ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第十話

 腹に響く重音が一歩踏み出すだけで辺りに響く。

 皮膚をピリピリと刺すような痛みが微かに奔る。

 黒い光沢が光る六本の足で、汚染獣は大地の上に降り立った。

 幼性体、雄性体、雌性体。

 それら全ての脅威がまるでお遊びに思えてしまうような圧倒的ともいえる存在感。

 背筋に這い上がる圧迫感に、セヴァドスは微かに体を震わせる。

 恐怖心?

 そんな殊勝な感情はセヴァドスの中に存在しなかった。

 

 この感情を表す言葉は、まさしく歓喜の一言である。

 

 老性二期。

 グレンダンでは、主にこの段階から、天剣授受者以外の武芸者の参加が制限されている。

 この措置は、不要な犠牲を生まないために作られており、グレンダンの武芸者が弱いからでは決してない。

 老性二期以上の汚染獣がそれ以上に化け物過ぎるからである。

 通常の都市なら間違いなく半壊、学園都市なら確実に全滅するだろう完璧なる化け物。

 化け物に対抗できるのは同じ天剣授受者(化け物)だけ。

 セヴァドスはその化け物と戦ってみたかった。 

 兄であるサヴァリスや友人であるレイフォン達が戦う姿を、いつも念威の向こうから歯痒く見ていたのである。

 故にセヴァドスは笑いを堪えることができなかった。

 

 『何を笑っているんですか? 気持ち悪い』

 「いえ、すみません。 ただこの場にいることに幸福を感じていたのです」

 

 ヘルメットで表情が隠れているセヴァドスを、唯一見ることができるフェリが暴言を吐く。

 だが、それでもセヴァドスは笑うことを止めない。

 この感情を抑えることができないからだ。

 

 全身に剄を流し、ゆったりとした構えを取る。  

 その瞬間、突然セヴァドスの視界が一瞬暗くなり———そして辺りに轟音を響かせた。

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 まるで爆発物が炸裂したかのように、荒廃した大地が容易に抉られ、周囲にはその衝撃で石つぶてが舞う。

 その一つ一つの飛来物をかわしながらセヴァドスは後方へと跳ぶ。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 重濃度の剄で高められた脚力で、セヴァドスはその場から距離を取る。 

 視線の先の汚染獣を警戒しながら、その向こう側に立つレイフォンの姿を確認すると、セヴァドスは口を開く。

 

 「一応確認しておきますが、何か考えとかはありますか?」

 「別に、ないですよ」

 「そうですか……なら戦況に身を任せるとしましょうか?」

 

 フェリの念威を通じて、レイフォンとの簡単な打ち合わせを終えると———最初にセヴァドスは動いた。

 

 外力系衝剄の変化、衝断爪。

 

 右手の指先から伸びる衝剄の刃は、右腕が振われるとともに風を切り裂き、烈風とともに五つの剄の刃となって放たれる。

 弧を描きながら飛来する風の爪を、汚染獣———老性二期はやすやすと両手のハサミで弾き落とした。

 まるで効果がない、その光景を見ても、セヴァドスは口元の笑みを隠そうとはしない。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 老性二期の意識がセヴァドスに向いたその時———もう一人のこの戦場の主役となるレイフォンが一気に距離を詰めるように老生二期に向けて飛来する。

 複合錬金鋼により形成された巨剣は、剄の光を眩く発すると、剣先が汚染獣に向けて振り下ろされた。

 

 ただの振り下ろしによる一撃。

 だが、レイフォンが行えば必殺の一撃と化す。

 

 しかしそれは、当たっていればの話である。

 老性二期は六本の足を巧みに動かし、横へスライドするようにして跳ぶと、レイフォンの一撃をかわした。

 

 「へぇ、中々素早いですね。 汚染獣では中々いないタイプですよ」

 

 その一連の動作を見ていたセヴァドスは、感心したように声を上げる。

 今のレイフォンの一撃は、決して易々と回避できるものでもない。

 恐らくセヴァドスでも同様の状況なら、十回のうち三回は喰らっているだろうほどのものである。

 人型のセヴァドス以上にその巨体から老性二期が避けることは困難だろう。

 だがそれでも老生二期は避け切った。

 つまり、目の前の汚染獣は、ほぼレイフォンやセヴァドスと同等の俊敏さを備えているということになる

 

