ルッケンスの三男坊   作:康頼

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第二話

 生まれて初めての放浪バスに乗り込み、揺られること約一カ月。

 寝心地の悪いバスの座席の上ではしゃぎ回ってみたり、窓から見えた汚染獣を見て軽く興奮したり、愛用の錬金鋼の手入れを行ったり、隣の席の人間にお菓子をもらったり、一時停泊したホテルを誤って半壊させたり、滞在した都市の犯罪組織を壊滅させたり、と様々なことを経験しながら、セヴァドス・ルッケンスは、学園都市ツェルニの大地に立った。

 

 片手で背負う程度の手荷物を持ち、身軽な動きで放浪バスから降りると、興味深そうに周囲を見渡す。

 

「ふむ、停留所だけでも結構違うものですね」

 

 グレンダンは、都市の財政の貧しさから全体的に質素な造りで、放浪バスの聖地であるヨルテムの停留場は、清潔感が保たれており、何より数多の都市を繋ぐために通常の都市よりも巨大な造りになっていた。

 

 それに対しツェルニは、グレンダンほど質素な造りではなかったが、周囲に人の姿のない寂しい光景が広がっていた。

 周囲で確認できるのも都市間を行き来するキャラバンの者とその彼らが所有する放浪バスくらいで、学生の姿は殆ど見当たらなかった。

一か月前の入学時期であれば、恐らくこの場も生徒達で溢れかえっていたはずであったが、今は入学時期から外れている。

セヴァドスのような転入生は、この移動都市の傾向上そう多くないだろう。

 

 「さて、いつまでもこんなところにいても意味がありませんし、上に昇ってみましょうか?」

 

 キャラバンの人達が忙しく商品を運搬する姿に見飽きたセヴァドスは、軽やかな歩みで停留場を後にする。

 都市上部へと続く階段を昇りきったセヴァドスを迎えたのは、青く広がる空と、それを囲むように聳え立ったビル達。

 

 「これが学園都市ですか」

 

 初めての学園都市を興味深そうに周囲を見渡すセヴァドス。

 無論、学園都市というものには興味があったが、やはりセヴァドスが一番に興味を示すのは人間――正確には、武芸者である。

 先程から擦れ違う人を吟味するように視線を動かしていたが、やはりここは学生都市、セヴァドスの期待に応えるものが現れることはなかった。

 武芸の本場であるグレンダンの歴戦の武芸者ですら、セヴァドスには遠く及ばなかったのだから、未熟者が集まる学園都市では満足できるはずもないだろう。

 

 元々そちらのことに対しては期待をしていなかったセヴァドスにとってお目当てはと聞かれると一人しかいない。

 レイフォン・アルセイフ。

 

 天剣『ヴォルフシュテイン』を得た天才少年であったが、一年前に起きた天剣争奪戦後の事件により天剣の地位を剥奪された者であった。

 だがそう言った理由で天剣を失ったとはいえ、それでもその実力は天剣級であることには変わりはなかった。

 同じくグレンダンを追われる身となったセヴァドスの興味を引く都市は、レイフォンがいるこのツェルニしかありえなかった。

 

 「しかし、本当に楽しみです。 かれこれ彼とは一年以上じゃれ合っていませんからね……久しぶりに本気で殺し合えると嬉しいのですが」

 

 レイフォンとの再会に思わず、心を躍らせていたセヴァドスは思わず含み笑いをしてしまうと、周囲の学生達は気味が悪そうに彼の周囲から離れていく。

 だが、ご機嫌なセヴァドスがそんなことに気付くこともなく、軽やかな足取りで都市内を散策することにした。

 何れはレイフォンに会うことになるのだから、今はこの都市でも楽しもう、そう考えたからである。

 

 思い立ったら即行動の信条を持つセヴァドスは、微かな空腹感を満たすために近くのレストランへと足を運んだ。

 

 

 

 

 ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 自身の性格を一言で言うならば、臆病。

 そう、メイシェン・トリンデンは自分自身を評価していた。

 武芸者であり、芯のある強さを秘めた女性であるナルキと、明るく元気で行動力の塊であるミィフィという存在がいたからこそ、メイシェンは故郷から遠く離れたツェルニに留学を決意することができたのである。

