翌日。
俺は鍛錬場で、いつものように虎咬拳を繰り返していた。
踏み込み、両手を繰り出す。
十本の指を目標に届かせ、力を込め、左右の動きを連動させる。
何度も繰り返してきた動作だ。
身体が覚えている。
それでも、毎回まったく同じように動けるわけではなかった。
踏み込みの位置がわずかにずれる。
右手を出すタイミングが早すぎる。
両手の動きが噛み合わず、力がうまく伝わらない。
普段なら、その程度の誤差は修正しながら鍛錬を続ける。
だが、今日は違った。
俺は動作を止め、その直前に何が起きていたのかを考えた。
どこを狙っていたのか。
どのタイミングで動こうとしたのか。
実際には、どこへ動いていたのか。
頭の中にある動作のイメージと、現実の身体の動き。
その二つは、完全には一致していない。
意識すれば修正できる。
だが、修正するには、まずズレに気づかなければならない。
そして、気づいてから動きを直すまでにも、わずかな時間が必要だった。
「……ここか」
俺は拳を下ろした。
足りないものが、少しだけ見えた気がした。
単純な筋力や攻撃の威力だけではない。
自分の動きを正確に把握し、必要な修正を判断し、それを身体へ反映させる。
その一連の過程にも、改善の余地がある。
ヒソカとの戦いでは、こちらが動作を修正するまで相手が待ってくれるわけではない。
判断の遅れは、攻撃を外すだけでなく、反撃を受ける原因にもなる。
ならば、動作の精度を高めるだけでは足りない。
判断を速くし、判断したことを身体へ伝え、実際の動きに反映させるまでの遅れも減らす必要がある。
俺は再び構えた。
今度は速さを求めず、動作の正確さだけを意識する。
踏み込みの位置。
腰の回転。
肩から腕へ伝わる力。
指先が目標に届くまでの軌道。
一つずつ確認しながら動くと、普段は意識していなかった小さなズレが見えてきた。
修正する。
もう一度動く。
また別のズレに気づく。
終わりのない作業だった。
それでも、ただ回数を重ねるより、得られるものは多いように思えた。
やがて俺は、鍛錬を中断した。
このやり方を続ければ、技の精度は上がるだろう。
だが、すべての動作を意識して修正していては、戦闘の速度についていけない。
一つの動きを確認している間に、相手は次の動作へ移ってしまう。
必要なのは、修正の精度だけではない。
そもそも、今までより細かく身体の動きを捉えられれば。
相手の動きに含まれるわずかな変化を、より早く認識できれば。
判断に使える情報が増えれば、選べる行動も変わるかもしれない。
俺はそこで考えを止めた。
それは、今の俺にできることなのだろうか。
身体の動きを意識して修正することと、認識や判断そのものを変えることは別だ。
鍛錬だけでどこまで到達できるのか。
念能力によって、その過程を補助できるのか。
まだ分からない。
ただ、ダブルを別の形に作り替えるのなら、こうした問題を放置したままでは意味がない。
もう一人の身体を増やすことに、どれほどの価値があるのか。
それよりも、自分自身の身体を、今より正確に扱えるようにする方が重要なのではないか。
俺は両手を開き、指先を見つめた。
虎咬拳は、十本の指を使う技だ。
一本一本の指が役割を持ち、両手が連動することで、初めて本来の威力を発揮する。
その動きを、もっと細かく制御できたなら。
今まで届かなかった攻撃が届くかもしれない。
相手のわずかな隙を、逃さず捉えられるかもしれない。
だが、考えただけで実現できるものではない。
何を強化すれば、その結果につながるのか。
どれほどの効果が得られ、代わりに何を失うのか。
確かめなければならないことは、まだ多かった。
俺は再び構え、虎咬拳を繰り出した。
今度は、ただ強く打つためではなく。
自分が何を見落とし、何を修正できていないのかを知るために。
その小さな差の先に、今の自分を変える手掛かりがある気がした。