◇転移九日目
昨日、帰ってから猫猫と話してみると、どうやら寄木細工のおもちゃは気に入ってくれたらしい。バラし方は教えなかったのだが、「大事なモノを隠しておくのに使うといい」という言葉通り、大事な何かを入れる箱として使ってくれているようだ。
嬉しい。
それはそうと、今日も朝から寄木細工を三つほど組み上げ、翌日の三つ分の仕込みも済ませ、婆さんの所へと向かおうとした時のことである。
「だから!ここの人間に頼まれたんだっての!ほら、これ!だからさぁ・・・茶の一杯でも出してくれないか?俺ぁ、客だぜ?客相手なら、相応の対応って奴があるだろうが!」
「五月蝿いよっ!一体、なんの騒ぎだい!」
外からそんなやりとりが聞こえてくる。
どうにも、外から来た誰かと婆さんがやりあっているらしい。
(・・・もしかして、これ昨日の鍛冶屋か?・・・あん野郎、これが目的かぁやっぱり。分かってねぇのか、あのボケカスがぁぁ!)
昨日の時点で予想のついたことではあった。
しかし、俺自身が面倒を嫌って、あの鍛冶師と取引を取り付けたばかりに、表では騒ぎになっているようだ。
「客だよ客。ちゃんと、相手してくれないと困るなぁ?」
「何が客だよっ!払う金もないくせに!とっとと失せなっ!右叫!」
「はいはい。」
「あー・・・・右叫。ちょっと待ってくれ。」
「ん?」
「おい、このボケ。」
「あ"ぁ"?」
「頼んだもんはできたのか?」
「おう!だが、コイツらが入れてくれないんだよ!お前ぇからもなんとか言ってやってくれ!」
「なぁ・・。誰がそんなこと言った?」
俺が頼んだのは、クランクなどを作って持ってこいというところまでだ。
しかも、この野郎は、俺から銀3枚も巻き上げた末に、こうして騒ぎを起こしている。
──────俺としては、許せたものではなかった。
「済まんな、右叫。迷惑かけた。婆さんもすまん。・・・・コイツは俺がもらってくわ。」
「・・・・・それはいいけど、後で事情を話な!」
「・・・いけるのか?」
「問題ねぇよ。ほら、こっち来い。」
「な、なんだよっ。キッチリ仕上げてきただろ?・・おい、・・・・おいってばよっ!」
俺は、馬鹿を引き摺って、そのまま花街の外れへと向かっていく。
羅門の家のある方ではない。
もっと、裏側のタチの悪い場所の方だ・・・
俺自身、転移から九日目ともなれば、この街の性質について詳しくもなったのだ。
どこが危険で、どこが安全なのか。
危険の程度も、どのレベルなのか・・・・とかな。
刃物の類は持っちゃいないが、それでも木片を使った武器くらいは用意してある。
まぁ、尖った木片の仕込みや、単純な目潰しに使える飛び出す砂程度のモノだったりと、本当に簡単なモノばかりだが。
そもそもの話、これでも昔から田舎の山で生活してたんだ。
都会じゃなく、山でな。
足腰は鍛えられてるし、馬鹿な奴が山を荒らしにきた時だって腕っぷしで解消してきた。
この世界の不良連中のように、なんの理屈もない暴力でやり合おうという連中程度には、負けるつもりもないのだ。
「っ!な、何すんだ!んの野郎!」
鍛冶場のオヤジが、俺に殴りかかってくるが、この程度の拳にビビる俺でもない。
現代の危険地帯のように、銃器を持って脅される訳でもないこの世界で、俺の脅威となるような者は少ないのだ。極めて。
「本当によぉ・・・俺の面子を潰しやがってよぉ・・・。あそこで仕事できなくなったらどうしてくれるんだ?あぁぁ!!!」
「な、なんだよ・・・。べつにいいだろ、茶の一杯くらい奢って貰ったってさぁ!」
「それだけじゃねぇだろぉが!!テメェ、良からば禿か妓女と懇ろになれればなんて阿呆なこと考えてただろ?それがダメだってんだよ。しかも、強引に俺の名前で押し入ろうとしたよな?これのどこが、俺の面子を潰さない行為なんだ?あぁ?」
面子がどうとかの話になっていたが、そもそもこの鍛冶場のオヤジには、俺の面子に気遣う必要などない。だから、この言葉も、それこそ言い掛かりに過ぎないのだが・・・・。
