まかな寸法が合っているだろうってだけで、正確性に欠けた品ばかりだし、それ等の調整だって必要だった。細かく語り出すと、それだけで一日が尽きそうだ・・・・。
猫猫も途中で飽きたのか、緑青館の本館の方へと行ったみたいだし、何かしらあるのだろう。
そもそも、普段は羅門が面倒を付きっきりで見るか、緑青館の女衆に面倒を見てもらうかの二択だそうだ。
・・・・・妓楼だぞ?幼女の教育に悪すぎるだろ。
なんて、思ってしまうのも、俺が現代の日本から来たからなんだろうなぁ・・・。
どうしたって、ここにいるとモヤモヤするのだ。あー・・・いや、ムラムラ・・・かな?
正直、好みの女って奴もいないんだが、それでも男だ。
相応に、溜まりはする。
ここに来るまでは、バイトづくめだったし、転移してからは羅門と猫猫の家に居候の身だ。
その辺り、結構気を遣っているのだ。一人でだってできやしない。
歳が五〇近かったってのに、そういう欲求があることに疑問を持たれるかもしれんが、これも遺伝だ。
慣れているし、制御もできるから別に不満もないんだけどな・・・・
「なんでもいいな・・・。とりあえず、初日はこれで終いか・・・。ふぅ・・・・慣れない作業ばっかりで疲れんな・・・。」
慣れない道具で、慣れない作業場。
しかも、材木の調整加工から始めなきゃならないと来た。
いくら若返った身体だとはいえ、なかなかにキツい・・・。
道具の感覚を掴む所から始めなきゃならないのも、刃物を研いでからってのも疲れた理由だろう。
現代だと、どれだけ簡単に色々できていたのか、本当によく分かる。
歴史再現系配信者の俺が言うんだ。
より一層、分かり易かろう。
「今日は、これで失礼する。猫猫も預かるよ。」
「あぁ。それじゃ、また明日。・・・・明日も来るんだよな?」
「あぁ、来るさ。猫猫は───知らん。その辺は羅門次第だろうし。」
「それは分かってるよ。・・・・ふふ、しかし、まだ数日しか経っていないだろうに。本当によく懐いてるな?猫猫は結構警戒心が強いと思ってたんだが・・・・」
「実際、強いだろう。けどたぶん、妹が居たからだろうな。コイツと本当にそっくりなんだ。なんとなく、距離感って奴が分かってるからかもしれん。」
「へぇ・・・、それだけでもない気がするけどね。まぁ、羅門さんも信頼しているようだし、売り飛ばしたりとかはしなさそうだね。」
「絶対にせん。売るとしたら、緑青館の方を売るね。まだその方が可能性が高そうだ。この娘を売るくらいなら、腕を切り落としてやるよ。」
既に、俺の中では死んだ妹と同じに見ているんだろう。
右叫とのやりとりの中、自然にそんな言葉が出てきていた。
本当に、たった二日・・・いや、三日でしかないのに、なんでこんなに・・・・・
いや、本当に妹のことが忘れられていないのかもしれないな。
「緑青館を売る、ね。それはあんまり聞き逃せないけど・・・。猫猫よりも、というその台詞に嘘はなさそうだ。・・・・というか、本当に三日しか経ってないんだよね・・・?」
話を持ち出した右叫自身が、信じられないような表情をしているのだ。
それだけ、俺と猫猫の関係が分からなくなりつつあるのかもしれない。
今も猫猫は、俺の肩によじ登り、俺の髪の毛をハンドル代わりに握って遊んでいる。
頭を叩いて、あっちに行けとばかりに指示を出しているのだ。・・・・・やめてくれ、禿げる・・・。
「まぁ、いいや。それより、進捗はどうなの?今日一日だけだし、そこまでできなかったかもしれないけど・・・。」
「そうだな・・・。そこまで進んでない。正直今日一日は、もらった道具の調整や、新しい工具作りに使っただけで終わっちまった。本番は、明日か明後日以降になるだろうな・・・。」
「分かった。そう報告しておくよ。・・・・でも、あんまり悠長にしてはいられないからね?婆様も、そこまで気が長くはないからさ。」
「分かってるよ。大丈夫だ。少なくとも五日。五日以内には仕上げる。」
「その言葉、信じてるからね?」
右叫とそう話し合い、俺は猫猫と共に羅門の家へと帰った。
しかし、本当に何故、ここまで俺に懐いてるのだろう・・・・?
それに、羅門も何故、こんな見ず知らずの俺に自分の娘を預けたりするんだ・・・・?
それは、成果もあったが、疑問も膨らんだ一日だった。
転移から三日目。三日目のその日が、終わりを告げたのだ。
「行く。行くの、あっち。」
「はいはい・・・だから、髪は引っ張んな。猫猫。やめろっての。・・った!・・・・はぁ、分かった分かった。」
「そ。そ。」
単語で話すばかりの幼女相手に、俺はため息を吐きつつも、内心は喜んでいた。
かつての妹と父と母。
家族が、全員生きていた頃のことを思い出すからだろうか・・・?
全員が全員、半ば以上、自業自得で死んだだけに、未だに家族のことを精算できていないのかもしれない。
生きている内も、死んでからも散々迷惑を掛けられた記憶がある。
嫌ではなかった。嫌ではなかったんだがな・・・。
何せ、俺もよく妹や家族に迷惑を掛けていたし、お互い様だったからだ。
「またかよ・・・」なんて言いながらも、家族同士の繋がりを実感していたのかもしれない。
今となってから、こうして猫猫と遊んでいると、そういうふうに思えてくるのだ・・・。
「猫猫。」
「あに、恋。」
「・・・長生きしろよ。」
「?あい。」
もっとハッキリも喋れるだろうに。
面倒くさがりなところがあるのも、本当にそっくりだ。
「お前は、何に興味を持つんだろうなぁ・・・?」
俺の髪の毛を弄って遊ぶこの娘の未来は、まだ今の俺には分からない。
それでも、この娘が大きく長生きすればいいと、それだけを願っている。