鍛錬を終えた俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
ヒソカとの差を埋めるには、何が必要なのか。
考えれば考えるほど、単純な答えでは済まなくなっていく。
速く動けるようになればいい。
攻撃の手数を増やせばいい。
ダブルとの連携を磨けばいい。
どれも間違いではない。
だが、それらを一つずつ積み上げていくだけで、本当に間に合うのだろうか。
俺はふと、原作のヒソカとクロロの戦いを思い出した。
クロロは複数の能力を使い、観客すら戦術に組み込んでいた。
能力を切り替え、状況を操作し、相手に情報を与えることまで計算に入れる。
単純に速く動くことだけが、強さではない。
相手の能力を理解し、戦場を自分に有利な形へ変え、勝利に必要な条件を整える。
クロロはそうしてヒソカを追い詰めた。
もっとも、あの戦いを見て、俺が同じことをできると思うほど楽観的ではない。
クロロには、長年積み重ねてきた経験と、多彩な能力がある。
俺には、そこまでの手札も、準備に費やせる時間もない。
漫画で読んだ展開を覚えていることと、同じ戦術を実行できることは別だった。
知識があれば、相手の選択肢を予測する助けにはなる。
だが、予測できたところで、身体がついてこなければ意味がない。
逆に、どれだけ速く動けても、相手の仕掛けに気づけなければ、その速さを活かすことはできない。
必要なのは、速度と判断力、そして状況に応じて使える手段。
それらを組み合わせて、ようやく勝機が生まれる。
「……簡単じゃないな」
口に出してみても、当然ながら答えは出なかった。
俺は改めて、自分の念能力に意識を向ける。
ダブル。
自分と同じ姿をした分身を具現化し、操作する能力。
二つの身体を使えることには、明確な利点がある。
片方に攻撃させ、もう片方から仕掛ける。
一方が相手の注意を引きつけている間に、もう一方が別の角度から攻める。
相手に対応を強いるという意味では、十分に強力な能力だ。
問題は、その強みを戦闘で発揮するまでに、どれだけの習熟が必要なのかということだった。
分身を思いどおりに動かす。
本体と分身の動きを連動させる。
相手の動きに対応しながら、二つの身体を使って攻防を組み立てる。
練習すれば、今より上手くなるだろう。
だが、どこまで上達すればヒソカと戦えるのか。
その水準に到達するまで、何か月かかるのか。
そもそも、どれだけ練習しても、二つの身体を同時に扱うという構造そのものは変わらない。
もちろん、熟練すれば意識的に処理する必要が減り、動きが自然になる部分もあるはずだ。
それでも、ダブルの習熟に時間を使うほど、ほかの鍛錬に費やせる時間は減っていく。
身体を鍛える時間。
虎咬拳を磨く時間。
相手の動きを見極め、反応するための訓練。
念そのものへの理解を深める時間。
どれも、戦ううえでは必要になる。
そして俺は、知っている。
ダブルを使いこなすことに力を注いだ先に、原作のカストロがたどり着いた結末を。
あいつは弱かったわけではない。
ヒソカと戦えるだけの実力を持ち、ダブルという強力な能力も完成させていた。
それでも敗れた。
もちろん、敗因を一つに決めつけるつもりはない。
能力の相性だけが原因だったとも、経験不足だけが原因だったとも言い切れない。
だが、少なくとも、ダブルを極めることだけでヒソカを超えられるわけではなかった。
ならば、俺はどうするべきなのか。
ダブルを捨て、基礎から鍛え直すか。
いや、それも違う。
今の俺がダブルを手放したところで、急にヒソカと渡り合えるようになるわけではない。
分身を使えること自体は、明確な強みだ。
その強みを捨てて、別の道に進むだけの根拠は、まだ足りていない。
そもそも、俺はダブルを完成させるために努力してきた。
自分の能力として形にし、使い方を考え、可能性を探ってきた。
それを簡単に切り捨てられるほど、割り切れているわけでもなかった。
「……使い方を変えるだけじゃ、駄目なのか?」
ふと、そんな考えが浮かんだ。
ダブルをもっと上手く使う。
それは、今まで考えてきたことだ。
だが、上手く使うことと、能力そのものを戦闘向きに変えることは、同じではない。
たとえば、今の能力に何かを付け加えるのではなく、必要な機能だけを残すとしたら。
あるいは、今まで当たり前だと思っていた仕組みを、別の形に組み直すとしたら。
そうすれば、ダブルの利点を残したまま、習熟に必要な時間や、戦闘中の負担を減らせる可能性はないだろうか。
もちろん、思いつきにすぎない。
念能力が、都合よく望んだ形へ変わってくれる保証はない。
制約を加えるにしても、何を条件とし、何を代償にするのか。
何を残し、何を諦めるのか。
そこを間違えれば、今より使いにくい能力になるだけかもしれない。
それでも。
今までの能力をそのまま磨き続けるか、すべてを捨てて別の道を探すか。
その二択しかないと思い込んでいたことに、俺は気づいた。
ダブルを完成させたとき、俺は自分の可能性が広がったと感じた。
ならば、その可能性を広げる方法は、本当に今の形を磨き続けることだけなのだろうか。
俺は右手を開き、握り直した。
まずは、ダブルの何が強みで、何が負担になっているのかを整理する必要がある。
それぞれを切り分けたうえで、残す価値のあるものと、手放すべきものを考える。
答えが見つかるとは限らない。
考えた末に、今の能力を使い続けるという結論に戻る可能性だってある。
それでも、試す価値はある。
俺は鍛錬場を後にした。
明日からも修練は続ける。
ただし、これまでと同じ問いを繰り返すつもりはなかった。
どうすればダブルを上手く使えるのか。
その先に、もう一つの問いがある。
そもそも、俺は今のダブルを、そのまま使い続ける必要があるのだろうか。