 「厄介な相手だ」

 

 この状況を心の底から楽しんでいるセヴァドスと違い、攻撃を躱されたレイフォンの表情は険しかった。

 破壊力(パワー)と大きさ(サイズ)では、汚染獣に圧倒的に劣る人類が唯一勝るものが小回りの早さと俊敏性である。

 確かに目の前の老性二期は、大きさで言えば幼生体より少し大きいくらいのため、一撃の重さは、老性一期よりも劣るようだが、その欠点を大いに上回る俊敏性を目の前の化け物は得ている。

 もし、この汚染獣と都市内で戦った場合、破壊力が無い分、都市の損害は軽微に抑えられるかもしれない。

 だがここは、汚染された死の世界。

 体に纏う都市外戦闘スーツが少しでも破れれば、その時点で死を意味する。

 

 セヴァドス達の前に立ちふさがる汚染獣。

 間違いなくこの状況下では最悪の敵であるといっていいだろう。

 

 「良いじゃないですか? これほどのスリルはそうそう味わえるものではないですよ」

 「僕はもう結構です」

 

 レイフォンと軽口を叩きながらも、セヴァドスは警戒心を高めていく。

 確かにスリルを楽しんでいるつもりだが、別に死にたいわけではない。

 死んでしまったら、もう楽しいことは何もできないのだから。

 

 「さて、どうしましょうか? 本当にノープランでいきますか?」

 目の前の強敵に神経を集中させながら、この場の戦友にセヴァドスは話しかけた。

 

 本来、セヴァドスもレイフォンも、連携を必要とする武芸者ではなかった。

 圧倒的な戦闘能力を持つ者にとって、周りに人がいると技の威力で巻き込みかねないからだ。

 ゆえに、セヴァドスは戦場に置いて誰かと手を合わせることは無かったし、レイフォンもベヒモトと戦ったとき以来、共闘は行っていない。

 だが、そうも言っていられる状況ではなかった。

 

 「……前衛と後衛を決めましょう。 二人同時に近接戦闘に持ち込んでも同士討ちする可能性があります」

 

 レイフォンの言う通り、セヴァドスとレイフォンが二人で戦って、お互いの技に巻き込まれたら、間抜けそのものである。 

 無論、易々とあたるほどセヴァドス達は温くはないが、それでも容易に回避できるほど甘い攻撃を放つつもりはない。

 ゆえに囮という前衛と、牽制をしかける後衛。

 そして、隙あらば互いに必殺の一撃を放つという作戦とは言い辛い答えに行き着くのだった。

 その場だけの薄っぺらい作戦。

 だが、レイフォンとセヴァドスにとって最優の策と化す。

 

 「では、私が後衛をしましょう」

 「いいんですか?」

 「ええ、現状の火力を見ても、貴方の方が高いようですし。 私にはコレがあります」

 

 レストレーション。

 

 腰に下げている二本目の錬金鋼を引き抜くと、セヴァドスは復元させる。

 しなやかに弧を描き、白銀の糸を張る———それは、

 

 「弓、ですか?」

 「貴方がリンテンスさんに鋼糸を習っているのに触発されましてね、私もティグリスさんに弓の手解きを受けたのですよ」

 

 弓を引く姿はレイフォンには今まで見せたことがなかったが、セヴァドスにとって引き慣れたものである。

 元々、ルッケンスの武術のみに拘りがなかったセヴァドスは、色々な武門に赴いた。

 その中には、天剣の一人であるカルヴァーンの武門ミッドノットや好敵手であるレイフォンの原点であるサイハーデン刀争術を見学したこともあった。

 そして、数ある武の中でセヴァドスが、特に興味が惹かれたのが、不動の天剣と言われるティグリスの弓術である。

 力強く弓を引く不動の姿。

 的を確実に撃ち抜くその精密であり芸術的な射に、セヴァドスは心の底から感動を覚えた。

 

 「まあ、教えていただいたのは本当に基礎だけですが」

 「なるほど……」

 

 弓を興味深そうに見ていたレイフォンには悪いが、セヴァドスは早く目の前の獲物と戦いたかった。

 

 「さて、そうと決まれば———」

 『上ですっ!!』

 「っ!!」

 「っと」 

 