「わ、わるかったよ・・・。けどさ・・ほら、こうして作ってきただろう?なっ?なっ?」
「・・・・・汚ねぇ仕事だ。ったく。ここらの職人にはこんなのしかいねぇのかよ・・・。はぁ・・・。」
男の持ってきたクランクや主軸棒は、見た目の形こそ整っていたが、細部が荒れていて杜撰としか言いようのない仕事ぶりだった。この世界の技術レベルだと、こんな程度でも優秀と呼ばれるほどの腕になるんだろうか・・・・。ほとほと、度し難い。
自分の鍛冶場が持てないこともそうだが、こんな男でも自由に職人としてやれているのに、俺にはまだまだそれが叶わないことが・・・・・殊の外、度し難いのだ。
そんな時、数人のゴロつきが、棍棒や小刀を持って現れた。
(1、2、3・・・5人か。)
「へへへ・・・。いけないなぁこんなとこに来るなんてよぉ。」
「な、なんだ、なんなんだよっ!」
鍛冶場のオヤジが、地面に腰を付きながら威嚇しているようだが、まるで相手には通用していない。
当たり前だが、腰抜かしながら威嚇などしても通用するはずないだろうに・・・。
「じっとしてろ。」
「あ?お、おい!」
俺は、鍛冶場のオヤジにその場でじっとしているように告げ、5人のゴロつきの前へと出ていった。
「あん?なんだお前ぇ。金出せよ。金を出したら、ここから出してやってもいいぜぇ?」
「死ね。」
こんな連中と問答する気もない。
それに、ここならば官憲が訪れることもないそうだ。
死体さえも、あっという間に片付けられ、薬や肉としても利用されると聞いている。
コイツらの肉を食いたいとは、到底思えないが・・・・それでも、いいかげんこの世界にも慣れなきゃならないんだろう。
それに・・・・、俺は昔から、この手のことには疎いのだ。
やり過ぎて、教師から注意を受けたこともある。
とはいえ、田舎の学校だったからなぁ・・・。
喧嘩などには無頓着で、学生同士の喧嘩なんてありきたり、骨折くらいなら当たり前にあるような学校だったんだが。
死ぬ前の現代日本では、考えられないほど野蛮なんだろうなぁ・・・。
そんなことを考えられるだけの余裕もあった。
大体の話、山の管理もしていたのだ俺は。
山奥に不法投棄しにくる連中や、本当によく分からない外国人集団。
たまに、人を殺して埋めてやろうなんて奴も、来たことがある。
ヤクザみたいな奴らもたまに訪れるし、時折、熊も出るくらいだ。
体なんて、鍛えてなけりゃ生きていけない。
ましてや、先祖代々継いできた山だったんだ。・・・今となっちゃどうなったのか分からんが、それでも守ってきたんだよな。
そうして鍛えられたのが、今の俺である。
多少若返った程度で、そこらのチンピラに負けるほどの技量じゃない。
しかも、ここだったなら、殺しさえもアリだ。・・・・いや、むしろそうしないと負けるかもしれない。
俺は、仕込んでいた木片のナイフを手元で掴み、そのまま目の前のゴロつきの首へと突き出した。
「なっグボっ!」「て、てめぇ!」
焦ったように、他の四人も動き出す。
しかし、その頃には首を斬った男を、右側のゴロツキ2人に押し付け、俺はそのまま左の二人へと向き合っていた。
棍棒と小刀を振り上げ、襲いかかってくる男等に対し、俺は棍棒の男を引っ張ることで、小刀の男の壁にしてやった。
そうしてそのまま、首を掻き切る。
左の小刀の男は、仲間に小刀が刺さってグダグダとやり始めたが、待ってやるだけの道理もない。
そのまま空いている左手で首を捻り上げ、終わらせた。
が、まだ争いは終わってない。
まだ二人ほど残ってるのだ。
だが、あとは消化試合だろう。
そのまま腕を捻り上げてへし折り、そのまま首の骨も砕いて、事を終えた。
「ふぅ・・・。おい、無事だな?」
一応、確認の為に声を掛ける。
ちなみに、始まってから終わるまでは、1分も掛かってないと思う。
だから、あのオヤジも、逃げる間もなかったのだろう。
「あ、あぁぁぁ・・・・」
死体を見るのには慣れてても、人殺しには慣れてないんだろうか?
