どれくらい、そうしていたのだろう。
気づけば、拳を握りしめていた手から力が抜けていた。
呼吸を整え、頭の中に浮かんでは消える記憶を整理する。
まずは、ヒソカについてだ。
伸縮自在の愛(バンジーガム)。
薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)。
どちらも、漫画で読んだ知識として覚えている。
だが、知っていることと、実際に対処できることは違う。
念能力の性質を知っていたところで、戦闘中に何を仕掛けてくるのか、どのタイミングで使うのかまでは分からない。
それに、俺が覚えているのは漫画の内容だ。
自分が経験した戦闘の記憶ではない。
カストロがヒソカに敗れたことは知っている。だが、戦いの細部をすべて正確に思い出せるわけではなかった。
そもそも、今はいつなのだろう。
俺がダブルを完成させたということは、少なくとも念能力を習得し、ここまで鍛錬を積み重ねてきた後だ。
原作のカストロも、ダブルを使ってヒソカと戦っていた。
ならば、その戦いより前なのは間違いない。
原作の展開を知っているからといって、今の状況まで完全に一致しているとは限らない。
俺が記憶を取り戻したことで、何かが変わった可能性だってある。
考えれば考えるほど、確かなことが少なかった。
だが、一つだけ確かなことがある。
俺は、ヒソカと戦わなければならないわけではない。
天空闘技場に居続ける必要はない。
別の場所へ移り、戦うことを避けながら生きていく道だってある。
原作のカストロがヒソカと戦ったからといって、俺まで同じ道をたどる必要はないのだ。
そう考えると、ほんの少しだけ呼吸が楽になった。
逃げればいい。
勝てるかどうかも分からない相手に挑み、命を落とすくらいなら、逃げてしまえばいい。
名誉も、執着も、今の俺には命より大切なものではない。
少なくとも、死ぬと分かっている戦いに、自分から飛び込む理由はなかった。
それでも、すぐに行動を決めることはできなかった。
今の生活を捨てて、どこへ行くのか。
これまで積み重ねてきた鍛錬を、これからどう生かすのか。
そして、仮に逃げるとして、いつまで逃げ続けるのか。
考えるべきことはいくらでもあった。
何より、原作の知識だけを頼りにしても、これから先を生き抜ける保証はない。
俺が知っているのは、あくまで漫画として描かれた物語だ。
そこに描かれていない出来事もあれば、俺が覚えていないこともある。
この世界は、俺の知識どおりに進むとは限らない。
だからこそ、今の自分に何ができるのかを知らなければならない。
視線を落とす。
そこには、俺が長い時間をかけて完成させた念能力があった。
ダブル。
自分と同じ姿をした分身を生み出し、本体と連携させて戦う能力。
完成したときは、これでさらに強くなれると思った。
だが、原作のカストロは、この能力を使ってヒソカに敗れた。
その事実が、今までとは違う意味を持って迫ってくる。
この能力を鍛えれば、ヒソカに勝てるのか。
それとも、この能力にこだわること自体が間違いなのか。
答えは出ない。
ただ、目の前にある自分の能力が、急に頼りないものに見えた。
俺は拳を握り、ゆっくりと開いた。
逃げるにしても、戦うにしても。
まずは、自分が何を持っているのかを知らなければならない。