翌日。
俺は鍛錬場で、ダブルを発動させた。
目の前に現れた分身は、俺と同じように両腕を構える。
その姿を見ながら、昨日から考えていたことを整理した。
全身を再現する必要はないのではないか。
俺が求めているのは、もう一人の俺そのものではなく、戦闘に必要な機能なのかもしれない。
特に、腕。
虎咬拳では、十本の指を使って相手を捉え、食らいつき、抉る。
だが、腕の役割はそれだけではない。
拳や指先を一点に叩き込むこともできる。
腕を振る勢いを攻撃に変え、手刀や裏拳を放つこともできる。
相手の攻撃を逸らし、腕を掴んで動きを制限することもできる。
腕は、それ自体が多くの戦闘動作を可能にする部位だ。
ならば、もう一組の腕を具現化することには意味がある。
問題は、その腕に何をさせるかだった。
あらゆる動作を自由に行える腕を作るなら、ダブルと同じように、多くの選択肢を扱う必要がある。
それ自体が悪いわけではない。
だが、今の俺が求めているのは、何でもできるもう一組の腕ではなかった。
必要な機能を選び、それ以外を切り捨てる。
そうすることで、別の強さを得られないだろうか。
俺はダブルを消した。
そして、自分の背中に意識を向ける。
そこから、もう一組の腕が生えてくる様子を思い描いた。
肩の位置。
肘の曲がり方。
手首の向き。
指先の形。
人間の腕を再現すること自体は、ダブルの一部を具現化するのと大きく変わらないはずだ。
俺はオーラを集中させた。
背中に違和感が生じ、肩から先の形が浮かび上がる。
もう一組の腕。
細部を整えるには集中が必要だったが、形を作ること自体はできた。
俺は、その腕を動かした。
肘を曲げ、手首を返し、指を開く。
腕は俺の意識に応じて動いた。
動かすこと自体に、大きな問題はない。
だが、自由に動かせるということは、それだけ多くの動作を可能にするということでもあった。
手首の角度を変えれば、指先の向きも変わる。
肘や肩の動かし方によって、攻撃の軌道も変わる。
それらを組み合わせれば、動作の種類は際限なく増えていく。
腕を再現するということは、単に一本の武器を作ることではない。
多様な動きを可能にする身体の一部を、そのまま持ち込むということだった。
俺は具現化した腕を消した。
必要なのは、腕の自由な再現ではない。
その機能のうち、何を残すかを決めることだ。
俺は鍛錬場の中央に立ち、動作を整理した。
まずは、打突。
拳や指先を、狙った一点へ叩き込む。
次に、振り回し。
腕を振る勢いを攻撃に変える。手刀や裏拳も、この動作に含められる。
三つ目は、受け流し。
相手の攻撃を正面から受け止めるのではなく、力の向きを変えて逸らす。
四つ目は、掴み。
相手の身体や腕を捉え、動きを制限する。
そして、五つ目が爪撃。
十本の指先を使い、相手を引っかき、抉る。虎咬拳の特徴を生かすための動作だ。
打突、振り回し、受け流し、掴み、爪撃。
攻撃と防御に必要な働きを、この五つに分類する。
もちろん、これですべてを網羅できるわけではない。
細かな手の操作も、複数の動作を自由につなぐ連携も、状況に応じて軌道を変える動きもある。
五つに絞るということは、そうした自由を失うということだった。
だが、それは腕を不完全な形で再現するという意味ではない。
本来なら多様な動作ができる腕から、必要な働きだけを選び取る。
俺は再び腕を具現化し、五つの動作を順に確かめた。
打突では、拳を前方へ突き出す。
振り回しでは、腕を横へ振り、手刀を放つ軌道を取る。
受け流しでは、斜めに腕を動かし、相手の攻撃を逸らす動きをなぞる。
掴みでは、指を閉じて対象を握る。
爪撃では、指を開き、十本の指先を攻撃に使う形を取る。
どれも、腕が本来持っている動作だった。
特別な動きを生み出す必要はない。
何をできるようにするかではなく、何をできないようにするか。
その選択が、能力の形を決めることになる。
俺は腕を消した。
五つの動作を選んだだけでは、まだ不十分だった。
具現化した腕は、五つの動作を自由に切り替えられるのか。
それとも、一度選んだ動作だけを行うのか。
動作が終わった後も腕を維持するのか。
あるいは、動作の完了と同時に消えるのか。
そこで、ふと別の能力を思い出した。
カイトの気狂いピエロ。
具現化した武器を扱う、あの能力だ。
詳しい仕組みのすべてを知っているわけではない。だが、具現化するものの形だけでなく、その扱い方や制約まで含めて能力が成り立っているという点は、考えるうえで参考になる。
俺が今考えている腕も同じだ。
どんな動作を行えるのか。
それだけでなく、いつまで存在できるのか。
そこまで決めて初めて、一つの能力として形になるのではないか。
例えば、具現化した腕を自由に消せるようにする。
必要なときに呼び出し、役目を終えれば消す。使い勝手はいいが、消失の自由を制限することにはならない。
反対に、一度具現化した腕を、自分の判断では消せないようにする。
そうすれば、必要がなくなっても腕が残る。使い勝手は悪くなるが、その不自由さを強化につなげられる可能性はある。
さらに、選択した動作が完了すると同時に、腕が消えるようにする方法も考えられる。
打突を選んだなら、打突を行う。
爪撃を選んだなら、爪撃を行う。
動作が終われば、腕は消える。
そこから別の動作へ移るには、改めて能力を使わなければならない。
一つの動作に機能を限定するだけでなく、腕が存在できる時間まで制限することになる。
もちろん、まだ候補を並べただけだ。
どの条件が適切なのかは分からない。
制約を増やすこと自体が目的になってはいけないし、不自由にした分だけ必ず強くなるわけでもない。
何を捨てることに意味があるのか。
自分にとって重要なものを、どこまで手放せるのか。
その代わりに何を得たいのか。
そこまで考えたうえで、制約を選ばなければならなかった。
俺は両手を見つめた。
虎咬拳を使うなら、十本の指を自由に扱えることには大きな意味がある。
それでも、新しい能力に同じ自由を求める必要があるとは限らない。
本体の腕でできることと、具現化した腕に任せること。
それぞれの役割を分ければ、今までとは違う戦い方ができるかもしれない。
ダブルをそのまま使い続けるのか。
それとも、必要な機能だけを残し、別の能力へ作り変えるのか。
まだ、答えは出ていない。
だが、腕に何を求めるのかは、少しずつ明確になってきていた。
俺はもう一度、構えを取った。
次は、選んだ動作にどのような制約を設けるのか。
そして、その制約によって何を得ようとするのか。
そこを決めなければ、先には進めなかった。