 もしも彼女達に出会わなければ、自分がどうなっていたかなんてわからないほどで、それだけメイシェンは二人を頼りにしていた。

 

 普段は三人で行動をしているメイシェンだが、いつも一緒というわけにもいかない。

 ミィフィは新聞社、ナルキは都市警察と、自身の夢を叶えるために就労を行っており、メイシェンも同様に自身が誇れる唯一と言っていいほどの特技である料理の腕と自分自身の密かな夢であるケーキ屋を開くためにツェルニのケーキ屋で働いているのであった。

 つまりは、このケーキ屋で働いているときだけは、メイシェンはたった一人なのである。

 だからこそ、こういう時の対応には困っていた。

 

 「ねぇ、今度デートしてよ」

 「ぇえっ!?」

 

 食事をしていた男性客が、メイシェンにナンパを仕掛けてきたのだ。

 人見知りが激しいメイシェンだが、特に男性は苦手であり、何の気概もなく話すことができるのは父親くらいである。

 故に、ナンパの断り方なんて知るわけもなく、ただオロオロとメイシェンはその場で立ち尽くしていた。

 そんな彼女の様子に、男はたたみ掛けるように席から立ち上がると、メイシェンに笑いかける。

 

 「え、駄目なの?」

 「そ、その……」

 

 メイシェンの困っている姿は、まさに小動物のようで、恵まれた容姿も合わさって実に可愛らしかった。

 その姿に、男は興が乗ったようで笑みを浮かべたまま言葉を捲し立ててメイシェンを口説き始める。

 

 「実はさ、俺って君のファンなんだよね。 結構この店通っているって君目的なんだよね」

 

 男の言っていることは本当で、メイシェンもこの男が常連ということは知っていた。

 柄が悪く、いつまでも店で屯っているため、あまり良い客ではないことも。

 

 「彼氏とかいるの? いないんなら一回くらいさ」

 「い、いえ……わ、私は」

 「ねぇ?」

 

 恐怖から後ろに下がったメイシェンを、逃がさないように男の右手が伸びる。

 その行為に思わず、メイシェンが声を上げようとしたその時――

 

 「すみません」

 

 突然、メイシェンは後ろから声をかけられた。

 メイシェンと男が声の方向に視線を向けると、そこに一人の男が立っており、こちらに視線を送っていた。

 銀色の髪を揺らす青年は、ニコニコと笑みを浮かべたまま、ケーキを自身の口へと運ぶと、ゆっくりと味わうように咀嚼する。

 もぐもぐと口を動かし、呑み込むと再び口を開く。

 

 「ちょっと聞きたいことがあるんですが」

 

 目の前で女性が柄の悪い男に絡まれているにも関わらず、マイペースに尋ねる青年に対し、メイシェンは呆けたように口を開けて固まっていたが、突然話に割り込まれた男はそうもいかず、舌打ちをつくと険しい表情で乱入者の青年に向けて口を開く。

 

 「おい、状況わかってんの? 今、この子と話しているのは俺なんだけど?」

 

 ナンパを妨害されて、気分を害したのだろう。

 目を釣り上げて睨みつけると男は、乱入者の青年に向かって言葉を吐き捨てた。

 が、余程肝が据わっているのか、それとも空気が読めないのか、敵意をぶつけられても笑みを崩すことなく青年は男と視線を交える。

 

 「ふむ、そうなのですか? 私もこのケーキの上に乗っているソースのことで、お聞きしたいことがあるのですが?」

 「そんなこと、他の人間に聞けやっ!!」

 「じゃ、貴方、これなんだか分かりますか?」

 「俺に聞くんじゃねぇよっ!!」

 

 端から見れば漫才のような会話だが、片方は首を傾げ、もう片方は怒り狂っていた。

 周囲にいた人達は避難を始める。

 だが、争いの原因になったメイシェンは逃げることもできず、ただオロオロと二人の顔を見ていた。

 

 「なら仕方ありませんね。 ではやはりこの子に聞きますね」

 「ってめぇ……俺をおちょくってんのか?」

 

 巡り巡ってその結論に辿りついた青年に、男は遂に我慢ができなくなったのか、青年の襟元を掴み上げると、ドスの効いた声で脅した。

 だが、目の前の青年は、脅しつけられても表情一つ崩すことなく首を傾げると、目の前で怒り狂う男に話しかけた。

 