オヤジはビクビクとビビり散らしながら、俺から後退りしていた。
「無事かと聞いている。答えろ。」
「ぶ、無事だ!た、助かった。」
助かったと、口にしてはいるが、表情はまるで助かっていないようだ。
俺に殺されるかもしれないと、今になって思ったのだろう。
「安心しろ。俺に従うのなら殺さない。いいな?」
「・・・・っ」
ブンブンと風が起きそうなほど、オヤジは勢いよく縦に首を振っていた。
「なら、たまにでいい。俺にも鍛冶場を使わせろ。材料も俺が用意するから面倒はかけん。ただ、俺の邪魔はするな。」
「そ、そんなことでいいのか・・・・?」
「あぁ。あと、お前嫁はいないのか?」
見た目的に40か、40後半といった所だろう。
この年齢にもなれば、妻や子の一人くらいはいるだろうが・・・・
「・・・・いねぇよ。五年前に実家に帰ったっきりだ。」
「そうか・・・。子供もか?」
「あぁ。もうずっと会ってねぇ。」
(あぁ、それでこの男・・・・)
緑青館に突っ込んできたのも、その辺りに原因があるのだろう。
だが、こんな男でも嫁がいたのか?そこに一番驚いている。
・・・・なんで、俺に嫁ができんのだ・・。
「なら、人は?住み込みでやってくるような奴はどうなんだ?」
「住み込みは俺だけだよ。夜は俺一人だ。昼間は通いの丁稚を雇ってるからよ。」
「なら、夕方以降は空く訳だな?なら、そこから借り受けたい。あるいは、日中の暇な時があれば教えろ。それと、嫁が欲しいなら、もっと見た目に気を遣え。今のままじゃ、どうしたって無理だぞ。」
伸び散らかした髭に、何日も風呂に入っていないだろう体。
洗っていない着替えもしていないだろう服装・・・。
これで嫁が寄ってくるというのなら、そいつは特殊性癖に間違いあるまい。
どう考えても、女の寄ってくる格好とは思えなかった。
「見た目・・・?」
「風呂に入って服を洗え。髭も剃れ。それだけで大きく変わるから。それ以上は知らん。匂いと格好がマシになったのなら、緑青館の妓女と、茶の一杯でも交わせるように手伝ってはやろう。」
「お、おぉ!本当かっ!?」
男は、俺の言葉に表情を一変させた。
見た目的には結構歳がいってそうなのに・・・・もしかするともっと若いんだろうか?
「・・・・お前、歳幾つなんだ?」
「あ?34だが・・・それがどうした。」
34?嘘だろ・・・。
思ってたのより、10歳近く若かったようだ。
どうやら、不摂生が祟ったのか、もしくは元からの顔が原因か。
どちらにしろ、まだまだ現役の歳らしい・・・・
「老けてるねぇ・・。」
「るせぇ、んなこと分かってらぁ・・・。」
オヤジは、俺の言葉に力無く俯いた。
どうやら、自分でも自覚があるらしい。
(それか、もしかすると前の嫁との間に何かあったのかね・・・?)
「まぁいい。それより、お前さん名前は?俺は"斎恋《サイレン》"だ」
「あん?俺か?俺ぁ、趙鉄《チョウテツ》だ。」
「なら、趙鉄。これから頼んだぞ?」
「おう、まかせろ」
──────鍛冶師の"趙鉄"との繋がりができた。
で、この後、緑青館に戻ったのだが・・・・
遣手婆にしっかりと怒鳴りつけられたのは、言うまでもないことだろう。
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寄木細工:三個:銀3枚/個
斎恋:手持ち残高:"銀14.2枚"
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