紙の端に書いた文字を、俺は何度も見返していた。
ダブルを、二度と使えなくする。
たった一行。
だが、それを実行すれば、今まで積み重ねてきたものの一部を、自分の手で永久に失うことになる。
ダブルは、俺が長い鍛錬の末に完成させた能力だった。
全身を具現化し、自分とは別の場所から攻撃する。
本体と分身で相手を挟み込み、複数の方向から圧力をかける。
必要なときに現れ、役目を終えれば消す。
使い方を磨けば、戦術の幅はさらに広がる。
それを捨てる。
単に使わないと決めるのではない。
使いたくなったときにも、二度と使えないようにする。
俺は目を閉じた。
ヒソカの姿が浮かぶ。
あの男を前にすれば、今の俺は恐怖で動けなくなるかもしれない。
だからこそ、ダブルを完成させたときには希望があった。
分身を使えば、有利に戦えるのではないか。
自分の代わりに危険を引き受けさせれば、生き残れる可能性が上がるのではないか。
ダブルは、単なる戦闘手段ではなかった。
俺が積み重ねてきた努力であり、死の結末を変えるための手段でもあった。
それを手放して、本当に勝てるのか。
答えは出ない。
新しい能力がダブルより優れている保証などない。
制約を増やしたところで、望んだ強化が得られるとも限らない。
選択を誤れば、俺は自分の武器を失っただけで終わる。
それでも、今のダブルを磨き続けることにも危険はある。
習熟には時間がかかる。
戦術を組み立て、相手の反応に対応し、二つの身体を連携させる技術を磨く。
そのすべてを、ヒソカと戦うまでに身につけられるとは限らない。
俺には、いくらでも準備に時間を費やせるわけではなかった。
俺は立ち上がり、ダブルを発動させた。
目の前に、もう一人の俺が現れる。
互いに構えを取り、踏み込む。
分身が拳を繰り出すのに合わせ、俺は別の角度から攻めた。
一方が相手の意識を引きつけ、もう一方が死角へ回り込む。
一人では作れない攻撃の角度。
相手が対応すべき対象を増やすこと。
本体とは別の位置に、もう一つの身体を置けること。
ダブルには、確かな強みがあった。
動きの精度には、まだ改善の余地がある。
それでも、鍛錬を重ねれば、連携をさらに洗練させることはできるだろう。
俺は動きを止めた。
目の前にいる分身を、じっと見つめる。
「……本当に、これでいいのか」
呟いても、答える声はない。
当然だ。
この選択をするのは、俺自身なのだから。
ダブルが弱いから捨てるのではない。
使いこなせないから、逃げるのでもない。
俺が必要としている強さと、ダブルが持つ強みが、必ずしも一致しない。
今の俺には、その違いを無視できなかった。
俺は分身を消した。
静かになった鍛錬場で、自分の両手を見下ろす。
これから作る能力は、もう一人の自分を生み出すものではない。
自分の身体を、より精密に扱うためのものだ。
必要な機能を選び、不要な自由を手放し、その代わりに戦闘で必要な力を求める。
そのためには、ダブルの仕組みそのものを変えなければならない。
俺は、紙に書いた制約をもう一度確認した。
外部に全身を具現化する自由を捨てる。
自分の身体から、限られた役割の腕だけを具現化する。
その腕は、選んだ動作を終えるまで自由に消せない。
そして、ダブルそのものを封じる。
最後の一行に、視線を戻した。
怖くないわけがない。
この先、選択を後悔する日が来るかもしれない。
それでも、ダブルを残したまま新しい能力を作るつもりはなかった。
二つの能力を都合よく使い分けるのでは、捨てると決めた意味がない。
俺は、紙を折って脇へ置いた。
まだ、能力の細部は完成していない。
どの機能をどこまで強化できるのか。
腕の制約が、どのような力につながるのか。
実際に組み立て、確かめる必要がある。
だが、一つだけ決めた。
俺は、ダブルを封じる。
その自由を取り戻せないことも含めて、選ぶ。
胸の奥には、まだ恐怖が残っていた。
それでも、俺は目を逸らさなかった。