◇転移七日目
今日も朝から仕事だ。
今日は、売り上げもあるし、色々と買いに行ってもよかったんだが・・・・
昨日の作りかけがあるし、それを完成させてから帰ることにしようと思う。
「で、残る作業は・・・と。」
材料の無垢板を、枠鋸を使い数ミリの厚みで平行に切り分けていく。
研ぎを入れた押し鉋を用い、種木の表面を薄く紙のように切り出し、ベースとなる木箱の表面に膠で貼り付けるのだ。
角の継ぎ目が外から目立たないよう、板の端を45度の角度で正確に削り落とす。
底板と仕切り、蓋の噛み合わせを加工していき、膠を塗って箱型に組み上げ、接着するのだ。
「ふぅ・・・。また待ち時間か・・・何をするかね。」
などと、つらつら考えつつ、どうせなら遣手婆にも売り込んでみるか?と、次の日以降も、寄木細工を作ることに決めた。
使い勝手のいいように、4工程と6工程の二種類を作ろうかね。
そんなことを思いながら、俺は種木の仕込みを済ませていく。
今のうちに種木を作っておけば、明日にはまた、寄木細工を複数組み上げられるのだ。
そうして、合間の時間を縫いつつ作業を進め、俺は夕刻には一つの寄木細工を組み上げた。
「ふぅ・・・・完成だな。」
なんとか、見窄らしくはないものが完成したと思う。
「これは、猫猫用として・・・・だが、一応、売りもんになるかどうか相談しておくか。」
右叫に声を掛け、遣手婆をまた呼び出してもらう。
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「なんだい、一体!まだ、昨日のアレをどうするかは決まってないよ!」
遣手婆は、俺の呼び出しにそう言って怒鳴りながらやってきた。
しかし、生憎だが昨日の話をしたい訳じゃない。
「昨日の物については、別にどうでもいい。あとは勝手に、他所の職人にでも頼んでくれ。俺は知らん。」
「はぁ?アレをいらないってのかい?アンタ!結構な評判だったってのに・・・」
「どうでもいい。そんなことより、一度、今日作ったものも見せておきたくてな。これは猫猫にやるつもりのものだが・・・・あとになってから、アンタに色々言われるのはゴメンだからな。」
「はぁ・・・・本当に、よく分からない奴だね、アンタも・・・。で、何を見せたいってんだい?」
そうして、俺は手ぬぐいに仕舞った"寄木細工"を見せた。
紫檀と花梨、黄楊でできた手のひらに収まるサイズの箱だ。
角の継ぎ目を見せず、鍵穴や取っ手も何もない、一見すると単なる木の塊にさえ見える箱だ。
それこそが、寄木細工の真骨頂なんだろうが。
「・・・?なんだい、この木の塊は・・・」
「これは、俺の元いた場所にあった箱だ。秘密箱と呼んだりもしたな。寄木細工という名で親しまれたもので、この箱なら、こうして・・・・こうやってから、こうすると・・・ほら。こんな風に開くんだよ。」
「・・・・・・ぉ・・・ほぉぉぉぉっ!こりゃ、凄いねぇ!」
遣手婆の反応は、劇的だった。
見た目の華やかさも、端材の種類によって変えられるし、工程だって鍵の開け方だって複数用意可能なのだ。
この婆さんが、見た目通りの元妓女だっていうのなら、その価値が一瞬で分かったことにも理由がつく。
「で、どうだい?これそのものは、猫猫にやるつもりだが・・・・明日以降も作れるぞ?これを俺に作らせるのと、
昨日のリバ・・・反転碁を俺に作らせるの、どっちをやらせるんさ。あと、これ一個に、アンタならいくら出す、婆さん。」
「ふん・・・・そうさねぇ・・・。」
婆さんは、またも思案を続けた。そして───
「銀3枚だね。一つ銀3枚だよ、アンタにはね。」
「ほぉ?つまり、客には8か10で売るってことか。中々の値をつけてくれるんだな。」
「ふんっ。アンタはこれを作ってればいいよ。反転碁だったか・・・・アレは他の職人に依頼を出す。それで本当にいいんだね?」
「あぁ、とっとと出してくれ。俺には不要だ。あんなもんを連日作らされた日には、腕が鈍っちまう。嫌になって逃げ出すかもしれん。」
「はんっ!アンタがそんな玉かいっ!まぁ、どうせあんな玩具だと、どこまで長続きするのかも分からんさね。アンタにはこっちをもっと作ってもらうよ!明日から励みな!」
「あぁ、はいはい。ちゃんと作るよ。だから、アンタもちゃんと、銀を用意しておいてくれよ?」
「誰にもの言ってんだい!当たり前だよ!」
そうして、俺は、遣手婆さんへの"寄木細工プレゼン"を終えた。
ほとんど、見せただけだったが・・・・
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「右叫。いるかい?」
「いますよ、お婆。」
「あの男・・・・絶対に手放させるんじゃないよ。アレは、金の卵を産む鳥さね。逃しちゃならないよ。」
「・・・はいはい。でも、鳥である以上、いつかは巣立つよ。その時はどうすんだい?」