 「む、何ですか? いきなり怒りだして、もしかして糖分が足らないのですか? よければ一切れ差し上げましょうか?」

 「っっっっ!!! ぶっ殺すっ!!」

 

 我慢の限界に達したのか、怒りに身を任せた男は、目の前の青年に殴りかかった。

 活剄で強化されて放たれた一撃は、一般人なら脅威に値するだろう程の威力が込められており、メイシェンの目には辛うじて映ったほどである。

 だが、それを青年は、いとも簡単にかわした。

 

 「おっと、突然、いきなり殴りかかって危ないですよ」

 「うるせぇっ! 人を散々おちょくりやがって」

 

 避けられたことにより、怒りが増した男は再度、青年を殴りかかろうとするが、その前に青年から待ったの声が届く。

 

 「わかりました。 それなら一切れと言わず、このケーキを差し上げましょう」

 

 そう言って笑みを浮かべた青年が差し出されたのは、半分以上食べられてしまっているケーキである。

 自信満々でそう言ってのける青年の頭の中は、全くもってメイシェンには理解できないものだが、それで男の怒りを買うことは十分に理解できた。

 

 「っっ!!!」

 

 言葉にならない怒りで、再び襲いかかってくる男の一撃を、青年は易々とかわすと、そのまま皿に乗ってある残りのケーキを口へと運ぶ。

 もぐもぐと口を動かしてそのまま呑み込んだ青年は、再び首を傾げるとひとり言のように呟き始めた。

 

 「ふむ、何がどうなっているのか理解できませんが、とりあえずは……」

 「あ? 何してんだ、てめぇ?」

 

 青年は、仕方がないと呟きながら近くのテーブルに空になった皿を置くと、右手を男に向かって突き出した。

 突然の行動に、今度は男の方が首を傾げる。

 青年の右手の中指は、折りたたまれたような形で固定され、それを親指で抑える。

 その手の先には、掻き上げられた髪から現れた男の額があり、照準はそこに絞られていた。

 それはどこの誰が見ても、でこピンのフォームである。

 

 「……おい、何のつもりだ?」

 「おしおきです」

 

 青年の言葉と同時に、親指による拘束が放たれた。

 弧を描きながら空を斬る中指は、男の額を捉え――

 

 「ぷぎゃもっ!!」

 

 一回転、二回転と、男の身体を回転させながら壁へと吹き飛ばした。

 その余りの衝撃映像に、その場にいた者達から言葉が失われ、一番目の前で見ていたメイシェンは恐怖のあまりプルプルと震えだした。

 そんなメイシェンに気付くことなく、青年は笑みを浮かべたまま、もう一度尋ねてきた。

 

 「ふう、これでようやく要件が聞けますね。 店員さん、このソースってどういう果物を使用しているのですか?」

 

 

 

 

 

 

 

  ・ ・ ・ ・ ・

 

 

 

 

 

 

 

 冷静沈着で完璧な生徒会長。

 そう称えられる半面、冷徹な面を併せ持つツェルニ第十三代目生徒会長――カリアン・ロスだが、今の彼の表情は何とも言えないほどに疲れ切っていた。

 しかし、それは無理もないのかもしれない。

 先日、このツェルニに汚染獣が襲来し、危うく滅亡の危機を迎えそうになったのだから、都市を束ねる者としての責任感が重く圧し掛かったのだろう。

 幸運なことにも滅びの運命から逃れることができたが、それでもツェルニに残された問題は多かった。

 汚染獣襲来による爪痕の被害や、これからの汚染獣への対策計画の製作など、身体が三つ四つ欲しいほどの忙しさである。

 だが、そんなことは目の前の問題に比べれば些細なことであると、カリアンは約一時間前に悟ってしまった。

 

 「む、流石は生徒会長さんですね。 良い茶菓子を使っています」

 「ははは……それはどうもありがとう。 こちらも君に満足してもらってうれしいよ」

 

 図々しく高級茶菓子を食べる青年――セヴァドスの姿に、カリアンは苦笑いしかできなかった。

 ようやく今日の分を終わらせ、帰宅をしようとしたカリアンに追い打ちをかけるように、問題が向こうから飛び込んできた。

 