 フェリの警告と冴えわたる感覚により、セヴァドス達は瞬時に後方へと跳んだ。

 その瞬間、セヴァドス達が先程までいた場所に老性二期が落下をしてきた。

 セヴァドス達の警戒を掻い潜って、隙をついたのだろう。

 その素早い動きに、セヴァドス達の表情に緊張がはしる。

 

 そして、地響きに共鳴するように吠える老性二期は、ひび割れた大地を砕きながら、再びセヴァドス達に迫る。

 常人には目にも捉える事ができない高速移動を、セヴァドスは確実に視界に捉えながら、不敵な眼差しでいつもの笑みを浮かべる。

 

 「は、はははははっ!! 悪くない、悪くないですよ、この展開っ!!」

 「貴方は下がってください」

 

 気分が良すぎて、作戦をすぐに潰すことになる接近戦を挑もうとしたセヴァドスに対し、レイフォンが冷静に止めながら剣を振りかざす。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 「ふっ!!」

 

 レイフォンが選んだ手段は、力押しである。

 先程の攻防で、目の前の汚染獣が通常の老性体よりも力が劣っていると判断したからだ。

 高速移動型の汚染獣に、都市外でその戦法を挑むのは無謀であるが、流石は元、天剣授受者。

 迫る汚染獣のハサミと尾針の刺突の連撃を体を反らして回避すると、そのまま巨大な剣を振り抜いた。

  

 幼生体は勿論、雄性体すら一撃で葬ることができるだろう一撃を、老性二期は足を止めて両手のハサミで受け止めた。

 防がれる一撃。

 だが、それはレイフォンの狙い通りだった。

 

 外力系衝剄の化錬変化、鬼火。

 

 上空に放たれ、弧を描きながら飛来する紅い閃光が、老性二期の尾の根元部分に突き刺さる。

 そして、その瞬間――辺りに轟音が響きわたる。 

 

 爆発し、炎上する老性二期をみながら、セヴァドスは弓を射る。

 

 「しっ!!」

 

 放たれるの三度の衝剄の矢。

 老性二期の目を狙った射撃は、ハサミにより防がれる。

 

 「なるほど、目はやはり弱点ですか」

 

 本能的に弱い部分を守ったのだろう。

 だが、しかしハサミや背を覆う外皮の殻は、驚異の強度を誇っているようだ。

 レイフォンの一撃に、セヴァドスが放った鬼火にも、傷一つつけることはなかった。

 

 「殺す気ですか?」

 「いえ、貴方なら避けると信じていましたから」

 

 普段以上に無愛想な言葉が、フェリの念威を通して聞こえてきた。

 老性二期の傍には、レイフォンの姿はなく、反応からして反対側にいるようであった。  

 セヴァドスが、ティグリスの剄技を見て、考案した弓技・鬼火。

 焔を纏った矢は対象物に突き刺さると、爆発するという、間違いなく都市内では使用できない荒業である。

 実際、今回の状況でもそこにいたのがレイフォンでなかったら、確実に巻き込んでいただろう。

 

 しかし、セヴァドスにはある種の確信があった。

 レイフォン・アルセイフがこの程度の一撃を食らうはずがない、と。

 

 「しかし、厄介な相手ですね」

 「力がないから、外皮の殻も柔らかいと思いましたが、そうでもないですね」

 

 流石は老性二期である、とレイフォンとセヴァドスは感心していた。

 だが、同時に厄介な相手であるということが再認識できた。

 

 セヴァドスが放った鬼火は、弓の剄技では最も破壊力のあるものである。

 幼生体なら容易に貫通し、雄性体なら頭を吹き飛ばすくらいの威力があるのは既に検証済みである。

 つまり、セヴァドスの弓技では老性二期に致命傷を与えるのは難しいということだ。

 

 が、それでもセヴァドスの笑みが消えることはなかった。

 

 「いいですね。 久しぶりに血が騒ぎそうです」

 

 指を鳴らし好戦的な笑みを浮かべながら、セヴァドスは再び弓を射る。

 質より量。

 というわけではないが、鬼火よりも遥かに劣る威力を捨て、速射性の衝剄の矢が汚染獣に降り注ぐ。

 無論、この程度の攻撃で老性二期を倒せるわけがなく、老性二期はハサミを自身の顔の前に置き、セヴァドスの弾幕を防ぎながら、一歩一歩足を踏み出していた。

 自身の衝剄の矢の嵐が易々と弾かれる光景を見て、セヴァドスは動じることなく、再び弓に剄を込める。

 