「そんときゃ、そん時に考えるさ!それに、アイツもここには悪い感情を持っていない様子だしね。今度は客として取り込んでやればいいだけさね!」
「くくくくっ・・・斎恋も、可哀想に。お婆に目をつけられたばっかりに。」
「何言ってんだい!右叫。私が目をかけてやったから、そこまで育てるってもんなんだよっ!感謝してほしいね!」
緑青館の遣手婆は、今日も笑顔で金を弾く。
彼女の人生は、全てをこの緑青館に捧げられているのだ。
緑青館の家族の為に・・・・・・
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◇転移八日目
朝に緑青館を訪れ、昨日仕込んでいた種木を加工して行った。
仕込みは既に済ませているのだ。
今日も、続きの作業を行なっていくのだが、今日は合間に昨日とは違う作業を挟んでいった。
「やっぱり、"クランク"じゃ通じないよな・・・。」
俺が次に作ろうと思うのは、"はずみ車旋盤"だ。
寄木細工を作りつつ、合間にこうして図面を描いていくのだ。
はずみ車旋盤を作るには、これまでに買い足してもらっている材木以外に、どうしても追加で金具類が必要になる。
要は、鉄だ。そして牛革の紐。
これらがなければ、新しい旋盤を作ることが叶わないのだ。
「こうして・・・こんな感じでいいか?あー・・・ここの職人にこれで通じるかな?・・・やっぱり、ここをこう書いて・・・。」
と、図面作りに1時間ほど掛け、作業を進めていくのだ。
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──────そして、夕刻。
「で?どうなった!完成したのかい?!」
俺が呼び出すまでもなく、緑青館の遣手婆は、俺を待ってその部屋にいた。
「あー・・・・できたぞ?一応。・・・ほれ。」
そう言って、俺は手元から二つの"寄木細工"を取り出した。
今日作りかけている物が、まだ一個残っているし、明日の分の種木も用意してあるのだ。
明日には、三個の寄木細工が、この婆さんの元に持ち込めることだろう。
「うん・・・うん・・・・いいねぇ。これは。売れるよ、間違いなくね。」
「それはいいから、とっとと金をくれ。今日は、これから行くところがあるんだよ。」
「なんだい・・・ったく。はいよ・・・右叫!コイツに銀6枚。支払ってやんな!」
「あいよ、お婆。斎恋。済まんな。じゃ、こっちに来てくれ。」
「おう」
そんなやりとりをしつつ、俺は右叫から6枚の銀をもらった。
一昨日に引き続き、これで銀9枚分の蓄えができた訳だ。
「でも、本当にいいのか?あの反転碁。」
「ん?他の職人にてやつか?別に構わんよ。あんなもんを作り続ける方が面倒。俺には作りたいもんがあんのよ、右叫。」
「へぇ?なんだいそりゃ。教えてくれんのか?」
「へっ。まぁ、完成してからの楽しみにしとけ。見たら腰抜かすからよ。」
「ははっ、そりゃいい。そんときは精々驚かねぇように気をつけるわ。」
右叫とのやりとりを終え、俺は鍛冶屋へと向かった。
今日描いた図面を持ち込み、作ってもらう為だ。
「・・・・・・・」「・・・・・・・・」「・・・・・・?」「・・・・・・・!」
「・・・・・・・」「・・・・・」「・・・・・・」
「はぁ・・・・やっと納得しやがった。図面通りに仕事すりゃいんだよ。頭の硬い阿呆が。あー・・くそっ。自分の工房がありゃ、あんな下手くそに頼まねぇで済むのに・・・・ったく。っと、次は馬具屋か・・・過ぎちまうとこだった。」
この街の鍛冶師には、クランクについての知識がない。
だからなのか、あるいは俺が一見の客だからなのかは知らないが、店の親父は俺のことを追っ払おうとしやがったのだ。
挙句に、持ち込んだ図面を見て、面倒臭い客だとでも思ったのだろう。
そのまま再度断ろうとしたんだが、俺がこれに銀3枚出すと言った途端、表情を変えやがった。
完全にボッタクリの値段だし、しかも前払い・・・・
ク◯みたいな契約をする羽目になったのだが、完成したら緑青館に持ってこいと告げた瞬間、再度、表情を変えた。
あの親父、「一度行ってみたかったんだ」なんて、馬鹿なことを言いながら仕事を始めたもんだから、どうなるか分からんのだが、とりあえずは図面通りのもんを作ってくれるだろう。恐らくは・・・・たぶん・・・。
「で、牛革の紐がほしいんだが・・・。」
「あいよ。どの程度の長さだい?太さと厚みはどうする?」
馬具屋の方では、こんなふうにアッサリと商品の購入が済み、その日はそのまま帰宅した。
「はぁ・・・。あのク◯オヤジ・・・何かやらかさなきゃいいが・・・。」
馬具屋では、銀0.8枚分使うこととなり、鍛冶場では、銀3枚。
合計、"銀3.8枚"の浪費だ。
【残金:銀5.2枚】
「こんな調子でやっていけんのかね・・・」