 「しかし、そのやりすぎだったのではないのかな?」

 「ふむ……何の話ですか?」

 「喫茶店での件と、その後の暴れまわった件についてだよ」

 「ふむ、ですが、お店での件は軽いジョークみたいなものです。 仮にも武芸者なんですからアレくらいでは死にはしませんよ。 それにその後のことでしたら、軽く相手しただけですよ?」

 「その軽くが問題なんだがね……」

 

 報告によると、店内で目の前のセヴァドスと口論になったのは武芸科の四年生。

 素行が悪く、そのせいで小隊になることはなかったが、実力は小隊クラスである。

 そんな彼をでこピン一発で倒したことは脅威に値するが、その件は別に問題はなかった。

 カリアンが、頭を抱えているのは、その後騒ぎに駆けつけた武芸者――ヴァンゼ・ハルディを倒したからである。

 ヴァンゼは、ツェルニ最強を誇る第一小隊の隊長で、武芸科の長を務めるほどのものである。

 つまりツェルニを代表する武芸者が、余所から流れてきたルーキーに瞬殺されたということになるのだ。

 この事実が都市に漏れれば、確実に今年の武芸大会への不安が爆発することになるだろう。

 その危機を生徒会長であるカリアンが見逃すわけにはいかなかった。

 

 「まあ、被害は被ったが、それに担う収穫は得たか」

 

 目の前でお菓子を食べ尽くしているセヴァドスを見ながら、カリアンは執務机から一枚の書類を取り出す。

 

 転入願書。

 そこにはセヴァドス・ルッケンスという名が記され、出身都市にはグレンダンと書かれていた。

 

 カリアンは、この書類を始めてみた時、どうするべきか考えていた。

 テストなどの審査は特に問題はなく、寧ろ平均値を軽く上回るほどの優等生と言っていいだろう。

 いや、寧ろ試験の結果は完璧と言っていいほどの出来であった。

 しかし、武芸者としての実力はカリアンでは測ることができず、同じ都市出身であり、ツェルニ最強のアタッカーとなったレイフォンに話を聞くつもりであったのが、その手間はなくなった。

 そのレイフォンに聞く前に実力を知ることができ、間違いなくツェルニの一翼を担う戦力であったことを嬉しく思うべきなのか?

 それともレイフォンと違い、爆弾のような彼を抱える災難を都市を愛する人間として悲しむべきなのか?

複雑な心境なカリアンだったが、この状況で取れる手段は一つである。

 

 「セヴァドス・ルッケンス君。 ツェルニは君を歓迎しよう」

 

 それがいかなる毒であろうと、ツェルニ存続のためなら飲み干してみせる。

 再び決意と覚悟を決め直したカリアンは、内面を隠すようににこやかに笑うと、右手を差し出した。

 その行為に、セヴァドスはきょとんとカリアンの手を呆けたように見つめ、何か気付いたかのように、その手に自身の右手を重ねた。

 ――カリアンは数秒後にその行為を後悔する。

 

 「よろしっ、た痛たたたっ!!!」

 「む、力比べではないのですか?」

 

 ミシミシと骨が軋む右手に、思わず涙目で悲鳴を上げるカリアンに対し、セヴァドスは首を傾げながらズレた回答する。

 友好の証で、自身の右腕を殺しかけたカリアンは、ゆるくなった拘束から離れた右手を庇うようにすると、目の前の問題児を睨みつける。

 

 「普通に考えれば、握手じゃないのかい?」

 「そうなのですか? 故郷ではよく兄上とこうやって遊んだものです」

 「こっちは右手を潰されそうになったのだがね。 全くどういうお兄さんなんだい?」

 「戦闘狂で、よく周りから残念な人と言われています」

 「私から見れば、君が残念そのものだよ」

 

 痛みのあまりにカリアンは思わず、目の前のセヴァドスに刺すような視線で睨み、理不尽から言葉が毒気ついてしまう。

 が、セヴァドスは何の気にもしない様子で頭を下げた。

 

 「そうですね。 武芸者ではない人間にはすることではないですね」

 

 次回からは気をつけますよ、と微妙にずれた回答をするセヴァドスを見て、カリアンは思わず早まったのではないかと思い、ツェルニの未来を心配した。

 

 その後、カリアンの執務机には常に胃薬が配備されたことは言うまでもないだろう。

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