 外力系衝剄の化錬変化、鬼火。

 

 弓から放たれた紅蓮の矢は、再び緩やかなカーブを描きながら、老性二期に迫る。

 そして、着弾。

 同時に爆発音が響き、大地を砕き、———汚染獣の体を少し浮かせた。

 セヴァドスの狙いは、老性二期の体ではなく、その下の大地である。

 比較的小柄な目の前の老性二期なら、体を浮かせることも不可能ではない、と判断したセヴァドスは見事狙い通り老性二期の足場を崩したのである。

 幾ら高速移動型の汚染獣と言えど、その身は大地を踏みしめていた。

 つまり、それを崩したということは、一時的とはいえ汚染獣の動きを止めたことになる。

 

 だが、少し計算外れたようで、流石に汚染獣の体を浮かすことは不可能だったようだ。

 老性二期の前足を浮かせて、微かに腹を見せる程度に効果は終わる。

 が、それは許容範囲内のものである。

 

 内力系活剄の変化、旋剄。

 

 風を纏った一陣の刃が戦場を駆け抜ける。

 

 外力系衝剄の変化、斬月。

 

 複合錬金鋼という巨大な剣を振るった斬撃から、三日月状の衝剄が放たれた。

 

 「お見事です」

 

 前足が浮いたことにより、露わになった腹をレイフォンの斬撃が切り裂く。

 青々しい血が吹き出るその光景にセヴァドスは、弓を構える。

 全身に返り血を浴び、剣を振るって血を飛ばすと、レイフォンはその場から離れる。

 

 外力系衝剄の化錬変化、鬼火。

 

 セヴァドスの放った紅蓮の矢は、汚染獣の傷口を見事射貫いた。

 爆発とともに、汚染獣の血が辺りに舞い散る。

 その姿に、セヴァドスは油断なく弓を構え、レイフォンは再び戦場を駆ける。

 戦いはまだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 ニーナ・アントークにとって、レイフォン・アルセイフとは何だと聞かれれば、彼女は迷うことなく仲間と答えるだろう。

 だからこそ、彼が黙って汚染獣の元へ向かったことには憤りに近い感情を抱き、自分の力の無さに悔しさを感じた。

 身体を壊し、不調の自分に何ができるかはわからない。

 それでもじっとしているわけにはいかない。

 それがニーナという武芸者である。

 「しっかし、まあ、アイツも無茶をするぜ。 化け物退治に一人で向かうなんてな」

 「一人ではない。 二人だ」

 ランドローラーを走らせるシャーニッドの軽口に、ニーナは面白くなさそうに呟く。

 レイフォンが、パートナーとして選んだ人間が、同じ小隊の人間ではないことは、ニーナにとっては不機嫌にさせる内容だった。

 直接戦闘に加わるのは無理でも、フォローなら私達でもできるのではないのか?

 そう思ってしまうのだ。

 「そうカリカリすんなよ。 後輩が取られて悔しいのは何となくわかるけどよ」

 「そんなことを言っているのではないっ!」

 「まあ、仕方ないと思うがね。 なんたってカリアンの旦那の推薦なんだぜ?」

 全く悔しがる姿を見せないシャーニッドの態度は、ニーナを苛立たせるものでしかなかった。

 その彼にニーナが噛みつこうとしたその時、

 『静かにしてください』

 念威端子越しにフェリの冷静な声が聞こえる。

 その声色には、若干怒りのような感情も含まれており、ここに来るまで殆ど喋りかけてこなかったのも恐らくそういうことなのだろう。

 『レイフォンからの伝言です。 ここからは近づかないでくださいとのことです』

 その言葉と同時にニーナの耳に響いたのは、この世のモノとは思えない唸り声と何かが崩れる音だった。

 その轟音にニーナは反射的に動いてしまった。

 フェリの制止を振り切って。

 「これは……」

 ランドローラーを飛び降り、目の前の崖へと向かったニーナの目に信じられない光景が飛び込んできた。

 彼女が目にしたもの、それは高速で動き回る化け物に果敢に戦う二人の武芸者の姿だった。

 

 

 

 

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